オープンキャンパス最終日
東京駅の地下。土産コーナーをひと回り。
優子(博多)「拓実のんは東京ばな奈で決まりやね。箱、でかいほう買っとく」
光子(博多)「喜ぶやろ〜」
お父さん(博多)「うちは配りもんが要るけん、鬼太郎のお菓子系ばまとめて買うばい。目玉おやじ饅頭と妖怪せんべい、あとキーホルダー少々」
お母さん(博多)「それ、美香んとこ、赤嶺の家、親戚、近所にも配れるね。段ボール一箱送ろ」
会計をすませて紙袋どっさり。
優子「拓実の分、別袋にしとくね」
お父さん「鬼太郎セットはこっちが預かる。帰ったら分けて配ろうや」
光子「オッケー。これで土産ミッション完了」
朝六時に起きて、ぱぱっと支度。ロビーで軽く朝食を済ませ、外へ出ると小雨。ひやっとした空気に、二人とも上着を一枚はおる。
優子「傘、さしとこ。足元すべらんごとね」
光子「うん。行こか」
地下鉄を乗り継いで、大学の門へ。濡れた舗道が薄く光っている。
スマホを開いて、二人にメッセージ。
光子:いま大学の門、通過したよ
優子:着いたばい。カフェ前で待っとるね
すぐ既読。
小雪:こっちも着いたべさ〜。門のとこにいるよ
ソフィーア:今、向かっています。数分で着きます
門の下で手を振る小雪、傘を畳みながら走ってくるソフィーア。
合流した瞬間、雨の匂いがふっと軽くなる。
小雪「おはようさん。なまら冷えるね」
ソフィーア「おはようございます。今日は頑張りましょう」
優子「おはよ〜。まずはホットの飲みもん買いに行こ」
光子「手、あっためてから動こか」
四人で小走りにカフェへ向かった。
音大の構内を、優馬と美鈴がゆっくり歩いた。
ガラス越しに練習室の灯り、小さな音階がいくつも重なる。ホール前を抜け、図書館の匂いを吸い込んでから、学生寮へ。
玄関の掲示板、共用ラウンジのソファ、コインランドリーの銀色のドラム。
美鈴が指先で手すりを撫でる。
「美香の時と、あんまり変わっとらんね。…よかった」
「うん。空気、覚えとるもんね」と優馬。
案内の学生が笑う。「キッチンは新しいIHになりました」
「ほうほう。安全でよか」と優馬。
ラウンジの隅では、先輩たちが静かに譜面を広げていた。
外に出ると小雨。寮の屋根に粒が弾けて、遠くでサックスが一音だけ鳴る。
美鈴が小さく息をついた。
「ここで暮らして、ここで通って。…あの子たちの毎日が見えた気がする」
「背中押してやれる準備は、できとるばい」
二人は門の前で立ち止まり、ツインズにメッセージを送った。
〈寮も施設も見たよ。変わらず、いい場所〉
すぐに既読が並ぶ。雨は細く、軽かった。
雨の音が薄く残る朝。受付で出席カードを受け取り、二日目が動き出した。
声楽クリニック(最終回)
真柴先生「今日は本番想定ね。入って、一礼、八小節」
光子が前に出て歌う。客席の椅子が近く感じたが、語尾がきちんと床に置けた。
真柴先生「よし。言葉が前に来た。最後、息を一粒だけ残して」
小雪は昨日の続き。高い音へ行く瞬間、視線をそっと上げる。
小雪「…行けた、わ」
真柴先生「今の感覚、ポケットに入れといて」
ソフィーアは民謡の一節。最初の一音で場が静かになった。
真柴先生「その入り、いいね。終わりは笑わなくていい、目だけやわらかく」
指揮ワークショップ(合同)
長谷川先生「合唱+室内アンサンブル。前からどうぞ」
優子が台に立つ。合図、弦が立ち上がる。合唱が重なった瞬間、空気が広がった。
長谷川先生「はい、そこまで。入口、見やすい。終わりは手首で‘落とす’じゃなく‘置く’に」
後ろにいたトランペットの学生が小声で「ナイス」。優子は小さく会釈。
ソルフェージュ(チェックテスト)
柏原先生「短い旋律を聴いて、書いて、すぐ歌う」
光子は書き終えると、軽く声に出した。
柏原先生「いい。拍が迷ってない。隣どう?」
小雪「…書けたべさ。裏、怖くない」
柏原先生「うん、OK」
ディクション・ラボ(仕上げ)
木島先生「日本語の歌詞で一曲、通して」
ソフィーア「『早春賦』、お願いします」
言葉が前に出る。
木島先生「舌先の‘ら’、きれい。今日はここまで」
お昼のロビー
お父さんとお母さんが顔を出す。
お母さん「どう?」
光子「楽しかった」
