第5話【再び森林へ】
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ワネグァル王国南城下町 集会所内
「職がなければ、家もない。その上、今日食にありつけるかどうかも怪しい……」
「帰る方法が今すぐわかった所で、生きてなきゃ意味がねぇ……」
銃が一本や二本あった所で、就職できるわけでもなく、元の世界に帰れるわけでもない。そんな落ち込む二人の肩を、スラウは叩く。
「そう言うと思ってましたよ。ここに連れてきたのは、お二人の要望に沿ってたからってだけじゃありませんよ」
胸を張って、自慢げに二人を慰めた。続けて、この場所についての説明を始める。
「……じゃあ何で連れてきたんだ?」
「順を追って説明しましょう。ここは公共施設で、集会所という名前です。正式名称は、個人依頼集会所って言うんですけど。正式名称から分かる通り、自分じゃできないことを誰かに依頼する為の場所なんです」
「なるほど。それで?」
「勿論、人に何かをやってもらう訳ですから、料金が発生します。誰かにこの金額で、こういう事をしてくれって、頼むわけです」
「つまり?」
「つまり! お二人は依頼をこなせば、お金を稼げるわけです!」
「待て待て。それ、どんくらい貰えるもんなんだ? 俺達の世界にも似たようなもんはあったが、その日暮らしもできねぇような金額で、小遣い稼ぎぐらいにしか……」
「まぁまぁ、心配になるのは分かります。宿代、食事代、服や調べ物に使うお金……そんなにお金が貯まるとは思えませんよね?」
「だから、そんなに気乗りは……」
「ですが! お二人さんどちらか、陛下から茶色の四角い石もらいませんでした?」
「あー……これか?」
マイケルは言われて思い出した物を、ポケットから取り出した。
「そう! それをこちらに」
王から別れ際に渡された、長方形の薄い小さな石。それをスラウに渡し、引き続きハイテンションなスラウの話を聞く。
「こちらは! 我等がワネク陛下がお二人に気を使って下さった、特別な石!」
「何が特別なんだ?」
「お教えしましょう! コレがあれば、公共施設は全て! 無料で! 使用可能になります!」
「は? な、何だって?」
「おいおいおいおい! そいつはホントか?!」
「そしてここ集会所は最初に言った通り、公共施設! 更には宿泊する部屋もあり、食事の提供もあります!!」
「つ、つまり……」
「はい! 想像の通りコレがあれば、泊まるところにも! 食事にも! そして調べ物にも! 全部全部困らないということです!」
スラウは手のひらサイズの石を天に掲げ、ビシッとポーズを決めた。
「な、なんでそんな事……俺達、随分と好待遇じゃないか。他国のおえらいさんじゃないぞ?」
「あんなに疑われてた割にゃ、凄まじい歓迎具合だな」
二人は、想定外の事実に動揺が隠せない。あれほど慎重に尋問された後で、これほどの好待遇が待っているとは、思いもよらなかったのである。
「ワネク陛下は優しいですから。異世界から来たお客人を歓迎してるんですよ、きっと」
そんな考えを言いながら、マイケルに石板を返す。マイケルはそれを受け取り、ポケットに仕舞う。
「そうか納得だ、とは言えないが、とにかく助かるよ」
「なら、その依頼ってので十分金は貯まりそうだな」
トントン拍子に問題が解決していき、不安すら感じる二人。目の前にあった問題は全て解決した。残るは、最も重要なあと一つ。
「それじゃあ、後は帰る方法を探すだけだ」
「結局それだぜ、クソ」
この問題に関しては、目星が全くついていない。何をすれば良いのかすら、よく分からなかった。
「ルウさん、異世界に行く方法とか、心当たりないか?」
「そうですねぇ……もしかしたら神生時代の文献で、そういった話が残っているかもしれませんが……」
「神生時代っていうのは? 昔の話ってことか?」
「はい。我等が母と父が生きていた時代のことです。えっと、我等が母と父っていうのは」
