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新しい友達

翌朝、光子はベッドから起き上がると、鏡に映る自分の頭を見て固まった。髪はぐちゃぐちゃで、まるで小鳥の巣が頭に乗っかっとるみたい。


「うわっ、光子、なんその髪!小鳥でも住んどると?」

優子はすかさずツッコミ。笑いをこらえながら、頭をかきむしる光子を見つめる。


「鳥の巣じゃないばい!寝癖やもん!」

「寝癖って言うより、飛び立てそうな巣やんね(笑)」

優子の言葉に、光子もつい笑ってしまった。


二人は笑いながら顔を洗い、髪を整え始める。学校に行く準備をしながらも、事件が一応片付いて落ち着いた日常が戻ってきたことを、心の中でかみしめていた。


廊下を歩きながら、光子がぼそっと言う。

「昨日まで、あんなことがあったとは思えんくらい平和やね…」

「うん、でも、平和やけんって油断したら、また何か起こるかもばい!」

優子が小さく笑いながら、二人は今日も元気に学校へ向かった。



4月も終わりに近づき、二年生になった博多南中の教室に、少しざわめきが広がった。担任の戸畑先生が黒板の前で口を開く。


「みんな、今日から転校生が来ます。鹿島さおりさんです」


教室の入り口に立ったのは、小柄で笑顔がぱっと明るい女の子。だが、どこか独特の雰囲気があり、机や椅子の位置を細かく確認してから座る。


光子は友達と小声でささやく。

「見た目は普通っぽいけど、なんかこだわりが強そうな雰囲気ね」

優子も小さくうなずく。

「うん、でも明るい笑顔やし、話してみたら楽しい子かも」


さおりは自己紹介を始める。

「みなさん、鹿島さおりです。よろしくお願いします。私はちょっとだけ、こだわりがあるかもしれません…でも仲良くしてください」


声ははきはきとしていて、教室中に明るさを運ぶ。光子と優子は、ふたりで顔を見合わせてにっこり。

「この子、なんか面白そうやんね」

「うん、うまく接すれば、きっとみんな仲良くなれるばい」


さおりは机の周りを整えながらも、誰にでも笑顔を向けている。障害特性で少しこだわりがあることを戸惑いに思う子もいるかもしれないが、その明るさと純粋さは、すぐにクラスの空気を和ませる力を持っていた。


