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第3話【見定めの儀】

????年??月??日

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ワネグァル王国 南の王城 謁見の間


「いや、待ってくれ。死刑なんてそんな……災厄をもたらすって、一体なんなんだよ。俺達まだ何も知らないんだぞ?」


 死刑という言葉が、今冗談として出てくるとは思えなかった。マイケルは焦り、どう弁解すれば良いのか分からず、慌てて舌を回す。


「案ずるな。潔白であるならば胸を張れ」


 しかし王は、こちらと取り合うつもりが一切ないようだった。


「尋問ってのは、なにすんのか教えてくれんのか?」


 一層態度の悪くなったジョンは、強気に質問した。


「四つ、問いに答えてもらう。それだけだ」


「なら、簡単だ。とっとと始めてくれ。後でガキみてぇにあれこれ騒いでも聞かねぇからな」


「あぁ。我等に二言はない」


 互いに言葉より、といった面持ちでことを運ぶ。マイケルのみが不安を胸に抱き、その場を過ごしていた。


「では、ゆくぞ」


 質問に対し、返答を誤れば死ぬかもしれない。死を目前にした、明確な恐怖を抑え込み、マイケルは腹を括った。


「一つ、そなた達は何故この世界に来た」


「知らねぇ。むしろ俺達が知りたいぐらいだ。目が覚めたら森ん中いて、兵隊が突然現れたと思ったら、ここにつれてこられた」


「ジョンの言う通りだ」


 数秒、沈黙が流れる。


「本当だ。嘘じゃない」


 二人から見て、一番左の玉座に座る王がボソッと言った。黒髪が肩まで伸びていて、顔を黒衣のように隠している。そのせいで顔の造形はよく分からなかったが、髪の内から瞳が黒紫色に輝いていた。


「二つ、我々、或いはこの世界に敵対する気があるか」


「無ぇ。んでも、お前らが俺等を殺そうとするんだったら、ある程度抵抗はするかもな」


「抵抗しても、どうにかなるとは思ってないけどな」


「……本当だ」


 折り返しまで、問題なく進む。二人の中に一筋の希望が差し込んだ。


「三つ、万界の理に通ずるとは、何を意味する」


「……知らねぇ」


「右に同じ」


「…………嘘だな。左のやつ、僅かに思い当たる節があるだろう。確証がないようだが、いい。話せ」


 黒き王の不満そうな声が響く。


「は? いや待ってくれ、本当に」


 ジョンは腕を伸ばし、マイケルを制止させる。


「クソ、間違ってても文句言うなよ。多分科学のことだろ。俺等の世界じゃ、科学って分野が発展してる。それがこっちの世界にも通用するってこったろ。言っとくが、マジでただの予想だからな」


 ジョンは白を切った訳では無いが、それでも嘘をついてるということになるらしい。


「本当だ。包み隠さず話した。これ以上はない」


「うむ。それで良い」


(なんだ? ジョンが今考えてたことを読まれたってことか?)


 今目の前で起こったことは、嘘がバレたというだけでは説明がつかなかった。相手の口ぶりからも、正確に思考を読まれていると考えるのが妥当だろう。そして、スラウから聞いた、「魔法を使えば何でもできる」という言葉を思い出す。マイケルの中で記憶が噛み合い、一つの結論を導き出した。


(あの視界の悪そうな王が、心を読めるのか? 全く、魔法っていうのは随分と便利だな)


 少しの心当たりさえも包み隠さず話さなければ、どんな待遇が待っているのか分からない。二人は最後の質問に、より緊張感を高める。


「四つ、そなた達は"漆黒より暗い男"を知っているか」


 二人は目を見合わせ首を傾げた。


「いや、知らねぇな」


「俺もだ。そこの左の人のことじゃないだろ?」


 より注意深く、黒き王は二人を見つめた。執拗に、念入りに二人を見つめ、玉座から少し前かがみになる程凝視する。長い沈黙の後、その何かがようやく終わったのか、玉座に背中を預け体勢を直した。


