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忘れモノ ④

 比良坂高校は共学性の学校で、一応制服はあるが何年か前に今の理事長に代わってから私服も可能になった。

 まあ、私服OKって言っても限度はあるし、俺みたいにセンスに自信が無かったり(実際、私服はドロシーが見立てたのを通販で買っているが派手目なので学校には着て行かない)、私服選びが面倒な生徒は制服を選んでいる。


 他人の意見や規則に従うってのは楽だからな。振り回されない程度に楽をすりゃ良いさ。


 そんな学園の歴史は古く、新築の校舎の他に旧校舎と旧校舎が新校舎だった時代の旧校舎まで残っていて、今はどっちも部室棟扱いだ。

 そう、それだけ部室棟を用意しているだけあって部活動にも力を入れているんだ。


 まあ、規模はピンキリで読書愛好会みたいに本好きが集まる筈が幽霊部員が多く、去年の風邪流行った時期なんて当時のクラス委員長だけが活動していて、力が必要な雑務を俺が手伝った程だ。


 最初は俺の見た目が怖いのか少し距離を感じたが、母さんが法人類学者をしつつやってる作家業の作品のファンだって知ったのを切っ掛けに本の話題で盛り上がって仲良くなったな。

 他の部員が戻る頃には部外者が居ては悪いからと手伝いも終わったが偶に今でも勧誘されているし部員が増えれば良いんだが。


 反対にスポーツ系、特に武道系は県大会や全国大会出場なんて毎年の所が殆どな程に盛んだ。

 特に去年は一年生が空手部のレギュラーになって個人の部で全国制覇、団体戦でもニ対三の接戦で惜しくも全国準優勝。


 その一年生が強過ぎて体育教師もしている顧問しか相手にならず、授業の時に武道経験が有るからって理由で俺が相手をした日から、二週間だけ部の終わった後で組手乱取り稽古に付き合わされた。

 俺も道場が閉鎖してから対人経験が少なかったし、割と楽しかったよ。


 ……新入部員が逃げ出さない様に手加減をしろって一応伝えておくか。

 彼奴、全国大会でも気絶者続出させたからな。



「……オカルト研究会を創設するって、確かそんな感じのが……無かったか」


 それだけ部活動がある中、当然教師が全部管理して完全把握なんて無理な話だし、落研みたいに外部から講師を雇ったり報告書の提出が厳しいが生徒の自主性に任せている部も幾つかある。


 因みに創設の条件は最低四人以上で二年生以上が一人は必須だ。

 二年生である以上は俺が部長を押し付けられるのは当然だし、オカルト研究会が認められず個人で活動していた時にさえ巻き込まれていたのに公的な責任まで背負うのは嫌だ、御免被る。


 それにオカルト好きなんて探せばそれなりに居るだろうし、創設の必要はないんじゃないかと思った所で気が付く。


「この橋本佳奈がその程度の事も予想しないと思ったのかい? 温泉卓球部なんてのがあったり料理部とスイーツ同好会って風に分かれているにも関わらず、存在しないんだよオカルト研究会がね」


 そう、似た様な内容でも別々の活動が許される緩さで創設されるにも関わらず、UFO研究会も心霊現象愛好会も耳にした事が無い。

 当然、オカルト研究会も噂すら聞いていなかった。


 所で偉そうにドヤ顔をしてるがよ、橋本。

 この手の調査ってオメーの役目じゃねぇだろうが。


「実際に下調べは私がしましたよ? 佳奈は締め切りを忘れる癖があるから監き……部屋で缶詰して貰って部活動については学校の掲示板などで調べましたが……どうも過去に存在はしても此処数年は誰もオカルト関連の活動はしないらしく」


