おめでた報告と、さおりの告白
祝福の輪
光子「えっ、マジで?温也くん、郷子ちゃん、おめでとうばい!」
優子「すごかぁ〜!ほんとにおめでたかね!」
さおり「わぁぁ、びっくりしたぁ。めでたいっちゃ!」
温也「ありがとう……二人とも、まだ信じられんばい」
郷子「ちょっと恥ずかしいけど、うれしいねぇ」
グルチャは祝福の嵐。
美香「おめでとう、素敵なニュースやねぇ」
拓実「すげー、赤ちゃんかぁ……楽しみやん」
翼「ほんとに、めでたいなぁ」
光子「わたしたちも楽しみにしとくけん」
優子「うんうん、元気な赤ちゃん生まれてきてね」
さおり「いやぁ、グルチャでみんなと一緒に喜べるなんて、うれしかぁ」
こうして、スーパーコチョコチョの興奮が落ち着いた後、グルチャには温かい祝福の輪が広がった。
笑いと幸せが交差する、みんなの居場所がまた一段と輝く瞬間だった。
クリスマスの奇跡
リビングのグルチャがにぎやかに光っている。笑い声とチャット通知の音が入り混じり、画面の向こうからは楽しそうな声が次々と聞こえてくる。そんな中、温也と郷子夫妻からひとつの報告が届いた。
「実は……私たち、赤ちゃんができました!」
画面越しに、思わず拍手と歓声が湧き上がる。さおりもミカお姉ちゃんも、光子と優子も、全員が笑顔で祝福の言葉を送った。
「おめでとうございます!」「よかったね〜!」
そして、チャットの流れの中で、郷子がつぶやいた。
「出産予定日……12月25日です」
その瞬間、美鈴はふと手を胸に当て、にっこりと笑った。
「まあ、なんと……私の誕生日と一緒やんね。これはまた、特別なクリスマスになりそうやわ」
光子と優子は画面越しに「お母さんもおめでとう〜!」と声を揃える。さおりも、「わあ、すごい!」と目を輝かせた。
画面の向こうとこちらで、みんなの気持ちがひとつになった。クリスマスという日に、母としての誕生日と新しい命の誕生が重なるという奇跡に、自然と笑顔と祝福が広がっていく。
「みんなで、この日を楽しもうね」
美鈴の声に、チャットの向こうもこちらも、心が温かく包まれたような気がした。
性別はお楽しみ
グルチャの画面は、まだ興奮冷めやらぬ雰囲気でいっぱいだ。
「で、赤ちゃんは男の子?女の子?」
誰かがつい訊ねると、郷子はにっこりと笑いながら手を振った。
「ふふ、まだ生まれるまでのお楽しみやけんね」
「えー、気になるー!」と、さおりが目を輝かせる。
「でも、それも楽しみやんね」と、美鈴が微笑む。
光子と優子も、「生まれてからのお楽しみやけん、想像しながら待っとこう!」と元気よく返す。
画面の向こうの温也も、「どっちでも元気に生まれてきてくれたらそれで最高やね」と、嬉しそうにうなずいた。
こうして、まだ見ぬ命の性別は秘密のまま、みんなの心には温かい期待とワクワクが広がっていった。
夏休み前の相談
さおりは少しもじもじしながら、光子と優子に相談した。
「私、奏太くんと少し話してみたいな…」
優子がすぐに答える。
「じゃあ、この前、全員と連絡先交換したよね。思い切って、連絡してみたら?」
さおりは首をかしげる。
「でも、彼女さんがいたら…」
光子が笑顔で手を振った。
「大丈夫。まだ奏太兄ちゃんはフリーやけん」
「でも…なんで話したらいいのか、わからんとよ…」
さおりの声には少しの不安が混ざっていた。
優子が軽く肩を叩いて励ます。
「そしたら、まずは簡単な挨拶からでよかと。例えば、『夏休みどう過ごすと?』とか、『この前のコンサートどうやった?』とか、気軽に話せることから始めたらよかとよ」
光子も笑顔で続ける。
「うん、あんまり構えすぎんで。自然体で話すと、奏太兄ちゃんもきっと喜ぶよ」
