第95話:天衣無縫
晃生から立ち昇る青いオーラ。
進化した総軍級の気配が、連合軍に伝染していた敗色の絶望感をも回復させていく。
「コウキ。お前が習得出来たのはまだ魔力の共鳴同調だけダ。魔力感知や魔力操作の精度は相当増しているが、まだあのレベルの敵とは戦えないだろウ。敵の大将は我が相手をすル」
長い修行を経て確実にパワーアップした晃生だったが、今美羽蘭が言った通り、肝心の魔闘法の技を晃生はまだ何一つ物に出来ていなかった。
扱えるのは前提技の魔力共鳴のみ。麒麟を倒したのもそれと回復能力によるゴリ押しで最後まで雷撃は見切れず、結局先覚ノ勁も掴めていない。
美羽蘭の見通しではそれも想定していて、その後は麒麟を訓練相手に修行をつけていく予定だったが、その前に千金楽麗色が人工ワームホールを完成させて晃生達を迎えに来たのだった。
「聞いているのかコウキ。お前は精霊を——」
美羽蘭は戦場にいながらも注意散漫な晃生を注意するが、その晃生の状態が異様なことに気付き、言葉を詰まらせる。
晃生は身が竦むようなジャックの群勢ではなく、味方の方を見ていた。
倒れている人々、今まさに魔物に襲われている兵士達、そして多量の血を流し瀕死の——灯真、勇斗、亜凰。
その光景を目にした瞬間から、込み上げてくる。感情の濁流が。
不安、焦燥、後悔、無念、恐怖、絶望、憎悪、殺意、苦しみ、悲しみ、そして激しい——怒り。
その怒りが行くところまで行き、他の感情を押し退けて頭が真っ白になった晃生は——まるで静かな宇宙空間にでもいるような、逆にこの宇宙の全てが聞こえているような、言葉では言い表せない不思議な感覚を味わっていた。
「久しぶり……そして遅かったな晃生。もう戦いは終わった。ここから始まるのは、ただの蹂躙だ」
晃生はジャックの言葉を無視し——ドウウゥゥウウウウウウウウウウッッッッッと一際強烈な魔力を放つ。
それは敵を威圧するためのものではなく、味方だけを回復させる復活の光。
到着するまでにも既に回復の魔力をばら撒いていた晃生だったが、さらに濃密な魔力の波動で連合軍を包み込む。
その光は味方だけを区別して傷を癒し、毒を打ち消し、さらには枯渇していた魔力までをも全快させた。
「救世主……」
新約聖書ではイエス=キリストのことを指すが……キリスト教徒である天羽詩聖里が、晃生が見せた神の如き能力を目の当たりにしてそう呟いた。胸元にある十字架のネックレスを握り締めながら。
詩聖里がそう感じるのも無理はなく、今の晃生の魔力の規模、効果範囲、操作感度、その全てが、美羽蘭との修行を経たついさっきまでよりも、さらに比べ物にならないほど向上している。
だが……亜凰だけがまだ苦しそうにしていることに気付き、晃生はすぐに駆け寄った。
(傷は塞がってるけど、これは……魔力の拒絶反応か……)
覚醒者が体内のどこに魔力を保有しているのかは未だ解明されていないが、内包する魔力を体外へ発揮する時、その効果は減少する。どれだけ魔力を籠めた技であろうと、この法則の例外ではない。
つまり晃生の超回復能力でも体内から体内へ打ち込まれたカゲロウの魔力を掻き消すことは出来ず、魔力操作能力の低下をはじめとした魔力の拒絶反応は治せないのだ。
「はぁ……晃生、くん……あ、りがとう……おかげで、助かったわ……はぁ……でも、ごめんなさい……私はもう、戦えない……あの、蟲の魔物に……」
「もう喋らなくて良い。後は俺に任せろ」
言葉を遮った晃生は亜凰を抱え、近くにあった車に寄り掛からせる。
「晃生くん……無理よ……少しでも、みんなを連れて……」
生き延びたとはいえ、亜凰はもう戦力にならない。
亜凰なしでこの状況を切り抜けなければならない。
いくら晃生の能力によって皆が回復したとしても、戦力の差は歴然。何体もの精霊を使役し、その能力を共有するジャックに勝てるわけがない。
そう確信している亜凰が晃生の服の裾を力なく掴んで訴えかける。
——逃げて、と。
そこへ、ジャックが指を差した。
自軍をほぼゾンビ化させる厄介な回復能力を持つ晃生もろとも亜凰にトドメを刺せ、という命令を理解したサファイアが改めて口腔内にキュィイインッッッッと光の粒子を収束させ、光子誘導増幅放射を放つ——
——カッッッッッッッッッッッッッッッッッッ!!!!!!!!!
