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入籍 そして新たな未来へ

打ち上げもひと段落し、美香とアキラは、ふたりでマンションへと帰っていった。リビングには、光子と優子、優馬と美鈴だけが残る。


光子が小さな声でつぶやく。

「お姉ちゃん、あと3か月したら、ほんとにお嫁さんになると?」


優子も横でつぶやく。

「うん、ちょっと信じられんね〜。お姉ちゃんが花嫁さんなんて」


優馬は、リビングの片付けをしながら、遠い目をする。

「12年前、美香が初めてこの家に来た時のことば、まだ覚えとるばい。あの時は、笑うことさえできん子やったのに」


美鈴は、ふっと微笑みながら語る。

「ほんとね。あの子が、今じゃあんなに幸せそうな顔しよる。私たち、美香と出会えて、ほんとうによかったねぇ」


光子と優子も、静かにうなずく。家族みんなの心に、温かい感謝と穏やかな幸福が、そっと満ちていった。





リビングにはまだ、ほのかな余韻が漂っている。夕暮れの光がカーテン越しに差し込み、家族の影をゆらゆら揺らしていた。


美鈴は、ふと双子の顔を見つめる。

「光子、優子、うちらはね…親として、あんたたちがどんな大人になるか、いつも考えよるとよ」


優馬もそばに寄り、手を重ねる。

「そうばい。光子は、きっと明るくて、周りを笑顔にできる女性になるやろうし、優子は優しくて、人を思いやる強い女性になると信じとる」


光子は照れくさそうに笑い、優子も少し赤くなりながら耳まで熱くなる。

「ほんとに〜?お父さん、お母さん、そんなこと思っとったと?」


美鈴は柔らかくうなずき、優馬も微笑む。

「うん。あんたたちには、幸せな人生を歩んでほしい。どんなことがあっても、自分を大事にして、笑顔を忘れんようにね」


光子と優子は、胸いっぱいになった。

「うん…わかった。うちら、絶対頑張るね」


窓の外、夏の夕暮れがゆっくりと暗さを増していく。家族みんなの心には、温かさと希望が静かに灯った。




優馬の呟きは、静かで深い安堵と希望に満ちていた。


「お姉ちゃんも、これからどんどん幸せになっていくばい。どんなに辛かことや悲しかことがあっても、アキラくんと、これから生まれてくる子どもたちと一緒に、荒波ば乗り越えていくとよ…」


美鈴も隣で頷きながら、柔らかい微笑みを浮かべる。

「ほんとよね。あの時は、あんなに小さかった子が、もうすぐ母になるんやもんね。嬉しかばい」


光子と優子は、お姉ちゃんのこれからを想像しながら、目を輝かせる。

「うん!お姉ちゃん、絶対幸せになってほしいね!」

「うん、うちらもずっと応援するっちゃ」


夕暮れのリビングに、家族の温かい空気が流れる。外の風は少し涼しくなり、夏の名残を運んでくる。

優馬と美鈴は、胸の奥で、未来の笑顔を思い描きながら、静かに見守るのであった。





婚姻届の用紙を前に、美香は手が少し震える。

「なんか…緊張するね…」


ペンを握り、ゆっくりと新しい姓「赤嶺美香」と記入する。旧姓欄には「小倉」と書き込み、文字を見つめながら深呼吸。


記入を終えると、嬉しさと少しの照れを抱えながら、小倉家のみんなに婚姻届を見せる。光子と優子は目を輝かせ、さおりも微笑みながら拍手。

「お姉ちゃん…すごかねぇ!」

「ほんとに…おめでとう!」


さらに、赤嶺家の祖父母・安三郎と静子にも報告し、喜びと祝福の笑顔が広がる。


そして、博多区役所に提出。手続きが完了した瞬間、晴れて二人は夫婦となった。

9月15日、美香とアキラ――新たな人生の第一歩を踏み出す日。


優馬と美鈴は、娘の成長と幸せを見守りながら、温かい笑みを交わす。

「お姉ちゃん、本当に幸せになったねぇ…」

「うん。あの子の笑顔を、ずっと見守れるって、幸せなことばい」


家族の温もりと祝福の中、二人の新しい生活は静かに、しかし確かな希望とともに始まった。



 


