春介と春海の顔面ドーン、股間チーン事件。
湯上がりの四人がリビングに戻る。頬はりんご色、髪は半分だけ乾いて、バスタオルがマントみたい。
母「あんたたち、親子みたいやねぇ」
父「ほら、“高校生ママ”の話、思い出すばい」
優子「あー、それ! この前、ドラッグストアでね」
光子「ベビーカー押しとったら、店員さんが**『ママさん、オムツのサイズこちらです』って」
優子「うちら反射で『ありがとうございます』って受け取ってしもうて」
光子「横から美香が『ママはこっちですー』**って」
美香「店員さん、固まった」
アキラ「“高校生ママ”誕生の瞬間」
久留米ばあちゃん「若かママもここまで若うはなかばい」
みんな「あははは!」
春介と春海がタオルの端を握って、胸を張る。
春介「うちらの、にばんめの お母シャン!」
春海「お母シャン2! みーちゅ、ゆーちゅ!」
光子「ちょ、かわいか〜」
優子「“2番目”の称号、いただきました」
美香「本籍ママはここやけんね?」
春介「ここー(美香を指さす)」
春海「ここー(もう一回)」
光子「じゃあ役割分担しよ。一番目のママは“寝かしつけ主任”」
優子「二番目のお母シャンは“ぎゅーと遊びとタオル乾かし係”」
春介「ぎゅー!」
春海「あそぶー!」
静子ばあちゃん「二重体制やね。強か」
安三郎じいちゃん「家んオーケストラは、指揮者が二人でも合うと」
父「ほんなら“高校生ママ”は領収書係」
母・光子・優子「まだ言うとる!」
春介が小声で確認する。
春介「みーちゅ お母シャン2、だいちゅき」
光子「だいすき」
春海「ゆーちゅ お母シャン2、だいちゅき」
優子「だいすき」
美香が笑ってまとめる。
美香「はい、本日の結論——“お母シャンは三人体制。寝る前は全員ぎゅー”」
全員「了解!」
四人でぎゅっと固まると、湯上がりの匂いと笑い声がもう一度ふわっと広がった。
① 新入生保護者会の受付で
受付テーブル。黒っぽい服で名札を下げた光子と優子が、配布物を手際よく並べている。
保護者さん「先生、楽譜の購入はどこで…?」
優子「先生やなかとです〜。うちら生徒です」
保護者さん「えっ、生徒さん…? しっかりしとるけんてっきり」
顧問(後ろから)「この二人は先生格の生徒やけん、間違えてもしゃあなか」
光子「昇進しとらんけん、時給はゼロです」
全員「あはは」
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② コンクール搬入口で
楽器搬入チェック表を片手に、スタッフさんに声をかけられる。
ホールスタッフ「代表者の保護者の方、こちらの導線を…」
光子「高校生なんです」
ホールスタッフ「あ、すみません! 落ち着き方が完全に大人で…」
健斗「先輩、カリスマ保護者って呼んでいいですか」
優子「呼ばんでよか。学生割引まだ使える年頃やけん」
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③ 合宿の宿で
チェックインのロビー。台帳を前にフロントさんが見回す。
フロント「引率の先生はどなたでしょう?」
(光子と優子、反射で半歩前へ)
優子「あ、生徒です!」
顧問(手を挙げて)「先生ここ」
フロント「失礼しました…物腰が先生やったけん」
光子「長文やめて短く言うだけで、先生感でるっぽいです」
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④ 文化祭の差し入れで
地域の方が大きな紙袋を抱えて登場。
地域の方「お母さ…あ、先輩やった!」
優子「高校生ですよ〜。差し入れ、ありがとうございます」
光子「アレルギー表示ここ、手洗い→配布の順でいきますね」
地域の方「そらお母さんに見えるわ〜」