晃生の超回復速度さえまるで意味を成さない、文字通り必殺必死の超常攻撃。人体など一瞬で蒸発させる亜光速のドラゴンブレスを——晃生は振り向きざまに腕を振るってグニャッと捻じ曲げた。
軌道を変えられたフォトンレーザーは明後日の方向へ飛んでいく。
(バカなッ……あの速度の攻撃を防いだ……!? 偶然か……?)
ジャックは撃たせた自分自身ですら躱せるか分からない亜光速攻撃に背を向けたまま対応した晃生を見て目を細める。
(今のハ……流連ノ勁……しかもそれを先覚ノ勁で予知してやったのカ……!)
3ヶ月の修行を行ったついさっきまでも確かに使えなかった魔闘法の技を二つ同時にやってのけた晃生を見て、師匠である美羽蘭も驚愕の表情を浮かべる。
「これが、魔力か……」
呟いた晃生の眼が、耳が、全身が、大気中に漂う魔素粒子の一粒一粒までもを全て感じ取っている。そんな気がするような、圧倒的な全能感。
宇宙が見えるような、聞こえるような、まるで自分が環境の一部になったかのような浮遊感。
晃生の脳裏に、美羽蘭の教えがよぎる。
——森羅万象、全ての魔力を正確に、精密に感じ取るこト。大自然の魔素と体内の魔力の境界を無くし、宇宙と渾然一体となル。そうすれば自身に内包する魔力のみならず、草木や石、大地、海、大気中を漂う魔素に至るまで、全てが味方となって力を貸してくれル——
(——天衣無縫。これが、魔闘法の極致……)
感情の濁流に押し流されて辿り着いた無の境地。そこでようやく掴んだ、魔力の根源。
超越的な雰囲気を纏う晃生に本能的な不気味さを感じたジャックがもう一度サファイアに攻撃を命じようとするが——
チラッと晃生が眼を向けると同時に、サファイアとローズがジャックの支配状態から回復した。
「なんだとッ……俺の魔物支配を強制的に解除したのかッ……!?」
焦るジャックの元を離れ、サファイア達は晃生のそばへ飛んでくる。
「お前らは退がっててくれ。また操られたりしたら嫌だもんな」
晃生の言葉を聞いてコクッと頷くと、サファイア達は亜凰に謝るような、悔いるような視線を向けてから学園の方向へと飛んでいった。
亜凰も首を振って『気にしなくていいよ』と心で伝えていた。
(晃生コイツ、どうなっている……以前会った時は、確かに格下だった筈だ……)
支配を解除したということは、ジャックよりも晃生の方がサファイア達に及ぼす魔力の影響が大きかったということ。
総魔力量や魔力特性の性能は別でも、魔力の扱いだけで言えば晃生の方が優れているという証明だ。
(……だが、どれだけ小手先の魔力操作を鍛えたところで、俺には勝てない)
晃生の魔力特性はあくまでも回復系統。亜凰のように滅茶苦茶な攻撃を繰り出したり、大規模なバリアを展開したりは出来ない。
異世界での遭遇から晃生の魔力特性を知っているジャックは、今度は単体では対応出来ないであろう複数同時攻撃のブレスで晃生を攻め潰そうと配下に命令を送る。
ズゥンンッッッ、ズゥンンッッッと地鳴りのような足音を響かせて前に出てきたのは、八岐大蛇。
大型恐竜を一回りも二回りも肥大化させたような胴体から続く八つもの頭が同時に口を開き、レーザーにも似た超高熱の熱線を照射する——
真正面から見るといくつもの軍用ライトに照らされたかのような眩い焔光に視界を奪われるが、構わず走り出した晃生は眼を瞑ったままで熱線を躱し、或いは流連ノ勁で軌道を捻じ曲げながら距離を詰めていく。
常人にはサファイアのフォトンレーザーとほとんど違いが分からないような熱線がさらに八つ同時——だが今の晃生にとってはこの程度の速度の攻撃なら先覚ノ勁で予知するまでもなく、どころか魔力感知に意識を向けるまでもなく自然と攻撃の軌道やタイミングが察知出来る。
「コウキ! 今ならやれるナ! ブチかますゾ!」
「ああッ!」
同じく熱線を掻い潜りながら駆けてきた美羽蘭との瞬時の意思疎通の後、2人が同時に八岐大蛇の眼前まで肉薄する。
(いくぞぶっつけ本番……穿貫ノ勁の合わせ技ーー!)
