合唱コンクール最優秀賞
教室での大騒動
ようやく教室に着いた光子と優子。廊下での慌てっぷりも汗だく具合も丸わかりだ。
葵がクスクス笑いながら近づいてくる。
葵:「ちょっと〜、朝から二人して何やっとったと?」
男子たちもニヤニヤしながらツッコミ。
男子A:「朝からトイレダッシュ?マジで?」
男子B:「コーヒーのせい?それとも、昨日の幽霊作戦のせい?」
光子と優子は顔を見合わせて、もう笑うしかない状態。
優子:「もう……笑うしかなかばい……」
光子:「うん、恥ずかしいけど……笑うしかなか〜!」
二人は思いっきり笑い声をあげ、クラス中の注目を浴びながらも、恥ずかしさを笑いに変えていく。
光子:「まあ、これも青春の一ページっちゃね!」
優子:「次からは気をつけよ……でも、笑い話にはなるやろ?」
クラス中が笑いに包まれ、二人の明るさとポジティブさに、みんなもつられて笑うのであった。
発声練習と大地讃頌
教室に戻り、声楽科の発声練習の時間。
光子と優子は、元々歌手活動もしているだけに、発声練習はお手のもの。
光子:「よし、声出すばい!」
優子:「うん、いっちょやってみよ〜!」
軽々と課題の発声をクリアする二人に、クラスメイトたちの目は釘付け。
葵:「うわ〜、さすがやね〜!」
さおり:「すごい……まじ尊敬……」
朱里:「うらやま〜!うちもあんな声出せたらなぁ……」
そしていよいよ、課題曲の合唱。
課題曲は「大地讃頌」。
光子と小春はソプラノパート、優子とさおり、朱里、樹里はアルトパートを担当。
光子:「よーし、始めるばい!」
優子:「うん、みんな気張ろう〜!」
合唱が始まると、優子以外のアルトパートは、ソプラノパートにつられて音が高めに外れる。
優子:「むずかしか〜、みんなつられよる……」
朱里:「うぅ……アルトなのに、高くなっとる……」
それでも光子と優子は慌てず、ソプラノの音をリードしながら、アルトパートが外れても笑顔でフォロー。クラス全体が徐々に息を合わせ、合唱は少しずつまとまっていく。
光子:「よかね、だんだん揃ってきた〜!」
優子:「うん、むずかしかったけど、楽しか〜!」
最初はつられまくっていたアルトパートも、笑いながら練習を続け、合唱の完成度は着実に上がっていったのであった。
揺れるハーモニー
課題曲「大地讃頌」の練習は続く。
今度は男子も加わり、テナーパートとバリトンパートが入った。教室の空気は一気に厚みを増す。
光子:「おぉ〜、男子が入ると、迫力増すね!」
優子:「そうそう、低音が効いとるばい!」
ところが、合唱が始まると──。
今度はテナーパートの男子たちが、アルトパートの優子やさおりたちにつられて音がどんどん高くなる。
拓実:「うわっ……やべ、アルトにつられた!」
隣の男子:「俺も……テナーなのに、なんかソプラノ寄りになっとるやん!」
クラスは爆笑の渦。
葵:「ちょ、男子〜!逆につられとるやん!」
さおり:「アルトの私らより高い声出してどげんするんよ!」
光子はお腹を抱えて笑いながら、指揮者の真似をしてツッコミを入れる。
光子:「はいそこ!テナーさん、アルトにつられんごと!低音守らんと崩れるばい!」
優子:「ほんとほんと、ソプラノから見たら、アルトもテナーも全部混ざって大混乱やけん!」
男子:「いや〜、アルトの声が耳に残って……勝手に高くなるんよ!」
練習は失敗だらけだったが、笑い声で教室は和やかに包まれる。
光子と優子のリードで、少しずつパート同士の音が安定し、合唱はまた一歩完成に近づいていくのだった。
舞台裏の笑い声
福岡市民会館の大ホール。
高校の部、合唱コンクールの出番を前に、声楽科の生徒たちは舞台袖で緊張に包まれていた。
