中学2年ゴールデンウィーク
土曜日の午後。
メンバーはそれぞれ楽器や歌詞カードを持って、福岡市内の収録スタジオに集合した。
壁には吸音パネルが貼られ、中央にはマイクスタンドが並んでいる。まるでプロのアーティストの空気そのものだった。
「よっしゃー!今日は新曲のボーカル録りやね!」
光子が気合を入れると、優子も「テンション上げてこ〜!」とツインテを揺らす。
今回録音するのはファイブピーチ★の最新曲、「抱きしめてサマーアゲイン」。
アップテンポで、夏の海や恋をテーマにした爽やかな曲。中心で歌うのは、大学生の奏太だった。
奏太
「じゃあ、俺がメインで入るけん、サビのハモリはみんなで頼むよ」
美香
「オッケー、音程チェックは私が見てあげる」
翼と拓実はスタジオの隅でリズムに合わせて手拍子を練習、ひなたとさくらはノリノリで「サマーアゲイン!」と叫ぶ練習を繰り返していた。
⸻
録音開始。
透明感のある奏太の声が、スタジオに響き渡る。
「抱きしめて〜サマーアゲイン♪」
柔らかくも力強い歌声に、メンバーが自然とリズムに乗る。
サビに差し掛かると、光子・優子・小春・さおり・美香・ツインズ、そして優馬と美鈴まで——全員の声が重なり合った。
「君と過ごしたあの夏の日を 忘れない〜」
まるで大合唱のような迫力で、スタジオ全体が一つに溶け合う。
⸻
録り終えたあと、スタッフが親指を立てる。
「今のテイク、最高やったよ!」
「わぁ……!」と感激の声を上げるメンバーたち。
その中で、さおりは息を弾ませながら奏太を見た。
(奏太さん、やっぱりすごか声やね……)
奏太もマイクを外してこちらを見て、ふっと笑う。
「さおりもめっちゃいい声やったよ。サビで入ったとこ、めっちゃ映えてた」
「え、えぇ!?///」
頬を真っ赤にして慌てるさおりを見て、光子と優子はこっそり顔を見合わせ、ニヤリと笑った。
さおりは、控室のソファに腰を下ろしていた。
初めて来る本格的なスタジオ。吸音材に囲まれた空間、ガラスの向こうに立つマイク、緊張感の漂う雰囲気。すべてが新鮮で、胸が高鳴っていた。
「じゃあ、いくよ」
エンジニアの合図に、奏太がブースに入る。
イヤホンをつけ、譜面台に置かれた歌詞を一瞥すると、すぐに顔を上げた。
「抱きしめて〜サマーアゲイン♪」
最初の一声が響いた瞬間、さおりは思わず息を呑んだ。
普段は優しく冗談も言う大学生のお兄さん——そのはずなのに、今目の前にいる奏太はまるで別人のよう。
真剣な眼差し、音程を外さない安定感、声に宿る情熱。
(……すごか。こんなに歌うときってかっこよく見えるんや……)
胸の奥が、ざわりと揺れた。
これまでに感じたことのないドキドキ。顔が熱くなるのを感じて、慌てて視線を外す。
でも、どうしても気になって、気づけばまたガラス越しに奏太を追っていた。
光子が隣でひそひそと優子に耳打ちする。
「ねぇ、見た? さおりの顔、赤なっとる」
「うん、完全に“そういうやつ”やん」
二人はニヤニヤ笑いを交わすが、さおりは気づかず、ただ奏太の歌声に聴き入っていた。
⸻
録音が終わり、ブースから出てきた奏太が「ふぅ」と息を吐く。
額ににじんだ汗をタオルで拭いながら、さおりに目を向けて笑った。
「どうやった? 初めて見るレコーディング」
「……あ、あの……」
さおりは一瞬言葉に詰まる。
(かっこよかったって、言いたかけど……恥ずかしかぁ……)
結局、顔を真っ赤にして小さな声でつぶやいた。
「……すごかった」
その一言に、奏太はふっと優しい笑みを浮かべた。
スタジオの打ち上げは、みんな笑顔でわいわい。ピザやおにぎりをつまみながら、さっきの録音の感想を語り合う。
