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新旧電車の車両対決コント

新旧ならび立ち・快速コント


帰宅。玄関でカバンを置いた瞬間、光子と優子の顔が同時ににやっとした。

さっきの帰り道、踏切の向こうでピカピカの新型とガタンゴトンのベテランが並んで止まっていたのを見たのだ。あれはもう、コントにしろと神が言っている。


「——はい、ただいまより“車庫前ライブ”を開始します!」(光子)

「本日の演目は『**新型 vs ベテラン 〜並走面接〜』!」(優子)


リビングが一瞬でステージ化。ソファがホーム、ローテーブルが線路。美鈴と優馬はお茶持って最前列、笑う準備万端。



第一幕:入線


光子(胸を張って新型役):

「(無音でスッ…と登場)ご乗車ありがとうございます。静粛性が売りの新型でございます。今日もあなたの通学を低騒音でサポート。」


優子(肩をいからせベテラン役):

「(ガタン…ゴトン…と足で床鳴らしながら)おう、わしは風格と思い出で走るベテランや。騒音?それは景色や!」


美鈴、すでに口もとが震える。

優馬「これ、もう優勝の予感」



第二幕:自慢と弱点自己申告


光子(新型):

「USB、座席下に8口。Wi-Fiも無制限。お尻が喜ぶクッション、雲みたい。」


優子ベテラン

「座席は板や。だがな、座高が正される。姿勢矯正電車や!」


光子:

「ドアセンサー、指先1mmでも感知。閉まりません、守ります。」


優子:

「こっちはバンッと閉まる。意思が早い。迷いなし。」


光子:

「弱点は?」

優子:

「雨に弱い。あと、トンネル入るとテンション上がる」


美鈴「なんで弱点が性格」



第三幕:アナウンス対決


光子(新型・丁寧ボイス):

「次は〜“しあわせ前”。ドアが閉まります。足元にご注意ください。Please watch your step. 다음 역은…」


優子(ベテラン・乾いたボイス):

「次。“しあわせ前”。走る。以上。」


光子:

「車内ではお静かに……(ふっと間を取って)心の中で爆笑してください。」


優子:

「声出して笑え。揺れで腹筋鍛えとけ。」


優馬「どっちも正解」



第四幕:ドア閉め選手権


(テーブルをドア見立て)


光子(新型):

「(優雅に)ピンポーン…ドアが閉まります…(3秒)…閉まります……(さらに3秒)…」


優子ベテラン

「バンッ(即閉)」


美鈴「早いわ!」

光子「クレームは安全第一室まで〜」



第五幕:座席の座り心地プレゼン


光子:

「雲のようなふかふか。座った瞬間、『今日の失敗もだいたい許す』」


優子:

「板や。だが眠い授業の前に座ると、覚醒する。受験生御用達。」


優馬「今ほしいのは板かもしれん」



第六幕:停車中の雑談(並び立ちトーク)


光子(新型・隣の線路にいる設定で小声):

「先輩、尊敬してます。景色の覚え方、どうしてます?」


優子ベテラン

「匂いで覚えるんや。春は土、夏はアスファルトの湯気、秋は焼き芋、冬はマフラーの柔軟剤や」


光子:

「詩的すぎる…!」



第七幕:就活面接(車掌・面接官=美鈴、総務部長=優馬)


美鈴(面接官):

「志望動機を、カーブしながらどうぞ」


光子(新型・体をわずかに傾けて):

「地域の朝を静かに運びたいからです…(なめらかに)」


優子(ベテラン・グラッと傾いてから復帰):

「人を起こすのも仕事や。**ガタン!**で目ぇ覚まさせる。」


優馬メモ

「どっちも採用で」



第八幕:車内広告の読み上げ(勝手にアドリブ)


光子:

「『壁は白、紙は無限』展、開催中。会場:あなたの家のロール紙」


優子:

「『下見て歩け大作戦』ポスター掲出中。お花畑な君へ、足型レーン無料」


美鈴、声を出して笑う。「うちの広告やん!」



第九幕:お客様対応(想定問答集)


(春介&春海の代役をぬいぐるみで)


光子(新型):

「小さなお客様、ぴとは禁止ではありません。安全が確認できたらどうぞ。」


優子ベテラン

「ぴとは歓迎や。ただし走行中は心でぴとや。」


優馬「標語、最高」



第十幕:発車合図と哲学


光子(新型・穏やかに):

「発車いたします。今日の不安は駅に置いていきましょう。」


優子(ベテラン・力強く):

