第五話 「アバンの真実」
気がつくと俺はミニマリストが好きそうな部屋のソファに横たわっていた。ワンルームの部屋にある家具は彼女が座ってる椅子と机、今寝転んでるソファだけだ。眼の前の奴の気遣いのなのか毛布も掛けられている。すごく寝心地が良かったのに、今はすごく居心地が悪い。助けられたのは確かだが、また何をしてくるか分からない。彼女が先に口を開いた。
「レオゼ、起きたんだ。まだ寝といたほうがいいよ」
彼女はそう言うとすぐにキャスター付きの椅子を回転させ、机の上にあるパソコンで作業をし始めた。まるでさっきまで殺し合ったことなんか気にしていないかのようにだ、正気じゃない。
「お前、俺を助けたのか?」
そう思わず口から出た言葉は相手に届いていないのか、沈黙が流れた。まだ懲りずにパソコンでの作業に集中しているようだ。
「なんか急に可哀想になってきちゃってさぁ、”助けて”って言ってたし、僕も焦ってたから」
今度は目も合わせずにパソコンの画面を見たまんまそう返してきた。ぶっきらぼうなその声からは、まだ敵意が残ってるのか分からない。キーボードを打ち付ける音が殺風景な部屋に鳴り響いている。ソファから見て左手はカーテンで閉め切られているので、恐らく窓があるだろうが、あそこから飛び降りて逃げるのは部屋の階数によってはかなりの博打になりそうだ。彼女は今茶色のコートを着ているようだが、あの時着ていたレインコートが見当たらない、一番の問題なのはあの傘が見当たらないことだ。あの傘がある限り勝ち目はない。
「パブロネ正直に言ってくれ、お前はなんで俺を殺そうとしたんだ?」
そう聞かれると、タァンとエンターキーを押した彼女はまた椅子を回転させ振り返り、顎に手を当てながら答えた。
「うーん、まず君の方から殴ってきたと思うんだけど、君の返答次第では僕もそうしたかもしれないね、君は不可解なことが多すぎる。本当にここについて何も知らないのか、それとも・・・」
それとも、なんだ。また彼女の瞳の構造が移り変わりながら、見据えてきた。
「それとも、君がとぼけたフリをしているのか」
冗談じゃない、本当に何も知らないんだ。また勘違いで殺されるのか。引き金を引かれた一瞬の火花が散るような激痛は未だに脳裏に焼き付いている。もうあんな思いは二度とごめんだ。すぐに毛布を押しのけ、ソファにきちんと座り直した後、こう答えた。
「パブロネ、本当にとぼけてなんかない。アバンのことなんか何も知らない、騙そうとしてるわけじゃない」
少しからかうようなニヤけた顔で、食い気味にパブロネは言い返した。
「それじゃあ、レオゼ、君が僕を殺そうとしたのはなんで?」
彼女の目は笑ってなかった。しくじった、そうか今はまだ俺が殺される前か、別に話そうと思えば今までのことだって話せるが、一度死んだのにまた生き返ったなんてあまりにも突拍子がなさすぎる話だし、信じてもらえるわけがない。だけどここで上手いこと誤魔化せる自信もないし、正直に話すしかない。
「パ、パブロネ、今から言う事も決して嘘なんかじゃない。俺、実は一回死んだんだよ。前世でお前に殺されたからその、恐怖というか、色々あって手を出しちゃったんだ。信じられないかもしれないけど本当なんだよ。決して悪気はないと言うか・・・」
俺がその話をした途端、あからさまに訝しそうな表情をし始めた。やってしまった。やっぱり胡散臭すぎたか。しょうがないだろ。本当に殺されたんだ。俺もこんなことを言われたらそいつの頭を疑うけど。
「レオゼそれ本当?」
「本当だ。」
うーん。と言いながら彼女は目を瞑りながら考え始めた。まさか信じるのか。
「信じられないかもしれないけど信じてくれ。死ぬ前に聞いたけど、ここだってパブロネの家だろ?玄関には鳩の模様だって刻まれてる。他にも人が住んでる。死ぬ前に見たんだ。それが証拠だよ」
「分かった分かった、レオゼ黙って。」