光子と優子は、心の中でささやく。

「この子、私たちと一緒にギャグとかやったら絶対楽しいことになるやろうな」

「うん、まずは少しずつ仲良くなろうばい」


こうして、鹿島さおりとの新しい学期が静かに、しかし確実に動き始めたのだった。





「ねえ、鹿島さん、今日から同じ学校やけん、よかったら一緒に帰らん?」


さおりは少し戸惑った様子で、でもすぐににこりと笑う。

「うん、いいですよ。でも、ちょっとだけ道を真っ直ぐ歩かないと気が済まないんです」


優子もそっと近づき、にこにこしながら言った。

「大丈夫やよ、光子と一緒に歩けば、まっすぐ歩けるようにサポートするけん」


さおりは安心したようにうなずき、三人は学校の門を出た。


道すがら、光子はふと閃いたように言う。

「ねえ、さおりさん、私たちギャグ好きなんやけど、ちょっとしたゲームとかやってみん?」


さおりの目が輝く。

「えっ、ギャグですか? いいですよ、やってみたいです!」


優子も笑いながら付け加える。

「じゃあ、明日は教室で小さなギャグ大会しようや。さおりさんも参加してね」


さおりは楽しそうに笑い、光子と優子に向かって小さく手を振る。

「はい、楽しみにしてます!」


こうして、二年生の新しい仲間との交流が、早くも笑いのある日常へと一歩踏み出した。





翌日、放課後の教室で光子と優子はさおりに声をかけた。


「ねえ、さおりさん、今日はギャグ大会の準備やけど、得意なこととか、苦手なこととかあると教えてくれる?」


さおりは少し考え込むように手を組み、ゆっくり答えた。

「私は暗記は得意なんです。例えば歌詞とか、セリフとかはすぐ覚えられるんですけど、応用やアドリブはちょっと苦手で…」


光子が目を輝かせて言う。

「それなら大丈夫やん! ギャグ大会には暗記できるネタを持ってきてもらったらいいし、応用は私と優子がフォローするけん」


優子もニコニコしながら付け加える。

「うんうん、さおりさんが覚えたネタで爆笑を取るのも面白いし、アドリブは私たちが補うから心配せんでよかよ」


さおりは少し安心したようにうなずく。

「じゃあ…私、頑張って覚えてきます!」


光子がにっこり笑い、手を差し出す。

「よっしゃ、じゃあチーム光子・優子・さおり、明日の初ギャグ大会、絶対に楽しもうや!」


優子も両手を広げ、さおりに向かって笑う。

「うん、みんなで笑いの嵐を巻き起こすばい!」


こうして、さおりの得意な暗記力を活かしつつ、光子と優子が応用やアドリブでサポートするチーム体制が自然に生まれ、二年生チームのギャグ大会は笑いとチャレンジに満ちたものになりそうな予感が漂った。




