オープンキャンパス準備。
部室のドアを開けた瞬間、金管の匂いとチューナーの音。
一年生がぱっと顔を上げる。
「先輩、なんかいいことありました?」
光子がケースを置きながらニヤリ。
「ふふーん。模試と模擬面接、思ったより良かったっちゃん」
優子も続く。
「先生らのフィードバックも手応えあったけん、気分は上々やね」
「すごっ! おめでとうございます!」
「じゃあ今日は先輩の“勝利チューニング”で始めましょ!」と一年のクラが冗談を飛ばす。
光子「よし、A出すけん、合わせてー」
一年生「はーい!」
部屋にA音が広がって、各パートが息をそろえる。
優子が譜面台をトントン。
「ロサンゼルス組曲、今日は中間部の移り変わり。テンポ落とさんごと“しーん”を短くね」
打楽器「了解っす!」
最初の一音。
控えめな静けさが、すぐ音楽に変わる。
休符明け、木管がふっと色を差すと、金管が笑うみたいに重なった。
休憩。
一年「先輩、ほんと顔つき違う…なんかキラキラしとる」
光子「積み上げが見えたら、ちょっとだけ度胸も増えるとよ」
優子「あんたたちも今んとこ、めっちゃ伸びよる。次の合奏、主役ばい」
「はいっ!」と返事がそろう。
チューナーの灯が消え、もう一度A音。
部室は、さっきより少しだけ明るかった。
部室のドアががらり。
「ただいま戻ったー!」
「ムズかったって…特に英語の長文、地獄やった」
「数学、時間足らん!」
模試帰りの二年生が次々なだれ込んで、床にケースを置く音が重なる。
「先輩らはどうやったと?」とサックスの沙織。
光子が肩をすくめて笑う。
「思ったより手応えよかったっちゃん。でも、まだ伸ばせるとこ見えたけん、ここからやね」
優子も頷く。
「模試は模試、本番は別腹やけん。ログ残して次に回そ」
「ログ?」と打楽器の樹里。
優子が譜面台にメモを置く。
「三行だけでよか:
1.できたこと/2) 迷ったとこ/3) 次やる一個。
書いたら今日の合奏に一個だけ持ち込む——例えば“間を短く”とか」
「勉強も吹奏楽も同じっちゃんね」と朱里。
光子が続ける。
「英語長文がキツかった人、5分だけ音読会しよ。母音の純度上げる要領で読むと、頭が回るよ」
「数学は?」と凛乃。
「15分の計算ドリル。時間計って“手を温める”だけで点が戻るばい」
「聴音ボロボロ組、どうしたら…」とクラの二年。
優子が指で四角を描く。
「今日の合奏前、カデンツ(I–V–I)を耳で5回だけ。ピアノ鳴らすけん、ローマ数字で答える。5分で終わる」
空気が少し落ち着いたところで、光子が手を叩く。
「勝利チューニング、いくよー! A、どうぞ」
A音が広がる。さっきまで「難しかった」が口ぐせだった顔から、息の色が戻っていく。
優子が譜面をめくりながら言う。
「ロサンゼルス組曲、中間部→終盤。今日は“しーん”を“半拍短く”、“入り直しは“目で合図”。
模試で疲れとるかもしれんけど、一本に集中して終わろう」
「了解!」
スティックが軽く鳴り、フルートが立ち上がる。
最初の和音がすっと揃って、木管が色を差し、金管が支える。
“難しかった”は、気づけば“鳴らせた”に変わっていた。
休憩のベル。
さおりがペットボトルを掲げる。
「先輩、Vサインの理由、わかった気がする—積み上げのVやね」
光子と優子、顔を見合わせてにっこり。
「みんなも今日、一本積んだばい」
「うちら、次は本番で魅せるだけやけん」
再開の合図。A音がもう一度、まっすぐ部室に立った。
帰宅報告—「積み上げのV」
玄関。靴をそろえて、「ただいまー」。
美鈴「おかえり。どうやった?」
光子「模試、総合 上位7%。実技は視唱A−/聴音84/80、面接も“導入と終止が安定”って」
優子「私は上位12%。視唱88/聴音74で課題は和声。面接は“導入10秒が効いてる”って」
