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第6話【森の葉掻き分けて】

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ワネグァル王国南 メイリア森林


「お二人さんには、これを集めてきてもらいます」


 馬車を森の前で止め、店主は文字がずらっと並んだ紙を鞄から取り出した。二人にその紙を渡すが、当然この世界にきて間もないマイケルとジョンは字が読めるはずもなく、助けを求めた。


「悪いんだが、字が読めない」


「ん〜。魔法で翻訳してるんでしたか。これは失敬。じゃあ……」


 店主はポケットからペンを取り出し、紙を自分の隣に置くと、紙の裏に絵を描き始めた。


「そう言えばアンタ、俺達に翻訳する魔法? みたいなのかけてないよな? 何で喋れてるんだ?」


「んー。確かに。お二人さん、王様にその魔術かけられてませんか?」


「あー……確か、かけられたな」


「ならそれです。少なくとも今日一日は、会話に困りませんよ」


「そういうものなのか?」


 会話が終わると、店主はよしと頷き紙を二人に渡した。そこに描かれた絵はどれも精巧なもので、何を集めればよいかはっきりと分かった。宝石のような物が数種類と、草のような物が数種類。


「アンタ、絵上手いな」


「そうです? 普通だと思いますけど」


 三人は馬車から降り、伸びをする。


「そういえば、名前をまだ教えてませんでしたね。わちの名前はラビナ。ラビィと呼んでください」


「俺はマイケル。よろしく」


「ジョンだ。よろしく頼むぜ」


 二人はそれぞれ店主と握手を交わした。


「良いですか? ちゃんとわちについて来て下さいよ。迷子になられても、わちじゃ助けられないんで」


「了解。そっちこそ、物集めに夢中でおいてかないでくれよ」


「ガキじゃあるまいし、勝手にそこら辺ほっつき歩いたりしねぇって」


 店主は頷き、森の中へと歩いていく。二人も続き、森の中へと入る。既に記憶の中にあった森とは違い、自分達の肩まであった草は膝ほどまで縮んでいた。視界がひらけて歩きやすく、心なしか光も多く差し込んでいる。


「ちょっといいか? ここってもっと、野性味あふれる感じじゃなかったか?」


 店主の肩を叩き、辺りを見渡しながら質問する。


「ん〜? そうすねぇ。もしかして巡回前のここを見た感じですか? ここメイリア森林は、巡回を定期的にしてまして。その時に伸びた草を刈って道を確保、凶暴化した魔物がいたら狩るって感じです。なんで、巡回前後で結構印象が変わるかと」


「じゃあここらへんは安全ってことか」


「そうです。基本的には。じゃなきゃお二人さんを連れてきたりなんてしませんわ」


 話ながら、更に森の奥へと進む。奥へと進むにつれ、段々と生き物とすれ違うようになる。この世界に来たばかりの時、よく目撃したリスや、綺麗な柄の蝶。どこからか鳥の鳴き声も聞こえてくる。


「おお?! 何だこれ?! マイケル! 見てみろ!」


 そんな中でも一際目に留まるのは、元の世界には居ないものの姿だった。地面を指さし、もう片方の手をこまねくジョンにつられ、マイケルは視線を落とす。


「どうした……おぉ?! なんだそれ、生きてるのか?!」


 スライム、と俗に呼ばれる魔物。薄い青色で、半透明の丸い体。臓器や器官があるようには見えず、到底生き物には見えない。しかし、明らかに自分の意思をもって、地面を這っていた。


