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忘れモノ ②

 俺に何が起きてしまったのか、それに対する答えは今までの人生の中に存在しなかった。


 目の前でバッグが燃え始めたかと思うと一気に燃え尽き、最後の一片が消え去る寸前に耳障りな悲鳴が聞こえたが、今はそんな事は全く興味が無い。


 一眼見ただけで相手が輝いて見える、そんな初体験への困惑が重要だったんだ。


「妖魔だったのか。助かった。それに指摘の通りだな、情けない」


 試しに霊力を目に集中させてみれば微量だが妖魔の霊力の残りカスが見えたし、油断していると言われても反論出来ない。

 いや、そもそも反論せずに反省しろって内容なんだが。


「気にする事は無いさ。失敗は誰にでもあるし、今回の君にとって致命的な物にはならなかった。偶然近くを私が通り掛かったという幸運だって実力の内だからね」


 この事態を引き起こした相手、つまりはバッグに潜んでいたらしい妖魔から俺を助けてくれた相手へ礼の言葉を向けながらも、意識の殆どはその姿を視界に捉える事が殆どを占めていた。


 年齢は多分同じ位で、身長は俺が人より大きい事を考慮しても随分と低く見える、恐らくは百五十センチ代半ば。

 髪は烏の濡れ羽色、それをおかっぱ頭……で良いのか? 俺は髪型に詳しく無いから分からないが、おかっぱっぽい髪型だ。

 気を遣ってくれている姿は何処か飄々とした印象を見る者に与える感じで、手足はスラっとして雪みたいな色白。


 そして、うん、何と言うべきか……胸が大きかった。

 身長に比べてって訳じゃない。身長に合わせたサイズの服が内側からピチピチに張っている勢いで存在を主張する巨乳だったんだ。



{IMG104029}



「おや? 私の顔に何か付いてるのかい? ジッと見て来てさ」


「不愉快だったら悪い、謝るよ。まるで女神みたいに綺麗な奴だって思っ……?」


 途中で覚えた違和感に言葉が止まる。初対面のかい相手に何を言ってるんだ?

 これじゃあドロシーみたいだが 俺はあんな恋愛に対してハードルが低いタイプじゃないと思った所で納得したよ。


 さっきから感じる胸の高鳴りも、体温の上昇も、頭にモヤがかかった状態も、目の前の相手だけが見えている状態も初めてだが、それが何かは知っている。


 まさかほんとうに存在するだなんて、俺って思ってたよりも軽薄な奴だったのか。


 初対面で名前も知らず、言葉も僅かに交わしたのみ。

 助けられた事に好意を持ったが、これはそれとは少し違う。



 尊敬や感謝ではなく恋だ、俺は目の前の相手に一目惚れで恋をしていた。

 正直自分で信じられない、一目惚れなんて本当にするって事も、それを自覚する事も。



「じゃあ、私は失礼させて貰うよ。朝の散歩も終えたし、入学式ギリギリまで二度寝をしていたいからね」


「あ、ああ、そうか」


 まあ、恋心を自覚したとして、今まで色恋沙汰とは無縁だった俺が踏み込める訳が無いんだけどな。

 助けて貰った礼に茶に誘うにしても気の利いた言葉なんて思い浮かぶ筈もなく、それ所か軽く手を振って去って行く彼女に軽く返すので精一杯だ。

 こんな時、ドロシーの積極性が羨ましい、 別にああなりたくはないけれど。



「……名前も聞いてねぇよ」


 入学式って何処の学校なんだとか、見ない顔だがどの辺で暮らしているんだとかを上手く聞き出せとは言えねぇけど、名前すら聞き出せないって……。



 俺の初恋の終了時間、何と驚異の開始から一分弱。


 

 それからも事はよく覚えていない。

 気が付いたら程良い疲労を感じながらシャワーを浴びに風呂場の方に向かっていた。



「最初から縁が無かったって事か? いや、何かの機会に会える可能性:

だって……」


 正直会ってどうするんだってとは思う。

 俺がデートに誘うなんて無理だし、一目惚れしたからって告白なんてもっての外だ。


 考えても溜め息ばかりで良い案なんて出て来ないし、そもそも会えるとは限らないし、見えたのは情けない姿。

 考えるだけでため息が深く出る中、さっさと汗を流して飯にするべく服を脱ぐ。

 我が家じゃ飯は一緒ってなってるから遅れたらどやされるんだ。



「情け無いが、仕方無いよな。初恋は叶わないって聞くし。ああ、でも思い出したで胸が締め付け……」


「偶には背中でも流してやろうぞ。朝から余の裸体を拝めるとは幸運な奴めっ!」


「られる……ふぁっ!?」


 現在の俺は上半身裸だが、知った事かと扉が開く。満面の笑みのドロシーが入って来て、俺は掛け忘れていた鍵を掛ける。


 何でっ!? 何で入って来てるんだっ!?



