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忘れモノ ⑩

 暗い廊下に響く足音、直ぐに目が慣れれば見たくもない光景が広がっていた。


「うわあっ。随分と汚いじゃないか。まるで私のアパートみたい……いや、止そう」


 思考を切り替えて小太刀の刃に視線を向ける。

 対妖魔の呪いを付与した退魔士の武器である呪具(じゅぐ)であり、私の個人資産の中では一番高価な品。

 手入れは欠かさないから曇り一つも無く、霊力を流せば馴染みも良い。


「さてと、立ち回りはどうすべきかな? 正直、道具が不足しているけれど」


 雨宿りは私が引き受けると大口を叩いたのは良いけれど、鍵が壊れていた入口から少し進んだ時点で後悔の波が押し寄せる。

 あのバイクで実は少し予想はしていたんだけれども、ホコリ臭くて暗い通路には空き缶や吸殻とかのゴミまで散乱しているし、暴走族でも入り込んでいたんじゃないのかな?



「これはバイクの持ち主は殺されたな。それで放置される事になったバイクが、って所だろうね」


 幸い、足の踏み場が無いって程じゃないし、鬱陶しく襲って来る雑魚も居ない。それが最悪の予想の的中のサインじゃなければ良いけれど、この業界じゃ最悪の予想ってのは学んだ事例や経験則から来るもので……。


「取り敢えずはゆっくり進むとして、帰ったら掃除をしないとな。……勝手に綺麗になっていた実家が恋しい」


 先に行ったのに、ボスの所に到達しない内に合流だとか情けないからね。

 場所を教えたら零課が秒で手に入れた地図は頭に入っている。感じる霊力からしてこの先のホールだろう。



「生きている人が残っていたら少し面倒かな? 御意見番殿の言葉じゃないけれどさ」


 急ぎ足で進めばホールに通じる扉が見えて、私はそれを蹴破った。

 手には既に霊力を込めていた針、真っ赤に熱せられて明るく輝くそれを銃弾の様に打ち出す。


『まタ邪魔をしに……』


火来針(ひらいしん)!」


 テレビゲームじゃあるまいし、1ターンのチャージが必要な技は敵に会う前にチャージするのは当然だろう?


 雨宿りは傘に目玉がある九十九神の妖魔、人間を宿主にして生気を吸い取り続ける事と雨が降ってるみたいに常に水が表面から滴り落ちる事からその名前が付いた相手だ。


 対して私が放ったのは炎の術、出会い頭に放った針は傘の骨に突き刺さり、周囲の水を蒸発させながら燃え上がった。



『アツい、熱いィイイいイイい!』


「被害者達は……良し!」


 ビニールが燃える嫌な臭いを感じながら部屋を見渡せば、死体に紛れて辛うじて生きている被害者が数人。

 生きる為の力を奪われ続けたからだろうけれど、呻きながら横たわっているなら自分で逃げ出せないか……。



「怪我をしても恨まないでくれたまえよ? 命有っての物種だ」


『ヨクも!』


 雨宿りの骨と布地が合わさっている部分が伸びて来たのを小太刀で弾いた私が向かったのは一番近くに転がっている小学生くらいの女の子。

 服を掴んでそのまま持ち上げて……。




「無事を祈るよ!」


『ハ……?』


 そして、そのまま窓から外に放り投げた。

 雨宿りも私が何をしたのか一瞬理解出来なかったんだろう。

 飛んでいって窓ガラスの割れた窓から外に飛び出す少女の姿を見ているしか出来ちゃいないけど、通じて良かったよ。



「おいおい、余所見かい?」


 忌々しい事に炎は流れ続ける水によって勢いを削がれ、焦げた部分も徐々に再生を始めている。

 最悪の予想通り、随分と力を溜め込んでいたらしい。


 故に無理は禁物、飛び掛かっての不意打ちで表面を切り裂くけれど追撃はせずに横を通り過ぎる。

 尖らせた布の先端が迫るのを小太刀で切り落として着地した先にも生存者が二人。

 さっき同様に窓から放り捨てて、これで残るは一人、他のは死体だ。



『ドうして邪魔ヲするノ? ご主ジンに会いタイだけなの二』


「しない筈が無いだろう? 分からないんだね、廃棄品のボロ傘さん」


『!』


 言葉こそ発しないけれど効果は有り、雨宿りは大きく体を震わせた。


「聞こえなかったかい? これだからゴミとして捨てられガラクタは困るんだよ」


『……レ。 黙れ! 私ハステラれていない!』


 否定はするけれど怒っているのが図星の証拠、感情なんて有りませんって感じだったのが急に声を荒げたかと思うと大きく広がって回転を始めた。

 キーンという耳鳴りに似た耳障りな音、回転速度が上がるに連れてその音は激しさを増して私に向かって来た所に小太刀を挟み込めば火花が散って手に衝撃が走る。


『お前が、オマえガ邪魔をしなけレバ!』


「いやいや、私って無関係だろう? ちゃんと頭を使いたまえよ」


 手から武器が弾き飛ばされない様に、小柄な体格が崩されない様にと耐える為に霊力がガリガリと消耗するけれど、小柄な女の子ってのがこういう時は本当に困るよ。


「くっ……」


 弾き返すと同時に部屋の中を駆け回る私に再び迫る雨宿り。丸鋸を思わせる体当たりを左右の小太刀を交差させて防ぐけれど、一撃加える度に威力が上がって無いかい?