部員「“高校生ママ先輩”、本日も安定」
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⑤ 校外練習の待ち合わせで
バス停で整列・点呼を回していたら、通りすがりの方に。
通行人「先生、寒いけ待たせんごとね〜」
光子「ありがとうございます。生徒です」
通行人「えっ! 先生かと思うた〜」
優子「声が**“母音強め”**になると先生に見えるって研究結果が…(個人調べ)」
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⑥ 楽器店にて(おまけ)
部品をまとめ買い。レジで。
店員さん「顧問印のとこ、こちらに…」
優子「学生の自腹でーす」
店員さん「す、すみません! てっきり学校会計かと」
光子「領収書は父担当に提出します」
部員「家計まわしとるんよこの人ら」
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まとめ(ふたり談)
光子「だいたい、黙ってテキパキしとったら『先生か保護者』に見られるっちゃんね」
優子「でも、それで動線はスムーズになるし、“落ち着かせ係”と思えばありがたい」
光子「“高校生ママ”に誤認されても、笑って一言で訂正すれば円満」
優子「そして本題——うちらはちゃんと高校生。でも、面談の紙は自分で出す。そこ大事」
みんなで笑って終わり。次は“間違われスキル”をいい方向に使って、文化祭もきっちり回します。
畳にふとんを三つ並べて、川の字の準備完了。枕元に小さなスタンドライト、絵本は今日はおやすみ。
光子「じゃあ今日は、お姉ちゃんと一緒に寝よっか」
春介・春海「やったー! ねるー!」
優子「合図は“おやすみタッチ”ね。てて——ぱちん」
電気を落とすと、ふわっと暗さが降りてくる。四人でごろり。ここまでは完璧——のはずが。
——ばいーん!(同時に両足)
両足顔ドーン!
優子「ぐふっ……いったーい!」
光子「鼻ーーっ! ちょ、威力!」
春介「えへへ」
春海「えへへへ」
落ち着かせようと体勢を整えた、その一拍後。
——びよん!
股間チーン……!
光子「(小声)チーン……!」
優子「(目うるうる)今、鐘鳴ったね……」
春介・春海「きゃははは!」
光子「はい、一時タイム! 安全バリケード投入!」
(掛け布団をくるっと丸めて、足元にタオルの土手を設置)
優子「こっちは抱き枕ガード。すべり台は禁止でーす」
春介「すべりだい、ない」
春海「ない〜」
光子「代わりに“ねんねの手”(おててに手をのせてトントン)ね」
優子「“おやすみの魔法”いきます——すー、はー、すー、はー」
トントン、呼吸。足のばいーんは、だんだんと力を失っていく。
春介「……ねむ……」
春海「……ねむい……」
光子「よし、沈静化……」
優子「今夜の教訓:顔面ゾーンは無防備」
最後にもう一度だけ、誰かの足がぴくっと動く。けれどバリケードがやさしく受け止めて、音も立たない。
光子(ひそ声)「次はプロテクター持参」
優子(ひそ声)「買うならふくらはぎ用」
やがて、すーすーと寝息がそろう。
ふとんの端に月明かりが落ちて、四人の影がゆっくり重なった。
顔ドーンも股間チーンも、今夜はもう来ない。おやすみ。
夜明け前、ふとんの端がうっすら白むころ——
タオルの土手はいつの間にか転がされ、抱き枕ガードは寝相で押し出されていた。
「……すー……すー……」
「……(むくっ)」
「……(むくっ)」
次の瞬間——
ばいーーん!
両足・顔面ドーーン!
優子「ぐはっ……! いったぁぁ!」
光子「鼻ぁぁぁ! ちょ、威力アップしとる!」
春介・春海「えへへへ」
体勢を立て直す暇もなく——
びよん!
股間チーーン……!