「…………本当だ。嘘はついていない」


「……うむ。ご苦労であった」


 マイケルとジョンは全身から空気を抜くように、風船の如く脱力した。先程の疲労もあり、立っていることすら出来ず、床に尻をついた。


「っあぁ〜!! 何で俺等がこんな目にあわなきゃなんねぇんだ……」


「ジョン、王の御前だぞ…………あんまり、無礼な真似はするなよ」


「お前人のこと言えねぇだろ……」


 たった十分程度の会話でも、一日分のエネルギーを使ったかのような緊張感だった。謁見直後の畏怖すら忘れるような、身を縛る視線と問い。


「これで満足か? できるなら、椅子とかくれると助かる」


「俺の分も頼むぜ〜。もしくは早くこっからつまみ出してくれ」


 そんな状態から一気に解放されたせいか、怖いものが今の二人にはなかった。高い天井を見上げ、ただ放心していた。


「ぷ……ふふふ。異界から来たと聞き及んだ際には、どんな珍妙な方が来るかと思っていましたが……随分と面白い殿方達ですわね。わたくし、嫌いじゃありませんわよ」


 右から二つ目の玉座に座るお嬢様が、笑いを堪えられずに小さく吹き出した。絵に描いたような、見事な二つの縦ロールを携えた金髪。まつ毛が上にピンと跳ね、薄緑色の瞳が強調されている。そんな彼女は子供のように、あどけなくほほ笑んでいた。


「少しばかり、礼儀が欠けすぎているようにも感じますが。まぁ、私達も少し神経質になりすぎていました。脅すような真似もしてしまいましたし、容認致しましょう」


 一番右の玉座には、シスターが座っていた。雪のように白く、腰までかかる長い髪。合わせてまつ毛やまゆ毛も白く、光を強く反射している。黒と白が調和した修道服に身を包み、目を閉じていた。今もこうして目をつぶっているが、それでも二人の姿は見えているようだった。


「ふん……ガル、手を貸してやれ」


「はいはい。さ、二人共大丈夫ですか? お疲れだとは思いますが、流石に王の前なので起きて下さい」


 ジョンが天井から向き直り、正面を見ると、二十代前半辺りの男が笑顔で手を差し伸べていた。髪が空のように青く、瞳は宇宙から見下げた地球の様な見た目をしている。


「wow……」


 その上ただ綺麗なだけではなく、自転する地球のように瞳の中が動いていた。魔法のような美しさの瞳に、ジョンは驚きのあまり声を漏らした。


「? どうかしました? 私の顔に何か付いてます?」


「いや、その目どうなってんだ? その、宝石みてぇつーか……そう、アレだ、まさに魔法みたいに綺麗だ」


 男の手を取り、起き上がる。その間も、目を逸らさずずっと見つめていた。


「……あぁ、この目ですか。これは魔眼と言って、特別な授かりものなんですよ。魔法みたいに綺麗なんて、中々鋭いですね」


 立ち上がったジョンに軽く説明をして、素早くマイケルも立ち上がらせる。


「どうもっ、と」


 男の伸ばした手につかまり、マイケルも立ち上がって目を見つめた。


「oh……」


 ジョンと同じように、特大のダイヤモンドを見つけた様な反応をする。


「こちらに椅子を用意するので、どうぞ。座ってください」


 慣れているのか、二人の反応を軽くながして、仕事を続ける。男はパントマイムのように、手を空へ動かす。椅子の形を象るように手を動かせば、青い光の粒が集まり簡素な木の椅子へと変化した。


「おいおいマジか」


「本当に、なんていうか……実際に見ると凄いな。この目で見てるのに、信じられない」


 目の前の現象をどう説明すればいいのか、二人は全く分からなかった。


「座れんだよな? これ、突然消えたりしないよな?」


 ジョンは椅子の存在を疑い、中々座ろうとしない。耐久性や品質などは二の次で、突然現れたように、突然消えるのではないかと気が気でなかった。


「安心してください。突然消すようなイジワルしませんから」


「いや待ってくれ、自分で言ってなんだが、消せんのか?」


 ジョンは椅子を指差し訴えかけた。


「えぇ、抽象魔法なので、って言っても伝わりませんかね。まぁとにかく消すこともできますが、そんな事しませんよ。安心しておかけになって下さい」


 男の言っている意味は全く分からなかったが、とにかく大丈夫らしいので、二人はその椅子に思い切って腰を掛けた。


「……椅子だ」


「……椅子だな」


 魔法と言うものの便利さを、身を持って体験した。男は二人が座ったのを確認すると、黒き王の隣へ帰っていった。マイケルとジョンは少し息を落ち着かせ、王たちに話しかけた。


