第93話:頂上決戦
剣や爪が交錯し、魔法や銃弾が飛び交う戦場の遥か上空で、滞空するダイナの背に立つジャックは鋭い眼で眼下の光景を見下ろしていた。
(一人、レベルの違う女がいるな……)
ジャックが見ていたのは新たに戦場に現れた能力者——躑躅森亜凰。
圧倒的な魔物の群勢が人間共を蹂躙する——その決着が付く直前で現れ、形勢をまた五分まで戻してみせたのだ。ジャックからすれば最も邪魔で、かつ最も厄介な存在だろう。
(俺が直接やるしかないか……)
これまで配下に命令を出して高みの見物を決め込んでいたジャックが、トンっとダイナの背から飛び降りた。
落下していく先には斥力弾で魔物達を殲滅している亜凰がいる。
だが亜凰も敵の総大将であるジャックの動きには常に注意を払っており、動き出したことにすぐ気付いてバシュゥゥッッッと飛び上がる。
落ちる力に加え膨大な魔力を籠めて振り下ろされるジャックの拳と、強烈な斥力を乗せて放つ亜凰の拳が空中で激突し——
——ッドォォォォォォオオオオオオオオオオオオオンッッッッッ!!!!!
小型の隕石が堕ちた時のような衝撃波が放たれると同時、あまりのエネルギー密度に周囲の気体が電離しバチバチバチィッッッとプラズマを発生させた。
弾かれるようにバッと離れた亜凰は引力で自身を引っ張って空を飛び、くるっと回転して空中姿勢を立て直したジャックは飛んできたダイナの背に着地する。
「貴方がこの魔物達の王様? 随分と人間っぽい見た目をしているのね」
「……お前こそ、人間のくせに化け物じみた魔力を持っているな」
空中で対峙する亜凰とジャックが言葉を交わす。
その探り合いを中断させるように、ダイナが口からゴォォォォオオオオオオオオッッッと火炎放射を放った。
炎は当然斥力場に阻まれて亜凰には到達しないが、放射状に広がる火炎を目眩しにして、ダイナの背から跳躍したジャックがまたも亜凰に殴りかかる。
ジャックの拳も斥力場にぶつかってバチバチバチィッッッと競り合うが——数瞬後、ジャックの拳に込められたあまりの魔力エネルギーに耐え切れず、亜凰の斥力場がバチィィッッッと無理やり突破された。
「——!」
亜凰は咄嗟に引力による飛翔でジャックの拳を躱したが、これまで全ての攻撃を防いできた無敵の盾が破られたことに驚きを禁じ得ない。
即座に防戦は不利と判断した亜凰は斥力弾を放って攻勢に回る。
銃弾の弾頭ほどの面積に高速かつ強力な斥力を働かせる不可視の攻撃を——しかしジャックは高度な魔力感知で知覚し、初見で躱してみせた。
亜凰は構わず斥力弾を撃ちまくり、ジャックが回避の為にダイナの背から跳び上がったタイミングでダイナと地面との間に引力を発生させる。
グンッッと巨体を急に下方に引っ張られたダイナはドォォオオオオオンッッッと派手に墜落し、空中での機動力を失ったジャックに亜凰が狙いを定める。
だがジャックの方が先に手から火炎を放射して亜凰の視界を奪う。
この火炎はダイナとの魔力特性の共有によって可能にしているもの。
ダイナや他の多くの火を吐く魔物は体内から可燃性のガスなどを吐き出している訳ではなく、魔力エネルギーを熱エネルギーに変換してブレスを放っている。つまり直感的な炎熱操作に優れた火炎系魔法の使い手なのだ。
その特性を共有するジャックの火炎放射はドラゴンブレスそのもの。いや、他の無数の魔物とも魔力を共有するジャックが使うとそれ以上の威力だ。
極大のドラゴンブレスが亜凰の攻撃を妨害している間にジャックはタッと地に降り立つ。
亜凰は斥力でブレスを押し退けていたが、それを防ぐ為に少なくない魔力を消費した。
(魔力が強すぎて彼自身に引力を作用させられなかった……)
ジャックの脅威的な魔力量は総軍級である亜凰から見ても常軌を逸している。
その桁違いの魔力がジャックの意思に関係なく自分以外の魔力を弾くせいで外部魔力の影響をほぼ受け付けないのだ。
(ま、それならそれでやりようはあるわ)
亜凰は一気に勝負を決めようとジャックの着地点を狙って上空から斥力弾を散弾のように浴びせかけるが——単なる魔力のみの身体強化で晃生並みの運動能力を誇るジャックは魔力感知を頼りに不可視の弾の雨を躱す。
ドドドドドドドドドドドドドドッッッッと強烈な酸性雨でも降ったかのように地面に無数の穴が空くが……ジャックは無傷だ。
タッと着地した亜凰は間髪入れずに斥力弾を放ちながら肉薄し、ジャックもジグザグに走って躱しながら亜凰に迫る。
さらに人型になったダイナも反対側に回り込んで亜凰を挟んだ。
前後からダイナの竜爪とジャックの拳による連撃がズガガガガガガガガガガッッッッと亜凰のバリアを削るように繰り出される。
亜凰が斥力場を一気に押し広げるように斥力の波動を全方位に放ち、ブワァァッッッッッと吹き飛ばされるダイナ。
だがジャックは魔力耐性と身体強化でその場に踏み留まっており、反撃の拳を振るう——!