新婚旅行の行き先は、二人が長年憧れていたニュージーランドに決まった。


「ニュージーランドなら、日本とあんまり時差もないし、行きやすかね」

美香は地図を見ながら呟く。


「それに、南十字星とマゼラン星雲を、自分たちの目で見てみたかとさ」

アキラも、星空を思い描きながら微笑む。


かつて優馬と美鈴が行った旅先――雄大な自然と澄んだ空気、広がる星空の記憶が、二人の心に重なる。


「いっぱい写真も撮ろうね」

「うん、でもこの目に焼き付けるのが一番やね」


二人の心は期待とわくわくでいっぱいになり、まるで南半球の星々が手招きしているかのようだった。


ニュージーランドの大自然、そして夜空に輝く無数の星々――その景色を前に、赤嶺美香とアキラの新婚生活は、また新たな章を刻むことになる。





秋の定期演奏会のプログラムには、ひときわ異彩を放つタイトルが並んでいた。

――組曲「地球讃歌」 作曲:赤嶺美香(旧姓 小倉)


それは、美香がまだ高校生のときに課題で書き上げ、のちに幾度も推敲を重ねて完成させた、彼女の原点ともいえる大作だった。


指揮者のタクトが振り下ろされると、低弦のうねるような響きから音楽は始まる。

暗黒の虚空に、太陽が生まれる瞬間――重厚な金管が光を放ち、やがて数多の微惑星が軌道を駆ける。

打楽器の鋭い衝撃が「衝突」を描き、木管が絡み合い「合体」を示す。その果てに、ひときわ大きな和音が鳴り響き、地球の誕生が告げられた。


続く楽章では、絶え間なく降りしきる雨が、無数の弦の細やかなピチカートで表現され、やがてホルンとクラリネットが柔らかく旋律を奏で、海の誕生が描かれる。

そこから芽吹くように、小さな動機が次々と現れ、生命の誕生を告げる。


やがて音楽は荒々しさを増し、ティンパニの轟きとともに、恐竜の時代がやってくる。重々しいリズムに乗って、低弦と金管が勇壮に吠える。

しかし、その栄華も長くは続かない。

突如として炸裂する打楽器群――巨大隕石の衝突を表すその瞬間、楽団全体の音が一度崩壊するかのように沈黙する。


やがて静けさの中から再び紡がれる、透明感ある旋律。人類へとつながる生命の系譜を示すように、希望の響きが広がっていく。


しかし最後の楽章では、調性が不安定に揺らぎ、弦の不協和音が積み重なる。

戦争を思わせる金管の叫び、環境破壊を象徴する重苦しい低音。

音楽は次第に緊張を増し、聴衆の胸を締め付ける。


そして――

最後の一音は解決せず、宙に放り出されるかのように消えていった。


「……大丈夫なのか?」

その問いかけを残すように。


観客席には静寂が広がり、一瞬、誰も拍手できなかった。

やがて、誰かが小さく手を叩き始めると、次第に嵐のような拍手がホールを包み込んだ。


この日、「地球讃歌」は美香の代表作として、多くの人の心に深く刻まれることになった。






組曲「地球讃歌」


作曲:赤嶺美香



第一章 虚空より光は生まれ


静寂の中、低弦のうねるような音が、闇を切り裂く。

虚無の宇宙に、ひと筋の光――太陽が誕生する。

金管の輝かしい和音が広がり、すべての始まりを告げる。



第二章 微惑星の舞踏


木管と弦が入り乱れ、無数の小さな星々が軌道を駆け巡る。

打楽器が激しくぶつかり合い、衝突と合体を繰り返す。

その果てに、ひときわ大きな和音が炸裂し、地球が誕生する。



第三章 雨の記憶


ピチカートの細やかな滴がホールに降り注ぐ。

終わりなく続く雨――それは新しい世界を洗い清める涙のよう。

やがて、木管が柔らかに旋律を奏で、海が広がる。

そこから芽吹く旋律が、小さな生命の息吹を告げる。



第四章 巨獣の支配


