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第2話【四人の王】

????年??月??日

??時??分

ワネグァル王国南 メイリア森林付近


「異世界だって?」


「言葉が通じてるってことは、そっちの世界にもある言葉ってことですね。良かったです。これ以上わかりやすく説明しろって言われたらどうしようかと」


 二人は目の前の景色と今までの会話から、それが嘘や冗談で無いことが理解できた。理解したくなかったが、どうしようもない納得感があった。全てを説明するには、それしか無いと。


「そう、か……そうか、異世界なのか。ここは」


 ジョンは、目を見開いて辺りを見回した。


「マイケル、異世界だ! ここは違う世界なんだとよ! すげぇ!! 何がどうしてこんなとこに来ちまったんだ?!」


 興奮しながら、嬉しそうに、楽しそうにジョンははしゃぐ。


「……お前、ふざけてんのか? 違う世界だぞ。どうやって元の世界に戻るんだ? 俺達の世界で、別の世界に行く方法なんてものがあったか??」


 マイケルは、声に確かな怒りを込めてジョンを問い詰めた。


「そりゃあ…………無いが……」


 明らかに反応を間違えたと感じたジョンは、少したじろぎながら声を下げる。


「じゃあこの世界にあると思うか?! いいか? 帰れないかもしれないんだぞ!! 元の世界には!! 二度と!!」


「落ち着いて」


 スラウは急いで仲裁に入り、マイケルをなだめた。


「とりあえず、馬車に乗りましょう? 話はそこで、ね?」


 焦りながら、辺りを見回す。いきなり聞こえた大声に、他の鎧達は視線を向けていた。


「あぁ、悪かった……クソ」


 マイケルは深呼吸をする。しかし気分は晴れず、表情は暗いままだった。


「その馬車はどれだ? 早くしてくれ」


「あれです。ついてきて下さい」


 言われるがまま、スラウについていく二人。会話もなく、気まずい空気が漂っていた。

 マイケルは馬車に乗ると、足元にライフルを投げ捨て、俯いて座った。ジョンも何も言わず、ぎこちなく座った。


「出発して下さい」


 スラウが最後に乗り込むと、馭者に合図を送り、馬車は進みだした。


「はぁ……」


 揺れる馬車の中、マイケルが大きくため息をついた。


「おい、そう落ち込むなって。フラーシスさんが言ってたろ? 帰る手立てはあるはずってな」


 さっきまで気まずそうだったジョンは、無理やり元気そうに言った。


「はず、だろ? 何でお前はそんなに自信があるんだ?」


 意気消沈したマイケルをよそに、鼻息を荒くしてジョンは語る。


「そりゃあ、この世界にいる人間が帰れるはずだってんだから、いけるだろ。何の根拠もなしに、そんなこと言わねぇだろ? それに、俺たちが元の世界に帰れたら、異世界があるって証明できるぜ! こりゃあビッグニュースになる!」


「だから、帰れたらな……」


 マイケルは顔を両手で覆い、完全に沈黙した。対してジョンは揺れる幌馬車後部の窓から、身を乗り出して辺りを見回している。子供のようにあれは何だと一つ質問しては、また一つと、スラウを困らせていた。


「えっと……マイケルウィリアムズさん。その……」


 顔を見なくてもわかるほど、スラウは困っていた。この男は、とにかく感情が読み取りやすい。鎧越しでも表情が読み取れるような気さえした。あまりにも困っているせいで、マイケルは自分が悪いことをしているのではないかと錯覚する。面を上げて、ジョンに視線を飛ばす。ただでさえ嫌な気分を味わっているのに、これ以上不快な気分にはなりたくなかった。


「マイケルでいい。ジョン、その辺にしとけ」


「わかってるって」


 お礼は要らないとばかりにスラウを見つめた。


「え、あぁいやその、質問されるのは別に良くて……興味を持ってもらえるのは嬉しいですし。ただ、マイケルさんがあまりにも辛そうだったので……」


「それは」


 「それはそうだろう」と、怒鳴り声を上げる寸前で喉が絞まる。今目の前にいる人間に八つ当たりしたところで、問題は解決しない。なによりこの目の前の鎧が、自分達をここにつれてきたわけではないと、わかっていたからだ。事情も知らないまま怒鳴っても、更に困らせるだけだろう。そう考えたマイケルはまた俯いて、重い口をゆっくりと動かした。


