第11話【I'll buy you a drink】
王歴597年 夏期 25日
23時36分
ワネグァル王国西 壁外
西の町イソルゼへ向かう途中、マイケル達は平原にぽつんと立っている巨大な建物へと立ち寄った。そこはこの世界の人間から宿駅と呼ばれる建物で、馬車で遠出する際には必ず立ち寄る施設である。各地に点在する宿駅は、人と馬の休憩や馬車の点検を行う為に建てられた。大陸は広く、町から町へ移動するだけでも数日を要する。その為、町と町の間には数軒宿駅が存在していた。
「これまた随分と良くしてもらったな……」
「八十万ゼント、とか言ったか? どんぐらいの価値なのか分かんねぇが、まぁインフレでもしてねぇ限りこの量は相当だろ」
マイケルとジョンは駅内にある宿泊用の部屋で、お互いのベッドに座り話し合っていた。ワネクから出発前に渡された資金や助けとなる道具の数々、それからノートを持ち歩ける程度のバッグ。
「あそこの領土だから金に面倒がないのも良いな」
「確かに、大陸内で関税だの外貨両替だのないのは楽だけどな」
世界樹大陸と呼ばれる、世界樹が中央に大きくそびえ立ったこの大陸は、全域がワネグァル王国の領土とされていた。その為壁外にある町や集落も厳密にはワネグァル王国の一部だと、金を受け取る際ワネクから説明された。
「大陸ごと一つの国が仕切ってるたぁ驚いたぜ」
「まぁ他の国もそういう感じらしいしな」
この世界では、国という言葉は大陸全体、或いは島全体を指す言葉として使われていた。理由は単純で、神生時代に四人の子がそれぞれ大陸と島を丸ごと統治し、国と呼んでいたからである。その名残があり、今も一つの国を中心とし、そこから町や集落を発展させていくという形が取られていた。
「たった四人でこの大陸全体管理できるもんか?」
「魔法なんてものがあるぐらいだ。権能? とか言ってたし、何かあるんだろ」
「どうだか」
寝る前のちょっとした小話を済ませ、眠る。目が覚めれば、また馬車に乗り込み移動を始めた。
そして翌日の昼、西の町イソルゼへと到着した。
二人は早朝に出発した為、馬車内で眠りについており、眠気眼をこすりながら馬車を降りる。日差しを受け目を細めながら背を伸ばす。辺りを見回せば、そこには西部劇を思わせる建物が並んでいた。
「おいマイケル、俺等帰ってこれたらしいぞ……」
「時代が間違ってるけどな……」
テンガロンハットを被る渋い顔をした男達と、フリルのはいったドレスを着た女達。周囲の建物を見回すと、スイングドアが建てつけられた木製の物ばかり。あまりにも見覚えがありすぎる風景で、唯一記憶と違った所は、誰も銃を腰にさしていないというところだった。
「夢見てたってか?」
「寝てる間に帰ってこれたか?」
馬車で進んできた方向に振り返る。遠くには、僅かに小さくなった世界樹が見えていた。しかし再び正面に向き直ると、元の世界の1880年代に戻ってしまう。
「どっちがマシだ?」
「こっちだろ」
懐かしさすら覚える町に、マイケルは指をさした。
「お二人さん、申し訳ないんですが、馬車の荷物を……」
馭者が申し訳なさそうに二人の間を割って入ってくる。
「悪い。直ぐ取るよ。ジョン、荷物をどけてくれだってさ」
馭者の言葉が通じないジョンに、通訳して聞かせる。
「すまねぇな。くだらねぇ冗談言ってる場合じゃ無かった」
大きな鞄一つと、ノートが入る程度のボディバッグを一つ、それぞれ馬車から持ち出す。
「ありがとうございます。では、失礼します」
「長い事ありがとう」
「またな。いい一日を」
馭者は馬を引き馬車を何処かへ引いていった。
「さて、後は列車に乗るだけなんだが……その前に一つ」
「まずは町長にご挨拶だっけか? そこら辺の奴に聞いてみようぜ」
