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第20話【一つ目の黒き巨丸】

王歴597年 夏期 29日

20時19分

ワネグァル王国西 イソルゼ


 時は少し戻り、試運転の前夜。チェドの家に集まり、三人は翌日の作戦について話し合っていた。


「凶変個体のアイツは、なんで逃げた? 本来の作戦じゃ、途中から助けに現れたアイツを全員で叩く算段だったろ?」


「そこが今回のみそだ。アイツは手下を助けに来るわけでもなく、俺達を追いかけていた群れを回収して何処かに逃げた」


 凶変個体の不可解な行動を、チェドは考察する。


「単に一人になるのが寂しいってなら、もっと早く助けに来る筈だ。俺の考えじゃァ、アイツは線路上の近く、その何処かを住処にしてる」


「何でそう思う?」


「逃げていく方向が線路のある方向だったからな」


「そんだけか?」


「町長から聞いた話で、シャスプールから来たって勝手に思い込んでたが、実際はシャスプールから来る列車にくっついてきたってだけなんだろう。俺はあっちに数年住んでたことがあるが、あんな魔物は見たことがない」


「じゃあ調査したこと以外は、よく知らねぇってことか」


「そういうことだ。あれだけブヨブヨ変化するやつァ、スライムぐらいだと思ってたが……世界は広いねェ」


「なら、明日は辞めたほうがいいだろ。もっと詳しく調べてから……」


「そうしたいとこだが、生憎アイツの隠れてる場所がわからないんでねェ。それに、仲間を見殺しにするような奴だ。今さら陽動に引っかかるとも思えない。アイツの大好きな列車が動くまでは、自分も動かないだろうさ」


「正体不明のバケモノに、何の知識もなく挑むわけか……」


「そうでもない。推測できることもある。例えば、アイツは群れであの大きさじゃない、とかな」


「どういうことだ?」


「凶変個体ってのは、体の構造が丸ごと変わることもあってねェ。そんなやつと合体が出来るとは思えない。その証拠に、俺達を追いかけてたサヴグマを取り込んだ時、体がデカくならなかった。口の中か何処かにしまっただけなんだろう」


「一匹でアレね……考えたくねぇな……」


「俺も信じたくないが、悪いことばかりじゃない。一匹でいてくれるなら、攻撃が直に通るってことだ。お前さん達の都合を考えれば、むしろありがたい。ただ、注意する事があるとすれば、地面に潜ってるアイツには攻撃が通らないってことだ」


「マジかよ。なんで?」


「残念だが、こいつもわからない。予想できる程の情報が無くてね」


「わからない事だらけじゃねぇか。それで作戦なんて立てられんのか?」


「……まァ、確かに作戦と言えるほどのものじゃない。だが、十分足りると思ってる」


「そんな感じで今回は失敗した」


「信じてくれ。同じ失敗はしない。今度は列車とそこに乗る全員の命がかかってる。それぐらいに本気だ」


「……はぁ……聞かせてくれよ」


「ありがとよ。まず、ヤツは列車の後部を襲う。これは列車を動かす燃料用の魔晶石が後部に積まれてるからだ。間違いはない。それで、後部から走って追いかけてくるアイツを、前部に乗る俺達で叩く。簡単だろう?」


「おいおい冗談だろ」


「俺は冗談は言わない。何か起きれば、その場で対処する。それで十分だ」


「……いいぜ。何でもやってやるよ。ここまで来たんだ。ただ、俺等を死なす様な真似だけはすんなよ」


「あぁ、快適な列車の旅を約束しよう」


    ◇


 そして、現在。殆ど無策であると言える状態で、凶変個体の前へ立つ。列車が忙しなく動く音と、高鳴る心臓の鼓動が耳に響く。


「マイケル、貸してくれ」


 窓から上半身を出しているマイケルから、銃を要求する。マイケルはその要求を聞くと、手元に出していたライフルを一時的に消し、チェドの手元に出す想像を始めた。すると、ライフルはチェドの手にすっぽりと収まるように姿を現した。