優馬「ようやった。特待、射程入っとるね」
美鈴「で、先生の直しは?」
光子「母音の純度とmezzoforteの説得力。和声聴音は終止進行を増やす」
優子「打点5cm下、跳躍前の視線、和声の聴き分け。3分のミニ指導動画を3本撮る」
冷蔵庫のホワイトボードに、二人で三行タスクを書き出す。
•光子:歌曲録音/和声5題×7日/内声ハミング10分
•優子:和声聴音10分/鏡前指揮8小節×3/導入10秒スクリプト
美鈴「晩ごはん前に10分だけ回す?」
光子・優子「回す!」
——各自サクッと一本ずつ録って、食卓へ。
食後、美香とアキラにビデオ通話。
光子「模試も面接も手応え○。Vです」
優子「次は特待切符取りにいく」
画面の向こうで春介・春海が手でV。「ぱちん!」と小さくタッチ。
電話を切ると、優馬がデザートのプリンを配る。
優馬「今日は“練習量”じゃなく“質”に乾杯」
美鈴「明日も三行、積もうね」
二人はスプーンを置いて、もう一度Vサイン。
——“やったね”は通過点。次の一歩が、もう見えている。
現在地メモ(1月)
居間のカレンダーを前に、三人(光子・優子・美鈴)で行き先だけ決めた。
•第一志望:桜華音楽大学(光子=声楽/作編曲、優子=音楽教育/指揮)
•参拝は順番:
•学業=太宰府天満宮(合格・健康)
•良縁=恋木神社(結果が一段落してから)
※どちらもまだ行っていない。スケジュールは“模試→実技仕上げ”の後に入れる方針。
⸻
これからの段取り(サクッと)
1) 1月〜2月上旬
•実技仕上げ:
•光子:母音の純度/mezzoforteを録音でチェック(週2)
•優子:打点5cm下/和声聴音10分/日/導入10秒の磨き
•書類:志望理由書 初稿/活動一覧A4(逆順)を整える
•OC質問リスト作成(各5項目):
•特待の評価軸/提出物の形式/副科の扱い/併願の可否/学生の1日の流れ
2) 2月中旬〜下旬
•オープンキャンパス日程の告知待ち→予約
•準備:ポートフォリオ冊子・QR付き録音・質問メモ
•参拝①:太宰府天満宮(短時間・絵馬に三行)
•「実技上位に入る」
•「毎日10分を欠かさない」
•「本番は笑顔」
3) 3月以降(発表・説明会期)
•OC参加:ミニレッスン/特待ブリーフィング/学生相談を押さえる
•参拝②:恋木神社(良縁=“支え合う仲間と道”を祈願)
•お礼:体験授業の先生へ簡単なお礼メール+気づき一行
⸻
家族それぞれの役割(軽く)
•美鈴:予約・移動の段取り/録音サポート
•優馬:当日の運転・機材運び
•さおり(同級生):質問のブラッシュアップ役(同じ目線で確認)
光子と優子の意向(1月時点・確認メモ)
光子
•進学先の意向:第一志望は桜華音楽大学・声楽科(作編曲も並行)。第二志望は西都音楽大学。
•受験方式:推薦+特待枠を本気で狙う。
•オープンキャンパス:まず桜華を最優先で参加、可能なら西都も見学。ミニレッスン/特待説明/作編曲の指導体制を重点チェック。
•参拝(願掛け):まずは太宰府天満宮で学業・健康。良縁は結果が一段落してから恋木神社へ。
優子
•進学先の意向:第一志望は桜華音楽大学・音楽教育学科(指揮副専攻)。第二志望は西都音楽大学・音楽表現系。
•受験方式:推薦+特待枠を目標。
•オープンキャンパス:桜華を最優先で参加、可能なら西都も。教育・指揮の体験授業/教職課程の履修モデル/附属・連携校の実習機会を確認。
•参拝(願掛け):太宰府で合格祈願が先、恋木はその後(良縁=支え合える仲間・現場との出会いを想定)。
ルート(現実案)
1.西鉄福岡(天神)→太宰府
西鉄・大牟田線→二日市乗換→太宰府線。目安:合計約40分前後。太宰府公式アクセスでもこの流れが基本です。 
