クラスが一つにまとまるために
新曲練習と爆笑ネタ作り
テレビ収録を終えた翌日、スタジオに再び集まるファイブピーチ★のメンバーとさおり。
⸻
光子:「さおり、昨日のテレビ出演、よか顔しとったねぇ!」
さおり:「えへへ、ありがとうございます…。でもまだ緊張して…」
優子:「大丈夫ばい。ほんなら、今日は新曲『抱きしめてサマーアゲイン』の練習と、爆笑ネタば考えていくけんね!」
さおりは少し緊張しながらも、スタジオの中央に立ち、みんなのテンポに合わせる。
さおり:「はい、やってみます!」
光子がリズムを取り、優子がギャグの流れを指示し、さおりも徐々に声を出せるようになる。
光子:「さおり、その部分、もうちょっと間を置くと、オチが際立つばい」
さおり:「なるほど、こうですか…?」
優子:「うんうん、ばっちりやん!ほんなら次は私がボケるけん、つっこんでー」
三人で爆笑ネタを何本も試しながら、曲のサビも練習。さおりは最初はぎこちなかったが、徐々に笑いながら自然にボケやつっこみを入れられるようになる。
さおり(心の中):「あぁ、落語研究会に入ってよかった…こんなに自由に笑えるなんて…」
光子:「さおり、ほんなら次のネタ、さおりの家族の話ばやってみん?」
さおり:「え!私の家族…ですか?」
優子:「うんうん、鹿島家の日常ばギャグにして、高座でやってみるとよかよ」
さおりは少し恥ずかしそうに笑いながらも、ノートを取り出し、ネタの構成を考え始める。
さおり(心の中):「よし…これなら、私のペースで笑いを届けられるかも…!」
光子と優子も笑顔で頷き、三人の練習は夕方まで続く。スタジオには、音楽と笑い声が絶えず響き、まさにファイブピーチ★の明るいエネルギーが満ちていた。
落語の型をつかむ
スタジオの一角、練習用の小さな高座の上。さおりはノートを手に、少し緊張気味に立っていた。
⸻
光子:「さおり、オチはここでちょっと間を置くと、観客が声出して笑いやすかけん」
さおり:「こうですか…えっと…」
さおりが少し間を取ると、光子が優しく頷く。
優子:「そんで、ここで手をこう動かすと、ボケがもっと引き立つとよ」
さおりは手の仕草を真似てみる。初めはぎこちなかったが、光子と優子の笑顔に励まされ、少しずつ自然になっていく。
さおり(心の中):「あぁ、こうやって観客を笑わせるための間や仕草があるんだ…」
⸻
練習を重ねるごとに、話の間や声の強弱、視線の向け方も意識できるようになり、ボケとツッコミのタイミングも次第にぴったり合うようになった。
光子:「いいやん!今のボケの間、絶妙やったばい」
優子:「うんうん、ツッコミもキレとるし、観客なら絶対笑うやろうな」
さおりも思わず笑顔になる。
さおり:「あぁ…なんか、オチが決まったときのこの感じ…気持ちよか!」
光子:「ほんなら、次はそのオチの前後を少し変えてみようか。そうすると、もっとインパクトが出るっちゃ」
優子:「うんうん、あと声のトーンも上げ下げして、ここは強めに、ここはゆるく、ばい」
さおりは声の強弱を意識しながら、高座の上で体を動かす。
少しずつ、自分のリズムで話せるようになり、観客役の光子と優子も、爆笑と拍手で応えてくれる。
さおり(心の中):「やっぱり落語って、ただ話すだけじゃない。間とか仕草とか、全部が笑いにつながるんだ…」
こうして、さおりの創作落語は形を取り始め、ボケもツッコミも絶妙なタイミングで決まる、完成度の高い一席へと近づいていった。
なぜ仲間に入れてくれたのか
練習が一段落して、お茶を飲みながら3人はリビングでくつろいでいた。
ふと、さおりが真剣な表情で問いかける。
⸻
さおり:「……ねぇ、みっちゃん、ゆうちゃん。なんで、うちを仲間に入れてくれたと?」
光子と優子は、一瞬だけ顔を見合わせて、うなずき合う。
光子:「うちらはね、みんな心に大きな傷を抱えとると」
優子:「そうそう。例えばね、美香お姉ちゃん。うちらが3歳の時に小倉家に来たんやけど、それまで実の親から虐待ば受けとった」
さおりの目が大きく見開かれる。
光子:「アキラ兄ちゃんは小さい頃、ずっといじめられてきたし……しかも両親を事故で、目の前で亡くしとる」
