忘れモノ ①
やあ! こんにちは。僕は愉快で可愛い小さな大熊猫のヌイグルミさ。
またお前かって人も初見の皆も揃ってはじめましてだね。因みに名前は秘密だよ。まあ、ストーリーテラーのポジションを任された正体不明にして人畜有害で怠け者のマスコットを操っている……おっと、喋り過ぎか。
ねぇ、皆は忘れ物や落とし物ってした事がある?
買った物を袋に詰める時に台に起きっぱなしにしちゃったりポケットに突っ込んでいた筈の財布、鞄に入れ忘れた宿題のプリント、つい椅子に起きっぱなしにしてバックに仕舞った気でいた携帯電話、電車やお店の仲だからと外したお気に入りの帽子忘れた事に気が付いたら慌てて探す物ばかり、だって、失くなったら、誰かに持っていかれたら、そんな事になったら困る物ばかりだもんね。
……でも、忘れた事に気が付いたとしても気にしない物だって有るよね。
使いかけのポケットティッシュや安物のハンカチ、ガチャガチャや雑誌の付録で手に入れた安っぽいストラップの紐が何時の間にか切れていたって事もあるんじゃないのかな?
そうそう、小さな子供なら遊びに行った先で靴を脱いで家に帰ってしまったって事もあるだろうし、たまーに軍手が道端に落ちているのを見掛けるって玩ち……友達が言ってたっけ。
傘がブランド物なら、ストラップがお気に入りの品なら慌てて探したりするんだろうね。
じゃあ、安物で直ぐに壊れるビニール傘なら? 別にお気に入りでもなく何となく使っていただけのストラップなら?
安物で大切じゃなくて思い入れなんてなくって、幾らでも代えが効く物なら探すかな?
勿体無いとは思っても探す手間を掛けるかい? 僕ならしないさ、誰かにさせたりはするかもだけれど。
しないよねぇ。そんなに惜しくはないものねぇ。要らない要らない、別の物を用意するさ。
君達にとってそんな忘れ物なんて直ぐに忘れちゃう価値の低い物なんだから。
じゃあ、忘れられた物にとって君達はどれだけの価値があるのかな? よーく考えてごらん。
……所で僕の財布を何処かで見なかった? お金を出すのも面倒で滅多に使わないから何処に置いたのか忘れちゃったんだよ。
探すの面倒だから誰か必死になって見つかるまで命懸けで探してくれない? 僕は食っちゃ寝してるからさ。
その少女はテストの成績も良いし学級委員長に選ばれる程には友人から頼られている。
だからこの日にやってしまった事はほんの出来心、ちょっとした失敗で、次の日にならずとも自分の行いを恥じただろう。
その失敗が致命的な物でなかったら、の話だが。
致命的な失敗とは大抵の場合起きてから分かる事なのだ。
「どうしよう。傘なんて持って来てないよ」
夕焼け空が雨雲に覆われ、小学校のグラウンド全体に水溜りが出来る中、図書室でお気に入りの小説を読んでいた彼女は空を見上げて溜め息を吐くしかない。
ついつい夢中になっていた自分が悪いが、あまり遅くなると両親が心配するから困るのだろう。
もう他の生徒は帰っている時間だから友達の傘には入れて貰えないし、遅くなる事を抜きにしても人の姿の消えた学校は不気味で怖い。
古い蛍光灯が時折点滅してジジッジジッと嫌な音がする。
実はトイレに行きたくもなっていたが、こんな暗い校舎のトイレに行く事を想像した時、浮かんだのは女子トイレに出る有名な怪談。
尿意か恐怖か少女は体をブルッと震わせて意を決した様に一歩前に踏み出す。
「こうなったらダッシュで家まで……」
帰ろう、そう口にしようとした彼女の目が何かを捉えた。
傘入れと壁の間、掃除係が適当に作業をしたのか外から運ばれた土埃と木の葉に混じって転がっている子供向けの傘。
本来は学校指定の地味な傘を使うのがルールなのだが、中には好きな傘を持って来てしまう生徒だっている。
この少女は決められた傘を使っており、その傘があるんだからと友達の様にプライベートで使う別の傘も持ってはいないのが悩みであったが……手にした傘は汚れてはいるものの可愛い猫が描かれた水色の傘。
「誰かが放り込んだ時に落ちて転がったのかな?」
何となく気になって隙間に手を伸ばして引き摺り出せば、長い間そこに転がったままだったのか汚れてはいるが広げて調べた限りは問題が無さそうだ。