手をこすり合わせ、深呼吸する者。歌詞カードを最後まで確認する者。中には声が震えている男子もいた。
葵:「やばい、手が冷たくなってきた……」
さおり:「練習ではうまくいったけど、本番は別物やけんね……」
そんな空気を察したのは、やっぱり光子と優子だった。
光子:「ねぇねぇ、こんなときは“光の戦士”出動やろ?」
優子:「そうそう、“やさしか子”が守るけん安心せんね!」
いきなり舞台袖でコントが始まる。
光子はマントを羽織ったふりで胸を張り、
優子はおにぎりを掲げて「やさしさビーム!」と叫ぶ。
光子:「いま、敵は緊張や!退治するぞー!」
優子:「光の戦士、敵は強敵やけど、おにぎり食べれば勝てるとよ!」
さおり:「おにぎりで!?(笑)」
男子たち:「ぶははははっ!」
爆笑が舞台袖に広がった。
葵:「ちょっと!舞台の係員が見よるけん、声ひかえなさいって!」
朱里:「でも……なんか肩の力抜けた〜!」
笑いが伝染していくうちに、みんなの顔から強張りが消えていた。
そして舞台へ。
照明に包まれた瞬間、全員の表情は引き締まり、これまでにない集中力が生まれていた。
指揮者のタクトが振り下ろされる。
大地を讃える荘厳なハーモニー。
男子のテナーとバリトンは安定感を増し、女子のソプラノとアルトが美しく絡み合う。
音が一つの大河となってホールを満たし、聴衆の心を揺さぶった。
──歌い終えた瞬間。
客席からは大きな拍手と「ブラボー!」の声。
舞台袖に戻ると、生徒たちは互いに抱き合って涙をこぼしていた。
優子:「やったねぇ、みんな!緊張、ふっとんだろ?」
光子:「ほら、“光の戦士”と“やさしか子”のおかげやん!」
先生:「君たちのおかげで、最高の舞台になったよ」
そして結果発表。
「高校の部、最優秀賞──博多南高校、声楽科!」
一瞬の静寂の後、歓声と拍手が爆発した。
光子:「やったー!!!」
優子:「ほんと、笑いは最高の特効薬やね!」
涙と笑顔が入り混じった舞台裏。
それは、彼らの青春の大切な一ページとなった。
声楽科に吹く笑いの嵐
合唱コンクールで最優秀賞を取った夜。
声楽科の教室には、即席の打ち上げパーティーが開かれていた。机を寄せ集め、ジュースやお菓子が並ぶ。
葵:「かんぱ〜い!」
一同:「かんぱ〜い!!」
興奮冷めやらぬ空気の中、話題は自然と“あの舞台袖コント”へ。
朱里:「いや〜、あれがなかったら緊張で声出らんかったと思う」
さおり:「ほんとよ。まさかおにぎりビームで救われるとはね」
男子:「あれ以来、緊張=おにぎりって連想するようになったし(笑)」
そこで誰からともなく声が上がった。
「小倉光子・優子姉妹を……声楽科公式“お笑い担当”に認定します!」
拍手と笑いが巻き起こる。
光子:「えぇ!?歌じゃなくてお笑い!?」
優子:「うちら、声楽科に来たんやけど!?芸人養成所じゃなかよ!」
葵:「いやいや、それでこそ声楽科やん!笑いで緊張ほぐして、歌のレベルまで上げるって最強やん!」
男子:「おまけに笑いすぎて腹筋が鍛えられるけん、発声も安定するし」
朱里:「これ、“笑いの腹式呼吸メソッド”として論文にできそう(笑)」
一同、爆笑。
こうして光子と優子は、正式に(?)「お笑い担当」としてみんなに愛される存在となった。
それからというもの、声楽科の毎日は“爆笑の嵐”に包まれることになる。
発声練習の前には即興コント。
ソプラノとアルトの掛け合いをギャグで練習。
男子のテナーパートが外れれば「いまのは雷親父の声やね!」と突っ込みが飛ぶ。
笑いで教室は常に明るく、しかしその裏で──笑いによって腹筋と呼吸法が鍛えられ、合唱の迫力は他校を圧倒するほどに進化していった。
