夕暮れゴトンゴトン—初電車の帰り道
鳥居の下、集合写真が終わった瞬間。
春介と春海が前列にくるっと向き直り、せーので——ウィンク。続けて両手をほっぺに当ててから、投げキッス。「ちゅっ!」
「うわっ、反則!」と優子が崩れ、光子は胸を押さえて「メロメロ確定」。
凛乃は「効いた…!」と頬を押さえ、蒼太はカメラを落としそうになる。
朔と光希は「もう一回!」とアンコール。
大人組も容赦なく被弾する。
江口千佳が「はい、ノックアウト」、直哉は「破壊力やべぇ」。
黒崎健介・沙織は同時に「優勝」と親バカ顔、
古賀真琴はたい焼きを掲げて「ごほうび確定」、祐介は親指を立てる。
黒崎正一は「これは御利益」、佳代は扇子で口元を隠して「たまらん」。
優馬と美鈴は目を細め、「今年も平和決定」。
最後にもう一発、「ちゅっ!」
全員の「あぁ〜〜」が揃って空にほどけた。
鳥居の赤と冬の白い息。新年最初の“降参”は、見事に全員一致だった。
鳥居の下で余韻にひたる一同に、すっと美香が割って入った。
指をちょいちょいと立てて、姉の顔というより“監督”の顔。
美香「こらぁ〜! 新年早々、誘惑するな〜!」
春介・春海「えへへ〜」(さらに小さくウィンク→ちゅっ)
優子「追撃きた!」
光子「完全に常習犯…!」
美香「罰として“ほっぺむぎゅむぎゅ刑・5秒”」
(むぎゅむぎゅ)
春介「えへへ〜(効いてない顔)」
春海「えへへ〜(むしろ喜んどる)」
千佳「これは再犯確定」
健介「でも平和罪やけん減刑で」
正一「御利益ポイント+10で相殺」
佳代「はい解散〜、ほら手が冷えるけんポケット入れて」
優馬「新年の“降参宣言”出しとく? 我々はメロメロです」
美鈴「異議なし」
最後に美香が二人の額をこつんと軽く合わせる。
美香「誘惑は10年早い。今は“にこ配給”だけね」
春介・春海「はーい/えへへ〜」
笑いがまとまって、列がまた少し前へ動く。
赤い鳥居の下、家族全員の足並みは、今年もそろっていた。
玄関で上着を脱いだ途端、居間から笑い声。
アキラ「まったく、しんのすけとひまわり足したくらいじゃすまんかもな〜」
美香「いや、掛け算やね。二乗。」
春介・春海が「えへへ〜」とウィンク。
光子と優子が目を合わせ——即席ステージ、開幕。
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新春コント『誘惑取り締まり課 2038』
※出演:
•係長・みっちゃん(光子)
•巡査・ゆうちゃん(優子)
•容疑者A(春介)
•容疑者B(春海)
(観客:黒崎ファミリー一同)
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第一幕「現行犯逮捕」
係長(光子)「本日発令。“誘惑ウィンク・投げキッス取締強化週間”!」
巡査(優子)「容疑者A・Bは、今年すでに5ウィンク3ちゅを記録!」
容疑者A(春介)「えへへ〜(ウィンク)」
容疑者B(春海)「ちゅっ(投げ)」
係長「現行犯!」
巡査「ほっぺむぎゅむぎゅ刑・5秒、執行!」
(むぎゅむぎゅ)
A・B「えへへ〜(効いてない)」
観客・美香「刑が甘い!」
アキラ「量刑の見直しを求む!」
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第二幕「ピンポン対応訓練」
(効果音:ピンポーン)
係長「訓練開始。“ストップ! ぎゅー! ライト!”」
巡査「こわかったら即ぎゅー。係長、ライト!」
(ライトON)
A「……だいじょぶ」
B「にこ」
巡査「合格。ピンポン怖い民の皆さんにも有効です」
黒崎・佳代「便利な合言葉やねぇ」
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第三幕「領収書捜査一課」
係長「次の捜査は——領収書!」
巡査「容疑者“優馬パパ”、未提出の匂い」
A(虫眼鏡)「あった!」
B「提出済!」
優馬「う……身に覚えがありすぎる」
美鈴「見つけた子にはたい焼きポイント付与」
A・B「やった!」
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第四幕「にこはげニュース」
(にこはげお面=“怖くない”やつ)
巡査「つづいてニュース。にこはげ指数、本日120%!」