自分の体を上に引っ張って躱した亜凰はさっきと同様ジャック自体ではなくその周囲の空間に重力を加算した地面への引力を発生させ、同時に亜凰自身から突き放す強烈な斥力を放つ——!
——ボゴォォオオオオオオオオオオンッッッッッと地形ごと沈み込ませ、押し潰せないまでもジャックの足を地面に埋めて数瞬動きを封じた隙に背後に着地した亜凰はさっき吹き飛ばしたダイナの爪をダイナごと自分自身へと引き寄せ、その直線上に立たせたジャックに激突させる——!
ドガッッッッッッと突き刺さったかに見えたダイナの爪は、しかしジャックが両手で掴んで受け止めていた。
だが二体の距離が近付いたこのタイミングを逃さず亜凰は引力場を発動。超引力によってまとめて捻り潰そうとするが——
ドガッッッと瞬時に互いを蹴り飛ばしたジャックとダイナは引力場の殺傷圏から離脱した。
テイムされているだけあってジャックとダイナの連携はまさに阿吽の呼吸。単体の強さに加え極めて高い練度での共闘は亜凰にとって非常に厄介だ。
だがジャックにとっても一撃一撃が高い殺傷力を持つ亜凰の攻撃は脅威だった。
(今のを喰らえば俺でもやばいか……だが……)
ジャックは魔力エネルギーを光に変換する発光能力でカッッッッッッッと眩い光を放つ——!
サファイアの光子誘導増幅放射のような質量を持った攻撃ではないが、閃光手榴弾を超える200万cdの強烈な閃光が亜凰を襲った。
異界に存在する閃煌蟲と呼ばれる魔物の魔力特性で、ジャックが配下にして魔力共有することで得た能力だ。
あまりの光度に強く目を瞑った亜凰は一時的に失明に至っているが、斥力場による自動防御があり、それを無理やり破れる魔力量を持つジャック自身の攻撃にも魔力感知で対応出来る。
そう思って亜凰が身構えた時——
ジャックは自ら攻めず、亜凰に手を向けた。
その先にいる亜凰の元へ、上空から黒雲を巻き込んで渦を巻く巨大な竜巻が出現する。
強風を自在に操って空を支配する天竜の能力でそれを引き起こしたジャックは徐々に瞬間最大風速を強めていき——
さらに、火竜の能力で竜巻に猛烈な火炎を放った。
火炎は竜巻に煽られて渦を巻きながら上空まで登っていき、二つの属性が融合して火災旋風を生み出した。
亜凰は未だ眼が見えないながらも高温の熱が伝わってくるのを感じて斥力場の半径を広げて身を守るが、この災害に等しい火災旋風の中に閉じ込められてしまった形だ。
(終わりだな……後はあの女の魔力が尽きるのを待てば良い)
ジャックはここまでの戦闘で亜凰の引力と斥力という魔力特性を感覚的に理解していた。だからこそその影響を受けない光と熱を利用したのだ。
ジャック自身もこの火災旋風を生み出すのに少なくない魔力を消費したが、竜巻の酸素供給で火炎は勢いを増し、その高熱による上昇気流で竜巻もまた刻一刻と激しさを増している。もはやジャックが手を加えずともこの火災旋風はほぼ勝手に成長を続けているのに対し、亜凰は常に強力な斥力場を張り続けていなければならない。
この状況が続けば、先に魔力が切れるのは亜凰の方だ。
それが分かっている亜凰の脳裏に、初めて敗北の文字が浮かぶ——。