2.太宰府→西鉄福岡(天神)→(地下鉄等で)博多
※天神–博多は地下鉄空港線などで短距離移動。
3.博多→新山口(山陽新幹線)
のぞみ/さくら等で約35〜45分。本数多め。 
4.新山口→出雲市(特急スーパーおき)
JR西日本の特急スーパーおきで一本。1日3往復なので時刻合わせ必須。 
5.出雲市→東京(寝台特急サンライズ出雲)
夜発→翌朝・東京着の夜行列車。寝台種別(ソロ/シングル/ツイン等)で要予約。 
ひと言メモ
•スーパーおきは本数が少ないので、新山口の到着時刻→おきの出発時刻を先に決めて逆算を。 
•サンライズ出雲は週末ほど埋まりやすいので、寝台は早めの手配を推奨。
変更後の骨子(復路)
•東京 21:50 発 →(サンライズ瀬戸)→ 高松 7:27 着
※サンライズは東京を21:50発、翌朝高松7:27着(瀬戸)/出雲市9:58着(出雲)。発車は1か月前の10:00一斉発売です。 
•高松 →(特急いしづち)→ 松山 → 道後温泉
※「いしづち」は高松—松山の特急。JR四国の8600系が入る便もあり。 
•松山(市内)→ 三津浜港 →(防予フェリー)→ 柳井港
※三津浜⇄柳井は日中便多数。運航日・時刻は曜日で変動するので直前確認推奨。 
•柳井 → 徳山 →(山陽新幹線)→ 博多。 
予約の優先順位(4名)
1.サンライズ出雲(出雲市→東京)とサンライズ瀬戸(東京→高松)
- おすすめ:B寝台「サンライズツイン」×2室 or B「シングル」×4室。発売は乗車1か月前 10:00。人気なので最優先で。 
2.新山口→出雲市「特急スーパーおき」(本数少:1日3本前後。接続時刻を先に固定) 
3.新幹線(博多⇄新山口/徳山→博多/東京→岡山)を順に押さえる。 
4.岡山→高松「快速マリンライナー」(眺望重視ならグリーン車のパノラマ席) 
5.高松→松山「いしづち」指定席。 
6.三津浜⇄柳井フェリー(季節・曜日でダイヤ変動)を前日確認。
手配完了—“寄り道のリズム”で行こう
リビングのテーブルにスマホと印字した予約票が並ぶ。
美鈴「はい、親子で早めに予約、手配完了」
光子「往路はサンライズ出雲、復路はサンライズ瀬戸。個室ツイン×2室、座席も並びで取れたよ」
優子「新山口→出雲市のスーパーおきも接続バッチリ」
画面の「予約済み」の文字に、四人で小さく拍手。
美鈴「親子で列車旅、楽しめるわね」
光子「双子ちゃん、のんびり行こう。夜行は窓の黒に顔を映して小声トークやね」
優子「旅も音楽も笑いも、まっすぐだけじゃつまんない。寄り道で“間”を作るけん、景色がよく聴こえる」
冷蔵庫のホワイトボードに“旅の三原則”を再掲:
1.予定はゆるく 2) 寄り道は1日3つまで 3) 夜は語る時間。
その下に“旅の三行ノート”も追加:見たい/食べたい/撮りたいを一行ずつ。
最後は恒例の“検札ごっこ”。
光子(車掌)「ご乗車ありがとうございます。にこ切符ご提示くださーい」
優子(駅長)「本日の運行、寄り道多め・笑い増し増しで参ります」
四人で指先を合わせる。ぱちん。
——切符はそろった。あとは、がたんごとんと、寄り道のリズムで。
二歳、開宴早々カオス宣言
飾りつけはバルーンの群れ、テーブルの真ん中に小さな汽車のケーキ。
ドアが開いた瞬間——
春介・春海「たんじょーび、かいしー!(ダブルウィンク→ちゅっ)」
親族一同、さっそくメロメロ。光子と優子は目配せして、小声で「予感しかしない」。
⸻
① ロウソク・フライング事件
ロウソクに火が灯る前に、春介がふー!、春海もふー!。
当然、火はついていない。
美香「まだ点いてなかよ〜」
春介「たいまつ こわい」
優子「じゃ、エア火でよかね」
→ 大人が両手で炎の形を作って“エア点火”。ふたり、満足げにふー!
