第9話【旅立ちの支度】
王歴597年 夏期 24日
10時37分
ワネグァル王国 南の王城 謁見の間
ワネクの提案は二人にとって、願ってもないことだった。
「そこまで前向きな理由を、聞いても良いか」
「俺達の知り合いが言ってました。魔王なら、異世界に帰る手助けをしてくれるかもしれないって。だから、魔王を再臨させて、一度話が出来たらと」
王は理由を聞き、少し納得していた。しかしそれと同時に、二人の考えの甘さに憂慮を抱いていた。
「なるほど。しかし、魔王様の再臨は、そう容易いことではない」
王は預言を遂行するに際して、障害になるであろう事を話す。
「現在各国で、凶変個体と呼ばれる魔物が出現している。そなた達を森林で襲った、あの様な魔物だ。各地を旅するとなれば、また襲われることもあるだろう」
「そんなの、なるべく魔物と関わらないようにすればいいだけなのでは?」
「そうもいかぬ。凶変個体というのは、一匹で町を滅ぼすような個体だ。討伐することは容易でなく、町や国を挙げての討伐になる。つまり、そなた達はその渦中に飛び込んで行かなければならん」
マイケルとジョンは、襲われた時の記憶を振り返る。最初は善戦し、なんとか逃げられていると思っていたが、実際は遊ばれているだけだった。フラーシスが駆けつけていなければ、確実に三人は捕食されていた。
「そんな渦中にある旅先の者たちが、そなた達に協力してくれるとは限らぬ。己の力で魔物に打ち勝てねば、辛く長い旅になるであろう」
王はさらなる忠告を続けた。
「加えて、我々は全ての国の情勢を、完全に把握できているわけではない。他国が我らに対し、どの様な考えを持っているのか、連絡の取れずにいる国が、まだ存在しているのか。そして、魔王様との約束を、手放さずに管理しているのか。あらゆる事が、不明瞭なままだ」
二人は話を聞き、深く考え込む。
「全ての不確定事項を考慮し、それでもなお進むというのなら、我は止めぬ。我々も最大限協力し、助けとなれるよう尽力しよう。しかし何も知らずのまま、何も考えぬまま向かおうというのなら、今一度考え直せ。我が願ったことだが、無知なまま死地に向かわせることは出来ん」
王からの忠告は、的を射たものだった。二人は、世界旅行のついでに秘宝を集める、そんな甘い考えをしていた。ただよく考えてみれば、この世界は元の世界と違い、各国の連携が密に取れるほど技術が進んでいない。移動は馬車が主体で、長距離の連絡手段はおそらく手紙程度。この国の治安は良いが、他の国がどうかはわからない。その上、歴史上で何が行われていたのかも、把握していない。そんな状況で何も知らずに世界を旅するのは、危険極まりない行動だと気付かされる。結局今改めてわかったことと言えば、二人はこの世界について何も知らないということだけだった。
二人は黙ったまま、ただ考え込んでいた。
「言い方を変え、改めて問おう。己の命を賭してでも、世界を巡覧し、魔王を再臨させると誓えるか」
謁見の間は静まり返り、物音一つしない。しばらくの静寂が場を包んだ後、マイケルが口を開いた。
「色々、考えてなかったわけじゃない。そうじゃないが……確かに、意外と簡単に帰れるかもしれないって思って、気が逸ったよ」
ジョンも続き、口を開く。
「世界旅行なんて、俺達の世界でも一苦労だったのにな。バケモンがいる世界の旅なんざ、危ねぇに決まってる」
王は黙って、二人を見つめていた。
「ただ、一つだけ聞かせてくれ。それで決める」
「なんだ」
マイケルは向けられた視線に答え、真っ直ぐ見つめた。
「この世界で、人同士で争ってる国はあるか?」
