第90話:絶望
ラムの水圧レーザーに脇腹を貫かれて意識を失ったはずの宮沢の咆哮——
戦闘を行うスライムとの融合時では宮沢が傷を負っても共生体であるスライムがその再生力で治すのだが、この自己治癒力を齎すエネルギーは宮沢から吸い取っている。
この為宮沢は普段から見た目に似合わずフードファイターのような大食漢になっている訳だが、その体内の備蓄が尽きてエネルギー供給が途絶え、宮沢が気を失った今、飢餓状態となった寄生スライムが暴走を始めたのだ。
ズガガガガガガガガァッッッと何本もの触手を周囲のハイオークに叩き付けたパラサイトはそのまま触手を蛇のように絡みつかせて締め付け、強酸性の湧出液で溶かして捕食していく。
ハイオークの分厚い毛皮や皮膚、脂肪、筋肉が徐々に溶けていく様子はグロテスクとしか言いようがない。
だが飢餓状態のパラサイトにはまだまだ足りないのか、さらに背中から生えてきた触手が周囲の魔物を探し始める。
敵味方の区別もつかなくなっているらしく、恐怖を覚えながらその光景を近くで見ていた玲旺と克心にまで触手が襲い掛かってきた。
「——ッ!?」
「先生!?」
不意を突かれながらもなんとか躱した2人が触手の届かない範囲まで退避してパラサイトに支配される宮沢の行く末を見守っていると……群れの大半をやられて怒っている様子のハイオークの王、ウルガがパラサイトに突進してきた。
対しパラサイトはバラバラに操っていた触手を全てウルガに向け——ズドドドドドドドドドドドォォッッッッ!!!!
集中豪雨のような触手の乱打でウルガをタコ殴りにする。
飢餓状態の触手が持つパワーはウルガの怪力を超えるらしく、何も出来ずほぼ無抵抗となったウルガを徹底的に叩きのめしたパラサイトがその巨体を捕食していく。
「あのウルガを圧倒した……!?」
克心が驚いていると、パラサイトは次に目立つ玲旺の方を向き——ドドドドドドッッと猛烈な勢いで走り出した。
「逃げるぞ玲旺ッ!」
克心に言われるまでもなく味方同士で闘り合う訳にはいかない為、玲旺には逃走以外の選択肢がない。
だが飢餓感で暴走するパラサイトの方が速度は速く、見る間に両者の距離が縮まっていく。
さらに伸ばされた触手が玲旺に迫るが——間一髪、ズドドドドドッッと武琉が操る複数の大太刀が触手を貫いて地面に縫い付けた。
パラサイトの触手の怪力は容易くその大太刀を振り払うが、今の僅かな時間で緋彩達が駆け付けてくる。
「宮沢先生!」
「正気に戻ってくれや!」
緋彩と武琉が呼び掛けても宮沢の意識は垣間見えず、パラサイトは「ゴァァァアアアッッッ」と叫んで暴走を続ける。
そのパラサイトの触手がこれまでよりも高速でうねり、武琉が持つ大太刀と緋彩の足首を絡め取った。
しまった——2人がそう思った時、大太刀に絡まる触手を勇斗が斬り裂き、緋彩の足を引っ張る触手を空から降り立った灯真が掴んでジュゥッッと焼き切った。
「やーっと空のワイバーン共が片付いたと思ったら、何やってんだ先生よォ」
「同士討ちしてる場合じゃないし、どうしようか」
灯真と勇斗が宮沢に対し構える後ろで、空での戦いを終えた唯花も一足遅れてふわっと降り立った。
「うわ、先生めっちゃ暴れてるね。どうするのこれ」
「俺に良い考えがある。唯花は勇斗と一緒に隙を作れ。緋彩は俺の突撃に合わせて風をよこせ」
唯花の問いに答えた灯真は皆の返事も聞かずにパラサイトへ火球を放って注意を引いた。
途端、周囲のモンスター達に分散していた無数の触手が灯真達に集中して伸びてくる。
「どうする気か知らないけど、頼んだよ!」
勇斗が横に薙ぐように魔剣を持った腕を振るうと無数の剣筋が閃き——ザザザザザザザザンッッッ!!!