優子「午後、説明会と個別相談でおしまい」
小雪「わたしは寮も見たいんだわ」
ソフィーア「私は図書館、少しだけ」
奨学金・特待説明会(要点)
担当者「実技は録画も拝見します。面談では活動の継続性と、学びの計画を聞きます」
優子「合唱指揮の履修、可能ですか」
担当者「可能です。申請すれば実践機会もあります」
光子「日本語歌曲の授業、履修できますか」
担当者「開講しています」
個別相談(締め)
相談員「二人とも、やりたいことがはっきりしてる。迷ったら資料室へ来て」
光子「ありがとうございます」
優子「助かります」
小さな締めくくり
玄関前の庇の下。雨は細くなった。
小雪「二日間、ありがとう。なまら濃かった」
ソフィーア「一緒に歌えて、よかったです」
お母さん「また会いましょう」
お父さん「福岡にもおいで」
光子「うちらも、また来るよ」
優子「グループに写真、あとで上げとくね」
門を出ると、濡れた舗道が薄く光った。二日目は静かにたたまれて、ポケットに収まった。
個別面談メモ(詳細)
場所:キャリア・進路相談室
出席:光子(Vo/Ba)、優子(Dr/指揮)、真柴先生(声楽)、長谷川先生(指揮)、新藤先生(ジャズ/ポピュラー)、木島先生(日本語ディクション)、伊達アドバイザー(キャリア)
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1) 相談内容(要旨)
•ファイブピーチ★として活動の幅を広げたい。
•バンドはボーカル交代制。クラシック/ジャズ/ポップ/メタルまで歌い分けが必要。
•どう学び、どう現場へ落とし込むか、具体的なロードマップを知りたい。
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2) 教員からの提案(会話ダイジェスト)
真柴(声楽)
•「基礎は一つ。“息→共鳴→言葉”の順番を絶対に崩さない。ジャンルが変わっても母音の居場所は守る。
•週1でクラシック基礎レッスン(30〜40分)。ここで“体のニュートラル”を必ず回収。」
新藤(ジャズ/ポピュラー)
•「ジャンルは“衣装”。中身(発声)を保ったままリズム言語と音色を着替える。
•ジャズ: スイングとストレートの切替。8→3連の可変、スキャットの母音練習。
•ポップ: 近接効果を使うマイクワーク、語尾の“抜き”。
•メタル: “歪み”は安全手法で。独学は絶対NG。エクストリームボイス専門のコーチと連携して短時間から。喉ではなく息と共鳴で作る。」
木島
•「言葉が出れば、音色は勝手に寄る。日本語/英語/イタリア語の子音処理を分けるノートを作ろう。曲ごとに発音キューを3つだけ書くと本番で強い。」
長谷川(指揮)
•「優子さんは**MD役も担える。
クリック設計/カウントオフ/ダイナミクスの合図を楽器で伝える。譜面はナンバー譜(Nashville Number System)**も併記すると転調に強い。」
伊達
•「学内外で月1のショーケースを固定化。録音は毎回ルームマイクで残す→SNSは“短尺・定時”で更新。制作は学内コラボ(録音・映像・照明専攻)を頼る。」
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3) 12か月クロスジャンル・ロードマップ
Q1(0–3か月)「基盤固め」
•発声リセット:週1クラシック、週1ジャズ/ポップ、毎日10分の母音ルーティン。
•マイク基礎:距離・角度・近接効果、ジャンル別の持ち方(※“ハンドカップ”は原則避ける)。
•レパ初期
•クラシック:古典歌曲2曲(日本語1、伊語1)
•ジャズ:スタンダード2曲(例:Autumn Leaves、All of Me)
•ポップ:日本語バラード1、アップ1
•メタル:クリーン+軽いハスキーの安全導入(専門コーチ枠で15分×月2)
•MD準備(優子):クリック設計、数え癖の統一、キメのハンドサイン整備。
•譜面整備:全曲キー違いで3版(原調/±2)。ナンバー譜を必ず用意。
Q2(3–6か月)「色の出し分け」
•スタイル研究:各ジャンル代表的3曲を“完全コピー→自分解釈”で2周。