拍手。まず一件落着。
⸻
② バルーン・エスケープ
記念写真の直前、春海がバルーン束のリボンをするり。
天井へずんずん上昇。
春海「あ! そらの ともだち〜」
光子「回収班、出動!」
椅子+モップ+笑い。最後は優子がジャンプ一発で無事回収。
春介(親指ピッ)「しゃつえい、さいかい」
⸻
③ ケーキ列車・乗り過ぎ
「ケーキ列車、発車しまーす」と光子車掌。
にこ切符(紙)を持った春介が先頭、春海がテーブル係。
配りながら自分の車両にも盛る→皿にクリーム山。
優馬「重量オーバーやん」
春海「ちょびっと けずる(指でぺろ)おいちー」
——家族、腹筋崩壊。
⸻
④ プレゼント開封→即ライブ
ドラムおもちゃ&マイクを開けた瞬間、ライブ開演。
春介「こんちわー! ふたご しょーです!」
春海「つぎの きょくは… ばばけ たいさん」
二人でばいばい・トントンの退散ダンス。
光子(舞台袖役)「アンコール! 洗たくき でんしゃ!」
春介・春海「ゴトン! ゴトン!」→ノズル(スティック)で床を走るまね。
親族、涙目で笑う。
⸻
⑤ 誘惑ウィンク・乱れ打ち
ひと休みのはずが、二人は客席を回ってウィンク→投げキッスを全員に一発ずつ。
祖父母席「あかん、今日いちで効く」
美香「新年早々に続き、誕生日も心臓に悪い(嬉しい)」
⸻
⑥ クライマックス:顔面クリーム・ダブル
写真の合図「3・2・1——」
春介のスプーンが自分の鼻へ、春海のフォークが自分のほっぺへ。
ふたり同時にクリーム顔。
春介・春海「にゃははー!」
全員、床に崩れる。光子と優子がタオルで拭きながら、
光子「まっすぐだけじゃ つまらんね」
優子「寄り道上等。これが双春流」
⸻
⑦ エンディング(不意打ちの静寂)
プレゼントの箱を列車の駅に見立てて整頓していたら、
ソファで二人並んですとんと寝落ち。
美鈴「寝顔は天使、コースは大嵐」
優馬「完走、おつかれ」
毛布をかける音だけが静かに落ちた。
二歳の誕生日、やっぱり何事もなくは終わらなかった——そして、それが最高だった。
ケーキのうみ
ふたりは並んで毛布にくるまれ、すうすう。
夢の中——床がスポンジ生地になって、部屋じゅうがケーキのうみに変わった。
春介「……けーき、うみ〜」
春海「いちご、ぷかぷか〜」
波は生クリーム。白い泡が寄せては返し、いちご島が点々。
足もとはとろり——ずるっと滑って、ふたりはクリームのなかへ ざぶん。
春介「たしゅけてー! ……おいち」
春海「おぼれる……ぺろ……おいち……でも おぼれる〜」
遠くからホイップ潜水艦(しぼり袋型)がぶぶぶっと浮上。
甲板に光子シェフと優子シェフが立っている。
エプロンに大きなにこマーク、手にはスパチュラ・ボード。
光子シェフ「救助いきまーす!」
優子シェフ「フォークはしご、展開!」
ふたりは親指をちょこんと上げる。OKサインが返って、
ビスケット輪っかがぽちゃん、と足もとへ。
春介「つかまるー」
春海「ひっぱってー」
フォークはしごをのぼると、甲板の上にプリン島。
ふるふるの金色が揺れる。
春介「ぷりん、やわやわ〜」
春海「ぴょん、ぴょん」——どすん(片足めりこむ)
上空からいちご気球が降りてきて、ケーキ列車が発車のベルを鳴らす。
線路はゼリーのレール、客車はショートケーキ。
春介「しゅっぱつ しまーす!」
春海「つぎは ばーすでー まえ〜」
列車がクリームの波を切って走る。と、向こうの丘からココア粉雪がさらさら。
視界がふわっと甘く白くなって——
——現実のリビング。
ふたりは同じタイミングでむくりと起き上がり、
春介「……けーき、たべた」
春海「おいちかった」
頬にはちいさな生クリームのあとがひとつ。
光子がタオルでそっと拭き、優子が笑う。
優子「夢の中でも、寄り道してきたね」
光子「まっすぐ食べずに、いったん溺れてから助かるタイプ」
ふたりはまだ目をとろんとさせたまま、指で小さなVサイン。
二歳の夜は甘く終わり、台所にはほんのり、いちごの匂いが残っていた。
特等席争奪戦・お風呂編
誕生日パーティーの喧噪が引き、家はしんと夜のモード。
美香が「じゃ、お風呂いこっか」と声をかけた瞬間——
入場
実況(脳内)
本日のメインイベント! **“みかママのぎゅー席”**をめぐる、
アキラ単独挑戦者 vs 春介・春海連合——ただいま開戦です!