「大丈夫だ。それはスラウから聞いた」
「わかりました。それで、凄く簡単に説明すると、その神生時代の文献や技術は、今より遥かに進んだものだということです」
「ふぅん……つまり異世界に行く方法も、そこにならあるかもってことか」
「はい。ひとまず、ここにある本を読むのが良いんじゃないでしょうか。神生時代の文献は、書斎の一番右奥の棚にまとめてあります。世に出ている文献は、大体揃ってますので」
「ここの片付けは僕がやっとくんで、三人で読書会でもどうぞ」
「あー……その前に」
ジョンは申し訳なさそうに話に割り込んだ。
「腹減っちまった……ここ、食事も出してくれるって話だったよな……?」
そう言われ、マイケルも自分の腹に気をやる。一晩中起きていて、今に至るまで何も口にしていない。現在が何時か正確には分からないが、腹が昼食時を告げていた。
「そうだな、俺も腹が空いた。良かったら、適当なオススメ貰えるか?」
「承知しました。準備します。石板をこちらに」
ポケットから石板を取り出し、ルウに渡す。すると石板は僅かに黄色くひかり、また元の茶色に戻った。それで支払いが完了したのか、マイケルへ石板を返す。
「じゃあ、よろしく頼む」
「ルウさんの手料理食えるなんてラッキーだぜ」
「期待して良いですよ。僕が保証します」
「もう。そう言われちゃったら、気合入れなきゃね」
ルウは入り口からみて、左手側のドアへ入っていった。残った三人は端へ寄せた机と椅子を戻し、そのうちの一つに座った。料理が運ばれてくるまでの間、三人は雑談をする。
「なぁ、なんでここって料理提供してるんだ? ここは依頼したり受けたりする場所なんだろ?」
「確かに、ここはそういう場所です。ただ、依頼と一括りに言っても、ペット探しから魔物討伐まで色々ありますから」
「魔物討伐だぁ? そういうのはお前らの仕事じゃねぇのか?」
「勿論、僕達の仕事です。ですが、僕達も全ての魔物による事件を対応できるわけじゃありませんから。小さい規模の魔物被害なら、民間の方に依頼したほうが早く終わります。当然そういった依頼を受けるには、資格が必要ですが」
「ほぉ~。悪い、話そらしちまったな。続けてくれ」
「大丈夫ですよ。まぁ、ほぼこの話の続きなんで。大きな依頼を受ける時、例えば大掛かりな魔物討伐とか、未開の地の探索とか。人が多く集まらないと対応できない依頼の時。そういう場合は遠くから人が来たりするので、わかりやすい集合場所と、寝泊まりできる場所が必要なんですよ。
そこでです。食事ができて、泊まる事もできて、依頼遂行後の報酬もすぐに受け取れる、そんな場所があったら便利でしょう? そんな人々の願いを叶えたのが、この集会所です」
「はぁ〜。よく考えられてるな」
「ついでに言えば、大型依頼遂行後に打ち上げ開いて、そのまま眠れたら気持ちいいですしね」
「デケェ仕事終えた後は騒ぐに限るしな。世界跨いでも、人は変わんねぇな」
「手のかかる魔物の駆除とかは、てっきりスラウ達がやるものだと思ってたよ。一般人もやったりするんだな」
「僕達は王国の兵である都合上、対応できない事も多いので。個人で自由に動けるわけじゃないですから、こちらとしても助けられることが多いですね」
集会所にまつわる様々な話を、スラウから聞いた。ついでに、集会所内で有名な人物の話や、自分達が依頼を受ける時の注意点など。そんな話をしながら数十分がたった頃、空腹を刺激する良い香りが漂ってくる。ドアが開き、ルウが両手にお盆を抱えて現れた。
「お待たせ致しました。スタラバのチーズ蒸し焼きと、メイスープです。こちらのパンと合わせてどうぞ」
チーズがとろけてかかった白身魚の蒸し焼きと、野菜がふんだんに使われたミルクスープ。それとバゲットのようなパンが木のお皿とお盆に並べられ、運ばれてきた。
「おぉ! 美味そうだなぁ。魚料理か」
「本格的だな。流石ルウさんだぜ」
「いいなぁ。すみません、やっぱり僕も良いですか?」