「元の世界には、妻と子供が居るんだ。メアリー、えっと妻の名前だ。メアリーは強い。多分娘と二人でもやっていける。ただそれでも、愛する娘と妻の力になりたい。二人を支えられずに生きていくのは、どうしようもなく辛いんだ。不自由なく生きてほしいし、何より愛してる。だから、辛いんだ」


 上手く言いたい事が、まとまらずに言葉が流れ出る。吐き出した息と共に、涙がこぼれそうだった。現状を考えれば考えるほど、絶望的で。


「さっき、あのフラーシスとか言う兵隊が言ってたよな。帰る方法はある"はず"だって。そう言うってことは、まだ俺たちの世界と、この世界を行き来できる方法が、確立はされてないってことだろ?」


 こんな状況を理解したくは無かったが、受け入れない限りは前へ進めない。こういう時は何故か嫌でも頭が回り、現実を受け入れてしまう。


「……………そうですね。少なくとも、異世界に行くなんて、僕も聞いたことがありません。でも違う世界がありそうだって言うのは、結構前から言われてたので、行き来する方法も探せばすぐ……」


「言われてるだけなら、俺たちの世界でもそうだった。でも実際に観測したり行き来する方法を確立するなんて、遠い夢の話だったよ」


 この世界で科学という分野がどれぐらい進んでいるのかは、今乗っている物を見ればわかる。馬車で移動するような文明では、別世界への移動など到底無理だろう。


「それは、なんというか…………」


 マイケルは目の前の鎧の反応から、魔法というものでも、世界の移動は容易ではないのだろうと悟った。鎧とマイケルは押し黙り下を向く。

 ジョンは気の利く一言を考えてはいるが、名案は思いつかない。結局、黙って景色を眺める。はしゃいで質疑応答の止まなかった馬車内も、今は馬の足音と車輪の音が鳴り響くだけだった。


「………………僕はまだ若くて、愛してる人と、生きてるのに会えないって辛さがわかりません。それでもあなたの表情を見れば、耐え難いことなんだって分かります」


 そうして数十分は経った頃、長い沈黙を破ったのは鎧の同情だった。言葉の後、目の前の鎧は頭からそれを外した。黄土色の瞳と、襟足が小さく縛られた銀色の髪。年は十代程であろう、耳の尖った若々しい青年だった。しかしその若々しさに似合わぬ、大きな横向きの傷跡が左頬にある。そんな青年は、目の前の男を見兼ねてか、続けて身の上話を始めた。


「僕はこの仕事に就く前、両親とメイリア森林付近に住んでたんですよ。森の東の方にある、小さな村で」


 青年は馬車の外を真っ直ぐ、それでいて何処か遠くを見て語り続けた。


「平和な村だったんですけど、ある日の夜、突然魔物の群れが襲ってきまして。大人達が限界まで戦ったんですけど、結局全員子供達を逃がすために死んで……」


 マイケルはそんな話に、思わず青年の顔を見つめた。馬車の外の景色に夢中だったジョンも、いつの間にか座り込んで話を聞いていた。


「当然その大人達の中に、僕の両親もいました。両親を失った後は、まぁ………………色々あったんですけど、なんやかんや巡回兵隊に入ったんです」


 青年は残酷な話をしながらも、笑った。その笑みに、マイケルはひどく胸を締めつけられた。


「母と父が死んだ今でも、支えてくれる人達がいて、幸せなんです。この世界の有名な教えなんですが、強く生きていれば最大の不幸を覆す幸福が来る、とか。その通りだなと思って」


 青年は、マイケルの目をしっかりと見つめた。


「僕が頑張ったから、なんて押し付けを言うつもりはありません。ただ、この世界では魔法を使えば何でも出来ると言われてます。何年かかろうと、諦めなければ元の世界に戻って、奥さん達にも会えますよ。きっと」