遅れて聞こえてきた斬撃音と共に向かってきていた全ての触手が切断された。
今のは一振りに見える程速い剣速で刃を振るう勇斗の最速剣技——超音速斬撃だ。
「任せて!」
触手が再生するまでの間に魔力の翼で飛び上がった唯花がパラサイトを掠めるような急降下飛行で目隠し代わりに羽根をばら撒いた。
「今だッ!」
灯真の合図で緋彩が突風を放ち、その横倒しの竜巻のような強風にのって熱噴射で加速した灯真がパラサイトへ突撃する。
急に視界が塞がれて混乱していたパラサイトは対応出来ず——そこへ灯真の高速飛翔の勢いを乗せた体当たりが炸裂する。
——ッッドォォォオオオオオオンッッッ!!!
突風の後押しもあってパラサイト、もとい宮沢は蟲型モンスターが跋扈する敵陣に吹っ飛んでいった。
「うっし。これでオーケーだ」
灯真が言っていた良い考え……誰もが宮沢を正気に戻す為の作戦だと思っていたそれは、ただただ暴れているパラサイトを敵陣に吹っ飛ばすことだった。
驚きのあまり、勇斗達は全員ポカーンと口を開けて着地した先の敵陣で暴れるパラサイトを眺めている。
「って! これのどこが良い考えなのよ!」
ハッを気を取り戻した緋彩が皆を代表して灯真にツッコむ。
「ああ? 敵味方の区別なく暴れんなら爆弾みたいなもんだ。向こう側にぶっ込んどいて敵削らせるんだよ。寄生体のスライムもバケモンたらふく喰って満足すりゃ元に戻るだろ」
血も涙もないめちゃくちゃな作戦だが、少しでも戦力が欲しい現状では一理あるだけに誰も反論出来ない。
「ま、まあもうやっちゃったし、今は魔物討伐に集中しよう」
パラサイトスライムの飢餓状態の強さは味方を判別出来ないことに目を瞑れば本物で、群がってくる敵を片っ端から叩き潰しては捕食している。
それを見て開き直った勇斗も今やるべき事に集中しようと敵軍を見据える。
その視界を黒い影が一瞬横切り——直後、どさっと音がした方を見ると、零が血を流して倒れていた。
その上空ではブゥゥゥゥンッッと不快な羽音を響かせる黒い影——蟲の王、カゲロウの姿が浮かび上がる。
——ギッキィッと奇声を発したカゲロウは全体を俯瞰して見た後、何かを予知したかのようにピクッと額の触角を動かしたかと思うと、高速で翅を震動させて真横へ飛んだ。
その一瞬後にバリバリバリィィッッッと雷鳴が轟き、今までカゲロウがいた場所を金色に光る電撃が通過する。アンナが放った誘導電流だ。
「チッ、おいッ! 誰か零を安全圏まで退がらせろッ! そいつはもう十分やった。後はアタシがこの害虫を黒焦げにしてやる」
アンナの指示で飛行能力のある唯花が零を抱えて後方の自陣へと飛んでいく。
バチバチッッと電撃を纏ってカゲロウを牽制しつつ唯花を見送ったアンナは改めて構え、そこに灯真と勇斗も並び立つ。
「手伝うぜ。黒焦げにすんのは得意分野だ」
「僕も手伝います。アンナ先生」
「よしガキ共。眼に頼るなよ。魔力感知であの異質な魔力を捉え続けるんだ」
3人で宙を飛ぶカゲロウを見据えるが——フイッと別の方を見たカゲロウはアンナ達を無視して急降下した。
直後、襲われた緋彩が腹部から出血しながらガクッと崩れ落ちる。
「緋彩ッ!」
アンナが叫ぶ中、カゲロウは空中に戻って別の獲物を探すように不気味な複眼を地上に向けている。
(あの害虫野郎ッ……アタシとの決着がつかねーとみて、超スピードに対応出来ない奴から削っていくつもりかッ……!)
「電磁誘導——500万Vッ!」
カゲロウの狙いを読み取り、これ以上被害が出る前に自分に注意を向けようとアンナが電撃を放つが——またも危機察知能力と高速移動で躱したカゲロウ。その先には熱噴射加速で飛ぶ灯真が殴りかかっているが、これも容易く躱されてしまう。
「逃がすかッ!」
灯真はすぐさま火球を多重展開。カゲロウの周り全方位を囲むように配置した。手をグッと握る動作と同時に火球が全て中心のカゲロウに殺到する——!
——ズドドドドドドドドドドドォッッッ!!!
