第13話【ピースキーパー】
王歴597年 夏期 27日
7時08分
ワネグァル王国西 イソルゼ
魔物を確認した翌日の朝。二人は借りた部屋のベッドで眠っていた。マイケルは朝の日差しと、町の喧騒で目を覚ます。大きく伸びをして、上体を起こす形でベッドに座り込む。
「ジョン、起きろ。朝だ」
ベッドを跨り、ジョンが眠っているところまで移動して体をゆする。
「はぁ~……おはよう」
大きなあくびをしながら、体を伸ばして上体を起こす。
「おはよう。朝飯でも食いに行こう」
「……おう」
ジョンはボサボサの髪を手で流し、雑に形を整える。二人は寝ぼけたまま部屋を出て、ロビーの食事スペースへと移動した。するとテーブルの一つに、チェドが新聞を読みながら座っていた。
「よォ、調子はどうだ」
「ぐっすり眠れて絶好調だ。あんたは?」
「心配ご無用、元気いっぱいさ」
チェドは新聞をテーブルに置き、カップに入ったコーヒーのような黒い飲み物をすする。マイケルとジョンは空いている席に座り、チェドに視線を向けた。
「作戦会議は昼って話じゃなかったか? それとも、別の用事か?」
「あぁ。お前さん達に念の為聞きたいことがあってな」
チェドは一気にカップの飲み物を飲み干した。
「今日の作戦はお前さん達の銃ってやつが鍵だ。お前さん達を中心に動く以上、当然危ない橋を渡ることになる。覚悟はできてるか?」
「何をいまさら。当然できてる」
ジョンは理解のできない会話に集中できず、眠気に襲われていた。
「そこのウトウトしてる奴にも聞いといてくれ」
「大丈夫だ。こう見えても俺と同じく覚悟はできてる。多分」
「なら聞きたいことはもう……いや、もう一つあったな。お前さん達の名前を聞いてなかった。俺の名前はもう知ってるんだろう? 改めて名乗ろうか?」
「そう言えば自己紹介がまだだったか……一応、そっちから頼んでもいいか?」
「チェドゴリオンだ。よろしくな」
テンガロンハットを軽く持ち上げ、礼をした。
「俺はマイケル・ウィリアムズだ。マイケルって呼んでくれ。こいつはジョン・スミス。ジョンって呼んでくれ」
隣で寝ぼけている親友の挨拶を勝手に済ませ、握手する。
「あとは折角来たんで、朝食がてら作戦を詰めようかね」
「そうしよう」
ジョンは首を前後に揺らしながら、なんとか意識を保っていた。そんなジョンを意に介さず、マイケルは受付嬢に適当な朝食を三人分頼む。それに加え、先程チェドが飲んでいたものと同じ物を二人分頼んだ。受付嬢は注文を聞き終えると、頭を下げせかせかとキッチンがあるであろう部屋に入っていった。
「なぁチェド。あんたがさっき飲んでた黒いやつは、もしかして苦味があって目が覚めるやつか?」
「そうだが、飲んだことあんのかい?」
「俺たちの世界に似たようなもんがあっただけだ」
「へェ。意外な共通点だな」
注文して二分も経たず、コーヒーのような飲み物が到着した。マイケルはそれをすかさずジョンの前に差し出す。ヘッドバンギングのように頭をガクンと上下させているジョンは、その飲み物をみるや否や直ぐに口へ運んだ。口に入れた瞬間、覚えのある苦味と味に目が覚まされる。頭の運動は次第に大人しくしなり、ジョンの首がすわった。
「そんじゃァ、そちらさんも起きたようだし、作戦会議を始めるか」
マイケルも一口飲むと、その味に懐かしさを覚える。たった数日でも、元の世界の飲み物や食べ物が恋しく感じてしまった。しかし今は気にしている時ではなく、真剣にチェドへ向き直った。
「頼んだ」
「まずはアイツの名前を決めるとしようかねェ。サヴグマなんてどうだ?」
「何でもいい。俺達はまだこの世界のネーミングとか言葉とか全く分かってないからな」