マイケルとジョンはワネクから一通の手紙を預かっていた。列車への乗車を優先するよう書いた手紙らしく、これを見せれば直ぐにでもシャスプールへと迎える、とのことだった。
「すみません、町長の家をさがしてるんですが」
マイケルが咄嗟に横を歩いていた男を呼び止める。男は何やらこちらを哀れむような目で見つめた。
「あぁお客人ですか……また一人ご迷惑を……」
「迷惑? 迷惑ってなんだ?」
何もされていない筈の男から謝罪を受け、マイケルは戸惑う。
「この町からは出られないんです。魔物がずっとみてて……」
「魔物が見てる? すみません、もうちょっと詳しく」
「ごめんなさいちょっと落ち着かなくて……」
男はオロオロと慌てていて会話にならない。マイケルとジョンに視線を送り、その場から離れた。そのまま町の中を歩いていると、人がやけに多く感じた。特定の建物に対し、あふれんばかりの人集りが出来ている。その人集りは服装からして、この町の人間ではない者で構成されているようだった。
「うーん……」
「なんか嫌な予感がすんぜ? さっきのやつなんて言ってたんだ?」
「魔物が見てるとかどうとか……」
「意味わかんねぇな」
それとなく漂う雰囲気に、身を投じる。人集りへ寄り、何が起こっているのかを聞く。
「すみません、なんでこんな人集りができてるんです?」
「は!? あぁ、あんたも俺達と同じクチか! わりぃな!」
一番外側にいた男の肩を叩き、話を聞こうとした瞬間、怒鳴られる。しかし瞬時に相手を理解したのか、男は怒鳴りながら非礼をわびた。
「いや、いいんですけど、それで何がおきてるんです?」
「この新聞見てみろ! この町、馬車と列車の運行を止めてやがんだ! そのせいでこの町に来たやつ全員足止めされてんだよ! ふざけた話だろ!?」
「は? 馬車と列車を止めてる?」
「マイケル、何だって?」
マイケルの口から発された言葉に、ジョンは聞き間違いを疑う。
「ジョン、今この町からでる列車と馬車は足止め食らってるらしい」
「おいおい冗談キツイぜ。理由は? しばらく無理そうなのか?」
ジョンの話を聞き終えると、逆上している男に再び質問する。
「あの、なんで止まってるのか理由を聞いても?」
「なんつったか……凶変個体? とか言う魔物がいるせいで町から出た馬車が襲われるんだと! そんなん町の連中全員でやりゃいいだけだろ?! とっととぶち殺しちまえばいいのによ!」
「ジョン、悪い知らせだ」
「なんだ?」
「凶変個体がここらへんにいるらしい」
「おいおいおいおい……また俺等死にかけなきゃいけねぇのか?」
浮かび上がる、森林での記憶。それに加え、魔法使いからの授業で聞いた、凶変個体の恐ろしさ。二人は一瞬身震いして、これからのことについて考えた。
「預言通りなら、この問題も俺達が首を突っ込めばなんとかなるかもしれないが」
「考えられることやってなんとかするしかねぇか。取り敢えずもっと話を聞いてくれ」
「その、町長の家って何処にあるかしってます?」
「知らねぇよ! ちっとは自分で探せ!」
「……ジョン、他の奴に聞きに行こう」
「了解」
二人は更に町の奥へと進んでいった。歩き続け、人に声をかけてはまた進む。それを何度か繰り返し、町長が住んでいる家の前までたどり着いた。
「ここらしい」
「ま、あの感じみりゃわかる」
町の入り口付近で立ち寄った新聞屋より、圧倒的に人が多い建物。様々な服装の人間が怒号を響かせている。
「ですから、ワネグァルの方に報告してから援軍を待ってですね……」
建物の前で弱々しい年寄りが、必至に弁明していた。その年寄りは、チェック柄のシャツとオーバーオールを合わせた服に、サスペンダー式のフロンティアパンツを履いていた。この町中で、十人は見た格好である。薄い白髪の後退した髪と、不格好に伸びた髭、全体的にやつれた顔。そんな老人が怒鳴りつけられている光景は見るに堪えず、マイケルとジョンは思わず顔をしかめた。