係長「屋内は“にこゾーン”を宣言。おどかし3秒まで、泣いたら即終了が可決されました」
A・B「可決ー!」
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終幕「退散ダンス2038」
係長「ラストは**“ばいばい、ばばけ”ダンス!」
巡査「手はバイバイ、足はトントン、口はばいばい、ばばけ〜**!」
全員「ばいばい、ばばけ〜!(ちゅっ)」
観客・一同「あはははは!」
(カーテンコール)
係長「本日のまとめ:誘惑は申請制、笑いは無制限」
巡査「**ストップ! ぎゅー! ライト!**を忘れずに」
A・B「えへへ〜(ダブルウィンク)」
美香「監督コメント:再犯確定やけど平和罪につき不問!」
アキラ「来年の台本は**“掛け算”**でいこう」
拍手と笑いで幕。台所からはお汁粉の湯気。
新年の黒崎家、今年も上々の滑り出しだった。
新春コント「顔面ドーン&股間チーン 再現スペシャル(安全第一版)」
場所:黒崎家リビング/畳のセンターステージ
小道具:でっかいクッション(“顔”と書いた紙貼り)、タオルの土手、抱き枕×2、スポンジ製スリッパ(棒に装着=“足”)、手押しベル(=“チーン”係)、にこシール、注意ボード「※ぜったいに人に当てない」「3秒ルール」
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オープニング
MC・優子「これより再現コントをお送りします。が、まずは——」
(注意ボードを掲げる)
全員「人に当てない! 3秒で終わる! 怖かったらストップ!」
演出・光子「“顔面ドーン”はクッションに、“股間チーン”はベルで表現します。人にはぜったい当てません!」
(拍手)
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第一幕「深夜の出来事・検証」
光子「当夜2:58——ふとんゾーンに未確認フット接近!」
(棒に付けたスポンジ足=“足くん”をそろ〜り)
優子「ターゲットはクッション“顔さん”。接触!」
SE(春介)「ドーーン!」(口まね)
観客「あはは!」
美鈴「被害:鼻の威厳が一時損なわれました」
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第二幕「股間チーンの真相」
優子「続いて2:59——“禁域ガード”に誤接触」
(抱き枕ガードの前にベルを置く)
光子「足くん、ガードにソフトタッチ」
SE(春海、ベルを鳴らす)「チーーン」
優馬「……鐘、鳴りました」
安三郎「神社は安全、家ではベルだけでよか」
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第三幕「バリケード作戦・可視化」
光子「対策その1:タオル土手」
(タオルを丸めて足元に設置)
優子「対策その2:抱き枕ガード」
(胸前に抱き枕)
春介・春海(にこシール貼り係)「にこゾーン化、完了!」
静子「見えると安心するねぇ」
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第四幕「夜明けの再突入・再現」
優子「4:55——土手の突破を試みる足くん」
(足くんがタオル土手にコトッと当たり、停止)
SE(春介)「セーフ!」
光子「3秒ルールが足くんを救いました」
春海(ベルを持って構える)「チーン……(押さえて)我慢!」
全員「えらい!」
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第五幕「謝罪会見と量刑」
(即席会見セット/マイク=お玉)
優子(被害者代表)「本件、被害者の鼻と尊厳に軽微なダメージ」
光子(被害者代理)「しかし容疑者の寝相の可愛さを考慮し、執行猶予を求めます」
裁判長・美香「量刑は——ほっぺむぎゅむぎゅ刑5秒+朝のぎゅー無制限」
春介・春海「異議ありませーん!(むぎゅ→えへへ)」
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第六幕「再発防止ソング」
全員(手拍子)
♪「ストップ! ぎゅー! ライト!
人には当てない 3秒ルール!
