忘れモノ ③
日本には八百万の神が存在するとされてるが、実際に地方のマイナーなのも合わせて八百万も設定があるかというと違っていて、実際は数が多いって事らしい。
因みに家の隣の袋耳神社が奉っているのは猫の神様らしく、その関係か多くの猫が飼われているんだが、それが妙に賢いんだ。
余所の敷地に入ってフンを巻き散らかしたり植木鉢を倒したなんて事は聞いた事が無いし、何なら神社の池の鯉だって与えられた以外は絶対に手を出さない。
「にゃーにゃー」
「こんなチビまでかよ・・・・・・」
だが、そんな猫達は何故か俺の事が嫌いだ。
俺のズボンの裾を引っ張った犯人も神社で飼っている仔猫なんだが、最近漸く一匹で行動するのを許されたチビなのに後ろ足で立って俺の足に猫パンチをペチペチと叩き付けていた。
撫でたいが俺を嫌いなのに撫でても可哀想で、それに下手に動いたら蹴り飛ばしてしまいそうだし、適当に摘んで神社の敷地にでも放せば良いか?
今は猫パンチが効果無しと分かったのか木の芽みたいな頼りない爪で俺のズボンを引っ掻こうとして来るし、制服をボロボロにされるのも勘弁だと足下のチビ猫に向かって手を伸ばした時、触れる寸前に吹いた風と共にチビ猫の姿が消え失せる。
「おい、うっかり蹴っちまうんだから急に足元に来させるなよ」
少し声に不満を滲ませながら向いたのは家の塀の上、そこに居たのはチビ猫を咥えた状態で俺を睨む白い婆さん猫。
まるで俺がチビ猫を連れ去ろうとでもしたかの様な形相を向けて全身の毛を逆立て、チビ猫を咥えた状態で器用に唸っている。
「フッシャァアアアアアア」
「毎日毎日飽きないよな、シロ」
袋耳神社の猫が賢く行儀が良い理由、それは目の前のシロを筆頭とした三匹の古参猫、それが他の猫に躾を行い統率している。
妙に俺を嫌っていて他の猫にも威嚇をしろと教えているらしく、チビ猫もそれが理由で勝手に動いたんだろう。
「ミャ」
咥えた仔猫を降ろしたシロはその頭を肉球の部分でペチリ時叩き、最後に俺を睨むと神社の方に飛び降りる。
チビ猫も慌てた様子で追い掛けるんだが、もう絶対に普通の猫じゃねぇだろう、あの三匹。
霊力探っても普通の猫らしかったのが今でも信じられねぇ。
「昔は神社に遊びに行ったら遠巻きに監視する程度だったのによ」
それが俺が神社に入ると遠くから唸り、頭に飛び乗って去って行く様になり今じゃわざわざ威嚇する為にやって来る始末。
その上、野良猫まで傘下に入れてるから俺の姿を見るなり威嚇して消えて行くにまでなっている:
……別に気にしてねぇし? プニップニの肉球に触れた後でモッコモコの腹毛に顔を埋めて吸ったりとかしたくねぇし?
俺は犬の方が好きだし、猫カフェの猫は普通に対応するから存分に撫でられるし、別に神社の飼い猫と指揮下に入った野良猫に嫌われていても問題は無いな。
「流石に毎日だと気が滅入るし、庭に入ってだけでも止めて欲しいんだがな。リプリーが居れば……いや、駄目か。普通に仲が良かったわ」
この場所からでも微かに見える屋根付きの墓で眠っているのは三年程前に死んだ犬のリプリー。
元々は闘犬をやらされる予定だったが天来ののんびり屋の性格の為か訓練段階で脱落、それを犬好きの母さんが引き取ったんだが、腹を上にしての昼寝ばかりして、目の前で蝶や小鳥が動いても全く反応しない奴だった。
享年二十歳、墓は母さんが大金を掛けていて、小さなモニターに生きている頃の映像をランダムで再生する様にしていて、一緒に昼寝をしていた神社の猫達は墓の上には乗ったりせずに墓の前で昼寝しに来る。
まるで会いに来るみたいにな。
だから、まあ、生きていても入り込んで俺を威嚇する猫をどうにかしてはくれなかっただろう。
「さて、のんびりと登校させて貰うか」
空を見れば快晴で、こんな陽気の日には妖魔の姿だって少ししか見掛けない。
不気味なだけで人に害を与える事も出来ない最下級の低位すら目にするだけでウンザリするからな。
少し遠回りしてでも静かな道を通って鼻歌混じりに登校しよう、そう思いながら門を潜って外に一歩踏み出した。
騒がしいのは場合によるが嫌いじゃないし、気の置けない仲間とワイワイするのだって楽しいが、偶には一人で静かに過ごしたくもなる。
まあ、普段から家に喧しいのが二人も居るんだし……よりによって同じ高校に入学する連中が居るからな。
中学時代にとある三人が……一人は幼稚園以前からだが、俺を振り回していた。
放置すれば無茶と馬鹿をやらかすし、同行したなら年長者の俺が安全を守りつつ責任を取ってやる立場だ。