「もう。仕事中でしょ? まぁ、そう言うと思ってたけど。ちょっと待ってて」
「ルウさぁん……! いつもありがとうございます!」
二人分の料理を運び終えると、再びドアの奥へと消え、すぐに一人前の料理と水の入ったピッチャーを持って現れた。
「はいどーぞ」
「ありがたい……ルウさんの手料理久しぶりだ」
無邪気な子供のような笑顔に、思わず場が和んだ。親と子に似た関係だというのは、本当なのだと確認できた。
「スラウくんも、お代はいいから。私持ちで」
「そんな、悪いですよ」
「まぁまぁ。厚意は素直に受け取りな」
「そうだぜ? 母親の愛情は受け取れるうちにな」
二人はお節介な親戚のように、スラウを言い聞かせた。
「なんか子供扱いされるのは癪に障りますが……ここで反発するのはルウさんに失礼なので、ありがたくそうさせてもらいます」
不満そうに水を飲んで、目を逸らした。その様はまさにすねた子供である。
「ふふ、ありがと。ママ嬉しいわ〜。なんちゃってね」
ルウも乗り気で、スラウをからかった。一人を除いて、場は笑いに包まれる。スラウは飲んでいた水が変な所に入ったのか、せき込んでいた。
「いいから食べましょうよ! せっかくの料理が冷めちゃいます!」
「ハッハッハッ! あぁあぁ、そうだな。よくできた子だ」
「まさかルウさんがノッてくるとは思ってなかったぜ……ははっ! わりぃわりぃ、とっとと食おう」
スラウは手を合わせ、食べる前に一礼する。二人は一口食べ、近くに立つルウに称賛を浴びせた。
「これは美味い! 俺達の世界だったら五つ星が取れるな」
「魚はそこまでだったんが……こいつぁ美味い。毎日食ったって良い」
「ありがとうございます。ここでも人気のメニューですから、きっとお口に合うと思って。私はキッチンを整理してきますので、ごゆっくり」
そう言い残すと、またドアの奥へと姿を消した。それを見届けると、スラウは口に食べ物を入れたまま喋り始めた。
「ほういへは……ん……味覚も一緒なんですね。そっちの世界と食べる物同じなんですか?」
「そうだな。魚もチーズも食べてたよ。パンも、ほとんど同じ見た目であったし、よく食べてたな」
「へー。なんかこう、うまく言い表せないんですけど、不思議ですね」
「確かに言われてみりゃ、ほとんど一緒だ。ある程度、似たような生き物とか植物があるってことだな」
不思議に思いつつも、今までの事を思い出す。馬車や鎧と言った技術は、共通していた。魔道具というものも、家電で考えれば同じ様な物である。建物や料理、文化も、元の世界の歴史と照らし合わせるとかなり似ている。今食事に使っているものも、フォークとスプーンという、元の世界でも使っているものだった。
「魔法やら世界樹やらあんのにな。色々似てるのは、意外つーか」
食事中は、やはりと言うべきか、お互いの世界について話合った。現代にある乗り物や、普及している道具。思いつく限りを話し合った。そうしていると気づけば食べ終わり、これからのことを考えた。
「ごちそうさま。美味かった」
「ごちそうさん。これで金渡さないのは、ちょっと気が引けるな」
「さて。お二人とも、これからどうするか決まってます?」
「とりあえず、街の観光かな。何処に何があるのか、ある程度知っておきたい。ついでに、異世界を知ってる人がいないか聞いて回ろう」
「賛成。一人でもそういう奴がいりゃ、ラッキーだな」
「了解です。それじゃあ、そろそろ僕は失礼します。夜にまた巡回があるので。知りたいことがあったら、ルウさんか街の人に聞いてください。親切な人ばかりなので、助けてくれると思います」
「そうか。随分良くしてもらったな。いつかこの恩は返すよ」
「直接じゃないが、一宿一飯の恩ってな。あと、ワネクさんに礼言っといてくれ」
「わかりました。楽しみにしてます。それでは、またいつか」
三人は席を立ち上がり、一人は手を振りながら外へ出て行った。残った二人は、キッチンで作業をしているであろうルウに声をかける。
