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第一話 「ゴーストタウンと少年」

 昨日の夜の嵐とは打って変わって、小鳥たちの鳴く声と朝日の眩しさで目を覚ました。




 今日は人生で一番忙しくなる日かもしれない。

 リュックサックの中の荷物を取り出しながら、昨日の夜準備してきたものを確認する。

 釜戸の火もついていないかもチェックして、完全に旅の準備を整えた。

 今日はルラリアを見つけて、今までのことを謝る、それで終わりにしよう。


 そう思いながら、レオゼは玄関のドアノブを閉めた。

 その時ふと、花冠のドアプレートが目に止まった。

 それは玄関ドアの高めの位置に打ち込まれた釘にかかっている。


 ルラリアと一緒に作ったものだ。家から五分ほどでつく花畑に二人で花を摘みに行った。

 その花を見せ合って、お互いにいちゃもんを付けながらながら選んだ花だ。

 それをルラリアがちょっとした花冠みたいなものにしてくれたのだった。


 あの時の彼女の幸せそうな茶色の目、花冠が似合うショートカット、そんな彼女がふと呟いた言葉はこうだった。


「こんな楽しい時間が、もっと続いてほしいよね・・・」


 当時はなぜそんなことを言ったのか、分からなかった。いや、気づかないふりをしていたのか。

 あれが彼女が発したSOSなのだとしたら、もう手遅れなのか。

 ともかくルラリアに会わないとわからない。

 今鳴いている小鳥たちの声も二度と聞くことはできないのかもしれない。


 「よっし、行ってきます。」


 そう言って、レオゼは走り出した。

 ここからルラリアの位置情報の場所がどこにあるかというと、ズバリ北にある。

 森の南に位置する故郷の家から急いだら、三時間ほどで着く距離だろう。

 改めてその短さにすこし驚いた。ルラリアが禁じている理由はあまりにも近くに、きっとある。


 早朝の森はやはり寒くて、走り出してからある程度立ったら体温も上がってきた。

 動物たちも寝静まっているのか、あまり見かけない。

 そこからまた走り出していくと川にぶつかった。

 ここの川はいつも使っている川ではないが、様子は似通っていて、水も澄んでいるし、飲んでも大丈夫だろう。


「冷たっ!」


 手ですくってみようとしたが、早朝の川の水のあまりの冷たさに結構大きい声が出てしまった。

 この失態も自分がルラリアにいつも汲んできてもらっていたからだ。


 その過ちのあとに、持ってきた水筒で保管できることに気づいた。

 これは大発見だな。森に出る前に、手がしもやけになることはなさそうだ。


 走り出してから一時間で見慣れない景色が増えてきた。

 少し規模の大きい花畑もあったり、奥が見えない洞窟のようなものもある。

 そんな景色に一抹の不安がよぎってしまう。

 それは今の状況に焦っているのか、はたまた昨日感じた嫌な予感に通づることなのだろうか。


 時間が二時間を過ぎたあたりでは新たな発見があった。地面の色が変容している。

 すこし黄色がかってきているようだ。

 まるでグラデーションがかかっているように変化しているので、すぐさっきまでは気づけなかった。