(使えるのは六回。使い切ったら、マイケルの所に戻らなきゃならない。使う所は考えろ、チェドゴリオン)


 自身に言い聞かせるように、銃の性能を思い返す。そうしているうちに、握っていたライフルはコンパクトな拳銃へと姿を変えていく。完璧に手に馴染む物へと変われば、チェドは列車の屋根を歩き出した。


「マイケル、ジョンと客車で待機しててくれ。自分と乗務員を守れるのは、お前さん達だけだ」


「了解! へまするなよ!」


 二人へ命令を残し、一人で凶変個体へ近づいていく。目の前の敵は、既に最後尾の貨車へ追いついていた。十本ある腕のうち、二本の腕を使い、貨車を掴む。


「盗みは感心しないな」


 右手に持っていた拳銃を左手に持ち替え、チェドは魔法を放つ。鋭く放たれた石の弾丸は、サヴグマの腕をかすめる。巨大な目玉は弾丸の飛んできた方向を確認すると、列車の屋根に立つ一人の男へ視線を向けた。


「よう、調子はどうだ」


 挨拶と同時に、目玉の中心に向けもう一度石の弾丸を放つ。サヴグマは石が放たれる瞬間に列車から手を離し、地面へ潜り込んだ。


「チッ」


 チェドは列車の脇へ視線を落とし、地面を見渡す。黒い丸の中に目玉と口のある、地上絵の様なモノが列車を追い抜きそうな速度で並走を始める。チェドが立っている車両まで追いつくと、地面から列車へ影のまま張り付いて移動する。


「会いに来てくれるとは、うれしいね」


 チェドは足元を見下ろして、拳銃を右手に持ち替え構えた。客車からサヴグマを離すため、銃を突きつけたまま、後退りをしながら距離を取る。しかしサヴグマは動こうとせず、その場で止まっていた。


「こっちだ!」


 チェドが煽りを加えると、凶変個体のサヴグマは口を開き、二メートル程のサヴグマを吐き出した。


「あの時飲み込んだやつか!」


 吐き出されたサヴグマは、屋根から窓の中へと体を這わせて入っていった。


「マイケル! ジョン! 気をつけろ!」


 外の騒音にかき消されると分かっていながらも、チェドは二人へ叫んだ。凶変個体のサヴグマは、手下を吐き出した後、チェドと向かい合う様に姿を現した。直径六メートル程の巨体が、腕を使って列車にしがみつき、チェドを睨みつけていた。


「随分と軽いんだな」


 それ程の巨体でありながら、列車が歪むことは無い。一先ず、客車の中の皆が押しつぶされる心配はないと見ると、目の前の敵に集中する。


(一発、試してみるか)


 拳銃をサヴグマに向けて、ジョンから教わった射撃の準備をする。ハンマーを下げ、トリガーに指をかける。更に、魔力を手元に集中させ、握っている魔道具へと流し込む。その僅か二秒の動作が、チェドにはゆっくりと感じられた。サヴグマは既に口を大きく開け、チェドに襲いかかろうとしていた。そんな目の前の標的を貫くイメージを欠かさず、指を引く。

 瞬間、古めかしい拳銃からは想像もできない爆音。周囲の音を全てかき消す程のそれは、激しい閃光と破壊力を伴っていた。狙いはそれたものの、サヴグマの左上部に大きな風穴を開け、体の半分程度を吹き飛ばしている。しかしその分、反動も凄まじく、チェドは大きく体勢を崩した。


「なんだ……?」


 片膝をついた状態で、思わず口から困惑の言葉が零れ出る。耳鳴りがなったかと思えば、一瞬視界が白に染まり、視界を取り戻したと思えば、サヴグマの体が半分なくなっていた。それが、自身の人差し指のみの動作で起きたのだ。