さおりは少し安心した顔になり、頷く。
「そっか…じゃあ、やってみようかな」
こうして、さおりは勇気を出して、奏太とのやり取りの第一歩を踏み出そうとしていた。
初めての通話
さおりはスマホを手に握りしめ、奏太の連絡先を画面に表示させた。
「えっと…ここで…通話ボタンを…」
指先がボタンに触れかけるが、何度も躊躇する。心臓がドキドキして、手が震える。
優子が横からそっと声をかける。
「さおり、緊張すると思うけど、これは、私たちも手伝えんけんね」
光子も微笑む。
「そうよ。奏太兄ちゃんが好きなんやったら、自分の口からその気持ちを伝えんと」
さおりは深呼吸を一つして、スマホの画面を見つめた。
「うん…わかった…」
勇気を振り絞り、指先を通話ボタンに滑らせる。
「い、いく…!」
そして、ついに画面が変わり、通話が始まろうとしていた――
初めての通話でのドキドキ
スマホの画面越しに奏太の顔が映る。さおりの心臓はバクバク。言葉がなかなか出てこず、何度も噛んでしまう。
「えっと…あの…わ、私…その…」
奏太が優しく声をかける。
「さおりちゃん、大丈夫? 何か話があるんだろ?」
さおりは深呼吸をして、どもりながらも言葉を絞り出す。
「わ、私…そ、その…奏太くんと…話がしてみたいなって…えっと、終業式が終わったら、どこかに出かけながら…お話ができたら…と思います…」
画面の向こうの奏太はにっこり笑い、安心させるように頷いた。
「あぁ、じゃあこの週末じゃね。いいよ。南中の校門に集合して、どこかランチでも食べようか」
さおりはホッと胸を撫で下ろす。
「は、はい…! わ、わかりました…」
初めての通話で緊張しきったさおりだったが、奏太の優しい対応に、少しずつ心が軽くなっていった。
初めてのランチデート(博多弁版)
終業式が終わり、さおりは家に戻って制服を脱ぎ、白地に青空が描かれたTシャツとツーピースのスカートに着替えた。胸の奥がそわそわと騒ぐ。
「今から家出るけん、ちょっと待っとってね」と、奏太にメッセージを送る。
通学路はいつもと同じなのに、なんだか妙に長く感じる。心臓はバクバク、手のひらも少し汗ばんでいる。
やっと校門が見えた。スラっとした体格の奏太が、にこやかに待っている。
「ごめんなさい。お待たせしました。今日はよろしくお願いします」と、さおりは小さく頭を下げる。
奏太はにっこり笑い返し、
「こちらこそよろしくお願いします。じゃあ、さっそく行こうか」と、自然な感じで手を差し伸べる。
さおりはその手にそっと触れ、胸がドキドキする。今日のランチデートは、二人にとって特別な時間の始まりだった。
ランチでのドキドキ
二人は学校の近くのカフェへ向かう。小道を歩くたび、さおりの心臓は早鐘を打つ。
「こっちの道の方が近かけん、こっち行こか」と奏太。
「はい、わかりました」と答えつつも、足が少し重くなるさおり。
カフェに着くと、窓際の席に案内される。外の光が差し込み、店内は温かい空気に包まれている。
「何食べる?」と奏太。
「えっと…オムライスでお願いします」と、どもりながら注文するさおり。
奏太も同じものを頼み、二人でメニューを見ながら、少しずつ会話が始まる。
「学校のこと、どう?新学期になってから」
「うーん、みんな優しかったけど、まだ慣れんことも多かね」
奏太はにこっと笑い、
「そうやろね。でもさおりちゃんなら大丈夫やと思うよ」
その言葉に、さおりの頬は自然と赤くなる。
やがてオムライスが運ばれてくる。二人並んで食べるのは、なんだか不思議で少し照れる時間だった。
「なんか、緊張するね」とさおり。
「俺もや。けど、こうやって一緒におると安心する」と奏太。