「この辺りかな。お二人さん……って何スライムと戯れてんですか」


 目的地に着き、ラビナは振り返り二人に呼びかける。視界に入ったのは、しゃがみ込んでスライムをつつく二人の姿だった。


「スライムってのはガキの遊ぶおもちゃだろ? こんな……なんだ? ゼリーみてぇなやつの名前がそうなのか?」


 ジョンはスライムを持ち上げ、腕でぷるぷると揺らしていた。手触りは冷たい水の入ったビニール袋といった感じで、スライムというよりはゼリーに近い。


「こらこら遊ばない。あと、あんまり綺麗じゃないんで触らないほうがいいですよ。地面這ってるんですから」


「そうか……」


 残念そうに、ジョンはスライムを地面に下ろした。下ろされたスライムはそのまま茂みに紛れ、何処かへ去っていった。


「アレが魔物か? 思ったより魔物って感じの見た目はしてないんだな」


 マイケルは疑問をそのまま口に出した。スラウから馬車の中で話は聞いていたが、実際に見るのは初めてだった。


「もしかしてお二人さん、魔物見たことないんです?」


「今のが初めてだ」


 そういえば、と顔に浮き出たラビナ。二人が異世界の人間だと忘れていたらしい。


「ん〜。そっか、異世界の人ですもんね。そういう事もありますか。魔物って言っても、色々いますから。基本的に、魔物は動物と一緒で……あ、そっちの世界に動物っています?」


「そりゃあいるさ」


「だったら、同じだと思ってください。色々種類はいますが、こちらから害を加えなければ、何かしてくることはありません。大体は」


 マイケルは気になる最後の言葉を聞き、問い詰める。


「その大体はってなんだ」


「凶暴化した個体、つまり人を殺したことのある個体は、こっちを見ただけで襲ってきます。気をつけてください」


「見ただけで襲ってくるって……いきなり襲ってくるんじゃ、気をつけようがなくないか?」


「要するに、迂闊に魔物に近づくなってことです。さっきのが温厚なスライムでよかったですね。ほらほら、ここらへんですよ」


 ラビナはとある木の根元にしゃがみ込み、地面に手をかざす。手がほのかにひかり、何かを探しているようだった。


「……なぁ、魔物はなんで人を殺すんだ? 食べるのか?」


 スラウに聞きそびれた事を、ラビナを眺めながら聞く。


「まぁ食べる個体もいます。でも、大体は殺す為に襲います。何かの弾みで、人を殺してしまった時。最初は何でも良いんですが、人に狩られる時に自衛で殺してしまったりとか。その時から魔物は凶暴化し、人を襲うようになります。なぜ人を殺すことが凶暴化につながるのか……」


「何でだ……?」


 地面を探っていた手を止め、見下ろしていたマイケルの方へ向き直る。


「忘れちゃいました。前に調べたんですけどなんかややこしくて……」


「なんだよ。とにかく、危ないかもしれないから近づかないのが一番ってことだな。了解」


「スライム、アイツはあんなにかわいいのにな。惜しいぜ全く」


「そんなことより仕事ですよ。この木の下を探してみてください。ほら、これで掘って」


 簡易的な木のスコップを魔法で作り出し、二人へ渡す。二人はスコップを手に、木の根元辺りの地面を掘っていく。するとカチンと、石のようなものにぶつかる。


「お、多分それです。丁寧に周りを掘っていってください」


 丁寧に浅く広く掘り進めていくと、ひし形に近い細長の、綺麗な水晶のような物が顔を出した。


「おぉ〜。綺麗だな。何でこんな物が埋まってるんだ?」


「この木から生るんですよ。種魔石(たねませき)っていうんですけど。ほら、よく見て。ここから根っこが繋がってるでしょ?」


 ラビナがそれを持ち上げると、さつまいものように、一方から細い木の根が繋がっていた。


「これが埋まってるかどうか見分けるには、木の葉っぱをみてください。明るくて分かりづらいですが、ほんのり葉っぱが光ってる木がそうです。つながってる根は、引っ張ればとれるので。このぐらいの大きさの物を、一人十個ぐらいお願いします」