「何日たってんだよジジイ! いい加減にしろ!」
「そうだそうだ! 私なんて四日前からシャスプール行きの乗車券取ってたのに!」
「返金等の対応も行っておりますので……」
「んなもんいらねぇから時間返せジジイ! 約束の日数過ぎてんだよこっちは!」
責任の所在がよく分かっていないにも関わらず、ただ代表に向けて不満をぶつける人々。元の世界で似たような光景を何度も目にしていた二人は、こういう事はどこにでもあるんだなと、何故か妙な安心感を抱いていた。
「マイケル、こいつらなんて言ってんだ?」
半笑いでジョンは問いかける。
「聞きたいか?」
「いや、やっぱいい」
言葉を聞かずともわかる怒り。感情はこういう時簡単に言語の壁を越える。
「取り敢えず、あの町長に手紙渡してみっか」
「そうしよう」
人の間を縫って町長の目前を目指す。なんとか人をかき分け、慌てふためく老人の前へと出る。マイケルは大きく咳払いをし、町長の注目を引く。
「おい、じいさん」
「すみません、お客様。現在はこの町からでられない状況でして……」
「違う違う。俺達はワネグァルから来た助っ人です。ほら、これ」
マイケルは鞄から封蝋のついた手紙を取り出し渡す。町長は驚き、待ちわびていたという様子で封筒を丁寧にあけ、手紙を上から下へ流し見た。
「これは少々確認が必要そうですね。皆様、申し訳ありません。この場は一時解散ということでどうか……」
「ふっざけんなよ! なんも解決してねぇだろうが!」
激しくなる人々の怒号を無視して、マイケルとジョンを室内へと招き入れる町長。二人はその空気に背中を刺されながら、そそくさと扉をくぐった。入ると直ぐに長方形の机と四つの椅子、右手奥の壁にキッチンのあるリビングが迎える。町長は二人を椅子に座らせ、対面に座った。
「お恥ずかしいところをお見せしました。一応町の方々には説明をしたのですが、納得していただけず」
町長は額の汗をハンカチで拭きながら姿勢を低くしていた。
「まぁまぁ気にすんなって。俺等も愚痴言いてぇぐらいだからよ」
ジョンは言葉が通じないのを良いことに、冗談を言っている。
「失礼ですが、そちらの方はなんと?」
「……我々は全く気にしていません、と」
「そうですか。寛大なお心遣い、感謝致します」
マイケルは冗談を流しつつ、話を続けた。
「それで、確認とは?」
「あぁいえ、疑っているわけではありません。封蝋と、手紙の字を見れば分かりますから。少しお話をしたく」
「俺達も丁度話がしたかったところです」
町長は手紙を机におき、マイケルに手を伸ばした。
「私はベダルズと申します。どうぞお見知り置きを」
「俺はマイケル・ウィリアムズ。マイケルって呼んでくれ」
マイケルと握手を交わすと、今度はジョンに手を差し伸べる。
「ジョン・スミスだ。ジョンって呼んでくれ」
「コイツはジョン・スミス。ジョンって呼んでやってください」
「よろしくお願いします、ジョンさん」
ジョンとも握手を交わし、ベダルズは本題を話す。
「私達の町に、凶変個体があらわれたことは既にご存知かと思います。そちらに対処していただきたいのですが、何分奴の習性が厄介でして。報告させてください」
「聞きましょう」
マイケルは姿勢を正し、話に集中した。
「奴は我々が馬車や列車で移動しようとした時に現れます。人間を何かから突き落としたりすることを特に愉悦とするようで。列車の被害はシャスプールからこちらに移動してくる際、襲われた報告が一件のみです。それ以降は恐ろしくて動かしていません」
「なるほど。その魔物の見た目は?」
「直径六メートル程の丸い巨体に、大きな一つ目と十の腕を持つ魔物です。瞳のある点から丁度後ろに位置する箇所に、口があります。あれは恐ろしかった.……」
ベダルズは、テーブルに置いた拳が震えていた。