「ルウさん! ごちそうさま! ちょっと街を観光してくるよ!」
「いってらっしゃいませー!」
スイングドアの上から顔を覗かせ、手を振っていた。かわいらしい動作を見届けて、出入り口の扉を押し開ける。ここに乗ってきた馬車は、スラウが回収していったのか見当たらない。外はまだまだ盛況。陽の光が激しくこちらを照りつける。
「眩しいな……サングラスが欲しい」
「街で探してみるか? 意外とあるかも知んねぇぞ」
そんな事を話しながら空を見上げて歩く。マイケルは前方不注意のまま歩いていたため、足元の存在に気付かずぶつかる。
「っと、すみません」
「……」
視線を下げると、子供のような背丈をした誰かがいた。黒いローブで全身を見えないように覆っていて、見た目が分からない。僅かにフードから溢れている長い髪と体格を見ると、女性だと推察出来る。
その正体不明の少女は黙ったまま、マイケルを一瞥して、深く礼をした後足早に何処かへ去っていった。
「あぁ、おい」
「マイケル、持ち物確認しろ。さっきの石とか取られてねぇか?」
ジョンはスリである可能性を考慮し、警戒させた。
「いや、大丈夫だ。何も盗られてない」
「そうか? なら良いんだけどよ。あんな怪しい格好と動きしてたのにな」
「何もないならいいさ。行こう」
特に気にすることもなく、街を歩き始めた。街には路面店が多く建ち並び、人は素早く各店舗を回っている。
「見てって見てって! 魔水晶今なら安いよ〜!」
「メイリア森林から採れたての野菜入ってるよ〜!」
店主達が叫びながら、通りかかった人達を呼び込む。足を止める人もいれば、用なしと涼しげに通っていく人もいる。マイケル達は興味本位で、野菜を売っている店へと足を運んだ。
「やぁお兄さん達! 今日は肉厚のテカヤウが沢山入ったよ! 安くしとくから、一房どうだい?」
店の中に入ると赤褐色の天然パーマのおばさんが、二人に寄ってきた。二人の返事をまたず、せかせかとキノコを紙の袋に詰めている。
「あー……悪いけど、今は金が無いんだ。観光がてらちょっと寄っただけで」
「悪いな、お嬢さん。今度来た時は必ず買わせてもらうからよ」
「あらあらそうかい。約束だよ? さぁさぁ! 見ていくだけでも歓迎だよ〜!」
二人の相手が終わると、また道路にいる人達を相手に呼び込みを始めた。店内はそこそこに人が多く、マイケルとジョンは一旦離れ反対の方をみて回る。先程スープの中にあった野菜が並んでいたり、見たこともない様な形の葉っぱが並んでいて、店の中を見て回るだけでも十分に楽しめた。
一通り見終わると、次は肉屋へ。肉屋を回れば、次は武器屋へと。一店舗ずつ中をみて回った。
「どこの店も見たことないものばっかりで面白いな。ハート型の果物と、紫色の肉、形の変わる剣。テーマパークに来たみたいだ」
「普通の店回ってるだけで日が暮れちまいそうだ。最後にあそこ行って集会所帰ろうぜ」
一風変わった、色とりどりのガラスで飾られた店。店の頭には大きな看板がある。文字は読めないが、店の外観から宝石屋か何かかと推測する。
「いいね。入ってみるか」
扉を開けると、チリンと鈴の音が鳴る。正面にカウンターが有り、丁度店主と客が話しているようだった。
「いらっしゃい。今取り込み中だから、品物見て暇潰ししといてくださーい」
「失礼、直ぐ終わらせるよ」
「いや、気にしないでくれ。少し店内を見に来ただけだから」
店内は意外にもシンプルな内装で、右手には大きなガラスケースが立ち並んでおり、その中には多様な宝石が並んでいる。左手には、大小機械らしきものがいくつか置いてあった。カウンターの隣に宝石のついた杖が、数本大きなタルに纏められ雑に置かれている。二人は店主と客のことは気にせず、宝石の飾られているガラスケースを眺めていた。
「あとは水魔晶も貰おう」
「毎度ごひいきにどーも。十セットで良いよね?」
カウンターの下から、店主が水色の石を取り出す。