窓の外には春の光が降り注ぎ、二人の間に柔らかい空気が流れる。
さおりは心の中で、小さくつぶやく。
「奏太くんと話せて、ほんとに来てよかった…」
そして、ランチは笑いも交えながら、穏やかに進んでいった。
の内を話す
ランチを食べながら、さおりは少しずつ勇気を出して話し始める。
「私ね…前は、あんまり自分に自信がなかと。学校でも部活でも、どうしても引っ込み思案になって…」
奏太はうなずきながら、「そっか…無理せんでいいんよ。焦らんでいい」とやさしく言う。
さおりは少し笑って、話を続ける。
「でも、みっちゃんとゆうちゃんに出会えて、落語研究会にも入れてもらって…なんか、私でもできることあるんやって、少しずつ思えるようになったと」
「そうやったんや。それはよかったね」と奏太。
「うん…ほんとに、ありがとうって思う。みんな優しかったし…」
心の奥で抑えていた思いが、言葉になって吐き出される。
奏太も笑顔で、「さおりちゃん、そうやってちゃんと話せるんやね。すごいと思うよ」と返す。
その言葉に、さおりの胸はじんわり温かくなる。
初めて自分の気持ちを安心して話せる相手ができた、その喜びが体中に広がった。
「これからも、少しずつでも、いろんなこと挑戦していきたいな…」
「うん、俺も応援するけん」と奏太。
二人の視線が交わる瞬間、さおりの中で小さな勇気の花がそっと咲いた。
特性を伝える
ランチの途中、さおりは少し間を置いてから、勇気を振り絞るように話し始める。
「奏太くん…私、ちょっと人と違うところがあって…それが、たまに困ることもあると」
奏太はすぐにうなずき、安心させるように言う。
「うん、わかった。無理に隠さんでいいけん、話してみ?」
さおりは深呼吸をして、ゆっくりと続ける。
「私はね、人の表情や空気を読み取るのが少し苦手やったり、急に大きい声や音があるとびっくりしてしまったり…あと、考えごとに集中しすぎて、周りが見えん時もあると」
奏太は真剣な目で聞き、静かにうなずく。
「なるほどね。そしたら、もし何か困っとる時は、俺に教えてくれたらいいんよね?」
「うん…そうしてもらえると助かると。前は、自分でなんとかせんと…って思いすぎて、余計に大変になったこともあったけん」
「そっか、教えてくれたら、俺も手伝えるけん。焦らんで大丈夫やよ」
さおりは少しほっとして、笑みを浮かべる。
「ありがとう…奏太くん。こうやって話せるだけでも、気持ちが軽くなると」
二人は、言葉を交わすだけでなく、互いの理解と思いやりを少しずつ積み重ねていく。
さおりにとって、この時間は、自分をそのまま受け入れてもらえる安心感に満ちた、大切なひとときとなった。
一目惚れの告白
ランチを食べ終えて、少し落ち着いた頃。奏太がふと、真っ直ぐな目でさおりに問いかける。
「でもさ…どうして俺と話をしたいって思ったと?」
その言葉に、さおりの心臓はさらに早鐘を打つ。
勇気を振り絞って、視線を伏せたり上げたりしながら答える。
「こ、この前…れ、レコーディングに…参加させてもらったときに…」
「奏太くんの、その真剣さとか…すごく、かっこいいなって思って…」
一度言葉がつかえて、喉がカラカラになる。
それでも逃げずに続けた。
「そ、その……わ、わた、わたしの……」
顔を真っ赤にしながら、しぼり出すように言葉を続ける。
「い、一目惚れです……」
一気に言い切ってしまうと、さおりは両手で顔を覆ってしまった。
声が震え、全身が熱くなる。
「こ、これまで…みんなと一緒のときに話させてもらったことはあったけど…」
「い、一度、二人きりで…話ができたらなって……思っとったと」
奏太は少し驚いた表情を浮かべ、それからゆっくりと笑顔になる。