先生は頭を抱えつつも、こっそり誇らしげに呟いた。
「……まさか“お笑い”が、声楽科をここまで強くするとはな」
笑いと歌声。
その両方が響き合う、唯一無二のクラスがここに誕生したのだった。
放課後の約束
授業も終わり、部活の合唱練習を終えた夕暮れ。
光子と優子は自転車にまたがり、街灯が点り始めた通学路を並んで走っていた。
光子:「ふぅ〜、今日も笑いすぎて、腹筋が筋肉痛やん」
優子:「ほんと。あたしら歌より漫才部に向いとるんやない?」
光子:「いやいや、両立できるっちゃ!」
ふたりは顔を見合わせて笑いながら、自転車を夜間高校のほうへと向けた。
そこにはケンタと翔太が待っていた。
ケンタは制服姿、翔太は作業着のままベンチに腰かけて談笑していた。
ケンタ:「おぉ、来たな!」
翔太:「小倉ツインズ参上〜やな」
優子:「もう、なんその呼び方!」
光子:「でも間違いじゃないか(笑)」
彼らが集まるのはもう日課になりつつあった。
ケンタは夜間高校、翔太は建設の仕事。
日中はなかなか会えないから、夜にこうして顔を合わせる時間が、みんなにとって大切なひとときになっていた。
ベンチに腰を下ろすと、翔太がパンとジュースを差し出してきた。
翔太:「ほら、バイト先からの差し入れや。今日も働いたけん、余りもんやけどな」
光子:「ありがと〜!お兄ちゃんみたいやん」
優子:「翔太お兄ちゃんやね」
ケンタは少し笑いながら、しかしふっと真面目な顔になる。
ケンタ:「……なぁ。お前らって、なんでそんなに笑ってられるんや?」
突然の問いに双子は一瞬黙った。
そして光子が肩をすくめる。
光子:「だって、笑わんかったら、人生つまらんやん」
優子:「泣くのも大事やけど、笑いのほうがエネルギーになるっちゃ」
ケンタと翔太はしばらく顔を見合わせ、そして同時に笑った。
翔太:「なるほどな……。お前らのそういうとこ、やっぱすげぇわ」
ケンタ:「……俺も、そうやって生きてみてぇな」
四人の笑い声が、夜の校舎の前に響いた。
暗い夜を照らすように。
そして、それぞれの未来を少しずつ変えていく力になっていった。
震源地はここ!
夜間高校の門を出てすぐの小さな公園。
街灯に照らされたベンチと砂場だけの場所が、その日の「特設ステージ」になった。
光子:「みなさーん!ようこそ!本日の爆笑ライブへ!」
優子:「震源地はここやけん、腹が揺れる準備はよか?」
ケンタと翔太は顔を見合わせ、思わず笑ってしまう。
翔太:「……ほんと、突然やな」
ケンタ:「腹が揺れるライブってなんや(笑)」
光子が両手を大きく広げて客席(=ベンチに座るケンタと翔太)を指差す。
光子:「はい!まずは本日のテーマは『スズメ夫婦と雷親父』!」
優子:「なんでやねん!設定むちゃくちゃやろ!」
その瞬間、光子がスズメ役になり、ちょこちょこと地面を突く真似を始める。
光子:「チュンチュン、あんたご飯まだ〜?」
優子(相方スズメ):「チュンチュン、雷親父が光らせるけん、怖くて餌取り行けんとよ!」
翔太:「ははは!なんそれ!」
ケンタは思わず腹を抱えて笑い出した。
ケンタ:「マジで腹揺れるわ!」
すると光子は突然キャラを変え、低い声で両腕を広げる。
光子:「わしが雷親父たい!」
優子:「でたー!ゴロゴロゴロー!」
光子:「お前らスズメ夫婦、ワシの雷でビリビリやけん!」
優子:「あーもう!うちら焼き鳥になるっちゃろか!」
ケンタ:「あかん、ほんとに腹筋崩壊する!」
翔太もベンチをバンバン叩いて爆笑していた。
やがて観客(といっても二人)を巻き込むことになり、光子が指名する。