高校ではあの三人と関わらずに過ごす、そんなのは儚い夢だ、寧ろ放置しておく方が精神的に疲れる。
だったら最初から付き合ってやった方が良いだろうさ。
……新入生に頼りになって、あの三人のブレーキ役になってくれるタフガイは居ないものだろうかとは思うが人生はそんなに上手く行くものではないとも分かってはいる。
結論・せめて登下校位はゆっくりとさせてくれ。
「やあ、大和さん」
「お早う御座います、大和さん」
「……うへぇ」
そして右に曲がろうとした所で待っていたのは俺と同じ比坂高校の真新しい制服に身を包んだ女子二人。
一見すると大人しい文系女子二人の姿を見た途端に俺は肩を落として溜め息を吐き出した。
大人しい文系? 文系だが大人しくはないな。
静かにのんびり登校? 願ってから即座速攻秒速で不可能だよ、畜生が。
「酷い反応だな。中学での二年間、一緒に色々な所を探検した仲なのにボク達の顔を見るなり嫌そうにするなんてさ」
一人はカチューシャを着けた黒髪を肩まで伸ばした眼鏡。
名前は橋本佳奈、三人の中では行動の立案やらをするリーダー格。
まあ、文系の行動的オタクって所だ。
俺の反応に額に手を当てて天を仰ぐとか少し大袈裟に嘆いてみせているが、色々な所に半強制的に連れていかれて振り回されたの間違いだろ。
猿芝居って分かっていてやりやがって。
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「仕方無いわよ。正直、大和さんには散々苦労を掛けたもの。佳奈が三割私が一割程度の割合で。その上、高校でもお願いをする気だし」
「分かっているならブレーキ役頼むぞ、泉。俺が居ない時のブレーキ役だろうが、オメー」
「え? だって佳奈の意思だし、大和さんが居なくて危険なら兎も角、居ますし危険では……無いし?」
「少し迷ったよな? そして疑問系かよ、畜生が」
もう一人は泉桂花。
三人の中では一応ブレーキ役で下調べや調整とかを行うマネージャ的役割、基本的に泉に任せておいたら俺は放置で良いと思えそうだが……残念! 基本的に橋本を全肯定、但し安全確保を前提に。
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手帳に目を向けて俺と視線を合わせない様にしながらしれっと言い放つ姿には流石にイラッと来るな。
おい、せめて目を合わせて言え……いや、頼み事を知りたくないから無言で過ごせ、目も合わせなくて良いから。
さて、俺を振り回したのは三人、此処にいるのは二人で、残りの一人こそが生粋のトラブルメイカー。
昔から俺を好き勝手に巻き込みやがった大馬鹿野郎。
俺の背後で木の枝が僅かに揺れ動く。
二人の視線が一瞬だけ俺の背後に向けられて、塀の上を踏み締める音。
まるでフクロウが獲物を狩るかの様に殆ど音を立てずの滑らかな動作、無駄の無い体重移動。
ミスはたった一つ、期待に胸膨らむ、訂正、期待で平らな胸が膨らむ新生活がほんの僅かに動きを乱した事。
だが、その些細な過ち等不意にする程の軽やかな動きでの跳躍は力を無駄にする事なく最高速度で俺の背中へと向かう。
「ドッキリ大成功っす!」
あっ、いや、ミスはまだ有った。
俺に届く前に響く声に目の前の二人は予想通りという呆れ顔、俺も同じ顔をしているのも分かる。
後ろから俺の背中に飛び乗ろうとしている奴が渾身のドヤ顔をしているのもな!
「不意打ちで叫ぶな、馬鹿」
「ぶぎゅっ!」
僅かに体の軸をずらし、手の平を後ろに向ける。
振り向く必要なんて存在せず、馬鹿の手足は俺を挟む様にして通り過ぎて体重を乗せた飛び掛かりの衝撃は顔面を掴んで受け止めた。
そのまま変な声を出したのを無造作に投げ飛ばすも、空中で体勢を整えて着地するが、俺の手首に響いた衝撃からして……。
「少し太ったな、八雲」
「純情な年頃の失礼っすねっ!? ちょっと昨日の夜に皆でお菓子パーティしただけっすよ! 太ってたら自分だけじゃないっす!」
「おい。飛び火させないで欲しいな!?」
「いや、一番バクバク食べていた貴女と一緒にしないで」
全体重を乗せた飛び付きを顔面を掴んで止められたから少し鼻の辺りが赤くなっているがそれだけだ。
俺が掴む寸前に体を捻って勢いを殺したな、この馬鹿。
赤毛遠短く切り揃え身長は百八十に届くか届かない程度。
手足は細長く見えるが運動をする奴なのが分かる引き締まり方で胸は……絶壁! 平面! 凪の状態!