のれんをくぐるやいなや、
春海「まま、ぎゅー! わたち、ここー!」(左腕にピト)
春介「ぼくも、ここー!」(右腕にピト)
アキラ(タオル装備)「えーと…俺の特等席は?」
先制
春海「せき まんいん!」
春介「あき なし!」
アキラ、作戦変更。「じゃ、まず頭シャワー係ね?」
美香、にっこり「お願い♡」
——挑戦者、雑務に回る戦術で存在感を確保。
泡ディフェンス
アキラが泡で頭を洗ってやればやるほど、二人の密着度は上がる。
春海「ふわふわ、きもちー」
春介「まま、あわ ひげ〜」→美香:白ひげでにっこり海賊。
アキラ(心の声)「かわいい…いや、席、席だ俺は席を取りに来た…!」
湯船ラウンド
湯船投入。「はい、3人タイムシェアね」と美香がルール宣言。
•前半30秒:春海が正面ぎゅー、春介は肩トントン係
•後半30秒:交代
アキラ「じゃ、俺は背中流し係のポイント加算で…?」
美香「加点大です」
アキラ(ガッツポーズ)「よし来た!」
まさかの同点延長
延長戦。二人同時にW抱っこを要求。
春海「ダブルー!」
春介「いっしょ!」
美香、見事なフォームで両腕抱っこ。湯面がぽこぽこと幸せの音。
実況
これは…挑戦者、直接の“胸まくら権”は未確保だが、
背中流し満点で次ラウンド優先権を獲得か——!
レフェリー判定
美香「本日のお風呂王は——
春介・春海連合! ただし、寝室編で“肩まくら先行権”はパパに付与します」
アキラ「やった…! 次ラウンドで逆転する!」
春海「ぱぱ、かた まくら してもよか」
春介「でも、まま さきー」
カン、カン、カン——湯桶の音がゴングみたいに響く。
湯上がりのドライヤー。
美香「はい、ふわふわ完成」
三人(+挑戦者)「「「おつかれー!」」」
お風呂編 勝者:春介・春海連合
次回予告:寝室編「特等席、最終決戦」
特等席争奪戦・寝室編
夜の寝室。常夜灯がオレンジ、加湿器が「しゅう」。
布団は川の字+α——まんなかに美香、左にアキラ、両端に春介・春海。
美香「ルール発表。絵本1冊、お水ひとくち、ウィンクは一人一発。それから——肩まくら先行権はパパね?」
アキラ(挑戦者)「よっしゃ、今夜こそ特等席の隣席は死守」
春海「まま ぎゅー さき!」
春介「ぼくも ぎゅー!」
⸻
ラウンド1:布団フォーメーション
美香「じゃ、おやすみ検札しまーす。にこ切符拝見」
(4人で指先を合わせてぱちん)
絵本は“ねむねむ列車”。
アキラ「がたんごとん…」
春海「つぎは まま まくらーえき」
春介「パパ かた えきー」
読み終わり——本当に一冊で閉店。
アキラ、さりげなく美香の肩にそいっと頭をのせる。先行権発動。
⸻
ラウンド2:すべりこみ作戦
右サイドから春介が“アザラシ滑り”で胸元へすいー。
左サイドから春海が“コアラ抱っこ”でよじっ。
アキラ「ちょ、ちょっと待っ——」
美香「ダブルぎゅー、受け付けました」
(胸元=春介、二の腕=春海、肩まくら=アキラで仮着席)
⸻
ラウンド3:フェンス突破
アキラ、タオルケットでやさしいフェンスを築く。
春海、寝返りからのローリング双春でスルリ。
春海「しゅるりん…せき こうかん!」
入れ替わって、今度は春海が胸元、春介が二の腕。
アキラ(心の声)「フェンス無意味っ…でも肩まくらは死守!」
⸻
ラウンド4:真夜中ピットイン
春介「おみず…ちょび」
美香「はい、ピットイン3秒」
春海「もういっかい よんで」
アキラ「明日3倍読む約束券でどうだ」
春海「こうかん けん りょうかい」