「迷う前に出る。戻りたくなったら、次の駅で戻ればええ。」


美鈴(拍手)「はい、泣けるやつ来た」



ラスト:並走の別れ


玄関マット=線路を、二人が左右にゆっくり歩く。

並んで、ちょっとだけ速度が違って、でも同じ方向。


光子(新型):

「先輩、また並びましょう」


優子ベテラン

「当たり前や。朝も帰りも、同じ町を走る仲間や」


——ここで、二人そろって観客(=家族)へ向き直る。


光子「本日の運行は安全と笑いでお届けしました」

優子「最後に合図、よろしいですか」


全員、手を丸く合わせて——

「め・ん・た・い・こ!」

「う・にゃ・だ・ら・ぱ〜!」


客席(家族)スタンディングオベーション。

優馬がニヤニヤしながら言う。「どっちにも乗りたい」

美鈴「明日は新型で静かに、帰りはベテランで笑って帰ろ」


その晩、双子は布団の上で小さな発車合図をもう一回やった。

玄関にはチャリ、頭のなかにはあの並んだ電車。

毎日がお出かけ、毎日が帰り道。新しいのも古いのも、並んだらもっと面白い——そう思えた夜だった。




朝の通学路はパンク日和(いや違う)


朝。空気が澄んでる。ペダル、軽い。

——の、2秒後。


パァン!(耳に痛い音)

ぷしゅぅぅぅ……(心に痛い音)


光子「……マジか〜」

優子「朝からパンクロックかまさなくてよかのに」


歩道の端に寄せて、自転車をひっくり返す。

まずは安全第一。ランドセルみたいに背負ってるエコバッグから、ミニ三角コーン(手作り)をスッと取り出して設置。

《作業中/お花畑注意》と手書き。朝日でやたら目立つ。


光子「原因は〜……(タイヤをなでる)トゲトゲの小ネジ、出ました」

優子「誰や、こん道にDIY置いてったの」


そこへ、通学路を男子三人がふらふら通過。まだ昨日の花畑の花粉が残っている顔。


男子A「おはよ……って、え、パンク?」

男子B「大丈夫?持つよ?(見惚れ)」

男子C「空気、オレ吸って入れる?(我に返れ)」


優子、手の平を上げて制止。

「男子は足型レーンの上だけ歩行。見惚れ禁止。足元ガチ確認!」

(ガムテで作った足型シールをペタンペタンと歩道に貼る)

男子「了解〜(逆にシャキーン)」


1.現場に“チャリ応援救助隊”発足


光子「作戦名『朝のミラクルタイヤ76』。手順は——

①バルブ外す(『にー』って言う)

②チューブ引き出す(『ほー』)

③穴探す(『ふー』)

④パッチ貼る(『どーん』)

時間ないけど行く!」


優子「工具出します!(タイヤレバー・パッチ・紙やすり・ミニ空気入れ)」


チューブを取り出して、スポドリのフタで泡テスト(無理やり)。

ポツポツ……ぷくぷく……

光子「ここや!」

優子「ちょいぴの位置、特定!」

男子C(小声)「こんなとこまで“ちょいぴ”使えるんか……辞書に載せよ」


紙やすりでコスコス、ゴムのりぬりぬり、パッチをぺたり。

光子「15秒、触らん。忍耐のターン」

優子「3、2、1……どーん!(指で押さえ)」


2.ドタ:朝の通学路はイベント会場


そこへ、下校中(違う)の保育園児ご一行が通過。

園児A「がんばれ〜!」

園児B「しゃっしゃ!ぎゅっ!ぽい!」

先生(苦笑)「それ掃除のほう!」


おばあちゃんも足を止める。

「よかね、若かもんはパッチも貼れるとね」

光子「おばあちゃんの自転車も点検しときます?」

おばあちゃん「帰りにね。飴いる?」

(ラムネを手に握らされる。朝から糖分補給)


3.再ドタ:空気入れ→筋トレ→花畑事故寸前


優子、ミニポンプでシュコシュコ。

男子A「手伝う!」

優子「その前に——“花畑解除”。め・ん・た・い・こ」

男子「め・ん・た・い・こ!」

優子「う・にゃ・だ・ら・ぱ〜」

男子「う・にゃ・だ・ら・ぱ〜……はい、現実に戻りました」


交代でシュコシュコ。男子Bが張り切りすぎて空気入れが抜け飛ぶ→歩道にコーン直撃→カラン。

光子「コーンは被らんって昨日言ったろーが!」

男子B「コーン被ってない!当たっただけ!」

優子「結果は似たようなもの!」


4.時間との戦い&“遅刻回避”の言い訳錬成


スマホを見る。集合時刻まで12分。

光子「行けるか?」

優子「半分押して走るプランも視野」

男子C「俺ら、荷物持ちに回る!」

(楽器ケースを持ってダッシュ→足型レーン外に出てすぐ戻るの図)


