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雷ドッカーン。

雷鳴の午後 ― オバチャン呼び再び


昼過ぎ、美香とアキラのマンションに着いた光子と優子。

春介と春海は、最初はご機嫌に遊んでいたが、外は梅雨の嵐。


ゴロゴロ……ドッカーン!!!


大きな稲光と轟音が響いた瞬間──


春介:「オバチャン、こわいぃぃ〜!」(光子にダイブ)

春海:「オバチャン、いややぁぁ〜!」(優子にしがみつく)



双子の心の声


光子(心の声):「……なんでや。なんでいつも“オバチャン”なんや」

優子(心の声):「わかるわかる。うちらまだ16歳、華のJK2やん。オバチャン認定、納得いかんっちゃ!」


二人して顔を見合わせて、同時にツッコミ。


光子・優子:「うちらは高校二年生や〜っ!!!」



しかし赤ちゃんたちの本音


春介(うちなる声):「いや、安心感があるからオバチャンって言うただけやのに」

春海(うちなる声):「にーに、空気読め。女子高生に“オバチャン”はタブーやぞ」


雷鳴より大きな笑い声がマンションに響き渡る。



オチ


そこへ帰ってきたアキラが買い物袋を抱えて部屋に入ると、光子と優子が両腕に赤ちゃんを抱え、顔を真っ赤にして説教モード。

その光景を見たアキラ、思わず吹き出す。


アキラ:「……外の雷より、この部屋の爆笑のほうがはるかに大きいな」




リビングの窓が白く裂けて、次の瞬間、家ごと揺れるような雷鳴。

「ビカーッ!」「ドゴォン!」


春介は反射的に光子の首にしがみつき、春海は優子の胸元に潜り込む。小さな手が汗ばみ、震えが伝わる。


「だいじょーぶ、だいじょーぶ。うちらがついとーけん、こわくなかよ」

「……オ、オバチャン……ぎゅーって……」

「お姉ちゃんたい〜!……まぁ今はなんでもよか、ぎゅーしとき」


もう一発。

「ドオォン!」

二人の肩が同時にピクリと跳ね、春介の目尻に涙がにじむ。


「ほら、いっしょに深呼吸しよ。すーっ……はーっ」優子がゆっくり見本を見せる。

「すー……はー……」春海が真似をして、鼻をすんと鳴らす。

「上手い上手い。ほら合言葉、『あんれまんまぁ〜』」

「……あんれ、まんまぁ〜」

「よー言えた、えらか〜」


廊下の向こうから足音。浴室の湿り気をまとって、美香がタオルで髪を押さえながら戻ってくる。

「ただいま。――おぉ、雷さん来とるとね。春介、春海、よー頑張っとる」


春介が涙声のまま顔を上げる。「……オバチャン、こわかったぁ」

「はいはい、よしよし。お姉ちゃんよ〜って言うたかろーけど、今は抱っこが先やね」美香はやわらかく笑って、優子の腕から春海を受け取る。

「だいじょーぶたい。雷さんはね、空の太鼓ばドカン!て叩きよるだけ。『わっ!びっくりした?ごめーん!』って言いに来ただけやけん」


「……らいさん、ごめーん?」春海が首をかしげる。

「そうそう。じゃ、みんなで言ってみよ。『雷さん、びっくりしたけど、もう大丈夫〜』」

「……だいじょぶ〜」春介も光子の胸に顔を埋めたまま小さく復唱する。


光子は春介の背をトントンと一定のリズムで叩きながら、囁く。

「雨の音、聞こえる? しゃーしゃーって。これは空のシャワーたい。お外の木んたちが『気持ちよか〜』って言いよる」

「きも、ちよか……」


優子はカーテンの隙間をすこしだけ開け、稲光が入らない角度に調節しつつ、明るすぎた照明を一段落とす。「光は柔らか、音は遠く。即席・安心ステージやね」

「さすが現場監督」美香がくすっと笑い、春海の髪を指先で梳く。呼吸がゆっくりになっていく。


――ビカッ。

三人は同時に目を合わせ、声を揃える。

「「「あんれまんまぁ〜」」」

間髪入れず、春介と春海もつられて「まんまぁ〜」。空気がふわっとほどけ、四人の肩の力が抜ける。


「なぁ、今だけはオバチャンって言っても許すけん、その代わり……」光子が春介の鼻先をちょんとつつく。

「雷さんがおっかなー時は、“ぎゅ〜”の回数分、あとで“チューはお姉ちゃん限定”やけんね?」

「……ぎゅ〜、ごかい!」

「よっしゃ、契約成立!」優子が親指を立て、美香が噴き出す。


玄関の鍵が回り、アキラが紙袋を抱えて戻ってくる。

「ただいまー……って、おぉ、避難所できとる。みんな無事?」

「無事。けど今は“オバチャン避難所”」

「お姉ちゃん避難所たい!」光子が即ツッコミ。

「はいはい」アキラは笑って、テーブルにお惣菜と温かいココアの材料を並べる。「停電なし。雷雲、レーダーだともう抜けそう」


最後の遠雷がころがっていき、雨脚がやさしくなる。美香は子守歌のメロディを口ずさみはじめた。福岡高校の合唱練習で磨いた息の流れが、部屋の空気を撫でるように柔らかい。

「ねんねこ ねんねこ……」


春海が最初にコトン、と力を抜き、まつ毛が頬に影を落とす。春介も遅れてまぶたが重くなり、光子の肩にあごを乗せた。小さな寝息。汗の匂いにミルクの甘さが混じって、ひどく人間らしい温度が部屋に満ちる。