仕留めた——と思ったのも束の間、火球が中心に近づいてきて密度を増す前の僅かな隙間を縫って火球のドームを抜け出していたカゲロウがパッと灯真の背後に現れ、ドガッッッと地面に蹴り落とした。
近距離での空中機動力はやはりカゲロウの方が数段上だ。
空中戦を制したカゲロウはまたも急降下し、今度は弓を番えている隼矢を狙う。
「——ッ!」
焦る隼矢の前で縮地によって瞬時に距離を詰めた勇斗が超音速で魔剣を振るう——が、空中で身を捻って躱したカゲロウが勇斗を素通りし、隼矢の肩から背中にかけてを鋭い鉤爪で切り裂いた。
「お前の相手はアタシだっつってんだろッ!」
電気信号の操作で自身の身体を無理矢理動かすアンナはカゲロウに迫る程のスピードで地を駆けて掴みかかるが、アンナと闘り合うつもりのないカゲロウはまた空中へと逃げていく。
「くそッ! ふざけやがってあの野郎ッ!」
堕とされてすぐ起き上がった灯真が悪態をつきながらカゲロウを睨むと——並んで立つ舞桜と愛奏音に眼を向けるカゲロウがその眼に映った。
(させるかッ——!)
直後、カゲロウ、灯真、勇斗が同時に動き出す。
舞桜と愛奏音は迫るカゲロウのスピードに魔力操作が間に合わないと悟り、ぎゅっと目を瞑った。
——ドシュッッッ!!!
何か、熱い液体が顔にかかり、舞桜がゆっくりと目を開けると……そこには、カゲロウの刃物のような爪で深々と腹部を貫かれた灯真と勇斗の姿があった。
「い……いやァァァアアアッ! とーまぁぁぁ!」
悲鳴を上げる舞桜の隣で、同じ光景を見る愛奏音が放心状態で膝から崩れ落ちる。
「勇ちゃん……うそ……私のせいで……!」
ブシュッッと乱暴に爪を引き抜いたカゲロウはアンナの追撃を警戒してすぐに上空へと飛び立つ。
高い知能でヒット&アウェイに徹するカゲロウによってこの戦場の情勢が傾き、有能な能力者を失った連合軍側が一気に不利な状況に陥った。
さらに——
ドドドドドドドドドドドドドドドォォッッッ……
遠方から聞こえてきた地鳴りのような音の方を見ると、ゲートから第二波とも言える新たな魔物の大群が溢れ出してきていた。
1人の自衛隊員が構えていたアサルトライフルをガシャッと落とす。
「なんだ……あの数は……」
その呟きが伝播していくかのように、全員が動きを止めていく。
空は皆の心を表すかのようにドス黒い雲が覆い尽くしていき、ゴロゴロゴロォッッと雷鳴が轟き始めた。
ゲートから出てきているのは——
ナマケモノのような長い爪を持ち、機敏な四足走行で地を駆ける猿のような魔物——クローエイプ。
体長4m、体重2〜3tのシロサイのサイズをも悠に超え、巨大な2本の角を持つ犀——バイコーンライノ。
左右270°もの首の回旋角度があるフクロウのような頭部を持つ巨大熊——アウルベア。
オオカミよりも大きく、数km先の血の匂いを嗅ぎ付ける嗅覚と赤黒い体毛を持つ四足獣——ブラッディジャッカル。
二足歩行が上手く、殴打や蹴りまでも繰り出してくる好戦的で巨大なゴリラ——バトルコング。
下顎から上向きに伸びる長い牙をギラつかせ、強靭な脚力による規格外の突進力を持つ猪——ギルファングボア。
敵を串刺しにする巨大な洞角とそれに見合った巨躯の後ろ足で大地を引っ掻いて威嚇している猛牛——メガバイソン。
サイのような硬い皮膚と角にヒグマのような体格、牙、爪を併せ持つ魔物——鬼熊。
石器の斧や槍を扱う程知能が高く、さらにゴリラよりも隆起した筋肉を持つサル目の哺乳類——狒々(ヒヒ)。
赤く煌々と燃える鬣の巨大なライオン——焔獅子。
それら全ての種が群れで出現しており、せっかく減らしてきた第一波の魔物達を上回る程の大群勢を形成した。
そして群れの雑兵だけでなく、以前地球で多大な被害を齎して以降、異界へと姿を消していた識別個体——八岐大蛇、九尾狐、吸血鬼、ドレッドノート、炎凰、さらには地竜、水竜、天竜までもが出てきた。
識別個体はたった一体だけでも討伐に大戦力を要する怪物中の怪物。
数日前日本各地に大打撃を与えた災害のような魔物が一堂に会しているその光景は——まさに絶望そのものだった。