真剣に、けれど優しい声で言った。
「そうやったと…。正直、今の言葉、すごく嬉しいよ」
さおりは指の隙間から恐る恐る奏太の顔を覗き見る。
そこにあったのは、からかいではなく、あたたかい笑みだった。
彼女の勇気が、確かに届いた瞬間だった。
奏太の返事
さおりの震える声が途切れると、あたりに小さな沈黙が流れた。
レストランのざわめきの中で、その沈黙だけがやけに長く感じられる。
さおりは両手で顔を覆ったまま、心臓が破裂しそうだった。
「ど、どうしよう…嫌われたらどうしよう…」
頭の中でぐるぐる不安が渦巻く。
すると、不意に優しい声が返ってきた。
「さおりちゃん」
顔を上げると、奏太が真っ直ぐな瞳でこちらを見ていた。
冗談も、迷いもない目。
「俺もね、さおりちゃんのこと、すごく気になっとったと」
「最初は、光子とか優子と一緒におる、ちょっと大人しい子やなぁって思っとったばってん…」
「一生懸命言葉を伝えようとするとことか、周りの人のことをちゃんと見とる優しさとか…」
「そういうの、すごくいいなって思っとった」
さおりの胸がドクンと鳴る。
「さっき一目惚れって言ってくれたやろ?」
奏太は少し照れたように笑ってから、言葉を続けた。
「俺のほうこそ…今こうして勇気出して気持ちば伝えてくれたさおりちゃんに、一目惚れや」
一瞬、さおりの頭が真っ白になる。
そして次の瞬間、頬が一気に熱くなる。
「えっ…ほ、ほんとに…?」
「もちろん」
奏太は笑ってうなずいた。
「だから…俺からもお願い。これから、俺の彼女になってくれん?」
さおりは言葉にならず、ただこくこくとうなずくしかなかった。
目には涙が浮かび、笑顔がこぼれる。
こうして、さおりの初めての恋は、しっかりと両想いになったのだった。
夏のデートと宇宙
お店を出ると、むっとした夏の熱気が二人を包んだ。
空は真っ青で、アスファルトから陽炎が揺れている。
「うわぁ…やっぱ暑かね」
奏太が額に汗をにじませながら、さおりの横を歩く。
「うん…」
さおりもハンカチで頬を拭きながら、少し息を切らしている。
すると奏太が、ちらっとさおりの顔を見て、気遣うように言った。
「さおりちゃん、どっか涼しかとこ行かん? 映画館でもええし、博物館でも」
さおりは少し考えてから、目を輝かせた。
「あの…博物館に行ってみたい。わたし…宇宙のこと、ずっと好きで。よく宇宙の本ば読んどるっちゃん」
奏太は目を丸くした。
「へぇ!そうやったと? なんか意外やな。宇宙少女かぁ」
「う、宇宙少女って…」
さおりは顔を赤らめながら笑った。
「よし、じゃあ決まりやね。地下鉄で博物館行こうか。ちょうどプラネタリウムもあるはずやし」
二人は駅へと歩き出す。
暑い外から地下鉄に入り、冷房の効いた車内に腰を下ろすと、さおりはほっと一息。
奏太は、さおりが嬉しそうに窓の外を眺める横顔を見て、ふと微笑んだ。
(さおりちゃん、ほんとに好きなことの話になると、目が輝くんやな…)
やがて博物館に着き、館内に入ると、ひんやりとした空気が迎えてくれる。
大きな展示ホールには、惑星の模型や宇宙飛行士のスーツが飾られていた。
「わぁ…すごい…!」
さおりは夢中になって説明パネルを読み、模型を覗き込み、まるで小さな子どものように楽しそうだ。
奏太はそんな姿を見て、思わず笑ってしまった。
「ほんとに好きなんやね。…さおりちゃん、将来、宇宙飛行士とか目指すんやないと?」
「そ、そんな…」
さおりは照れながらも、心の奥ではくすぐったい嬉しさを感じていた。
そして二人は、次のプラネタリウムの上映時間を待つことになる。
星空の約束と「小倉家ギャグ」