 妙な話です、とまで泉が口にした所で玄関まで到着した俺達は一旦別れる。

 まあ、八雲以外は大体の理由が思い当たっているし、頼みを引き受けるかどうかは調べてからだな。


「オカルト研究会がどうして存在しないかを調べるのが最初の調査っすね! 肉体労働は任せるっす!」



{IMG104030}


「ああ、頭脳労働はボクと桂花の役目だし、体力だけは絶対に八雲ちゃんには勝てないから、肉体労働は頼らせて貰うよ」


「ええ、頭脳労働は任せなさい」


 遠回しに馬鹿扱いされている八雲の姿を見つつ校舎の中に入って行く。

 二年生になってもクラスの入れ替えは無いし、教室が違うだけ。

 一階から二階になったせいで購買が階段が加わった分遠くなったが、俺は弁当を持って来ているから関係無い。







「あの子、相変わらず遠回しに馬鹿扱いされても気が付かないんだね」


「本当に……うぉっ!?」


 そのまま階段を昇って行こうと思ったんだが、真横から急に話し掛けられる。 


「気配を消して話し掛けるの勘弁して下さい、貞……禍寇守(かこもり)先生」


「惜しかったね。気配の遮断じゃなくて周囲との同化だよ。消しただけじゃ何かの拍子に気が付いただろう? もう少し精進するべきだね」


「そもそも教師が学校で気配を誤魔化す必要が何処に有るんですか……」


 前髪を七三分けにしたハンサムショート、身長は百七十オーバーと中々の高身長。

 八重歯と男性の様な顔立ちでスタイルは良いクール系の美人。


「ほら、テスト中に不正をしている疑惑の子を気が付かれずに見付ける時とか? 僕、体育教師だけどさ」


「カンニング防止の為に気配を周囲と同化させるって漫画みたいな真似をするとか……」


 この人こそ件の空手部の顧問にして俺のクラスの担任。男子生徒よりも女子生徒に人気の教師だ。


 尚、俺と同じ道場に通っていたんだが、もう高校教師やってるべき人材じゃないと思う。

 だって今みたいな真似を平気でするし……。



「それを君が言うかい? 新年度早々に後輩女子三人と和気藹々と登校なんてハーレム系ラブコメ主人公じゃないか」


「心底嫌なので変な冗談はやめて貰えますか?」


 即断即決速攻否定、今の言葉は流せないと


 行動力有り過ぎ文系馬鹿とブレーキ役と見せかけて基本アクセルの馬鹿、そして馬鹿。

 この三人に俺がどれだけ振り回されているか長い付き合いなら知っているだろうに、あの三人が恋愛対象になり得るみたいな言い方は本当に勘弁してくれよ。


「中学生の時は一緒に山にサイクリングに行ったのに? 側から見れば大の仲良しさ。恋愛感情を怪しむ人は出る」


「生活指導の先生とは仲良くやってるので変な誤解は受けないと思いますよ。……それにサイクリングの目的は廃寺で、野良犬の群れに襲われた上に全員の自転車がパンクしたりチェーンが外れたりで大変だったんですから」


 運動神経普通の二人じゃ走って逃げるのは無理だろうから肩に担いで逃げ切ったが、あれ以来懲りるどころか俺が居ればリスクを冒しても大丈夫ってなっちまいやがって……。



「それに……」


 今は恋愛関連の話で茶化されたくはない。だって……。


「昨日失恋したばか…り…」


 口を滑らせたと気が付いたがもう遅い。

 ただの気さくなだけの教師だったらどれだけ良かっただろうか。



「練習試合が近いし、うちの部のエースの相手をして貰えないか頼みに来たんだけれど……話が長くなったから僕は行くよ。じゃあ、明後日に勇も誘ってご飯に行こうか。奢ってあげるから話してくれ」


