第六話 「心配性のルラリア」
「ルラリアはそこにいる」
そうだ、ルラリアが度々あの森から出て何か生活に必要なものをアバンから持ち帰ってきてくれた。あの通信機、チャックの壊れたリュックサック、電池の切れた懐中電灯、まだまだあるが、前から違和感を感じていたのも事実だ。
それはある寒い冬の夜のことだった。
ルラリアがいつものように二三日程で帰ってきた時、彼女は疲れ切っていて、荷物を下ろすとすぐに自室に戻った。バタンとドアが閉められてから、数分するとドア越しに寝息が聞こえてきた。
体たらくを働いている罪悪感もあるので、彼女が寝てる間に物資の備蓄を終わらせてしまおうと、雪が少し付いたバックパックの中を漁り始めた。
中を軽く覗き込んでみるとインスタントコーヒーとか丸電池とかいつもと遜色ない物が入っていた。バックパックを片手で持ちながら、家の中を歩き回り、棚とか引き出しとか、それぞれをあるべき場所にしまっていく。
この時期はなかなか動物がいないので食うのに困ってしまって、彼女が持ってきた食料に頼り切りだ。ちょうど最後に残ったカップラーメンを台所の上に置いて、電気ケトルでお湯を沸かしてる間に、調理法を調べるために側面を見てみたが、いつもとは違う旨辛味のカップラーメンだったので熱湯で何分なのかどこに書いてあるか分からず、裏返したり逆さにしてみたりして探してみたがなかなか見つからなかった。
どうすんだよこれ、と愚痴をこぼした後、すでにお湯が湧いていて冷めてしまいそうだったので、諦めていつも通り三分にしようと思って蓋をめくろうとした時、蓋に小さく五分と書いてあった。無駄な徒労をしてしまったが気がしたが、腹も空いていたので落胆より食欲が勝りそのままお湯を入れようかと思ったその時だった。
そこで違和感を覚えた、蓋をよく見てみるとゴシック体で5分、と書かれた文字の左上には消費期限も書かれていた。2523 12 8 この家には時計はあるがカレンダーはない、というか日付は必要がなかった。季節が巡るだけで、森の中の生活はずっと変わらない。でもなぜかその数字から目が離せなかった。ルラリアの誕生日プレゼントを忘れてしまったのではない。彼女の誕生日は12月23日だ。忘れてしまったことは何度かあるが、あの時の彼女は・・・思い出したくない。言葉で表すことすら恐ろしい。
目が離せなくなったものは日付ではなくて、西暦の方だ。2523年、それはアバンがかつて栄えていた時代、だが、なにか引っかかっていた。
しかし食欲に負けた両手が疑問を振り払うように、蓋を半分まで剥がし、お湯を注ぎ始めた。キッチンタイマーを三分にセットしボタンを押したら、小さい画面の数字が動き始めていた。その場から動くことができずに、規則的に時が刻まれている様子をじっと見ていた。いつもならその時間を漫画を読んだり、適当にゲームしたり潰していたのだが、何故かまたあの言い表せない疑問を浮かべていた。
気づけばタイマーが、ピピピピッと鳴ってしまい、慌てて止めた。ルラリアを起こしてしまっては悪い。そしてラーメンをリビングのテーブルに置き、椅子に座り、さぁ食べようと箸を握りしめ蓋を完全にめくった時だった。
唐辛子のツンとした匂い、麺に絡みついた赤いスープ。美味しそうだ。
「でもなんでこいつは美味しそうなんだ?」
やっとその疑問が浮かんだ。それは今まで気付けなかった違和感だった。なぜ大昔の物なのにこんなに良い状態で保管されていたのか。腐っていてもおかしくないはずだ。もしかして今作られたものなんじゃないか?そんな答えが出た。単純すぎるだろうか。プラスチックの包装も全く破れておらず、時の経過が全く感じられなかった。しかしアバンの科学力が凄まじいのも事実であり。保存期間が恐ろしく長い可能性も大いにある。