•リズム語彙:ジャズの裏拍レガート、ポップの16分粒立て、メタルのシンコペ・ブレイク。
•語学:英語/伊語のアクセント辞書を作る(曲ごとに3キーワード)。
•月1ショーケース開始(30分セット)/学内ラボ出演。
Q3(6–9か月)「制作と記録」
•スタジオ実習:学内スタジオで2曲レコーディング(クリック有/無の両方)。
•編曲力:弦 or 木管を1曲招いてコラボ編成を体験。
•映像:ライブ1テイクMV(固定カメラ+手持ち)。
•健康管理:本番週は声の予算表(発声時間/本番数)を可視化。
Q4(9–12か月)「発信と展開」
•EP(4曲):ジャンル横断で“同じ声の芯”を提示。
•外部ブッキング:学外ミニフェス/配信企画に1本参加。
•教育連携:学校ワークショップ(小さな出前講座)で**“笑ってから歌う”**を体験提供。
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4) 週の運用イメージ(例)
•月:発声基礎(30分)/クラシック曲(30分)/語学ディクション(15分)
•火:バンド・リハ(90分)—キー違い確認/キメ再構築
•水:ジャズ・ラボ(60分)/即興(15分)
•木:MD業務(優子:クリック/数え/合図)+録音チェック(30分)
•金:制作(DAW/アレンジ 60分)
•土:休息 or 軽いストレッチ&ハミング(15分)
•日:ショーケース or ライブ(隔週)
※メタルの歪みは専門コーチの監督下で短時間・低頻度から。喉に痛み・違和感が出たら即中止して休息と評価を。
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5) 実践テク(すぐ効く小ワザ)
•ボーカル交代制の安定化:
①キー3版(原調/±2)を常備 ②ナンバー譜で瞬時に共有
③曲頭の合図語を固定(例「深め」「軽く」「フラットで」など3語まで)
•ジャンル別の“入口”:
•クラシック:遠目の母音+語尾は息
•ジャズ:子音前寄せ+語尾抜き
•ポップ:近接+語頭を柔らかく
•メタル:息圧→共鳴の歪み(喉を締めない)※コーチ同席
•ステージ運用:曲間MCは15〜20秒、次曲の色を一言だけ宣言(“夜の曲”“朝の曲”など)。現場の温度が整う。
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6) 今日の持ち帰り(二人へ)
•光子:“同じ芯で服を替える”。母音の置き場を守って色を変える。
•優子:“演る+回す”。プレイに加えてMDの視点を持つとバンドが一段まとまる。
•二人とも:毎回の録音を10分で振り返る(良かった2つ/直す1つ)。蓄積が“幅”になる。
個別面談:質疑応答(逐語ダイジェスト)
冒頭(目的の確認)
伊達「今日は“何を広げたいか”を具体的にしましょう。」
光子「ファイブピーチ★の活動で、クラシックからジャズ、ポップ、メタルまで歌い分けたいです。」
優子「ボーカル交代制なので、曲ごとに色を切り替えつつ、バンドとしての統一感も保ちたいです。」
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声楽 × スタイル切り替え
Q(光子→真柴)「ジャンルが変わっても声の芯を保つには、何を優先すべきですか?」
A(真柴:声楽)「母音の位置です。『どこで響かせるか』を固定すれば、衣装が変わっても崩れません。練習は “母音だけで曲の骨を通す→言葉を載せる” の順で。」
Q(光子)「語尾が重くなります。改善のポイントは?」
A(真柴)「語尾は息に戻して軽く処理。子音で止めず、“声→息”へ自然に移行させます。録音して語尾だけ連続再生すると癖が把握できます。」
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ジャズ/ポップの実務
Q(優子→新藤)「同じ曲でスイングとストレートを切り替える練習法は?」
A(新藤:ジャズ/ポピュラー)「まずはメロに歌詞を載せず“ダーダー/ドゥードゥー”で。ストレート8分→3連系→再びストレートの順で往復。リズム隊はハイハットの刻みとベースの音価を入れ替えて、歌に寄せます。」