「「大穿双ッ!!!」」
——ッッッズドォォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンンッッッッッッ!!!!!!!!
晃生と美羽蘭の掌底が八岐大蛇の胸部に打ち込まれ、インパクトの瞬間、運動エネルギーと同時に伝わった魔力の波動が内部に浸透する——結果、八岐大蛇の巨体に、大きな風穴が空いた。
一撃で即死した八岐大蛇がゆっくりと倒れていく。
「「「「「う、うおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」」」」」
亜凰が間に合わなければたった一体で連合軍を壊滅させていたかもしれない怪物をワンパンで倒したことで、兵士達が歓喜の叫びを上げた。
そして完全に士気を取り戻した連合軍の眼に、さらなる援軍の姿が映る。
ババババババッッとプロペラのローター音を響かせ、7機ものV-22が空を舞う巨大蛾にM240機関銃の斉射を浴びせ掛けながら降下してきたのだ。
そこからワイヤーも使わずに飛び降りてきた木乃香が猫のような空中姿勢制御と脚力で着地し、すぐさま舞桜達の元へ駆け寄る。
「舞桜ちゃん愛奏音ちゃんっ! 大丈夫!?」
「ねこちん遅いよ〜! ホントに死ぬかと思ったし〜!」
舞桜が安堵の表情を浮かべながら木乃香に抱き付いた。
「でも、晃生君を連れて来られたのね。良かったわ」
愛奏音も晃生の能力によって巨大蛾の毒から回復したことでホッとしている。
「うん! 麗色ちゃんのなんかすっごい技術で向こう側にいる晃生君のすぐそばにゲートを開いて、状況を説明したらすぐ雷の精霊に乗って飛んでいっちゃった」
「流石こーき君! おかげでこの2人も無事に……あれ、とーま達は……?」
晃生が来る直前まで瀕死状態だった灯真と勇斗の姿が見えず、舞桜達が辺りを見渡す。
その時、大技の連発で息を切らすアンナへ、耳に取り付けた超小型インカムから通信が入った。
『待たせたなアンナ。生徒ともどもまだ死んでいないだろうな?』
学園長、千金楽麗色からだ。
「ハッ、遅ぇんだよ学園長。もうちょいで死んでたとこだ」
『時空トンネルを安定させるだけなら簡単だったが、美羽蘭達のいる座標を特定するのに手間取ってな。天音木乃香が晃生から預かっていた魔導銃に残留する魔力から対粒子のもつれを利用して情報を転送し——』
「あー学園長、今そんな小難しい話はいいって。それよりアレは届けてくれたんだろうな?」
『ああ。マキナから受け取れ。ようやくそいつらも実戦で暴れさせることが出来る』
麗色が言う『そいつら』とは、木乃香に続いて次々とオスプレイから飛び降りて来ているマキナの軍団のことだ。
見た目や動作精度が全く同じマキナ達が計175体——7機のオスプレイからそれぞれ25体ずつ機外へと飛び出した。
マキナ達は両腕、両脚に巨大ロボの手脚のような機甲義肢を装着しており、その機械のアームは左に巨大な魔導砲、右に刃型の魔力エネルギーを収束させた魔導ブレードを握っている。
背部に装着された魔素粒子が翼のように拡散している機構が揚力を生み出し、マキナを浮遊させている。
超硬合金製の機甲義肢はパワーアシスト機能があり、それらを操作するマキナは巨人やドラゴンをも殴り飛ばせる攻撃力と敵の行動を分析・予測する演算能力までも備えている、麗色が最先端魔導科学の粋を集めたクローン兵団だ。
マキナはもともと自我を獲得した人工知能。
麗色が与えた無数の人工体をネットワークを介して同時に操作しているのだ。
特定の器に縛られることのないマキナは存在としては精霊に似ている。
『以前中川晃生がマキナにドローンを与えれば大兵力を率いることが出来ると生意気にも進言していたが、それ以上のクローン軍団を用意してやったぞ』
「ったく……相変わらずだよアンタは。とにかく前線は任せたぞ。アタシは退がって一凛と合流する」
アンナはタイミングよく軍の後方に到着した一凛の黒い愛車、シボレーのカマロSSを見ながら言った。
『ああ。私も援護射撃の準備をしておく。抜かるなよ』
「はいよボス」