 俺、朝から盛ってる奴と脱衣所で2人っきり、つまり危ない。

 何が危ないって、具体的に俺の貞操が危ない。


「お、おい。何をしに来たんだ? 俺はさっさと汗を流して飯にしたいから出ていってくれ。長風呂に文句言ったら風呂の邪魔はするなって言ったのはそっちだろ」


 呆れた口調で追い払う様に手首を動かすが、実は内心冷や汗ダラダラな俺、一手間違えば襲われる自信がある。

 その位にドロシーは嫌な信頼があるからな……。


「ふむ、ふむふむ。前々から思っていたが良い体になったではないか。幼さの残る華奢な肉体も良いが……これもこれで、じゅるり」


「話聞いてる?」


 聞いて……ないか。


 俺の体を見る瞳は確実に獲物を見る獣のそれ、服の上からベタベタ触られる事もあったが着替えや風呂を覗かれたのは五年以上前の事で油断していたから鍵は掛けていなかったが、この場を切り抜けたら次からは鍵を忘れずにしようと思いながら籠にいれた服で体を隠す。


「いや、なんだか珍しく落ち込んで悩んでいる様子だったのでな。ウジウジしている時は下半身をスッキリさせるのが一番だと思ったのだ。脱ぐのと脱がされるの、脱がすのと脱ぐのを見るのどっちか好みなのだ?」


「脱がすよりは相手が脱いで行く姿を見る方が……いや、そうじゃなくってな、汗を流したいから出ていってくれよ。待たせたらお玉が五月蝿いし、そもそも落ち込んだ時の対処法ってお前が姫だった頃の話だろう?」


 ドロシーって元はフランス人だっけ? それでマリー王妃だの王宮だの言ってるし、時代も大体予想出来る。

 俺が例のパンが無い時云々って発言に言及した時はマジギレ寸前だったしな。


「失敬な! 色に狂っていたとまで言えるのは余位だぞ。父も兄もそれ程ではなかった。一緒にするでない」


「狂ってる自信があるなら自重しろ」


 だから今の発言は身内への愛だったんだろう、それは良いんだよ、それは。

 内容、問題は内容だからな。


 自分と身内を一緒にされたのが不満なのか俺に指を突き付けながらドロシーは怒ってるが、自分が色狂いって自覚あるなら普通な俺に迫らないでくれ。

 そして今すぐ出て行けって。



 ああ、それと他にも言わないといけない事はあるな。



「悩みは個人的で青春の問題だよ。心配させたな、有り難う。終わった事だし、飯の時に話の種にしようぜ」


「……うむ。まあ、別に良かろう。待っているから早く出るのだぞ?」


 それは俺が落ち込んでいるのをちゃんと見抜いた上で様子を探りに来て、何時もの冗談で励まそうとしてくれた礼だ。

 多分お玉も同じだろうな、後で礼を言わないと。


 少しは納得したんだろうか、何処か安心した様子でドロシーは出て行くし、一発がどうとかは冗談だった……よな?

俺が乗っていたら冗談からの言葉と見抜いた上で向こうも乗って来て、そして乗られていたかと想うと惜しい……いや、恐ろしい目に遇う所だったと寒気を覚える。


「さっさとシャワー浴びるか」


 ズボンを脱いでパンツに指先を掛ける。何か扉に隙間が開いてて覗いてるドロシーと目が合った。




「親しき仲にも礼儀ありって知ってる?」


「此所まで来たら覗くのが礼儀だと思ってな。それと遅くなるとか言っていたが……見栄を張るな、童貞。直ぐに終わるだろうに」


 ……うん、絶対襲われるから冗談でも乗らない様にしないと。




「ドロシーに渡す金だけど来月は三割減らすから」


「何故だっ!?」


 決まってるだろうが、そしてさっさと向こう行けって、ボケがっ!



 何か筋トレやランニングでの疲労以上に今のやり取りで精神的に凄く疲れた感じだが、だからって朝の貴重な時間は待ってはくれない。

 最低限汗の臭いを洗い流して着替えた時には朝飯の匂いが風呂場の前まで漂って来て、途端に腹が減る。


「さてと、飯食いながら情けない初恋の顛末について相談するか」


 こんな事を口にしている時点で未練タラタラなんだが、もう終わった事だから気にしていないって感じを装うしかない。

 何せ二人にウジウジしている姿なんて見せたら辛辣な言葉を向けられるだけなんだからな。










「助けられたからと惚れた? 貴様はテンプレ展開満載漫画のチョロインか?」


「そのチョロインっぷりには心配になるな。少し優しくして貰っただけで自分に気があると思っておらんだろうな? ハニートラップには気を付けるのだぞ? ショボショボ放出量のせいで忘れがちだが無駄に霊力だけは異常な量だからであるからな」