「なら決まりだな。昨日も言った通り、サヴグマは一匹とチビの集まりで形成される群れだ。デカい音と振動に反応して、地面から獲物を食っちまう。あの習性はここいらじゃ見ないもんでねェ。変体する前の魔物が分からないと来た」
「それが何か問題でも?」
「詳しい生態が分からない以上、下手な手は打てないってことだ」
「だけど作戦は昨日のジョンのやつで決まってるんだろ?」
「そうだが、あれはおびき出すまでの作戦だ。その後どうするかまでは決めてないだろ。サヴグマの頭がちょいと良かったら、囲まれて食われて終いだ」
「三人じゃ対応しきれないのか?」
「町全体を覆うようなやつだ。三人でどうにかなるとは思えないな」
「そんな数いるのに、町を襲ってこないのか」
「凶変個体ってのは自分が力を持ったことに気づかない奴が多い。なにせ突然変わるわけだからな。そうじゃないなら、単に慎重な性格ってだけかもしれないが」
「それなら他に協力してくれそうな人を集めないとな」
「人が多すぎると警戒される。そんな……いや待て。そうだな、人を集めよう」
チェドは何か思いついたように話の舵を切った。
「だがまずはお前さん達の銃とやらの性能を見せてもらおうかねェ」
「了解。朝飯を食べ終わったらな」
二人はその後も作戦会議を続けた。会議途中に朝食を済ませ、三人は宿から出る。銃の性能を見せる為、チェドの家へと向かった。チェドの家へ向かっている最中に、ジョンヘ何を話していたのか説明した。
「さて、見せてもらおうか」
家に着くやいなや、チェドは銃の実演を求めた。しかし、何も揃っていないこの場に、二人はその要求を拒否する。
「待ってくれ。コイツは危険物なんだ。何か、厚い木の板とかないか?」
「ほう? 石の板なら出せるが」
「それはちょっと怖いな……粘土っぽい感じに出来ないか?」
「ふぅん……やってみよう」
チェドはマイケルの指示通り、壁に水気を多く含んだ粘土のような物を壁に張り出した。マイケルはそれを手で触り、跳弾の危険性が低いことを確認する。
「よし。これなら大丈夫そうだな。耳栓もできれば欲しいんだが、あるか?」
「それはないな。一時的に耳の中が泥だらけになってもいいなら、できなくはないが」
「いや……無くても大丈夫だ。始めよう」
マイケルは手元に銃を出し、構えた。慣れた手順を踏み、壁に向かって一発。大きな破裂音が響き渡り、三人を軽い耳鳴りが襲った。直ぐにそれも収まったが、チェドは何が起きたのか理解できず固まっていた。
「どうだ?」
マイケルは固まっているチェドに声を掛ける。チェドは黙ったまま撃たれた壁に近づき、弾痕を確認した。貫通こそしていないものの、小さな弾丸が壁に明確な跡を残していた。
「こいつは……凄いな」
チェドは魔法で出した壁を消す。すると床に落ちた弾丸を拾い上げ、眺めた。
「こんな魔法が、俺の理想だった……弓より速く、鋭く、強い……」
チェドは感動していた。自分が求めていた魔法の形を、目の前で見せつけられたのだ。チェドは、銃に似た魔法を使っている。何故なら魔物を殺すには、一番効率が良いと思っているからである。相手が反応できない速度で、石の小さい玉を撃ち出す。急所に当てることが出来れば、それで終わりである。痛みもなく、無駄な苦しみもない。ただその為に魔法を磨き、修練を積んできた。悔しさは微塵もない。ただ明確に、自分の中でさらなるイメージが浮かび上がるのを感じていた。
「これだ。俺はコイツを追い求めてた」
放心状態と言えるほど、目の前のそれに夢中になっていた。そんな男を見て、マイケルとジョンは顔を見合わせた。元の世界の知識から、なんとなくこれに興味がありそうだというのは分かっていた。チェドの意識を取り戻すため、マイケルは肩を叩く。