放課後の教室で、光子と優子はさおりに笑顔で話しかけた。


「さおりさん、うちらと仲良くしよや〜」


さおりは少し照れながらも、手を組みながら答える。

「えっと…でも、うち、まだ敬語で話しちゃうんです。失礼かな…」


光子がにこっと笑って言った。

「敬語はいらんよ〜。フランクに話してくれていいけん」


優子も手を振って笑う。

「そうそう、うちたち、気軽に話そーや」


さおりは少し考えたあと、質問した。

「じゃあ、なんて呼んだらいいですか?」


光子が手を差し出して明るく言う。

「みっちゃんでよかよ!」


優子も笑顔でうなずく。

「うちはゆうちゃんで!」


さおりは少し驚いた表情で、ふと問いかける。

「ところで、2人は双子なんですか?」


光子はポニーテールを軽く揺らして、うんうんとうなずく。

「そうっちゃ! ポニテが光子」


優子はツインテールを整えながら言った。

「ツインテが優子」


さおりはにこっと笑い、自然と距離が縮まった。

「じゃあ、これからはみっちゃんとゆうちゃんでいいんですね!」


「そうやけん、よろしくね〜」と光子と優子は声をそろえる。

こうして三人の新しい友情の第一歩が、春の教室にふわりと芽吹いた。





光子と優子は机を挟んで座りながら、にこにこ笑顔でさおりに聞いた。


「じゃあさおり、趣味とか特技はなんね?」


光子が身を乗り出して言う。

「うちら、ファイブピーチ★で活動しよるとよ。歌とか、漫才とか、コント、落語とかが趣味っちゅうか、特技やね」


優子も肩をすくめて笑いながら補足。

「遊びとお笑いがいっぱいって感じやけど、まあ得意なことやね」


さおりは少し考え込むけど、やがてにっこり笑った。

「うちは…暗記が得意です。数字とか、漢字とか、すぐ覚えられるんです。でも、応用問題とかは苦手で…」


光子は目を輝かせる。

「おお、それはすごかね!うちらのネタ作りにも役立つかもやん」


優子もわくわくしながら言う。

「そやね、さおりの暗記力で、うちらのギャグや落語の台本、めっちゃ速く覚えられるかも!」


さおりはちょっと照れながらも、嬉しそうに笑う。

「じゃあ、私もみっちゃんとゆうちゃんと一緒に活動できるかもですね!」


三人の間には、自然と明るい空気が流れ、放課後の教室は新しい友情と笑いの予感でいっぱいになった。




教室のあちこちから、クラスメイトたちがさおりに声をかけ始めた。


「さおりちゃん、前はどこに住んどったと?」

「家族は何人おると?」

「好きな食べ物はなに?」


さおりは少し緊張しながらも、一つずつ答える。


「前は北九州に住んどったんです。家族はお父さんとお母さんと、弟がひとりです」

「好きな食べ物は…いちごです!」


光子がさおりの肩をぽんと叩いて、にこにこ笑う。

「そうやん、うちもいちご大好き!今度、一緒におやつタイムしよか?」


優子も楽しそうに手を振る。

「そやね、教室でみんなと仲良くなれるといいね!」


クラスメイトたちも安心したように笑顔になり、さおりの周りに少しずつ輪ができた。

「さおりちゃん、うちと一緒に帰ろうや!」

「ねぇ、遊びに来ていい?」


さおりもほっとした顔で頷く。

「はい、よろしくお願いします!」


こうして、転校初日ながらも、さおりは少しずつ新しい環境に馴染み始め、光子と優子の存在が、彼女の緊張を和らげていた。






土曜の昼前。光子と優子は、昼食を終えて私服に着替え、少しウキウキしながら学校に向かった。

校門の前で待っていると、向こうから少し緊張した顔のさおりが歩いてきた。


「やっほー!さおり〜!」

光子が大きく手を振ると、さおりはぱっと表情を明るくして、小走りで駆け寄ってきた。


「こんにちは!今日はよろしくお願いします」


優子がにっこり笑って、軽く肩を叩く。

「ほんじゃまぁ、行こうか〜!」


3人は並んで歩き出す。まだ春の風が少し冷たく、道端にはチューリップが咲き始めていた。


歩きながら、光子がさおりにふと思い出したように尋ねる。

「さおり、この前さ、暗記は得意やけど応用は苦手って言いよったやん?」


「うん…」と少し恥ずかしそうに頷くさおり。


「例えばさ、数学の文章問題とか、ああいうのが苦手な感じ?」と優子が首をかしげる。


「そうそう!計算式とか、公式を覚えるのはできるんやけど、それをどう使うか考える問題が…ちょっとわからんくなるんよね」


さおりは指先をつつきながら、正直に打ち明けた。


光子はうんうんと頷きながら、にっこり笑う。

「なるほどね〜。でもさ、それやったらうちら一緒に練習したら絶対大丈夫やん!文章問題もさ、漫才みたいに“ボケ”と“ツッコミ”に分けたら解きやすくなるかもよ?」


優子も大笑いしながら、

「たとえばさ、“りんごが3個あります。そこにバナナが2本来ました”って問題やったら、『果物屋さんか!』ってまずツッコミいれるとかね!」


さおりは思わず吹き出して笑った。

「それ、楽しそう!数学の時間に頭ん中でツッコミ入れよったら、ちょっと面白くなるかも!」


3人の笑い声が、通学路に響いていた。




歩きながら、優子がふっと真面目な顔になってさおりを見た。

「さおり、さっきの文章問題みたいに、苦手なことってほかにもある?それとか、“これはやめてほしいな”ってことがあったら教えてよ。うちら気をつけるけん」


さおりは少し考えてから、小さくうなずいた。

「えっとね……大きな音とか、いきなり怒鳴られるのは苦手。心臓がバクバクなって、頭が真っ白になるんよ。だから、そういう時は“落ち着いて”って静かに言ってくれると助かる」


光子は「なるほど!」と手を打った。

「じゃあ、うちらがもしちょっとテンション上がって騒ぎすぎそうやったら、“シーっ”て合図してもらったらいいね。それで静かになるけん」


「うん!それなら安心する!」

さおりの顔に、少し笑みが戻る。


優子がさらに聞く。

「他には?苦手なことでも、嫌なことでも、なんでも言っていいよ。うちら友達やし」


さおりは少し恥ずかしそうに目を伏せながら答える。

「……冗談で“バカ”とか“アホ”って言われるのも、実はちょっと苦手。ほんとのことみたいに感じちゃって、泣きそうになるときがあるんよ」


光子と優子はすぐに顔を見合わせ、同時にうなずいた。

「わかった!絶対言わん。ギャグとか漫才で言いそうになっても、そこは気をつける!」


さおりは驚いたように二人を見て、それからほっとしたように笑った。

「ありがとう……。こうやってちゃんと聞いてもらえるの、すごく嬉しい」


3人の間の空気が、ぐっと温かくなる。




光子がぱっと笑顔になって、さおりの肩を軽くポンと叩いた。

「じゃあさ、苦手なことはわかったけん、次はさおりの得意なことや、好きなことを教えてよ。うちらも知りたいし!」


優子もにっこりして加わる。

「そうそう。せっかく同じクラスになったんやけん、“さおりといえばこれ!”っていうのをみんなにも知ってほしいし」


さおりは一瞬恥ずかしそうに俯いたけど、やがて小さな声で話し出した。

「えっとね……私は暗記が得意って言ったやん?だから、歴史の年号とか、英単語とか、そういうのはめっちゃスッと覚えられるんよ。テスト前とか、友達に“ここ覚えたい!”って言われたら、コツを教えられると思う」