窓の外の車の音に合わせて、**小声の“がたんごとん”**を全員で一回。
美香「あじゃたらぱ〜って小さく言ったら寝る合図ね」
「…あじゃたらぱ〜」×4(囁き)
⸻
ラスト:静寂フィニッシュ
三分後。
•美香:胸に春海、左腕に春介、右肩にアキラ。
•形は米の字。
•全員の呼吸が同じテンポになる。
美香「今夜の勝者、全員」
アキラ(目を閉じたまま)「異議なし……」
春介・春海は同時にすぅ…。
加湿器の「しゅう」に溶けて、部屋は完全停止。
——特等席は、最後はいつも“みんなの席”。
美香の“特等席”はどこ?
•寝室:0番席
→ **アキラの左肩(肩まくら)**+胸元に春介・春海がとろ~ん。
心音がいちばん近くて、二人の寝息も左右から届く“ホームポジション”。
•リビング:ソファ角席
→ コーナーにもたれてアキラ太ももを背もたれに、両ひざが双春の駐車場。絵本タイムはここ。
•列車:夜行スペシャル席
→ サンライズの窓側下段。窓に映る家族の影を眺めながら、手は子どものお腹にぽん。
要するに——家族のど真ん中で、手がすぐ届く場所。それが美香の特等席。
「先行権、取れんとです…」作戦会議
翌日。ダイニングでコーヒー片手に、アキラがぼやく。
アキラ「お風呂で先行権、なかなかゲットできんとよ…」
光子「わかるわかる。うちらの小さい時も一緒やった」
優子「アキラにいちゃん、がんばって。ほんなら攻略法渡すけん」
双子時代からの“先行権”攻略メモ(短期決戦版)
1.役割先出し法
•入室前に宣言:「今日はパパ=“背中流し係長”→“ドライヤー主任”」
•役職カード(手書き)を見せると、双春は“役に弱い”=密着は来るけど主導権はパパに。
2.順番券システム
•星シール3枚を配布:「ぎゅー30秒×2、胸まくら30秒×1」
•使ったらシールを“改札箱”へ。リセットは明日。泣き落としを“ルール”でやさしく吸収。
3.ねむねむ列車・車掌席
•パパが車掌、美香が駅長。
•ルール:「車掌席(パパの肩)→駅長席(ママの胸)の停車は交互」
•停車ベル(指ぱちん)でスムーズ交代。泣かずに笑いで切替できる。
4.ごほうびポイントの前払い
•風呂前に“明日の絵本3倍読む券”を見えるところに置く。
•先に安心を配っておくと、当夜の“取りつき時間”が短くなる。
NG回避
•フェンス(タオルバリケード)は逆効果。スルリ突破されて余計燃える。
•口約束だけは後で揉めるので見えるチケットで。
⸻
その夜(実戦)
アキラ「本日、背中流し係長でーす!」(役職カードを掲示)
春介「かかりちょー!」(敬礼)
春海「どらいやー しゅにん!」(拍手)
——洗い場は笑顔で進行、湯船はねむねむ列車で交互停車。
結果:肩まくら先行権“30秒”だけ確保→すぐにW抱っこ雪崩で埋まるが、
美香が小声で「今日は大健闘やね」と親指ピッ。
光子「作戦、効いとるばい」
優子「明日はシール配布を2枚に。“足りないくらい”で回すと、習慣になるけん」
アキラは天井を見上げてにやり。
アキラ「了解。仁義なき特等席戦争、次は“笑いの規約”で勝ちにいく!」
「そんなに、うちの胸がいいと?」—答えはわりと“はい”
美香「でもさ、なんでアキラは特等席ぜんぜん取れんと? そんなにうちの胸がいいと?」
アキラ「正直…いい。理由は3つ。
① 音:心音と呼吸が聞こえるけん、スイッチが切れる。
② 匂い:家の匂い=安心のサイン。
③ 体温:あったかさで肩の力が抜ける。」
美香「男の人って、妻の胸=安らぎなん?」