「……ふぅ。嵐、通過」優子が囁く。

「よー耐えたねぇ、二人とも」美香が額にキスを落とす。

「うちらも、やね」光子が小さく笑い、囁きを足す。「怖か時は言いんしゃい。なんぼでも“ぎゅー”しちゃるけん」


「……でも“オバチャン”は……」優子が口を尖らせる。

美香が肩で笑い、目だけでごめんの合図。「今日だけはね」

「特別措置、施行」アキラが小声で判決を読み上げるふりをする。

「異議あり!」光子が小さく手を挙げ、美香と目が合った瞬間、四人で堪え笑い。


窓の外、雨の幕が薄くなっていく。雷のかわりに、台所からお湯の湧くやさしい音。

嵐が去った後の静けさの中で、二人の寝息だけが規則正しく響いていた。





日曜の朝。窓の外は雨上がり、空気がやわい。

春介は牛乳パックを両手で抱えて、にやりと振り向く。


「オバチャン、あけて〜」

「……出たね、その単語」光子が腰に手。「昨日“お姉ちゃん限定契約”結んだやろ?」

「きょーはにちよーびやけん、契約やすみ〜」

「どこの社労士がついとんねん!」優子が即ツッコミ。


機嫌のバロメータは露骨だ。

機嫌◎ → 「おねーちゃん!」

機嫌△ → 「おねーしゃん……(保険)」

機嫌× → 「オ・バ・チャ・ン!」


美香が苦笑しつつ、冷蔵庫からプリンを出す。

「じゃあ本日の“ことばポイント”行こっか。『お・ね・え・ち・ゃ・ん』って言えたら星シール一枚」

春海はキラキラのシールにロックオン。「……おねーちゃん」

「はい満点〜!春海は星ゲット」

春介、腕を組んで渋い顔。「オ……バ……」

「そこは迷わんでよか!」光子が前のめり。「ほら“お・ね”」

春介、ジッとプリンを見てから、急に満面の笑み。

「おねーちゃん、だいすき♡」

「切替はや!」優子が膝から崩れ、美香は肩を震わせる。


昼、みんなで近所のスーパーへ。試食コーナーで唐揚げを差し出され、春介が元気よく。

「オバチャン、ちょーだい!」

店員さんが「あら可愛い〜」と笑う横で、光子の顔が引きつる。

「ここは“お姉さん”!ランクが上がるだけで世界は平和になる!」

「お……ねー、さん。ちょーだい」

「よくできました〜」店員さんから唐揚げ二個。春介、ドヤ顔で親指を立てる。

「昇格すなや!」優子のツッコミが空に抜ける。


夕方、公園のベンチ。

「ねぇ春介、呼び方で天気が変わるって知っとる?」光子が小声でささやく。

「へ?」

「“お姉ちゃん”って呼ぶと、ジュースが晴れ、抱っこが快晴、チューが虹」

「にじ!」

「“オバチャン”って呼ぶと、皿洗い手伝いとお片付け台風直撃」

春介は数秒の演算の後、にっこり。

「おねーちゃん、じゅーちゅとにじ!」

「交渉成立」優子がストローを差し、頬を緩める春海が添えるように囁く。

「おねーちゃん……ぎゅーも、ほしい」

「よかよか、特別に“嵐明け抱っこ”サービス」光子と優子、左右から抱え上げる。


夜。シール表には小さな星がずらり。

「本日のまとめ」優子がホワイトボードに書く。

① 朝……“オバチャン”暴風域

② 昼……“お姉さん”経由で情勢安定

③ 夕方……“おねーちゃん”高気圧張る

④ 夜……“ぎゅー”前線停滞(幸せ)