 力強い視線だった。真っ直ぐ見つめられたマイケルは、目を逸らしたくなる程に。若さや過去がそうさせるのか、それとも今自分が諦めかけていた物があるからなのか。


「そうだぜ、マイケル。お前がさっき言ってたけどよ、メアリーは強いんだろ? なら、十年やそこらで、突然失踪したお前のことを見捨てると思うか?」


 この世界では、理解できない事のほうが多いのだろう。その上、この世界の知識はゼロに等しい。そんな状態から元の世界に帰る方法を探すとなれば、何年かかるかはわからない。


「いや、どうだろうな……」


 魔法など、おとぎ話でしか聞いたことがない。法則性があるのかどうかも分からない。そこから一つ一つを理解して、自分の望む形にするには、一体どれぐらいの時間がかかるのだろうか。


「お前が信じなくてどうすんだ。誰よりメアリーを愛してんだろ? その言葉に嘘がねぇなら、信じろ」


「そうだな……」


「それに、俺達はアイツに約束しただろ。"死ぬまで全力で"ってな」


「………………」


 どれだけ時間がかかろうと、結果帰れないことが分かったとしても、それでも、前を向かなければならなかった。今までの人生で、二人はそうして生きてきた。何故かと問われれば、たった一つ。二人は共通するたった一つの記憶があるからに過ぎないと、そう答えるだろう。


「そう、だったな……」


 男は、再び前を向いた。

 記憶の底にある、消えない約束に報いる為に。


「そうだよな」


 顔を水で洗うように、上から下へ両の掌を流す。目をしっかりと見開いて、青年と親友に深々と礼をした。


「悪いな、二人共。心配かけた」


 その言葉を聞いた青年は、ほっと息をついた。間もなく笑って謝罪に応える。


「全ての民が安心できるように働くのが、王国兵の務めですから」


 悩みの晴れた青年のその笑顔は、これから先を少しだけ明るく思わせるような、温かい笑顔だった。


「まぁ不安で押しつぶされそうな相手に、いきなり魔物に殺された、なんて話をするのはどうかと思うけどな」


 マイケルは、礼代わりに皮肉を交ぜて軽口を叩いた。


「え、ああそれは」


 森の中でみた、困り焦る姿。堅苦しい鎧の中ではこんな顔をしていたのかと、二人は微笑んだ。


「冗談だよ、悪かった」


「ちょっと……! いや、冗談が言えるぐらいになって良かったです」


 頬を人差し指でかきながら、ぎこちなく笑った。


「よし。それじゃあ、いきなりで悪いんだが、この世界でこれから生きてく上で、聞きたいことが山程ある。さっき話に出てきた魔物っていうのもそうだが、魔法についても、常識とかについてもな」


「俺も聞きてぇな。色々教えてくれよ」


 気まずい雰囲気がなくなった途端、ジョンが調子を取り戻す。あれほど色々聞いていたのに、まだ聞き足りないのか浮足立っていた。


「うーん……何から説明すればいいのか……この世界自体が初めてなんて人は、相手にしたことがないので」


「そりゃあそうだよな。そんじゃひとまず、やっちゃいけないことでも教えてくれ。俺達が旅行する時は、何より先にそういうこと調べんだ。いきなり現地のヤツにぶん殴られたり、旅先でサツと楽しくお話なんて、ごめんだからな」


 二人は法律やマナー違反を犯さないためにも、まず常識について聞くことにした。


「やっちゃいけないことですか。それならまず、殺人ですね。これは流石にそっちの世界でもそうですよね?」


「そりゃそうだ。こっちの世界がどんなもんなのか全く知らねぇが、人として最低限守んなきゃいけないことは、ある程度共通してんだろ。んなこと全部すり合わせてたらきりがねぇ。それより、ほら。この国ならではとか、あるだろ? その魔法とやらに関してとか」


 鎧や馬車といった、多少風変わりな物があるとしても、こうして会話している人間は、今のところ自分達の世界と同じだった。突然襲ってきたり、事情も聞かずに逮捕する野蛮な兵隊でない時点で、前の世界と似た常識なのは見て取れた。それらを踏まえて一つ違う点は、魔法である。それについては、とにかく聞いておきたい。ジョンとしては、好奇心という面も大いにある。


