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第1話【 start】

この物語では「」内はこちらに向けて翻訳、或いは意訳された言葉、『』内は登場人物が実際に喋っている言葉だと思ってください。

2024年3月18日

14時36分

アメリカ合衆国 カリフォルニア州

ロサンゼルス


 とある住宅街の路地を、二人の男が歩いていた。


「……それでメアリーが言ったんだ。「そんなあなたも魅力的よ」ってな」


 親友に嫁との惚気話を聞かせているこの男は、マイケル・ウィリアムズ三十七歳。明るい茶にツーブロックで短く整えられた髪。薄っすら口周りとフェイスラインに沿って生えた髭と、灰に近い色をした青色の目。背丈は百八十を少し超える程で、上下ジーンズのパンツとジャケットを着ていた。


「その話、何回目だ? 先週も同じ事言ってなかったか?」


 うんざりしながらも、それに付き合っているこの男は、ジョン・スミス。マイケルと同年で、結婚はまだしていない。少しボサついた黒髪は眉にかかるほどで、瞳はヘーゼルカラー。髭は無く、整えられている。背丈はマイケルよりほんの少し低い程度で、ジーパンに茶の皮ジャンを羽織っていた。


「今度、娘と出かける予定も出来たんだ。俺は今世界一の幸せ者だ」


「あぁそうか。そりゃ良かった」


 二人は旧知の仲であり、こうして暇な時に集まっては、互いの近況を報告している。


「お前もいい人見つけて、早いとこ母さん安心させてやれよ」


「余計なお世話だな。俺はやろうと思えばすぐ出来る。簡単さ。朝食にパンを焼き上げるよりな。そんなことより、今はその母さんの世話で手一杯なんでね」


「……そうか。その……お母さん、病気の方は」


 マイケルは話に夢中になっていたせいか、目の前から来る人に気づかず、ぶつかる。


「おっと、すみません」


 目をそちらに向けると、ぼさついた髪が目元まで伸びた、不気味なアジア系の男が立っていた。


「えぇ、こちらこそすみません。なにせ初めて来る場所なので、少し景色が面白くて……」


 全身黒色の服で、それだけでも少し目を引くが、特に髪は輪郭がわからないほど黒く、暗く、深い。そこから僅かに覗いた瞳は、髪と同じ様な漆黒で、光を微塵も反射せず、黒い点がただそこにあるようだった。気付けばマイケルは、目を引くその異様な容姿に不思議と見とれていた。


「あの、何か?」


 不審に思われたのか、目の前の男に話しかけられ、ハッと我を取り戻す。


「えっと、いや、綺麗な髪だなと。なんていうか、ここまで真っ黒なのは初めて見たもので。目も髪と同じで」


 不器用な笑顔でマイケルは言い訳をした。言葉の途中、ジョンがマイケルを肘で小突く。


「おい、お前ちょっとキモいぞ。そっちもイケるクチだったか?」


「そんなわけないだろ。ただ……俺は綺麗だと思ったから褒めただけで」


 男は二人のやりとりを見て小さく笑い、礼を返した。


「ははは、いや、ありがとうございます。私の自慢なんですよ、この髪と瞳は。生みの親に感謝ですね」


 髪を雑にかき上げ、自慢の瞳を見せる。風貌からは想像もできないほど顔立ちは端正で、漆黒の髪と瞳もあってか、妖艶さすらあった。


「ところでお二人さん、ぶつかっておいて申し訳ないのですが訪ねたいことが。ここから一番近くの駅に行きたいのですが、道を知りませんか? スマホのバッテリーが切れてしまって……」


 男の困る顔をみて、ジョンが「ちょっと待ってろ」とポケットからスマホを取り出し、画面を男に見せながら説明する。


「いいか、俺達が今いるとこがここだ。ここからまっすぐ行った所にでけぇ十字路がある。そこを右に曲がって、またまっすぐ行けば地下鉄入り口、お目当ての場所に着く。簡単だろ?」