王は予想外の質問に、目を見開いた。しかし、依然として態度は落ち着いたままで、その質問に答える。
「ない。我々の知る限りでは、過去に一度、神同士の戦争があって以来、人の戦争はない」
マイケルとジョンはその返答を聞き、決意した。
「なら、決めた。俺達は預言に従う」
「異論はねぇ。やってやるよ」
王はゆったりと息を吐く。
「……感謝する」
王は立ち上がり、深紅のマントを払った。二人へ歩いて近づき、目の前で止まる。二人は様子を察して立ち上がり、その巨大な王を見上げた。
「手を、よいか」
差し伸べられた手を、マイケルは握る。自分より二回り程大きな手は、力強くマイケルの手を握り返した。
マイケルとの握手が終わると、同様に差し伸べられた手を、ジョンは握り返す。確かな力強さに、これからの旅の責任を感じる。
「出立は明日だ。その内に、話さねばならんことがある。ついて参れ」
王は振り返り、謁見の間の奥にある扉へと歩いていった。二人は急いで王の背中を追いかける。巨大な鎧は、その二人の後ろについて歩く。扉の先には、左右二手に別れた廊下があった。その廊下を右に曲がり、長い道を四人で歩き始めた。
「なぁ、王様よ。何で突然俺等のことを預言通り動かそうと思ったんだ?」
「そのことについても、部屋についたら話す」
ワネクは廊下のとあるドアの前で立ち止まり、ドアを開けた。窓のない部屋で、丸い大きなテーブルが一つと、椅子が四つセットで置かれていた。部屋の奥には、大きな本棚が置いてある。
「座れ。今起きている事について、詳しく話そう」
マイケルとジョンは言われた通り、席に座った。ワネクは椅子をずらし、二人と三角形を作る形で座る。
「サラ、席を外せ。終わるまで、ドアの前で待機しろ」
「はっ」
巨大な鎧は丁寧なお辞儀をした後、外に出て扉を閉めた。鎧を見届けると、ワネクは話を始める。
「この部屋には、外に音が漏れない魔法がかけてある。つまりこれから話すことは、機密事項ということだ。くれぐれも内密に頼む」
二人はいきなりの忠告に戸惑いながらも、首を縦にふる。
「今回の、葉に印された預言が授けられるより、少し前の話だ。既に預言を一つ、我々は授かっていた……」
◆
王歴597年 夏期 2日
7時03分
ワネグァル王国 南の王城 寝室
これはマイケルとジョンがこの世界に来るより、少し前の話。王城内に、疑惑の念が満ちた日である。
「これは……」
ワネクは広大な平原の中、目が覚めた。澄み渡る青空と、背中を預けている草達の擦れる音。体を起こすと、自分の前には巨大な樹が一本立っているのみで、それ以外は完全な平原である。
まだ、自分は目が覚めていない。ワネクがそう思ったのは、この夢を幾度となく見ているからである。もう直、この平原が崩れ落ち、空が割れて、風景が変わっていく。そんな想像通り、地面は遠くから崩れ落ちていき、空にはヒビが入り割れて、視界の先にある世界樹は光となって消えた。真っ暗な空間に、ワネクだけが取り残される。それもすぐに終わり、暗闇の中から一点、光が差し込む。ワネクを眩しく照らし、光は広がっていく。あまりの眩しさに目を細め、やがて閉じ、再び開くと、そこには見慣れた世界と王国が出来上がっていた。その王国を天から見下ろし、平和な人々の営みを眺め見る。
(我々の王国に、何か起こるのか)
預言がこうして創りだす景色は、預言の対象、つまり災禍の中心となる場所である。そこにいち早く注意し、気をつけろというメッセージだ。
