第1話 突然の婚約破棄 1
「おはよう。マーリンちゃん。」
「おばさま。おはようございます。」
「今日は何にするんだい?」
「ベーコンエッグサンドのセットを一つください。」
貴族学校に入学してから半年間、マーリンは忙しない日々を過ごしていた。
ようやく学校生活にも慣れてきて最近ではこうしてゆっくり朝食を食べられる余裕ができてきた。
「マーリンちゃん!たくさん食べてね!」
「おばさまありがとう。」
テーブルの上には、どっしりと重さのあるベーコンエッグサンドと傍には、サラダが添えられていた。
「いただきます!」
マーリンは真ん中に鎮座している大きなベーコンエッグサンドを手に取り大きな口で頬張った。
「おいひぃ〜!」
よほど美味しかったのだろうか。マーリンは無我夢中で食べすすめ、気がつくと両手に収まらないほどあった大きなベーコンエッグサンドとサラダがあっという間に食べ終わっていた。
「美味しかった〜!おばさまの作る料理は本当に最高ね。」
「あら、嬉しいこと言ってくれるわね。よかったら食後にお茶でもいかが?サービスするわよ。」
「いただきます。」
花柄のティーカップには今週仕入れたばかりのタビノス茶が注がれている。
「…いい匂い。それに茶柱があるわね。」
マーリンは、口元に軽く笑みを浮かべ、お気に入りのタビノス茶の入ったティーカップを手に取り、一口飲んだ。
食事を済ませたマーリンは、手早く身支度を済ませて、いつもよりも少し早く寮を出た。
「朝から茶柱も見られたし、今日はなにかいいことがあるかも」
期待に胸を膨らませ、マーリンは、いつもよりも足早で学校へ向かった。
今日はいい日になる。そう思っていた時がありました。
しかし、マーリンのその願いはすぐに泡となって消えてしまった。
「マーリン、婚約を破棄してくれないか?」
学校に着いた直後、大勢の人が見ている中、校舎中央にある大扉の前で、ブロンドの髪を靡かせた女性を抱き寄せた婚約者にそう告げられた。
目の前の光景を見れば、理由は誰にでもわかるほど一目瞭然だが、突然の婚約破棄に困惑していたマーリンはこの状況を理解できずにいた。
「理由をお聞かせ願えますか?」
すると、婚約者であるマテオは、ルビーのような真紅の瞳を輝かせていった。
「運命の相手に巡り合ってしまったんだ。」
隣の女性を見つめながら甘い言葉を吐くマテオに、頭痛がする。
「今、言ってたのって本当か?」
「第一王子と侯爵令嬢の婚約破棄なんてちょっとした大事件だぞ。」
周りが騒がしくなってきた。
大勢の人が見ている前での突然の婚約破棄。
目の前で起きている出来事はおかしな夢であってほしいがどうやら現実らしい。
マテオは一体何を考えているのか。
マーリンは頭を抱えて空を見上げた。
ここアンデルソン王国では、マーリンたちのように貴族の令嬢、令息が婚約するのはよくある話である。
もちろん恋愛ではなく政治的な理由でだ。
そのため利害の不一致によって、婚約相手を変えることが往々にしてあるため、婚約破棄は、特に珍しいものではない。
しかし、婚約破棄自体をよしとしているわけではない。
もし婚約破棄を他の人物に知られたりでもしたら白い目で見られてしまうのはまず間違いない。
そのため婚約破棄は大ぴらにせず、水面下でひっそり行うのが一般的なのだ。
それをこんな人通りの多い場所で、婚約破棄をするなんて馬鹿のやることだ。
マーリンにはマテオが考えていることが理解できなかった。
この学校にいる生徒は、全員貴族の令嬢、令息である。
当然、彼らの親にも伝わるであろう。
王子と侯爵令嬢の婚約破棄騒動。
こんなに刺激のある話題は、社交場の話題として非常に魅力的だ。
同情や興味本位で尾鰭が付いた噂が広まるのは間違いない。
「……最悪。」
今後のことを考えると、頭痛がする。
今のマテオを見ているとまるで別人でも見ているかのような気分になる。
昔の思慮深い彼なら、影響を考えて周囲の目があるところで婚約破棄しなかったはずだ。