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第7話【森林の魔物】

????年??月??日

??時??分

ワネグァル王国南 メイリア森林


 一匹のスライムは三匹へと分裂し、それぞれを苦しめた。もはや作戦は破綻し、一人での対応を強いられていた。


「なんで……」


 背後から右肩を貫通したスライムは、目の前で倒れているスライムとくっつき一つとなる。


(隠れてたのか!)


 地面に潜った後、スライムは自身を二つに分け、片方を囮として移動させ地上に。一方本体は地面に隠れて動かず、機を伺い攻撃。


(戦い慣れてる。なんなんだこのスライム)


 一対一では、絶対に勝てない。嫌な確信が、思考を埋め尽くす。


(二人と合流しないとまずい)


 二人は銃のみで、魔法が使えない。スライムがこうして近距離での攻撃を仕掛けてくる以上、二人にとっては最悪の相性である。どれほど持ちこたえられるかは、想像に難くない。


「お二人さぁん!! こっちに集合してください!!! 可能な限りで構いません!!」


 スライムは既に元の形へと戻り、一つ目でラビナを睨んでいる。せめて、自分の魔法が届く範囲。その距離までは、二人に近づきたい。そうでなければ、全員が死んでしまう。


「了解!!!」


 ジョンから返事が聞こえる。しかし、マイケルからの返事はない。


「マイケルさん!! マイケルさん!!」


 銃声は激しく鳴っているが、一向に返事は聞こえない。遠い距離に加え、銃声が鳴ることによって、声がかき消されていた。


(取り敢えずジョンさんと合流しないと。二人ならマイケルさんを助けに行けるかも)


「マイ   ケ ル   サン」


 スライムは真似するように口から音を出しながら近寄ってくる。


「キモい!」


 左手で振り払うように炎を撃ち出す。勢いはついたものの、当然のように避けられる。避けられたのを確認し、ジョンに向かって走りながら距離を取る。


(わちの魔法の速度じゃ避けられる。もっと速くないと)


 スライムは遊んでいるのか、ラビナの走る速度に合わせてにじり寄ってくる。


(遊ばれてる。どうにかこれをチャンスに)


 思考の途中、目の前から鋭い鎌のようなスライムが迫る。すんでのところでしゃがんで回避し、走り続ける。


「ジョンさん!」


「ラビィ!」


 ショットガンを構えながら何とか後退りしているジョン。呼びかけに反応してしまい、ラビナの方へ振り向く。視線を外されたスライムは、その隙を見て飛びかかる。ラビナはすかさずそこに炎を当てて吹き飛ばす。


「っぶねぇ! しゃがめ!!」


 しかしラビナの背後からも、もう一匹のスライムが襲いかかる。ジョンは力の入らない腕を何とか動かし、激痛の走るまま引き金を引いた。弾丸はしゃがんだラビナを越え、スライムへ直撃。形を崩して、地面へと落下した。


「助かりました!」


「助かった!」


 二人で背中を合わせ、スライムを見張る。


「もう魔力がキツイです。魔法は後使えて二回か三回。もうわちのことは」


「うるせぇ。マイケルと合流するぞ。必ず全員生きて帰る」


「……はい」


 ジョンは不吉な事を言いかけたラビナに被せて黙らせる。スライムは動きがなく、二人を挟む状態で止まっていた。


「……動かねぇな」


 油断せず、目を一切離さず銃声の聞こえる方へ進む。できる限り速く、それでいて慎重に距離を取り、両方のスライムが一人の視界に収まるようになった時、背後から音もなくスライムがもう一匹。二人は気づかず、後退りを続ける。大口を開け、二人を捕食しようとした瞬間。


「そこ!!」


 ラビナは、残り少ない魔力を込め、炎を撃ち出した。


「なんだ!?」


 ジョンは遅れて状況を理解する。追撃するように、放たれた炎へ向かい射撃。炎が目眩ましになり、スライムは避けられず体を少し削り貫通した。


「うっ……走りましょう!」


 炎を撃ち出したラビナは、苦しそうに声を出した。なぜ苦しそうなのかを聞く暇はなく、ジョンはただ命令に従う。二人は倒れているスライムの横を通過し、走り抜けた。炎を当てたスライムに、二匹のスライムが寄っていく。くっつき起き上がると、変わらず楽しんでいるように歩幅を合わせて迫る。