「おお!それは助かるやん!」

光子が目を輝かせる。

「うちら、歌の歌詞覚えるのは得意やけど、年号はすぐ頭から逃げていくけんね〜」


優子はおどけて「私なんか、1192(いい国)までしか記憶ないもん」と言って笑わせた。


さおりはちょっと照れながらも嬉しそうに微笑む。

「あと……アニメのキャラのセリフとかも、覚えるの得意。よく友達の前で真似して、“似とる!”って笑ってもらったりしてた」


光子と優子は顔を見合わせ、声をそろえて叫ぶ。

「最高やん、それ!今度ファイブピーチ★のコントに混ざってやってみん?」


「えっ、私が……?」

さおりは目を丸くする。


「そうそう!敬語もいらんし、同い年やけん。せっかくやし、得意なことをみんなの前で見せてあげたら、きっとすぐ人気者になるよ」

優子が力強く言うと、さおりの頬がほんのり赤くなった。


「……うん。勇気出してやってみる!」


その返事に、光子と優子は同時にガッツポーズ。

「よっしゃー!これでファイブピーチ★に“秘密兵器”誕生やね!」





玄関で靴を脱ぎ終えたさおりは、緊張気味にきちんと姿勢を正して「お邪魔します」と頭を下げた。

リビングに通されると、まず目に飛び込んできたのは電子ピアノとドラムセット。

「わぁ……楽器がある!」と、思わず目を丸くする。


「これ、みっちゃんとゆうちゃんが使うの?」

さおりが問いかけると、光子がにこっと笑ってうなずいた。


「そうそう!ここね、防音になっとる部屋やけん、思いっきり演奏したり歌ったりできるんよ」

優子も誇らしげに言葉を重ねる。

「ほら、防音ブースの中に置いとるやろ?これまでに獲った賞状とかトロフィー。実は、史上最年少でM-1優勝した時の盾もあそこにあるんよ」


「M-1……!」

さおりは驚きの声を上げ、ブースのガラス越しに並ぶトロフィーや盾をじっと見つめた。キラキラと反射するそれらの輝きが、まるで本当に彼女たちの努力の証そのもののように見える。


ふと、棚に飾られている一枚の写真に目を止めた。

「この人は?お姉さん?」


その言葉に、優子が嬉しそうに答える。

「そう、美香お姉ちゃん!音大を首席で卒業して、今は福岡交響楽団でトロンボーンを吹いとるんよ」


光子も補足するように続けた。

「それだけやなくてね、自作の交響曲とか組曲もう作っとるし、うちらの曲も作ってくれたりするんよ」


「えぇ〜……!みんなすごかねぇ……」

さおりは心から感嘆して、小さな拍手をした。


その様子を見ていた美鈴お母さんが、優しく笑いながら言った。

「ふふっ。そうやろ?でもね、この子たちが一番すごいのは、音楽やお笑いの才能だけやなくて、友達を大切にする心なの。だから、さおりちゃんともきっとすぐ仲良くなると思うわ」