ティンパニの轟き、金管の咆哮。

大地を揺るがすリズムに乗って、恐竜たちが闊歩する。

弦楽器の低音が荒々しく響き渡り、世界は力と闘争に満ちていた。



第五章 隕石の夜


突如として炸裂する打楽器の閃光。

巨大隕石が空を裂き、世界は一度崩れ落ちる。

すべての音が止み、ホールを沈黙が支配する。



第六章 再生の祈り


静寂の中から、透明な旋律が立ちのぼる。

弦が紡ぐ細い糸のような音は、人類の始まりを告げる。

木管が寄り添い、やがて合唱のような響きが広がり、

希望を抱いた旋律が世界を包み込む。



第七章 問いかけの終曲


しかし音楽はやがて不安定に揺らぎ始める。

戦争の金管、環境破壊を思わせる低音。

調和は乱れ、弦の不協和が積み重なる。

そして最後の和音は解決することなく、宙へ放り出され――

問いかけだけを残して消えていった。



会場には、張り詰めた静寂が落ちる。

その問いに、どう答えるかは、聴いた者ひとりひとりの心に委ねられていた。

やがて、震えるような拍手が広がり、嵐のような喝采へと変わっていく。





夕暮れ時の楽団ホール。

美香が指揮者の合図に合わせてクラリネットを構えると、オーケストラの音が一斉に立ち上がった。


低弦がうねりを描き、金管が響き渡る。

まるで宇宙そのものが誕生の瞬間を再現するかのような壮大な響き。


壁際に腰を下ろした光子と優子は、ただ口をぽかんと開けていた。

「……」

二人の言葉は、音の奔流にすべて飲み込まれてしまっていた。


やがて第三章、「雨の記憶」が始まる。

ピチカートの細やかな響きが、滴る雨のように降り注ぎ、柔らかな木管の旋律が海の誕生を告げる。

光子が小さく息を呑む。

「……ほんとに、雨の音に聴こえる」


優子も、夢の中に迷い込んだような表情で頷く。


そして「巨獣の支配」。

ティンパニが轟き、金管が咆哮する。

地鳴りのような音がホール全体を揺らし、まるで恐竜たちが目の前を闊歩しているかのよう。


「すごか……」

普段は笑いの絶えない優馬でさえ、思わず押し殺した声を漏らした。

隣に座る美鈴も、腕をぎゅっと抱きしめながら、目を離せずにいた。


そして最終章、「問いかけの終曲」。

不安定な和音が積み重なり、最後には答えを示すことなく、宙に投げ出されたまま音が消える。


その瞬間、ホールには練習とは思えぬ静寂が落ちた。


光子も優子も、優馬も美鈴も、誰一人としてすぐには声を出せない。

ただ胸の奥をぎゅっと掴まれるような余韻に支配され、しばらくは呼吸することすら忘れていた。





演奏が終わり、団員たちが楽器を降ろす音だけがホールに残った。

静まり返った空気の中で、美香がクラリネットを抱えたまま、少し照れくさそうに笑って家族の方へ歩み寄ってきた。


「……どうやった? わたしの曲」


光子と優子は、まだ言葉にならないまま互いに顔を見合わせ、同時に息を吸い込んだ。


「すごすぎて……ことばが出らん」

「うん……ほんとに宇宙が、地球が、目の前に現れたみたい」


双子の真っ直ぐな瞳に見つめられ、美香は少し頬を赤らめた。


優馬は腕を組んだまま、深くうなずいた。

「美香、お前……すげぇな。こんな大曲を、まだ二十代で作るなんて。誇らしかぞ」


その横で、美鈴も瞳を潤ませていた。

「……まるで映画を観てるみたいだった。いや、それ以上やね。心の奥に、どんって響いた」


美香はクラリネットをぎゅっと抱きしめ、俯いて小さく「ありがとう」とつぶやく。


その声に、優子が思わず笑顔を浮かべて、元気よく言った。

「お姉ちゃん、今度の定期演奏会、ぜったい満員になるよ!」


光子もすぐに続ける。