「なるほど、親切にどうもありがとうございます。それじゃあ、良い一日を」


「そっちもな」


 男は軽くお辞儀をして、二人とすれ違って進んだ。しかし数歩して立ち止まり、二人の方に振りむく。


「そうだ。お二人さん、旅行は好きですか?」


 男は二人を呼び止め、振り向いた二人の目を交互に見つめ質問した。


「旅行? 好きだけど、突然なんだ?」


 二人は突拍子もない質問に困惑し、質問を返す。


「いえ、もしそうでしたらお礼をしようかと。いい場所を知ってるんです」


 何やら怪しい雰囲気が漂う。詐欺か何かに巻き込まれるのではないかと、ジョンは踏み込むべきか迷ったが、好奇心が勝ち男の話を聞くことにした。


「……へぇ。どこらへんだ? 名前は? 何があんだ?」


「    です。ここからずっと遠くの地。きっと、初めて見る物で溢れていますよ。ここにはない自然と、人がいます。とても楽しい旅になるはずです」


「まて、何だって?」


 聞き逃したのか、男の言う場所がイマイチわからない。水中にいるような、ぼやけてはっきりとしない声。男の顔には気味の悪い笑みが浮かび、それを見た二人の体には鳥肌が走った。先程まで感じていた魅力は一切感じられず、直ぐにもこの男から離れたほうがいいと、直感が告げていた。


「あー……そうですか。今度行ってみますね。はは」


 マイケルが土地の名前を聞き返すこともせず、僅かに後退りした。道を戻り歩き出そうとしたその瞬間。


「まぁそう言わずに」


 背後から息のかかる程近くで声がする。


「なっ!」


 刹那振り返るが、男が手のひらでそっとマイケルの顔に触れると、マイケルは声もなくその場で倒れた。


「マイケル!! てめぇ何」


 怒号が終わるより早く男は顔に触れる。ジョンもまた静かに倒れた。二人の意識はどんどん遠のいていく。その最中、男の声が頭に響いた。


「じ…………か……」


 何を言っているかはわからなかったが、心底楽しそうな、不愉快な声だった。


    ◇◇


????年??月??日

??時??分

???


「…………あぁ、クソ……」


 激しい頭痛と硬い地面に、目を覚まされる。


「いってぇな……」


 マイケルは刺激の走る体を起こし、寝ぼけた間抜け面で頭を搔き、辺りを見回した。


(何処だ? ここ……)


 やたらと暗く、ジョンは隣で眠りこけていて、辺りは木で囲まれている。その上地面には自分たちと肩を並べるほど背の高い草が、様々な種類生え揃っていた。しかし、自分達の周り数メートルは都合よく草が畳まれている。どうやら森の中にいるようだ。それも何故か二人で眠って。マイケルは寝ている親友を起こすより先に、状況の把握に努めた。


(確かジョンと出かけて……その後の記憶がないな。飲みすぎたか?)


 酒で酔っ払い記憶をなくしたかと考えたが、それにしても何故こんな場所に来たのか。こんな森の中に用事がある訳もなく、状況が掴めない。


(近くに森なんてあったっけな……? とりあえず場所でも確認するか)


 ポケットに入っている筈のスマホに手を伸ばす。しかし、服の何処を探ってもスマホがない。おかしいと思ったマイケルはバックの中を探そうとも思ったが、そのバックもない。


「おい、ウソだろ……」


 マイケルは「もしかして」と一つの可能性に思い至る。酒を浴びるように飲んだ帰り道、ガラの悪い輩に絡まれて、荷物を全部奪われたのではないかと。その上気絶させられ、森の中に捨てられたのではないかと。そうならばとジョンをすぐさまゆすり起こす。