 一応、立ち止まって後ろを振り返ったところ、振り返ったことを後悔しそうになった。

 病的な程に、黄色がかっていた。

 地面をえぐった足跡、そこから散らばった土も、えぐり出されたことで不機嫌そうにそこらじゅうを這っているミミズ達さえも。


「何なんだよ・・これ・・・」


 立ち止まっている時間ももったいないはずなのに、その景色に驚嘆してしまう。

 明らかに家の周りとは異なった環境に置かれてしまっている。一体アバンで、森の外で何が起こっているのだろうか。

 ルラリアは何から俺を遠ざけていたのか。


 ここらの景色のことはとりあえず保留にしておくことにした。

 時間がもう2時間半を切っているからだ。

 その時なにか巨大な影が自分を横切ったと思って、上を見上げてみると、龍のように連なって人工衛星が飛んでいた。


「あんなのあったか?」


 そうつぶやくと同時に、それは爆発した。

 一番前を飛んでいたやつが急に光り出したと思ったら。

 それに連なるように他のものも起爆し、そのすべての残骸は木っ端微塵になり、空中で散っていた。

 アバンとは距離も離れているので、おそらく小さい破片しか落ちては来ないと思う。

 嫌な予感がこれなら良いんだが。


 ちょうど三時間になってしまう頃、とても大きく開けたところに来ていた。

 だがすぐに、眼の前の光景に釘付けになった。

 それはあっさりと、ここにあるのがさも当然かのように、屹立していた。


「これが、アバンか・・・」


 まず目に止まったのはその色彩だった。

 森とは打って変わって色彩が異常なほどに少なかった。

 目の前に乱雑するビルも歩道なんかもも全ては灰色で塗りつぶされていて。その建物にまとわりついた植物の根や葉っぱは緑と茶色のみだ。

 一瞬、灰色が空まで覆い尽くしたのかと錯覚するほどだった。

 目の前にある、無尽蔵に複製されすぎた人工物が、全くここまでとは異なった空間を作り出している。


 右足はもうその境目を超えてしまっていた。だが左足はまだだった。

 この左足をほんの数十センチ前に運ぶだけでアバンだ。

 しかしこれまでの13年続いた単調な生活に別れを告げることになんの躊躇もない。

 これは自分との決別のためでもある、それ以上にルラリアとまた会わないといけない。

 そうして俺は色褪せたコンクリートの上を走り出した。


 街中はとても今までの森とは比べ物にならない程に新鮮だった。

 迷いそうだから、とりあえず大きな通りをひたすら北に駆けているが、新たなる発見に興奮し続けている。

 路地はどこまでも入り組んでいたり、建物の数などは森に生えすぎた木々に負けないくらい密度が濃く、そして中は何階層もある、こんなところで昔の人は暮らしていたのだろうか。


 道中にはとても面白いものもあった。これがルラリアから聞いた公園という場所だろうか、様々な動物の置物が配置されている。

 そしてあの持ちてのようなものが頭に突き刺さっていて、腹にはバネのようなものまで突き刺さっている動物はパンダだな。パンダは辞書で見たことがあるが、痛そうだ。

 公園というのは子供が遊ぶ場所。そう聞いていたのだが、こんな遊具を幼いうちから見て育ったら性格というか、色々曲がってしまいそうだがいいのだろうか?