優馬お父さんも頷いて、

「ここは遠慮せず、思いっきり笑って楽しんでいったらよか。なぁ、みっちゃん、ゆうちゃん」

と、にこやかに声をかけた。


光子と優子は「もちろん!」と声をそろえ、さおりに向き直って、

「今日はうちらの“秘密基地”ば、いっぱい紹介するけんね!」

と元気に言った。


さおりは緊張がほぐれたように笑顔を見せた。

「うん!楽しみ!」




リビングのテーブルには、お母さんの美鈴が用意してくれたお茶と、ちょっとしたおやつが並んでいた。

クッキーやポテチ、そして福岡らしく明太子せんべいまで揃っていて、見た瞬間にさおりの目がきらっと光る。


「わぁ〜!いっぱいある!」

「好きなん、遠慮せず食べてね」光子が勧めると、さおりは少し照れくさそうに「ありがとう」と言いながら手を伸ばした。


わちゃわちゃおしゃべりタイムが始まる。


「そういや、さおりちゃんにまだお父さんの“とっておき”見せとらんねぇ」

と優馬お父さんがニヤリ。


「え?とっておき?」

さおりが首をかしげると、光子と優子が顔を見合わせて大爆笑。

「出た!お父さんの“うにゃシリーズ”!」


優馬は立ち上がり、やたらと真剣な顔を作った。

「いくぞ……“うにゃだらぱ〜〜っ!”」


「ぶはっ!」

さおり、耐えられずに吹き出す。


すかさず第二弾。

「そして奥義、“うにゃ〜〜あじゃぱーっ!!”」


「ぎゃははははっ!」

さおりはもう、お腹を抱えてソファに転がり込んだ。

「だめ、もう無理!笑いすぎてお腹痛い〜〜っ!」


優子が涙目でツッコミを入れる。

「お父さん、ほんとにさぁ……ギャグで家族全員倒すのやめてくれん?」


美鈴も笑いをこらえきれずに肩を揺らしながら、

「これ、結婚する前から変わってないんよ。もう二十年近く、この“うにゃだらぱー”聞かされとるけんね」

と呆れ笑い。


その後は、小倉家に伝わる他のギャグの話題へ。

光子が「そういやお父さん、昔“冷蔵庫のドア開けたら北極が見える”とか言いよったよね」と暴露し、優子が「うちの家族ってほんとバカやろ〜」と笑う。


「でもさぁ、楽しい家族やね!」さおりは心からそう言った。

そして自分の番だとばかりに、鹿島家の話をぽつぽつ語り出す。


「うちのお父さん、すっごい几帳面なんよ。冷蔵庫の中、ミリ単位で並べるんよ?私がちょっとズラすと“さおりぃ〜!”ってすぐわかるの!」

「えぇっ、それめっちゃ面白いやん!」と光子。

「お父さん、職人肌って感じやね」と優子も感心する。


笑い声が絶えない。

おやつをつまみながら、話題は次から次へと飛んでいき、初めて会ったとは思えないくらい自然に打ち解けていく。


さおりはふと胸の奥で思った。

――こんなに笑ったの、久しぶりかもしれん。





「ねぇ、せっかくやしさ。ちょっと一緒に音出してみん?」

光子がピアノの椅子に腰掛けながら提案した。


「え、セッションってやつ?」

さおりは少し戸惑った顔をしたが、すぐに目が輝いた。

「私、鍵盤少しなら弾けるよ!楽譜とか覚えるの得意やけん!」


「おぉ!それやったらうちらにぴったりやん!」

優子がスティックを握ってドラムセットに座り、軽くスネアを鳴らす。


ドンドン、タタッ。


光子が「じゃあ簡単なコードで行こうか」と言ってCメジャーのコードを鳴らした。

そこにさおりが、耳で聞いた和音をすぐ真似して重ねる。


「おおっ、ばっちり合っとる!」


優子がテンポを刻み始める。ドン、タン、ドドン、タン。

リズムに乗せて、光子が即興でメロディをつけ、さおりは左手で伴奏を補強した。


部屋に流れる音楽は、まだぎこちないけど、不思議な一体感があった。


「楽しい……!」

さおりの頬が真っ赤になり、笑顔が広がる。


「やろ?音って一緒にやるともっと楽しいっちゃんね」

光子が頷き、優子が大きな声で笑った。

「もうこれ、ファイブピーチ★に“第六のメンバー”決定やん!」


「えぇぇっ!? わ、私!?」

慌てるさおりに、光子と優子が同時にツッコミを入れる。