美香が笑って拍手。「はい総括、よーできました」

光子は眠りかけの春介の額にキスを落とし、囁く。

「呼び方はなんでもよか。機嫌が曇ったら、うちらが晴らしちゃるけん」

春海も優子の襟元をつまんで「おねーちゃん……だいすき」。

「うん、知っとーよ。明日も“快晴”取りに行こ」


――そして日曜日は終わる。

“オバチャン”と“お姉ちゃん”の間を、子どもの気分が行ったり来たり。

それを笑いで受け止める二人のお姉ちゃん(※日曜限定・オバチャン可)。

家の天気図は、今夜もいい感じに高気圧だった。





玄関のチャイムが鳴った。

ドアを開けると、赤嶺の安三郎じいちゃんと静子ばあちゃんが、にこにこ顔で紙袋を掲げて立っていた。


「美香ちゃん、これ土産ばい。久留米ラーメンの詰め合わせ、どっさり持ってきたけん」

「ひ孫の顔、見に来たっちゃね〜。光子ちゃんも優子ちゃんも一緒に食べり〜」


「わぁ、じいちゃんばあちゃん、よう来たね!」美香が受け取りながら笑う。

リビングに案内されると、春介と春海がヨチヨチ駆け寄る。


「じーじ!ばーば!」

「おおお、かわいかねぇ〜。はい、ぎゅーってしようかね」

「じいちゃん、抱っこは交替制やけんね?」優子が目を細める。

「よかよか、ちゃんと“替え玉制度”で回すけん」

「替え玉て麺の制度やろ!」光子が即ツッコミ、場がどっと沸く。


おうち屋台、開店


キッチンはあっという間に「おうち屋台」へ。

美香が大鍋でスープを温め、アキラが丼を熱湯で温める。

光子と優子はチャーシュー、ネギ、キクラゲ、海苔を手際よく用意。

安三郎じいちゃんは湯切り係に立候補。


「じいちゃん、湯切りはリズム命やけん。『トントン、キュッ!』でいくとよ」

「任せんね。わし、昔は屋台で一晩三十杯は余裕やったばい(※たぶん記憶は美化)」

「ばあちゃん監督、監視お願いしまーす」

「はいはい。アンタ、麺ば逃がさんごと気ぃつけんしゃいよ」


ぐつぐつ……。

第一陣の麺が茹で上がる。


「湯切り、いっくよ〜。トントン、キュッ……あっ、トントン、ジャバーッ!」

「麺が一匹、逃げたぁ!」

「金魚すくいやなか!戻ってこい麺!」光子のツッコミに、春介がパチパチ拍手。

春海はジト目で小さく一言。「じーじ、しっかり」


静子ばあちゃんがスッと割り箸で救出。「はい、セーフ。今のは“替え玉予告編”やね」

「予告編いらんて!」優子が笑い転げる。


宴のはじまり


丼に白濁スープが注がれ、麺、具材が美しくのる。

ふわりと立つ豚骨の香りに、リビングが屋台になった。


「いただきます!」

「ずずず……はぁ〜、しあわせ〜」

「こらまた、骨のコクがしみるねぇ。胃に優しか」静子ばあちゃんが目を細める。

安三郎じいちゃんは、鼻息荒く箸を構える。「わしは“バリカタ”!」

「じいちゃん、歯は無理せんどって」

「心はバリカタ、現実はフツウで」

「現実見れてえらい!」優子が親指を立てる。