プラネタリウムのドームが暗くなり、天井いっぱいに無数の星が広がる。
ナレーションとともに、季節の星座がゆっくりと現れていく。
隣に座る奏太の横顔は、柔らかい光に照らされて落ち着いた表情をしていた。
さおりは、胸がどきどきしながらも星空に見入っていた。
やがて、ナレーションの声が告げる。
「次回の天体観測会は、7月末の夜に開催されます。望遠鏡で土星や木星をご覧いただけます」
その瞬間、さおりは小さく息をのみ、勇気を出して奏太に囁いた。
「奏太くん…あの…天体観測会、一緒に行かない?」
奏太は少し驚いたようにさおりを見つめ、やわらかく笑った。
「うん、いいよ。二人で行こうか」
目と目が合った瞬間、さおりは顔を真っ赤にして視線をそらした。
心臓の鼓動がプラネタリウムの星々の輝きと重なるように感じられた。
⸻
デートを終えて家に帰ると、さおりはスマホを手に取り、グルチャのビデオ通話に参加。
画面には光子、優子、美香、はなまるツインズ、そして他のみんなの顔が並ぶ。
光子が先に気づく。
「おっ、さおりちゃん!どげんやったと?デート♡」
顔を赤らめたさおりは、どもりながらも報告する。
「えっと…博物館に行って…プラネタリウムを見て…7月末の天体観測会に…奏太くんと…一緒に行くことになりました」
一瞬の沈黙のあと、光子と優子が声をそろえて爆笑。
「わはははは!思い出したぁ!お父さんのあのギャグ!」
美香が首をかしげる。
「ギャグって何?」
光子と優子が顔を見合わせ、声を張り上げる。
「『ビーナスは美の焼酎!』」
画面越しに一同、大爆笑。
温也なんて「腹筋崩壊する〜」とソファに転げ回り、郷子も涙をぬぐいながら笑っている。
さおりはぽかんとしながらも、思わず吹き出した。
「な、なんですかそれ…」
優子が笑い泣きしながら説明する。
「小倉家の伝統ギャグたい!昔から、お父さんが星見ながら必ず言いよると!」
さおりもつられて笑い、胸の緊張がふっと解けていった。
「じゃあ…観測会のとき、私も一緒に言ってみようかな」
その言葉にまたみんなが爆笑し、グルチャは笑い声に包まれた。
星空の下の約束
夕暮れ時。
奏太とさおりは、観測会の会場近くにある小さなイタリアンレストランに入った。
木目調の落ち着いた雰囲気の店内に、トマトソースとバジルの香りが漂う。
「今日は俺が出すけん、遠慮せんで食べり」
奏太はメニューを見ながら、自然体でそう言った。
「えっ…でも…」
さおりは少し遠慮がちにうつむいたが、
「初デートやけんね、ここは俺にカッコつけさせて」
と笑顔で言われ、胸が熱くなる。
パスタとピザをシェアして、デザートにティラミスを食べる。
「おいしい…」と頬をほころばせるさおりを見ながら、奏太もまた穏やかな笑みを浮かべていた。
⸻
やがて、外は群青色の空に変わり、夏の遅い日没を迎える。
夜の帳が下りた20時、観測会が始まった。
芝生の上に設置された大きな望遠鏡を覗き込むと――
リングをまとった土星がそこにあった。
「わぁっ…!ほんとに、輪っかが見える…!」
さおりは目を輝かせ、声を弾ませる。
続いて木星を観ると、表面の縞模様や小さなガリレオ衛星が見え、
「すごい…すごい…!」と息を呑む。
夏の夜空を彩る星々――
蠍座のアンタレスが赤く瞬き、
琴座のベガ、鷲座のアルタイルが夏の大三角を形づくっていた。
「星って…こんなにきれいなんだ…。ずっと本で読んでたけど、やっぱり生で見ると全然違う」
さおりの声は、興奮と感動で震えていた。
奏太はそんな彼女を横目で見ながら、静かに言った。
「さおりちゃん、ほんとに星が好きなんやね。目がキラキラしとる」
「うん…大好き…。私、いつか…自分でも星を研究できるようになりたい」