「おい、ジョン! 起きろ! ヤバいかもしれねぇ!」


「何だ? あれ、マイケルじゃねぇか。何でお前がここにいんだ……?」


 ふにゃついた声で寝ぼけた返事をするジョン。事の重大さを欠片も分かっていないようだった。


「何言ってんだアホ! 俺達荷物奪われた挙句、森に捨てられたかもしれないんだぞ!」


 軽くジョンの頰をひっぱたき無理やり目を覚ます。


「はっ、何だって?! ちょっと待てここどこだ? なんでこんなとこ……あぁ、クソッ頭いてぇ……」


 やはりジョンも、なぜ森の中にいるのか理解できていないようだった。


「いいか? 俺達は追い剥ぎにあったかもしれない。おまけに森の中に捨てられて、ここが何処かも分からない」


「マジで言ってんのか?」


 ジョンも自分の体をペタペタと触り、辺りを見回した。しばらく腕を組み顎を撫でた後、荷物も携帯もないことを確認すると、何かを放り投げるように手を上へあげた。


「お手上げだ。この暗さ……流石に夜だよな? ひとまず朝になるまで、交代で寝るぞ。暗いうちに動くのは得策じゃねぇ。明るくなったら進むぞ」


 寝起き早々冷静な判断を下し、まるで問題など起きていないかのように振る舞うジョン。その落ち着きぶりをみて、マイケルは妙に腹が立ち、嫌味たらしく毒を吐いた。


「お前、随分と冷静だな。さらわれた経験でもあるのか?」


 そんな嫌味を気に留めず、ジョンは続けた。


「焦ってどうにかなることじゃねぇ。第一、こんな森は近辺じゃ限られてんだ。さらわれて捨てられたつっても、少し歩けば大体見当はつく。帰れるかどうか気にしてんなら、心配すんな。ここが安全なのかって気にしてんなら、幸い今は夜だ。クマは基本的に昼行性だから大丈夫だろ。多分」


 マイケルは今すぐにでも動き出したい程、焦りを感じていた。しかし、ジョンの話を聞き納得してもいた。拭えない不安感はあるものの、物が盗まれただけで済んでいる。命の危機はとりあえずない。カードが抜かれているかどうか心配ではあるが、財布に大した額は入っていない。住所が分かるようなものも入っていないから、家族に危険が及ぶようなこともない。逡巡する頭を荒く掻いて無理やり押さえ込み、ジョンの提案を飲む。


「あー……わかった。とりあえず寝よう。日が出たら動くんだろ? なら、それでいい。あぁ、うん。それでいい」


「よし。なら、どっちから寝る? 俺から見張りでもいいが」


「いや、俺が先に見張る。今は寝れそうにない」


「なら頼んだぞ。眠くなったら絶対に起こせよ」


 ジョンは念入りに釘を打ち、目を閉じ静かに体を寝かせた。草が柔らかく、寝心地は悪くなさそうだった。


(そういえば、あんまり寒くないな。夜にこんな森の中でも、意外と寝れる温度なのか)


 ジョンがすんなりと眠りに落ちたところを見て、なんとなくそんな事を考えた。やることもなく、ただぼーっと周りを眺める。落ち着きを取り戻したことで、辺りの些細な事に気が及ぶ。虫の鳴き声や、風が葉を揺らす音。環境音を聞いていると、さらに心が安らぐ気がした。


(クマが寝てるって言ってもな。身を守る物がないと、さすがに不安だな)


 今の所脅威がないとはいえ、やはり思うところはあった。何か護身用の武器が欲しいと考えたその時、背後からガサッ、と何かが草の上に落ちた音がした。


「何だ?!」


 マイケルは、自身の鼓動が一気に速くなるのを感じた。音の方を素早く振り返り、辺りを見回す。かなり近い距離で音がしたが、特に何も見えない。


(デカい音じゃなかったな。てことは大したもんじゃないと思うが……)


 リスでも走り抜けたのだろうと、そう思うことにした。しかし念の為、僅かに草をかき分け地面を見渡す。するとそこには、見覚えのある物が転がっていた。


(M4か? 何でこんなとこに? さっきのはこれが落ちてきた音か?)


 出処不明のライフルが、そこにはあった。上を見ても、木の上に人がいそうな気配は無かった。


「誰かいるのか? いるなら返事してくれ」


 大声にならないよう、声を張り上げた。しかしその声に誰かが応えることはなく、ただ虚しく森の中へと響いて消えた。


(まぁ、使えそうだし持っておくか。弾は……入ってるな。メンテナンスもよくされてる。どういう事だ?)