仲間二人にブーイングを受けているこの馬鹿の名前は袋耳八雲。三人組の暴走担当、好奇心のままに脊髄反射で動く馬鹿。
袋耳神社の神主の娘であり、俺の幼馴染でもある問題児だ。
「そんなんだから自分達以外の友達が少ないんっすからね!」
「そうか。じゃあ友達作りに忙しいし、何処かの馬鹿がテスト前に泣きついても協力してやれねぇな」
「んげっ! 卑怯っすよ! 鬼畜っすよ!」
手足をバタバタと動かして抗議する八雲の叫びを耳を押さえて防ぎ、どうにかしろと二人に視線を送る。
おい、目を逸らすな。
八雲は全教科で、お前等だって苦手な教科は教えてやっただろうが。
「ったく、別の高校に行けば良かったのに腐れ縁が続くなんて最悪だ。ほら、さっさと行くぞ。頼みとやらもするなら途中でしろ」
聞き入れるかは別だし、学校ではあまり話し掛けるな、と伝えつつ俺は少しゆっくりとした速度で歩き出す。
泉でもこの速度なら問題無くついて来れるだろうからな。
ああ、そうだ。一応フォローしておくか。
「安心しろ。足音からして二人は太ったって程に体重は増えてねぇ。普通に変動する範囲内だろうよ」
八雲? 勢いを殺して感じたのがアレだったからな。
筋肉だろうが言ってやる必要は無いだろ。
「「……」」
「……おい、何で無言で足を蹴る?」
尚、俺のフォローは失敗したらしい。気にしていたらしいのに何故だ?
別に痛く無いが割と本気で蹴って来ているんだが。
この三人娘との付き合いは中学の頃からだ。
一緒に居ても特に気負う事も無いし、話題だって色恋とは全くの別もの。
寧ろこの三人が色恋の話をするのか?
橋本の本を読んだが、恋愛描写って入って無かったし、俺レベルで疎いんじゃねぇのかと思う。
「傘で空を飛ぶ女の子? 最近の魔法少女物はそんなのになってるのか」
「アニメの話じゃないさ。ほら、SNSで少しの間ちょっとだけ騒がれて即削除されたんだけどスクショしておいて助かった」
じゃあ何を話すかといえば朝っぱらからオカルト関連、橋本は画質の荒い画像の端をズームさせて見せて来たんだが、確かに傘を持って宙に舞い上がっている子供の姿。
ランドセルを背負ってる様に見えるし小学生で間違い無いだろうな。
「近くに高い建物も無ければ、撮影日に子供が飛ばされる程の強風も発生した記録も無い。ああ、飛行機から傘をパラシュートにして子供が飛び降りたって情報も無いね」
「傘ってパラシュートになったんっすね。知らなかったっす」
「俺は知ってたぞ。オメーが其処迄馬鹿だって事を」
傘なんてパラシュートにしようとしたら風圧で速攻ぶっ壊れるだろうが。
画質が悪いが傘がどうにかなってる様子も無いし、小学生が傘を持っているのも片手だけとあっちゃ体重を支えて掴んでいられるのも……無理か?
「傘で飛ばされたとして、片手で掴まっているのは無理ね。どうせ合成だわ」
「そうっすか? 自分や大和さんなら小学生でも可能っすよ?」
「普通は無理だろ。まあ、何処かのオカルト好きが怪奇現象に見せたくて作ったお粗末なネタだろ。画像が荒いのもチャチぃ技術を誤魔化す為だろうな?」
そんな風に話している間に校舎が見えて来る。
桜の花びらが色濃く景色を染め上げ、新入生を歓迎する垂れ幕が風に揺れている。
まだ少し早い時間帯だから人の姿は疎らだが校門前に教師の姿もあるし、新入生が集まる場所まで同行するのも躊躇われた。
俺みたいに背の高い強面が来たら怖がるのも居るだろうし、初日から男子に送って貰うこの三人も変に思われるだろうしな。
「じゃあ、俺は二年の教室に行くからお前達は案内板に従ってろよ」
「おっと、少し待って欲しいな」
「用件が未だですから」
「ちゃんと人の話は聞い……」
「テメーが言うな、八雲。この平坦暴走機関車が」
行こうとした所で三人に服を掴まれて動きを止めた。
「それと服を掴むな。八雲なら兎も角、二人は下手すれば転ぶだろ」
引きずってでも先に進むべきだった、俺はこの選択を後悔する事になる。
何せ用件ってのは……。
「中学時代には不可能だった目的を成し遂げたい。大和さん、是非ボク達が立ち上げるオカルト研究会に所属して欲しいんだ」
面倒なお願いだと最初から分かっていたんだから。
この時、俺のスマホにメールが届いていた。件名は本日二十時、本文には画像ファイルが添付されているだけ。
その画像に映っているのは一人の少女、橋本が俺に見せた画像とは違って鮮明なそれには恐怖に顔をひきつらせる姿が克明に映っていた。
応援待ってます
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