「さっきの態度は謝る。俺達は少し神経質にならなきゃいけないんでね。何せ、本当に何も知らねぇからな」


「あぁ。何でここにいるのかも、その預言っていうものも、何もかも分からないし知らないんだ」


 王は皆一様に悩んでいた。取っている動きの癖などはそれぞれ異なるものの、全てが同じ感情を表していた。


「俺の権能で確認したからな。その言葉にウソがないのは分かる。ただ、納得がいかないな。幾らか不審さが残る」


「記憶もなくメイリア森林に流れ着き、都合よく巡回の日に見つかる……ゼルの言う通り、怪しいですわね」


 二人は言われてみればと腕を組み、顎を撫でる。


「でも事実なんだ。どうすれば信じてくれる? まだ信じられないなら、もっと質問してくれても構わない。さっきみたいに、高圧的なのは遠慮したいが」


「いや、マイケル。質問すんのは俺達だ。潔白を証明するより、もっと預言やらこの世界のことやら聞かねぇと。これから先、もっと苦しくなる」


「それもそうか……」


 納得しつつ、王の方を見つめた。視線から意図を汲み取ったのか、老いた王はゆったりと頷き、場をまとめる様に話し始めた。


「各々、未だ思う事はあるだろう。ただ、今焦った所で何か変わるわけでもあるまい。権能によって、潔白は証明された。宣誓通り、身の安全と快適な自由を与えねば。誓いを破り、これ以上を求めれば、王の名が廃るというもの。まずはこの二人、異界の者に自己紹介でもしようじゃないか。互いのことを知る、始めの一歩だ」


 尋問の際には見られなかった、優しい表情がみえる。この場の全員がその意見に賛同し、頷いた。


「うむ。ならば我から名乗るとしよう。我はワネグァル王国南の王、ワネク・ミー・メナネ。国の名からも分かるかも知れないが、この国の建国者でもある。産まれはこの地だが……まだ国ではなかったな」


「建国者?! マジかよ。この国、大分発展してた気がするんだが……」


「何年前からできてんだ? 流石にアンタの見た目からして、百年とかはいってなさそうだが」


「今年で大体、五百年だ」


「何だって? ご、ご五百? 五百年だって? 俺の耳がおかしくなったのか?」


「いや、俺もそう聞こえたぜ。多分こっちの世界に来る時に頭をやられちまったんだ」


 この世界に来てから、驚きが尽きない。目の前の老人は、元の世界の大木より長く生きているらしい。あまりの衝撃にジョンは、目線を王から外さず口を開いて固まっていた。対してマイケルは、足りない指で必死に五百という数字を数えていた。


「こ、こっちの世界の人間はみんなそれぐらい長く生きるのか? それとも一年が短いとか、時間の感覚が違うとか、数字の数え方が違うとか……」


「ふむ、世界が違えば時も違うか……一年は三百八十四日だ」


「い、一日はどのくらい……」


「二十四時間だ」


「秒数とか分数が短いとか……」


「一秒は……このぐらいだ」


 王は手拍子で間隔を示した。聞く限り、元の世界と全く同じ間隔だった。


「そしてこれが六十重なり一分、更に一分を六十重ねれば一時間だ」


 二人は驚きを通り越し、無表情になっていた。自分達の世界と、ほとんど同じ日数の一年。


「なぁ、ジョン。こういう時はどういうリアクションをするのが正解だ?」


「さあな」


 理解の遠く及ばない年月を生きてきた人間が、今目の前にいた。圧倒され、言葉もでない。ただ一つ納得出来たのは、尋問の際に感じた圧は相応のものであるということだけだった。