「もー。皆、掃除はちゃんとしないと駄目じゃない」
そのまま傘に付着したゴミを外で払い落としてから傘入れに戻そうとした時、名札が目に入った。
「これ、みーちゃんのだ」
書かれていたのは最近転校して行った子の名前。
同じクラスの女の子で家がお金持ちだから欲しい物は何でも買って貰えるらしく、だから物を雑に扱う子だったと少女は思い出す。
成る程、こんな所に置きっぱなしにしている筈だと納得して、もう一度傘を広げてみる。
少し汚れたままだが、水色の生地に描かれた様々なポーズの猫のプリントが本当に可愛らしく、欲しいと思ってしまったのは仕方が無いだろう。
「もう取りに来ないだろうし……良いよね」
普段から良い子でいる彼女は我儘は滅多に言わない、買わないと言われたら欲しい物も我慢していた。
ずっとこんな傘が欲しかった。
「大丈夫。借りるだけ。持って帰っても誰も困らないんだし」
このまま持って帰ってしまっても良いだろう、今日帰る時に使うだけで明日にでも先生に渡せば良い、そんな風に小さな悪魔が心の中で語り掛ける。
ずっと欲しかったのだ、学校指定の地味な傘ではなくって今目の前にある様な可愛い模様の傘が。
持ち主は別の学校に行ったのだし別に泥棒じゃない、そんな風に言い訳を心の中でしながらも良心が咎めるのか足取りは少し重く見える。
「わぁ!」
それも雨空の下に傘を広げて歩き出すまで、雨音を聞きながら傘を見上げれば胸は弾むし心は踊る。
ちょっとした悪い事をしたドキドキと可愛い傘を手にして歩く嬉しさに足取りは軽くなり、自然とスキップ鼻歌響く。
傘を軽くクルクル回して自分もその場でクルッと回転すれば気分はファッションモデル。
後で怒られるかも知れないし真面目な少女なら悪い事をしたんだと落ち込む事もあるだろう。
それでも嬉しい束の間の幸福な時間。ああ、何て素晴らしい……。
素晴らしい時間、それはあっという間に終わってしまう。
次に来るのは恐怖の時間。
アナタはだぁれ? みーちゃんじゃないわね
「え?」
声がした。周囲に誰も居ないのに、直ぐ近くで声がした。
思わず足を止めて周囲を見回す少女だけれど誰も居ない。
気のせいか、そんな風に思って……そうであってと願って歩く彼女は足早で、もう嬉しさも楽しさも何処か遠くに消え去った。
「空耳空耳空耳空耳」
嗄れた老婆を思わせるその声に少女の震えは止まらない。
雨水が跳ねるのも気にせずの声がした場所から離れようと駆け出して、傘を持った手だって揺れるから降り続ける雨が小さい体を濡らしていった。
「この角を曲がれば……」
脇目も降らずに走り抜け、車が来ていないからと信号無視までして少女は声が聞こえた校庭から遠ざかろうと走り抜けて来た何時もの帰り道。
あの声が聞こえたらと思うと慣れた道さえ恐ろしく感じる。
気のせいだと何度も言い聞かせたものの、心が、本能が訴えたのだ。
あの声の主は危険な相手だ。絶対に関わっちゃ駄目だと。
極度の緊張状態の中必死に走り抜け、コンビニや本屋の灯りが漏れる道まで来た所で漸く足が止まる。
後は目の前の曲がり角を右に曲がれば家はもう直ぐ、安心すると緊張の糸が切れたのか一気に疲れが襲って来て息が上がる。
「も、もう大丈夫。今日は絶対に外なんか出ない」
その場で膝を曲げてしゃがみ込んで荒い息を繰り返す彼女の頬を安堵から流れた涙が伝う。
帰ったら家族に甘えよう、そんな風に思いながら立ち上がればお腹も減って来た。
家に帰ったらお菓子を夕食の前にコッソリと食べるのも良いかと思い、不意に手を握られた。
「あれ……」
強くなって行く雨で視界の悪い中、傘の柄を持つ手を突如握手でもするかの様に掴まれる。
声とは別物の恐怖に少女は大きな声で悲鳴を上げようとして手の主の姿を見る……見てしまった。
「え……」
可愛い猫の傘、その内側に目が有った。
少女の顔と同じくらいの大きさで血走った目が忙しなくキョロキョロと周囲を見回している。
口も有った。
少女の頭を丸齧りに出来る位に大きな口で、分厚い唇は青紫で歯はギザギザ。
みーちゃんじゃないわね。アナタ、本当に誰なのぉ?