アキラ「“いつも”じゃないけど、多くの男には“帰ってくる場所”に近いと思う。子どもがママにくっついて落ち着くのとベクトルは似とる。性の話やなくて、休む場所として。」
⸻
ミニ豆知識(やさしい言い方で)
•心音・呼吸・体温は副交感神経を優位にして落ち着く。
•触れる・抱きしめるで出るホルモン(オキシトシンなど)が安心を強める。
•これは個人差あり。全員が同じじゃないけど、「妻の胸=休憩所」って人は多い。
⸻
実務上の“特等席”分け方(子連れ時)
1.シフト制:「寝入り10分はパパ肩まくら→以降はW抱っこOK」
2.遅番ルール:子が寝付いたらパパに遅番5分(静かに肩まくら)
3.代替チケット:子優先の日は、**翌朝コーヒーと“肩まくら券”**をパパに渡す(見える形にすると揉めない)
⸻
美香「なるほど。安らぎ席ってことね」
アキラ「うん。元気を補給して、明日またがんばる席」
美香「じゃあ今夜は——寝入り10分はパパ、あとは双春。これでどう?」
アキラ「異議なし!」(にこ)
“特等席”は争うより、分けて回すとみんな穏やか。
今夜の寝室は、心音が同じテンポで鳴りはじめる。
週末スリープオーバー(完全版)—光子・優子フル関与
金曜/チェックイン〜就寝
•ただいま儀式
光子「よう来たね、にこ切符見せて〜」
春介・春海「はいっ!」(カードを渡す)
優子「今夜の駅は『ぎゅー駅』『ねんね駅』、二つやけんね」
•お風呂:役割固定
じいちゃん=洗い隊長/光子=湯温係&歌係/優子=拭き上げ&ドライヤー係。
光子「♪あったか いい湯〜(テンポゆっくり)」
優子「髪は上から下にスーッ、目つぶって、よかね」
•寝かしつけ:お姉ちゃん主導
絵本は光子の柔らかい声で一冊、消灯の合図は優子の“あじゃたらぱ〜”。
春海「おねえしゃん、すき」/春介「すきー」→Wぎゅーで即寝。
ばあちゃん(小声)「上手やねぇ…」
優子(小声)「間だけ作れば、勝手に眠たくなるっちゃ」
•保護者レポ(写真1枚+三行)
光子「到着◎/お風呂◎/寝落ち2分」。美香&アキラへ送信。
⸻
土曜/朝〜夜
•朝ごはん
じいちゃんのホットケーキ。**優子が“こぼさない皿セット”**を準備、光子がシロップ係。
優子「シロップは“ちょび”ね」
春介・春海「ちょび〜!」
•公園:安全と遊びの両立
光子=見通し位置固定/優子=滑り台の下で受け手。
優子「順番守れた人は星シールな〜」
春海「まもったー!」(胸を張る)
•午後:防音ブースで5分セッション
光子=テンポ係/優子=終わりの合図係(手で□マーク)。
光子「5分だけ! 今日は“ドドン→止める”」
春介「どどん!」→ピタッ。
優子「よか止め! お片づけまでが演奏やけんね」
片づけまで誘導→達成スタンプぽん。
•夕方:ミニ工作
ばあちゃんと一緒に「にこ切符ケース」を色画用紙で制作。
光子「駅スタンプはここに押すとよ」
春海「すたんぷ!」(得意顔)
•夜:2日目はさらにスムーズ
優子「昨夜のルートでいくよ。ぎゅー駅→ねんね駅」
春介・春海、自分から布団へ。光子は背中トントン、優子は呼吸を合わせる。1分で寝落ち。
⸻
日曜/引き渡し&ふりかえり
•朝のビデオ通話
春介「ままー、たのしー」
春海「ぱぱー、また とまる」
優子「今日の午前でお迎えね。公園はにこ切符1回分だけ寄るよ」
•引き渡し
玄関で美香とアキラに**週末レポ冊子(A4一枚)を手渡し。
光子「食・睡眠・排泄・機嫌のログと、できたこと三行、入れとる」