「舐めやがって!」


 ジョンは振り返り一発撃ち込む。しかし、弾は避けられ、空を切る。


(もう不意打ちしか当たらねぇってか)


 避けさせた所で時間稼ぎにはならず、ただ弾丸を無駄に消費するだけだった。しかし構えは解かず、威嚇するように狙い続ける。


「マイケルさん!!」


 マイケルが視界に入り、スライムと走っている所が見える。躊躇わずスライムに向けて炎を放ち、援護する。合わせてマイケルはスライムに数発撃ち込み、体を削った。


「ラビナ! ジョン!」


 マイケルは左足を引きずりながら、何とか逃げていた。二人は肩を貸すようにマイケルの左右に付き、合流した。


「もう…………わちは……魔法が使えません」


 ラビナは息を上げながら、何とか立っている。マイケルに肩を貸すので、精一杯だった。


「大丈夫だ。俺等が何とかする。心配すんな」


 ジョンは励ましの言葉をかけるが、打開策はない。目の前で別れていた三匹が集まり、元の巨大な一匹へと姿を戻した。


「ア  ソ   ボ」


 三つの目玉が、それぞれを見つめている。


「……ジョン、最後にやれるだけやろう」


「あぁ」


 二人は無駄だと知りながら、銃を構える。


「マダ   ア    ソ  ボ」


 こちらを見下ろすスライムに向けて、射撃。

 激しい破裂音が、再び森林中へ響く。数十秒に渡る、止まない弾丸の雨。弾がなくなれば、銃を消し、出現させる。スライムはそれを真っ向から受け、身を揺らしていた。

 しかし、弾丸は全て体内で止まり、半透明な体の中で浮いていた。


「クソったれが……」


「俺達は頑張ったさ」


「マイ   ケ  ル   サン」


 スライムは気にも止めず、三人を嘲笑うかのように見下ろしていた。逃げ出す体力も、抵抗する力も、もう三人には残っていなかった。


「ア  ア   アア」


 スライムは、三人を同時に飲み込める程口を開いた。三人に大きな影がかかる。スライムが口を閉じようとした、その時だった。

 目の前でスライムに切れ目が入り、横へなだれ落ちた。


「……は?」


 ほんの少し青みがかった、ポニーテールの黒髪。長く纏められた髪ははためき、目の前で揺れていた。見覚えのある、特徴的な鎧。左手には、抜剣された剣が真っ直ぐ握られている。夕陽に照らされ、銀色に燦然と煌めくその姿は、三人の視線を奪った。


「フラーシス、現着」


 目の前で崩れ落ちたスライムはすぐさまもとに戻り、三つの目玉でフラーシスを見つめた。


「ア ソ  ボ」


「喋る魔物か……初めて見たな」


 フラーシスは一切物怖じせず、剣を構えていた。スライムは体を触手のように三つ伸ばし、三方向から襲いかかる。


「イタ   イ」


 しかし三本とも、気付いたときには地面へ転がっていた。


「随分と余裕そうだな」


 フラーシスは体内にある腕をかわしながら、一回、二回と刻んだ。幾ら斬ってもスライムは元の形に戻り、薄ら笑いを浮かべるだけだった。


「オ   マ  エ オ    マエ」


 スライムの動きは更に速くなり、後ろで守られている三人には、何が起こっているのか全く分からなかった。スライムが打ち込んだと思えば、伸びたその触手は斬って落とされる。斬って落としたかと思えば、くっつきまた別の方向から。数十回の応酬を繰り返し過ぎた時間は、僅か数秒。

 拮抗しているかに思えたが、一手、スライムの一撃が剣の内側へと潜り込む。


(ヤバい)