「冗談冗談!でも、そのうち本当にゲスト参加とかありかもよ〜?」


3人の音が最後にひとつのコードでそろったとき、部屋は一瞬しんと静まり返った。

次の瞬間、みんな一斉に笑い出す。


「うちら、意外とイケるやん!」

「やば、またやりたい!」

「こんな楽しいの初めてかも!」


セッションはほんの数分だったが、その時間が三人をぐっと近づけたのは間違いなかった。







「なぁ、さおり。せっかくやけん、ちょい古い曲やけど、今のうちらの年代にぴったりな曲、一緒に歌ってみん?」

優子がスピーカーの前に立ち、にやっと笑った。


「え?どんな曲?」

さおりが首をかしげる。


「尾崎豊さんの『卒業』っていう曲。今からもう50年くらい前の曲やけど…でもさ、この歌詞に込められた想い、なんかうちらにもわかる気がするっちゃ。」

優子の声は少し真剣で、光子も隣で静かに頷いた。


再生ボタンが押されると、スピーカーから流れるイントロ。

時代を越えて響くピアノとギターの音に、部屋の空気がすっと変わる。


「……これ、すごい曲やね。」

さおりは手にした歌詞カードをじっと見つめる。

その目は、いつもの笑顔とは違って、まっすぐに言葉を追っていた。


1回目。

ただ聴くだけ。

2回目。

小さな声で歌詞を口ずさみながら、リズムを確かめていく。


「覚えるの、やっぱ早かね!」

光子が驚いたように笑うと、さおりは照れくさそうに頬をかいた。

「暗記は得意やけんね。でも、この曲はただ覚えるんやなくて…心にすごく入ってくる感じがする。」


3回目。

スピーカーからの音に合わせて、光子、優子、そしてさおりの声が重なった。


はじめはバラバラだった音程が、サビに入るころには不思議と一つの響きになっていた。

部屋の壁に飾られたトロフィーや盾が、まるで共鳴するかのように、音を受け止めていた。


歌い終えたあと、しばらく誰も口を開けなかった。

静けさの中に残るのは、自分たちの声の余韻。


「……なんか、泣きそうになった。」

さおりがポツリとつぶやく。


「わかる。うちらも初めて聴いたとき、そんな気持ちになったけん。」

光子の声は少し震えていた。


「歌って、ただ楽しいだけやなくて…心の奥まで届くもんなんやね。」

優子が言うと、3人の目が自然と合った。


その瞬間、笑い合いながらも、胸の奥に温かいものが宿っていた。


「また一緒に歌おうね、さおり。」

「うん。今度はもっと上手に歌えるように練習しとく!」


3人の声は、まるで未来への約束のように響いた。





最後のフレーズを歌い切ったとき。

部屋の外から――「パチパチパチパチ!」と拍手が聞こえた。


「えっ⁉︎」

さおりがびっくりして振り向くと、ドアのところに優馬と美鈴が立っていた。


「いやぁ〜すごか!ブラボー!」

優馬お父さんは目を輝かせながら、オーバーに手を叩いている。


「3人とも、とっても素敵やったわ。声が重なったとき、鳥肌立ったんよ。」

美鈴お母さんもにこにこしながら拍手していた。


「ちょ、ちょっと!見とったと⁉︎」

光子が顔を赤くする。


「こっそりやけどなぁ。あまりにもええ声が聞こえてきたけん、つい廊下で立ち止まってしもうた。」

優馬は悪びれる様子もなく、むしろドヤ顔。


「もう〜お父さん、ずるいっちゃ!」

優子が笑いながら抗議する。


さおりは、顔を真っ赤にして小さな声で言った。

「……恥ずかしいけど、でも、嬉しかったです。」


美鈴はそんなさおりを優しく見つめて、

「素直でかわいいわねぇ。さおりちゃん、またいつでも遊びに来て、いっぱい歌っていってね。」と声をかける。


「……はいっ!」

さおりはぱっと笑顔を見せた。


その笑顔に、光子と優子もつられて笑い出し、

部屋の中は拍手と笑いで包まれていった。




歌の余韻が落ち着いたころ、美鈴お母さんが台所からケーキを運んできた。

「せっかくやけん、おやつ第二弾いこっか。今日は特別に、私の手作りチーズケーキよ♪」


「おぉーっ!やったぁ!」

光子と優子は飛び跳ねるように歓声をあげ、さおりも嬉しそうに両手を合わせた。