 ラビナは鞄から小さく折りたたまれた袋を取り出し、二人に渡した。


「了解。そこら辺掘り返してみるよ」


「こんなに土触るのはガキの時以来だな」


「集め終わったらここに集合しましょう。目印置いとくんで」


 今度は鞄から手のひらサイズの棒を取り出し、地面に突き刺す。するとその棒はマイケルの背丈程長く伸び、先端が赤くひかりだした。


「わかりやすくて助かるな。それじゃ、また後で」


「俺はあっち行くぜ。また後でな」


「わちはあっちに。大丈夫だとは思いますが、お二人さんとも気をつけて。何かあったら、ここに走ってきてくださいね」


 三人それぞれ別の方向へ歩いて行き、各自ほんのり光る木の根元を掘った。二人が数十分探索して分かったことは、指示された十という数は想像よりも多いということだった。小さいものはそれなりに見つかるが、指定の大きさに足るものは中々見つからない


「クソッ、ちっこいのばっかだな」


 ジョンは指定のサイズを、別れて直ぐに二つ見つけていたが、それ以降は苦戦していた。手を土で汚しながら作業する中、何匹かスライムが辺りをうろついていた。特にジョンを襲うわけでもなく、興味ありげに接触してくるわけでもない。


「暇ならお前ら手伝ってくんねぇか? ……なんてな」


 口もないスライムに、独り言をかける。同じ景色と、単調な作業。同じ事を繰り返していたせいで、虚しさに襲われる。そんな気分を紛らわす為に、数匹いる中から薄紺色の小さめのスライムを手に取り、軽く揉んだ。柔らかく、ひんやりとした手触りが疲れを癒やす。


「お前はここら辺に住んでんだろ? これがクソ程ある場所知らねぇか?」


 目の前に種魔石をちらつかせ、語りかける。当然返答は無く、ただ撫でられているのみ。


「……はぁ。探すか」


 スライムを手放し、作業に戻ろうとしたその時、先ほどまで抱えていたスライムが突然機敏な動きで種魔石を飲み込み、茂みの中へと消えた。


「あっおい! 待ちやがれ! クッソ!」


 馬鹿な事をした、と後悔しながら袋を持ち追いかける。本気で走っているにも関わらず、追いつけない。スライムはジョンを一切待たず、スルスルと森の木々を駆け抜けていく。


「なんだ?! アイツあんなに速く走れんのかよ! クソ!」


 なんとか見失わないように走るのが精一杯だった。数分の激走の後、スライムは突然止まる。


「はぁ……はぁ……返せよゼラチン野郎。ソイツは俺のだ」


 身体の中に、種魔石が透けて見えている。それを不自然に盛り上がった草の上へと吐き出して置いた。すると草の下から、赤黒い何かが起き上がった。


「メ シ」


 赤黒い何かは、スライムと呼べるだろう。円柱状に伸びているため、全長は三メートルを超えるという大きさ。直前まで追いかけていたそれとは、大きさが段違いであるが、おおよそは似ている。しかし、外見が異常なまでに醜悪であった。目玉が体内に三つ浮いており、人の口に似た口が身体のいたるところから開いている。どういう訳か、閉じた口はまた別の場所から顔を出し、あくびをしたり、先程納められた種魔石を噛み砕いて食べている。また別の口は、人の声らしき音を、無理やり発していた。

 ジョンは数メートル先からその景色を見ていた。鳥肌が止まらず、身体は小刻みに震える。一瞬にして、魔物と呼ばれる物が何なのかを理解した。


(アレなんなんだ……アレの身体の中にあるやつって……)


 息を呑む、そのスライムの赤黒さの正体。通常通りそのスライムは、表面だけ見れば青さを帯びている筈だった。しかし内側から、赤い煙のようなものが吹き出ていた。ソレが、あのスライムの体色を変えている。


(人間、だよな)


 バラバラに噛み砕かれた、人間。咀嚼されたソレは、元の形を留めていない。しかし、体内に浮いている一本の腕が、そう判断させた。それから赤い血が噴き出ていて、水にインクを垂らしたように、スライムを変色させている。


(バレたら……)


 心臓が、今直ぐ逃げろと大声で叫んでいる。


(死ぬ)