 三人が声に出すより速く、触手はフラーシスの胴体を通過した。横腹から、鋭く伸びた触手が入り込み、抜けていく。


「フラーシ」


 マイケルは手遅れだとわかりながらも、声を出さずにはいられなかった。


「スラウ」


 フラーシスが聞き覚えのある名前をポツリと口にすると、風切り音とともに矢が通過し、スライムの体をバラバラに吹き飛ばした。


「……な」


 目の前に、彼女は立っていた。

 それどころか腹はピッタリくっついており、血の一滴も流れていない。


「何が」


 理解が追いつかない。恐怖のあまり、幻覚をみていたのかも知れないとすら思えた。


「な、何でアンタがここに」


 ただ呆然と見つめていたマイケルは、気を取り直し咄嗟に疑問を口に出した。


「説明は後程。今はとにかく、あちらの方へ走ってください。無事に馬車へたどり着くまで、護衛致します」


 フラーシスの説明途中、砕け散ったスライムは集まりまた元の姿へと戻る。


「ア      ソ     ボ!」


 スライムは興奮し、よがるように体を動かしている。


「得体の知れない奴だ」


 三人は何とか体を動かし、走っていく。しかし体は限界を迎えており、思うように動かない。膝をつきそうになりながら、肩を組んで歩き出す。


「オイ  テ  カ ナイ     デ!」


 スライムは触手のように体を伸ばし、逃げる三人へ襲いかかる。しかし、フラーシスがその触手を切り刻み、妨害した。


「私が遊んでやろう」


 スライム本体に向かって、五回切りつける。数秒のうちにスライムは再びバラバラになり、崩れ落ちた。


「スラウ! 御三方に手を!」


「了解」


 フラーシスが合図すると、巨大な弓を片手に、全身鎧姿のスラウがどこからともなく現れた。


「さ、行きましょう。まずはそちらの方から」


「えっ、ちょ」


 スラウはラビナを脇に抱え、風のような速さで何処かへ消えた。


「オ  マ  エ」


「これでも死なないか」


 スライムは目の前の遊び相手へ集中し始めた。十秒もしない内にスラウは二人の元へ再び現れ、手を差し伸べる。


「次はジョンさん。出血が酷いので、はやく」


「でも、マイケルが」


「大丈夫だ。はやくいけ」


 ジョンの心配を受け取らず、マイケルは気丈に振る舞った。スラウはジョンを脇に抱え、地面を力一杯蹴る。すると一瞬にして景色が移り変わっていく。


「ぐっ」


 ジェットコースターに乗ったような負担を味わったものの、気づけば森の外へと抜け出していた。


「つきました。医療班の方が後々来ると思うので、ここらへんで座っててください」


 説明を終えるとスラウは再び森の中へと入っていった。


「マジか……」


 ジョンは今目の前で起こった事を処理することができず、固まっていた。

 一方、森の中へ戻るスラウ。マイケルを守りながら奮闘しているフラーシスの元へ駆けつける。


「さ、もう大丈夫です」


 到着し、マイケルに手を差し伸べ、脇に抱えようとした時。


「スラウ!」


 スライムが背後から飛びかかっていた。スラウはマイケルを抱え回避。しかし勢いを落とさず、スライムは再び突進してくる。フラーシスは背後からスライムを切り刻み、援護した。