パッチが落ち着いたところで、もう一回空気。

シュコシュコシュコ……タイヤがぷに→もに→パリッと張っていく音(※イメージ)。


光子「乗ってみる……(そろり)いける!」

優子「勝った。朝に勝った」


5.追いパンク(まさかの二穴)→プロ召喚


……と、5m進んだところで

ぷしゅぅぅぅ……(二穴目)

全員「えぇぇぇええ」


光子「今日は二本立てやったか……」

優子「もう時間が……プロ呼ぼ!」


近所の「オオタ輪業」に電話。

優子「朝からすんません、パンクロック二曲やらかして……」

オオタさん(電話の向こう)「おう、アンコールやな。すぐ行く」


2分で軽トラ登場。

オオタさん(前掛け、無駄に渋い)「ほい来た。バルブもげとるやん。二曲目は別ジャンルや」

男子A「ジャンル……」

オオタさん「任せな。職人の早口で直すけん」

(本当に早い。見る見るうちにチューブ交換、バルブ新品、空気ずどん)


オオタさん「よし、出といで。帰り寄って整備帳つけとくから」

光子「神〜!」

優子「施術後みたいな安心感!」


6.学校までの“護衛走行”&標語が生まれる


男子たちが左右で護衛、光子が軽快に再発進。

優子は横で並走しながら、標語を書いた紙を掲げる。

《本日の教訓》

1.パンクは朝に来る(たまに)

2.足元ガチ確認/花畑は休憩中に

3.困ったらプロと友達になる


信号待ち、保育園児がまた手を振る。

園児A「しゃっしゃ!ぎゅっ!ぽい!」

光子「ぽいはせん」

先生「朝からすみません(礼)」


校門前。顧問が腕を組んで待ってた……が、顔は笑ってる。

顧問「間に合ったね。で、そのコーンは何」

優子「お花畑解除装置です」

顧問「毎朝配ろうか(真顔)」


7.遅刻回避の口上(爆笑で通る)


職員室前で“遅刻回避口上”を報告。

光子「現場:通学路、対象:小ネジ(犯人)、被害:タイヤ×2、対応:チャリ応援救助隊+オオタ輪業、結果:現場復旧」

事務の先生「報告書、詩みたいで好き」


8.おまけ:掲示板に新ステッカー


放課後、掲示板に新しいミニステッカーが増えていた。

•壁は白、紙は無限、タイヤは空気満タン

•頭は花畑でも足元ガチ確認

•パンクは人生の授業参観(by オオタさん)