「私たちも、友だちいっぱい誘うけん!」


家族の反応に、美香の目尻が少し緩んだ。

「……そげん言うてくれると、一番うれしい」


ホールの照明が少し落とされ、団員たちが片付けを始める。

その中で、小倉家の面々はまだ余韻に浸るように舞台を見つめていた。

今日聴いた音は、きっと一生忘れられない、と誰もが胸の内で思っていた。




美香が「高校2年の春に作曲した」と話した瞬間、光子と優子は同時に目をパチクリさせた。


「えっ……そのとき、うちらまだ6歳で幼稚園児やん!」

「ランドセルもまだやった頃やんね!」


二人がそう言って顔を見合わせて笑うと、美香もつられて笑った。

「そうそう、あの頃の双子ちゃんは、よくお絵かきしては“みてみて〜!”って見せにきよったもんね。

あのときは、まさか将来同じ屋根の下で過ごして、こんなふうに音楽や笑いを一緒に語り合うなんて思わんかったよ」


優馬がしみじみと口を挟む。

「6歳と16歳じゃ、10年も違うけん、当時は全然交わることもなかったんやな。けど今は、こうやって同じ時間を共有できとる。不思議やけど、すごく幸せなことや」


美鈴は微笑みながら双子の頭を撫でた。

「ほら、あの頃はまだちっちゃくて、お姉ちゃんに“抱っこ〜”ってよく飛びついてたの思い出すよ。

その二人が、今はこうして美香の演奏を真剣に聴いて、感動しよるんやけん……大きくなったなぁ」


光子と優子はちょっと照れくさそうに顔を見合わせ、声を揃えて答える。

「お姉ちゃんがかっこよかったけん、うちらも負けられんって思っとるっちゃん!」


美香はその言葉に、胸の奥からじんわりと温かいものが広がるのを感じた。

――6歳だった幼い妹たちが、今はしっかり自分の背中を追いかけてくれている。

その事実が、どんな賞賛よりも嬉しかった。





美香が高校2年の春、音楽室にこもって「地球讃歌」の第一楽章のメロディをノートに書き付けていた頃。


その隣のリビングでは、まだ6歳の光子と優子が、仲良く床に寝転びながらブロック遊びをしていた。


「みっちゃん、この恐竜、でっかかろ〜!」

「ゆうちゃん、それよりこっちのロボットのほうが強そうやん!」


二人が声を張り上げて笑い合い、ガチャガチャとブロックをぶつけ合う音が、ドアの隙間から音楽室に漏れてくる。


美香は最初こそ「静かにしてほしいなぁ」と思ったが、

不思議なことにそのブロックがぶつかるリズムが、心の中で生まれかけていたフレーズとどこか重なって響いた。


「……あれ、意外と悪くないかも」


そう思った瞬間、鉛筆が止まらなくなり、旋律のかけらが次々と譜面の上に並んでいった。


数日後、ようやく形になった冒頭部分をピアノで試し弾きしたとき、リビングからふたりのちいさな足音がドタバタと駆けてきた。


「わぁ!なんかかっこいい曲やん!」

「映画のはじまりみたいやん!」


光子と優子が揃って瞳をキラキラさせて言った。


「そ、そう? まだできたばっかりで……」

美香は照れながらも、幼い二人に真っ直ぐ褒められたのがすごく嬉しかった。


その日の夜、日記にこう書き残している。


――ブロック遊びの音が、この曲のリズムのヒントになった。

――光子ちゃんと優子ちゃんの笑顔が、この曲を前に進ませてくれた。


だから「地球讃歌」は、美香ひとりの曲ではなかったのだ。

あのとき幼稚園児だった双子の無邪気な遊び声が、確かに曲の根っこに息づいている。





秋の定期演奏会を控えたある夜。

夕食のあと、家族みんなでリビングに集まり、美香はふと語り出した。


「ねぇ、光子ちゃん、優子ちゃん。この《地球讃歌》を書いたの、実は高校2年の4月やったんよ」