世界の時の流れははやく、数十分で日は暮れていく。夜になるまで、何かが起こるわけもなく、相変わらず視点は高いままであった。しかし、夜になると、夜空は徐々に赤く染まっていった。人々が家から出て、空を見上げる。空を指さして、あれは何だと不審の声を上げる。それは次第に大きくなり、混乱を招いた。そんな中、一人の人間が宙に浮き、人々の視線を奪った。人々はその人間に見覚えがあるのか、混乱の声は静まっていく。その人間は両腕を大きく広げ、人々に語りかけていた。しかしそれも束の間、その人間が手を叩くと、月は紅く染まり、空は更に紅く染まっていく。やがてその人間の髪も血で染まり、自らの視界には血の海を映している。月と空は、そんな人間と王国を映した鏡であった。その人間の風貌が表すところは、憤怒の炎か、怨嗟の炎か、はたまた血で濡れているだけの愉悦か。その者によって、王国は一夜で地獄と呼べる場所に変わった。
(漠然とした輪郭しか見えないな。これでは誰が主犯なのか分からん)
視点はその人間に近づいて、ワネクに何者かを伝えようとしていたが、黒い靄がかかり顔や全体の体格が把握できない。
(強い恨みと怒りが伝わってくる。だが同時に、こうなったことに対する愉悦も……ここまでの不満をため込んだ者が、王国内にいるのか)
全身が黒い靄で形成された人間の形をした何か。しかし、瞳と髪が赤いと言うことだけは、明確に分かった。ただ血で染まっているのではなく、最初からそうなのだ。
(これほどの赤さ、国内でも目立つだろうな)
少ない手掛かりだが、重要な手掛かりである。忘れないよう記憶に刻み込み、再び天からその光景を見続けた。王国内に魔物が溢れかえり、人々は殺されていく。あまりの凄惨さに、目を背けたくなるほどだった。四人の王が戦いに身を投じ、応戦している。しかし全てを救うことは叶わず、涙を流しながら戦っていた。悲鳴と笑い声の混じる中、一つの目立った音が耳に留まる。
(なんだこの破裂音は?)
王を除く大半の人間が膝をつき、或いは地面に倒れている中、二人の人間だけが立ち続け戦っていた。奇妙な棒状の何かを持ち、魔物へ向けている。それを向けられた魔物は、皆同じように地面へ突っ伏した。その者達はまだ生きている人間の手を引いて、何処かの屋内へと隠していた。徒労に終わる命も多くあったが、救われた命も数多い。そして地獄の戦いは、一人の王によって幕を閉じる。一人の王にとどめを刺された紅い悪魔は、涙を流しながら息絶えた。
(泣いているのか、この期に及んで)
理解は出来なかったが、どうしようもなく救えない光景だと思った。
そんな地獄はまたヒビ割れて、真っ暗へと変わっていく。元の平原に戻っていく中、ワネクは疑問を抱いていた。これまでの預言では、主犯の人物が分からないということは無かった。風景が創造され、預言の光景が映し出される時、必ず人物も風景同様精巧に映し出される。しかし今回は、自分達、つまり王の姿も霧がかって曖昧だった。途中で現れた二人組も、姿が曖昧で分からない。預言がこれ程までに正確性を欠くのは、初めてのことだった。
(世界樹様、何故このような形の預言なのですか。無礼を承知の上で進言させて頂きますが、これだけの預言では、何故このような事が起きるのかもわかりませぬ)
今までの預言では、何故そういった出来事が起きるのか、その前後も映し出されていた。例えば、人を人が殺す預言を見せたとすれば、何故その人間が他の人間を殺すに至ったかを、正確に映し出す。それが今までの預言であった。しかし、今回の預言は事件当日の光景だけである。
そんな事を疑問に思ったワネクは、世界樹へ問いかけた。世界樹は言葉を直接話すことはしないが、脳内に直接思念を感じさせることで、相手へ言葉の理解をさせていた。
(裏……切り? 私……気を……付け? どういうことですか? 世界樹様! 世界樹様!!)