男子A「……朝から授業参観あったわ」

男子B「僕、空気入れ係に立候補します」

男子C「俺は足型レーン係」

優子「任命。幸運税は唐揚げ一本ずつ」

顧問「そこは君らの文化費で(即否定)」


帰り際。

光子「今日の合図、空気多めで」

優子「はーい」


全員で、ちょっとだけ胸を張って——

「め・ん・た・い・こ!」

「う・にゃ・だ・ら・ぱ〜!」


タイヤは張って、心も張った。

朝の“マジか〜”は、夕方には“ネタにできたけん”に変わっていた。

——明日も走る。空気満タンで、笑い満タンで。




朝。修理明けの自転車で全速。

角を曲がった瞬間、信号が——ぱっと赤に着替えた。


「今!?今日いちばんの反射神経、そこで使う?」

隣の優子がハンドルに額をつける。「赤信号、やる気満々」


青になる。踏む。三十秒後——カンカンカン。

踏切の遮断機がゆっくり降りてきて、目の前に鉄のカーテン。

先頭が見えない貨物列車が、無表情で永遠を引きずってくる。


「連ドラ方式やん……一本終わらんうちに次の回」

「今日の主役、完全にこっちじゃない」


時計を見る。やばい。

光子はポケットからスマホを出して、担任&出席係のグルチャに打ち込む。


【件名】通学路、赤組の猛攻について

【本文】

ただいま赤信号に三連続で声かけされ、踏切で長編上映会に招待されています。

自転車は無事、命も無事、遅刻見込みは約○分。

交通ルールに従い、安全重視で向かいます。

本日の学び:信号にスキップボタンは無い。

以上、現場からでした。


すぐ既読が並び、担任から返信。


了解。命優先。赤組には勝たんでよし。着いたら静かに入室。

追伸:その文才は朝礼で共有させて。


つられて友達のさおりからも。


じゃ、席あけとく。プリントは確保。

追伸:赤信号にサインもらってくればネタ完璧。


列車がやっと最後尾を通過。遮断機が上がる。

優子が深呼吸して、にやり。「今日の朝、編集で短くできんかったね」

「生放送やけんね」


ペダルを踏む。

遅れは少し。でも笑いで緊張が溶けて、足は妙に軽かった。




昇降口。

自転車ツッコミ、ロックは雑。

階段ダッシュ、教室フロア前でブレーキ。


「はっ…ぜぇ…っ、ま、間に合った…!」


汗が首筋をつっと落ちる。前髪は海藻。

光子がタオルを渡しながら小声で刺す。


「顔、ゆで卵」

「言わんで。いま冷蔵庫入りたい」


そこへ階段上から拓実。

白シャツ、袖ひと折り。清潔感の標本。

視線が合った瞬間、世界がスロー。


優子(心の声)『よりによって今!?』


拓実「おはよう。速かったね」

手にはスポドリとハンカチ。まぶしい装備。


優子「お、おはよ…これは汗で、涙じゃなくて、半分涙で、えっと」

語彙、崩壊。顔、さらに赤。


光子が即、壁役。

「スクリーン入りまーす。深呼吸、整えて」

(タオルを首にかけ、前髪を耳へサッ)