「魔法や国……そうだ! 手のひらを人に向けると、場合によっては事件に発展するかもしれません」


「そうだそういうのだ! そういうのを教えてくれ。ついでに理由も教えてくれると助かる」


 より正確に何が駄目なのかを把握すれば、他のことも推測できるかもしれない。そう考えたジョンは、熱心に耳を傾けた。


「わかりました。基本的に魔法を使う場合、手から使うイメージをする人が多いので、手のひらを向けると、これからお前に魔法を使うぞっていう意思表示になったりするんです。勿論、手の出し方とか、会話の流れとかにもよりますが。大体何も言わずに手のひらを向けると、警戒されたりしますね。よくそれでケンカする人達がいます」


「なるほどな。他には?」


「他には……あ! これが一番重要かもしれません。我らが母と父のことは絶対に侮辱しないで下さい。最悪捕まります」


「我らが母と父、か。フラーシスさんが誓うとか何とか言ってたな。もしかすっと神みたいな話か?」


 森の中での記憶を呼び覚まし、フラーシスが言っていた宣誓を思い出す。両手の指を交差させて握り、祈るような形を作っていた。その姿勢と口上から、自分達の世界でも似たような物があったと気付く。


「そうですそうです! やっぱり神様は世界が違っても居るものなんですね」


「俺たちの世界にもあるからな、そういう信仰は。天にまします我らが父よってな」


「なら、この話も大丈夫そうですね」


「あぁ。むやみに人の信仰をバカにしたりしねぇよ」


 マイケルとジョンは、聞く限り納得できないような話もなく、つつがなく世界の常識について学んだ。


「……大丈夫そうですね。異世界って聞いた時は、僕はもっと違った世界なのかと思ってましたよ。人の目が三つあったりとか」


「そりゃ宇宙人とかだろ。まぁでも、似たようなもんか」


「俺達はまぁ驚いたけどな。俺達の世界にあれだけデカい木はないし、魔法もないからな」


「へぇ~。魔法がない、ですか……改めて聞くと実感ないと言うか……」


 スラウは頬をポリポリとかいて、不思議そうにしていた。


「魔法って誰でもつかえんのか? 俺達の世界だと、魔法使いとか魔女とかは名前であった程度だな。それもありえねぇ存在だって言われてるけどな」


「魔法が無いのにそういう名前はあるんですね。不思議だなぁ〜。こっちは魔法を使えない人なんて居ないって感じですね。人に生まれつき備わってる機能なので。火をおこしたり、洗濯に使ったり、何をするにも必須ですよ」


 二人と一人は、互いの世界について話し合い続けた。魔法は元の世界で例えると、電気に近しい物で、様々な面で生活に欠かせないもののようだった。電気と異なる点は人が直接操るという点で、いわゆる家電などにコードを通して電気を送るのと違い、人が身体から魔法を直接使って、電源をつけたりするのだそうだ。


「他にも傷をすぐ治したりとか、物を軽く作ったりとか。とにかく、想像出来るんだったら、大体のことは出来るって感じです」


 まさにおとぎ話で聞くような、魔法そのものだった。人の願いを叶える、不思議な力。この話に、二人は興奮していた。夢の中でしかできないようなことも、この世界では出来るのかもしれない。そう思うだけで、年甲斐もなく浮かれてしまう。


「おいジョン、今の話聞いたか?」


「あぁマイケル、一言たりとも逃さず聞いてたぜ。こりゃあとんでもねぇぞ……!」


「だから、フラーシスさんは言ってたんです。他の世界に行く方法も、必ず見つかるって。実際、僕もそう思ってますしね」


 本当にこの世界では、別の世界に行くなど容易いことなのかもしれない。もしかしたら、一年もかからずに帰れることもあるかもしれない。マイケルはさっきまで絶望していた自分がバカらしく思えるほど、希望に満ちていた。