優子:「うちら自身も、4年前に交通事故に巻き込まれて、重傷負ったっちゃ」
少し声を落として、二人は淡々と話すが、その瞳の奥には今も残る痛みが浮かんでいる。
光子:「奏太にいちゃんと小春ちゃんは、逆に交通事故の“加害者家族”として、辛い思いをしてきた」
優子:「うちのお母さんも若い頃、事故に巻き込まれて、生死の境ばさまよって。幽霊みたいになっとったとよ。でも、お父さんの思いが通じて、奇跡的に意識を取り戻したっちゃ」
さおりは息を呑む。話がどんどん重なっていく。
光子:「翼と拓実は、うちらの事故を目の前で見てしまって、その光景が心に残っとる」
優子:「だからね、さおりのことも気になったと。さおりには、さおりの特性や生きづらさがあるやろ?でも、それは仲間外れにする理由にはならんけん」
光子が微笑む。
光子:「むしろ、それを理解して、一緒におれる人間が必要やって思ったとよ」
優子:「そう。うちらは“笑い”で生きとる。心の傷を抱えたままでも、一緒に笑えば、その痛みは少し軽くなるやん」
⸻
さおりの目には涙が浮かんでいた。
さおり:「……うち……そんなふうに思ってもらえたなんて……」
光子がハンカチを差し出す。
光子:「泣くなって。泣くんやなくて、笑うんよ。ここは“笑い”の仲間やけん」
優子:「そうそう!泣きたいときは泣いてよかけど、最後は笑おうや。さおりも、もううちらの仲間やけんね」
涙を拭ったさおりは、小さく笑った。
さおり:「……ありがとう。ほんとに……ありがとう」
仲間としての初舞台
ゴールデンウィーク明け、落語研究会の活動日。
部室の高座にはいつもの座布団と屏風が置かれ、部員たちのざわめきが広がっていた。
「今日は、柳町さおにゃんの高座デビューやね!」
光子が声を弾ませる。
「楽しみ楽しみ〜!さおり、がんばりぃよ」
優子もニヤリと笑う。
少し緊張した面持ちで座布団に上がるさおり。
手には入門書で練習した仕草の記憶、そして仲間たちの温かい視線があった。
「えっと……本日は、わたくし柳町さおにゃんが……鹿島家の日常ば、ちょっと笑いにしてみました!」
会場にクスクスと笑いが起きる。
さおりの声は少し震えていたが、語りが進むにつれて調子が出てきた。
「うちの弟、翔介がね、宿題ばやらんでゲームばっかりしよると。そげなときに母ちゃんが言うとよ──『ゲームはセーブできても、人生はセーブできんけんね!』」
ドッと笑いが起きる。
「ほんで父ちゃんが言うと……『おい翔介、俺の財布はいつもセーブされとらんぞ!』」
さらに笑いが広がる。
光子も優子も、隣で手を叩きながら大笑いしていた。
最後に、さおりは少し間を置いて、照れ笑いしながら言う。
「……というわけで、鹿島家はいつもにぎやかです!おあとがよろしいようで!」
拍手と笑い声に包まれ、高座を降りたさおり。
頬は赤く、胸はいっぱいだった。
「さおり、やったやん!初めてでこんだけウケたら大したもんや!」
光子が肩を叩く。
「うん、堂々としとったし、オチもきいとった。これからもっと伸びるばい!」
優子も満面の笑みを浮かべた。
さおりは深く息を吸って、静かに心の中でつぶやいた。
──自分の居場所は、ここにある。
新しい壁
高座デビューを成功させ、自信をつけたさおり。
だが、その矢先に学校生活でまた試練が訪れた。
その日は国語の授業。グループごとに意見を出し合い、発表する活動があった。
順番が回ってきたとき、さおりは言葉がうまく出ず、頭が真っ白になってしまった。
「……えっと、あの……」
声が震え、教室はしんと静まり返る。
沈黙に耐えられなくなった男子の一人が、ため息交じりに言った。
「ほら、また止まっとるやん。時間のムダやけん、ほかの人が言えば?」
その一言に、さおりの心はズキンと痛んだ。
うつむいたまま声を出せず、結局その場は他の子がまとめてしまった。
放課後、部室で光子と優子にそのことを打ち明けると、二人は顔をしかめた。
「……そら、きつかったね。うちらまで胸が痛くなる」
光子が拳をぎゅっと握る。
「でもさおり、あんたの話が出んやったら、クラスの意見は半分しか出らんのと一緒たい」