「わかっているね。流石だ」
「もう何回君からこの注文受けたと思ってんのさ。ほら、後ろのお客さん待ってるから。どいてどいて」
「全く、君も愛想がなくなってきたな。代金はこれで頼むよ」
床に着きそうな程長く、薄く濁った青髪。髪質が荒く、いたる所がハネている。服はサイズが合っていないのか、大きなゆとりを持っていた。薄橙色の大きな袋に穴を空けて着ているかのような、そんな気怠げな猫背の青髪が、小さな茶色の四角い石を出して会計していた。
「それじゃあ、また来るよ」
青髪の振り返りざまに、樽の中の杖が歪んで丸くなり、消えた。魔水晶も同じく、カウンターの上にあったはずが消えていた。
「おぉ、アレも魔法か。なんか現実味がないな」
「空間魔法、とかルウさんが言ってたやつか」
チラチラと客の方を見ていた二人は、耳打ちしながら話す。
「おや、君達は……」
「なんだ?」
猫背の青髪はそんな二人を見上げて止まり、何やら考え事をしていた。
「ふぅん……すまないね、なんでもないよ」
「……? そうか」
何かを言い留まった感じで、店を後にした。
「お待たせ致しましたー。お二人さん、今日は何をお求めで?」
店主は笑顔で二人に話しかけた。ベレー帽から垂れた綺麗な茶色の髪は肩にかかっていて、先ほどの猫背とは対照的に手入れが行き届いていた。耳が尖っているわけでもなく、瞳も髪と同じような焦げ茶色で、珍しく自分達の世界の人間と近い見た目をしている。
「別に欲しいものがあって来たわけじゃないんだ。邪魔だったらでてくよ」
「邪魔なんてことありませんよ。ごゆっくり〜」
「待ってくれ。一応聞きたいんだが、ここは何屋なんだ?」
「ん〜? 看板にかいてあったでしょ? 魔道具屋ですよ。ほら、あっちに沢山」
店主は反対側に置いてある機械のような物を指差し、首を傾げた。確かに、この世界の言語が読める人間で、あれだけ大きな看板を読まないのは変な話である。
「魔結晶の類も置いてありますが……」
「魔道具屋か……そうだ! 見て欲しいものがあるんだが」
そう言うとマイケルはライフルを出し、店主に渡して見せた。
「んん〜? こんなものが何か……ムムッ! これは! 魔道具! しかもなんてクオリティ!」
過去の二人と同じような反応を見せた後、マイケルの顔を勢い良く見直した。
「アナタ、これをどこで?!」
「悪いが知らないんだ……」
「えぇえぇ。これだけのものでしたら、出処など隠しましょうとも。お察しします」
「いや、本当に知らないんだ。ここの店員ってことは、アンタこういうのに詳しいんだろ? 何かわからないかと思って」
「はぁ……? 知らないというのはつまり、拾ったとかそういうことでございます?」
「えっと、俺の命儘ってやつらしいんだ」
「命儘で魔道具を作ったと……?」
マイケルから受け取ったライフルを必要以上に見回し、息のかかる程近くで凝視していた。
「それにしても素晴らしい出来……一千万ゼントは堅いかと」
「ゼント? 金のことか?」
店主はまたマイケルの顔を見つめ、片方の眉を上げた。
「……失礼ながら、アナタの出身を聞いても?」
「あー……実は、異世界から来たんだ。信じてもらえるかどうか分からないけど、ほら。これが証明だ」
ポケットから茶色の小さな石板を取り出した。疑いの目を向けていた店主が、一度それを視界にいれると、飛び上がり目を見開いた。
「ホッ?! ホントに?!?! 別の世界って存在したんですか!! す、凄い!!!!」
それをみた瞬間、あまりの驚きに店主は取り乱し、マイケルから茶色の石板を奪い取った。石板は店主の手の中で何度も明滅している。魔法を使った、こちらの世界独自の確認方法があるのだろう。
「そ、そうでしたか〜……これは失礼。興奮で取り乱してしまいまして。なるほどなるほど。それなら、命儘が変わったものなのも頷ける。では、「見て欲しい」というのは買い取りや類似品によるパーツの交換ではないということで?」