 ジョンは焦った。

 焦って動けば、擦れて草が鳴る。


「ナ   ニ」


 目玉の一つが、ジョンに向いた。


「クソ! クソクソクソッッ!!!!」


 微弱な電気をあびたように、こそばゆい感覚が全身を襲う。振り向き、必死にここに来るまでの道を思い出しながら走りはじめた。


「ア   レナ ニ? ニテ  ル ア ソボ」


 赤黒いスライムの口が、身体の半分程に開く。笑っているようにすら見える表面で、ジョンを追いかけ始めた。


「ふざけやがって!!」


 焦りながらも冷静にショットガンを出し、振り返って開いている口の中に狙いを定める。

 乾いた破裂音が、森の中に響き渡った。

 見事命中し、赤黒いスライムは止まり、形をグネグネと変えている。目玉が体内を激しく動き回り、混乱しているようだった。


「オト  デ イタ」


 無理やり喉を刺激して、人の声を再現したかのような音。一音ずつ不安定に鳴るその音は、さらなる恐怖心を煽った。


「効いてんのか……?」


 止まっているうちに、ジョンは手に持った銃を消し、また走り始めた。定期的に後ろを確認しつつ、立てられた目印へと必死に走った。


「……ーい。おーーい!」


 遠くから聞き馴染みのある声が聞こえてくる。少しだけ、心に安心という感情が湧く。


「マイケル!!!! 助けてくれ!!!」


 大声で叫び、助けを求める。声のする方へ走り抜ければ、いつもと変わらぬ親友の顔が見えた。


「マイケル……マイケル……良かった……」


 生きる為全力で走った。体力など気にせず走ったせいで、のどから笛のような高い音がなっていた。呼吸すると、喉にしょっぱい感覚がある。膝に手をつき、踊る肩をなんとかして落ち着かせた。


「どうしたんだ? 銃声が聞こえたが、何があった?」


「音がしてびっくりしましたよ。取り敢えず落ち着いてください」


 ラビナもマイケルの隣で、こちらを心配していた。上がる息が整うと、背を起こし、駆け寄ってきた二人の目を見る。


「いや…………多分もう大丈夫だ……逃げ切った……さっき魔物が」


「ジョン!!!!」


 マイケルはジョンの頭を力いっぱい叩き下げる。ジョンの頭があった位置からゴチッ、と堅い何かがぶつかる音がした。後ろから齧りつかれたのだ。


「モッ   ト イ ル     ヒト  リ  イル!」


 興奮しているのか、音が更に聞き取りづらくなり、身体を歪ませていた。


「二人とも後ろに!!!」


 ラビナは二人を後ろに引っ張り、鞄から丸い玉を出して地面に叩きつけた。玉から噴き出た煙が辺りを包み込むと、二人の手を取り走り出す。


「取り敢えず棒刺したとこまで走ります!」


 二人は黙って頷いた。手を離し、ラビナの背中を見失わない様、振り返らずに夢中で走る。


「クソッ……クソッ……!!」


 ジョンは既に息が限界で、足がもつれかけていた。


「ラビナ! ジョンが!」


「こっち!」


 ラビナが後ろに手を出すと、ジョンが何とかその手を握る。すると軽々ジョンを持ち上げ、横抱きにして走り続けた。


「凄いな!」


「どうも!」


 走り続けて数分、なんとか目印の光る棒にたどり着く。ラビナはジョンを下ろした後、棒を回収し、辺りを警戒する。


「ハァ……ハァ……あれもスライムか? 人が……」


「わちもあんなのは見たことがない……あれはたぶん国に報告しなきゃいけないレベルの…………あんなのが何で……」


 ラビナは警戒を怠らず、辺りに棒を振り回している。マイケルも銃を構え、辺りを見回す。


「帰りましょう。あの煙は一応麻痺する作用がありますが、多分効いてないので、直ぐに動きます」


 ラビナはそう言って、またジョンに手を差し伸べる。


「いや、大丈夫だ……怪我はしてねぇし、さっきので大分休めた。ありがとな」


「そうですか。無理しないでくださいね」


 ラビナの表情は酷く曇っていた。しかし動きに迷いはなく、直ぐに馬車へと歩き始める。二人もそれに付き、警戒を怠らず辺りを見回し続けた。突然、草の揺れる音が三人の耳に入る。