 いや、違うな。


 ゴミや瓦礫、そして死体が散乱した場所で駆け回るのは別に良いんだ。

 妖魔との戦いは場所の指定なんか不可能だし、足元に小型のが潜んでいるパターンもあるんだから徹底的に学んでいるのさ。


 だから私を焦らせているのは別の理由、一撃毎に熾烈さを増す敵の攻撃じゃなくて、一撃で受ける度に減っていく霊力にだ。

 威力が上がったんじゃなく、私の霊力がかなり減ってるから出力が下がって来ていて、このままだとピンチって所さ。



「あーもー! 御意見番殿は正論を言っていたよ! 退魔士は妖魔を倒す事のみ考えろって、さ!!」


 雨宿りを弾くと同時に最後の生存者を足先で掬い上げて窓から放り出す。

 怪我? 此処に居たら私と一緒に共倒れだけれど、一階なんだから気にするなって所だよね!



「さてと、これで思いっ切り戦えるよ」


 霊力の残量は一割を切っているけれど仕掛けは済んだ。

 悪いが死体は気にしない方向で行かせて貰うよ、生きてる私が優先だからね。


 足を止めて余裕の笑みを浮かべて見せる。

 それは散々挑発に乗り続けた雨宿りには効果は抜群だ。


 案の定、正面から向かって来たよ。


『負けオシみ、オヲっ!?』


 そして空中で動きを止めた。


「ふぅ。漸く完成したよ。伊弉諾流罰系術(ばっしじゅつ)蜘蛛織(くもおり)


 舞う埃と差し込んだ月光によって部屋に張り巡らされた糸が姿を現す。

 雨宿りの全身に絡みついたその糸は、激しく暴れる事すら許さずに雨宿りの動きを封じていたんだ。



 まあ、正直長くは持たないし、実際糸の何箇所かで今にも切れそうな場所だってある。

 さっさと決めるとしようかな。



「蜘蛛の巣に掛かった蝶とかまな板の上の鯉って表現は君に相応しくない。収集車に入れられたゴミ袋ってのがお似合いだよ」


「こ、コの……」


 今の雨宿りは横向きに私を見ている状態で、その巨大な瞳には水が集まって行く。

 知ってるよ、それを放つんだろう?


 雨宿りは種族名であって今発見された妖魔への名付けではない。

 今まで何度も退魔士が相手をして、そのデータはしっかり集められているんだ。



「来ると分かっている攻撃、それもそんな姿勢で放つのなんて簡単に避けられ……」


「うぅ……」


 雨宿りの目から水球が放たれる寸前、避けようと足に力を入れた私の耳に届く弱々しい呻き声。

 放置され何時の間にか倒れていた机の陰で小さな女の子が倒れていた。


 そう、運悪く私の真後ろで。


 見捨てるのは簡単、私が死ねばあの子も直ぐに殺されて、大和先輩だって逃げ出しても追い付かれて殺される。

 じゃあ見捨てるのが合理的で、庇って防御だなんて論外だ。




「潰れ…ロ!」


 そして無慈悲な攻撃が放たれる。水球の大きさは直径一メートル程、速度は車の比じゃない……車をペチャンコにしてしまう威力だ。




「悪いね、君。こうするのが一番なんだ」


 声が届いているのか分からな少女に視線も向けずに謝罪を口にして、私はそのまま最善の行動に出る。





「見落としは私の責任だ。だから悪いけれど少し待っていてくれよ!」


 少女を庇う様に前に出て、残った霊力を注ぎ込んでの防御の構え。

 腰を落とし目の前で小太刀遠交差しても構えれば今までの比じゃない衝撃が私を襲う。

 水球は雨宿りの霊力が水の姿を取った物、普通の水をこの速度で叩き込むよりも遥かに威力が上だった。


 あっ、これってヤバい? 見誤ったかも……:

 