光子:「さぁ、ケンタ!お前はここから雷親父の息子役や!」
ケンタ:「は?ちょ、無茶振りやろ!」
優子:「むちゃ振りはお家芸やけん!」
ケンタはしぶしぶ立ち上がり、ぎこちなく手を広げる。
ケンタ:「……父ちゃん、もう雷はやめてくれや。電気代かかるやん」
翔太:「はははは!お前天才やな!」
次に翔太も巻き込まれ、光子が宣言する。
光子:「翔太は……スズメ夫婦の隣人のカラス役!」
翔太:「なんでカラスやねん!」
優子:「カーカー!で文句言って!」
翔太:「カーカー!お前ら毎日うるさいねん!」
即興のやり取りに、もう全員が笑い転げていた。
やがて優子がまとめに入る。
優子:「はい!本日の教訓!人生には雷も来るし、スズメの夫婦喧嘩もある。けど、笑って乗り越えたら、焼き鳥にならずに済むっちゃ!」
光子:「なんのまとめや!」
笑い声が夜空に響き、公園全体が小さな劇場になった。
誰もが一瞬、過去の重たい出来事を忘れて、ただ笑いに揺れていた。
夕暮れの街を抜けて、光子と優子はケンタと翔太のアパートにやってきた。
部屋には缶コーヒーの匂いと、少し汗っぽい空気が混ざっていて、夏の終わりのざらついた風がカーテンを揺らしていた。
ふざけ合うのかと思いきや、ケンタと翔太は思いのほか真剣な顔をして二人を見た。
その表情に光子と優子も少し戸惑い、静かに座り込む。
ケンタが、低い声で切り出した。
「……光子、優子。ほんとにありがとうな。もしあのままお前らに止めてもらえんやったら、俺たち……麻薬で人生滅ぼすか、暴力団の中で消されとったかもしれん。」
翔太も大きくうなずき、拳を膝に置いた。
「お前らがおらんかったら、俺らもうとっくに終わっとった。命拾いしたばい。本気でそう思っとる。」
言葉の重さに、部屋の空気が一瞬固まった。
光子と優子は顔を見合わせて、目を潤ませながらも、ふいに笑ってしまった。
「なぁに改まっとーとね。うちらこそ、ごめんっちゃ。」
光子が頭をかきながら言う。
「そうそう。翔太やケンタが苦しんどるのに、気づかんで……ほんと申し訳なかったって思うとる。」
優子の声は震えていたが、その瞳はまっすぐ二人を見ていた。
「けどね。」光子が言葉を継ぐ。
「二人が戻ってきてくれて、本当に良かった。今、ここでこうして笑っとるけん。それだけで十分たい。」
翔太の目尻に、男らしくないくらいの涙が光った。
ケンタは無言のまま、深々とうなずいていた。
そして、気づけばまた四人で笑っていた。
――涙と笑いが入り混じる、不思議な時間だった。
まるであの部屋が、彼らの新しい人生のスタートラインになったかのように。
光子と優子は、しばらく語り合ったあと、ふっと立ち上がった。
外はすでに夜の帳がおり、街灯がぼんやりと路地を照らしている。
「じゃあ、うちら帰るけんね。」
光子が靴を履きながら、いつもの明るさを取り戻した声で言った。
「またね〜。次はもうちょい明るい話しようや。泣き笑いで腹筋つぶれるのは、学校だけで十分やけん!」
優子が手をひらひらと振る。
ケンタと翔太は、その背中を見送りながら、少し寂しそうに、それでも確かな笑みを浮かべていた。
「……あいつら、ほんとすげぇな。」
ケンタがぼそっとつぶやく。
「うん。あいつらがおるだけで、部屋が明るくなるっちゃ。」
翔太が答える声は、不思議と軽やかだった。
玄関を閉め、夜風の中へ出た双子は、顔を見合わせる。
「……なんか、ちょっと大人になった気分やね。」
光子が小声でつぶやく。
「うちら? いやいや、まだまだ子供たい。」
優子が笑い飛ばす。
二人の笑い声が、夜道に心地よく響いた。
その背中は、確かに少しだけ頼もしく見えた。