「やったのか……?」


 風穴の空いた黒い丸は、動きを止めていた。状況に理解が追いつかず困惑していても、目の前の敵が死んでいるかもしれないということはわかった。しかし、その淡い期待は直ぐに打ち砕かれる。穴の空いていた黒丸は、地面へと落ちて影の状態に姿を変えた。その影は列車の反対方向へ走り出し、最後尾へむかっていく。


「チッ! 逃がすか!」


 体勢を立て直し、屋根の上を走って追いかける。しかし、サヴグマはあっという間に列車最後尾へとたどり着く。列車の屋根に登り、そこを齧りついて破壊すると、中にあった燃料用の魔晶石を食し始めた。


(しめた。魔晶石に食いついたな。今のうちに切り離して、コイツで破壊できれば)


 チェドは窓から客車内へ入ると、中では先程放たれたサヴグマの処理が行われていた。


「窓からサヴグマが入ってきたんだが、いやそれよりさっきの音はなんだ?! お前の銃か?!」


 マイケルは何が起きているのかわからないと言った落ち着きのなさで、チェドに問いかけた。車内は屋根や窓に小さな穴が大量に空いており、戦った形跡が見られる。


「悪いが説明してる暇はない。レビニンに用がある」


「ああクソ、分かったよ。とりあえず、こっちは大丈夫だしな」


 ツカツカと運転室に歩いていくと、客車から繋がる扉を強めに叩いた。


「最後尾の列車を切り離してくれ! 今アイツはあそこに釘付けだ!」


「了解!」


 レビニンは何十とあるボタンの中から、一つのボタンを押す。


「これで行った筈です! 速く!」


「どうも!」


 チェドは再度窓から屋根の上へ移動した。既に遠く離れた位置にある貨車に向けて拳銃を構え、コッキングを済ませると、引き金に指を添えた。今度は、列車をも破壊するように想像する。強く、速く、鋭く、炸裂する瞬間は鮮烈に。最後尾の列車を切り離す様な火力を、そこに乗せる。貨車の中で、今も魔晶石を食い尽くしているサヴグマを、確実に絶やすため、指を引いた。

 先刻と同じ爆音と、閃光。しかし今度は衝撃に備えていたため、狙いは見事に命中。腕で反動を逃し、体勢を崩すこともなく立っていた。弾丸の命中した列車は大きく削り取られ、その先の地面に大きなクレーターすら作っていた。


「こいつァ、とんでもないな……」


 サヴグマの消滅を確信し、客車に戻ろうとしたその時、地面に直径二十メートル程の丸い影が現れる。


「……笑えないな」


 魔晶石を貨車一本分食べ尽くし、魔力を十分に蓄えたサヴグマが、列車の下で気味の悪い薄ら笑いを浮かべていた。


「チェド! なんだコレ!」


 マイケルは窓から上半身を出し、屋根に立つチェドへ文句を垂れる。


「ちと元気になっちまったみたいだな。まさか食べ盛りだったとは」


「ふざけてる場合か!?」


 サヴグマは速度を落とし、再び最後尾の車両へと移動する。目的の場所に着くと、最後尾の列車を自身の体で覆い尽くし、一つの車両を占領した。


(あそこに魔力が豊富なもんはなかったはずだが、何をしてる?)


 チェドはその車両に何があるのか知るため、客車に窓から戻り、運転室へと向かった。


「レビニン。今の最後尾の車両には、何が入ってる?」


「整備に使う道具とかですわ。何でそんな事を?」


「魔物があそこを占領した。何かされちゃまずいことは?」


「あの車両を占領ですか……特に何もないと思いますが。道具を武器として使ってこない限りは……」


「そうか。嫌な予感がするな。マイケル、ジョン、後部を確かめに行くぞ」


「了解。ジョン、ついてきてくれ」


「了解」


 先頭からチェド、ジョン、マイケルの順に並び、列車の後部へと向かう。しかし、凶変個体が纏わりついている車両に着く前に、チェドの嫌な予感は的中する。


「コイツはまた面倒だな」


 客車から四車両離れた所から、大量のサヴグマが整備用の道具を持ち出し、客車へと侵攻していた。

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