「これだから十年来の知り合いはっ!」


「君だって僕が初めて告白された時の話で盛り上がっていただろう? 平等に行こうじゃないか」


 それは俺が小学校低学年の時の話だから時効だと思うんだが言っても無理だろうなあ。



 一目惚れしたのは良いけれど相手の名前も知らないなんて絶対に弄られるだろうが。

 だから絶対に話したくねぇよ。特に酔っ払い二人にはな。





「所で勇の奴、燃料切れで止まったバイクを担いで爆走してたら職務質問されたって知ってる? 通勤中に見ちゃった」


「俺もランニング中に見掛けて、走っている方向で交通規制やってたから危ないとは思ってたけれど……」


 そうか、結局受けちゃったのか。






 入学式の日に俺達二年生がする事はそれ程多くは無い。

 式に出席して、教室で真面目な話を教室で聞いて、まあ特に言うべき事は無いな。他の学校は知らねぇ。

 部活は午後からだが、俺は帰宅部で無関係だし……。



 じゃあ、午前で帰宅するのかと言うと違う。

 この日の俺には用事があったからこそ弁当を持って来ていたんだ。


「いや、本当だって。小学生の時、好きだって言われたらしいぞ。初恋の人……の彼女に」


 それは友人達と飯を食う事、今日は空手部エースと読書好きの委員長(一年生時)という組み合わせ。

 俺という共通の友人が居たからこうして一緒に弁当箱広げて中庭で飯食う関係になったが、最初はこうは行かなかった。



 ……口にこそ出さなかったが“余計な真似しやがって”って二人揃って目で伝えて来たんだよな。


 今ではそんな二人も俺抜きで遊びに行く程。

 もしかして友達に友達を紹介したら俺以上に仲良くなってしまった?


 俺の話に委員長は隣で腹を抱えて爆笑する友人を嗜めながらもプルプル震えている。

 え? 昔からの知人で担任の黒歴史を喋って良いのかって?



「自分だって笑っているのを誤魔化そうとするなよ、委員長。そして別に良いんだよ。俺の恋が分単位で爆砕したのを弄るって宣言したんだからよ」


 それにあの人は生徒から慕われているし、この二人だってみだりに話し回るタイプじゃない。俺だってその程度の分別は付くさ


「どうせ俺の他の過去も酒の肴にして絡んで来るんだし、


此処は良心に従って……次からで良い?」



 え? 俺の失恋の方が興味ある?



 酔っ払い共に挟まれて仕事の愚痴と昔話と部下への愚痴と近況と上司への愚痴と愚痴と愚痴を聞かされて絡まれるんだし、俺だって多少暴露してやろうと思ったのに途中で止められて俺の話題の方に興味が深々の様子。



 しまった! 口を滑らせたかっ!