「えっ? うちら、そのときまだ6歳やん!」

光子が目を丸くする。


「そうそう、幼稚園でさ、毎日ブロック遊びばっかりしよった時期やろ?」

美香がにこっと笑うと、優子が首をかしげながら思い出すように言った。


「なんか覚えとる! みっちゃんがピアノば叩きよったとき、うちら、でっかい恐竜とかロボットば作りよった」


「そうそう!」

美香は少し照れくさそうに続ける。


「あのブロックの“ガチャガチャ”いう音がね、不思議と曲のリズムに聴こえてきて……。実は《地球讃歌》の最初のアイデアは、あのときの二人のおかげやったとよ」


「えぇーー!?」

双子は同時に声をあげた。


「うちらの遊びが、このすごか曲のヒントになっとると?」

「なんか信じられんけど、ちょっと誇らしかね〜!」


双子のあどけない笑顔に、美鈴がふっと優しい視線を送った。


「ほらね、美香。あんたは昔から、家族と一緒にあるときに一番ええ音楽を生み出す子やったと」


優馬も腕を組みながら頷く。

「音楽にしろ人生にしろ、根っこには“人との繋がり”があるっちゅうこったな」


美香は照れながら、そっと視線を落とした。

「……うん。だからこの曲は、ただの地球の物語じゃなくて、私にとっては“うちら家族の物語”でもあるんよ」


光子と優子は、少し胸を張りながら言った。


「じゃあうちら、《地球讃歌》の隠れた共同作曲者やね!」

「ブロック担当〜♪」


その場は大きな笑い声に包まれ、昔と変わらない温もりがリビングを満たしていた。





地球讃歌の響き


リビングの窓から差し込む夕暮れの光が、ノートパソコンの画面に揺れている。画面の向こうには山口の温也と郷子。郷子はもう臨月を迎えた大きなお腹を両手で包み、少し照れくさそうに笑っている。


「こんばんは〜!光子ちゃん、優子ちゃん、もう中学生やもんね。大きゅうなったねぇ」


「こんばんは!郷子さん、お腹ほんとに大きくなっとる!もうすぐやん!」


優子が目を丸くすると、温也は少し照れながら笑った。


「そうそう。あとちょっとで父ちゃん母ちゃんになるっちゃけど、まだ信じられんのよ」


「そいより、今日は美香ちゃんの曲ば聴いてほしいっちゃん」


光子が胸を張ると、スピーカーから美香ちゃんが高校生の時に作曲した《地球讃歌》が流れ出した。宇宙の誕生を思わせる神秘的な旋律が響き、次第に地球の誕生、生命の繁栄と滅び、恐竜の闊歩、そして人の時代へと物語が流れていく。


郷子はじっと聴き入り、お腹を抱えたまま小さく呟いた。


「……この子の鼓動と重なって聴こえるよ。命の力を感じる」


温也も頷き、目頭を押さえながら言葉を継いだ。


「美香ちゃん、この曲はただの音楽やなか。生きとる証そのものたい。この子が生まれたら、必ず聴かせちゃる」


美香ちゃんは少し潤んだ瞳で、でもしっかりと答えた。


「温也さん、郷子さん、ありがとう。この曲は、生まれてくる命のためにも響かせたいって、今は強く思えるっちゃん」


リビングに、そして画面の向こうに、命を祝福するような静かなぬくもりが広がった。





小さな命に捧ぐ旋律


郷子はソファにゆっくり腰を下ろし、両手で大きくなったお腹を包む。指先で優しく円を描きながら、まだお腹の中にいる命に語りかけるように囁いた。


「ほらほら、光子ちゃん、優子ちゃん、聞いとる?お腹の赤ちゃんも今、音楽聴いとるっちゃけん」


スピーカーからは美香の作曲した《地球讃歌》が静かに流れる。宇宙の誕生から地球の生命の営み、恐竜の時代、そして現代へと至る壮大な物語を音で描き出す旋律。郷子はお腹の子に向けて、まるでその音楽が子守唄のようになるように話しかける。