優子が真剣な声で言った。
「そうそう。さおりが言葉に詰まるときもある。でも、それば分かっとる友達が、フォローすりゃいい話やん?」
その言葉に、さおりは少し涙ぐみながらも笑った。
「……ありがとう。でも、どうすればいいんやろ。発表とか、授業のときがいちばん怖いと」
光子と優子は顔を見合わせ、うん、と頷いた。
「じゃあ、作戦会議やね。さおりが安心して発表できる方法ば、みんなで考えよ」
二人の力強い声に、さおりの心にまた小さな灯がともった。
双子の作戦会議
「さおりが授業で詰まったとき、クラスん中に助け舟出せる人がおったら違うっちゃね」
光子が腕を組みながら言う。
「うん。誰かが『一緒に発表しようか』って声かけてあげるだけで、だいぶ安心すると思う」
優子もうなずく。
二人はしばらく考え込んでから、同時に顔を上げた。
「――じゃあ、うちらがフォローに入ろう」
「え、でも授業中はペアになれんこともあるやん?」
「そのときは合図を決めとけばいいっちゃ」
優子は自分の手をぱちんと叩いた。
「たとえば、さおりが言葉に詰まったとき、机の下で小さく手を上げるとか。そしたら、うちらがすぐ助け舟出す!」
光子も笑顔になる。
「いいねそれ。うちらがクッションになれば、さおりも怖がらんで済むやん」
さらに、優子がにやりと笑って言った。
「それにさ、授業中にもし誰かがイヤなこと言ったら――即座にうちらの“天誅”ば落とす!」
光子も同じように笑って拳を突き上げた。
「よし、決まりやね!さおりの盾になると!」
二人の決意に、さおりは胸がいっぱいになった。
「……ほんとに、ありがとう。うち、心強い」
光子がにやっと笑って肩を叩いた。
「さおりはもう、うちらの相方やけんね」
優子も続けた。
「大丈夫。うちらが絶対、守るけん」
班の中の壁
理科の授業で班ごとに分かれて実験をしていたときのこと。
さおりが測定結果をまとめて発表する役になった。
最初は順調に進めていたが、途中で言葉が詰まってしまい、声が小さくなる。
班の男子がひそひそと笑った。
「おい、また詰まっとるやん」
さおりの顔が曇り、手元のプリントをぎゅっと握る。
その瞬間、光子がすっと横から声を重ねた。
「うん、それは“温度が上がると反応が早くなる”ってことやね。さおりがちゃんと書いとったよ」
さおりは驚いたように光子を見た。
光子はにこっと笑って小声で囁く。
「大丈夫、大事なとこは全部わかっとるけん。続けていいよ」
さおりは深呼吸して、もう一度言葉を繋げた。
今度は最後まで言い切ることができた。
男子は少し気まずそうに黙り込む。
優子が別の班からひょっこり顔を出して、ニヤリと笑った。
「おー、さすがウチの相方!バッチリ決めたねぇ!」
クラスの空気がやわらぎ、発表はそのまま終わった。
放課後。
「……光子、ありがと」
さおりが少し照れくさそうに言う。
光子は肩をすくめて笑った。
「当たり前やん。班の相方やろ?困ったらうちが横からカバーすればよか」
優子もすぐに加わった。
「そうそう。さおりはもう『落研仲間』やけん、うちらで守るのは当然やん」
届かない距離の中で
理科の実験。班ごとに分かれて作業を進める時間。
さおりは、測定値を読み上げて記録する役になっていた。
「えっと……に、にじゅ……にじゅう……」
言葉が詰まり、ペンを持つ手が止まる。
同じ班の男子が小声でつぶやいた。
「また止まった。はよ言えよ」
そのひと言が、さおりの胸をざわつかせる。
光子は数メートル離れた自分の班から、その様子を見ていた。
「……あっちゃー、さおり、困っとる」
でも、今は別の班。直接は手を貸せない。
光子は奥歯を噛みしめる。
そのとき、隣にいた女子が小声でフォローした。
「これ、“25.4”って読むんやない?」
さおりはハッと顔を上げ、頷いて読み上げた。
発表は何とか終わったものの、さおりの表情は曇ったまま。
放課後、光子は廊下でさおりに声をかけた。
「さっきの実験、大変やったね」
「……うん。あの、詰まったら、やっぱり笑われる」
さおりは下を向いたまま言う。
光子は少し間を置いてから、肩に手を置いた。