「そういや、フラーシスさんは何処行ったんだ? 馬車が他に走ってるようには見えねぇが」


「言い忘れてましたね。フラーシスさんは先に走って陛下へ報告しに行きました。預言の者が現れればすぐに連れてまいれとのことだったので」


「走って? まさか魔法を使えば馬より早く走れるのか? この距離を? ずっと?」


 流石の魔法でも、と思った二人だったが、スラウの自慢げな顔をみるに恐らく可能なのだろう。


「フラーシスさんが特別凄いっていうのは当然ありますが、魔法ならそういうことも可能です。厳密には、魔法と違う部類なんですが」


 口が斜めに上がった生意気な顔で、スラウはまた気になる事を口走る。マイケルは魔法とはまた違った何かがあるのかと質問しようとしたが、馬車が停まり反射的に口を閉じる。


「着きましたよ」


 二人はそう言われて馬車の前から外を覗く。あの巨大な樹が、視界に収まりきらないほど近くにあった。更にその手前には、これまた大きな壁が建っていた。


「コレだけデカい壁を見ても、なんていうか小さく見えるな」


「アレにくらべりゃな。距離感おかしくなっちまうぜ全く」


 二人は馬車の席から立ち上がり、大きく伸びをする。


「あ、通行手続きしてくるんで、このまま乗ってて下さい。国内から王城まで、止まらずに行くので」


 ひょいとスラウは馬車から降りる。その背後で露骨に残念そうな顔をするマイケルとジョン。不安が消え去った二人は完全に旅行気分で、王国内の景色を楽しみにしていた。


「少しだけ観光させてくんねぇか? 頼む! 異世界とやらがどんな街並みなのか気になんだよ」


「俺からも頼んでいいか? 心に余裕が出てきたおかげで、ちょっと楽しみなんだ」


 大きな子供二人を相手して、スラウは少し考える。馬車内での会話で、この世界でも通じる常識があることは確認できていた。それなら、この世界をよく知ってもらうためにも、少しだけなら街を歩かせたほうがいいのではないかと。


「そうしたいのは山々なんですが……多分フラーシスさんがそろそろ……」


 城門の上から凄まじい勢いで黒髪をなびかせ、誰かが降ってくる。その勢いのまま轟音響かせ大地を割って着地、と思いきや不自然な程音をたてず静かに着地した。後ろで纏められた髪を、軽やかに手ではらいこちらを見て頷いた。