広大な平原にノイズがかかり、世界樹の葉が枯れていく。明らかに普段の預言の終わりとは、異なる終わり方だった。
「ハッ、ハァ……ハァ……」
冷や汗がたれていた。周囲を見渡せば、王城内のいつもの寝室である。
「……世界樹様……」
窓から、漠然と空を見る。変わっていない、青い空。ベッドから立ち上がり、窓の側までより、町を見下ろした。変わらぬ平和に、変わらぬ人々が暮らしを営んでいる。
(守らねば)
ワネクは、そう心に思った。
六百年近く前に王になったその時から、心根は変わっていない。
ワネクは支度を済ませると、他三人の王へ声をかけた。王城内にいる「魔法使い」によって、瞬間移動が行われ、数分とかからず四人の王が集まった。城の奥深くにある会議室で、預言についての会議が行われる。
「それじゃあ、ワネク。私はこれで失礼するよ。読み物の途中でね」
「あぁ。ご苦労だった」
「魔法使い」は歪んだ空間に向かって歩き、消えた。
「今回そなた達を呼んだのは、他でもない。預言についてだ」
「えぇ。分かっておりますわ。あれほどの預言を見せられては、黙っていられませんもの」
ゼシカは拳を力一杯握り、震わせていた。
「落ち着いてください、と言いたい所ですが、そうは言えませんね。私も、少し冷静さを欠いていますゆえ」
シスターであるロァレシカは、穏やかさを保ちつつも、眉間にシワが寄っていた。
「落ち着け。今キレた所で、どうにもならん。お前達は血の気が多すぎる」
ゼルは、淡々と二人を咎めた。
「ゼル、感情に対する正論って、私嫌いですの。今はよしてくださいまし」
ゼシカは怒りの矛先をなんとか違えぬよう、必死に抑える。
「……悪かった。とっとと本題に入ろう」
「一つ問うが、最後の言葉は聞こえたか?」
三人は、全員首を横に振った。ワネクが預言の最後に聞いた、裏切りと、信用するなという言葉。それは他の三人には、聞こえていなかった。ワネクは初めて世界樹が預言を与えた人間でもある為、それ故か世界樹の思念が感じ取れた。
「世界樹様の思念か?」
「あぁ。裏切り、そして私を気をつけろと、そう言っていた」
「裏切り? 何に対しての裏切りでして?」
「分からぬ。断片的に聞こえたのみで、それ以外は何も。しかし預言の状況を考えるに、この王国に対する裏切り、ととって良いだろう」
「私を気をつけろ、とはどういう事でしょうか。前後をつなぎ合わせると、不穏な気も致しますが……」
「世界樹様が裏切るということか?」
「……いえ、行き過ぎた発言でした。私の立場でありながら……」
ロァレシカは自分が教祖であるという立場を考え、非礼を詫びた。
「いや、よい。考えねばならぬ可能性だ。いずれにせよ、裏切りと言い残した点は気にかかる。赤髪赤目の人間と、少なくとも王城内の人間全員に、審判を下さねば」
「賛成だ。俺がやればすぐ終わる事だしな」
会議は、その後もしばらく続いた。会議が終わった後には、南の王城内に仕える人間と、王国兵全員に審判が行われた。しかし、誰一人裏切りを画策している者はおらず、収穫は得られなかった。
「はぁ…………手掛かりゼロか」
ゼルは玉座に片肘をつき、大きなため息を吐き出した。
「我の兵達に、裏切り者が居ないと分かったのだ。良いことだろう」
「それはそうだが、進展がない。ワネクの場所にはいなかったってだけで、他のところに隠れてるかもしれないだろ」
「……そうだな」
次の日は、ゼシカを。その次の日は、ロァレシカを。更にその次の日は、己を。全ての王国兵と、王城内に仕える全ての者達を審判にかけたが、やはり収穫は無かった。
「赤髪赤目もやった次はどうする? 国民全員俺の目にかけるか?」
再び会議室に集った王達は、頭を悩ませていた。
「そう自暴自棄になってはいけませんわ。気持ちは、分かりますけども。貴方の体が持たないでしょう」
刻一刻とあの凄惨な日が近づいてくる。そう考えるだけでも、王達は焦らざるをえなかった。
「ならどうする」
「今一度、解釈を見直すべきかもしれんな」