優子「次回の“合図いらず項目”は『自分で布団に入る』**に更新」
•祖父母へのお礼&次回予約
ばあちゃん「来月も同じ段取りでよかよ」
じいちゃん「ホットケーキ粉、もう仕入れとく」
⸻
まとめ(役割の見える化)
•光子:空気づくりと声(絵本・歌・テンポ・見通し)
•優子:段取りと合図(時間管理・受け手・ドライヤー・終止の合図)
•祖父母:基盤サポート(食事・洗い・居場所/安全網)
金曜の夜は“チコちゃんナイト”
台所から湯気。美鈴ばあちゃんのだし巻き、肉じゃが、味噌汁。
優馬じいちゃんはホットプレートで一口餃子を焼いている。
テーブルの主役はちび椅子の春介と春海、向かいに光子と優子。
春海「ばあばのだしまき、ふわふわー」
春介「じいちゃん、ぎょーざ、パリッ」
美鈴「よー食べるねぇ」
優馬「腹が鳴る音がBGMたい」
片付けが済むと、全員でソファへ。
テレビに**『チコちゃんに叱られる!』**のロゴが出た瞬間——
春介・春海「ボーッと生きてんじゃねぇよ!」(ダブルウィンク→ちゅっ)
じいちゃん・ばあちゃん「出た出た、決めゼリフ!」
最初の問題:
「なんであくびは うつるの?」(※番組調で)
春海(くるりと振り向く)「おねえしゃんたち、わかると?」
優子「むむ…**空気を合わせる“合図”**やけん、うつる…とか?」
光子「脳みそが“いっしょに休憩”って決めるけん、とか?」
チコちゃん(テレビ)「ボーッと生きてんじゃねぇよ!」
春介・春海「キャハハ!」
優馬「ちょいやなマニアックすぎて正解むずかしかね」
光子「はい、完敗」
優子「実験してみよ。次あくび出た人、親指ピッしてからみんなでふーって息吸う」
次の問題:
「なんで鼻は左右で匂いの感じ方が違う?」
春海(身を乗り出す)「おねえしゃん…わからんやろ?」
光子「仮説! 鼻の**“しーん”と“どーん”**が交代しよるけん」
優子「片方ずつおやすみ係が回ってきよる、とかね」
美鈴「答えっぽいけど可愛か説明やねぇ」
番組の解説に、全員で「へぇ〜」。
春介「チコちゃん、すごか」
春海「ボーッと…(小声で)いきてんじゃねぇよ(得意顔)」
CMの間に、光子が“勝手に復習クイズ”を出す。
光子「問題! なんでばあばのだし巻きはふわふわでしょう?」
春介「まほう!」
春海「にこ いれたけん!」
美鈴「正解は**“出汁と空気の入れ方”…とにこ**」
優馬「わしの餃子は?」
優子「鉄板の“間”を読んだから!」
優馬「おお、今夜は間がメインテーマたい」
最後の問題が終わるころ、双春はとろん。
春海「…おねえしゃん、ねんね えきいく」
春介「にこ切符…(差し出す)」
光子「発券、確認〜」
優子「今夜の終点、ぎゅー駅。出発進行」
和室で布団を敷く。
春海は光子に、春介は優子にくっついてすぅ。
美鈴「はやっ」
優馬「ボーッと…どころかスッと生きとるなぁ」
リビングに戻ると、光子と優子が小声で反省会。
光子「チコちゃん問題、半分も当てられんかった」
優子「でも**“合図と間”の話に落ちるの、うちらっぽくて好き」
美鈴「正解より“考える”がごちそうやけんね」
優馬「今夜は家族版『叱られる!』**やった。はい、デザート出すばい」
甘い羊羹を少しずつ。
テレビの音量を落とすと、和室から規則正しい寝息。
光子「まっすぐやなく、寄り道しながら覚える夜やったね」
優子「チコちゃんに叱られつつ、笑わされた。合格」
オレンジの常夜灯の下、金曜の夜はやわらかく更けていった。