「奏太さん、今日の歌、すっごくかっこよかったです……!」
さおりは顔を真っ赤にして、小さな声で言った。つい、手で顔を隠そうとする仕草も見える。
光子と優子はニヤニヤしながら、さおりを見守る。
「ふふ、思った通りやね〜」
「完全にドキドキしとるやん」
美香はさおりの肩に手を軽く置き、にこやかに話す。
「さおりちゃん、もしいつか、歌ったり、セッションしてみたくなったら、遠慮せんで声かけてね。うちら応援するけん。」
さおりは一瞬目を丸くしてから、嬉しそうに笑った。
「はい! ありがとうございます!」
その笑顔を見て、光子も優子も、にこっと頷く。
「やっぱり、うちらの友達、増えてよかったね」
「うん、これからもっと一緒に楽しいことできそうやね」
スタジオには笑い声と音楽への期待感が満ち、さおりも心の中で「私も頑張ってみたい」と新しい決意を抱くのだった。
ある日、放課後。落語研究会の部室。さおりがついに初めて高座に上がる番となった。
光子がにこにこしながら言う。
「さおり、緊張せんでよかよ。うちらも最初はめっちゃドキドキやったけん」
優子も励ますように頷く。
「そうそう。思いっきり楽しむ気持ちだけで十分やけん」
さおりは深呼吸を一つして、柳町さおにゃんとして高座に立つ。
「えっと……うまくできるかな……」
小さくつぶやきながらも、目はキラキラしている。
まずは軽く、古典落語の簡単な一席を披露する。手の動きや仕草、表情を、これまで入門書で学んだ通りに丁寧に再現。
部室の仲間たちも見守る。八幡先輩が微笑む。
「おお、上手いじゃん、さおり。最初にしてはなかなかやね」
光子と優子も拍手しながら笑顔で言う。
「うん、ばっちりやん!」
「めっちゃ楽しかった〜!」
さおりも、初めての高座を終えた安堵と満足感で、ほっと笑顔になる。
「楽しかったです! みっちゃん、ゆうちゃんのおかげです!」
光子は小さく肩を叩いて
「これからもっと練習して、落語もお笑いも、うちらと一緒に楽しもうね」
優子も頷く。
「うん。さおりちゃんがいると、落研もさらに面白くなりそうやね」
こうして、さおりの落語デビューは成功。高座を降りた彼女の背中には、これからの挑戦への小さな自信が芽生えていた。
さおりが高座を降りて、部室で練習を終えたあと、休憩していると、一部の男子が小声でけなし始めた。
「おまえ、こんだけやっといて、それでもできんのかよ…」
さおりの肩が一瞬沈む。目に一抹の悲しさが浮かぶ。
その瞬間、双子ちゃんの怒りスイッチが入る。光子がすっと男子の前に立ち、鋭い目で睨む。
「なに言いよっと?うちらの友達をそげん言う権利、あんたにあると?」
優子も続けて、両手を腰に当て、低めの声で釘を刺す。
「さおりは、うちらと一緒に頑張っとると!あんたみたいなことば言うやつ、許さんけん!」
男子はびくっとして、言葉に詰まる。
さおりは泣きそうな顔をしながらも、光子と優子の後ろに立つ。
「ありがと…みっちゃん、ゆうちゃん…」
光子は優しくさおりの肩に手を置き、
「大丈夫や。うちらがおるけん、怖くない」
優子もにっこり笑いながら
「さおりちゃん、一緒に笑いながら強なろうね」
その場の空気が変わり、男子も黙り込み、部室に静かな安心感が戻る。
光子が男子をじっと見つめ、低めの声で言う。
「なに、さおりのことけなしてんの?あんたにもできんこと、あるっちゃろ?うちらから言わせてもらうばってん、あんたに、うちらみたいにボケツッコミができると?」
男子はちょっと顔を赤らめ、目をそらす。
優子も続けて、両手を腰に当てながら、ぐっと迫る。
「そげん、できんことを人にあれこれ言うって、人としてどうなん?できることもあれば、できんこともあるとよ。さおりが今できんことばやってみよるだけで、頑張っとるとよ!」