でもおかしいのは西暦だけではなかった、日付もだ。12月、この丸太でできた家は隙間風が吹いていて随分寒いが、ちょうど今と同じ真冬がやってくる時期で、日付の季節が今と重なっている、これは偶然なのか?俺はなにかを忘れている。でも分からない、それが何か。待てよもしかして、そう思って俺は今までの物資をすべて調べ始めた。
いつも使っているキッチンタイマーには日付は書いてなかった。消耗品の消費期限を調べるんだ。そう思って、無我夢中でゴミ箱を漁り始めた。ちょうど一昨日カップラーメンを食べたんだった。味は醤油味、あれにも日付が書いてあるはずだ。手が良くわからない茶色の液体で濡れてきたが、そんなことも気にはならなかった。あった。
裏面には2523 12 7と書いてあった。自分の固唾を飲む音がはっきりと聞こえた。他にもまだある。カップラーメンだけじゃない、パンもだ。昨日食べたパンもそうだ。くちゃくちゃになったプラスチックの包装を伸ばして、日付を見てみた。2523 12 6 また同じような日付だ。どうやらこの疑問は杞憂では終わらないらしい。
棚の上にある、数ヶ月前のジャムの数字は2523 9 12。この時期になるといつも、外の雪に埋めて保管してるアイスも掘り返して見てみたら、2524 1 3。
同じ時期にルラリアが持ってきた食料は大体が同じ日付、同じ賞味期限だった。持ってきた日付と賞味期限がリンクしている。信じられないが、この家にある食料は最近作られたのか。
リビングに置いてある白色の棚の上にも確か、乾パンが置いてあったはずだ。かなり背の高い棚なので、椅子に乗って取ろうとしたが。まだ手が届きそうにない。
「ぐぬぬぬぬ、と、届け、俺の思い! あ!」
馬鹿な俺は、乾パンの缶詰めに指先が触れる代わりに、体勢を崩し派手な音を立てて転んだ。
「いってぇ~」
その時、後ろからドアの開く音が聞こえた。
「レオゼ?大丈夫?」
「ル、ルラリア、起きたのか」
眠い目を擦っている彼女がそこにいた。お疲れのルラリアを起こしてしまった。
「どうしたの、今転びましたって体勢してるよ?」
「本当に転んだだけ、ごめん起こしちゃって、何にも無いから。さ」
無様な体勢から立ち上がった俺は、両手で優しく彼女の肩を押して、部屋に戻るように促した。眠気もあるのか、彼女はすんなり動いて、彼女の部屋のドアがある、廊下まで歩いた。
「ふぁ~、そうなの・・・レオゼ、頭は打ってないの?」
「ちょっとぶつけたけど、平気」
「え、レオゼそれ本当?大丈夫?」
急に彼女が声が変わり、振り返った。両目が震えている。
「だ、大丈夫だって、そんな心配しなくてもいいだろ」
「心配だよ、レオゼ本当に」
そういって、彼女が抱きついてきた。
「ルラリア、もう寝よう」
「まだ、このままがいい」
胸元が濡れ始めた。ルラリアは離してくれなさそうだ。彼女は時折こうだ、妙に心配性でいつも自分のことを気に掛けてくれるが、そんな彼女を振り回しているような自分が嫌になる。
今まで、彼女が安心してアバンから帰ってこれるように、家事も鶏を育てるのも熊を追い払うことも、なんだってやってきたが、きっとこれだけじゃ足りない。彼女は何かアバンについて隠している気がする、そしてそのことについて彼女がだいぶ悩んでいることも確かだ。彼女が心配だ。さっきの日付のことも伝えて、アバンへの外出に同伴すべきだろうか。
青白い月光が突き当りの窓から差し込んだ薄暗い廊下は、冬の冷気が漂い、今にも凍りつきそうだった。
「レオゼありがとう、落ち着いた。」
「もう寝るか?」
そう言われた彼女はうんと頷いて、彼女の部屋に入っていった、涙で腫れた両目を見せたくないのか、テーブルの上のランプを消すと、そそくさとベッドに入った。
ドアノブに手を掛け、閉める前に、まだ言わないといけないことがある。
「ルラリア、明日もだろ?俺も行くから」
そう言って彼女の答えが返ってくる前にドアを閉めようとしたが、間に合わなかった。
「レオゼ、大丈夫だから、おやすみ」
その翌朝、起きたらすでに彼女は家にはいなかった。
それが彼女との最後の会話だった。