「ッ! なんだ……ただのスライムか。びっくりさせんなよ……」


「急ぎますよ。また見つかったらどうなるか……」


 青いバスケットボールサイズの、小さなスライム。先程の三メートルはあろう赤黒いスライムとは、似ても似つかない物である。

 ただし、同じスライムである。

 無害な見た目から、突然人の口のようなものが生成され、甲高い叫び声をあげた。


「ギィィィィィィィィィィィィ!!!」


「クッソ……!」


「何なんだコイツ!」


「もう何で!」


 三人は耳を押さえ、その場に止まる。動かなければまずいと分かっているにもかかわらず、轟音がそうはさせなかった。耳鳴りが激しくなり、周囲の音が霞んでいく。ジョンは視界を何とか周囲に向け、情報を可能な限り得る。すると一方から、赤黒いスライムがこちらへ向かってくるのが分かった。


「あっちだ! 聞こえるか?!」


 他二人は耳が聞こえていないのか、呼びかけには反応しない。向かい来る怪物に気付くよう、何とかマイケルに蹴りを入れ、一方を指を差した。マイケルは理解したのか、迫ってくる方向と逆の方向へ走り出した。ラビナも二人を見て、同じ様に動く。何とか距離を稼ごうにも、相手の移動速度は速く、体をうねらせ地形を無視して直進してくる。


「……っこの!」


 ラビナは足元で叫び続けていたスライムに向け、手のひらから炎を撃ち出し霧散させる。未だに耳鳴りは止まず、頭の割れるような頭痛が続いていた。


「イ   タ!」


 後方から迫りくる怪物の声は、三人には聞こえていない。しかし地面のかすかな揺れと、その姿がしっかりと視認できていた。


「しつこいなぁぁ!!」


 ラビナは再び鞄から玉を取り出し、地面に叩きつけた。


「マタ」


 三人ははぐれないようなるべくかたまり、更に遠くへと逃げた。


「お二人さん、聞こえますか!?」


「あぁ! 聞こえてる! どうする?! あの化け物はどうすればいい?!」


「ショットガンが全く効いてねぇみてぇだぞ?!」


 耳鳴りは止み、会話が可能になった。一時的に止まり、なるべく草より姿勢が低くなるよう身をかがめた。


「一旦、声量を下げて。恐らくまた見失ってるので、次に見つかるまでに作戦をたてます」


 二人は無言で首を縦に振る。


「もはや逃げることが出来るか、わかりません……麻痺煙玉も残り一個……こうなったら、戦いましょう」


「戦うって、どうやって? あんな化け物相手に、俺達で何ができるんだ?」


「俺の持ってるショットガンじゃ、傷一つついてなかった。銃如きじゃ何もできねぇよ」


「いえ、それが頼りです」


「はぁ? 正気か?」


「お二人のそれがどれ程の威力かわかりませんが、さっきの音からして相当なものでしょう。殺すことは出来なくても、無力化できるかもしれません」


 二人は固唾をのみ、ラビナの話に集中した。


「スライムというのは、本来水分の塊です。それが魔素を……いや、端的に言います。スライムは小さくなりすぎると一時的に動けなくなります。だから、お二人さんのそれでバラバラにしてやりましょう」


 マイケルとジョンは、顔を見合わせた。


「作戦はあるのか? ちゃんと現実的なやつだろうな?」


「さっきも言ったが、一発ぶち込んだだけじゃ、穴一つ空かなかった。どうすりゃいい?」


「わちが魔道具を使って、どうにかアイツを足止めします。その隙に、お二人は後方からアイツを撃ってください。その時、なるべく端を狙うように、体をかすめるように頼みます。そうすれば、端から擦り減っていくので、一時的に小さく、或いは無力化できるはず」