光子「(小声)……チーンて鳴いた……」
優子「夜明けのチャイムや……」
二人同時に枕を抱えて防御姿勢。でも声はやさしく。
光子「こらこら、足はお布団の上たい。顔はセーフティゾーン」
優子「“おはよータッチ”に変更ね。てて——ぱちん」
春介「ぱちん!」
春海「ぱちん!」
優子「よし、朝のルール発表——“キックなし、ジャンプなし、タッチあり”」
春介・春海「はーい!」
……と、その直後、ふたりの足がぴくっ。
光子「(にらめっこ)……」
春海「(自分の足を押さえて)……がまん」
優子「えらかー。がまんポイント+10」
廊下から父の声。
父「起きとーとか? 朝飯できとーぞー」
母「平和に起きれた?」
光子・優子「(同時に)顔面ドーン&股間チーンで起床!」
母「はい、全員ごはん前ストレッチね」
父「プロテクター買うか……」
最後は全員でおはようハグ。
痛かったけど、笑いが先に起きた朝やった。
朝ごはん前、ちゃぶ台のまわり。
光子「……女でも股間チーンは痛いわ」
優子「じわじわ来るっちゃん……(うずくまる)」
全員「あはははは!」
アキラ「お前たちも経験したか〜。オレは昨日ソファの角で“カドチーン”やったばい」
父「プロテクター案件やね」
母「朝から何の会議よ、それ」
安三郎じいちゃん「鐘は神社だけでよか」
静子ばあちゃん「ほんなら今朝はお茶で厄払いしよ」
春介「ちーん!」
春海「ちーん!」
光子・優子「やめんかー!(笑)」
美香「はい、朝の新ルール。キックなし・ジャンプなし・おはようタッチ」
春介・春海「はーい!」
父「領収書は……」
母・全員「出さんでよか!」
笑いのまま「いただきます」。
痛かったけど、平和な朝やった。
居間。みかんを剥きながら、ふたりがニヤッと目配せ。
光子「ねぇ春介、春海。大きくなったら、誰と結婚すると?」
優子「気になる〜。教えて〜」
春介「みーちゅと けっこんするー! おねえしゃん!」
春海「ゆーちゅと けっこんするー! お母シャン2!」
全員「あはははは!」
美香「本籍ママはここで〜す」
アキラ「相手方の面接いつやる?」
父「まず保育園卒業してからにしよか」
母「その前に手ぇ洗って歯みがきばい」
優子「ありがと、うれしか〜。でもね、おねえさんとは結婚はできんとよ(法律的にね)」
光子「大きくなってから、自分の心が『この人よか』って思う人を、自分で選ぶと。ゆっくりでよかよ」
春介「……いまはぎゅーけっこんする」
春海「ぎゅーする〜」
(四人でぎゅー。みかんの匂いと笑い声が混ざる)
安三郎じいちゃん「今は“よう食べて、よう寝て、よう笑う”で十分」
静子ばあちゃん「そげん子は、よか人に出会える」
優子「じゃ、**おやすみの婚約**しとこか」
光子「ててタッチも追加!」
春介・春海「ぱちん!」
未来の話はここまで。今夜はただ、ぎゅーして笑って、おやすみ。
居間が少し静かになったころ、玄関で「お世話になりましたー」の声が重なって、みんな見送った。ドアが閉まると、家の音がふっと軽くなる。
春介「きょうは優馬じいじと美鈴ばあばとねるー!」
春海「ねるー!」
優馬じいじ「お、来たか。川の字で行くばい」
美鈴ばあば「タオルとパジャマ、はい。手あらって歯みがいて、ほいでおふとんね」
畳にふとんを三つ並べる。スタンドライトを弱めにして、ばあばが布団の端をトントン。じいじは“昔ばなし”の準備で喉を軽く鳴らす。
美鈴ばあば「ほんなら、筑後川の花火の話にする?」
優馬じいじ「いや、ここは宗像の朝日の話やろ」
春介・春海「はなしー!」
四人でごろり。まずは順調——の、はずが。
——ばいーーん!
両足・顔面ドーーン!