さおりは少し涙ぐみながらも、光子と優子の言葉で少しずつ安心する。
男子は言い返す言葉が見つからず、しばらく沈黙。
「…す、すまん…」
光子はにっこり笑い、優子も優しくうなずく。
「うちらがおるけん、大丈夫やけんね、さおりちゃん」
部室の空気が一気に落ち着き、さおりも少し笑顔を取り戻す。
ゴールデンウィーク。光子と優子はさおりの家に遊びに行く。玄関で静子さんがにこやかに出迎える。
「いらっしゃい、ゆっくりして行ってね」
「ありがとう、静子さん!」
「今日はよろしくお願いします!」
二人は笑顔でお辞儀をして、家の中に上がる。リビングには明るい日差しが差し込み、さおりも嬉しそうに二人を案内する。
「ここで遊んでよかよ。おやつも用意しとるけん」
「わぁ、楽しみ〜!」
「うん、いっぱいお話しよーね!」
三人はリビングに腰を下ろし、さっそくわちゃわちゃと話し始める。
光子と優子は、さおりの家の玄関を入ると、まず明るい声で挨拶した。
「お邪魔しまーす!さおり〜!」
「いらっしゃい、みっちゃん、ゆうちゃん。ゆっくりしていってね」
静子さんに迎えられ、さおりの父・恵一さんと弟・翔介くんも顔を見せた。光子と優子は軽く自己紹介。
「うちら、光子と優子。双子やけん、よう覚えてや」
「さおりちゃんの家、広いねぇ〜」
リビングに座ると、お茶とお菓子が並べられた。まずはみんなで軽くお茶を飲みながらおしゃべりタイム。
「さおり、最近どうやと?」
「うん、落語研究会、めっちゃ楽しいよ。みっちゃんとゆうちゃんのおかげや」
光子がにっこり笑って、優子も続く。
「落語だけじゃなくて、うちらのギャグも教えてあげるけん、後でやってみようや」
お菓子を食べながら、うにゃだらぱ〜ネタやうにゃ〜あじゃぱーネタを披露。さおりは笑いすぎてお腹を抱える。
「うわぁ、あぁぁ、笑いすぎてお腹痛い〜!」
そのあと、軽く音楽ごっこもする。光子が手元のカスタネット、優子がタンバリンを取り出すと、さおりも手拍子で参加。笑いながら簡単なリズムセッションを楽しむ。
「みっちゃん、ゆうちゃん、これ楽しいね!」
「そやろ?さおりも上手いばい」
夕方になり、日差しが少し弱くなる頃、さおりは帰る時間。玄関まで光子と優子が見送る。
「今日はありがとう!また遊ぼうね〜」
「うん、また来るね〜」
手を振りながら、さおりは笑顔で家に入っていった。光子と優子も満足そうに帰り道を歩く。
創作落語のはじまり
リビングのソファの前に小さな座布団を敷き、三人は高座ごっこを始めた。
光子がにこっと笑いながら、拍子木の代わりに小さな手拍子を打つ。
「ほんなら、今日の一席、三遊亭ぴか葉の創作落語、はじめまっす!」
優子があおるように言う。
「題名は『猫の郵便屋さん』っちゅう話やけん、楽しみにしてね〜」
光子は身振り手振りを大きくし、語り始めた。
「昔々、ある町に、手紙を届ける猫がおったとよ。名前はニャー太。毎日忙しか猫道を走り回るっちゃけど、ある日、届ける手紙を間違えて、町の大金持ちの屋敷にラブレターを届けてしまったと」
さおりは目を輝かせながら、声を重ねる。
「お屋敷の奥さん、びっくりして『なんちゅう手紙を…!』って怒るったい。でも、ニャー太はちっともめげんと、必死に『間違えました!ごめんなさい!』って謝るとよ」
優子がニヤリと笑って、合いの手を入れる。
「奥さんもつい笑っちゃって、『まぁ、猫が謝るとは面白かこと!』って、結局手紙を読んだ人みんなが笑顔になったと」
三人は一緒に笑いながら、猫の仕草を真似したり、間違えた手紙を探すジェスチャーをして、体全体で笑いを表現する。