 現実的な作戦のようで、その実困難な作戦である。赤黒いスライムは、常に体をうねらせながら移動している。体の端を狙うだけでも、相当な技術が要求される。その上、弾丸を一撃当てただけでは、わずか数センチしか削れないだろう。つまり完全に対象を削るには、継続的に弾丸を当て続ける必要があった。


「あんなキモい動きしてる奴の端を狙って撃てっていうのか?」


 あまりにも重い責任に、マイケルは不満を吐き出した。


「それしかないんですよ。もちろんわちも前に出ている間は魔法で削りますけど、多分効きませんから」


「それに、ここら辺は視界が悪すぎる。それにアンタがアイツの正面に出て戦うなら、流れ弾が当たっちまうかもしれねぇ」


「だから、お二人さんにかかってます」


 ラビナは、真っ直ぐ二人の目を見つめた。


「心配なのは、削り切る前に弾が尽きないかどうかなんですけど……」


 怪物は三人の都合など知らず、無情に襲いかかってくる。


「イ  タ」


「任せましたよ!」


 反応するやいなや、ラビナは再び地面に煙玉を叩きつけ、二人の手を取り走り出した。


「いいですか!! アナタ達は一定の距離を保ち続けてください! わちが生きている間は、アイツを殺すことだけを考えて!! わちがやられたら、その隙に二人は逃げてください!!」


「そんな」


「黙ってやる!!!!」


 口答えしている暇は、もう無い。

 覚悟を決めて、二人は勢い良く返事をした。


「……了解!」


 マイケルとジョンはラビナから手を離し、それぞれ別方向へ走り続けた。ラビナは一人迫りくる怪物に向き直り、堂々立ちはだかった。


「死にたくないんで、お手柔らかに!」


「アソ  ボ! アソ  ボ!」


 三つの目玉が、ラビナに向いている。怪物は、体の一部を切り離し小さなスライムを一匹生み出した。そのスライムは人の口を作り出し、また叫ぶ準備を開始する。


「させるかっ」


 分かれた一匹に対し、炎の玉を撃ち出し霧散させる。


(ポンポン分身出しといて、何で体積が減らないんだ?)


 疑問に思いつつ、視界上部から迫りくる伸びたスライムを横に動き躱す。


「あぶ」


 同時に、自在に変形する赤黒いスライムは、体を鞭の様に伸ばして地面を滑らせた。鞭はラビナの足をすくい取り、身を横転させる。


(ヤバ)


 既に大きな口が、目の前まで迫っていた。


「コッチだクソ野郎」


 ジョンはラビナと挟み込むかたちで、約十メートル先、茂みに隠れ、ショットガンを撃つ。破裂音が再び響き渡り、弾丸がスライムの体を貫通した。


「マ    タコ  レ」


 初撃、上手く体の上部をかすめ、十センチ程のへこみを体に作り出した。しかし、すぐさまそのへこみは治り、目玉の一つがジョンに向いた。


「オ   マ     エ」


 口がジョンの正面部分に生成され、何かを素早く吐き出した。


「ッ! あっぶねぇ!」


 時速百六十キロ程の速度で放たれた、白く小さい何か。体に浮いていた人間の一部、恐らく歯を吐き出してきたのだ。目視はできなかったが、何とか反応できたジョンは、頭を横に動かし回避する。耳の直ぐ横をかすめ、何処かへ飛んでいった。


「クソゼラチン野郎が!」


 すかさずショットガンを構え直し、もう一発。今度は少し中心に寄ったが、それでも数センチ、また身を削った。


「ありがと! 死ぬとこだった!」


 ジョンは、木の後ろへすかさず身を隠す。ラビナは体勢を立て直し、自分へ齧り付こうとした口に向かって炎をぶつける。口は何処かへ消え、直ぐにまた現れた。


(別に無きゃいけないってわけでもないのね……まぁそれはそうか)