「うちら班は違うけどさ。なんかあったら目で合図してよ。うち、先生に話したり、間に入ったりするけん」
さおりは目を丸くして光子を見つめる。
「でも……迷惑じゃない?」
光子はふっと笑った。
「迷惑やったら、とっくに放っとるって。友達やけん、頼られたほうがうれしかよ」
そこへ優子が合流して、すかさず口をはさむ。
「そやそや!ウチなんか、合図なしでも突っ込んでいくけんね!」
さおりは思わず吹き出してしまった。
ほんの少しだけど、胸のつかえが下りた気がした。
守り方を探して
帰り道。夕暮れの校門を抜けて、光子と優子、そしてさおりの三人は並んで歩いていた。
「……やっぱりさ、班が違うとすぐには助けられんね」
光子がつぶやく。
優子が腕を組んで、ふんっと鼻を鳴らした。
「うちらの目が届かんとこで、ちょっかい出されるんが一番いややね」
さおりは二人の横で小さく歩幅を合わせていた。
「……でも、私のことで、みんなが嫌な思いするのも……いや」
その声はかすれていた。
光子は立ち止まって、さおりの正面に回り込む。
「さおり、うちら嫌な思いしとらんよ。逆にさ、どうしたら守れるかって、考えるのが楽しかったりするんよ」
優子も真剣な表情でうなずいた。
「そうそう。そもそもな、うちら“落研”やん?言葉で人を笑わせたり、納得させたりする練習ばっかしとる。使い道はこういうときや」
さおりは瞬きをして、二人を見つめた。
「……どういうこと?」
光子が指を立てて説明する。
「例えば、授業中に誰かが揶揄ったとするやん?そしたら、先生に言いつける前に、ウチらが“笑い”で切り返すんよ。あんまりやると先生に怒られるけど、場の空気ごと変えてしまえば、いじめに発展せん」
優子が続ける。
「あと、さおりが詰まったり止まったりしたときは、班の外からでも“よっしゃ!間!”ってノリでツッコミ入れたら、周りも笑って流せる。大事なのは、“あ、困ってる”って空気を“おもろい場面”に変えることや」
さおりは目を大きくして、ぽかんと口を開いた。
「……そんなこと、できると?」
「できるできる!」
光子と優子が声を揃えて即答した。
「落語も漫才も一緒やん。失敗も間違いも、ぜーんぶ笑いに変えたら武器になる」
「そうや。むしろ、失敗こそオイシイ!って思えばええんよ」
二人の熱弁に、さおりの心は少しずつほぐれていった。
不安で縮こまっていた背中が、ほんの少し伸びる。
「……うん。やってみる」
そう口にしたとき、三人の歩幅が自然とそろっていた。
失敗はおいしいネタ
次の日の国語の授業。
グループごとに文章の朗読をすることになった。
さおりは自分の番になると、緊張で手が震えた。
「……わ、わたしは……」
声が詰まって、しばし沈黙。教室の空気が少しざわつく。
その瞬間、光子が教室の端からすかさず立ち上がり、手を叩いた。
「おっと!ここで“間”が入ったぁ〜!落語の呼吸やね!」
クラスがクスクスと笑い始める。
さらに優子が追い打ち。
「先生!ここでBGMお願いします。どどん、どどん!」
太鼓を叩くまねをしながら腰を振る。
笑いが一気に広がり、重い空気がふっと消える。
さおりもつられて小さく笑ってしまった。
先生も苦笑して、「はいはい、続けていいよ」と促す。
深呼吸をしてから、さおりは続きを読んだ。今度は、最後まで噛まずに読むことができた。
読み終わると、班の子たちが拍手してくれた。
「さおり、ちゃんとできたやん!」
「間もオチも完璧やった!」
頬がほんのり赤くなる。
「……ありがと」
光子が親指を立て、優子がドヤ顔で言う。
「な?失敗はおいしいネタになるっちゃろ?」
その一言に、さおりは胸の奥がじんわり温かくなるのを感じた。
“私、失敗しても……ここなら笑ってもらえるんだ”
伝える勇気
国語の授業のあと。休み時間に、光子と優子は班や近くの席の子たちを集めて、真剣な顔で話を切り出した。
光子が、机に両手を置いて口を開く。
「ちょっと、みんなに話したいことがあるっちゃ」
優子も横でうなずく。
「さおりのことやけどね、さおりには“障害の特性”があるとよ。苦手なこともあるけど、それはわざとやってるわけやないっちゃ」