 ライフルを見回しながら、色々な疑問が頭の中に浮かぶ。銃がなぜこんなところにあるのか。さっきの音はこの銃が落ちてきた音だったのか。何故弾が入った状態で、その上これ程綺麗な銃を捨てたのか。考え出せばきりがない。ひとまず考えることをやめて、ありがたく使わせてもらうことにした。


(ここから出たら、警察にでも届けるか)


 銃を拾って以降、何かが起こることもなく、長時間座りながらぼーっとして暇をつぶした。あることと言えば、ジョンが寝言を言うか、たまに葉の擦れる音がして、そこから変わった見た目のリスが走っていくぐらいだった。

 眠気がマイケルを襲うこともなく、徐々に森は光で満ちて行く。頃合いだと見たマイケルは、肩を揺らしジョンを起こす。


「おいジョン、起きろ。もう動いていい時間だろ」


「待て、まだ少し……」


 目を開けずにそう答えるジョンを、軽く銃の柄で殴る。


「いてぇ!! 何すんだ、ってお前何処にそんな物隠し持ってたんだ?」


「すぐそこで拾ったんだ。俺にもよくわからないが」


 口をポカンと開けるジョン。自分の頬を軽く叩き、目を覚ましている。


「俺まだ寝てんのか?」


「なら確かめてやろうか?」


 マイケルは手に持つライフルを、ジョンに向けた。


「おい待て! 冗談でもやめろ危ねぇな! 起きてる! 起きたって! あんま良く眠れなかったけど、もう十分だ。ったく、今度は永遠に寝かせるつもりかよ」


「そしたら、今度はぐっすりだな」


 マイケルはライフルを降ろし、杖のようについて立ち上がった。


「じゃあ、行こうぜ。早く家に帰らないと。メアリー達に、今日中には帰るって言ってあるんだ」


 ジョンに手を差し出し、引っ張り上げた。ジョンは立ちながら大きな欠伸をすると、服を軽く手で払った。それから肩を回し、大きく伸びをする。


「日が見えればいいんだが、木が邪魔であんまり見えねぇな。とりあえず見渡しのいい場所につくまで……」


「ジョン、なんか聞こえないか?」


 木を見上げて話していると、何処か遠くから葉の擦れる音が近づいてくる。


『…………イ』


「まて、人の声だ!」


「ウソだろおい?! マイケル、銃構えとけ!」


 この森の中、突然自分達の方へ人が来るとすれば、それは自分達をここに捨てた犯人である可能性が高い。


『……ーーイ! ヤフサカツルサ! カメオシユネエホ!』


 聞いたことのない言語で、誰かが遠くから叫んでいる。二人は、嫌な予感がぐっと強くなるのを感じた。マイケルはライフルをより強く握りしめ、音の方に狙いを定めた。ジョンはマイケルの背中に隠れ縮まる。音は変わらず真っ直ぐこちらに近づいて止まらない。


「なんか叫んでるぞ?」


「来るぞ、マイケル……!」


 目の前の葉が分かれ、鎧がこちらを覗いた。


「鎧?!」


「寄るな!! 動いたら撃つぞ!!」


『ワァッ!! ……ッナ、ンゼ? カメオシユネェエナグャタカノ』


 話しかけているようだが、二人には全く意味が分からない。


「ジョン、どこの言語か分かるか?」


「さぁな。皆目見当もつかねぇ。こっちのことどうこうしようって気があるわけでもなさそうだが……」


『ヘーイ!! ミッゴ! ミッゴチンゼザカツル!』


 鎧は後方に何か叫んでいる。


「仲間でも呼んでるのか?」


「まずいな。人数がいるとヤバいかもしれねぇ」


 叫び終わると、二人に向き直り話しかけてきた。


『ラハヤズ、オモミネオゼミマチ? ナチニッナカメニヨケ?』


「何だって?」


「ハロー? 英語しゃべれるか?」


 鎧姿の者は、頭部の鎧を困った様子で撫でる。ぶつぶつと独り言を言ったあと、二人に手のひらを向けた。


アウラメス(想いを伝える魔術)


