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第18話【サヴグマ討伐作戦 その三】

王歴597年 夏期 29日

16時28分

ワネグァル王国西 イソルゼ


 チェドは向けた手のひらから石の弾丸を撃ち出す。しかし弾丸は地面へ直撃し、サヴグマを通り抜けた。


「なんだ……?」


 チェドは信じられない光景を目の当たりにして、動きが止まる。今までのサヴグマは、地面の上を影に擬態して進んでいた。そして長も同じ様に、地面の影へ擬態していると思っていた。


「おいチェド! なんだその顔は! ちゃんと策があるんだろうな!?」


 バーボットはチェドに不安を投げつけ、目一杯馬を走らせる。


「……任せときな」


 チェドは乗り出した体を馬車の中に引っ込め、現状を話す。


「お前さん達に良い知らせだ。長が現れた」


「はぁ!? 前で騒いでると思ったら、そういうことかよクソ!」


「なんだジョン、どうした?」


「ボスのお出ましだとよ! 凶変個体本人だ!」


「本当か?!」


「わた、わ、私達で勝てるんですか?」


「呼ぶとは言っていましたが……まさか僕たちが狩るとは……」


「ツイてるねぇ! 一回は凶変個体と殴り合ってみたかったんだよ」


 騒然となる乗客五人。


「とにかく、全員落ち着いてくれ。まずは地面を見ろ」


 そんな五人をチェドは一時的に落ち着かせ、馬車の後部から地面を見つめさせた。そこからは、自分達の馬車に合わせて動く巨大な黒い円と、子供の落書きの様な歯が見える。


「なんだよこれ!」


「これが凶変個体だ。コイツは他のヤツらと違って、潜ってる間攻撃が利かないかもしれなくてな。さっき一撃お見舞いしたが、何食わぬ顔をしてやがる」


「じゃあどうすんだ?」


「一先ず、お前さんの攻撃も試してみたい。コイツ目掛けて数発頼む」


「了解」


 ジョンは馬車から身を乗り出し、黒い地面に目掛けて数発撃ち込む。放たれた弾丸は土煙を立てるのみで、予想通り意味をなさない。


「特に反応無し。で、どうすんだ?」


「コイツが自分の意志で地上に出てこない限り、攻撃は通らない。もしくは……」


「チェド! 後ろから来てるよ!」


 先程正面に現れたサヴグマが再びまとまり、後ろから迫っていた。チェドはビレンダの警告を聞き、馬車後部からサヴグマに狙いを定める。


「デイ! 頼む!」


「了解!」


 チェドは号令をかけてデイに構えさせると、黒い影の上を走っているサヴグマへ石の弾丸を放つ。放たれた弾丸はサヴグマの体の中心を捉え、そのままであれば命中する筈だった。しかし、サヴグマは地面の巨大な黒い円に引きずり込まれ、一瞬にして姿を消した。


「なんだ!?」


 黒い円はサヴグマを引きずり込んだ後、突然馬車と反対方向に進行を始め、逃げるように進んでいく。


「バーボット! ヤツが進行方向を変えた! 追いかけるぞ!」


「落ち着けチェド! 引いてくれたなら好都合だ! 俺達も引いて作戦を考え直すぞ!」


「今逃せば次はもう引っかからない! 追うべきだ!」


「罠だったらどうする!? それに、あの変体具合、尋常じゃねぇ! アイツをサヴグマ扱いすんのは馬鹿だぜ!」


「……でもよ!」


 二人が言い争っている間にも、サヴグマとの距離は離れていく。そんな状況を見兼ねたビレンダが、間に割って入る。


「バーボット! アタシも奴を追いかけるのには賛成だよ! 近づきすぎないで良い! ただ向かった方向に行くだけでも!」


「正面から突っ込んで振り向かれたら、馬が食われちまうだろ!? 町から馬車を出した時とはちげぇ! 向こうから近づかれて終わりだ!」


 バーボットは馬を町の方に走らせ、話を続けた。


「こんな事言いたくねぇが、それでお前ら以外の四人が死んだら、責任取れんのか? 俺は別に死んだって構わねぇ。ビレンダもそうなんだろ? でもよ、他の四人は? 作戦外の行動で、異世界の人間と若造二人殺したって説明すんのか! チェド!」


 チェドはかつてないほどに険しい表情をしていた。バーボットの言うことが最もで、自分が言っていた事は危険極まりないことであるからだ。二人の疲弊した若者と、魔法の使えない人間二人を連れながら、凶変個体に正面から挑むなど無謀である。しかし今の機会を逃せば、間違いなく次の陽動にはかからない。