 鞄の中から素早く宝石のような物を一つ取り出し、赤黒いスライムへ投げつけた。二つの目玉でラビナを見ていたスライムは、それを避けるため、体を変形させる。


「避けるなよ、プレゼントだ」


 マイケルは二十メートル先、見えるギリギリの範囲から、ライフルの引き金を引く。三発の玉が、一瞬にしてスライムの身を削り、体勢を崩した。予想外の衝撃にスライムは驚いたのか、一つの目玉でマイケルを目視する。しかし目視するため体を伸ばしたせいで、宝石が命中。宝石は眩しく白色に発光し、バラバラに砕けた直後、放電。眩い電光に包まれ、スライムの動きが止まる。


「お二人さん!!! 今のうち!!!」


 ラビナは合図と同時に後方へ下がり、身をかがめていた。合図を聞いて、マイケルとジョンはマガジンにある限りの弾丸を発射した。

 鳴り止まない破裂音。いくつもの銃弾が、スライムの体の端を行き交っている。外れる物もあれば、命中し体を削る物も。時間にして数秒の射撃を終えると、ラビナが顔を上げスライムを見る。


「若干縮んでます!! 続けましょう!」


 二人は声を聞いて、銃を投げ捨てて消し、そして手元に出現させる。


「イタ   イ  イ」


 ラビナは距離を詰め直し、正面へ炎を撒く。スライムはその炎を躱しながら、自ら体を縮ませていく。体内にある目玉や、咀嚼された人間の体と腕。それらが圧縮されていき、音を立てている。


「うっ。でもチャンス!」


 小さくなった今が好機と見たラビナは、更に火力を上げた炎を撃ち出した。が、スライムは凄まじい速度で三つに別れ、炎を躱す。二つはそれぞれマイケルとジョンの方向へ飛んで行き、


(まずい!)


 残り一つは炎を突っ切って、ラビナへ真っ直ぐ飛んだ。ラビナは何とか反応し腕で守ったが、前に出した左腕がひしゃげる。


「いっっっ!!!」


 鈍い痛みが走り、吹き飛ばされて地面へ転がる。


「マイケルさん!!! ジョンさん!!! 気をつけて!!!」


 それでも声を張り上げ、何とか二人へ注意を促す。右手で体を起こし、飛んできたスライムを警戒する。


「マダ  ア   ソ ボ」


「へへへ……これが遊んでるつもりなわけ?」


 スライムは一メートル程に縮んでいた。目玉は一つになり、こちらをみている。ラビナは依然、尻もちをついた状態だった。右手を前に出し、炎を撃とうとした瞬間、スライムは視界から消える。


「はや?!」


 ギリギリ動きを追えたラビナは、素早くそちらを向く。左手後方、木の上部。スライムは張り付き、また身を縮めていた。


「もう!」


 木に張り付いている状態から、再び突進。今度は体を針のように鋭く伸ばしている。当たれば致命傷の突進を、転がって回避した。スライムはそのまま地面へ突き刺さり、地面へと潜って行った。


(今度は地面から? このスライム、ふざけすぎてる……こんなのスライムじゃない)


