第91話:希望
主戦力の一角の脱落と敵軍の増援。
圧倒的な戦力差が連合軍側の心を折り、絶望感で埋め尽くしていく。
「終わりだ……こんなの、勝てる訳がない……」
ギルド管理局の局員も放心状態でそんなことを呟いた。
戦意を喪失していく連合軍へ、八岐大蛇の八つの頭が同時にガパァァッッと大きく口を開け、その口腔内にブレス攻撃の膨大な魔力を収束させていく。
他のドラゴン達や炎凰までも口を開けて魔力を溜め、一斉に、全てを焼き尽くす絶望のブレスが放たれる——!
——ゴォォォォオオオオオオオオアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!
視界全てを焔光で埋め尽くすような大規模広範囲攻撃になす術もなく全員が顔を覆うが……そのブレスは連合軍に届くことはなかった。
「……?」
自衛隊員の1人が瞑っていた目を恐る恐る開けると……ブレスは目に見えないバリア——斥力によって阻まれていた。
「何とか、間に合ったみたいね」
フワッと、いつもよくやる登場の仕方で亜凰が空から舞い降りる。
その亜凰にどうやら無理矢理引っ張られて空を飛ばされてきたらしい不破雄理と喰代大我もどてっと地面に落とされる。
「痛っ……」
「ぐぇッ……おいッ、降ろすなら降ろすって言いやがれッ!」
突然マッハ2.5で空を飛ばされた上に雑な扱いをされて大我が抗議の声を張り上げるが、亜凰はどこ吹く風だ。
「……躑躅森……亜凰……」
「そ、総軍級だ……最強が、来てくれた……!」
「護り刀の不破雄理と明星の喰代大我もいる! いけるぞ!」
日本最強の能力者に加えてギルドマスター2人の援軍に連合軍が士気を取り戻していく。
「ハッハハハッ! 今からアタシが本気出そうと思ってたってのに、見せ場取られちまったじゃん!」
妬むようなことを言う割にはテンションを上げたアンナが右腕を大きく上に挙げ、掌を天に掲げた。
その手にバチバチバチィッッと纏っているのは、精密に魔力を操作して集めた陽子が持つ正電荷。
雷放電現象は雷雲下部に溜まった負電荷が地表の正電荷に誘導されて落雷となる。
つまり低い位置で雷雲が立ち込めており、ゴロゴロと雷鳴が轟いている今、自ら避雷針となったアンナに1億Vの落雷が直撃する——!
——ドオオオオオオオォォォォォォォンッッッッ——ゴロゴロゴロゴロォォッッッ!!!
一瞬の稲光りと凄まじい轟音。
誰もが避けるべき自然界の超常現象をその身に受けたアンナは、
「ハハハハハッ! 今日はツイてるぜ! こうも好天に恵まれるとはなァ!」
と豪快に嗤っている。
周囲の人間はまさに青天の霹靂といった表情だ。
バヂッッッ、バチバチッッッ、バチバチバチバチィィッッッッと激しく放電しながらもアンナが纏う電撃は、これまでの金色とは違い青白い輝きを放っている。
これは電気の通り道にある空気が太陽の表面温度の約5倍——3万度にまで熱され、かつそのエネルギーが大気中の窒素をイオン化——電離させているためだ。
莫大なエネルギーをその身に宿した今のアンナは一時的に亜凰と同等——総軍級の領域にまで至っている。
「じゃ、さっさと片付けましょうか」
「おう! アタシの前に出るなよガキ共ォ!」
「うるせぇ! 俺が全部ぶっ殺してやるよッ!」
「めんどくさそうな敵が多いな……」
亜凰、アンナ、大我、雄理が並び立ち、今の落雷に怯んでいた前線の魔物達に眼を向ける。
スッと前方へ手を伸ばした亜凰。
「引力場」
呟いた亜凰が伸ばしている腕の直線上、前方40m程の魔物が密集する場所に、ミ゛シッ、バキバキッッと大地を捲り上げる程の強烈な引力を持つ点が発生した。
そこにいたクローエイプの群れが異変を察知し慌てて離れようとするが、その一定範囲内に働く極めて強い引力に逆らうことは出来ずに次々と引き寄せられていく。
一点に吸い寄せられたクローエイプ達は中心に近付くほど強く働く引力によってミ゛シッッ、バギッッ、ゴキゴキィッッと圧壊させられ、そして球形に、小さく、小さく圧縮された。
「おおー! ブラックホールかよっ!」
アンナが声を上げる中、その圧縮球が今度は亜凰の操作によってアウルベアの密集する群れの中に移動する。そして極限まで圧縮された物質、大気、魔力が超引力から解き放たれ、大爆発を引き起こす——!
——ッッドォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!
亜凰が崩壊衝撃波と呼ぶその強烈な波動はアウルベアの群れを壊滅させただけでなく、周りの狒々や鬼熊まで巻き込んで甚大な被害を与えた。
その驚異的な威力の攻撃を見て距離を取っても意味がないと直感的に理解したか、ブラッディジャッカルやメガバイソンの群れが一斉に亜凰達に向けて突撃を始める。
「次はアタシの番だ。ド派手にブチかまァすッ!」
アンナはまた自身の右手に正電荷を纏い、そしてブラッディジャッカル達に負電荷である電子を付与していく。
向かってくる魔物ほぼ全て、およそ250体以上の敵に電気の通り道を作ってロックオンしたアンナは、右手から無数に枝分かれする激しい雷撃を放つ——!
「鳴神光」
——ドドドドドドドドドドドドォォオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッッ——ゴロゴロゴロゴロゴロォォォッッッッ!!!!
落雷とは逆、今度は正電荷から負電荷へ誘導された青白い稲妻が迸り、突撃してきたうちの最前線にいる魔物達に直撃する。視界を埋め尽くす激しい稲光りと同時に超高温の電熱によって空気が膨張、振動する雷鳴が轟く。
まるで神の怒りを再現したかのような光景だ。
さらにその電撃はバヂバヂバヂバヂバヂバヂバヂィィッッッッと前線の魔物から後続の魔物へと伝導していき、突撃してきた魔物を全て黒焦げにした。
——ぉぉおおおおおおおおおおおおおおおッッと、連合軍から完全に士気を取り戻した鬨の声が上がる。
「あの2人めちゃくちゃだッ!」
「人間じゃねぇぞ!」
パリパリッ、ヂヂヂヂッッと余剰の電力を周囲に放電するアンナも今の威力には満足そうな顔だ。
「魔物も引いているじゃない。貴女の能力」
「あんたには言われたくねぇなぁ、最強さんよぉ」
圧倒的な総軍級の力を披露した亜凰とアンナが言葉を交わしながら次の標的を決めていると、敵の識別個体の一体、九尾狐の姿がユラッと掻き消える。
そして怪我をして動けない灯真達の前に、まるで瞬間移動したかのようにパッと姿を現した。
(虚像……くそがッ……!)
出血する腹を抑えながら灯真が立ち上がろうとするのを「だめだよとーま!」と舞桜が止める。
今のワープのような移動の正体は、灯真の熱光学虚像分身のように熱した空気で光の屈折率を操作して虚像を作り出す分身技。
九尾狐は狐火——つまり炎熱の操作精度が恐ろしく高い魔物なのだ。
灯真の前に舞桜が、勇斗の前には愛奏音が立ちはだかって守るそこへ、強烈な熱エネルギーを持つ火球——狐火が放たれる。
「小賢しいんだよクソ狐ッ!」
「……」
直前、叫びながら割り込んだ大我と無言でアダマンタイトを操作する雄理がその狐火を防ぐ。
大我は部分的に悪魔化した右腕で火球を喰い、雄理はアダマンタイトの盾で防御したのだ。
「お前ら……」
リライフギルドでの一件では衝突した2人が自分達を守ったことに驚く灯真。
勇斗も意外そうな顔で雄理を見ている。
「ハッ、情けねぇ奴らだ。ザコ共は引っ込んで見てやがれ」
「お前も引っ込んでて良いぞ。俺1人で十分だ」
「あァ!?」
互いに憎まれ口を叩きながらも庇い合う位置取りをする2人を見て、亜凰とアンナは安心して後ろを任せて前方の群勢に集中する。
亜凰もアンナも九尾の動きは魔力感知で捉えていたが、敢えて大我と雄理に対処させることで実力を確かめたようだ。
敵群では亜凰とアンナの放った大規模範囲攻撃の威力から雑兵の突撃だけでは相手にならないとみて、大物——ドラゴンや識別個体が動き出す。
さらにまだ倒しきれていなかった巨人——単眼の巨人、四つ腕の巨人、鱗の巨人、太った巨人が仁や天前を無視して亜凰達に向かい、不死の巨人も瓦礫の山から起き上がってきた。
「楽しくなってきたなぁおいッ!」
むしろテンションを上げたアンナは天に掲げた手をまるで何かを引っ張るように振り下ろす——
「雷神の鉄槌ッ!」
——ドォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!