傘の内側に生地が膨らみ、少女と傘の目が合った。
生臭くカビ臭い息が全身に掛かる中、聞こえたのは校庭で聞こえたあの声。
少女の手を掴んでいるのは老婆の手になった傘の柄、黄色く変色した割れ爪を小さく柔らかい手に食い込ませて逃すまいと強く握る。
「わ、私はみーちゃんとは同じ学校で、傘が忘れられていたから……」
もし泥棒だと思われたら殺される、そんな予感を強く感じた少女は必死に言葉を選んで語ろうとするが途中から出て来ない。
当然だ、普段は善良な彼女がしてしまった些細な悪事、それは無意識に心にのしかかっていたのだから。
転校した生徒の忘れ物、傘がないから仕方が無い、明日先生に渡す予定だった、そんな理由付けが自身を納得させる事が出来る程に悪事には慣れていない。
結局の所、少女は自分を泥棒だと蔑んでいた。
そうなの。アナタ、そうなのね……。
口が眼前に迫り、奥が見えない程に深い口腔が見える。
これから食べられるのだと少女が感じた時、足を温かい物が伝う。
恐怖で忘れていた尿意、それは既に限界を迎えてスカートと下着を汚してしまう中、手を強く握っていたチカラが緩められた。
みーちゃんにアタシを届けてくれようとしたのね?
「あっ……。う、うん。でも、家が何処か知らなくって……」
シワだらけの手が少女の頭を優しく撫でる。
傘の目も口も醜悪な笑みを浮かべるも声は穏やかだ。
助かったのだと気が付いた少女はその場に崩れ落ちながらも安堵の息を漏らした。
大丈夫よぉ、探すから。ほら、手を出しなさい
宙に浮いたままの傘が差し出すてに恐怖と嫌悪感を覚えながらも少女は手を差し出す。
相手は化け物だから、怒らせれば泥棒じゃなくとも殺されると思ったから素直に手を出して引っ張って貰い立ち上がる。
じゃあ、一緒にみーちゃんを探しに行こうねぇ
そのまま少女の体は傘に運ばれて舞い上がり、高く高く、遠く遠くまで知らない何処かへと連れて行かれた。
もう、永遠に戻る事のない旅路へと出掛けたのであった.……。
早朝、未だ日も昇り切っていない時間から俺の一日は始まる。
いや、昨日は妖魔退治で遅くに寝たし、夕方に仮眠は取ったが正直言って眠い。
だが、俺の上に乗ってニタニタ笑っている二人が寝かしてくれないんだよなぁ。
「ちゃんと動け、雑になっているぞ」
「このような朝から余の様な絶世の美女とついでに美女が奉仕をしてやっているのだ。精々励むのだ。成果次第では褒美をくれてやろう」
「ぐぎぎぎぎ……」
上から聞こえるのは満足していないって感じの厳しい声と、楽しんではいるが足りないって感じの少し柔らかい声。
まるっきり正反対の2つの声だが、どっちも俺を追い立てるのは変わらない。
途中で挫けてしまいそうになる俺だが、そうなればどんな罵倒をされるか分かったもんじゃねぇ。限界来るのが早過ぎるとか未熟とか言われりゃ悔しいし、一度やると決めたからにゃやり抜くのが当然だろ?