「私はあんな種類の魔物を見たことがない。だから、他に細かな情報を出すこともできず、申し訳ない」
「いえ、気にしないでください。それより、何故討伐に行かないんです? 町中には鎧を着た兵隊もちらほら見えましたが……」
「たった数十人では、あの魔物を討伐できません!」
ベダルズは机を叩き立ち上がる。人が変わったかの様に強気にまくし立てた
「すみません。取り乱しました。きちんと理由を説明します。奴は我々が乗り物に乗っている間しか、姿をあらわさない。どういう訳か、あの巨体で巧妙に姿を隠しているんです。とにかく列車でも、馬車でも、馬だけでも。奴は、何かに乗ってこの町を出て行こうとする人間だけを襲います。来る人間は襲わず、出ていく時を狙って……恐らく、それだけで食い物には困らないからかと……ですから必ず奇襲される形になります。その奇襲、つまり落馬の衝撃を耐えきれる人間、或いは落馬をしない人間と言ったら、訓練された方達のみでしょう」
「しかし、このまま町から誰一人として出れなければ、そう遠くない内に食料や水が尽きる。でしょう?」
「えぇ。でもあなた方が来たということは、もう安心ですね」
ベダルズは乾いた笑いを漏らした。安心感がやってきたのか、力なく肩をおろしている。
「まだ安心するのは早いですよ。我々だけでは、この状況を解決できませんから」
「もちろんですとも。ですから、援軍がこれから来るのでしょう?」
「え?」
「は?」
マイケルは突然出てきた援軍という言葉に思わず聞き返す。
「わ、私からの手紙が来て、駆けつけて下さったんじゃないんですか……?」
「全く。俺達は預言に従ってきただけで……あんた、その手紙声に出して読んでみてくれ」
「ベダルズ町長へ。
新たな預言が授けられたことを、ここに報告します。この手紙が届けられたということは、眼の前に二人の男がいることでしょう。その男達は異世界から来た人間であり、預言に記された人物です。預言の都合上、内容を明かすことはできませんが、各国を旅させる事に決定しました。つきましては貴殿の町の列車へ優先して乗車させるようお願いします……」
ベダルズは手紙の内容から、援軍が来るというのは自分の勘違いであったことを悟る。冷や汗が噴き出し、手紙を持つ手が震えていた。
「俺達はそこにある通り、預言に従ってここにきただけです」
「そ、そんな。なんで」
「シャスプールって所へ行くには、ここの列車に乗るのがはやいと聞きました。お前達を優先してもらうから、町長にこの手紙を渡せって言われまして」
「そ、それだけですか? 本当に? それ以外は何も言っていなかったんですか?」
「特に何も。ていうかこんなに危ない状況なら、手紙とか出すべきなんでは?」
「……たよ……」
ベダルズは全身を小刻みに震わせながら、小声で何か呟いた。
「何です?」
「出しましたよ。手紙なら、出しましたよ…………凶変個体が発見されたのは二週間も前で……返信がないから、おかしいとは思っていたのですが……やっとワネグァルから人が来たと思ったら、我々の助けは無視ですか……」
怒りや悲しみ、悔しさといった複雑な感情が町長の肩を揺らしていた。マイケルはそこに何か理由があるとふんで、町長をなだめる。
「ちょっと待ってくれ。俺達もここに来る前、凶変個体がこの町にいるなんて聞いてなかった。本当だ」
「……あなた方も騙されたって言いたいんですか?」
「違う。手紙が届いてないんじゃないかって事です。町からは誰も出られないんですよね? だったら手紙だって届けるまでに邪魔されてるかもしれない」
「そんな、奴は人しか襲わないはず……こういう重要な手紙は、一匹の鳥が運んでくれているのです。上空では襲われる心配も少なく、人に見られる危険も少ないですから。しかし、もし鳥の飛行が、本当に邪魔されていたのだとしたら……納得は出来ますが、あの魔物が空を高く飛べるとは到底……」