「ねぇ、聴こえるね?美香ちゃんの音楽っちゃけん、優しいばい。お日さまも海も、森も、ぜんぶこの旋律に入っとるんよ。ほら、一緒に感じようね」


温也も隣で静かに頷き、目を閉じて音に耳を傾ける。家族の温もりが画面の向こうにも伝わり、リビングには静かな祝福の空気が漂った。


「お母さんたちがこの曲を聴いてるように、あんたも生まれたら、きっとこの曲を好きになるやろねぇ」


郷子の言葉に、温也も小さな笑みを浮かべた。


「うん。美香ちゃんの音楽、命に寄り添う旋律やけん、うちの子にもずっと聴かせたい」


お腹の中の赤ちゃんに届くように、旋律と家族の優しい声が重なり合う。小さな命も、きっと安心してその響きに身を委ねているようだった。





小さな命と双子の約束


郷子がお腹をさすりながら《地球讃歌》を聴かせる中、光子と優子も画面の向こうで笑顔を浮かべた。


「お姉ちゃんの曲、うちたちの子供にも絶対聴かせよね!」

「うん、胎教には絶対いいはずちゃけん!」


二人の目は輝き、まるで未来の小さな命にもこの壮大な音楽を届けることを約束しているかのようだった。


「光子ちゃん、優子ちゃんの子供も、きっとこの曲で元気に育つばい」

郷子は微笑みながら、お腹の赤ちゃんに話しかけるように呟く。


温也も頷き、そっと手を重ねる。音楽は家族の心をひとつにし、目に見えない絆をさらに深くする力を持っていた。


「みんなで聴いて、命のつながりを感じるばいね」


その日、画面越しに広がる温もりは、未来の小さな命にも確かに届いているように思えた。




12年前の記憶


ビデオ通話を終えた温也と郷子は、ふと目を閉じて、初めてミカに会った日のことを思い出した。


12年前のミカは、笑顔を見せることなく、固く心を閉ざしていた。虐待に耐え、生きることさえ諦めかけていた小さな少女。


それが、小倉家という笑顔の絶えない、優しさに満ちた家庭と出会い、自分の力で幸せを掴み取る姿に変わった。


温也は静かに呟く。「俺らと出会ったことも、きっと彼女が幸せになる一歩になったんやな」


郷子も頷き、心の奥にじんわりと感慨が広がる。あの日の小さな出会いが、今の温かい日常につながっていることを、二人は深く感じていた。


光子や優子の笑顔、そして生まれてくる命――そのすべてが、12年前の苦しみを乗り越えた力の証のように、二人の胸に染み入った。





新しい命への曲


美香と光子と優子は、画面の向こうでお腹の赤ちゃんを思いながら、心がほんわかと温かくなるのを感じていた。


美香が笑顔で言う。「ねぇ、次はこの赤ちゃんのために曲を作ってみようか」


光子と優子は目を輝かせ、二人で顔を見合わせる。「うん!」「歌詞、私たち書いてみようか」


美香は頷きながら、穏やかに付け加える。「赤ちゃんに、私たちの思いが届くように、優しく、でも元気いっぱいの曲にしようね」


光子と優子は二人してノートを手に取り、ペンを握る。小さな手が文字を描き出すたびに、未来の赤ちゃんへの愛と希望が、ふんわりと家の中に満ちていった。


まるで新しい命とともに、音楽の小さな種が芽吹くような、温かくて幸せなひとときだった。




曲:新たな息吹


【イントロ】


(ピアノの柔らかい旋律がゆっくりと空間を包み込む)

小春のキーボードが優しく寄り添い、光子のベースが静かに心臓のように響く。



【1番】(光子作詞)


小さな命が今 光を浴びて

優しい風に揺れる 未来の色

手を伸ばせば届く 夢のかけら

ここから始まるんだ あなたの物語



【サビ】(優子作詞)