「おい、動くなって!」


 すると鎧の手が淡い緑色に光り、二人を包んだ。


「なんだ?!」


 動揺する二人をよそに、徐々に光は消え鎧姿の誰かは再び口を開いた。


「どうです? 二人共、わかりますか?」


 さっきまで不明の言語を話していた鎧が、流暢に英語を話し始めた。


「おいなんだ、英語喋れんじゃねぇか!」


「えっと、まずあんたは誰だ? 俺達がここにいる理由とか、知ってるか?」


 訝しげな顔で銃を構えたままマイケルは鎧に問う。


「えっと、私はワネグァル王国巡回兵隊所属のスラウです。森の巡回中であなた達がいたので、声をかけさせてもらいました。ここにいる理由? というのは、わかりませんが」


 とても困った様子で、鎧はそう名乗った。


「ワネグァル王国の……なんだ? 聞いたことねぇな。知ってるか? マイケル」


「いや、全く」


「適当言ってんのか?」


 マイケルは変わらず疑いの目と銃口をスラウに向け、会話を続けた。


「私も、あなた達の言うイン……シュ? のような言語は聞いたことありません。それとさっきも聞きましたが、手に持ってるそれ、何ですか? 見たことないんですが……」


「はぁ? めちゃくちゃだな。話にならねぇ」


「答える気がないってことでいいか?」


 マイケルは引き金に指をかける。


「いや、ホントですって。多分もうすぐ上官が来るので……あ、フラーシスさん! こっちです」


 特に焦る様子もなくスラウは後ろに手を振り誰かを呼ぶ。マイケルはすかさず口を挟んだ。


「おい! 仲間を呼ぶな! あんた、何が目的だ!? 一体何がしたい!」


「いや、ですからあなた達を保護しようと」


 急に叫んだマイケルに、スラウは体を少し浮かせたが、迷惑客が来た店員の様な態度で一向に取り合わない。銃を向けられても平然としているのは、本当に銃を知らないからなのだろうか。そんな思考が、マイケルによぎる。


「どうした、スラウ」


「あ、フラーシスさん」


 葉の奥から、また一人現れた。凛とした顔立ちに、ほんの少し青みがかった、ポニーテールの黒髪。隣にいる全身鎧とは違い、胸部や腕、腰や足といった一部に鎧がついてた。鎧のない部分は黒いタイツのような肌をなぞる生地がついている。頭部に鎧はなく、藍色の瞳が二人を睨んだ。


「ワネグァル王国巡回兵隊隊長、フラーシスと申します。つい先刻、怒鳴り声が聞こえましたが、部下が何か無礼を働いたのなら、代わりに謝罪します」


「えぇ、いや僕は無礼なんて」


 フラーシスと名乗る女性は、現れて早々浅く頭を下げる。隣にいる鎧は、それを見てひどく焦っていた。銃を向けられることより、上官に頭を下げさせたことのほうが気になっているようだった。


「彼も職務を全うする為動いたにすぎず、そこに悪意があったわけではないのです。どうかご理解を」


 いきなりでてきて謝罪をする女性にマイケルは、ひどく困惑していた。対してジョンは、フラーシスの顔を見てひどく興奮していた。


「みろ、マイケル! とんでもない美人だ! あんなに綺麗な顔と髪は見たことがねぇ。特に眉がいい。整ってるし、こうなんというか、キリッとしてて。それにあの胴体の鎧のサイズ的に」