「助かりました」


「気をつけろ。奴は危うい。私では勝てん」


「そこまでですか」


「あぁ」


「僕が居てもですか」


「……あぁ」


「……了解」


 スラウは少しの悔しさを覚えながら、マイケルを抱えて走り抜けた。フラーシスの援護もあり、瞬く間に森の外へ到着。そしてラビナとジョンの近くへと、マイケルを届ける。


「マイケル!」


「ジョン!」


 肩を抱き、背中を叩く。お互いが無事であると、確認しあった。そして直ぐ近くに気まずそうに座っているラビナを見て、感謝の言葉を伝える。


「ラビナ、お前がいなかったら、俺達は死んでた。本当にありがとう」


「いえ……そんな……」


「いや間違いねぇ。俺等はお前に助けられた」


 ラビナは息が上がっているせいか、表情が暗い。元気もなく、酷く落ち込んでいた。


「僕はフラーシスさんの援護に戻ります。皆さんは、国に戻って治療を。直に馬車が来ます」


「わかった。スラウも、本当にありがとう。お前は最高の男で、最高にカッコよかった」


「マジにヒーローだぜ。お前は。だから、生きて帰ってこいよ」


「へへっ、どうも。そんな簡単に死なないんで、安心して帰ってください」


 スラウは照れくさそうに、森の中へと走っていった。


    ◇


 フラーシスは、目の前の怪物に疑問を抱いていた。


(奴の体内にある人体、あれはなぜ消化されない。腕は切らずに親族へ届けたいが、死後どれほど経っているかわからないな。命昇が始まっていないのを見るに、そこまでの時間は経っていないか……?)


 訝しげな眼差しを向け、剣を構える。


「アソ  ボ」


(遊ぶ、ということに対する執着。そしてあの容姿)


 迫るスライムに剣を横に薙ぎ払うよう、振りかざす。しかし、剣は空を切る。スライムは木の上に登って、フラーシスを見下ろしていた。


(ならば)


 一切の気を抜かずに放った一撃。先程と同じ物であったはずが、当たらない。既に攻撃が無駄であるならばと、別の策に打って出る。剣を鞘に収め、木の上へ語りかける。


「遊ぶのは、楽しいか」


「タ  ノ  シ イ」


「遊ぶのは、何故だ」


「ア ソ    ボ  タ ベル  タ ノ シ  イ」


 挑発しているわけではない。このスライムは、心の底からそう思っている。フラーシスには、痛いほどそれが分かっていた。故に、怒るわけでもなく、憎むわけでもない。


「そうか。だが今の私は、貴様と遊ぶに足りん。故、今はここを退く」


「ア  ソ  ボ  オイ  テ     カ  ナイ デ」


 スライムは体を揺らしながら、変わらず笑っているように言葉を発する。


「しかしだ。次の週が終わるまでに、必ず貴様に足る遊び相手を用意しよう。必ずだ。そうなれば、今よりもっと楽しいぞ」


 スライムは動きを止め、三つの目玉でフラーシスを注視した。


「ア ソ   ボ  ヒ   トリ モッ   ト?」


「あぁそうだ。お友達を連れてきてやる。ただし、私がそのお友達を連れてくるまで、貴様は誰とも遊ぶな」


 フラーシスの狙いは上手く行き、スライムは大人しくなる。


「ヤクソク ウソ」


「嘘じゃないさ。必ず約束は守る。もし破った時は……」


 罰を何にするか悩んでいると、スライムが口を出した。


「オ    マ エ ア   ソ   ボ」


「……あぁ。私と二人っきりで、思う存分遊ぼう」


 スライムの三つの目玉は、フラーシスから視線を外し、後方へと動く。


「マタ   ア  ソ     ボ」


 スライムは完全に遊ぶ意思を失い、別れの言葉を残して、森の奥へと去っていった。


「………………ふぅ」


 大きな溜息を、腹の底から吐き出した。


「フラーシスさん!」


 遅れて到着したスラウは、辺りを見回す。


「まさか……勝ったんですか?」


 希望を持ちながら、上官を見つめた。


「そんなわけがないだろう」


 当然のように否定され、肩を落とす。


「じゃあアイツ逃げたんですか?」


 フラーシスが逃がすという事は考えられず、最悪のケースが頭をよぎった。


「いや……約束をした。少なくとも翌週までは、人を襲うことはない」


 しかし返ってきた答えは、想定外のもので、理解に苦しんだ。


「はぁ? なんですかそれ、信用できるんですか?」


「わからない。だが、こちらで森林を封鎖すれば良いだけのことだろう」


「もう……また面倒な事を……毎回無茶なこと言って、解決できてたから良いものの、今回は規模がヤバいじゃないですか! 怒られても知りませんからね」


「問題ない」


「問題ない。じゃないですよ……こういうので辞めてる人もいるんですから」


「本当か?」


「えぇ。本当です」


「……善処する」


 二人は、森の外に向かって走った。森の外とはいえ、三人が心配である。スライムが完全に約束を理解しているとは限らない上、森の中から出ないとも限らない。しかしその心配は杞憂に終わり、森の外では手当てを受けている三人の姿が見えた。