それぞれお皿にケーキが取り分けられ、一口食べた瞬間――。


優馬お父さんの目がキラーンと輝き、椅子から立ち上がった。

「う、う、美味すぎるぅぅぅ!……うにゃだらぱ〜〜‼︎‼︎」


バッ‼︎と両手を広げ、全力で変なポーズを取る。


「ぎゃははははは」

さおりはスプーンを落としそうになりながら、涙を浮かべて爆笑。


「お父さん、また出たぁ〜〜!」

優子が机をバンバン叩き、光子は口に入れたケーキを吹き出しそうになる。


「ちょっと!笑いすぎて、ほっぺが痛い〜!」

さおりはお腹を抱えながら机に突っ伏す。


「……お母さんのケーキが美味しすぎるけん、思わず出てしもうたんよ〜」

優馬はケロッとした顔で座り直した。


美鈴は呆れ半分、でも笑顔でこう返した。

「もう、子どもより子どもやね、あんたは。」



ケーキを食べながら笑い転げてたさおりが、ふと首をかしげた。

「ねぇ……あの“うにゃだらぱ〜”とか“うにゃ〜あじゃぱー”って、いったい何なん?」


光子と優子は顔を見合わせて、同時に吹き出す。

「ふふっ……そりゃ気になるやろ〜!」

「説明するの難しいっちゃけどね……」


優馬お父さんは胸を張り、どや顔で答える。

「よか質問や!実はな、意味はないんよ!」


「えぇぇ〜⁉︎」

さおりは目を丸くして大笑い。


優子が続ける。

「お父さんのギャグシリーズでね、美味しい時とか、楽しい時とか、とにかく“最高!”って気持ちを表すための合言葉が“うにゃだらぱ〜”なんよ。」


光子も頷きながら、

「で、“うにゃ〜あじゃぱー”は、その進化バージョン!笑」


「進化って何〜!」

さおりは机に突っ伏して爆笑しながらも、真面目にうなずいた。

「でも、なんか……わかる気がする。あたしも“うにゃだらぱ〜”って言いたくなる!」


「おっ、仲間入りやね!」

優馬は嬉しそうに手を叩き、すかさず両手を広げて、

「せぇのっ――うにゃだらぱ〜〜‼︎‼︎」


「うにゃだらぱ〜‼︎」

光子、優子、そしてさおりまで全員そろって叫ぶ。


美鈴は苦笑しながらも、その光景を嬉しそうに見守っていた。

「はぁ……鹿島さんも、あっという間に小倉家のノリに染まってしまったねぇ。」





夕暮れのオレンジ色が街を染めるころ、壁時計の針はもう午後六時を回っていた。

リビングに座っていた美鈴が、窓の外を見やりながら言った。

「そろそろ、さおりちゃんも帰る時間やね。暗くなってきたし…」


優馬が立ち上がり、車のキーを手に取る。

「ほんなら、送っていこうか。さおりちゃん、近いけど女の子一人で帰すのは心配やしな。」


「わーい!うちらも行くー!」

光子と優子が元気いっぱいに手を上げる。


「助かるわ、あんたたちも一緒に行ってきなさい。」

美鈴がにこやかに微笑んだ。



車に乗り込み、わずか5分ほどの道のり。車内では、まださっきの“うにゃだらぱ〜”が尾を引いていて、光子が笑いながら言った。

「さおり、今日めっちゃ笑ってたやん!」


「だって……ほんとにおもしろすぎたんやもん!」

さおりは頬を赤らめながらも、また思い出し笑いをしてしまう。


「よかよか、そう言ってくれると、お父さんも報われるっちゃね〜」

優子がツッコミ混じりに言い、車内はまた笑いに包まれた。



やがて車が止まり、さおりの家の前に到着。

「ここやけん、降りるね。」

さおりはシートベルトを外して、振り返った。


「今日はありがとう!ほんと楽しかった!」

にこにこ顔で大きく手を振る。


「また来んしゃいよー!」

「今度はこっちから遊びに行くけんね!」

光子と優子も笑顔で応える。


さおりは「うにゃだらぱ〜!」と叫んでから玄関に駆け込み、振り返ってもう一度手を振った。

その背中が家の中に消えていくと、優馬は穏やかにエンジンをかけた。


光子と優子は窓の外を見つめながら、同時にぽつりとつぶやく。

「……いい友達ができたね。」





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