 小声で後ろから浅ましい事を囁くジョン。


「お前こんな時にな……」


 呆れてものも言えないマイケルに、割り込んでフラーシスは語りかけた。


「つきましては私も職務を全うしたく、お二方のお名前を伺いたいのですが」


 ジョンはマイケルを押しのけ、前に出た。


「おい、ジョン!」


「どうも、フラーシスさん。お初にお目にかかります。アメリカ合衆国出身のジョン・スミスです」


 声をいつもより低くして、ウインクをバチンとキメた。


「ユナ……ステ? アンメリカ? のジョンスミスさんですね。すみませんが、私の無知では、聞いたことのない国で……付近の国など教えていただけませんか」


 先程の英語と同じく、アメリカも知らない様だった。二人は自分の国と言語を知らない人間に会ったことがなかったため、ひどく驚いた。


「なぁ、本気で知らないのか?」


「申し訳ありませんが、私では見たことも聞いたことも……」


「じゃあなんで英語喋ってんだ?」


「……質問を返すことをお許しください。お言葉ですが、翻訳する魔術をご存知ないのですか?」


 魔術。彼女は確かにそう口にした。


「魔術? 魔術だって?」


 彼女が冗談を言っているのかと思い、二人は微笑した。


「確かに俺達が光った時はびっくりしたぜ? ただ、魔術だなんて……ははは」


「ふふ、ジョン、初対面で笑うのは、ちょっと……」


 フラーシスとスラウは目を見合わせ、顔をしかめた。


「あの、何かおかしなことでも?」


「いや、だってあんたが突然魔術とかいい出すから」


 相変わらず要領を得ないようで、彼女は小首をかしげた。すると何かに気付いた様子で、スラウに耳打ちする。


「スラウこの二人、もしかするかもしれないぞ」


「もしかするってどういう?」


「預言だ。恐らく、王から聞いたあの」


「えぇ?! ホントですか? それじゃあなおさら保護したほうが……」


「確証はないがな」


 二人は笑いが収まり、冷静に現状を分析した。今までの会話から、自分たちがどういう状況にいるのか。一瞬考えると、嫌でも一つ分かることがあった。空気は一変して、二人の表情が固まる。


「待て。いや、待ってくれ。お前達、アメリカを知らないっつったよな?」


「えぇ。全く」


「じゃあここが何処か知ってるか?」


「ワネグァル王国の南にある、メイリア森林です」


「なん、いや、いやいや。そんなわけはねぇんだ。俺達は、家から出て直ぐそばのデパートまで歩いてただけで……」


「冗談だよな? クソッ、意味が分からないぞ……」


 二人から血の気が引いていく。頑なに構えていた銃はとっくに下を向いていた。


「拉致されたんじゃ、ないのか?」


「わかりません。あなた達が望んでここに来たのでなければ、その線が最も有力だとは思いますが」


「そういうことじゃねぇんだ!! 俺は信じねぇぞ。なんかの冗談だろ!? テレビとか、そういうどっかの変な企画かなんかだろ?!」


 鎧の二人組は何も言わず、ただ焦る男達を見つめている。その瞳は先程までとは違い、明確に二人の存在を捉えていた。マイケルは恐る恐る、目の前の二人に問う。


「ここは…………ここは何処なんだ?」


 フラーシスは深く深呼吸した後、ゆっくりと答えた。


「……まず私から一つ。我々はあなた達の敵ではありません。むしろ、あなた達の手助けをしたい。そしてここが何処かという質問については、私達についてきてもらったほうが良いでしょう。外の景色を自分達の目で見たほうが、わかると思うので」


 何処か遠く、自分達の住む国から遥か遠くの地。記憶が曖昧で、ここに来る直前の記憶はない。その上、手にあるものは一つのライフルのみ。


「俺達、帰れるのか?」


 マイケルの心の奥底から出た不安が、フラーシスにぶつかった。


「安心してください。帰る手立ては必ずあるはずです。ただ、その前に我々に協力してもらいたい。ひとまず、馬車があるのでそちらに」


 この鎧二人を信じていいのか。そんな迷いがあったが、ジョンとマイケルは今、この二人からしか情報が得られない。現状この二人が嘘をついていたとして、ここからついていかずに森を抜け出すことは至難の業だろう。