光子は最後に締めくくる。
「こうしてニャー太は、町の人気者になったと。みんな、ボケても笑いに変えれば、誰かが喜んでくれるっちゃね〜、ちゅうお話でした!」
さおりも拍手を打ちながら、声をはずませる。
「光子さん、すごく面白か〜!私も次、やってみる!」
優子も笑顔でうなずく。
「そげんね、さおりちゃんの番も楽しみやね〜。どんな創作落語作ってくると?」
三人の部屋は、笑いと創作の熱気でいっぱいになった。
うにゃだらぱ〜の高座
座布団にちょこんと座り、優子がにっこり笑う。
「ほんなら、次は私、笑福亭やさしか子の一席。題して『うにゃだらぱ〜な話し』ばい!」
光子とさおりが、手拍子で合いの手を準備する。
「はいはい、楽しみにしとるけんね〜」
優子は身振り手振りで話し始める。
「むか〜しむかし、あるところに、ちょっとドジなうさぎがおったと。名前はウニャ子。ウニャ子は、毎日毎日、何かとやらかすけん、周りのみんなに『うにゃだらぱ〜!』って言われよったと」
さおりが笑いながら、すかさず合いの手を入れる。
「うにゃだらぱ〜って、どういう意味なんですか?」
優子は得意げに説明する。
「そげんね、やらかしたけど、本人は一生懸命やけん、怒れんとよ。まぁ、要するに『ドジだけど憎めんやつ』っちゅう意味たい」
光子も声を出す。
「そげんそげん、私もおんなじようなこと、毎日やっとるけんね〜」
優子は高座を降りずに、ジェスチャーでウニャ子のドジっぷりを見せる。
「ある日、ウニャ子は、大事なにんじんを逆さに植えてしもうて、にんじんが空に向かって生えてきたとよ!町の人はびっくりして、『うにゃだらぱ〜!』って大笑い」
さおりも手を叩きながら笑う。
「すご〜い!想像しただけで笑える〜!」
優子はさらにオチをつける。
「結局、ウニャ子のドジが町を明るくして、みんなが笑顔になったっちゃけん、ドジも悪くないっちゃね〜、うにゃだらぱ〜な話しでした!」
光子とさおりが声を揃えて拍手する。
「うにゃだらぱ〜!最高やった〜!」
三人は笑顔で高座を降り、部屋に笑い声が響き渡った。
鹿島家の日常
さおりが高座に上がる。背筋をぴんと伸ばし、深呼吸をひとつ。
「みなさん、今日はうちの家族の話ばひとつ…題して『鹿島家の日常』ばい!」
光子と優子が手拍子で応援する。
「はいはい、楽しみにしとるけんね〜」
さおりは軽く笑いながら話を始める。
「うちの家は、父の恵一と母の静子と弟の翔介と、うちの四人家族たい。父はね、朝ごはんを作ろうとして、卵を割ったら、黄身がどっか行ってしもうて、母に『恵一、黄身ばどこにやったと?』って怒られると」
光子が声を出す。
「あるある〜!うちのお父さんも似たようなことやっとるけん、わかる〜」
さおりは間をとって続ける。
「で、母は掃除中に掃除機のコードに足をひっかけて、壁にどん!ってぶつかると。弟の翔介はそれを見て笑いよるけん、うちもつられて笑いよると」
優子が小声で合いの手を入れる。
「うにゃだらぱ〜!」
さおりは笑いながら、「そげんね、父も母も弟も、失敗ばかりやけど、家の中はいつも笑いでいっぱいやと。笑うことば、家族の魔法やね」
光子が拍手しながら、にっこり笑う。
「さおりちゃん、すごか!家族の日常でも、笑いがぎゅーっと詰まっとるばい」
優子も笑顔で手を叩く。
「うんうん、ほんと、心がぽかぽかなる話やね〜」
さおりは最後に、両手をぱっと広げてオチをつける。
「結局、うちの鹿島家は、どんなにドジでも、笑いが絶えんけん、毎日がちょっと楽しいばい!これがうちの家族の日常でした〜!」
三人は笑顔で高座を降り、部屋いっぱいに笑い声と温かい拍手が響き渡った。