ほら、息を感じて 笑顔がほら

あなたに贈るよ みんなの歌

新しい世界で 輝くために

小さな手と手を しっかり繋ごう



【2番】(光子作詞)


夜の静けさの中で 夢を描く

小さな鼓動に合わせて 歌を紡ぐ

未来のページは真っ白 自由に描こう

あなたの笑顔で 世界はもっとあたたかく



【サビ】(優子作詞)


ほら、息を感じて 笑顔がほら

あなたに贈るよ みんなの歌

新しい世界で 輝くために

小さな手と手を しっかり繋ごう



【アウトロ】


奏太のギターが空へ優しく伸び

ドラムのリズムがそっと背中を押す

ピアノの旋律と共に歌は静かに閉じ

小さな命に 柔らかな光を残す



ビデオ通話越しに、温也と郷子の顔には驚きと喜びが入り混じる。ファイブピーチ★のメンバーの息遣いまで伝わるような、ライブ感あふれる演奏が、初めての命を祝福するかのように響き渡った。





新たな息吹 — ビデオ通話の奇跡


ビデオ通話の画面がパッと光ると、温也と郷子の顔が映る。郷子のお腹は大きく膨らみ、まもなく臨月を迎えることがわかる。二人は目を丸くして、「え?なにごと?」と声をあげる。


「ファイブピーチ★でーす!今日は温也さんと郷子さんに、この曲を贈ります!」

奏太のギターが軽く弦をかき鳴らすと、画面越しに響き渡る音色に二人は思わず顔を近づける。


「ちょ、ちょっと待って、なにこれ…?」郷子は驚きで手をお腹に置いたまま呟く。

「ほら、聴いて!」光子のベースが穏やかに低音を刻み始め、優子のドラムが静かにリズムを作る。小春のキーボードも加わり、音の重なりが暖かく二人の心を包む。


美香がピアノを弾きながら、柔らかい声で歌い始める。光子と優子が作った歌詞が、初めて画面越しに温也と郷子に届く。



【歌詞の一部】


光子のパート

小さな命が今 光を浴びて

優しい風に揺れる 未来の色


優子のパート

ほら、息を感じて 笑顔がほら

あなたに贈るよ みんなの歌



演奏は一切途切れず、画面の向こうで温也の瞳は潤み、郷子はそっとお腹を撫でる。二人に伝わるのは、ただの音楽ではなく、「命の誕生を祝う温かさ」だった。


奏太のギターが優しく響き、光子のベースが心臓のように安定感を持たせ、優子のドラムが微かに背中を押す。小春のキーボードと美香のピアノが、画面越しでも立体的に命の息吹を描き出す。