「あー、チェド? 大丈夫か?」
「あぁ、悪い。大丈夫だ。お前さん、それを貸してくれないか」
「いいが、使い方をちゃんと守ってくれよ。危ないから」
「わかってる。いいからはやく」
マイケルはライフルをチェドに手渡す。
「そうだ……もう少し小さいのが良い。片手で操れるもんがあれば……」
「実はその銃、変形するらしいんだが、好みの形に変えてみるか?」
「何だって?」
チェドは大きく目を見開き、興味を示した。
「それなら、そうだな……リボルバーとか良いんじゃないか?」
「リボルバー? なんだそれは? 教えてくれ!」
さらなる理想に近づくため、興奮気味にマイケルへ詰め寄る。
「えっと、紙とかないか?」
「待ってろ」
チェドは足早に二階へ登っていくと、直ぐに手帳と鉛筆を持って下りてきた。適当なページを開き、鉛筆とともにデスクに置くと、二度そこを叩いた。
「はやく、これでいいだろ?」
チェドは自分の中から湧き上がるインスピレーションを絶やさないため、焦ってそのリボルバーというものを求めた。マイケルはある程度しか銃を知らない為、ジョンにネックレスとペンを渡した。今はこういう状況だとジョンに説明すれば、ハハンと笑い、「丁度良いのがある」と息巻いてデスクへ躍り出る。ジョンは鉛筆を持ち、まっさらなノートにソレをすらすらと描いていく。線はぐらついて綺麗でなく、決して精巧な絵とは言えないが、何かを説明するには十分なものだった。
「いいか、コイツには弾が六発入る。一発撃つと、ここが回って次の弾が撃てるようになる。弾の装填は……考えなくて良い。消せばまた補充されるからな。一発撃ったらここを引いて準備。また撃ったらここを引く。弾がある限りは、それの繰り返しだ。いいか?」
「ああ、ああ! こういうのだ、俺の求める理想は!」
「後はソレに魔力流してみな。俺等はできねぇから知らねぇが、多分それで出来るはずだ」
チェドが抱えていたライフルが、徐々に光を帯びていく。
「初めて見るな」
「こいつは中々おもしれぇ」
二人はこの銃が魔力を込めれば変形するということを、魔法使いとラビナから聞いていた。にわかには信じがたい話であったが、この世界に限っては比較的現実的な話である。目の前のあり得ない光景をすんなりと受け入れている二人は、ただその様子を見届けていた。
チェドは光って変形していくそれを、落とさないように持ち替え続けた。やがて片手に収まる程度の小さな物へと姿を変えると、光が消えていく。光が完全に消え、全体がはっきりと目視出来るようになれば、それは見覚えのある一丁の拳銃になっていた。
「ピースキーパー。アンタにピッタリの銃だぜ」
チェドは想いの儘となったそれを見て、うっとりとしていた。片手に収まるちょうどよいサイズ、簡単な動作から繰り出される高速の弾丸。十分な破壊力と、取り回しの良さ。まさに求めていたものが、今での中にあった。
「コイツがあれば、あんなヤツ今直ぐにでも蹴散らせるぜ」
壁に向かって銃を構え、今にも引き金を引きそうなチェド。それをみた二人は焦って止める。
「おいおいおい待て! あぶねぇからやめろ! アンタが使った場合どのぐらいの威力になるのかもわかんねぇんだ!」
「待ってくれ。壁をぶち抜きたくないなら、待ってくれ。言葉が分からなくても分かるだろ? 待ってくれ」
二人は「魔法使い」からの授業で、魔道具は使用者の魔力によって大きく性能を変える事を学んでいた。魔道具は魔力を込められる限界値のようなものがあり、その限界値まで魔力を込められる人間が使用した場合、大きな力を発揮すると。この魔道具は、魔力を一切込められていない二人が使用していて、通常の銃と同じ威力なのである。それに魔力を込めて使用した場合、どの様になるのかは、想像に難くない。