「マイケルさーん! ジョンさーん! 無事ですかー!」


 森から少し離れた位置にとまる馬車へ、呼びかける。


「スラウ! フラーシス!」


「案外はやかったじゃねぇか!」


 二人は医療班から治療を受けているが、堪らず馬車から飛び降り、森から出てきた恩人達に駆け寄った。


「あぁ、ちょっと。動かないで」


 衛生兵の一人が、慌てて二人へついてきた。傷口へ手を当てながら、魔法で治療をしている。


「無事で良かった……あんた達がいなきゃ、どうなってたことか」


「あの登場は映画のワンシーンみてぇだった! あんたら最高だぜマジで」


「御三方がご無事で何よりです。私がもっとはやく駆けつけられれば、不要な傷を負わせることもなかったのですが……」


「気にしないでくれ。この程度、命に比べたら安い」


「こんなもん寝てりゃ直ぐ治る」


「そう、ですか……」


 自責の念を感じているフラーシスに、スラウが慰めの言葉をかける。


「お二人もこう言ってることですし、良しとしましょうよ」


 話のタイミングを見て、衛生兵が口を挟む。


「フラーシスさん、スラウさんお疲れ様です。ご報告が……」


「聞こう」


「現在、一名の治癒が完了致しました。体内魔力の不足により馬車内で睡眠中ですが、魔力循環に問題はなく、直に目を覚ますかと。後はマイケルさんとジョンさんについてなのですが……」


「何か問題があるのか?」


「はい。原因が分からないのですが、治療魔法の大半が効かず、傷口の即時治療ができません。体内分析も上手く行かず……現状自己治癒力の活性化によって止血を行っていますが、血液不足が深刻になる前に、帰還して輸血を行うべきかと」


 真剣な眼差しで、フラーシスを見つめる衛生兵。提案はもっともらしく、マイケルとジョンは少し冷や汗をたらす。


「私の力不足です……もしお二人の身に何かあれば、私は……」


 己の無力さを悔やむように、拳を力一杯握り、震わせていた。


「お、俺達そんなに深刻なのか? 別にちょっと血が足りてないぐらい……」


「いえ、血液の不足は魔法の使用に大きく影響します。今のお二人は魔力循環が感じられず、今こうして立っていられるのが不思議なぐらいで……」


「俺等魔法使えねぇけどな」


 ジョンの不意に挟んだ一言が、衛生兵の震えを止めた。


「……それはどういう?」


「あー、お二人さん言ってないんですか? この方達は異世界から来た人達なので、体のつくりがそもそも違うんだと思います。魔法は最初から使えないらしいですし、血液不足の基準も僕達と違うんじゃないですかね?」