「ねぇ…これ…胎教にも…いいんじゃない?」光子が小声で呟くと、優子も頷く。


郷子は微笑みながら、「うん、絶対いいと思う。お腹の子にも聴かせよう」と答え、二人の間に柔らかい静かな時間が流れた。




新たな息吹 — 曲の余韻


曲が静かにフェードアウトすると、画面の向こうで温也と郷子の目が潤んでいた。


「…え、うそ…なんて…素敵なん…」郷子は思わず手でお腹を撫でながら呟く。

温也も画面越しに両手で顔を覆い、「これは…やばいな…めっちゃ感動した…」と声を震わせた。


光子が画面に向かって手を振る。「喜んでもらえた?お腹の赤ちゃんも聴いてくれたよね?」

優子も笑顔で、「ちゃんと聴いとる?寝とらんやろね?」と声をかける。


奏太がギターをしまいながら、「これで、赤ちゃんもきっと元気に生まれてくるばい」と微笑む。

小春も、「お姉ちゃんのピアノに、みんなの演奏が重なったら、ほんとにあったかい曲になったね」と頷く。


美香が画面に近づき、柔らかい声で言う。「これからも、赤ちゃんにいっぱい歌ってあげようね。小さな命に届けたい想いがいっぱいあるけん」


郷子はそっと目を閉じて、「うん…ありがとう…みんな…」と静かに笑う。

温也も頷きながら、「俺も…本当にありがとう。こんな素敵な曲を贈ってもらえて、感謝しかない」と声を震わせる。


画面越しでも伝わる家族の温かさと、命の尊さ。ビデオ通話の向こうとこちらで、心がそっと重なり合った瞬間だった。




新たな息吹 — 赤ちゃんへの祝福


画面越しに、ファイブピーチ★のメンバーと家族が顔を揃える。


光子がにっこり手を振って、「赤ちゃん、こんにちは〜!うちら双子のお姉ちゃんやけん、いっぱい笑顔になれる毎日が待っとるばい!」


優子も元気いっぱいに、「いっぱい遊ぼうね〜!うにゃ〜あじゃぱーって元気になる魔法かけちゃるけん!」


小春が優しく、「赤ちゃん、夢いっぱい見て、楽しい毎日を送れるけん。うちらが音楽で応援するよ!」


奏太はギターを抱えて、「お兄ちゃんとして守るけん。元気に、幸せに育ってほしいばい!」


美香はピアノの鍵盤に指を置きながら、「赤ちゃん、あなたのために曲を作ったよ。世界で一番温かい音楽を贈ります。たくさん愛されて育ってね」


優馬と美鈴も画面に手を振りながら、「赤ちゃん、うちの家族もみんなで待っとるけん、元気に生まれておいで〜!」


アキラは微笑み、「赤ちゃん、人生は楽しいことも大変なこともあるけど、笑顔で乗り越えていけるように、一緒に冒険しよう!」


郷子はお腹を優しくさすりながら、「みんな…ありがとうね。赤ちゃん、ほんとに幸せ者ね」と涙をこらえつつ微笑む。

温也も頷きながら、「赤ちゃん、うちらとこのみんなに囲まれて、最高のスタートが切れるばい」と声を震わせる。


画面越しの笑顔と声が、赤ちゃんへの愛で満ち溢れる瞬間。みんなの想いが、これから生まれてくる小さな命にそっと降り注いだ。





新生の歌 — 赤ちゃんへの祝福


光子がベースを軽く鳴らすと、画面越しに赤ちゃんのいる郷子の顔が一瞬、驚きと好奇心で輝いた。

優子がドラムのスティックをトントンと鳴らし、「よっしゃ、赤ちゃん、うにゃ〜あじゃぱー行くばい!」と笑顔で声をかける。


小春がキーボードを弾き始めると、柔らかいメロディが部屋を包む。

奏太のギターが優しく重なり、音の波がまるで赤ちゃんを抱きしめるように揺れる。


そして美香がピアノの前に座り、静かに鍵盤を押しながら歌い始めた。



♪ようこそこの世界へ 小さな光よ

♪笑顔と夢で満たす あなたの毎日

♪温もりと愛が ずっとそばにある

♪泣いても笑っても みんなで守るばい


光子と優子も声を合わせ、元気なツインボーカルでサビを歌い上げる。


♪にーにとお姉ちゃんが いつも一緒ばい

♪うにゃ〜あじゃぱーの魔法で 幸せいっぱい


奏太がギターでリズムを刻み、優子のドラムが軽やかに跳ねる。小春のキーボードがメロディを飾り、曲は温かく、希望に満ちた音の流れとなった。


画面越しの郷子は涙を浮かべ、温也はにこやかに頷く。

赤ちゃんも小さな手を動かし、まるで音楽に反応しているかのようだった。


曲が終わると、メンバー全員で手を振りながら声をそろえた。


「赤ちゃん、うちの音楽、気に入ったかな〜!」


郷子はお腹の子に手を当てながら、「ほんとに…ありがとうね。みんなの愛がいっぱいだね」と、しみじみ笑った。

温也も、「これでうちの赤ちゃん、幸せに生まれてきそうばい」と、顔をほころばせる。


画面越しの小さな家族と大きな家族の笑顔が、ひとつになった瞬間だった。










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