 小太刀は今にも弾き飛ばされそうで全身が悲鳴を上げている。

 踏ん張った足はジリジリと地面を擦りながら後退していて、飛沫は剃刀の刃の様に私の体を切り裂いて行く。


 絶賛ピンチ、ジリ貧状態だ。このままじゃ保って二十秒って所かな。



『オ前がゴみになるんダぁアアぁぁ』


「見知らぬ相手を庇うもんじゃないね、本当にさ」


 長い目で見れば貴重な退魔士が生き残ったほうが犠牲が少ないって言われたけれど、こうして自分が誰かを庇って死にそうな目に遭うだなんて思ってもみなかった。

 致命的な失敗かどうかってのは、それをしてから始めて分かるもんだ。


 飛沫が服の肩部分を切り裂いて右肩から血が滲む。普段から動くと邪魔になる胸が本当に煩わしい。



「後悔先に何とやら。本当に……ちょっと遅いよ」






 だからさっさとどうにかしてくれよ、遅れて来るのが基本のヒーロー……には程遠い三流退魔士さん。


「そうか。悪かったな。鳴き打ち!」


 私が防いでいる水球の真横から叩き付けられる張り手突き、衝撃は表面を通り越して内部に浸透して一気に弾ける。

 だが、それじゃあ破壊には届かない。大きく形を崩しながらも私に向かって来るのは変わらず、そして今の私でも破壊可能な迄に威力は落ちた。




「やるじゃないか! キスをしてあげても良い位だよ」


 ……ホッペか額に軽〜くだけど。


 交差させた小太刀の向きを変えて崩れた水球を四つに切り裂けば術としての力を失った水は床に散らばって消え失せる。

 少し私も被ったせいで下着が透けて見えるけど、い、一瞬だから気にしないのさ。


「さてと、悪い知らせと良い知らせと悪い知らせを覆す方法が有るけれどどれから聞きたい?」


「じゃあ、敵も前に居るし良い知らせと悪い知らせの覆し方で頼む」


 露骨に私の方を見ない大和先輩だけど、その理由は気にしないでおこうか。

 だって服の肩布が切れてブラが見えているとか、絶対透けたのを見られているとかだもんさ、年頃の乙女としては忘れたい。



「後ろの子以外の生存者は建物の外に放り出した。その時に怪我していても私は悪くないさ」


 少し重くなった小太刀を持つ手に力を込め、大和先輩の手が水球に触れた時に負った怪我を見る。

 手の平から血が滴っているし、普段通りに戦える状態じゃないだろう。



『また増エタぁ』


 対して雨宿りは拘束から抜け出して健在、そして私は….霊力が尽きた。

 まあ、普通の考えれば絶体絶命、負けイベントかと思ったら普通にデッドエンドだって位に絶望する状況だけど……。



「じゃあ切り抜ける方法を教えよう。ちょっと来てくれたまえ」


 指をクイクイと動かして彼を近寄らせ、襟を掴む。


 天才超美少女の小姫ちゃんなら此処から逆転する知っているのさ。

 いや、天才は言い過ぎかもだし? 


 それに重要なのは私じゃない、必要なのは……。


 グイっと彼を引っ張り有無を言わさずに唇を強く押し付けた。


「んんっ……ぁん」


 ファーストキスだったんだけど、それが気にならない程の感覚が全身を襲う。

 全身に電流が走ってみたいな快感、二度寝やお風呂やマッサージさえも比べ物にならなくて思わず膝から崩れて呆けたくなった。


 そして何よりも……。




「ははっ、ははははは! 凄いや! なんて力だ!!」


 抑え切れない全能感! 私は今、最高にハイな気分だった!






 ……初恋の相手に会ったその日にキスをされた。

 

 そのショックから正気に戻るよりも早くに聞こえたのは高笑い、そして霊力が急速に失われて、同時に小姫のチカラが爆増した事だ。



「ゴメンよ、君もファーストキスだったかい?」


「あ、ああ……」


 え? 君も? 君もって事は……えぇ?


 思わず唇に手を当てて小姫の顔を凝視する。

 一瞬見せた蕩ける様な顔を見て浮かんだのは伯父さんに見せられた映像の女性の姿。



 あと、ついでにドロシーが時々見せる奴、後者と一緒にするのは悪いな。


 顔を赤らめて我を忘れて惚けた顔、それが瞬時に切り替わる。

 獲物を前にして感情を昂らせた戦士の顔へと。


 プリティ&セクシー&ワイルド&ビューティー。



「ヤバい、更に惚れた」



「じゃあね、雨宿り。私はさっさと寝たいから終わらせよう。乙女に寝不足は禁物だ」


 床のコンクリートが弾ける程の踏み込み、霊力で強化していないと反応が出来るか分からない程の速度で雨宿りの横を通り過ぎる。

 雨宿りは置物の様に空中で動きを止め、体に切れ目が入ると同時に崩れ落ちた。


『会いタカっタだケナのにィ……。ご主人、どうシて捨テたの……』


 悲しそうな声と共に雨宿りは一切の痕跡を残さずに消え、最後に目から滴り落ちた特大の涙さえ床を濡らす事は無い。




「妖魔は同族や人間を襲って糧となる霊力を得るけれど、契約によって得る場合もあるんだ」


 小姫が着地して小太刀を鞘に収めた小姫は振り返らずにそう話す。

 俺は何故か何も言えずに聞いているだけしか出来なかった。




「別の方法、それは契約を行う事だけだ。降霊術とか悪魔召喚とかに対応した一部の妖魔とね。でも、時にそれらを無しに妖魔と、そして人とも契約者を行える人が居る」


 小姫が振り向くと月明かりがその顔を照らす。

 その顔に俺が心奪われる中、彼女は右手を差し出した。




霊給者(れいきゅうしゃ)、その力を持つ者はそう呼ばれている。そして君は桁違いの霊力量の持ち主だ。だからもう一度言おう。君が欲しい。私の物になってくれないかい?」


 その姿に俺は、何て綺麗なんだと、まるで女神の様だと思ったんだ。





























「ふ〜ん。ちょっと面白そうな子達発見しちゃった」


 


 

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