努力なんてしてて当然なんだよ。
「ほれ、片手逆立ち指立て伏せ残り百回だ」
「この後にランニングも控えているぞ。さっさとこなせよ?」
地面に食い込みそうになる指で体を支えて肘を曲げるのを繰り返し、左右に広げた足の裏には俺の鍛錬を見張る2人の姿。
「ふんっ! 所詮は端役。主役でない者に最強の称号は重過ぎたな。……おのれ、作者め」
右足にはお玉が乗り、俺が未だ読んでいない漫画を先に読んでいるq
おいっ! ネタバレ呟くなっ!
「今日は風が冷たくて心地好い。紅茶も格別になるというものだ」
そしてもう一人、左足の上に一本足の椅子を乗せた状態で優雅に座って紅茶を飲むドレスと大きなリボンが特徴的な金髪の女がドロシー。
普段俺達に色ボケ認識される問題児だが、こうして余裕を見せている姿は育ちの良さを感じさせる。
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だが、椅子はグラッグラ揺れて紅茶が俺に飛び散ってるからな?
バランス取るの大変なんだからせめてティータイムは後にしろ、後に!
「……これでラスト一回!」
指先だけで全体重と二人を支えながらの片手逆立ち腕立て伏せを規定回数終わらせるが、大変なのはここからだ。
片手、となっている以上は地面に着いていても良いのは五本の指だけ、つまりは腕を交換する際は次に支える側の手が地面に触れる寸前に今支えている方の手を地面から離す事になる。
背中に当てていた手をそっと地面に近付けて、指先が触れる寸前に今体を支えている手を引いた瞬間に交代した手の指先で衝撃を殺す。
今じゃ失敗せずに行っているが昔は指先を痛めたり転んだりしたし、当然足の裏に乗っている二人も落としてしまった事で怒られた。
「それでは五百回……いや、今日は手の交代に普段より二秒多く掛かった罰として百回追加とする」
「百回は多いのではないか? 五十回で良かろう。昨夜とて下位妖魔の相手をしておろうに定刻で起きて鍛練をしておるのだからな。しかし、それは別として……」
「毎度の事だが哀れみすら醸し出す無才だな。最早知恵ある妖魔なら敵対しても同情して見逃すだろうに」
二人の視線が注がれているのはさっきまで指立て伏せをしていて今は背中に回している方の腕。
本来なら空いている腕だが、何もさせないのは時間の無駄だと霊力を肘から先のみ放出し続けている。
それも枯渇を考えない全力での放出で、その反動は多少……いや、微小ながらバランスを崩しそうになるんだが、戦いの最中に均等に行き渡らせずに片寄るなんて事も有るし、その時の練習って事だな。
霊力は妖魔の認識以外に触れる事や攻撃の衝撃を通す事、そして身体能力の強化にも使えるんだが、この時にもバランス感覚は必要になる。
全身隈無く強化なら良いが、一ヵ所だけ大幅にパワーが上がるとどうしてもな。
「好き放題要ってくれるな。今に見てやがれ」
そして俺の放出量なんだがチョロチョロとかタラーって感じです。凄くショボいと思ってくれれば良い。
平凡な退魔士の放出が水道のホースだとした場合、俺のは水鉄砲みたいなもんなんだ。
当然、強化する力もショボいから俺は三流って所だろうな。
才能は選んで生まれて来れないし、持ってる物で勝負するしかないんだが、これでも成長はしているんだぜ?
修行してそれって指摘は勘弁だ。
それに素の肉体自体は有難い事に大きくて頑丈だし道場にも通わせて貰った。
だから本来なら俺程度の三流には倒せない相手にだって無傷で勝てる事があるんだしな。
「まあ、励め。大口を叩くだけの成果を見せれば褒美をくれてやる」
「良かったな、大和よ。強くなればお玉の初物を味わえるそうだぞ。まあ、平たい胸族の物より余の体を堪能したくば遠慮無く申せ。無論、それなりの対価は……あ痛っ!」
おお、見事なハイキック、長くて細い足が見事にドロシーの脳天を捉えて良い音が鳴る。
そして足の上で暴れられたら倒れそうになるんだが喧嘩は他の場所でやってくれよ、本当にっ!