Q(光子)「ポップでマイクが近い時、声が太りすぎます。」
A(新藤)「近接効果の調整です。低域が膨らむので口角と距離で補正。サビは“拳一つ分”、Aメロは“二つ分”など距離ルールを曲ごとに決めてください。」
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メタルの安全な“歪み”
Q(光子→新藤)「歪みボイスを安全に習得したいです。」
A(新藤)「独学は避けて、専門コーチ監督下で“短時間・低頻度”。喉で潰さず、息圧と共鳴で作る方法に限定。練習は15分以内、違和感が出たら即終了。翌日までに残る痛みがあれば中止です。」
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言葉
Q(光子→木島)「日本語・英語・伊語を同じ日に歌うと口が混乱します。」
A(木島:ディクション)「言語ごと“3つの合図”をメモに。例)日本語:母音を前、ら行は舌先軽く、は行は息の面/英語:子音前寄せ、Rは後ろ寄せ、母音はフラット/伊語:母音は縦に、子音は明瞭。曲の譜面に付箋で貼っておくと現場で迷いません。」
Q(ソフィーアの日本語指導について)
A(木島)「語頭を強くしすぎないこと。『い・え』は明るくなりすぎないように。短いフレーズで“話す→歌う”の順に整えれば安定します。」
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バンド統率(MD的視点)
Q(優子→長谷川)「曲頭の合図を安定させたいです。」
A(長谷川:指揮)「“合図語”を固定しましょう。例:『軽く』『深め』『止め短く』など3語以内。手は小さくても意味が伝われば十分。終わりは“落とす”ではなく“置く”意識で。」
Q(優子)「テンポの出し方はクリック必須ですか?」
A(長谷川)「本番は“クリック無しで合わせられる設計”が理想。リハではクリック→ラスト1〜2回は外して確認。数え癖を統一(1e&a/タタタタ 等)し、ベースとドラムの呼吸点を決めると強いです。」
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レパートリー設計・編曲
Q(光子→新藤)「同じ曲を別キーで回すコツは?」
A(新藤)「譜面を原調/±2で常備し、ナンバー譜も併記。サビの最高音を“余裕半音”に収めると当日でも安全。転調時はベースのガイド音(3度/7度)で歌を支えてください。」
Q(優子→長谷川)「小編成+弦のコラボを入れたいです。」
A(長谷川)「弦は“持続で色を塗る”役に。クリックよりも呼吸の合図を重視。キメはリズム隊の短いハンドサインでOK。」
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健康・運用
Q(光子→真柴)「本番が続く週の声の管理は?」
A(真柴)「“声の家計簿”をつけて、発声時間を見える化。リハを短く、クールダウンを確実に。睡眠・水分が最優先。」
Q(優子→伊達)「活動の広げ方を実務的に知りたいです。」
A(伊達:キャリア)「月1ショーケースを固定化。録音は毎回ルームマイクで保存、SNSは短尺で同じ曜日・時刻に。学内スタジオと映像専攻に協力を依頼して、音・映像のクオリティを揃えると次の声がかかりやすいです。」
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面談締め(確認事項)
伊達「次回までに、①キー違い譜面(原調/±2)、②合図語リスト、③30分セットの想定セトリ、この三点を持参してください。」
光子「用意します。」
優子「合図語、今日のうちに整えます。」
真柴「語尾の処理、録音で必ず確認を。」
新藤「ジャンルの衣装替えは、まずリズムと言葉から。」
木島「言語メモは3つに絞る。」
長谷川「入口と終わりの形を決めると、全体が締まります。」
二人とも深くうなずき、メモを閉じた。