「信じて、いいんだな?」


「えぇ。信じてください。我等が母と父に誓って、あなた達に危害を加えることはありません」


 その真っ直ぐな物言いは、嘘をついているようには見えなかった。


「俺達はここが何処なのか見当すらついてねぇ。信じるしかねぇんだ。もし何か妙な真似をするようだったら、マイケル、頼むぞ」


 ジョンはマイケルの肩を軽く叩き、横に並んだ。


「だからしませんてそんなこと。フラーシスさんが宣誓まで立ててたじゃないですか」


「預言の通りであるなら、それも伝わっていないさ」


 「それもそうですね」と頭部の鎧を撫でるスラウ。マイケルはちらほら聞こえる預言というのが気になっていたが、そんな事を話している場合ではなかった。


「じゃあ、連れて行ってくれ」


「わかりました。ではこちらに」


 フラーシスは踵を返し、前へと進んでいった。二人は置いていかれないよう、数歩後ろについて進んだ。更に後ろにはスラウが付く。たとえこの先何処に出ようと、二人は覚悟を決めるしか無かった。道中他の鎧姿と何人かすれ違ったが、敬礼をして過ぎ去っていくだけで、何も起きることはなかった。

 会話もなく歩いて数十分は経った頃、段々と草の身長は縮み、正面から明かりが差し込んでくる。


「直に出口です。改めてご同行感謝します。ジョンスミスさん、それと……」


 フラーシスが振り返って立ち止まり、手を差し伸べた。


「マイケル・ウィリアムズだ。よろしく」


 マイケルはそれに応えて手を握り返した。信頼できるかはまだ分からないが、挨拶は大事だ。


「マイケルウィリアムズさん」


 フラーシスがお礼を言い終わり進むと、彼女の先から木々の群生がピタリと止んでいた。おおよそ一日も経っていないが、何故か久しぶりの陽だとマイケルは感じた。森から抜け出して大きく息を吸い込み、あまりの明るさに目を細める。

 森を抜ければ広大な平原に、同じ様な鎧姿数十人と、幌馬車が十台程度並んでいた。天気は快晴。続く限りの青空と、緑の原っぱが気持ちよい。


「おいウソだろ……」


「なんだあれ……」


 ただそんなものより、真っ先に目に飛び込んでくる物があった。ずっと遠くにあるにも関わらず、今まで見てきた、どんな建物よりも、どんな山よりも、巨大な樹が目の前にはあった。ただ呆然と眺める他無く、口を開けたままずっと固まっていた。


「ん? あぁ。アレは世界樹って言って、この世界の産みの親たいなものなんですよ。あなた達の預言も、あの世界樹様が教えてくれたんです」


 二人より数秒遅れて森から出てきたスラウが、固まって見上げる二人をみて微笑みながらそう言った。スラウの言葉でようやく意識を取り戻す二人。


「あれ、ホントに木なのかよ……あ、いやまて。そういえば今も言ってたが、その預言っていうのはなんなんだ?」


「うーん……言っていいのか分かんないんですよね。コレ」


 じれったく悩むスラウ。上官のフラーシスに判断を仰ごうにも、既に遠くの馬車で二人を乗せる手配をしていた。「まぁいいか」と楽観的な声を出して、預言について語った。


「「彼方より、異界の来訪者来たる。彼の者は、この世に属さぬ肉体を持ち、万界の理に通ず」って。そんな感じの」


 聞きたいことがあまりにも多く、どれから聞けば良いのか少し迷ったが、一つ明らかに浮いた言葉があった。


「待て、異界の来訪者ってなんだ?」


「そのまんまの意味ですよ。あなた達の世界だと、あんまりこういうのって一般的じゃないんですか? 多界論みたいな」


 マイケルはこの意味不明な話を聞く前から、うっすらと予想がついていた。目の前に広がる景色と、最初に出会った時に聞いた魔術という言葉。それだけで、そう考えるには十分だった。


「頼む、本当にもっと分かりやすく言ってくれ」


「そうですね……わかりやすく……この世界とは違う、別の世界ってことです。あなた達がそっちの世界から、こっちの世界に来るって」


 鎧で隠れていてもわかるほど、ヘラヘラした声だった。表情が鎧の上から浮き出ているような軽薄さがある。ただそんな人間から発せられた冗談めいた言葉でも、二人を絶望に叩き落とすには十分過ぎた。


「まぁ、ようこそ。異世界へ」

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