店主は腰を低くして、石板を両手で持ち丁寧にマイケルへ返した。
「そうだ。こっちの世界にこれと似たものがないかとか、どういう機能があるのかとか、分かる範囲で良いから教えて欲しい。俺達の世界にあったこれは、魔道具なんて物じゃなかったんだ。もしかしたら、俺達の知っている以上の何かがあるかもしれないと思って」
「んぅむふむ。では鑑定するので、一度こちらで預かっても?」
「もちろん。頼む」
「二人でやってるとこわりぃが、俺のも頼んだぜ」
宝石を眺めていたジョンも、ショットガンを出し店主に手渡した。
「なっ……! お二人さん揃ってですか。そちらの世界の命儘はコレが主流なので……?」
ブツブツと独り言を言いながら、店の奥へと進んでいく店主。二人は店内に残り、変わらず宝石や魔道具を眺めていた。しかし数分もせず、店主は再び顔を出した。
「あのう、解体しようと思ったら消えてしまったんですが……」
申し訳なさそうに、手をこねくり回しながら現れる。自分があの魔道具に粗相をしたと思っているだろう。
「悪い。俺達がそばにいないと消えるんだ。邪魔しないから、そっちに行ってもいいか?」
「ほっ。そんな抽象魔法みたいな。ホント、お二人さん不思議ですな。そういったことでしたら、どうぞどうぞ」
三人揃って店の奥へと進む。小部屋にはテーブルと椅子のセットが一つと、店にはまだ出されていないであろう小さめの魔道具達が、綺麗に整頓されていた。
「さて、バラしますか。お二人さん、消さないで下さいよ」
「俺達がいれば平気だ。多分な」
「むしろ、未だに消えるほうが信じらんねぇな」
机にライフルを置き、ショットガンを机の隣に立てかけた。
「先にこっちから……」
まるで最初から造形がわかっていたかの如く、一つずつを丁寧に外していく。外した一つ一つを手に取り、観察しては、また一つ。繰り返しの作業を眺めて、数十分がたった頃、店主が大きく息をついた。
「んんんん……これはなんというか……すごい。本当に。部品の一つ一つが持ち主の願いを叶えるように出来てる」
恍惚とした表情を浮かべ、銃だったそれを眺めている。
「つまりどういう?」
「簡単に言うと、魔力を流し込めばその人の思う形になるってこと。わちの推測が合ってれば、これって弓のようなものでしょ? ここのとっかかりを指で引いて、コレを撃ち出す」
取り出した弾丸を、指で遊びながら店主は問う。
「あぁ。合ってる。トリガーを引いて、弾丸を撃ち出す。何ていうか……殺す為の道具だ」
「アナタ達の世界は物騒だねぇ。こんなもの神生時代にあったら、我等が母がなんというか。そんな事さておき、その撃ち出す弾丸ってのを、これは変化させられる。或いは、このモノ自体の形を」
「変形するってことか?」
「そういうこと。ちょっとわちも信じられないけど。これ、名前は?」
「アサルトライフルとか、カービンとか、M4とか……まぁ、まとめて銃だ」
「銃? 変わった名前だけど、強そう。この子に相応しい名前だぁ……」
今にも部品を飲み込みそうな雰囲気を出していた。
「次はこっちだね。これは後で戻すから」
部品をそれぞれ小さな箱へまとめて、机の端へ寄せた。しかし、マイケルは心配ご無用と言った面持ちで、店主へ答える。
「いや、大丈夫だ。…………ほら」
部品が光の粒になり、箱の中から消えると次はマイケルの手元へ完成して戻った。
「んんん??? もう何がなにやら……」
ぶつくさと何か言いながら、殆ど同じように、ショットガンを解体していく。今度は十分もかからず、ショットガンを部品へと変えた。二回目であるにもかかわらず、バラバラになった銃を見て、店主はうっとりと息を漏らしていた。
「ん〜。ホントにたまらないね。消えたり出てきたりするのが意味わかんないけど、それでも関係ない。魔道具は魔道具。素晴らしいものには変わりない……」
自分の世界へ入り込んでいる店主に、わざとらしく咳を聞かせる。店主はビクッと身を震わせ、背後にいる二人の方へ向き直った。