「阿呆が。大きな胸など着物が映えなくなるだけだ。それに初物だのなんだの言うが、婚姻前の娘がそれを守るのは貞淑と呼ぶのだ。性に奔放で何人もに抱かれたと豪語する貴様とは違うのだと分からぬか」
「余達が死に、人外に堕ちて今の状態になってから幾百の年月が流れたと思っているのやら。それに余は抱かれたのではなく抱いたのだ!」
……他所でやれとは思っても、この喧嘩をしている状態の二人に割って入ると矛先が俺に向くからな。
足の上で暴れられるのも凄い罵り合いも鍛練の為だと思い、此処は粛々と……。
「ふっふっふ。そうは言いつつも昨夜大和めに夜伽をさせようとしていたではないか。実は余が羨ましかったのであろう?」
「あ、あれは女を知らんこの男を上位者として弄んでやろうとした軽い冗談、そう易々と肌を許してなるものか。姫ぞ? 我、姫ぞ?」
そうだ、俺の上で揉めていようが気にせず続ける胆力と集中力を身に付けろ。
雑念を捨ててやるべき事のみに意識を向ければ何も問題は……。
「その様に矜持にかまけていては永久に未通女のままだぞ? あの男を抱いた時の至福の蕩ける幸福感。ああ、それなのに余達は大和の家の敷地と夢の中から出れん。テレビで興味を持ったグルメもレジャーも行けず、何よりも男漁りが出来ぬとは!」
「ああ、確かに出会いの時に主従の契約さえ結べていれば今ごろは楔としたこの男を従えて第二の人生を謳歌していただろうに。……一応言っておくが今の関係も悪くはない。あの時に騙されて下僕になっていればと後悔せずとも良いぞ? 無論、今から下僕になりたいのであれば受け入れる度量は持っている」
「まあ、インターネットで欲しい物は手に入るから、余も其処までは不満ではないがな」
一瞬不穏な雰囲気になりかけたが、これでも十年以上の付き合いだ。
その間に得た絆が何とか二人を落ち着かせてくれる。
正直、この二人のどっちと戦っても秒で叩きのめされるからな、それもハンデ有りで。
負けた場合、何されるかが分からないのがお玉、どうも徳川幕府の時代の出身とは聞いているんだが物騒な所があるからな。
ドロシー? 食われる気がする、どんな意味かは黙秘で。
「……確か置き配出で大量の下着を注文していたな。それも際どい物を」
「今も穿いているぞ。特に際どいパンツをな。こう食い込みがな……」
目にした実物を思い出すだけでも恥ずかしいって様子のお玉だが、こいつって態度は大きいけど、その手の事は本当に苦手だよな。
俺をからかおうと色々と口にはしてもドロシーみたいにグイグイ行動に出る事は無いしよ。
逆にドロシーはグイグイ行動に出過ぎなんだよ。
この前も朝風呂に乱入しようとして流石にお玉が止めていたし……。
「我は穿かぬ故に下着の事は良く分からんが、インターネットも良く分からんから今度一緒に注文をしろ。最近気になった本をまとめ買いしたい」
所でそのインターネットでの買い物は当然俺の支払いだし、妖魔退治の報酬って殆どがそれに消えているんだが……俺、貢がされてる?