「そんなに焦らなくても分かってるさ。手に握った感覚で分かる。コイツは、そこいらでぶっ放していいもんじゃァない」
「頭のネジが外れて無くてよかったぜ。で、今は何の話してたんだっけ?」
ジョンは会話の詳しい流れを知らない為、簡単な説明を求めた。
「……そうだ。お前さん達のこれを見せてもらうだけのはずだったんだがな。悪い」
「なるほどな。それじゃ、次は俺の番ってか?」
「頼む」
ジョンは手元にショットガンを出し、先程と同じ様な壁を出すよう要求する。チェドが粘土のような壁を再び出すと、タイミングを見て一発射撃した。乾いた破裂音とともに、壁には大きなへこみができていた。
「弾が飛び散ってるのか?」
「こっちのほうが弾の届く距離が短くて、代わりに近距離から中距離の制圧力が高いって感じだな」
チェドが壁を消すと、細かな弾の集まりが地面へ転がった。
「なるほどねェ」
ジョンが銃を消すと、同じ様に地面へ転がっていた弾も消えていく。
「こいつは驚いた。銃を消すと弾も消えるのか」
「みたいだな」
チェドは驚きつつも、その妙な魔道具に感動していた。
「サヴグマの討伐には、両方役立ってくれそうだな」
想定外の火力と利便性に、チェドは頬を緩ませる。
「コイツらを持ってるお前さん達が手伝ってくれるなら、確かに討伐はできそうだ。後は仲間をもう少し集めれば、作戦が実行できる」
「そういや俺は全然その作戦とやらを知らねぇんだが、説明してくれよ」
「そうだな、丁度良い。今ここにノートと鉛筆があることだ。アンタら、共通の言語を話してんだろう? 書き物は出来るかい?」
「あぁ。出来るが、なんでだ?」
「ならジョンは俺が話す作戦内容を記録してってくれ。それをマイケルにみせりァ、楽に済むだろ」
「なるほど。いいぜ」
「座んな」
チェドに促されるまま、ジョンは椅子に座った。鉛筆を手に取り、ピースキーパーを描いた隣のページに記録を始める。
「いいか、まずはお前さんの作戦を取り入れる。俺達が町から遠く離れた所で、この銃を地面にぶっ放す。三人の餌が美味そうに突っ立ってるのを、サヴグマが見逃すわけがない。恐らくは俺達を取り囲む様に現れる筈だ。取り囲まれちまったら、俺達は絶対絶命なわけだが。そこで、町から数人馬車を出してもらう。陽動だ。ヤツらも分裂している内は、完全な統制が取れるわけじゃない。ここ数日間出てなかった馬車に、食いつかずにはいられないだろうさ。必ず、数カ所空きができる。別れた小さい群れを狙って、馬車に乗っている連中と俺達で襲撃するってもんだ。これを繰り返してれば、いずれ親玉もでてくるだろうさ。そうなったら、後は総力戦だ」
ジョンは英語で作戦のあらましを書き留めた。聞いている限りは、それなりに現実味のある作戦に聞こえる。
「こんなにうまく行くどうかは、俺達の実力次第な所があるがな。後は、馬車で陽動出来るような肝の座ったヤツも必要だ」
しかし実際は三人の負担が大きく、三人で囲まれた後の魔物たちを捌き切れるかが問題である。
「万が一、馬車に興味持たなかったらどうすんだ?」
「その時は、馬車に乗ってる連中も降りて戦ってもらうしかないな」
馬車に食いつかなかった場合の対処も、考えて置かなければならない。急遽行う作戦にしては、あまりにも危険である。
「なぁ、明日実行はさすがに無理じゃねぇか? 運良く人が集まったにしろ、これじゃ連携が取りづらすぎる」
「急いでるんじゃなかったのか?」
「それはそうだけどよ……死んじゃ意味がねぇ」
「平気だ。走って逃げれば死にァしない」
「俺達は魔法も命法も使えないんだ。逃げる速度もアンタとは違う」
最もな意見に、チェドは押し黙る。ジョンの目からは、チェドが焦っているように見えた。