「他の可能性としては、裏切るつもりはなく、結果として私達を裏切るような形になってしまう行動、或いは、世界樹様を偽った誰かしらの行動、といったところでしょうか」
「いい線いってる気がするが、それは二つの言葉がつながってる前提の話だ。俺は、「裏切り」は預言に対する内容で、「私を気をつけろ」に関しては他の事に対して言っているとみる」
「その場合、この王国に裏切り者がいるという考えは、変わらないということでよろしくて? もう一方の言葉に関しては、どの様な意味が?」
「さっきロァレシカが言った、「世界樹様を偽った誰かしらの行動」だ。これは後半の言葉だけで事足りるからな。誰かしらが作り上げた偽りの世界樹様なら、すぐに分かる。だから「気をつけろ」とだけいったんじゃないか?」
「うむ、双方それらしい意見ではあるが、我はゼルに賛同しよう。預言内で、あの人間はこの国に強い恨みを持っていた。あれは信用を持っていたものの感情だ。裏切る、という言葉が相応しいと思える」
「確かにあの感情は、一朝一夕で巻き上がるものとは思えませんわ。長期間、抑圧されでもしないと……」
「もし我々が事実と違う解釈をしていたとしても、これからの世界樹様の行動には注意しなければ。我々の祖なる世界樹様とて、力の及ばぬ時はあるのだ」
王達は皆頷き、続けてそれぞれの意見を交換していた。
しかし一週間後、その意見が全て覆されることとなる。十三日の朝、ワネクがベッドで目を覚まし、起き上がる。立ち上がろうと、ベッドの縁に目を向けた時だった。
「む……?」
手のひらサイズの木の葉が、枕の横に置かれていた。窓は空いておらず、万が一どこからか入ってきたとしても、まくらの横にたどり着くことは考えづらい。その葉を手に取ると、仄かな暖かさを感じた。それは預言の景色の中で最初に訪れる平原と、よく似たものだった。
「世界樹様……?」
葉の表面には文字が刻まれており、眠気眼をこすりその文字を確認する。
(彼方より、異界の来訪者あり。この世に属さぬ肉体を持つ彼の者は、万界の理に通じ、この世に泰平をもたらす。彼の者が理を持って世界を巡覧し、七つの約束が集えば、魔王が再びこの地に降り立つだろう……なるほど)
ワネクは会議を開き、他の三人を集めた。
「皆の者、進展があった。我が目を覚ました時、枕元に置かれていたものだ」
テーブルの中央へ葉を置き、三人の視線を集中させる。
「これは……」
ロァレシカが一番最初に気づき、次点でゼル、ゼシカと気づいていく。
「世界樹様の葉か。にしては、小さすぎるが」
皆感じた感覚は同じだった。預言の空間と同じ温かさを持つ、手のひらサイズの葉。
「文字、書けますのね。世界樹様って」
「…………我は、葉の存在を疑っておる。以前の言葉は、このことを言っていたのではないか」
「裏切りと私を気をつけろ、だったか……分かり易すぎる偽装だな」
ワネクとゼルはこの葉の事を、信用していなかった。預言の形式が普段と違うことはさて置き、これから起こりうる災厄を予言せず、ただ魔王が再臨することを知らせるなど、預言としての意味がないからである。
「私はこの預言、本物だと思いますわ。ワネク様の枕元に気付かれず葉を置くなんて、人間業じゃありませんもの。それに、前の預言は終わり方が妙でしたわ。何者かに邪魔をされているような、そんな感覚。ワネク様が思念を完全に捉えきれなかったのも、そのせいでなくて?」
「世界樹様は現在、預言を授けるほどの力がない、ということではないでしょうか。私も、この預言は本物だと思います」
丁度意見は半分に割れ、その後も会議は長く続いた。
「考えてもみてくださいまし。世界樹様の預言に介入出来るような力の持ち主であれば、このように雑な預言の真似事はしない筈ですわ。私達に高度な幻覚魔法を使うとか、もっと手段があるはずですもの。これは本物ですわ。力を出せない世界樹様が、最後に出した希望の預言。であれば、力を尽くして異界の来訪者を探すべきでなくて?」