もし、この町から出て行く存在を一つとして逃さず魔物が見張っていたら。そんな事を考えるが、ベダルズが見た魔物は空を飛べるような個体では無かった。十の腕で丸い体を持ち上げ走る。その速度はゆうに列車を超えるほどで、地上においては確かに恐ろしい敵ではあるが、鳥達には無縁の話だと思っていた。しかしあの魔物が魔法を使えたら。そんな可能性が頭をよぎる。
「確かにあの魔物は、鳥を撃ち落とす方法などいくらでもあるのでしょう。でも、あんな餌にもなるかわからない小さな動物を、何のために襲うのですか?」
「それは分からないが……凶暴化してるなら、それぐらいのことはあり得るんじゃ? だって、人を馬車から突き落として楽しんでるようなやつなんでしょう?」
「そうですが……」
「今はとにかく、手紙は届いていないと考えてください。それが、あんたのためでもある」
ベダルズが力を抜き、椅子にもたれかかった。これから先援軍も望めず、今町にいる人間だけでどうにか対処していく他ない。しかし、あの魔物の恐ろしさを知っている町長は、数で対処する以外の方法が思いつかなかった。
「俺達、はやく列車に乗りたいんです。どうにかなりませんか?」
町長は出来るならば頼りたくないという顔で、一人の人間を思い浮かべていた。
「一人、腕に覚えのある人を知っています。ですが、彼は今働かずにバーで飲んだくれていて、とても頼れるとは……そもそも、人一人でどうにかなるとも思えません」
「それはそうだが、やってみなきゃわからない。取り敢えず、そいつの名前を教えてくれ」
「チェドゴリオン。皆からはチェドと呼ばれています。何処かしらのバーにはいると思うので、探すならそういったところを渡り歩くと良いかと」
「どうも。ジョン、やる事が決まったぞ」
「人探しか?」
「そうだ。チェドって奴を探す。チェドゴリオンだ」
「了解」
マイケルは机に広げられた手紙を丁寧に折り直し、鞄へしまった。二人が席から立ち上がると、ベダルズは二人を引き止めた。
「ま、待ってください。まさかチェドを引き連れて魔物を倒しに行くなんて言うじゃないでしょうね!? 流石に私は見過ごせませんよ!」
「安心して下さい。一応やれそうか聞くだけなんで。俺達も無駄死にしたくはないんでね」
「任せとけって」
「三人だけでは無理です! もしチェドを説得出来るような事があれば、必ず私の前に連れてきてください! 良いですね!」
ベダルズは軽く聞き流そうとした二人に、念入りにくぎを刺す。二人も足を止め、了承した。
「わかりましたよ。それじゃ」
二人は扉を押し開け、外へ出た。騒ぎ立てていた人々の姿はもう見えない。いつからか散っていたようだ。
「さて、さっき話されたことをまとめてお前に話すぞ」
「よろしく」
話の半分以上を理解できていなかったジョンに対し、マイケルは話をかいつまんで説明した。凶変個体の習性と見た目。それから、ワネグァルに手紙を出したが、それすらもかなっていなかったこと。
「なるほどな……二十フィートぐらいのバケモンか」
「しかも、人を襲う時以外は上手いこと隠れてやがるらしい。それも討伐が難しい理由なんだろうな」
町を歩きながら説明を済ませる。説明途中、二階建ての建物の前で止まる。
「んで、ソイツに上手いことやれる可能性のあるチェドってやつは、飲んだくれだからこういうとこにいるかもってことだな」
「そういう事だ」
「やっぱ絵があると分かりやすくて良いな」
二階の壁に大きくジョッキの絵が描かれており、言語が分からずとも、何の店かはすぐに分かった。ここが飲み屋だと踏んだ二人は、スイングドアを押し開け、店内に入る。
外装もそうだったが、内装もままウエスタンサルーンで、二人は映画の世界に入り込んだような感覚を味わっていた。店内はカウボーイのような男達で賑わっており、飯やビールの香りが漂っている。