校門の下、雨は細かい霧みたい。荷物を肩にかけ直したところで、ソフィーアがまっすぐこちらを見る。
ソフィーア「あなたたちのジュネーブのスピーチ、ライブで聴きました。ほんとうに素晴らしかった。私たちが経験したことを、言葉にしてくれて。
最初、私は“いつか従軍して国を守る”って思っていました。でも今は違います。憎しみは新しい憎しみを産むだけ。鉄や爆薬の雨じゃなくて、笑顔と笑いの雨をウクライナに降らせたい。…あなたたちに会えて、よかった。今度、ロサンゼルス組曲、一緒に合わせましょう」
小雪「わたしもさ、二人の名前、前から聞いてたんだわ。札幌でも話題になってたし。歌も笑いも、ちゃんと届くんだよね。したっけ、またみんなで音合わせやろう」
優子「…ありがとう。うちら、歌も演奏も笑いも、みんなと一緒にやりたか」
光子「ほんと、会えてよかった。またすぐ会おうね」
四人でぎゅっと短く抱き合う。手が離れても、指先だけはしばらく触れていた。
小雪「したっけ、連絡するわ。気ぃつけてね」
ソフィーア「またね。練習、送ります」
優子「待っとーよ」
光子「じゃあね、またね」
小雪は駅のほうへ、ソフィーアは交流館のほうへ。
小雨の向こうで、二人がもう一度振り返って手を振る。
ポケットのスマホが小さく震えて、グループに「今日はありがとう」の文字が並んだ。
出口で待っていたお父さんとお母さんが手を振る。
お父さん「おつかれ。よか仲間に出会えたな。…二人の宝物やぞ」
光子「うん。ほんと、宝物や」
優子「大事にする」
お母さん「顔つきがええね。今日はよう頑張った」
光子「ありがと。いっぱい学べた」
優子「また一緒に音出す約束もした」
お父さん「よかよか。ほんなら、荷物こっち持つばい。駅まで歩こか」
光子「お願い」
優子「お腹すいたね。なんか食べて帰ろ」
四人並んで歩き出す。小雨の中で、さっきの別れの余韻がまだあたたかかった。
夕方、東京駅のコインロッカーから荷物を出して、ひと息。
「サンライズの前に、東京タワー行ってみよっか」と光子。
「賛成」と優子。お父さんお母さんもうなずく。
日暮れには雨が上がって、空がすっと明るくなる。展望デッキへ。
窓の外、街が灯りだす。道という道が金糸になって、ビルの窓が瞬く。
優子 「うわぁ…宝石箱やね」
光子「これ春海に見せたら、ジュエリーって言いそうやね」
お父さん 「言う言う。『きらきら、ちょーだい』て」
お母さん「ぜったい言うわ」
四人で吹き出した。ガラスに笑顔が映る。
ふいにスマホが震える。グループLINEに写真。
小雪〈羽田→新千歳、いま離陸。なまらきれいだったから送るわ〉
添付は、離陸直後の夜景。滑走路の灯が一本の尾になって、街が星みたいに散っている。
光子〈最高! 気ぃつけて帰りぃね〉
優子〈おつかれ〜。おやすみ前にホット飲んでね〉
ソフィーア(標準)〈交流館からも見えます。今日はありがとう。またすぐ〉
ハートと飛行機のスタンプが並ぶ。
——そのころ、福岡。
アキラと美香のマンションのリビングで、春海が突然、
「ヘックチン‼︎ ヘックチン‼︎」
美香「あれあれ? 春海のこと、誰かが噂しよるっちゃない?」
春介「しゃっぱ、はるみ、じゅえりー!(両手きらきら)」
アキラ「絶対や。東京タワー見て“宝石”って言いよるはず」
三人でけらけら笑う。テレビの音より、笑い声が大きい。
——東京タワーを降りて、地下鉄へ。
東京駅に戻ると、夜のコンコースがゆっくり波打っている。改札の先に、サンライズの行き先表示「東京→出雲市」。
「ただいま」みたいに思えて、四人で顔を見合わせた。
ホームに上がって、長い編成の横を歩く。
お父さん「荷物こっち持つばい」
お母さん「車内であったかい飲みもん買おう」
優子「今夜はすぐ寝よ。明日は家で、土産配り大会やね」
光子「拓実の東京ばな奈、忘れんごと」
ドアが開く。静かな通路、やわらかい灯り。
指定の個室に入って、荷物を棚にのせる。
窓の外で、ホームのランプが等間隔に遠のいていく。
優子「また乗れたね」
光子「うん。今日の景色、ぜんぶ持って帰ろ」
発車の揺れが、胸の鼓動をゆっくりにした。
夜景はもう背中に回って、代わりに窓ガラスに四人の笑顔が重なった。