「早く終わらせたいんだが、いいか?」


 黒き王が不満そうに声を上げると、二人は気を取り直した。視線を声の方に向け、姿勢と態度を正す。


「北の王、ゼル・マームメア。言っておくが、歳は二十六だ。ワネクが少し特別なだけで、この世界の人族は大体百年弱で死ぬ」


 すでに驚く準備をしていた二人だったが、見た目相応の年齢を聞き安心する。


「そうか。それなら少し、安心したよ。俺達の世界でも、似たような感じだから……」


 マイケルが苦笑いしていると、お嬢様のような王が軽く咳払いをした。私の番だと言わんばかりに、二人を見つめていた。

 マイケルは黙り、姿勢を正した。


「私の番ですわね。私は西の王であり、アレキサント家の現当主でもある、ゼシカ・アレキサントと申します。以後お見知りおきを」


 上の立場にも関わらず、かしこまった礼をした王。二人は戸惑いながらも、応えるようにできる限り丁寧な挨拶を返した。


「えっと、マイケル・ウィリアムズです。よろしくお願いいたします」


「あー……ジョン・スミスです。よろしくお願いいたします」


「そうかしこまらなくても良くってよ。私、こう見えて作法にはあまりこだわりませんの」


 ゼシカがたおやかに笑うと、思わず二人は見惚れた。所作の一つ一つに気品が溢れていて、とても絵になる。中世ヨーロッパの絵画が生きて動いているかのような、そんな感覚があった。


「それでは、最後に私が」


 一番右の玉座に座ったシスターが、静かに話した。


「東の王、そして聖親(せいしん)教代表を務めさせていただいている、ロァレシカ・セナントと申します。名が呼びづらいようでしたら、ローレシカと呼んでください」


 この王もまた、所作が気品にあふれていて美しい。ゼシカとはまた違った動きや礼ではあるが、こちらもまた洗練されていた。

 更に彼女の声を聞いていると、母の子守歌を聞いているかのような安心感に包まれる。不思議と、ほっとする温かさがあるようにすら感じられた。


「アンタが尋問してくれてたら、もうちょい緊張せずにすんだのにな」


 思わず、ジョンはそんな不満を漏らした。


「それでは尋問の意味がありませんから。あなた達には、緊張感を持ってもらいたかったのです。それほど重要なことだったと、理解頂ければ」


 ジョンの不満に対して一切不快感を出さず、王は淡々と答えた。


「いや、すまねぇ。ちょっと気が立ってて、文句が言いたくなっただけだ」


「えぇ、大丈夫ですよ。私達も、反感を受けることは、覚悟していましたから」


 彼女の寛大な心によって、ジョンの無礼は許された。


「うむ。これで我等全員、自己紹介は終わっただろう。さすれば、異界の者。いや、マイケルウィリアムズと、ジョンスミスよ。そなた達の番だ」


 名前以上言うことはないと思いつつ、二人は顔を見合わせ、暗黙の了解により順番を決めた。


「じゃあ俺から。さっきも言ったけど、名前はマイケル・ウィリアムズ。歳は三十六で、出身地は……言っても仕方ないか」


「俺はジョン・スミス。歳は同じく三十六歳。ちなみにコイツとは大学からの仲だ」


 年嵩の王が大きく頷き、二人を交互に見つめた。


「これで双方、知り合えたな。我々としては、そちらの世界やそなた達の話を更に聞き尽くしたいところではあるが、如何せん近年は少々たてこんでいてな。多忙の時故、これ以上は聞かぬ。しかし、このまま返すようでは、そなた達の疑問は晴れぬままであろう。然らば、こちらも四つ、問いに答えよう。可能な限りではあるが」


「おぉ。いいのか?」


「そういうの待ってたぜ! 聞きてぇことなら山程あるんでね」


 二人は質問内容を軽く話し合い、四つを手早く決めた。


「じゃあ俺から一つ聞かせてもらうぜ。預言ってのは何だ。一体何が書かれてるのか、全部教えてくれ。それと、どういうところから、どうやって聞くのかとかもな」


「……二つ聞いてないか?」


 ゼルが口を挟み、ジョンを睨む。


「よい。預言についてか。確かに、説明せねばな。ただ、こちらの都合が少しある。この預言は不明瞭な所が多く、機密情報の含まれる箇所がある故、言えぬ部分を省くことになるが、良いか?」


「機密情報ね……ま、良いぜ。話してくれ」


「では。"彼方より、異界の来訪者あり。この世に属さぬ肉体を持つ彼の者は、万界の理に通じ、この世に泰平をもたらす。彼の者が理を持って世界を巡覧し、七つの約束が集えば、魔王が再びこの地に降り立つだろう" これが伝えられる範囲の預言の内容だ」