「本当に映画みたいだな」
「モノクロじゃねぇのがおかしく感じるぜ」
「あ、いらっしゃいませ。二名様ですか?」
茶髪ロングの女性店員が食事を運んでいる最中、こちらに気づき挨拶をしてきた。二人もそれに軽く返し、要件を伝える。
「どうも。チェドって人を探してるんですが」
「チェドさんですか。少々お待ち下さい」
女性店員は食事を客のテーブルへ運び終わると、駆け足で二人の前へ戻った。
「チェドさんは、最近見かけていませんね」
「最近っていうのは、具体的にどのぐらい?」
「そうですね……一週間ぐらいでしょうか。その時に一杯頼んで、それ以降はって感じですね〜」
女性店員は少し悩み、過去の記憶を思い出す。
「家の場所とか教えてもらったりできないか?」
「私も存じ上げないので、申し訳ないです」
「いや、いいんだ。邪魔したな」
マイケル達は立ち入った店からすぐに抜け出し、次の目的地を探し始めた。
「どうだって?」
「駄目だ。この店には一週間ぐらい来てないらしい」
「次だな」
マイケル達は町の人々に聞いて回り、飲み屋へ入っては聞き込みをした。ひたすらそれを続け、七軒目の酒売り場についた時、ようやく一つの手がかりを見つけた。
「あぁ〜チェドのやつか。アイツ、しばらく前に葉巻と酒をしこたま買った後、ここには来なくなっちまったな」
ガタイのいい毛むくじゃらの男店主が威勢よく答えた。
「一週間前だろ?」
「おぉそんぐらいだ。兄ちゃん、よくわかったな」
今まで聞き込みを続けてきた店で、皆口を揃えて言っていたのが、一週間前に一杯飲んでから姿を消したということだ。それ以前は、色々な店で酒を飲み歩いていたとの情報がある。しかし何があったのか、一週間前からぱったりと音沙汰がなくなっていた。
「何があったか知らないか?」
「さぁな。でもよ、最近よく一人で町の外出てんのは知ってんぜ。馬も乗らずに何処ほっつき歩いてんだか。ま、酔っ払ってるだけかも知れんがな」
ガハハっと豪快な笑いを見せつける店主は、何やらチェドと親交が深そうだった。ようやく掴んだ尻尾を逃すまいと、さらに深く立ち入ろうとするマイケル。
「なぁあんた、もうちょっと詳しく歩いてる場所について教えてくれないか?」
「……兄ちゃん、酒屋に来て質問ばっかはいただけねぇな」
その動きが怪しく見えたか、店主は少し身構えて会話を断ち切る。
「オススメ一本、十万までなら出す」
マイケルは引かずに鞄をカウンターに突き出した。中にはきれいに整えられた大量の紙幣と、生活用品が詰められている。この町の時代感にそぐわない、紙幣だ。
「こんな大金、何処から持ってきやがった。テメェら、少しあらためさせてもらうぜ」
店主は右腕を上げ、大きな手のひらを二人に向けた。
「おいマイケルてめぇ何言いやがった……」
それがこの世界で何を意味するか、二人は知っていた。二人は手の甲を頭の後部に付け、降伏しているような姿勢を精一杯取る。
「疑ってるとこ悪いが、俺の鞄の中に一通手紙が入ってる。封蝋のついた白いやつだ。見てみてくれ」
マイケルは落ち着いた様子で、自分の鞄の中を探すよう願った。店主は疑いつつも、警戒しながら言われた通りの物を取り出す。封筒を開け、手紙の内容をじっくりと読み上げている。その間も二人は姿勢を崩すこと無く、待ち続けた。店主は自分の頬の髭をジャリジャリと指で撫でながら、手紙をカウンターにおろした。
「兄ちゃん達、異世界から来た人間なのか……?」
「そうだ。そこには書いてないが、預言に従って世界を平和にする為旅をしてる。冗談に聞こえるかもしれないが、その手紙に書いてある通りマジの異世界人だ」
店主は大きく溜息をつき、二人を見つめた。
「ハァ〜〜……異世界って存在したのか……ワリィな兄ちゃん達。今の無礼、許してくれ」