「…………わかってる……わかってるさ…………だが……!」


「だがもクソもねぇ! わかってんなら、どうすべきか冷静に考えろ! 仲間死なせんのは、一番お前が嫌う行動だろ!」


 チェドは拳を強く握りしめた。強く、爪の跡が手のひらに残るほど。


「……帰ろう。一度、出直すぞ」


「ありがとな。お前なら分かってくれると思ってたぜ」


 馬車は進路を変えず、町へ進み続けた。馬車内部は静かで、車輪が転がる音のみが聞こえる。


「……すまない。俺の勝手な判断で、お前さん達を危険に晒す所だった」


 沈黙の中、チェドは謝罪した。


「気にすんなよ。むしろ、あのまま追わなかったのが不思議なぐらいだ」


「私は、一応そのつもりできてたので。気にしてません」


「僕もです」


「アタシなんか、ちょっとガックシきてるぐらいだよ」


 四人はチェドを励ますつもりで、各々が自分の考えを表明する。しかし、チェドは更に表情を曇らせ、膝で握っている拳を見つめた。


「正直、お前さん達がそうやって拒否しないことも、織り込み済みだった。追うと決めれば、誰も拒否はしないだろうと」


「まぁそんぐらい利用するつもりで居てもらわないとね。アンタには」


「ちょっと考えすぎじゃねぇか? 作戦はあったんだろ?」


「無いわけじゃなかったが……実際は不安要素が多かった。撤退したほうが身のためだったろうな」


「そうか。ならアンタは正しい選択が出来る人間ってことだな。だろ?」


 ジョンは笑ってチェドに問いかけた。


「……俺は恵まれてるな」


 チェドは今思い悩むべきでないと、顔を上げた。こうして誰一人気にしていないのであれば、一人で悩むことはかえって迷惑をかけることになる。


「そうだ。お前は恵まれてんだから、とっとと次の作戦を考えてくれ」


「そうだな。よし、なら次はもっとド派手にいくとするかねェ。まずは……」


 既に、馬車の中に静けさはない。次の機会へ向けて、着々と作戦を練っていく者達が、そこには乗っていた。

 町へ着き、今回の作戦を終えた者達が、チェド達を迎える。


「おい! チェドたちが帰って来たぞ!」


 数十人に囲まれながら、チェド達は馬車を降りた。自分達を囲んでいた人々をよけて、それなりに並べた後、成果を話す。


「結論から言おう。作戦は失敗だ」


 想定と違う結果を報告された人々はざわつき始める。馬車の班で失敗した者は一人もおらず、こうして全員がほぼ無傷で生還した。にも関わらず、作戦立案者であるチェドは失敗だと告げた。


「な、何故ですか!」


 最前列にいた細身の男が堪らず声を上げ、質問した。チェドはそれを宥めて、話を続ける。


「凶変個体を逃したからだ」


「そんな……」


 ざわめく声が大きくなり、チェドへ説明を求める様な声が多く上がる。


「だが、得られた物も多い」


「何を得たって言うんです?」


「少なくとも、町に潜んでやがったサヴグマの大半は討伐できた。残りの奴らが襲ってくるとしても、精々一メートルちょっとが一匹襲ってくるぐらいだ。つまり、馬車の危険がなくなった今、運行再開出来るってことだ」


 ざわめきの中から、僅かに歓声が上がる。


「壁内からの援軍が見込める以上、列車の運行再開もそう遠くはないだろうな」


 騒ぎは少しずつ静かさを取り戻して行ったが、前に出た細身の男はまだ納得がいっていないようだった。


「それは良いですが、凶変個体を何故逃したんですか? 何かやむを得ない理由でも?」


「……アイツの情報が少なすぎた。出てきてくれたのは良かったが、サヴグマとアイツは別物だ。あそこまで変体してるとは、予想できなかった。勿論、これは俺の失敗だ。すまない」