春介は丼をのぞき込み、真似っこで「ずずず」。

「おいし?」「おいち!」

春海は慎重にレンゲを持ち、「あっつ……でも、すき」

「発音きれいやねぇ〜。はい“ぎゅー”サービス」光子が抱き寄せると、春海は満足げ。


一杯目が空くころ、安三郎じいちゃんが静かに左手を上げる。

「替え玉、シグナル……」

「じいちゃん、それ野球のサインみたいやけん堂々と言って!」

「替え玉ひとつ、カタで〜!」

「はーい!『トントン、キュッ!』……今日は成功!」

「成長、はやっ!」優子が拍手、春介も真似して「トントン、きゅ!」。


笑いと、ほんの少し涙と


食後、果物をつまみながら、静子ばあちゃんが春介と春海の手を握る。

「元気に育っとる。ありがとね、美香ちゃん、アキラくん。光子ちゃんも優子ちゃんも、よう助けとる」

「うちら?たいしたことなかよ。みんなで食べて笑うのが、いちばん効く“栄養”やけん」

「そうそう。笑いは免疫力やけんね!」安三郎じいちゃんが胸を張る。


春介が光子の頬をツン、と指差す。

「おねーちゃん」

「よっしゃ、今日は快晴宣言」

春海は優子の襟をつまんで、こくり。「おねーちゃん」

「承りました。デザートのプリン券、発行します」

「ぷ、ぷりん?!」光子が身構える。「洗濯機には入れんよ!?絶対ね!」

「伝説、更新禁止!」家中の笑いが一段高く弾けた。


記念撮影


帰る前、全員で写真を撮ることに。

布巾で作った“屋台のれん”を背景に、丼と替え玉皿、小さなレンゲを持った春介・春海。

スマホのタイマーが光る直前、春介が片目をつむってウィンク、春海はジト目からのふわっと微笑みに変更。

カシャ。


「よか写真が撮れたねぇ。額に入れて飾らな」

「“本日の特製:笑いの替え玉無料”ってタイトルでね」

「替え玉、いくらでも追加したるばい。笑いが尽きん限り」


エレベーター前で手を振る二人の背に、春介が一声。

「じーじ、ばーば、またらーめん!」

「また持って来るけん!」

「次は屋台の旗も作ってくるばい!」

「いや、のぼりまで立てたら、マンションで営業なるけん!」光子と優子のツッコミが、廊下に心地よく響いた。






雨が上がった黄昏どき。

商店街のアスファルトがほのかに光り、濡れた風が甘い匂いを運んでくる。光子と優子は両手で抱えたミスドの箱をぶらんぶらん揺らしながら、家路を急いだ。


「ふぅ……止んだね〜」

「止んだね。ご褒美ばい。ドーナツ8個、大盤振る舞い!」


玄関を開けると、リビングに美鈴と優馬がちょうど帰ってきたところ。

テーブル中央に箱をどーん、と置く。


「開封の儀、いきます!」

「よっしゃ、実況はわたし、解説はゆうちゃんね」


箱のフタがパカッ。

並ぶのは、ポン・デ・リング、エンゼルクリーム、オールドファッション、フレンチクルーラー、チョコファッション、シュガーレイズド、ゴールデンチョコ、そして期間限定の抹茶さん。