そう言って彼女は手で俺の言葉を制し、うーーんといいながら少し考え込んだ。それが終わるとデスクの上に置いてあるコーヒーを一口飲んで、こちらを見た。コーヒーの良い香りがする
「レオゼ、君を信じるよ」
「本当か?パブロネ、もう許してくれたのか?」
「別に許したわけじゃないしあの蹴りも結構痛かったけど、もうそこまで必死に言われたら信じるしか無いよね。まぁ僕も君と同じでルラリアを探してたし。」
彼女が潔くそう言い終えると、自分の体の力が抜けてソファに寄りかかり、これまでにないほどの安堵が混じったため息を吐いた。あんな言い訳じみたことを信じてくれたのもそうだが、知っている素振りはあったがまさかルラリアのことを探していたなんて。とにかく良かった。
「でも話は終わりじゃないよ、死んだとかよく分からないけど、もちろん君を助けたのは僕にとってメリットがあるから。」
メリット。全くわからない、俺にできることは何だ。
「君には僕のボディガードになって欲しいんだよね」
「あぁ、引き受ける。」
とにかく誘いには乗るしかなかった。ここで断ってしまったら、ルラリアを探すこともかなり難しくなるだろう。アバンについては彼女の方が詳しそうだ。
「即答だね、ありがとう、じゃあまずはどうしようかな~。レオゼ、アバンについては何も知らないでしょ。」
「マジで知らない。」
「じゃあ、まず情報を整理するために、アバンについて話そうかな。それが終わったら、僕がルラリアを探している理由も言うね」
そうして彼女は身振り手振りを交えながら、淡々と説明し始めた。
アバンとは、楕円形の国土を持つ島国の首都で、その国の名前もアバン。栄華を誇っていたが、およそ500年前に都市に落ちた核により滅び、今ではその国民は一人も見当たらない。特殊な核の影響は、爆心地からかなり遠く離れた海まで及んでいて、周りの海域すらも汚染されている。都市の様々な場所には核の影響なのか姿が異様に大きくなった昆虫たちが蔓延っていて容易には近づけず、他の大陸の各国は立ち入ることを禁止しているので、もう忘れかけられている国らしい。
「人類はすべて滅んだんだ、そうルラリアから聞いてたんだが、じゃあまだ人間はこの世界に残ってるのか」
「そうだよ、僕もタイムから来たから。でも話はまだ終わりじゃない。ここからが本番だよ。じゃあ元の住民はどこへ消えてしまったのか・・」
「ちょっと待ってくれ、タイムってなんだ。」
「え、だからこの島に一番近い国だよ。本当に世間知らずで何も知らないんだね」
心底心配するような顔でそう言われた。
「世間知らずで悪かったな」
「恥じることじゃない、むしろアバンという名前を知ってたことを誇りに思って。」
そういって、肩に手を置かれた。慰めているつもりだろうか。
「バカにしてるだろ」
「してないよw」
やっぱりなにかと馬鹿にされてる節があるんだよな。
「さっき言ったけど、じゃあ国民たちはどこへ消えてしまったのか、分かる?」
「え?アバンには核が落ちたから滅んで、国民たちも皆死んでしまったんじゃないのか?もし生き残ってたとしても、カマキリとかに殺されて終わりだろ。」
「答えは下だよ。」
そう言って彼女は人差し指を下に向けた。組んだ足を指しているのだろうか、綺麗好きそうな彼女は意外と土足で部屋に上がるのか、黒いスニーカを履いたままだ。
「お前、部屋の中、土足で過ごすタイプなんだな、意外だわ。」
それを聞いた彼女は、信じられないといった表情で、眉をひそめながら、声を荒げた。
「違うって、レオゼ!もっと下!」
一瞬意味が分からなかった、雷に打たれたように一つの考えが思いついた。彼らがどこへ消えたのか。
「地下か。地下に逃げたのか」
「御名答、彼らは脅威から逃れるために元々あった地下施設を利用した。次第にそれは大きくなり地下にまた巨大な都市を築き上げた。つまり」
思わず俺は彼女の言葉を遮った。
「ルラリアはそこにいる」