またも激しい落雷が、今度は単眼の巨人に直撃する。
激しい衝撃と電熱によって内部組織まで破壊された単眼の巨人は一瞬にして絶命し、ドズゥゥウウウンッッッッと崩れ落ちた。
今の間に地を駆ける焔獅子などの魔物がアンナを取り囲むが、バヂバヂバヂィィッと纏う青白い電撃が電磁バリアとなっており、魔物達はアンナに近付くことすら出来ない。
捨て身で特攻してきた焔獅子の何体かはまるで誘蛾灯にかかった虫のようにバヂッッッと黒焦げになって倒れる。
アンナがそのまま群がってきた魔物達を分岐放電で殲滅していると、ズゥウンッッッ、ズゥウンッッッと硬質の鱗を纏った巨人、タイタンがアンナへと迫ってきた。
「その程度の鱗でアタシの電撃が防げると思うなよ?」
迫る鱗の巨人に対し、雷撃を纏う右腕を伸ばしたアンナは衝撃に備えるように左手で右の手首を支えて構える。
「蒼い雷槍」
——ヴオ゛オ゛ォ゛ォ゛ォ゛ッッッッッッッとアンナの右手から放たれたのは、これまでのギザギザに空気中を進む稲妻とは違う、直径の太いレーザーのような直線的な雷撃。
天空に棲む巨人が投げた槍のようなそれがタイタンの鱗を易々と貫いてその胸に、そしてその延長線上の分厚い雲に巨大な風穴を開けた。
ブルージェットとは本来宇宙から観測出来る、雷雲上部に溜まった正電荷がさらに上空の負電荷領域へ放たれる超高層雷放電現象だ。
その大自然の高エネルギー波を人為的に操ったアンナに多くの魔物が気圧される。
狒々の群れは電磁バリアを纏うアンナを避けて後方の連合軍に攻め入ろうとするが、生体電位操作で身体能力を飛躍的に向上させているアンナが稲妻のように駆け、余剰の電気エネルギーで自然発生している電磁バリアでの体当たりだけでバチバチバチィィッッッと狒々達を蹴散らしていく。
強烈な攻撃を繰り出し続けるアンナに対し、高い再生能力を持つ不死の巨人が地鳴りのような足音を響かせて迫るが——グググッ、ミ゛シッ、メ゛ギメ゛ギメ゛ギッッッとその巨体が圧壊され始めた。
亜凰がギガンテスの腹部を中心に引力場を発動させたのだ。
さらには生命力が強そうな蟲系の魔物がいる地点にも同時に引力場を生み出し、3カ所同時に激烈な引力で小さく圧縮した亜凰はその圧縮球を魔物の密集地で解き放つ——
——ッッドドドォォォォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオンッッッッッ!!!!!
3つ同時に引き起こされた崩壊衝撃波は魔物の大群を消し飛ばし、それぞれ巨大なクレーターを作って地形すら変えてしまった。
ジャックに支配されている魔物達は死の恐怖にも構わず特攻を続けるが、亜凰が展開した半径5mの斥力場に阻まれてアンナ同様近付けない。
どころか亜凰が放つ斥力弾はその軌道の直線上にいる魔物を遥か後方までドシュシュシュシュシュッッッッと貫き、さらに無数に、同時多角的に放たれる斥力弾が魔物達を殲滅していく——。