「この世に泰平をもたらす? 七つの約束? あの、結局よくわからないんですけど」


「奇遇だな、マイケル。俺もだ」


 あれこれ言っている二人をよそに、王はさらに続けた。


「預言の形式についてだが、預言は世界樹様より授かる。どういう時期に、どういった形で現れるかは、我々もまだ完全には把握できていない。夢の中で現れるものや、今回のように世界樹様の葉に記されたものが降ってくることもある」


 ジョンは自分の顎を揉み込み、深く考え込んだ。


「つまり、お前達も原理がよくわからねぇまま従ってるってことか?」


「……そうなるな。しかし、この預言が信用に足るものであることは分かっている」


「何でだ?」


「過去の預言も、今回の預言も、全て調査を行っていた。あらゆる預言において、我々はそれが現実になりうるものなのか、数年前から現在の状況を全て調べた上で、更に腕利きの学者達に推論を立てさせている。そして、今まで一度たりとも預言が外れたことは無く、推論ともおおよそ合致していた」


「はーん。ならなんで王みたいな偉い立場のやつが、わざわざ直接呼び出してまで、俺たちのことを調べるんだ? この世に泰平をもたらす〜なんて書かれてて、それでも疑い続けるその態度、預言を信用してるとは言えない気がすんだが?」


「ふむ。無理もない疑問だ。今回、そなた達を過剰に恐れるのは、預言の形式が異質だからだ」


「異質っていうのは?」


「預言の形式が普段と異なっていてな。しかしそなた達が現れた事を考えると、あまり関係のない話だ。そこについて語った所で、そなた達が得られるものは少ないと思われる。他の質問をすることを勧めよう」


「いや、聞かせてくれ。最悪、他の質問をいつか別の時に回しても良い」


「そうか。望むのならばそうしよう。先に少し触れたが、今までの預言は夢の中で未来の景色を見るというものだった。しかし今回ばかりは、葉に言葉を記す形での預言だ。その上具体性を欠いているばかりか、詩のような書き方をしていてな。調べようにも、異界の来訪者など前例もない。何から手を付ければ良いのか、決めあぐねていた所だった」


「そこに俺達が出てきたってか?」


「左様」


 二人には、預言の内容があってさえいれば良いのではないかという考えが浮かんでいた。目の前の王が何故そこまで悩むのかは、結局分からなかった。


「そうか。ま、訳は分かった。丁寧にどーも」


「じゃあ次は俺から失礼して……」


 マイケルが質問しようとした瞬間、後ろの扉が大きく音を立てて開く。


「失礼します!! 緊急の報告が……!」


 フラーシスが勢いよく、それでいて礼儀をわきまえて現れる。


「聞こう。話せ」


「お二方……いや、部外者がいるようでは、少し……」


「なるほど。すまないが、マイケルウィリアムズとジョンスミスよ。此度の約束はまたいつの日か、そう遠くない内に果たすことを誓おう。今はここを退いてはくれぬか」


「まぁ、別にいいぜ。他の質問に関しては、多分アンタらじゃなくても聞けるしな」


「なんか忙しそうだし、邪魔するわけにもいかないからな」


 座っている間に休まった足を立たせ、背を伸ばした。


「気遣い感謝する」


「お心遣い、痛み入ります。門前の馬車付近にスラウがいますので、後はそちらから」


「りょーかい。そんじゃ、失礼するぜ」


「邪魔したな」


 少しかしこまった礼をするマイケルと、手をふらふら揺らしながら出て行くジョン。


「待て」


 そんな二人をワネクが止めた。


「これを持って行け」


 ワネクは何かを記した、小さな四角い茶色の石板を投げてよこした。マイケルがそれをキャッチして、ジョンと一緒に眺める。


「これは?」


「異界の者であるという証明と同時に、この国での暮らしを楽にするものだ」


「どうも!」


 手のひらサイズの石板を、ポケットにしまう。


「そなた達に、世界樹様の加護があらんことを」


 四人の王は二人に祈りを授け、閉じる扉の奥へと消えた。


「さてと、またこのバカみたいに長い階段を降りてくか」


「下るのはもうちょい楽だと良いんだが」


「せっかくなら、ちょっと景色を堪能していこう。変な所うろつかなければ、多分文句も言われないだろ」


「そりゃ名案だ。行こうぜ」


 謁見の間から出て、更に一つ廊下を抜けた先にある広間。そこからは、外から見えた世界樹の回りをぐるりと囲む廊下が続いていた。二人はそこに向かい、歩き出す。


「あの王様達、どうやってここまで来たんだろうな」


「普通に馬車とか使ったんじゃねぇか? それか、魔法で瞬間移動できたりな。シュンシュンってな」


「まさか。コミックスじゃないんだぞ」


「同じ様なもんだろ。この世界は」


「いやぁ…………あり、えるか?」


 くだらない雑談をしていると、廊下に着く。外の景色が一望出来る開放廊下が、世界樹を伝って何処までも続いている。流石にここを歩いていくと、次の城に着くまで何日かかるか知れたものでは無いので、二人はすぐ手前で止まり景色を眺めた。