「失礼。それで、これはどうなんだ?」
「コッチも同じ様に、変形しそうだね。性質や特性、魔力を込めることによって起きる動作も一緒だ」
「そうか。そりゃどうも。…………よっと」
ジョンも分解された銃を一度消し、再び手元へ戻した。店主は笑顔で座ったまま二人を見上げた。
「いやぁいいもの見せてもらっちゃったな。それで、今回の料金だけど……」
「は?」
「え?」
「何だって?」
三人が固まる。
「そりゃ、鑑定したんだから、料金は取るよ?」
「……あー……なんだ……その……今手持ちがなくてな……」
「俺達は今一文無しだ」
店主は椅子からこぼれ落ちそうになり、なんとかこらえる。
「ど、どう…………じゃ、じゃあ、ホントに見に来ただけだし、ホントに欲しいものはないってこと?」
「まぁ……そうだな……」
「こっちの世界来たばっかで、職に就いてないからな」
店主は頭を抱え、机に突っ伏してしまった。そのまま腕へ、頭をグリグリと押し当てている。
「わちの時間は……ただ魔道具を自慢されただけ……?」
「悪かったよ、悪意があったわけじゃないんだ。鑑定分、働いたって良い」
「できることならやるからよ。なんならちょっと多めに働くから、許してくんねぇか?」
二人の言葉に、ピタッと頭を止める。
「働くと、言いました?」
「あ、あぁ。できることなら」
「お二人さん、集会所はご存知で?」
「知ってる。もっと言えば、そこに泊まる予定だ」
店主は勢い良く立ち上がり、二人を交互に指さした。
「なら、話は早い。今日、個人依頼を出す予定だったんですが、辞めにします。アナタ達に、無償でやってもらいましょう!」
「具体的には何をするんだ? 俺たちじゃ力になれることも少ないと思うが」
「簡単な仕事です。わちがこれを取ってこいって言ったら、森の中探して採ってくる! それで集めた素材を袋に詰めて馬車まで運ぶ! それだけ!」
「身の危険がないなら……」
「あ、あそこって魔物出るんだろ? 俺達にはちと……」
店主は怒りのままに机を平手で叩く。その音に身を縮める二人。
「今日の朝巡回があったばかりでしょうが! 身の危険はありませんよ! わちも行くから、もし魔物が出たらわちがシバく! これでいい?!」
「わ、わかったよ。行こう。どうせ拒否権はないしな」
「またあそこ帰んのかよ……」
「つべこべ言わない!」
店主は更に店の奥へ行き、大きめの鞄を持って再び現れた。商売用の部屋に戻ると、客が数人店内を物色していた。
「あぁ、ラビィさん。ちょっと話が」
「悪いね! わちは今から出かけるから、今日はお終い! 皆様ご迷惑おかけしますー!」
「ええ、ちょっと」
店内にいた数人を追い出して、その勢いのまま店を出た。店主は忘れず扉に本日休業の看板をかけ、目的地を話した。
「お二人さん、馬には乗れます?」
「いや、無理だ」
「俺達の世界じゃ、馬は主流じゃなくてね」
「なら荷台も必要か……夜になる前には帰りたいので、少し走りましょう。駅家まで行きますよ」
「俺達はアンタ達に比べると、体力がないからおいてかないでくれよ」
「大丈夫ですよ。走れば十分程度でつくんで」
走る、という行為を聞き、車ほどの速度で走っていたフラーシスを思い出す。当然それほどの速さで走られた場合、二人はおいていかれてしまう。しかしそんな気など知らず、店主は走り始めた。
「待っ……いや、大丈夫そうだな」
「ヒヤッとしたぜ。車ぐらいの速度で走らなきゃいけねぇのかと」
元の世界で小走りと呼ばれる程の速度で、店主は走っていた。
「どうしたんですー? はやくー」
少し先で手を振りながら足を止めずに走っている。適度な運動を欠かさない二人にとっては、この程度のランニングは朝飯前だった。
「悪い、今行くよ」
返事を返し、街を走り始めた。そうして走り続けて十五分程、店主の言う通り駅家にたどり着いた。馬小屋がある隣に、円柱状の大きな建物がくっついている。更にその尖った屋根には、三角形の窓が三つほど並んでいた。奇抜な見た目に、赤い屋根をしたとにかく目立つ建物だった。