「はぁ〜……幸せが詰まっとる」

「砂糖の銀世界やね。よし、まずは“ドーナツドラフト会議”開催!」


ドーナツ・ドラフト会議


「指名はウェーバー順。今日の皿洗い担当から優先な!」

「ずるー!あたしやったやん!」光子が抗議の手を挙げる。

「ルールやけん。はい、第一巡選択希望ドーナツ——優子、『エンゼルクリーム』を指名します」

「かぶったぁぁぁ!」光子がその場に崩れ落ちる。


「競合につき、抽選行きます」優馬が割り箸を取り出す。

「抽選箱は、はい、これ(ドーナツ箱のフタ)。当たりは1本だけ」

「お父さん、段取りだけは全国レベルやね……」


結果——当たりを引いたのは優子。

「うっしゃぁ!」

「うぅ……“天使”は持っていかれた……。ならば“輪”で勝負……わたし『ポン・デ・リング』指名!」

「被らんごと、わたしは『ゴールデンチョコ』」美鈴が笑う。

「父は“硬派”に『オールドファッション』」

「硬派ていう割にミルクティー用意してるの何なん?」

「ギャップ萌え狙い(キリッ)」


くしゃみ連鎖、発動


配膳が済んだところで、事件は起きた。

光子が「シュガーレイズド」を持ち上げた瞬間、粉砂糖がふわっと舞い——


「へ……へっ……へくしゅん!」

雪のような粉がテーブル一面に降りそそぐ。


「ちょ、みっちゃん!シュガーブリザード!」

「待って!鼻が!……へくしゅん!」優子のくしゃみが追撃。

「連鎖くしゃみ、通称“スノーストーム8(エイト)”発生!」

「ネーミングのフットワーク軽すぎん?」美鈴のツッコミを、優馬の「ふぁっ……ふぁっ……」が上書きする。

「来るぞ……父の大噴火……!」

「へぶぁっっ!」

粉砂糖がエフェクトのように舞い、家族全員で腹を抱える。


ドーナツ・リングトス


「……こうなったら、あそぼ」光子がポン・デ・リングを指にくぐらせる。

「みんな、耳の上を狙って“リングトス”勝負や!」

「や、やめんね!食べもんで遊ぶのは——」と言い終える前に、ひゅっ。

優子のコントロールが冴え、優馬の耳にスポッ。

「うぉっ!?アクセサリー!?父、急に最新トレンド!」

「#耳ポンデ でバズるかもね」

「ハッシュタグを即興で作るな!」


光子が続けざまに投げるが、勢い余って自分の前髪に引っかかる。

「見て見て!新感覚お団子ヘア〜」

「新感覚やない、炭水化物や」優子がスパンとツッコんで、さらなる爆笑。


穴捜査一課、出動


「ところでさ、ドーナツの主役って、実は『穴』やなか?」急に光子が真顔。

「き、急に哲学?」

「穴があるからドーナツ。穴が無かったらただの……パン?」

「パンに失礼やろ」

「よし、“穴捜査一課”出動!それぞれの穴の大きさ、計測します!」と、光子は裁縫メジャーを取り出す。

「準備良すぎん?」

「職業病や。ネタには常にメジャーを……」


一同が笑っていると、優子がスマホをライトモードにして穴へ照射。

「見て。ほら、ライト通すと“月食ドーナツ”やん」

「わぁ……綺麗……」一瞬だけ、みんなが静かになる。

「……よし、鑑賞終わり。食べよ」

「切り替え早っ!」


レンチン10秒事件


「ちょっと温めたら、さらに幸せになるっちゃんね」と優馬がレンジへ。

「10秒だけよ?」美鈴の警告に親指を立てる父。

ピッ。チン。

——出てきたオールドファッションは、縁がほのかに艶めき、香りが立ち昇る。


「……これは反則級」

「※良い子は温めすぎ注意。10秒が至高です」優子がテロップ風に言い、家族全員が大げさにうなずく。


そして、名物は生まれる


食べ終わったあと、空箱を眺めて光子が言う。

「ねぇ、“ドーナツドラフト会議”さ、企画にしよう」

「月イチ配信でやる?抽選箱と当たり割り箸と実況テロップ準備して」

「Tシャツも作ろ。“DONUTS DRAFT”のロゴと、耳にポン・デのシルエット」

「それ、“耳ポンデ”は父の肖像権が絡むけん、使用料は……」

「ゼロで!」

「即答やめんね!」


美鈴が茶をすすりながら、ふっと目を細める。

「しかし、ドーナツ8個で、よう笑えるねぇ」

「“穴”が心の穴まで埋めてくれるんよ」

「誰うま!」優子が笑い、光子がウィンク。


その時、スマホが震えた。

——美香からのグループチャット。

《写真きたよ〜。じいちゃんばあちゃん、ラーメン替え玉ポーズのベストショット。あとで送るね》

「お返しに、こっちも“耳ポンデ”の写メ送る?」

「送る前に、父の許可だけ——」

「許可、ゼロで!」

「また即答!」


家の外では、雨上がりのアスファルトが夜の街灯を映し、輪のような光が点々と続いていた。

どこまでも続く、笑いの輪。

——この夜の「ドーナツ・ドラフト会議」は、のちに小倉家の新名物企画として“定期開催”され、さらに派生して「耳ポンデ選手権」「穴捜査一課・特別編」へと拡張していくのだが、それはまた、次の腹筋が元気な日に。










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