その夢を語る姿に、奏太はしばらく見とれてしまい、
「…そげん夢中になれるもんがあるって、めっちゃカッコいいと思う」
と心からの言葉を返した。
ふたりの間を、夏の夜風が静かに吹き抜ける。
「大切な人」
観測会が終わり、ふたりは会場をあとにした。
「今日はありがとう。めっちゃ楽しかった」
「わたしも…。ほんとに幸せな時間やった」
そう言いながら、次にどこに行こうかと自然に話題が広がる。
「また会える?」
さおりが勇気を出して尋ねると、奏太は迷いなく、
「もちろん。次は…映画とかどう?」
と笑顔で返してくれた。
――また会える。
その約束が、さおりの胸に灯をともした。
⸻
帰りの地下鉄。
車内は程よく混んでいたが、二人は隣同士に座り、今日の星の話を続けていた。
「ベガの青白さ、すごかったね」
「俺は土星やな。あんなにハッキリ輪が見えるとは思わんかった」
そんな会話をしているうちに、やがて最寄りの駅に到着。
地上に出ると、夏の夜風が心地よく吹き抜けていった。
「家まで送るけん」
奏太が言い、さおりは少し恥ずかしそうに頷いた。
⸻
自宅の前に到着し、ベルを鳴らす。
ガチャ、と玄関のドアが開くと、弟の翔介が顔を出した。
「お姉ちゃん、おかえり。…あれ?この人は?」
少し戸惑ったさおりは、一呼吸おいてから、
「わたしの…大切な人。奏太さん」
と照れながら紹介した。
「えっ…!お姉ちゃんに恋人ができたと!?」
翔介は目を丸くし、すぐにニヤリと笑った。
「おめでとうやん!」
思わぬ祝福に、さおりは顔を真っ赤にし、奏太も照れ笑いを浮かべる。
大畑奏太です」
さおりの声に呼ばれて、玄関の奥から両親が現れた。
「おかえり、さおり」
優しい声をかける母・静子の隣に、父・恵一も立っていた。
奏太は軽く深呼吸をして、一歩前に出る。
「こんばんは。大畑奏太と申します。さおりさんとお付き合いさせていただくことになりました。今日は天体観測会に行って、夜も遅くなってきましたので、送らせていただきました」
玄関の灯りに照らされ、少し緊張した面持ちで頭を下げる奏太。
その誠実な態度に、静子はふっと微笑んだ。
「さおりから伺ってますよ。とても真面目で、一生懸命な方だって」
恵一も静かに頷き、
「遅い時間に送っていただいてありがとう。今日はもう遅いから、また今度ゆっくりお話しさせてくださいね」
と落ち着いた声で答えた。
さおりはそのやりとりを横で聞きながら、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じていた。
(あぁ…私、本当に、大切な人ができたんだ…)
グルチャ大報告」
夜10時を回った頃、さおりは自室に戻り、ベッドの上に腰を下ろした。
胸のドキドキはまだおさまらないけれど、どうしても伝えたいことがあった。
スマホを手に取り、グルチャのビデオ通話に参加する。
画面に映る光子、優子、美香、アキラ、はなまるツインズ、温也、郷子たち。
「こんばんは〜!」と一斉に声が飛ぶ。
さおりは少し緊張しながらも、にっこり笑って言った。
「みんなに報告があるんだけど…わ、わたし、今日…奏太さんを家族に紹介しました」
一瞬の静寂のあと、
「えーーーーっ!!!」
画面越しにみんなが声を揃えて叫んだ。
光子が「ついに…ついにその時が来たとね!」と大興奮し、
優子は「お姉ちゃん、ほんとに恋人できたんやん!めっちゃおめでとう!」と拍手。
美香は「さおりちゃん、堂々と報告できたのすごいよ。えらい!」としみじみ。
郷子はニコニコしながら「さおりちゃんは、さおりちゃんのままでいいとよ。ちゃんと自分で伝えられて、すごいことやん」