「違うな。あれは預言に介入したわけじゃない。信号を断ち切っただけだ。無理やり世界樹様と俺達を分断したその結果、繋がりの強いワネクへの思念は止められず、預言を与えさせないと言う作戦が失敗に終わった。それで今は兵を分散させるため、根拠のない事を言って混乱させているだけだ。国が手薄になれば、そこを突かれる」
二人の若い王は、烈火のごとく議論を続けていた。ワネクは二人の意見を聞き続け、ロァレシカは中間の立場に変わり、双方の意見をまとめる為、適度にメモを取っていた。
「双方、一度静粛に」
ロァレシカはメモを置き、二人を止める。
「整理いたしましょう。始めに、ゼシカの意見についてですが、裏切りの主犯を預言に介入できる強力な力の持ち主と仮定し、その者によって世界樹様は力を失い、結果こうして葉に記す形での預言をしたのではないかと、そういった意見ですね」
「はい。きっと、世界樹様も本意でないと思いますの。ですから」
「その気持ちは分かります。ですが、世界樹様の預言の中に直接接関与出来るということは、預言が来る時期を完全に把握しており、世界樹様と私達以上の繋がりを持つということになります。別の方法で預言の時期を完全に把握し、邪魔することが出来るなら、それは未来予知と何ら変わりありません。我らが父と母と同等、それ以上の力がなければ、未来予知は難しいでしょう。なので、その線は薄いと私は考えます」
「なるほど……私としたことが、簡単な事を見落としていましたわ」
ゼシカは椅子に深く座り直し、記憶を振り返り始めた。
「良いのですよ。次に、ゼル。貴方の意見も同様、預言の授けられる日がわかっていなければ不可能な芸当だと、わかりますね。そして単純な話ですが、根拠のない事を言って混乱させるなら、根拠のあることを言って私達を説得するほうが、兵を動かす可能性が高いと思いませんか? 貴方らしくありませんよ」
「それは、そうだな……すまない。冷静さを欠いた」
「良いのです。お二人の焦る気持ちは、分かりますから」
ゼルも同じ様に椅子へ背を預け、記憶を振り返る。ロァレシカはその様子を見て、自分の意見を話す。
「一つ、私の意見をよろしいでしょうか。お二人の話から思いついた事なのですが、主犯の裏切り者は、長期的に城内に侵入し、世界樹様を弱らせていたのではないかと考えます。結果、あのような形の予言の終わり方と、現在の預言になったのではないかと」
「俺の目で調べたのを忘れたか? 城内全員調べ上げて、誰一人裏切りを画策している奴はいなかった」
「そこは貴方の権能の避け方を知っている人間がいる、ということです。未来予知より、幾分現実的でしょう」
「………………確かにな。ただそれだと、俺達の中から情報を漏らしたやつがいることになるが」
四人の王は全員黙り込み、悩み続けていた。そんな中、ワネクが口を開き、意見を述べる。
「我からも、一つ良いか。今は、この葉に真実が記されているのか、あの言葉の意味する所は何なのか、確かめようがない。誠か否かを論ずるよりも、施策を練るべきであろう」
「そうですね。今の状況では、我々が混乱することが最も危ういですから。一つずつ様子を見ながら対処することでしか、前進はあり得ません。ワネク様、何か良い案はありますか」
「調査隊は出さず、巡回の頻度をあげることで見回りをさせよう。どのみち異界の者のがやってくる予兆など、我々には理解し得ないことだ。不確実な調査よりも、巡回による環境の観察にとどめるのが賢明だと、我は考える」
三人の王は頷き、意見に賛成した。
「異論はないな。であれば、この事は各個胸に秘めておくように。裏切り者が何処で我々を覗いているのか分からぬ故」
そうして、会議は幕を閉じた。
多くの疑問を、残したまま。
◆
そして現在、あの葉の預言通り、異界の来訪者達は現れた。
「……以上が、我々の現状だ。故に、手を貸してもらいたく、そなた達を呼んだ」
「すみません、その……俺ちょっと情報の整理が苦手でして、はは……」
マイケルはあまりの情報量と、話の長さに混乱していた。
「たく、分かりやすくまとめてやんよ。今ワネクさん達は、一個前の預言の対処に追われてて忙しい。でもまた俺等っつー怪しい存在が現れたから、困ってんだ」