ベルで表現 チーンで解決!」
健介「耳に残る〜」
沙織「来年の校内安全CMに出せるやつ」
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カーテンコール
光子「まとめ:笑いはドアノブ、でも安全は鍵」
優子「“にこ”で回せば事件はコント」
春介・春海(ダブルウィンク→投げキッス)「ちゅっ!」
美香「だから誘惑は申請制!」
全員「あはははは!」
(拍手/お汁粉解禁)
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付録:家ルール(冷蔵庫に貼る版)
•おどかし・からかいは3秒まで
•こわかったら「ストップ! ぎゅー! ライト!」=即終了&抱っこ
•人に当てない・物で表現(ドーン=クッション/チーン=ベル)
•夜の影絵はしない。やるなら昼の“にこ仕様”
•朝はストレッチ→水→ごはんで完全復旧
新年一発目の“事件”は、こうして笑いと安全で気持ちよく締まりました。
黒崎家の今年の初笑いであった。
お汁粉の湯気がすうっと細くなって、クッションの「顔」とベルの「チーン」は押し入れに片づく。冷蔵庫には「家ルール」が新しく貼られ、蒼太が撮った「2038_初笑い」の写真が家族LINEに流れた。窓の外は冬らしく静かだけれど、居間の空気にはまだ笑いの温度が残っている。
——笑いはドアノブ、音は灯り。
この家は、今年もだいじょうぶだ。
夕日が鳥居の端を金色に染めはじめた頃、「そろそろ帰ろうか」と誰かが言った。寒さが少し増して、吐く息が白く太る。光子と優子はしゃがんで、春介と春海の目線に合わせる。
「お姉ちゃんたちと一緒に、ゴトンゴトン乗って帰ろうか」
「うん、乗ってかえる!」
宗像駅へ向かう道は、人の波がほどけながら家の方向へ流れていた。改札を抜け、ホームに立つと、遠くから低いモーター音。やがて、前面とドアまわりが真っ赤、窓まわりは黒で引き締められた電車が滑り込んでくる。
「かっちょいいねぇ!」
「くろとあか!」
その横を、風を切ってソニックが通過する。側面いっぱいに**“あじゃたらぱ〜”**のラッピングが踊って、一瞬だけホームの空気がカラフルに揺れた。春介と春海は口をあけて見上げ、残像に手を振る。
普通列車の扉が開く。四人は乗り込んで、ボックス席の窓側に並んだ。シートの布地はほんのり温かく、窓ガラスは冷たい。初めての電車に、二人は背筋をぴんと伸ばす。
「ゴトン…ゴトン…」
レールの継ぎ目が、足裏までやさしく伝わる。春介が優子の袖をつまんで、にやりと笑った。
——ウィンク。
続けざまに、ほっぺに手を当てて——投げキッス。
「ちゅっ!」
「ちゅちゅっ!」
向かいの席の若い女性二人が同時に胸を押さえ、「かわいい〜」と笑う。通路側の年配のご夫婦も、目尻をさげて頷いた。
「お二人のお子さん?」
「いえいえ、甥っ子と姪っ子です」と光子。
「今日は“初・電車”の記念日なんです」と優子が続ける。
「まあ、それはおめでとう」と女性が言い、鞄から飴を出しかけて—「あ、車内だからやめとこ」と笑って引っ込めた。春介と春海は「ありがと」とぺこり。代わりに光子が、小さな星のシールを一枚ずつ手の甲に貼ってやる。
窓の外では、冬の薄い田畑が流れ、遠くの工場の煙がまっすぐ空に伸びていた。車内アナウンスが短く告げる。四人の肩が、揺れに合わせて同じリズムでゆれる。
「ねぇ、ゴトンゴトン、たのしいね」
「またのりたい」
「また乗ろう。次は“あじゃたらぱ〜”にも手を振ろう」と優子。
「帰ったら、今日の“初・電車”を記録しよ」と光子。
「写真、一枚と短い言葉でね。
列車は夕暮れを連れて、静かに速度を上げる。春介と春海はもう一度だけ小さくウィンクして、今度は二人で顔を見合わせ、「えへへ〜」。周りの空気がふわっとやわらかくなる。
ゴトン、ゴトン。初めての振動は、四人の帰り道を気持ちよく一定に刻んでいた。
車内のテーブルに、家族LINEの吹き出しがひとつ転がった。
——「車組、香椎駅近くで大渋滞。到着はだいぶ先」
写真には、テールライトの赤が長い列になって映っている。
「じゃ、うちらはのんびり帰り便やね」
光子がバッグからポータブルDVDプレーヤーとイヤホン分配器を取り出す。
「お姉ちゃんたちが出たバラエティ、見る?」
「みるー!」
音量を小さく、カチリと再生。
画面の中の光子と優子が、スタジオの明かりの下で笑っている。オープニングの効果音に合わせて、春介と春海の目がまんまるになる。
「ここ、一発目のツッコミが入るところ」
優子が小声で解説すると、画面の二人がまさに同時に前へ出て——スタジオがドッと湧く。
「あは…(小声)」と春介が肩を震わせ、春海は手で口を押さえた。
次のコーナーは**“洗濯機・脱水プリン事件”**のショートコント回。