「……そこまで変体していたんですか?」


「あぁ。地面に潜伏してる状態で、十メートル程の巨体に、目玉と口があった。おまけに、魔法の攻撃も、武器での攻撃も効かなかった。なにか、サヴグマとは本質的に違う」


「それは……なるほど。確かに、一度引いたほうが賢明ですね。私も、命を捨てて挑めとは言いません」


「理解してくれて助かるよ」


 細身の男は頭を下げ、一歩後ろにさがった。


「これからまた調査を始めて、作戦を練り直す。その後でまた声をかける。それまで、待っててくれ。今回の結果は、俺から町長に話す。他言無用で頼んだ」


 チェドは作戦に参加した全員に向け、そう宣言した。場は静まりかえって、皆が頷いた。


「うし! お前ら! 次こそは列車の運行を再開させて、一杯やろうぜ!」


 バーボットが声を上げ、数十人を煽る。静まり返っていた場は、一瞬にして怒鳴り声で染まった。


「おおおおおおおおおおお!!!!」


 その後、チェドとマイケル達は、集まった三十人の協力者達と一時的に別れた。解散後、チェドはマイケル達に声をかけ、家に誘った。数日前に訪れた二階の客間に着くと、用意していた椅子にマイケル達を座らせ、話を始める。


「なんだ? 話すことって?」


「明日、列車を動かす」


「は? おいおいマイケル聞いたか? コイツ列車を明日動かすとか言い始めたぞ?」


「何だって? 作戦練り直すって言ってたんじゃないのか?」


「あぁ言ってた。間違いなくな。おい、作戦練り直すって話だったろ?」


「そいつァ、アイツらを遠ざける為の嘘だ。お前さん達には、手伝ってもらいたい」


「人数減らしたほうがいいってのか? なんで?」


「列車に乗りながら戦うからだ」


 突拍子もない話に、ジョンは頭を抱える。


「待て待て。マジで意味が分かんねぇぞ?」


「列車に俺達が乗って、凶変個体を呼ぶ。列車を追いかけて来た所を、俺達で叩く。簡単だろ?」


「だったらなおさら人数居たほうがいいじゃねぇか!」


「列車が破壊されれば、確実に乗ってるやつは死ぬだろうな。だから、俺達だけで良い」


「勝手に俺等を死んでも良い奴に加えないでくれ……」


 ジョンは更に頭を抱え、溜息をついた。


「そもそも、援軍が来るって話してたじゃねぇか。待てばいいだろ?」


「最低でも四週間はかかるだろうな。王国兵ってのは準備に時間のかかる連中だ」


「…………はやく動かしたいから、死んでも良い俺達だけでやるってのか?」


 声に若干の怒りを含ませながら、ジョンはチェドに詰め寄った。


「人数を絞る理由は、ほかにもある」


「なんだよ?」


「俺達以外に、有効打を与えられる奴がいない」


「何を根拠に」


「列車を追いかけてくるヤツを攻撃するには、遠距離で攻撃できる奴が必要だ。俺みたいな魔法か、お前さん達みたいな魔道具が使えるやつがな。今回の応募で集まった奴には、そういう奴はいなかった」


「もう一回応募すりゃ、いるかもしれねぇだろ」


「いや、いないね。それほどの腕がありァ、あの応募には飛びついてくるはずだからな。あそこにいなかった時点で、いないと考えたほうが良い。いたとしても、どのみち応募してこないような奴だ。協力はしてくれないだろうさ」


 ジョンはその説明に納得し、椅子へ背中を預ける。確かに納得出来る話ではあるが、そこまでして早くシャスプールに行きたいのかと言われれば、そうでもない。悩ましい話であると考え、腕を組んで天井を見上げ、顎を揉んでいた。


「……三人で勝てんのかよ」


 攻撃の効かなかった相手に、勝ち目があるとは思えない。


「勝てる。お前さん達の銃と、俺の魔法があればな」


 しかし、チェドの表情は、確信を持っていた。


「……マイケルと相談する。待ってくれ」


「ごゆっくり」


 ジョンはチェドから聞いた話を、そのままマイケルへ聞かせる。するとマイケルはジョンと同じ様な疑問を言うため、その答えもチェドから聞いた通り返すと、次第にジョンと同じ様に悩んでいった。


「ジョンは、どうなんだ? 援軍を待ったほうが良いと思わないのか?」


「まぁほぼ一ヶ月かかっても、安全に行けたほうが良いと思うぜ」


「だよな。俺も同意見」


 二人の意見は一致していた。


「……でも、丸々一ヶ月何もせず、ただ待ってるのか?」


「そうだよな…………」


 しかし、悩んでいる点も一致していた。この世界の一週間は八日で、それが四つとなれば三十二日である。地球基準で言えば、丸々一ヶ月と一日。その期間を、ただ助けを待って何もせず過ごすのは、どうにも二人の信条に反する。