「おぉ〜絶景だな」


「あぁ。風が気持ちいい」


 優しく吹く風が、二人を撫でた。すぐ背中にある世界樹から、自然の香りが鼻を抜ける。葉の擦れる音と、遠くから僅かに聞こえる街の活気。色とりどりの屋根と、小さな人の群れ。元の世界と変わらぬ空は青一色、雲は少ない。


「俺達、本当に別の世界に来たんだな」


「……あぁ」


「帰れると思うか?」


「勿論、とは言えねぇな」


「……頑張れば、全力で生きれば、きっと帰れるよな」


「俺達はこれから、だろ」


 二人の心は、一つ。この世界から帰ること。今、明確にその目的を定める。


「じゃ、まずはあの馬車に帰る所からだな」


 いつもの調子で声を上げるマイケル。


「目の前の面倒事すら片付けられないんじゃ、世界を跨ぐなんて絵空事だしな」


 ジョンもそれに応え、声を上げる。

 二人、歩幅は同じ。歩き出して、階段を降り始めた。その道は来た時と同じはずだったが、帰りの時はやけに短く感じられた。


    ◇


 無事何事もなく、城の門までたどり着く。馬車のすぐ横にスラウが立って手を降っている。


「おーい!」


 二人は手を振り返すと、スラウが小走りで近づいてきた。


「いやぁ! 何事もなかったみたいで安心しました! 謁見の間の前で待ってたら、フラーシスさんがすごい速度で走ってきて、「恐らくお二方が直に帰る。先に行って準備をしておけ」って。それだけ言って謁見の間に突っ込んで行くから、もう何がなんだか……」


「俺達もよくわかんねぇな。大急ぎで割り込んできて、報告があるとか言ってたぞ。お前も何も聞いてねぇのか」


「はい。特に何も……まぁ、お二人が危ない人じゃないって分かったなら何よりです。僕、まだ人は切ったことないんで不安でしたよ」


「あー……それはどういう?」


 なんとなく察しはつくが、恐る恐る青年の話を聞く。


「マイケルさんとジョンさんが悪い人だったら、暴れた時僕達が対処しないとでしょ? ですから、ちょっとだけ覚悟してたんです」


「おいおい、あんま物騒な事言うんじゃねぇよ」


「そうだ。俺達がそんな悪党なわけないだろ?」


 二人は顔をしかめて苦言を呈す。


「信じてましたけど、人は見かけによりませんから。あくまで最悪の場合の話ですよ」


 冗談めかして話しているスラウだったが、喋っている一言一句に覚悟が感じられた。恐らく、自分達がもしそうであった場合、容赦なく首を落とされていただろうと、二人はそう思った。


「その容赦の無さは流石だな」


「これが仕事ですから」


「俺達の元の世界でも、こういう仕事してるやつはそんな感じの顔つきしてんだよな。ほんと、頭あがんねぇぜ」


 覚悟と忠義のある人間の顔つきを、二人は知っていた。元の世界でも、少なからずそういった人間と関わる機会があったのだ。


「そんなことよりお二人さん、これからどうするんですか?」


「そのことなんだが、どうしようか迷ってるんだ。もしよかったら、この世界について詳しく知れる場所とかあるか? 図書館とか」


「あと、学校もいいな。入学しようなんて考えちゃいねぇが、先生とかいるならそういう奴らにも話を聞きたい」


「なるほど。それなら、いい感じの場所がありますよ。人がそこそこ集まって、本があって、あなた達を泊まらせてくれそうな場所。先生ほどかどうかはわかりませんが、僕の知り合いで頭の良い人もいます」


「おぉ! 助かるよ」


「最高だぜ、お前」


「では、向かいましょう。集会所へ」

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