 不意に思い出して、通信機を確認したところ、

 景色ばかり見て道をそれてしまっていた。

 だが幸い距離が離れているというわけでもなかった。

 そう思って行くべき方向の西を向いた。

 少し遠くに見えるあのビル群のあたりにルラリアはいると位置情報を示しているが。

 そうではないと信じたかった、なぜならもうそのビル群に太陽は隠れてしまいそうだったからだ。日が沈みかけている。


 あそこまで最短で行くには不慣れな路地を通るしかない。

 迷うかもしれないが、行くしかないだろう。

 路地に入るとそこも、換気扇や土しかない植木鉢、ガラスが割れた窓など、目を引くものはたくさんあったが、もう時間がない。そんなとき、最悪な相手が訪れた。


 カマキリだ。ただ大きさは桁違いだ。

 自分より大きいカマキリなんて初めて見た。

 路地の曲がり角を曲がろうとしたところ、キチキチキチ、という音がしたので顔だけを壁から出して見てみたら、そこにいた。

 30メートルくらい離れているのと自分の音には気づかれてなかったので、見られる前にこうして突き当りで体を隠してはいるが、道を変えないといけない。

 その前にあいつが動いていないのだけ確認しておくか。


 動いていた。しかも目の前だ。明らかに自分とは一回り以上でかい、無数にある複眼がじっとこちらを見ている。


「うわああああああ!!!」


 考えるより先に体が動いて、この路地を挟み込んでいるマンションのそれぞれのベランダをパルクールのように交互に使って、今はあっという間に屋上だった。

 あいつは自分を逃がす気はないそうだ。下からキチキチという音がしてくる、よじ登ってきているのだろう。

 不慣れな路地で逃げ回り、他のカマキリに出くわすくらいなら、ここで勝負を決めるしかない。


 上がってこないうちに、ちょうどいい瓦礫を拾い上げ、リュックサックの中から折りたたまれていたインパクトソードを展開させ取り出す。

 見た目が木刀のようなこの剣は自分が振り斬って与える力を増幅させるという代物だ、名前のダサさの割に使いやすく、自宅によってきた熊を追い払うのに愛用していた。


 おそらく、あの急接近も故意であり、かなり知能もあるんじゃないだろうか。

 あいつはきっと戦闘のプロだろう。

 賭けになるが、ならばこちらは奇襲で仕掛ける。

 家に置いてあった対戦格闘ゲームで言うところの初見殺し。


 右の鎌が、右前方の屋上の地面を突き刺し砕けたコンクリートが飛び散る、

 左で体制を整えようとした。

 今だ。


 まず左手で持っている瓦礫を正確に一直線に投げ、そして少し遅らせてから、剣を軌道が重なるようにして投げた。

 相手が瓦礫を右の鎌で弾いた、それと同時に一回目の助走をつけた、一気に距離が縮まった。

 そしてあいつはなんなりと左で剣も弾こうとした。


 勝利を確信した。その剣は閃光を放ってそいつの左手の外骨格を吹き飛ばした。

 それを確認すると俺は二回目で地面を粉砕しながら突進した。

 体を押さえつけて吹く風が心地よい。


 自分が大きく振りかぶった右の拳を、0.1秒前まであった左の鎌で防ごうとした。

 そのままその拳で複眼ごと顔面をぶちのめした。


 ズバァーーンという音を発して、そいつは頭に体が引っ張られたまま、向かいのマンションの4階の窓ガラスごと突き破り、慣性が収まってから停止した。

 動かないので、さすがのカマキリでも絶命しただろう。

 なんだかいい気分だ、自分の意思でこんなことを成し遂げたのはいつぶりだろうか。


 運良くインパクトソードは近くの地面に突き刺さっていた。早いとこ引き抜いて先を急ごう。

 そうしようと思ったら、雨がまた降ってきた。

 それから路地を走っていてもカマキリが近づいてこない、予想通り、この右拳についている仲間の体液に困惑しているのだろう。

 この賭けは功を奏した。


 だが雨がせいで流れ落ちてしまった。


 路地をぬけてやっと位置情報が示す建物が姿を露わにした。思い返せばここまではあっという間だった。だがこれで終わってほしい。


 2つの高層ビルに挟まれている少し小さいビルのようだった、そこにルラリアはいる。

 おそるおそるドアノブに手をかけるが、鍵は開いている。

 しかし手が震えてドアノブを回せない。

 畜生、もしこの先に彼女がいなかったら、今までの生活は?この旅の意味は?どうしたらいいのか教えてくれよ。


 そのときガタッと中で音がした。


「ルラリア! いるなら返事してくれ!」


 返事はなかった、ドアノブを回した。


 とても広い殺風景な部屋の中にはポツリと黄色の通信機のみが光を発していた。


 心臓が一瞬止まってから、尋常じゃないくらい、けたたましく鳴り始めた、

 吐きそうだ、誰か袋を持ってきてくれ、お願いだ。頼むから。

 ドクドクドクと止まらない、思いっきり腹の中にあるものを地面にぶちまけたが、立ち眩みがする。

 その時、部屋の奥の壁が音もなく崩れ始めた。


「へ?」


 涙を拭きながら凝視した、その壁は崩れ始めたのではなかった。

 溶け始めていた、横幅15メートルほどの液体金属のようなものに変わり、どんどん溶けて、ゴポゴポとやけに規則的にならんだ泡を浮かばしている。

 幻覚でも見ているのかと思った、あれは何なんだ、あの妙な泡は何だ?