「ふむ。間に合ったな」


「フラーシスさん、普通に門から来てくださいよ……」


「私が街を走ると皆に迷惑がかかる。上から来たほうが良いだろう」


「いや、手続きが面倒だっただけでしょ……」


 馬車の外でスラウは何事もなかったかのように話している。その一部始終をみていたマイケルは、壁と目の前の女性を素早く交互に見た。


「なぁ、ジョン。あの壁、二十ヤードぐらいはあるよな?」


「そうだな。そんぐらいじゃねぇか?」


「上からフラーシスさんが降ってきたんだが……」


「………………ホントか?」


 ジョンは随分と考え込んだが、顔を手でもみ込んでありえなくもないという顔で答えた。馬車正面からフラーシスが顔をのぞかせ、二人に話しかけた。


「お二方、お待たせして申し訳ない。残るは王城までの道のり故、もう少しだけ辛抱願いたい」


 残念そうな顔をする二人を、不思議そうに見つめるフラーシス。


「スラウ、私は何か気を損ねる様な事をしたか……?」


 振り返り、壁の門で手続きするスラウに問いかけた。


「いや、二人共国内を旅行したかったようでして」


 フラーシスは僅かに驚いたあと、口元を緩めた。


「……なるほど。できる限り手配しよう。ただ、今は王の元へ行くことが先決。ご理解を」


「そういえば王様のところに行って、俺達はなにするんだ?」


「恐らく、真に異界の者かを確認する為かと。念の為その武器? の様な物は、馬車の中に置いたままにしていただけると助かります」


「なるほど。入国審査みたいなものだと思っておくよ。そんなところに銃持ってくなんて、馬鹿な真似はしないさ」


 会話を終えると、丁度手続きが終わる。


「行きましょうか」


「私はメイリア森林に戻り、残った者達を連れ帰る。恐らく、もう巡回も済んだ頃だろう」


 フラーシスが車のような速さで、森の方角へと走っていった。二人は目を点にして、走り去っていく後ろ姿を見ていた。そんな事を気にせず、馬車は目の前の巨大な門を通過して国内へと進んだ。二人は、馬車の後部から身を乗り出し辺りを見回す。中世ヨーロッパを思わせる、赤褐色のレンガの屋根をかぶった細身の家々。中には奇抜な形をした石造の家や、巨大な木造の洋館のようなものもあった。その家達が真っ直ぐ一本の大きな間を開け、樹の根元にある王城までの道を作っている。


「コイツはスゲェ!! テンション上がっちまうなぁ! マイケル!」


「あぁ、これは凄いな……!」


 子供達が地面から屋根の上まで飛んで走り回っていたり、大人達が路面店のようなところで、水色の宝石のようなものから水を出してバケツに汲んでいたり。入ってすぐから、溢れんばかりの活気を感じさせるその光景に、目を奪われた。


「みろ、ガキが空飛んでるぞ!」


「おいおい……あの水出してる石は何だ?」


 魔法がある世界。それがこんなにもすぐ実感できるとは思ってもいなかった。


「早く謁見終わらせて観光しようぜ!」


「楽しくなってきたな!」


 町中では馬車に乗っている二人が珍しいのか、人の目がマイケルとジョンに集中していた。二人はその人々に向けて手を振ると、笑顔で手を振り替えしてくれた。王城に直進してかれこれ二時間半、二人にとってはあっという間の時間だった。立ち上がって今度こそ馬車から降り、目の前の城を見上げた。城は木の根元に沿って山なりに造られていて、横へ長く伸びた廊下のような物が付いている。


「とんでもなくデケェ城だな。もしかすっと、あの廊下みてぇなのは木の根元全体囲ってんのか?」


「アレは隣の国のお城に直接向かうためについてるんですよ。一応、世界樹様を守る役割もあるんですけどね」


「凄いな……これだけデカい城を作るのに、どれだけ時間をかけたんだ?」


「それが有名な魔法建築士がいまして。一年ほどで完成したそうですよ」


「マジかよ……」


 話で聞いた、物を作る魔法というものでこの城を作ったのだろうか。国ほどの大きさがある樹を囲うように作るなど、元の世界で考えれば何十年、下手をすれば百年とかかる作業である。


「魔法ってのは凄いな、ホントに……」


 赤い円錐の尖った屋根が並ぶ巨大な城。その足元の門を目指し、階段を上がる。


「ここから更にのぼるんで、普段運動とかしてないとキツイかもしれないです。気合い入れといてください」


「ハハン、舐めてもらっちゃ困る。こう見えても日頃の運動は欠かしてないんだ。娘達をいつでも抱き上げられるよう鍛えてるんでね」


「俺もコイツの付き添いでやってるからな。余計なお世話だぜ」


 外から見えた長い階段を登り、城門前につく。街の広場ほどの大きさがある踊り場には、噴水や簡易的な庭があった。城と同じ白い石畳は、汚れ一つなく綺麗に輝いている。


「中々いい運動になるな。悪くなかったよ」


「同感だな、ちょうどいい汗流しだぜ」


「まだ終わりじゃありませんよ。ここから更に上がりますから」


 二人は互いに何かを察して、顔を見合わせ頷いた。自分達の身長の五倍近くはある木製の門を開き、城内へと入る。まだ完全に壁で覆われた室内ではなく、様々な部屋へつながる渡り廊下のような物が大広間から伸びていた。


「謁見の間はこの階段を登った先です。本当にあともう少しなので、頑張ってください」


「何、心配すんな。俺もマイケルも疲れちゃねぇさ。そうだろ?」


「あぁ……問題ない」


 足が棒になるほど長い階段を上がると、広間に出てまた階段。更にそれを登りきり、また階段。そんな絶望を何度か繰り返し、ようやく本丸につき、白と金で彩られた豪華絢爛な扉が見えた。