「ここ本番、3秒“しーん”置いとるっちゃん」
光子が囁くと、画面の中でも客席が静まり、パンと笑いが弾ける。
「いまの“しーん”、音たい」と優子。
春介と春海は意味は分からないまま、「しーん…ぱん!」を小声で真似して、また笑う。
通路側の席から、年配の女性が目で「可愛いわね」とだけ伝えてくる。光子は軽く会釈して、音量をもうひと目盛りだけ落とした。
窓の外、香椎のあたりを抜ける。夕暮れが線路を斜めに横切り、ホームの柱が等間隔に後ろへ流れる。対向のホームをソニックが風を置いて通り過ぎ、さっき見た**“あじゃたらぱ〜”**のラッピングが一瞬だけガラスに映った。
「ここ、NG出して笑い直ししたとこ」
優子が指先で画面の端を示す。
「客席の笑いが“細い”ってなって、もう一個だけ間を短くしたんよ」
「そしたら、太くなった」と光子。
春介が小声で「ふとい わらい」、春海が「あつい わらい」と復唱して、二人でえへへと見合わせる。
DVDのエンディングが流れるころ、電車は速度を落として次の駅に滑り込んだ。
「車組、やっと動き出したって」と家族LINEがもう一度震える。
「ほんなら、うちらはお先に“到着報告”しよ。写真一枚と短い言葉でね」
プレーヤーを閉じ、イヤホンを巻き、春介と春海の手の甲に星シールをもう一枚。
「初・電車&初・DVD、達成」
「えへへ〜」
ゴトン、ゴトン。
列車のリズムは変わらない。画面の中の笑いも、窓の外の暮色も、今日の「帰り道」の一部として、静かに重なっていった。
ただいま。ドアを閉めたら、家の匂い。
優子「先に着いたね。りんごジュースあるけん、飲む?」
春介「りんごジューしゅ のむ」
春海「のむ!」
コップにとくとく。冷たいのを手で包んで——
光子「じゃ、かんぱい。今日の“初電車”に」
全員「かんぱい」
一口でほっぺが甘くなる。
春介「おいち」
春海「えへへ〜」
少しこぼれて、ふきんでトントン。
優子「だいじょうぶ。トントンで消える魔法」
光子「写真一枚と短い言葉——『初電車、おいしいジュース』」
窓の外はもう夕方。
春介「また のる?」
優子「またのろ」
光子「また飲も」
それだけで十分な帰宅の時間だった。
ちいさなスタジオ・新年うた会
防音ブースのドアをそっと閉める。中にはドラムセット、電子ピアノ、ギター。
椅子を四つ寄せて、スイッチは最小。
光子「お歌、うたおっか」
春介「うたう!」
春海「うたう〜!」
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①「ゆきの ぽんぽん」
(ピアノ:ぽろん/スネア:やさしくトン)
優子♪ ゆきの ぽんぽん おそらから
光子♪ ほっぺに ぽんぽん おちてくる
春介・春海♪ ぽんぽん ぽん! にこにこ ぽん!
(全員で手のひら“ぽん”)
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②「おしょうがつ もちつき」
(ドラム:ドン・ドン/ギター:じゃらん)
光子♪ ぺったん ぺったん もっちもち
優子♪ まるめて ふーふー あったかい
春介・春海♪ ぺったん ぺったん もっちもち!
(「ぺったん」で膝タッチ、二人はウィンク→「ちゅっ」)
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③「でんしゃ ゴトンゴトン」
(ピアノ:ゴトンのリズム/タンバリン:ちりん)
優子♪ ゴトン ゴトン まどが はしる
光子♪ あかと くろの でんしゃ きた
春介・春海♪ えへへ〜 ゴトン ゴトン!
(車掌さんポーズで「はっしゃ しまーす」)
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最後はぎゅーして拍手。
春介「もういっかい!」
春海「もういっかい!」
優子「よし、今度は合図だけでいこ」
光子「せーの——にこ!」
もう一度、短く通してにこで終了。
スタジオの灯りを落としてドアを開けると、外の空気がひんやり。
新年の歌、合格。
光子「ね、春介と春海。大きくなったら、何になりたい?」
春介「でんしゃの ひと! しゃしょうさん!
はっしゃ しまーす! しんこう、よしっ!」
光子「どうしてそれがいいと?」
春介「ゴトンゴトン すき。みんなにこなるけん」
光子「春海は?」
春海「うたの ひと! ぴあの、ぽん。
それとね、えほん かく」
光子「どうして?」
春海「にこ でる。ばばけ たいさんの うた つくる」
(となりで優子が親指グッ)
優子「最高。今日は“おためしお仕事”ね。
春介=車掌さん、春海=うたとえほん先生」
春介・春海「はーい/えへへ〜」
光子「じゃ、合図いくよ——ストップ! ぎゅー! ライト!(練習)
よし、出発進行とうたのじかん、はじめよっか」