「これが馬車の貸し出してる所なのか?」
「えぇ。荷台がいらない場合は、馬単体の貸し出しもしてますよ」
店主から軽い説明を受けながら、駅家の中へと入って行く。店内はシンプルな作りで、受付が四つ正面にあり、左手には借りられる荷台の大きさや、引く車の種類などが展示されていた。右手には馬小屋へと繋がる扉らしき物があるのみで、他には掲示板が飾られている程度だった。
「わちらが借りるのはアレです」
左に飾ってある見本の車から、屋根のついていない簡易的な車を指さした。
「別に何でもいいさ。早く借りていこう」
「全く、ここの料金もわちが払うんですから、感謝してくださいよ……」
ブツブツ言いながら受付へ向かっていく店主を横目に、右壁にあった掲示板を眺める。何が書いてあるのかさっぱり分からないため、本当に眺めているだけだった。
「アナタ、この文字読めるんです?」
手続きが終わったのか、店主は掲示板を眺めているマイケルを見て、声をかけた。
「いや、読めない。何が書いてあるのか、さっぱりだ」
「なんですかそれ。意味ないじゃないですか」
店主から、変わった人だという目線を送られる。特に反論もできない。
「……そういえば、この世界にもバスみたいなものがあるんだな。ここに来る途中すれ違った、あのデカい馬車。俺の予想が合ってるなら、あれって金があれば誰でも乗れるものなんだろ?」
話をすり替えて、道中聞きたかった事を質問する。
「そうですそうです。よく分かりましたね」
「俺達の世界にも、似たような物があったんだ。多分停留所もあるだろ?」
「もちろんありますとも。流石に中央の方に住んでる人が大変ですからね。移動方法がない人は、三時間ぐらい歩かないといけない場所とかでてきますから」
(俺達が移動するときに使ってみるか。公共のものは無料なんだから使ってかないとな……)
広い国の中を、人一人で移動するのは、骨が折れる。その為、この国では大きな馬車が道路を定期的に走り抜けていく。人々はそこへ飛び乗って移動したり、停留所で合流したりしていた。特に壁の出入り口付近には、必ず馬小屋があり、馬の貸し出しをしている。国外でも、大きな駅家が点在しており、他国や重要な地点に素早くたどり着けるようになっている。
「ん? 待てよ」
直前の話で何が思いついたマイケルが、一つ思いつき提案をする。
「あれが公共交通機関ってことは……なぁ、ここ公共施設だったりしないか?」
「ん? そうですけど」
「なら、ほら、持ってってくれ」
「あ! そう言えばこれ! 支払いする前で良かった! もう何で先に言ってくれないんですか」
小さな石板を、店主の前へだした。すると不満そうに驚いた顔で、マイケルに詰め寄る。
「ここが公共施設だとは知らなかったんだ。無理もないだろ?」
「いや……! んー……まぁそうですよね。すみません」
もっともな言い分に、勢いをなくす店主。
「ラビナ様〜。馬車の準備が完了致しました〜」
丁度良いタイミングで、受付から呼びかけがかかる。
「はーい!」
店主は石板を受け取ると、呼ばれたカウンターへ上機嫌に向かっていった。手続きが完全に終わり、外へ出ると馬車が用意されていた。店主は借りた石板をマイケルへ返し、馬車の前部へ座り手綱を握る。
「なぁ、コレでチャラってことに」
「ならないよ! お二人さんの分はちゃんとお二人さんで精算して。王様に頼ってばかりじゃだめ。ほら、乗って乗って」
既に十分な料金を奢ったのではないかと思いつつも、言われるがまま借りてきた馬車に乗り込む二人。
「今日が始まってから、馬車に乗ってない時間と、乗ってた時間同じぐらいじゃないか?」
「かもな。乗り物酔いするタイプじゃなくて良かったぜ。クソ」
またしても三人、馬車の中。しかし、そのうち一人は兵士ではなく商人。今度は自分達の意思で、森へと向かっていった。