優馬じいじ「ぐわっ! 目ぇ覚めたー!」
美鈴ばあば「ちょ、ちょっと! お顔はやめんしゃい!」
追い足で——
——びよん!
股間チーーン……!
優馬じいじ「……チーン……鐘鳴った……」
美鈴ばあば「じいじ、深呼吸! 笑う前に息!」
廊下の角から、光子と優子が顔だけ出す。
光子「バリケード要ります?」
優子「抱き枕ガード持ってきたよー」
美鈴ばあば「助かる〜!」
座布団で足元土手を築き、抱き枕を胸前ガードに。ばあばが小声でルールを読み上げる。
美鈴ばあば「朝はキックなし、ジャンプなし、タッチあり。今は夜やけん、ねんねの手」
(小さな手を包んでトントン)
優馬じいじ「ほんなら、おはなし超短縮版でいくぞ。“朝日は——きれかった。おわり”」
春介・春海「ええー!」
優馬じいじ「続きは明日の朝な。今はねむる番」
光子「じゃ、おやすみタッチ——てて、ぱちん」
優子「ぱちん。はい、深呼吸。すー、はー」
しばらくして、足のばいーんは収まり、笑いが小さくなる。
春海「……ねむ……」
春介「……ぐー」
美鈴ばあば「よか子」
優馬じいじ「ふぅ……顔面ゾーンは危険区域やな」
(小声で)
光子「プロテクター案、家族会議に上げときます」
優子「“ふくらはぎ用”もセットで」
ライトをさらに落とす。四人の寝息がそろって、畳の匂いが静かに広がる——
……の直前、ふとぴくっと片足が動き、バリケードにコトと当たって止まった。
美鈴ばあば(ささやき)「効いとる効いとる」
優馬じいじ(ささやき)「作戦成功」
今度こそ、全員すーすー。
“顔面ドーン、股間チーン”は炸裂したけど、土手とガードで被害は最小。
夜の家は、やっと本気で静かになった。
ふとんの谷間で寝息がそろったのを見届けて、廊下の明かりだけにした。
台所のテーブルで湯のみを手に、優馬と美鈴が小声で顔を見合わせる。
優馬「……なんか懐かしかな」
美鈴「ほんに。あの頃ば思い出したね」
優馬「光子と優子にも、顔面ドーン、股間チーンやられとったよなぁ」
美鈴「やられたやられた。夜中の三時にばいーん、こっちはチーン。あんた、天井見ながら無言で星数えよったやん」
優馬「“北斗七星+チーン一発”で記念日やったもん」
美鈴「あの時はバスタオル土手と抱き枕ガード発明したっちゃね」
優馬「今日、二世代目に受け継がれとった」
笑いながら、二人の視線はさっきの川の字が敷かれた部屋へ向く。
美鈴「それにしても、あの子ら——起こさず笑わせて、ルールは短く。よう回すね」
優馬「“怒らんで整える”ちゅうのは、うちらの理想やった。追いつめず、ちゃんと寝かす。よか母ちゃんになる資質やね」
美鈴「でも焦らせんごと。まずは自分の道たい。音のこと、やりきりんしゃい、ってね」
湯のみを置く音が小さく響く。
優馬「それにしても、顔面ドーンは年季が入っとる。股間チーンは威力が増しとる」
美鈴「血筋やね」
優馬「誇らしかと言うてよかんか、それ」
美鈴「“元気の証拠”でよかと」
二人でくすっと笑う。
美鈴「明日、プロテクター見てこん?」
優馬「買うならふくらはぎ用もセットやな」
美鈴「領収書、出しんしゃい」
優馬「そこは毎度のチーンやね……」
廊下の先から、春介の「すー」、春海の「すー」。
その寝息に、昔の夜の音がうっすら重なる。
“顔面ドーン”も“股間チーン”も、家族の歴史の効果音。
懐かしさに頬がゆるんで、二人はもう一口、温かいお茶を啜った。