「なぁチェド、何でそんなに焦ってんだ?」
「別に、焦ってないさ。俺はいつだって冷静だ」
「冷静なら、判断も冷静に頼むぞ。俺等は死ぬためにアンタの元を訪ねたんじゃない」
チェドは手に持っていたリボルバーをデスクに置き、人さし指と親指で、瞼の上から目を揉んだ。
「……そうだな。悪かった。コイツを手にしてから、ちょいと気分が舞い上がってたよ…………いや、昨日から焦ってたな。実行日は一度考え直そう」
チェドは冷静になったようで、デスクへ腰を掛けた。大きなため息を吐き、これからの作戦に向けて、必要な準備を考える。
「まずは協力者探しだ。バーボットの野郎は手伝ってくれるだろうが、もっと人手がいる。ついでに町長からの許可も取らねェとだな……」
「馬車動かすのに町長の許可がいんのか?」
マイケルは町長という単語を聞き、何かが引っかかる。喉の奥に小骨が引っかかった様な、こそばゆい感覚。何かお願いをされたような気がしてならない。
「待て、ジョン。今町長って言ったか?」
「おう。どうかしたか?」
「町長から何かお願いされてた気がするんだ……何だっけな……」
腕を組みながら、首をかしげる。ふとチェドに視線を向けると、町長との記憶が湧き上がった。
「そうだ! チェドを説得出来たら連れてこいって言われてたんだ! 完全に忘れてたよ」
「そんな事言ってたのか。俺はあん時のことお前からしか聞いてないからな」
直接ではないが、町長がチェドを紹介してくれたため、その恩を返したいとマイケルは考えていた。
「どうしても嫌じゃなければ、ついてきて欲しいって伝えてくれ」
マイケルはジョンに翻訳するよう頼む。ジョンが今話した内容をチェドに伝えると、チェドは快くそれを承諾した。
「別に構わないさ。ハッ、相変わらず心配性のジイさんだ」
「なら、今から行くか」
「あぁ。面倒事ははやく片付けるに限る、だろ?」
ジョンはフッと笑い、チェドが承諾した旨をマイケルに伝える。ジョンは作戦を書いたノートをマイケルに手渡し、歩きながら読むよう命じる。三人は家から出ると、町長の家へ向かって歩き出した。チェドの家から町長の家までは、それなりに遠く、数十分を要した。特に何事もなく、また人々の罵声が飛び交う家の前まで到着した。
「おい、ジョン。まだ人がいるぞ……」
「あの町長も大変だな……」
三人は呆れながら、その人集りへ寄っていく。町長のベダルズは集まった人々を宥めることに精一杯で、三人には気付いていない。人混みを掻き分け、何とか前へ押し通ると、町長はようやく気付いたようで、見慣れた顔に驚いた。
「チェ、チェド。貴方、その方達に協力するんですか?」
「コイツらは中々見所のあるヤツら何でね。ちと手を貸してやりたくなったのさ」
人の怒号が飛び交っている中、気にもとめず二人は会話を続けた。
「魔物が恐ろしくないんですか? あんなことがあった後で……」
「いつまでも震えて眠っとけっていうのかい? 折角元気にやって来たんだ。もっと歓迎してくれても良いんだぜ?」
ベダルズは難しい表情をしていた。唇を内側にしまい、眉を中央に寄せて困ったような顔をしている。しかしその表情は、目の前の男が元気にしていることを喜んでいるようにも見えた。
「……上がりなさい。お二人様も、どうぞこちらへ」
ベダルズは怒号を無視して、三人を部屋へと招き入れる。長机に二つずつ対面で並ぶ椅子を一つずらし、三つと一つに分けた。一つの方に自分は座り、チェド達を三つ横並びに座らせた。
「まずはマイケルさん、約束を守ってくれてありがとうございます」
ベダルズは深くお辞儀をした。ジョンはマイケルにネックレスを渡し、礼を言われた事を伝える。
「あ、ああどうも。俺は、約束は守る男なんで。はは」