 ちがう、泡じゃない。

 それは目だった。

 あいつは生きている。

 そいつの無数の目が笑っていた気がした。


 気づいた瞬間にはその家を飛び出して西に延びている大通りを走り出していた。

 あれは化け物だ、敵わない。

 さっきのカマキリ達はこれを恐れてたんだ、後悔してももう遅かった。


 少し遅れてからあの化け物がドアごと壁をぶち壊した。

 その家が崩れ落ちてくるのより速くその下をくぐり抜け、銀色に輝く大量の液体が土石流のように、街頭をなぎ倒しながら追いかけてくる。


 だいぶ距離が縮まってきた、もうすぐ後ろで重い水の音が鳴り響いている。

 大雨が降っていて不慣れな水たまりに足を取られそうになる。

 そして目の前の道路は大きく陥没して途絶えていた。

 世界が色彩を失っていく。


 しかし希望が見えた。断崖のあちら側に、折りたたみ傘を持った人が立っていた。

 信じられない、見慣れているルラリアではないことはシルエットだけで分かった、もうこれしかない。


 背負っていたリュックサックを走りながら思いっきり、前方の地面に叩きつけた。

 その反動で反応して運良く展開し、リュックサックを押し破りながら飛び出してきた剣の刀身を躊躇なく右手でひっ捕まえた。

 持ち手に血をにじませながら、大きく上段で構え地面に渾身の力で叩きつけた。


 地面が一瞬ひび割れ、轟音が鳴り響いたと思ったら、もう空中に投げ出されていた。

 空気抵抗が凄まじい、体が常に回転していて、どこか地面かもわからない。

 まだ胃の中に入っていたのが意外だが、空中にまたぶちまけた。だが軌道は悪くないから届くかもしれない。


「ぐぁあああああ!助けてくれぇぇぇ!」


 なんて情けないのだろう、一人の少女も救えずに自分の命すら危うい状態で、醜く叫んでいる。

 だがもう終わりだ。

 衝撃で片耳の鼓膜が破れたのか、キーーンとうるさい、その人がなにかこちらに向かって喋っているがうまく聞き取れない。

 着地のことなんか何も考えてなかった。


「大丈?だ?マ??ト????く??れに?地しろ!」


 もう目をつぶって、諦めかけたその時。

 なぜか軟化している地面からバインという音がして、衝撃が吸収された。

 そこから少し地面に転がって止まった、生きているのか。

 左耳に雨粒が入ってくる。ちょうど後ろを振り返る形で横たわっていた。

 そこで信じられないものを見たんだ。


 さっきの人物がレインコートをたなびかせながら、化け物の方へ跳躍していた、折りたたみ傘を畳んで棍棒のようにして右手に持っている。

 難なく目の前の谷を超えてその人は右手の傘を振りかぶろうとしていた。

 速すぎて、目で追うことができないのはこれが初めてだった。

 だがそれはまたしても、幻覚ではなかった。


 それが振り下ろされたと思ったら、大爆発が起こった。

 あの化け物が自分の飛沫を散らしながら、大爆発し、無色の爆炎で燃え盛る。

 それは大きな上昇気流を創り、雲は同心円状に吹き飛ばされていた。

 真っ黒な夜空に液体が撒き散らされ、無色の虹がかかり始めた。

 思わず見とれていた、虹がかかる夜空なんて初めて見た。


 しかしその夜空は、いつの間にかに差し伸べられた傘によって遮られた。

 それは二人を包みこんで、降り注ぐ銀色の液体を防いだ。

 彼女は黄金の瞳だった、まるでコガネムシのように輝いていて、ここにある何よりも綺麗だ。

 その目から世界が、アバンが色彩を取り戻していく、見とれていた、後ろで燃え盛っている巨大な緑色の炎より、夜空にかかった七色の虹より、それは輝いて見えた。


「お前・・人間か?」


 まるで珍しいものを見るかのように、その目を輝かせなからこちらを見つめてくる、そして手を差し伸べてきて、その手を離さないようにぐっと掴んて立ち上がった。


 いつからだろう、だがもう始まっているのは明らかだ。

 アバンに入った時からいや、ルラリアと出会った時から、違う。

 もう生まれた時からこの旅は始まっていたんだ。


「俺は、レオゼだ。」


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