「…………」


 信じられないという驚きと、妙な納得感が同時にやってきたせいで、口を開いたまま固まっていた。


「……すみません。えっと、つまり、急を要する事態ではないと?」


「多分」


 衛生兵はマイケルとジョンを見つめた。二人は視線に対し、何となく頷いて返した。


「……マイケルさん、具合はいかがですか」


「多少まだ痛むが、意識ははっきりしてる。あんたの魔法のおかげか、体も少し軽くなった」


 肩を回し、元気だというアピールを見せつける。


「ジョンさん、具合の方は」


「左肩がいてぇな。それ以外なんとも」


 ジョンは片足ずつふらふらと回し、元気だぜというアピールを見せつけた。


「本当に、それ以外は何も……?」


「ないな」


「ねぇな」


 衛生兵は緊張感が抜けて、大きな溜息をついた。


「そういうことは、もっとはやく言ってください」


「何度も大丈夫だって言ったじゃないか」


「ちゃんと根拠も含めてです。平気だなんて言って、全く平気じゃない人は沢山見てきたんですよ」


「悪かったな。無駄にビビらせちまった」


「はぁ、無事なら良いです……それはそれとして、止血はできていますが、無理に動かないようお願いします」


「了解です。ドクター」


「了解。先生」


 衛生兵は肩の荷が下りたように、馬車へと戻っていった。


「私は陛下に報告をする為、一度国へ戻る。スラウ達は、警戒を緩めず森の監視を頼む。指揮は任せた」


「了解です。今日は行ったり来たりですね」


「一日にこう何度も往復するのは初めてだ。流石に疲れたな」


 珍しく愚痴をこぼしながら、フラーシスは首を回した。


「御二方、あちらの馬車で護送致します。御三方の乗ってきた馬車は、こちらで回収しておきますので」


「なんでもいい……集会所に戻ったら直ぐに寝たい……もう限界だ」


「とっとと帰ろうぜ……もうここにはいたくねぇ」


 疲労困憊の中、フラーシスに連れられ馬車へ乗り込む。中には、ぐったりと座り込んだラビナがいた。


「……お二人さん」


 マイケルとジョンを見て、より表情を曇らせた。ジョンはラビナの隣に座り、マイケルはフラーシスと共に向かいへ座った。


「どうした? まだ体調が悪いのか?」


 落ち込んでいる理由が分からず、問いかける。


「いえ、そういうことじゃなくて……」


「んだよ、生きて帰れたんだからもうちょい喜ぼうぜ」


「本当にごめんなさい。…………わちの考えが甘かったせいで、お二人を危険にさらしてしまい……」


 馬車の中、肩をすぼめてラビナは縮こまってしまった。


「いや、あれは事故だ。普段はあんな魔物はいないんだろ? 自分を責めないでくれ」


「そうだぜ。アンタは何も悪くねぇ。あのクソッタレがクソなだけだ。それに、アンタは俺等の命の恩人だ。マジで助かった。ありがとう」


 ラビナは二人の話を聞き、一筋の涙を流した。


「おいおい、そんな泣くほど……」


「っ……違うんです……わちが悪いんです…………わちがお二人さんを異世界人だからって……何も知らないからって、足元みて良いように使ったのがいけないんです……本当にごめんなさい……こんなことになると思ってなくて…………」


 想定外の胸の内を明かされ、流石に驚くマイケルとジョン。やや複雑な気持ちにはなったが、それでもジョンは変わらず感謝を伝えた。


「いや、いいんだ。第一俺が、「無闇に魔物に近づくな」って教えを守らなかったせいだ。それに、アンタは全力で俺達を逃がしてくれただろ? 特に、俺のことなんか抱えてまで逃げてくれた。シバく、までは行かなかったけどよ、守ってくれたじゃねぇか。無事生きて帰ってこれたんだから、それで良い。だろ?」


 ジョンの言葉を聞き、ラビナは落ち着き始める。


「……でも……」


「もう謝んな。俺ならこの通り元気だ。それに謝んねぇといけねぇのは俺の方だ。種魔石? だったか。逃げるのに夢中で、あれ全部落としちまった。だからまた手伝わせてくれ」


 これ以上自分を責めないよう、笑いかけた。ラビナはさらなるジョンの言葉を聞き、涙が滝のように湧き出した。


「いいんです。もう。わちの鑑定なんか、種魔石一個分ぐらいの価値しかないんで」


 涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔を、畳んだ足の膝に押し付け嗚咽している。ジョンは苦笑いして背中をさすっていた。