 ラビナは地面に手を当て、魔力を探る。木の根から大量に生っている種魔石と、地中に住まう小さな魔物たち。その中でも一際大きく、素早いもの。


「そこ!」


 大きな反応にめがけ、走って上から炎を送り込む。すると後方から地面が盛り上がり、スライムが湧き出してきた。


「よし!」


 地面でへばっているスライムを横目に、鞄から一つ緑色の宝石を取り出し、ひしゃげた腕へ近づける。宝石は緑色の光の粒へ変わっていき、腕を覆っていく。


「いつつつつ! あの人適当なんだよなぁ」


 腕の傷がみるみる治っていき、元の姿へともどる。立ち上がり、一つ目でこちらを睨むスライムを見下ろす。


「さて、仕切り直し。キミを倒して、お二人助けに行かなきゃ」


 改めて、スライムと対峙した瞬間。


「いっ」


 ラビナの右肩に、鋭く尖ったスライムが貫通した。


    ◇


 少し巻き戻り、一方のマイケル。

 スライムが燃やされたかと思えば、赤黒い何かが勢いよく飛んでくる。ソレは自分の目の前で減速し、落下した。


「なんだ……?」


「マイケルさん!!! ジョンさん!!! 気をつけて!!!」


 ラビナの声を聞き、ソレに照準を合わせる。みるみるうちに一メートル程のスライムに戻り、目の前に立ちはだかった。ぐちゃぐちゃの内蔵らしき物を含んだ一つの目玉が、マイケルを見つめる。


「オ  マエ  モ  ニ テ    ル」


 マイケルには、その言葉は聞こえない。あまりにも曖昧な音には、翻訳する魔術が反応しないのだ。


「気持ち悪い音だな……」


 照準を定め、引き金を引く。弾丸は発射され、スライムの端をかすめる、筈だった。


「消えた……?」


 スライムは忽然と消え、見当たらない。


(どこ行った?)


 周囲を見渡す。すると、足元へ薄く広がっているスライムが視界に映る。


「嘘だろ?!」


 一瞬にして、下へ屈んでいたのだ。その状態から、マイケルにめがけて鋭い触手を伸ばす。マイケルは反射的に触手へ射撃した。触手は鋭く細かったため、弾丸により形を崩す。


「っぶねぇ!」


 後方へ下がりながら、撃ち続ける。広く伸びていた分、弾はよく当たった。しかし端へは上手く当たらない。それでもと撃ち続けながら、距離を取っていく。


(速すぎる! あんなの反応できずに殺されて終わり)


 意識をそらしたのが間違いだった。痛みの中、そんな事を思った。


「ッッッ!! あぁ……クッソ……!」


 左脹脛をスライムがかすめた。あまりの痛みに思わず地面へ倒れる。足を確認するが、深手ではない。


「マ   テ     アソ  ボ」


 スライムが、マイケルを見下げている。


「何なんだよ、お前……」


    ◇


 同時刻、ジョン。

 火炎の中から、赤黒い塊が飛んでくる。


「マイケルさん!!! ジョンさん!!! 気をつけて!!!」


 声に反応し、塊を注視する。飛んできたそれは、一つ目の腕を含んだスライムだった。


「チッ! 相変わらず悪趣味な見た目だぜ」


 大きさは一メートル程。一つの目玉が、ジョンを睨む。


「オ   マ エ   ナ  ニ」


 口が歪に動き、音を出す。ジョンは言葉が分からず、無言で銃を突きつける。引き金をすかさず引き、発射。しかし、弾は当たらない。


「どこ行きやがった?!」


 突然目の前で消えた様に見えるスライムを探す。後方、木の上にスライムはいた。


「降りてきやがれ!!!」


 スライムをめがけ、もう一発。破裂音とともにスライムは別の木へ移動し、弾を躱した。


「バケモンが」


 変わらずスライムへ照準を向ける。


「ソソ   レ  ヤ   ル」


 スライムは体内にある腕を口から出し、半分口に加えた状態で、腕をこちらへ向けた。腕のみで動くはずもなく、力なくぶら下がっている。


「……あ?」


 油断。意味不明な行動に思えた時だった。腕は手のひらをこちらに向け、小さな石の玉を作り出した。玉は手のひらで僅かに留まった後、ジョンの左肩めがけ発射された。避ける暇もなく、ジョンの左肩から鮮血が飛び散る。


「ああぁぁ!! クッソ!!」


 思わず銃を地面に落とし、右手で左肩をおさえる。


「イタ  イ? チ   イタ   イ?」


 腕を飲み込み、体の中へとしまう。空いた口からは、不快な音を出している。言っている意味は分からないが、笑っているように聞こえるそれが、ジョンの神経を逆なでした。


「てめぇ、ぶっ殺してやる」

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