温也も「彼氏公認か〜、こりゃグルチャの一大ニュースやね!」と冷やかす。
さおりは照れ隠しのように笑いながら、
「みんな、ありがと。すごく緊張したけど、ちゃんと挨拶できてよかった」
その後は恒例の爆笑トークタイムに突入。
アキラが「次はもうプロポーズの練習やな」とちゃかし、
はなまるツインズは「その時はウチらが余興で漫才やるけん!」と盛り上げ、
みんなで笑い転げる夜になった。
「ペペロンチーノの記憶」
グルチャの通話はまだまだ盛り上がっていた。
光子がふと思い出したように尋ねた。
「でさおり、晩ごはんはどこで食べたと?」
さおりは少し照れながら答える。
「博物館の近くにあったイタリアンのお店で。奏太さんがごちそうしてくれました」
「イタリアン!」
その言葉に、双子ちゃん――翼と拓実の頭に、ある記憶がよみがえる。
(ペペロンチーノを……ペロンペロンチーノって……)
そう、優馬お父さんが昔、家族の食卓で披露した渾身のダジャレだった。
あまりにもくだらなくて、でも強烈すぎて、二人の脳裏に鮮明に刻み込まれている。
「……ぷっ」
「……ふふっ」
耐えきれず、双子ちゃんが同時に吹き出した。
「え、な、なに?どうしたと?」とさおりが不思議そうに首をかしげる。
双子ちゃんは顔を見合わせ、声をそろえて言った。
「いやね、イタリアンって聞いたら、うちのお父さんが昔、ペペロンチーノのことを“ペロンペロンチーノ”ってボケ倒したのを思い出してしもて…!」
グルチャの画面が一気に爆笑の渦に包まれる。
優子は「お父さん、あれマジで懇親のギャグやったよね!」と涙を拭き、
美香お姉ちゃんも「何回聞いてもアレは反則やわ…!」と笑い転げる。
当のさおりも、しばらく意味がつかめずに首をかしげていたが、
やがて「……ぺ、ペロンペロンチーノって……!」と理解してしまい、
顔を真っ赤にして爆笑の仲間入り。
最後に優馬本人が通話に顔を出し、
「お、懐かしいやん。そのネタ、まだ生きとったとね!」とドヤ顔。
美鈴に「いや、あんたそれ何年も前から言いよるやろ」と突っ込まれて、さらに大爆笑。
その夜のグルチャは、「ペロンペロンチーノ祭り」と化したのだった。
「奏太、禁断のギャグを放つ」
次の週末、さおりと奏太は再びデートに出かけた。
場所は、前回と同じ博物館近くのイタリアン。
奏太がメニューを開きながら、ふとさおりを見てニヤリとする。
「さおりちゃん、この前のグルチャで話題になっとったやつ、覚えとる?」
さおりは首をかしげる。
「え?どれのこと?」
奏太は、店員を呼ぶ前に深呼吸して、声を低めて言った。
「……ペペロンチーノじゃなくて……ペロンペロンチーノ!」
その瞬間――。
「ぷっ……!ははははっ!」
さおりは思わず吹き出してしまった。
顔を両手で覆って、肩を震わせて笑っている。
「やっぱりウケた!」
奏太はしてやったりの顔で笑い、
「俺も小倉家の伝統芸をちゃんと継承せんといかんやろ?」と胸を張る。
さおりは笑いながらも、涙を拭いながら言った。
「もぅ……奏太くんまでそんなこと言い出すと、絶対お義父さんと仲良くなれるよ!」
二人の笑い声はイタリアンの店内に広がり、
隣のテーブルのカップルまで「何がおかしいんやろ」と笑ってしまうほど。
デートが終わったあと、例によってグルチャに報告すると――。
優子:「え!?奏太兄ちゃん、ついにやったん!?」
光子:「お父さんと同じ匂いがするww」
美鈴:「あら、奏太くんも“ペロンペロンチーノ組”に入隊ね」
優馬:「よっしゃ!ようこそ!これからは俺と一緒に世界へ広めていこう!」
グルチャはまたもや大爆笑の渦に包まれ、
さおりは恥ずかしさと嬉しさで胸がいっぱいになっていた。