拓実「これ、使う?」

ラベンダーの匂いのハンカチ。

優子「借りる…ありがと…返す時、洗って、アイロンして、のりで固めて返すね」

拓実「そこまでせんでいい」


光子がむせる。「のりって」


廊下の角からさおり・しおり・朱里・樹里が観客顔でのぞく。

さおり(小声)「来た、朝の青春事故」

朱里「実況:前髪戦死、援軍到着」

樹里「判定:語彙TKO」

しおり「まず飲め。生存優先」


優子、スポドリを一口。

喉に冷たさ。心拍が落ちる。呼吸、帰還。


拓実「ホームルーム前のプリント、手伝うわ」

優子「う、うん…(小声)なんでこういう時に見られるんかな…」

拓実「たまたま。運がいいってことで」

優子「そ、そう?」——茹で色、継続。


光子が肘でつつく。

「はい、前向き」

「…うん。ありがと」


二人で歩き出す。背後で友だちが親指を立てた。

昇降口には、さっきの慌ただしさが、少しだけ笑いに変わって残る。

遅刻は免れた。心拍はまだ速い。

——朝、悪くない。






渡り廊下は今日も平和……なわけがなかった。


体育科から回ってきたプリントの束は、無事確保。

問題は——


天井近くで、A4一枚だけがくるくる、くるくる、くるくる……

ラスボスみたいな浮遊をキメていた。



「……姉ちゃん、あれ、どうする?」

「うーん……」


光子が腕を組む。

優子も見上げる。


椅子に乗るには高すぎる。

ジャンプするには尊厳が危うい。

棒を取りに行くには、めんどくさい。


三秒考えて、光子は決めた。


「——声で落とす」

「出た、音楽棟の人間離れ発想」


でも、優子はノリノリだ。


「腹式、全開でいくよ? クレームきても知らんよ?」

「クレーム来たら、“アンケート用紙ありますか?”って返せばよか」


そういう問題ではない。



二人はすっと足を肩幅に開いた。


さおりがごくりとつばを飲む。

しおりがノートを開く。

朱里がスマホを構える。

樹里がなぜか耳栓を用意する。


「え、録音しとこ。新しい着信音いるもん」

「耳は命だから保険かけとく」


光子、下腹にぐっと力を込める。

優子も肺いっぱいに空気を吸う。


「いきます」

「発声、戦闘モード」


息を合わせて——


「「あーーーーーー/おーーーーーー」」


純正五度。

音楽棟の廊下が、一瞬でライブ会場仕様になった。



空気の層がバンッと動く。


掲示板の画びょうがぷるぷる震え、

「期末試験まであと○日」の紙がやる気をなくしたみたいにめくれる。


骨格標本の胸骨が、

「ぼくは悪くない」みたいな音でカタカタ鳴った。


上でくるくる回っていたA4が——


ひゅっ。


「……落ちた」

「マジで落ちた」


一枚、二枚、ふわりふわりと着地していくA4。

渡り廊下は、なぜか拍手のタイミングを逃した観客みたいに静まり返った。



沈黙を破ったのはさおりだった。


「いまの、物理で説明つく?」

「つくよ。“声道を通った空気振動による——”」としおりが真面目に言いかける。


「いやそこは“物理(声楽)”って言っとこ」

「ジャンル新設?」


朱里がスマホを見て叫ぶ。


「見て! さっきの一声で、歩数計の“階段のぼりました”カウント増えた!」

「え、声で標高稼いだ?」


樹里が耳栓を外しながら、しみじみとつぶやく。


「これが……呼吸の暴力……」



しかし、ラスボスA4は一枚だけ残っていた。


一枚だけ、天井近くで全力反抗。

ビラビラ揺れながら、**“俺はまだ終わらん”**みたいな顔(紙だけど)をしている。


「残党おるやん」

「最後の一枚が一番性格悪いパターンね」


光子の目がきらりと光る。


「優子、半音上げるけん、ついてき」

「了解。こっちはドミナントぶつける」


何その会話。普通の高校の廊下で出ない。


二人、再び構える。


光子「いーーーーー↑」

優子「おぉーーーーー↓」


音がぶつかって、空気がぐわん。

A4がビビったように震え——


ストン。


「はい、陥落」

「ラスボス、ボイスバトルで撃破」


さおりが拍手しながら言う。


「これはもう、“声楽科公式・紙落とし技”として教科書に載せるべき」

「いや載せたら全国の学校天井からプリント消えるけんやめて」と優子。



回収完了、と思ったところで。


「……あれ?」


体育科側の窓の向こうから、誰かが手を振っている。


筋肉でできたような腕。

日に焼けた笑顔。

ジャージ姿、ラケットケース、そして——あの顔。


拓実だった。


全力の“いいね”ジェスチャー。



優子の耳が、秒速で紅葉する。


「み、見られたの今の?」

「完全に実況席から見られとったね」


光子はにやにやが止まらない。


「よかったやん。体育科のエースに、“紙落とし女子”として認知された」

「やめて! なんかパワーワードすぎる!」


拓実は向こうで、

「すげー!」って口パクして、拍手して、ホイッスル鳴らされてダッシュで戻っていった。


優子、机にプリント束ごと突っ伏す。


「……穴があったら、そこに声通して反響させたい」

「表現がいちいち声楽科やもん」



ホームルーム。


教室に入ってきた声楽科担任の一言目が、これだった。


「さっきの純正五度——合格」

「……え?」


クラス中がザワッとする。


先生は出席簿をパタンと閉じて続けた。


「ついでに、さっき廊下で鳴ってたの、

 “起立・礼”の代わりってことで、出席も全員合格ね」


「「「やったーー!!」」」


「ただし」先生は指を一本立てた。


「天井のポスター三枚落ちた。あとで貼り直し。

 “音楽で世界を変えよう”ってやつが一番最初に落ちた」


光子、すかさず手を上げる。


「ホールの残響より、天井の方が先に反応しました」

「それはそれで才能やけどね」と先生は苦笑い。


「※“世界より天井の方が先に変わる”っていう、

  良くも悪くもリアルなメッセージになりました」



休み時間。

優子が窓の外を見て、ふっと息を吐く。


グラウンドでは、体育科がスタート練習。

拓実はもう次のメニューに入っていた。


光子が横からひょいっと顔を出す。


「10秒だけ、朝のお礼いこ」

「……10秒だけよ?」


二人、廊下の端で小さく立つ。


さっきほどの爆音じゃなく、

今度は廊下にふんわり溶けるくらいのボリュームで。


「「ラ——」」


たった一音。

でも、空気がほんの少しだけ、あったかくなる。


そのタイミングで、外からホイッスル。

グラウンドのほうで、誰かがちらっと手を上げた気がした。


「……ね、届いとる」

「届いとる。さっきの天井より、ちゃんといいとこに」



教室に戻ると、黒板の端にしおりの字で一行。


『声は風になる。

 風は紙を落とす。

 落ちた紙は、誰かの手に届く。』


さおり「詩と物理のハイブリッドやね」

しおり「ジャンル名、“ポエム力学”でどう」

朱里「次はポスター落とさん強弱でいこ」

樹里「まずはpピアノから始めよ。ffは非常ベル鳴る」


優子は机の中のハンカチを、そっと握る。

ほんのりラベンダーが香る。

さっきの恥ずかしさも、ちょっとだけいい匂いがする気がした。


心拍はまだ早い。

喉はあったかい。

そして——


(はぁ……でも、朝からおもしろすぎやろ、この学校)


授業は別々。

教科も違う。

でも、同じ空気吸って、同じ校舎鳴らしてる。


それだけで、今日も十分、爆笑スタートだった。

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