「なるほど……? それじゃあ、何で俺達が呼ばれたんだ?」
「お前……はぁ……とにかく、怪しい奴にも縋んなきゃいけねぇぐらい、今はキツいってことだ。すまねぇワネクさん。コイツのことはほっといて、少し話そう」
ジョンは怒りを抑えて、ワネクに本題を持ちかけた。
「俺等はもう決めたから構わねぇ。正直アンタが良いように俺等を使おうとしてたってことも、想定済みだ」
「……そなたは聡明なのだな。ジョンスミスよ」
「ジョンでいい。アンタがこうやって話してくれるのは、俺等を本気で心配してくれてるからなんだろ? あの茶色の石も、俺がアンタだったら絶対に渡さねぇ。こんな怪しい連中に好き勝手させられねぇからな。でもアンタは、素性もわからねぇ俺等を気遣ってくれた」
「それでも、そなた達に重責を押し付けていることに変わりはない。この世の泰平の為、危機で溢れる素知らぬ世界を、回れと願ったのだ」
ワネクは自分がしたことに対し、必要以上の責任を感じているようだった。
「そりゃ、俺等も何も知らねぇまま送り出されてたらブチギレてたさ。でも、ワネクさん。アンタは今こうして俺等と話してくれた。それだけで好感度ブチ上がりだ。今なら、アンタの為だけに世界を回るって言ったっていい」
ジョンは全ての話を聞いて、目の前の男から覚悟を感じ取っていた。嘘をついているようには見えず、誠実さのみが、ただそこにあった。
「……今でも、そなた達の存在が何なのか、わかりきっていない。故に、疑念を抱いていたのだが……これ以上はそなた達の覚悟に対する侮辱になるな。非礼を詫びよう」
「いいんだ。さっきも言ったが、俺がアンタの立場だったら、永遠に俺等を手元に置いとくだろうからな。そうしてない時点で、アンタは超のつくお人好しだ」
マイケルは話を半分程度しか理解できていなかったが、それでも感じた事をワネクに伝える。
「ワネクさんは、凄い苦労人なんだろ? そもそも王って立場で、俺達と話すのも一苦労だろうに。それでも、こうして俺達と向かい合って話してくれるのは、信用してほしいからだろ? 安心してくれ。あんたの事は、尋問の時から信用してる。あの時だって、あんたから自己紹介を始めて、歩み寄ってくれただろ」
二人にワネクを疑う気持ちは、微塵も無かった。王たる威厳や、長年生きた貫禄がそうさせたのではない。
ワネクが人として、すべきだと感じた事を全力で果たしていたからだ。
「んなことよりよ、俺達が明日向かう場所について教えてくれよ。世界を効率よく回れるルートみたいなのあんだろ?」
「……そうだな。そのことについて話すのだったな」
ワネクは、自分でも気付かず微笑んでいた。
「そなた達に明日向かってほしいのは、イソルゼという、荒野地帯にある西の町だ」
「荒野に西か……」
「似てるな……」
なんとなく聞き覚えのある土地に、反応する二人。
「そこには魔力機関車という乗り物があってな……」
「機関車だぁ!?」
「知ってるぞ! 俺達の世界にもあるんだよ! それ!」
大興奮する二人にたじろぎながら、ワネクは話を続ける。
「何、誠か。なら話ははやい。それに乗って北に向かい、シャスプールという水上の国へ向かってくれ。そこに一つ、秘宝がある筈だ。金銭は我が支給しよう」
二人は興奮し、これからの旅を妄想する。
「こっちの世界の列車はどんな感じなんだろうな!」
「魔法の列車って言うぐらいだ! 空飛んじまうんじゃねぇか?」
「そして明日の旅立ちに向け、準備することがある」
「なんだ?」
「はやくやろうぜ。楽しみで仕方ねぇ」
ジョンは遠足前の子供のようにはしゃいでいる。ワネクは興奮する二人に向け、準備するべきことを話す。
「これから向かう先々では、翻訳する魔術が使えない者たちも多くいるだろう。加えて、魔物に対する術も身に着けなければ、凶変個体から襲われた際、生き延びられまい」
お気楽になりかけていた二人の気分を、再び冷ました。
「じゃあ、どうすれば」
「そうした問題を解決する為、我が王国の頭脳、「魔法使い」と話してもらいたい」