第5話 突然の婚約破棄 5
マーリンは学校から逃げるように走って寮に帰るとすぐに部屋の荷物の片付けを始めた。
女性は物が多い人がほとんどだがマーリンはものをたくさん持つのがあまり好きではないため、部屋には必要最低限のものしか置いていない。
なので片付けると言ってもそこまで大変な作業ではないのだ。
マーリンは部屋にあるものを空間魔法で作った保管庫の中に次々と入れていく。
洋服を入れている最中ふと、クローゼットの中の姿鏡に映る自分が目に入る。
「……ひどい顔。」
走ったことで髪はボサボサに乱れ、目は微かに赤く充血していて、瞼は腫れぼったくなっていて目はいつもよりも小さく見える。
「貴族ならば領民のために行動しなさい。」
お父様に言われ、幼い頃から夢見ていたお母様のようなかっこいい魔導士になることを諦めて、マテオと婚約した。
マテオと婚約してからは、将来この国を継ぐ彼の足を引っ張らないように王妃に必要な知識やマナーを必死で身につけ、彼をサポートした。
しかし、婚約破棄でそれも意味のないものになって、結局は何も残っていない。
「空っぽ。」
空になった部屋と自分を重ねて思わず、ため息が溢れる。
ふと、受験合格した日にマテオに言われた言葉を思い出した。
「君は幸せかい?」
領民のため、国のためと、常に周りに気を遣い自分を押し殺していた。
不吉だと言われた黒髪は淡い青色に染めて、短かった髪は伸ばした。好きでもないドレスを着て、歩くのも大変なヒールを履きながら苦手なダンスを完璧に踊れるようにした。
この1年。そうして、周りの望むような完璧な婚約者。完璧な侯爵令嬢。完璧な娘になろうとした結果、いつしか、そこに「私」はいなくなり、中身のない空っぽの人形ができていた。
「私の幸せは……。」
マーリンは本棚に残っていた一冊の本を手に取った。
母がくれた初めての魔導書。
これだけは手放せなかったな。
マーリンは優しく微笑んだ。
小さい頃、母が見せてくれた魔法に目を奪われ、いつの日からか魔術士を目指していた。
魔術学園での生活は毎日が刺激的で楽しかった。
現役の魔術士による充実した授業。
魔術士を目指す仲間との切磋琢磨の日々。
毎日大好きな魔法のことだけを考えられて幸せだった。
「そうだ。私、魔術学園に戻りたいんだ。」
もう、迷わない。
遠慮するのはやめよう。
周りの目なんて気にせず、これからは嫌なことはやらない。
自分の心の赴くまま、好きなことをして好きなように生きていこう。
マーリンは、勢いよく部屋を飛び出した。
さっきまでの鬱屈としていた表情は消え、その顔はどこか清々しかった。