「取り敢えず避妊は忘れるな。一発で取り込まれるぞ。穴を空けられていても困るからゴム製品は自分で用意しておけ」


「お前らなあ……」


 ほら、辛辣な言葉が返って来たんだが、マジで情け容赦って物が無いんだな、おい。


 二人揃って無関心や不機嫌ってよりは呆れてたり軽く嘆いたり、ついでに心配もしてくれてはいる。

 ハニトラねぇ、まだそれらしい物は受けた事はないんだが、遊び人で大金持ちの伯父さんからはそんな話を何度も聞かされたし、何なら半分冗談だろうけれど”一応持っておけ。エチケットだ”ってゴム製品が大量に送られて来たから母さんにチクっておいたばかりだ。



「取り敢えず知らない奴とか俺に利用価値を見出だしてそうなのの色仕掛けは信用すんなって事だろ?」


「当然だ。少し親切にされたり誉められただけで体を許す女はエロ漫画の中だけとでも思っていろ。まあ、助けられただけで惚れる馬鹿もこの世に居るがな」


 そんな事を言いながらお玉は特大の握り飯を作り終えた。

 一つ一つが丼に大盛りによそった位の量で、具は梅に昆布に鮭に昆布に明太子。

 仕出し屋とかスーパーの厨房に置かれていそうな巨大な炊飯釜の中身が次々に巨大な握り飯になって積み上がって行く光景は圧巻だ。

 更に大盛り用ラーメン鉢に並々と注がれた味噌汁に五パックは使っただし巻き卵、野菜の和え物が申し訳なさそうに端にちょっと乗っていて、卵の側には大根一本を全部すりおろした物が。


 尚、これは三人前じゃなく……お玉一人で食べる量だ。


 まあ、これだけ入るのも人じゃない証拠だな、じゃないと胃が破裂してるって。



 ドロシーもドロシーで食べる量は凄まじいが、お玉に比べれば少食な方だ。

 食パン五枚切りを二十袋、トーストにしない柔らかい状態が好きらしいんだが、一枚につきジャムの瓶を半分使う。

 イチゴにママレードにイチジクにブルーベリー、更にはチョコクリームにピーナッツバターに蜂蜜。

 見ているだけで口の中が甘くなりそうなそれに加えてお徳用大パック程度の量のソーセージを軽く水を入れたフライパンでボイルした後で焼き目を付けて、寸胴鍋一杯のコーンポタージュ。



 お玉よりは少ないが、こっちはこっちで人間には無理そうな量だよな。

 一発で糖尿になりそうだ。




「マジでよく食べるよな……」


 俺? 一般的な大柄で運動部に所属している高校生が食べる量だと思ってくれ。



「文句でもあるか? 食事など本来は不要だが味は感じる。そして胃の限界など人ならざる身になった時点で消し飛んだ」


「睡眠の必要も無くなったので惰眠を貪れぬのはやや惜しいが、その分他の二つの欲求は強くなっていると前に言ったであろう?」


「いや、言われたけれど、それでも凄い量だからな……」


 あの細い体の何処に入っているのかは人間じゃないからの一言で終わりだが……何処に消えてるんだ? いや、マジで。



「しかし、お前達に恋愛相談したのが間違いだったか。亀の甲より年の功と言うから……んぎっ!?」


 この瞬間、俺は刀でなます切りにされた後でギロチンに掛けられる姿を幻視した。

 ま、まさか殺気だけで明確な死のイメージを叩きつけられたのか!?


「殺すぞ。惚れた相手に名前も聞けぬヘタレが」


「絞り尽くすぞ。どうせ名を聞かれない程度の価値だと判断されたのだ。失恋は諦めるとして、滾った性欲は余が受け止めようぞ」


 あっ、はい。余計な事はこれ以上言わないので勘弁して下さい。

 怖い、マジ怖いよ、この二人。




「まあ、それでも二人が幾ら食っても変わらないのは本当に助かるよ。家には……」


「そうだろうな、当然の既決だ。我達の美貌が保たれるのだからな」


「初恋が破れたショックで性欲が滾って抑えられぬ時は素直に言うが良い。余が相手をしてやろうぞ」


 随分と嬉しそうだが、この二人も絶対チョロいだろ、絶対:。


 うーん、食事中だからボカしたが、家に便所が一つしかないとか、相撲部屋の便所って直ぐに壊れるらしいとか、そういう事なのは絶対に避けようと心に誓う俺だった。



「さて、そろそろ俺は行くな。入学式に先輩が遅刻とか新入生に示しがつかねえ」


 自分の皿をサッと洗い支度を整えて玄関まで向かった時、不意にチャイムが鳴る。

 こんな時間に誰だと思いながら外に出たんだが……誰も居なかった。



「悪戯……いや、違うか」


 足元から感じる気配、それに顔を向けるよりも先にズボンの裾が引っ張られた。



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