「訓練されていない一般の身でありながら、不測の事態の上、あの魔物から二人を守り通した。それは誇るべきことです。貴方は間違いなく、二人の命を救った」


 フラーシスも慰めの言葉をかける。その中には、本心からの称賛もあった。


「うぅ……いい人過ぎますよ……あなたたち……」


「事実貴方がいなければ、私は間に合わなかったでしょうから。私からも、感謝を」


 フラーシスは胸に手を当て、頭を下げた。しかし礼をされた本人は、突っ伏していたため見ていない。


「そういえば、なんでまた森林に来たんだ? 俺達が襲われてる気配でもしたのか?」


 一番気になっていた話を切り出すマイケル。


「早朝の巡回の際、凶暴化した魔物による被害だと思しき痕跡が発見されました。直ぐに森林全体を封鎖する為、陛下へ報告に向かったのですが……」


「あん時に割って入ってきたのは、そういう事だったのか」


「はい。今思えば、先に門番へ伝えるべきでした。巡回が終わって直ぐに森林へ向かう方がいるとは思わず……」


「…………ごめんなさい」


 鼻の詰まった声で、謝罪をするラビナ。


「いえ、今回は私の責任です。ですが、これからは巡回後の新聞を待つようお願いします」


「はい……」


「あと一つ、聞きたいことがあるんだが、いいか?」


 更にもう一つ、戦闘の中で見えたありえない光景。それを思い出し、質問する。


「なんでしょうか」


「あんたの腹をスライムが貫通したように見えたんだが、あれは俺の見間違いか?」


「なるほど。そちらでしたら、見ていただくのが早いかと。お手をこちらに」


 マイケルは手を伸ばすと、フラーシスがその腕を掴み、自分の腹へと押し当てた。


「なにを」


 すると腹に接触するはずの腕は、腹を通り抜けた。


「おお? おお!?」


「すげぇ。マジックショーだなこりゃ」


「この黒い布が魔道具でして。この布で対象をくるむと、接触した地点から反対側へ通り抜けます。魔道具なので、魔力を流す必要はありますが」


「あれは見間違いじゃなかったのか。その変な鎧も、そういう理由か」


「変…………はい。当たらなければ、どの様な攻撃も受け流せますから」


「正直な所、ただのファッションでそういう格好をしてるのかと」


「まさか。優秀な兵士であると認められた者や、命儘によって特定の働きが期待できる者には、その者にあった装備が支給されます。私の装備も、そういうものです」


 移動する馬車の中、他にも様々な雑談をした。途中からラビナが機嫌を直し、会話に参加してからは、魔道具についての話を聞いた。これからこの銃を使っていく二人にとっては、重要な話であった。

 帰り道は数時間あるが、気づけば集会所の前へつき、二人は馬車を降りた。


「では、御二方はここで。お大事になさってください」


「本当に、何から何まで助かったよ」


「ありがとう。マジに感謝してもしきれねぇよ」


 フラーシスは頭を下げ、馬車に乗って颯爽と消えていった。二人は集会所の扉を開け、中へと入る。人がちらほら夕飯を食べており、ルウが忙しそうに働いていた。


「ただいま、ルウさん」


「あっ! おかえりなさい! 随分遅かったですね。観光どうでしたか?」


 忙しなく動いているにも関わらず、笑顔を絶やさずに二人を出迎えた。対してマイケルはげっそりと返事をする。


「まぁ……色々あったよ」


「そうですか。なんというか、大分お疲れのようで」


 会話途中、他の客から注文が入る。


「ルウさん、注文いいか?」


「はーい! 今行きます! お部屋用意してるので、このまま泊まれますが、どうしますか?」


「本当か? 助かるよ」


「少し待っててください」


 客の注文を聞き終えると、正面のカウンターへ向かう。カウンター下から何かを取り出すと、入り口付近で立っている二人へ手渡した。


「こちらお部屋の鍵です。二階に上がって直ぐ左の一号室になります。ごゆっくりどうぞ」


「どうも」


「やっと寝れるぜ……」


 階段を上り、長い廊下の一番手前にある部屋へ向かう。扉に鍵を差し込み開ける。

 部屋の中はシンプルなつくりで、左右の壁近くにベットとクローゼットが一つずつ。奥の壁にはベットに挟まれるように窓が一つ。清潔感があり、泊まることだけを考えたスペースとしては、十分過ぎるものだった。ジョンは迷わず左のベットへダイブし、枕に顔をうずめた。


「あああぁぁぁぁ……いつつつ…………」


 唸り声を上げながら、寝返りをうっている。


「マイケル、これはすげぇぞ。枕が俺達の世界にあったやつより柔らけぇ。ベットもふっかふかだ……」


 今にも気絶しそうなジョンに続き、マイケルはベットへ体を寝かせた。


「良い……」


 マイケルはそう言葉を残し、目をつぶった。ジョンは既に半分程眠りに落ちていた。生きて帰ってこれた感動と、自分達の身に降りかかった災難を思い出し、眠りにつく。

 それは二人にとって、今日初めての安らぎの時間だった。

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