「ハァ…………ハァ……人生で登った階段の半分ぐらいはここだな」


「間違いねぇな…………うっ…………階段だけで死にかけたのは今日が初めてだ」


「本当にお疲れ様でした……やっぱり身体強化がないとキツイんですかね、ここ……」


 二人は、今日ほど魔法が使えたらよかったと考えた日はないだろう。目の前で苦笑いしているこの青年が、やたらと憎たらしく見えた。階段に座り込んで、上がる肩とパンパンに膨らんだ足を慰める。


「まぁもう着いたんで、安心して下さい。謁見中は、椅子が用意されると思うんで」


 二人は何とか立ち上がり、スラウが待つ扉の前に立った。


「じゃあ開けますよ」


 スラウが扉をゆっくり二度叩き、声を張り上げた。


「ワネク陛下、預言の者をお連れしました!」


 扉は自動で開き、中から光が差し込んだ。長く続く廊下のような部屋。左右には真っ白な柱と金で装飾された窓がズラリと並んでいる。床には部屋の奥まで続く赤いカーペットが敷かれていて、一番奥の僅かな段差の上には玉座が四つ並んでいた。その玉座に腰をかける四人の王が、真っ直ぐこちらを向いている。そのうち右から二番目の一人が、口を開いた。


「大義であった。若き兵よ」


 短髪が後ろに流れた白髪混じりの金色。髭が短く綺麗に整えられ、口周りと頬の辺りを覆っていた。瞳はくすんだ金色で、瞳孔は猫の様な縦長。耳が縦に尖っていて、指の爪が鋭く伸びている。狼のような特徴があるかと思えば、手の水かきは第二関節より上に伸びている。背丈は二メートルをゆうに超える程で、あらゆる生物の特徴を持っているような、顔や手に無数のシワと傷が刻まれた高齢の男だった。

 そんな男が、青年に重々しく賞賛を浴びせた。


「はっ。身に余るお言葉、恐縮です」


 青年は慣れた動作で、片膝をつきその称賛に応えた。二人はその光景を見て、一瞬にして疲れが意識外へと消える。四人の圧倒的ともいえる存在感に、緊張や恐怖に近い畏怖の念がわき上がっていた。

 言葉にはうまく言い表せない、何か。絶景を見た時や、初めて味わう感動に対して抱くそれを、人間から感じるのは初めてのことだった。偶然スーパースターと町中で出会ったときでさえ、この感覚には襲われなかった。


「これよりはその者達が真に異界の者か、我等の権能を持って見極める。一時この間から離れ、待機せよ」


「はっ」


 青年は規則正しく立ち上がり、敬礼をして退室した。残された二人は、不自然な直立をして王へ視線を向ける。


アウラメス(想いを伝える魔術)


 王はゆったりと腕を上げ、スラウが二人にかけたものと同じ魔法をかけた。再び淡い緑色の光が二人を包み、消える。


「……緊張しているようだな。預言の者よ」


 どう答えれば良いか分からず、二人はとにかく首を縦に振った。


「幾つか、言わねばならぬことがある。

一つ、我々はそなた達を歓迎している。預言の者でなかろうと、異界の者でなかろうと、それまでに過ぎぬ。我等同じ人の子、慣れ親しまぬ異界でも自由を享受出来るよう尽力しよう。加えて、我等の国の民が危害を加えぬ事を、ここに誓おう」


 ひとまずの安心に、二人は胸をなで下ろした。


「ただし、それはそなた達がこの国に仇なす者でないと定まりし時。もしそなた達が預言と異なり、この国に災厄をもたらすならば、我々は容赦しない」


 しかしその安心も、すぐさま打ち砕かれた。


「容赦しないってのは、具体的に何すんだ」


 ジョンは、眉間にしわを寄せ声色を少し悪くする。


「しばらくは、牢で過ごしてもらおう」


 二人の背中に、冷たい感覚が伝う。


「更に尋問の際、この国だけにとどまらず、世界に仇なす者だと知れた時は」


 王は、眉一つ動かさず淡々と続けた。


「反逆者として、死刑を執行する」

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