何を言っていたか聞き逃した為、雑に返事をした。
「どうやって、チェドを説得したんですか?」
「運が良かったんです。チェドを探して居酒屋を回ってたら、酒屋に入っちゃって。そこでたまたまチェドの友人と出会って、紹介してもらったんです」
「酒屋の友人ですか。バーボットアープさんのことでしょうか?」
「そうです。よくご存じで」
「町では有名な二人ですから。最も、私は町長なので出来る限り町民の名前は覚えるようにしていますが」
苦笑いをしながらベダルズは答える。雑談が終わると、真剣な表情でチェドに向き直った。
「さて、私からの忠告です、チェドゴリオン。私は貴方が死ぬことを良しとしません。凶変個体の恐ろしさは、貴方が身に染みて分かっているでしょう」
「分かってるさ。作戦を練った上でここに来たからな。死ぬ気なんてさらさらないね。アンタは俺のことを精神病患者かなんかかと思ってるらしいが、あいにくそこまで病んじゃいない」
ダベルズはさらに顔をしかめた。
「君を心配して……!」
「余計なお世話だって言ってるんだぜ。それとも何か、アンタは俺がそこまでのバカに見えるのかい?」
部屋の空気が悪くなっていく。険悪な雰囲気は、外の殺伐とした空気より息苦しかった。
「あ、あの。ダベルズさんはチェドのことを認めてるんですよね? 何でそんなに過剰に心配してるんです?」
マイケルはどうにか仲裁しようと、間へ割って入る。
「彼は姉を」
「ダベルズ。それ以上言うな。コイツらには関係のない話だ」
しかし逆効果だったようで、チェドはより眉間のシワを深くした。
「……関係ないって言うなら、俺達はこれ以上協力できない。自分の命を預けるやつが、人から心配される様な秘密を抱えてるのは、正直言って不安だ」
しかし、マイケルは引き下がらずに距離を詰めた。
「作戦に関わる秘密じゃァない。体調が悪いわけでも、アンタらみたいに魔法が使えない訳でもない。一々人の面倒に首を突っ込むな」
「チェド、話してくれ。あんたが俺達を見定めた様に、俺達にもあんたを見定める権利があるはずだ。ここにきて不安を残すようじゃ、一緒に命は懸けられない」
チェドは椅子へ背中をわざとらしく預け、深く帽子を被った。大きくため息をつき、マイケルへ愚痴を垂らした。
「別に俺はアンタらの協力が無くとも、どうにか出来る。アンタらがそれでいいならな」
「あぁ。俺達は急いでないからな。お前が一人で解決するなら、それでいい。どうせいまさら一週間かかろうが一ヶ月かかろうが大して変わらない。やれるならそうしろよ」
心にもないことを、ひたすらまくし立てる。マイケルは心が少し傷んでいたが、それ以上に目の前の男が抱えている事を背負ってやりたいという気持ちが強かった。
在りし日の自分達と、似たような顔をしていた。そう感じたからである。
「…………チェド、君が意地を張って二人に事を明かさないのは、心の何処かでまだ自分を責めているからでしょう?」
ダベルズは先程と打って変わって、優しい声色で語りかけた。まるで目の前の男を哀れむかのように。
「せめてこれから命を共に懸ける相手には、一緒に背負ってもらっても良いのでは?」
チェドは深く帽子を被り黙ったまま、頑なに動かない。しかしそれは拒絶ではなく、内なる自分と向き合っている時間であった。
しばらく静寂が部屋を包んだが、一人の男が口を開いた。
「昨日出会ったばかりのやつだ。こんなやつらを信用するのは、正直自分でも馬鹿だと思うぜ」
男は帽子を浅くかぶり直し、視線を上げた。
「それでも、俺は俺の勘を信じて生きたい。だから、お前さん達に話すぜ」
男の瞳は、強くマイケルとジョンをを見つめた。
「俺と、俺の姉貴の話だ」