「なぁ、チェドはなんでそんなに早くシャスプールに行きたがってんだ?」


「色々あってね」


 何故か濁すチェドに対して、ジョンは交渉する。


「じゃこうしよう。チェドがシャスプールへ急ぐ理由を教えてくれたら、協力してやる。どうだ?」


「お前さん達、揃いも揃って性が悪いな」


 渋い顔をするチェドを気にせず、ジョンは交渉を続けた。


「どうも。それでどうすんだ?」


 僅かにチェドは悩んだが、交渉に応じ理由を話す。


「ハァ……今さら隠すことでもないな。姉貴が死んだ日が近いんだ。だから、今直ぐにでも向かいたい」


「……なるほどな」


 腑に落ちたジョンは、その理由をマイケルに話した。


「……なるほど。なら、俺は決まったぞ。ジョンは?」


「勿論俺もだ」


 二人は顔を合わせて頷き、チェドに協力する旨を伝える。


「チェド、手伝ってやる。明日までに作戦固めるぞ」


「ハッ、ありがとよ」


 三人は客間で二度目の作戦会議を始めた。人数が少なく、今度は世界に一台の列車を使うため、失敗は許されない。お互いの動きを細部まで決め、全体の動きを固めていく。

 時間は過ぎていき、気づけば夜になっていた。二人はチェドの家から立ち去り、集会所の宿泊部屋へと戻った。チェドは客間に残り、一人葉巻を加え夜に耽る。


「チェド、いるよね」


 今夜もまた、一人の少女が男の元に訪れた。


「どうした」


「列車、動く?」


「あぁ。いよいよだ。明後日か、明々後日には動く」


「ほんと?」


「本当だ。俺が嘘ついたことあるか?」


「ある」


「じゃあ今回だけは本当だ。信じてくれ」


 チェドは灰皿に葉巻を置いて、ミナの頭を撫でた。


「くさい」


「悪かったな。ただ、これも今日で最後だ」


「……うん」


「早く寝な。明後日が早く来てくれたほうが良いだろ? 眠るってのは、幸せな明日を迎えに行くための行動だからな」


「それ、パパも言ってた」


 目を丸くして、少女は男の目を見つめた。


「我らが母の有名な教えだ」


「そうなんだ。他のは?」


「ハハ、寝たら明日教えてやる」


「わかった。お休み」


「おやすみ」


 そう言い残して、少女は扉から寝室へ駆け出していった。


「後もう少しだ…………待っててくれ……」


 葉巻の煙を窓から吐き出し、独り言を言って、一つ雲を作る。葉巻を吸い終われば、いつものように椅子に座って眠りにつく。男が目指す、その日に向かうため。

 そして翌日の早朝、三人は町長の家の前に集まっていた。家の前に集っていた人はすっかりいなくなり、静けさを取り戻していた。


「アラームが無くなったせいで、まだ寝てんじゃねぇか?」


「あり得るな。連日あれだけ騒がれたら、ろくに寝れてないだろうしな」


 チェドが家の扉叩き、声を上げた。


「ベダルズ! いるだろ? 報告に来たぞ」


 二人の予想に反して、ベダルズはすぐに扉を開けて現れた。


「チェド! どうでしたか? 作戦の方は」


「まぁあげてくれ」


 そそくさと三人を家に招き入れるベダルズ。結果が聞きたくて仕方がないと、仕草から伝わってきた。


「それで、どうだったんです? 魔物の方は?」


「あぁ。討伐したよ。万が一残ってたとしても、一メートルちょいぐらいだ。心配するな」


 マイケル達はここに着くまでに言われた通り、口を一切開かず、ただチェドの言うことに頷いていた。


「本当ですか!? それは良かった……!」


 ベダルズは心の底から安堵し、胸をなで下ろした。


「馬車の運行はもう問題なく出来るだろうな」


「本当にありがとうございます……なら列車も」


 ベダルズが言いかけた途中、チェドが被せて話す。


「ああ、そのことなんだが。念の為俺達を試運転に乗せてってくれないか? また何かが起こるとも限らないしな」


「ええ勿論良いですよ。あの凶変個体を討伐した貴方達が乗ってくれるなら、心強い。間もなく駅員達に伝えに行くので、一緒に来ますか?」


「そうさせてもらうよ」


「まぁそう何度も凶変個体がでてくるとは思いませんがね」


 ベダルズは幸せそうに笑いながら席を立ち上がり、扉の方へ歩いて行った。


(奇跡的に嘘はついてねぇな……)


 四人は早速町長の家を飛び出し、列車のある駅へと向かっていった。

 一人、これから何が起こるのかを知らず。

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