店主はカウンターに両の手をつき、深く頭を下げた。その様子を見て、二人は手を下げる。
「気にしないでくれ。俺も出す順番を間違えた」
「おいマジでビビらせんなよ……気をつけろ」
ジョンはマイケルを肘で強めに小突き、文句を垂らした。
「んじゃ何か、チェドの奴が世界平和に関係してるってのか?」
店主は目を丸くして、顔を上げた。
「いや、まぁ……そんなところだ」
「隠し事が多い立場ってのは分かったが、なんでチェドが必要なのかは教えてくれ。アイツは俺のダチでな。ほっとけねぇよ」
カウンターに両の手をついたまま、姿勢を低くしてこちらを見つめていた。恐らくこの世界では、これが最大限敵意がないということの証明なのだろう。きちんとはしていないが、その男の誠意にマイケルは応えたくなった。
「シャスプールに行きたい。その為に列車を動かす。列車を動かす為には魔物をどかさなきゃならないから、腕に覚えのある奴が必要なんだ」
「……なるほどねぇ。それでチェドか。確かに、間違ったこたぁ言ってねぇな……」
店主は頬の髭を撫で悩んだ後、腹を括ったのかよしと声を上げ、チェドの話を始めた。
「あいつの家はこっから向かいの建物から、左に四軒ズレたとこにある二階建ての家だ。今はまだ夕方だし、家にいるはずだ。バーボットアープって奴から紹介されたって言いな」
「いいのか?」
マイケルはそこまで教えてもらえるとは思っておらず、目を点にした。
「迷惑かけた借りだ。気にすんな。それよか、アイツの事を考えたほうが良い。気に入られなきゃ終わりだからな」
「そうか。肝に銘じとくよ」
マイケルは手を差し出し、握手を交わす。それが終わると、鞄をカウンターから引き上げ、手紙をしまう。出ていく準備をし終えると、思い出したように店主へ語りかける。
「あぁそうだあと」
「何だ?」
「酒がまだだ」
マイケルは一本買うという約束を果たそうと、鞄を店主の前にちらつかせた。
「ふ、ガッハッハッハ!! 気に入ったぜ兄ちゃん、一本持ってきな。金は要らねぇよ」
店主はカウンターの下から一本の酒瓶を取り出した。夕陽を閉じ込めたようなボトルは、美しく輝いていた。
「いや、払う。俺はちゃんといい酒には金を払う主義だからな」
「良い心がけだ。事が済んだら、一杯やろうぜ」
酒瓶を鞄にしまうと、代わりにドカッと金の束をカウンターに置き、振り返る。
「おい、釣りは?」
「要らないよ」
後ろを見ずに手を降って、その場を後にした。そしてバーボットから言われた通り、二階建ての家へ向かう。もう既に外は夕暮れ時になっていた。
「お前、随分カッコつけてたじゃねぇかよ」
「一度やってみたかったんだ」
二人は家の前につくまでに雑談をしながら、さっき起きた出来事について話し合う。ジョンはマイケルから会話の一部始終を聞き、なるほどと笑っていた。家の前に着くと、会話をやめドアに向き合う。
「開けるぞ」
「あぁ」
そして目の前のドアを開け、押し入る。
するとそこには大きなデスクが一個、正面に置かれていた。その奥には窓があり、夕陽が差し込んでいる。デスクに足を掛け、椅子の前足を浮かせながらゆらしている男が一人。その男はテンガロンハットに紅いスカーフ、気取った革のブーツを履いた、絵に描くようなガンマンだった。夕陽はただ一人、その男の為に窓から差し込んでいた。
「……誰だ」
深くかぶっていた帽子を親指で上げ、片方の目で二人を睨みつける。
「バーボットアープからの紹介だ。手伝ってほしいことがある」
「悪いねェ、今はやってないんだ」
渋い声が部屋に響き渡る。
「マイケル、ネックレスと酒よこせ」
「なんで」
「良いからはやく」
マイケルは言われた通りネックレスをジョンに掛け、鞄から酒瓶を取り出し手渡した。ジョンは装備が揃うと意気揚々とデスクへ近づいていった。
「よう兄弟、一杯奢るぜ」