ふ、二人には世話になっているし、霊力の扱いの授業代だと思えば、まあ。
金目当てで戦ってるんじゃねーし。
「しかし、お主とて経験が無いであろうに、寝床で屈服させられると思うとは、人を辞める時に大切な物を捨ててしまったのではないか? 因みに余は何時でも相手をしてやろうぞ、大和。何ならばお玉と共に抱いてやる。どちらも美味そうだ」
ドロシーは頼むから恥じらいとか自重を拾ってくれ、本当に頼むから。
「……五百九十九、六百! ランニング行って来る」
二人が足の上から退くなり即座に走り出す。
この場に残ってたら巻き込まれかねないし、ちょいと年頃の男には刺激が強いんだよ、あの二人の会話って。
「……行って来る」
「そうか。昨日よりもタイムを縮めよ」
「縮めれば余の胸を一晩好きにする権利を与えるぞ?」
「要らねえ!」
俺だって男だし、意中の相手こそ居ないが異性に興味が無い筈もなく、あの二人は付き合いが長くて長所も欠点も貞操に関する部分がだーいぶ違うのを考えても美少女だと思ってる。
それが誘惑して来たり下着だのの話をされりゃあ、気になるってもんだ。
「ほんとにあの二人は……」
時々新聞配達のバイクとすれ違う時間帯、できるだけ坂道を意識したコースを走りながら俺は普段から溜まっている不満を口にする。
俺が家にいる間、他の2人は常に姿を現しているわけじゃなく、 魂が封印されているらしい人形の中にあるプライベート空間にいるとの事だ。
通信販売で買い漁ったものもその空間に持ち込んでいるお陰で妖魔なんて関わらなくて良い知人が家に来た時に女性用の服屋、下着が散らかってまくっている事をどう誤魔化すか悩まなくて良い。
何の力も持っていない凡夫に関わりたくない、そんな風に言ってはいるが俺への気遣いなんだろう。
まぁ、それに対してお礼を言おうものなら怒られるんだろうがな。
「せめて、もう少し欲望に忠実なのを控えてくれたら助かるんだがなあ」
世話になっているし、妖魔という立場上、余計な連中の介入を避ける為に書類上は俺が従えているということになっている。
かなり屈辱だったらしいが、友達の俺のことを考えて受け入れてくれた。
……普段から姫だのなんだの生まれ育ちの高貴さを口にしているし、無理矢理襲われるわけじゃないから贅沢なのかもな、この悩みは。
「贅沢と言えば一応は美少女二人と同棲してるみたいな物なのか? そうと言えば、そうなるんだかなぁ」
俺の両親は仕事でアメリカに行っているし、親がいない広めの一軒家で美少女二人と同棲、それだけ聞いたらどこのラブコメ漫画だって事になるんだろう。
「あの二人とは小さい頃から一緒に育った関係だから、どうもそんな気が……あっ」
ランニングの最中、明らかに法定速度を大幅に超えた勢いで大型のバイクが道路を挟んだ向かい側の歩道を走って……いや、走っているんじゃない飛んでるんだ。
バイクは両輪共に地面に着いていないし、エンジンすら動いていなかった。
「遅刻するっ! あーもー! 走るよりも遅いけど楽ができるからって大型バイク何か買うんじゃなかったっ!」
「なんだ、勇さんか」
一体何事かと思ったが、よく見ればバイクバイクを担いで走ってる女の人が居た。
二十前後、人によってもう少し若いと思うであろう年頃の真面目そうな女の人。
大型バイクを担いで明らかに大型バイクよりも速く走っていなければスーツ姿も相まって遅刻しそうで走っている普通のOLにしか見えない。
「急いでるみたいだし、職務質問されなかったら良いけれど。見つかったら絶対呼び止められるよな……」
尚、大型バイクを担いで走っている時点で普通の所じゃない。
そんな彼女は昔からお世話になっている近所のお姉さんで、自分の雪がやってる道場に俺を誘って気絶させた人だ。
伏柄勇、退魔士以外では、いや、妖魔への対抗力を無視すれば俺が知る中で最強の人間、ちなみに社畜である。
「大人って大変だよな」
向こうも俺に気が付いていないみたいだし、下手に時間使わせても悪いから声は掛けないで……今見た姿は忘れよう。
そうと決めた俺はランニングに集中する事にして、今の姿を見た事に気が付かれる前にその場から遠ざかった。
「相変わらずだな、此所は……」
ランニングの途中で立ち止まって呟いてしまう俺だが、目の前の光景からすれば仕方が無いだろう。
何せ幾つもの路線が枝分かれをしている停留所、屋根付きの大きめの椅子には傘や帽子といった忘れ物が毎日残っている。
「管理している人もこれは大変だな」
もう見慣れた光景だが、椅子の下に入り込んだ子供向けのバックを取りやすい場所に置こうと何の気無しに手を伸ばす。
「っ!?」
何か嫌な予感を覚えたのに従って手を引っ込めた瞬間、飛来した何かがバックに突き刺さり燃え上がった。
「無警戒が過ぎるんじゃないのかい? 君。退魔士ならばもう少し警戒心を持ちたまえ」
そして声が聞こえた方を振り向いた瞬間、俺は……。
妙子式女キャラメーカー2,で