 短時間での同じ失敗を悔やむ中、俺の友人二人は失恋について詳しく話せとグイグイ前に出て来る。


「目を輝かせてまで聞きたい話題かよ、畜生め!」


 俺の言葉に二人は同時に頷いた。本当に良い友人だよな、おい。





「じゃあ、俺は帰るよ。……いや、だから部活はする気が無いって」


 二人は部活があるが俺は帰宅部だ、そのまま帰ろうとすると差し出されたのは入部届二枚。

 こうやって一緒に飯食ったりしていると時々勧誘されるんだよな。

 断るのは心苦しいが、他にやる事がある以上は、って感じだ。化け物退治をしていますとは言えないが、詳しくは聞いてこないのは本当に助かるよ。



「やっと静かになったな.……」


 帰り道は一人、少し時間を潰したから他の生徒は一足先に帰宅していて、八雲達は昨日の夜に菓子食いまくって騒いだらしいのに入学祝いにファミレスで女子会だとか。


「後で運動して晩飯控えないと更に増えるぞ、送信っと」


 三人に同時に送信するが、最後に数字を追加するかどうかで迷ったよ。

 因みに足音で大体計った数字、その数字や増えるのが何なのかは三人の名誉の為に黙っておこう。



 そして抗議や怒りの連絡が来るよりも前にスマホの電源をオフ、明日どう出るかは知ーらない。



 やるべき事は終わらせて、俺は少し遠回りしてでも静かな道を選ぶ。

 遠くから車の走る音や家から生活音が聞こえて来るが気に入っている歌を口ずさみ、今この時を味わっていた。



 学校での友人達との交流、八雲達の騒がしさに辟易する、それは何気無い日常の一部だ。

 そう、日常だ、俺が帰るべき場所。



 家にお玉とドロシーが居るのは、まあ、別段大騒ぎする事でもないとは思う。只、美少女の人外が幼い頃から家に住んでいるだけ。


 だがよ、妖魔との戦いは余りにも非日常、あれを日常の一部と思ってはならない。




 帰宅中、日陰になっている工場裏に差し掛かった所で一瞬だけ足を止めた。


『ヒヘヘ』


 足元に伸ばされた小枝の様に、細くて長い足。骨張っていて肌の色は青紫で、逆に胴体と腕は異様なまでに小さい赤ん坊の様な老人の様な妖魔は眼を血走らせながら俺の足を引っ掻けて転ばせようとしていた。



 俺が幼い頃に見え始めたのは不気味な姿で存在するだけの低位、もう虻や蛭の方が危険とされる存在だが、目の前のは人間に危害を加えられる最低限以上の力を持った下位。



「下の下の下……更に一つ追加だな」


 ポケットに入っていた輪ゴムに霊力を通して放てば妖魔の頭に命中して、それだけであっさりと消え去る。

 輪ゴムが地面に触れる前に回収し、周囲を見れば物陰に蠢く低位妖魔の姿がチラホラと。



「これが日常とか有り得ないよな」


 怪物と戦うのが日常だなんて思ってしまわない様に呟き、そのまま歩き続ければ家の門が見えて来る。

 そして門に手を掛けた時……視界が一瞬揺れた。




「もうそんな時期か。……最近控えてたからな、仕事」


 立ち眩みは一瞬だったが、今日は夜に仕事がある。どうにかしなくちゃ駄目だと思いながらリビングに向かえば珍しくソファーの端で寛ぐお玉の姿があった。

 普段なら真ん中でふんぞり返ってるんだがな。



「戻ったぜ。ドロシーは?」


「ネトゲだ。イベント終了が今日までなので追い込みだと言っていたな。……おい」


「うん? ああ、そうか。最近はドロシーに任せてたからな」


 煩わしそうに足を少し動かして睨むお玉に感謝してソファーに寝転がる。

 頭は当然お玉の膝の上、心地好い感触が伝わる中、細い指が頬にそっと触れた。




「霊力が過剰に有り余っている事で起きる一瞬の過敏症、実に贅沢な話だな。我から見ても化け物と呼ぶに相応しい霊力量。もう少し消費しろと何度言えば分かるのだ」


「いやいや、結構使ってるんだが、何分出力の方がカスだしな。……ふぅ」


 そう、あの立ち眩みは霊力が抑えきれずに起きた反応だ。

 例えるなら大量に飲み物が入ったコップが表面張力でギリギリ中身が溢れずに済んでいたが、そんな状態で下手に動かしたから溢れて、俺は量が多いから反応も大きいらしい。


 そんな過剰な霊力がお玉に触れている部分から徐々に流れ出して行く。

 まるで風呂の栓を抜きでもしたみたいに俺の霊力は徐々に減り、五十メートルプールからドラム缶で十回水を抜いた程度の所で止まった。



「この方法ではこれが限度だな。次に備えてこまめに霊力を消耗しておけ。それか……ドロシーの誘いに乗ってやる事だな。そうさな、奴に一度抱かれれば今の倍は吸われるだろうさ」


「その方法はちょっと……


「これだから最近の人間は情けないと言っているのだ。我が人の子だった時代など……」

 

 何かクドクド言っているお玉だって経験皆無だろうって思ったが口にはしないで眼を閉じる。

 少しだけ眠らせて貰うとするか……。



「貴様が下僕になると誓うなら我が直々に……おい」



 そして、俺が目覚めたのは夜の七時。日常から俺を大きく切り離す時が迫っていた。

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