クラスメイトたちは静かに耳を傾けている。
光子が続ける。
「例えば、急に質問されたり、みんなの前で急に発表せないかんってなったら、頭が真っ白になったりすると。そん時は、ちょっと時間をあげるとか、優しくフォローしてあげてほしいんよ」
優子が言葉を添える。
「あとね、冗談やからかいに聞こえてしまう言葉も、本気で傷ついてしまうことがあるっちゃん。だから“できんの?”とか“遅かねぇ”とか言わんで、“一緒にやろう”とか“ここ手伝うね”って声かけてもらえると、めっちゃ助かると」
一人の男子が手を挙げた。
「でもさ、俺らが何て声かけていいかわからん時は?」
光子が即答する。
「そん時は“みっちゃん助けて〜”って呼んで!うちらがフォローするけん」
優子も笑顔で。
「そうそう。困った時は“双子レスキュー”出動やね!」
教室が和やかな笑いに包まれる。
別の女子が小声で、「じゃあ、朗読の時の“間”も……」とつぶやくと、光子がにっこり。
「そう!あれも“さおり流の演出”やけんね。笑ってOK!」
さおりは机の端で、うつむきながらも耳が赤くなっていた。
“私のこと、こんなふうにちゃんと説明してくれるんだ……”
その日の放課後。帰り際にクラスの女子がさおりに声をかけた。
「ねぇさおり、明日の掃除一緒にやろうよ」
その一言に、さおりの胸はふわっと軽くなった。
ひとつのクラスに
それから数日。クラスの空気は少しずつ変わっていった。
さおりがうまく言葉に詰まった時、隣の子が「ここ、手伝おっか」と声をかけてくれるようになった。
体育の準備では、力仕事を率先して男子が引き受け、さおりには得意な記録係を任せるようになった。
まだぎこちない部分もあるけれど、みんなが「どうしたらいいクラスになるか」を試行錯誤しながら過ごしている。
光子は、そんな様子を見て目を細める。
「……なんか、ちょっとずつやけど、いい方向に進んどるね」
優子が笑う。
「うん。クラス全員で落語の“間”を学んどる気分やんね」
放課後。家に帰った光子と優子は、グルチャにメッセージを送った。
光子
「今日のクラス、ちょっと感動したっちゃ。みんなでさおりのこと考えて、フォローしたり、得意なこと任せたりしてて。これから絶対いいクラスになると思う」
優子
「ほんと“試行錯誤”って言葉ぴったりやね。笑いながらもみんな真剣やったよ」
温也からすぐ返信が入った。
「おぉ、ええ話やん!仲間ってそういうもんやな」
郷子も続けて。
「うんうん、うちらもさ、最初は失敗だらけやったけど、ああして助け合えるのは宝物やと思うよ」
美香がスタンプを送ってきた。拍手する手と、赤いハート。
「さおりちゃん、ちゃんと仲間の輪の中やん。安心した」
その画面を見つめていたさおりは、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
“わたし、ここでやっていけるかもしれん”
支えの輪
グルチャの画面が、さおりのスマホの中でにぎやかに光っている。
温也
「困ったときは、遠慮せんで相談してや!うちらみんな力になるけん」
郷子
「ほんと、クラスでもグルチャでも、支え合うっちゃ大事やけんね」
奏太
「うん、みんなで一緒に考えたら、きっと解決できることばっかりやろ」
小春
「そうそう!さおりちゃん、困ったらすぐ言うとよ!」
光子
「うちらも一緒に考えるけん、安心して」
優子
「そうやけん、困った時は一人で抱えんで、みんなで助け合おう」
さおりは、画面に流れるメッセージを何度も読み返す。
心の奥で、じんわりと温かいものが広がる。
“わたし、ひとりじゃない”
そんな気持ちが、自然に笑顔を引き出す。
翌日、学校でもその輪は広がっていた。
授業や休み時間のちょっとしたやり取りで、誰かが困っていたら、自然に手が差し伸べられる。
それはまるで、クラス全員がひとつの大きな家族のような空気だった。
光子と優子は、さおりのそばに立ち、そっと手を握る。
「ほら、もう安心やろ?」
「うん、みんな仲間やけん」
さおりの心に、確かに“支えの輪”ができていた。
それは目に見えるものじゃないけれど、確かに強く温かく、彼女を包み込んでいた。