第9話:帰郷
異界の夜の絶景を眺めた後、再び横たわったゴーレムの中に戻った3人は明日に備えて眠ることにした。
精神的に最も疲労していたか、木乃香は一番に眠ってしまった。
「……ジャック、ありがとう。本当に、人生で1番綺麗な景色だった。この世界に来て良かったと思えたよ。天音さんもだと思う。そう思えるように、見せてくれたんだろ?」
「……俺が知ってる世界を自慢したかっただけだ」
「ま、そういうことにしとこう。それにしても、誰があんなところに石の建造物を作ったんだと思ってたけど、まさか自律して動くゴーレム——ジャックの移動拠点だったとはな」
「いや、今は動けない。立ち上がるだけなら出来るが、歩こうとすると木の根が絡み付いて来て進めない」
「そうだったのか……確かに脚の部分が捕まってたな」
(あれは時間経過とともに自然に呑まれたんじゃなかったのか……だからあんなジャングルのど真ん中にあったんだ。傍の大木が薙ぎ倒されてたのは獣道じゃなくゴーレムの通り道だったってことか……)
「本当に、この世界には驚かされてばかりだ」
そう言って頭の後ろで手を組む晃生は、さっきの光景を思い出すかのように瞼を閉じる。
「俺も、未だにそうかもしれない。今1人じゃないことも、驚いてる」
「もうこれからは1人じゃないだろ。これが普通になる」
「そう……だな」
「もう寝よう」
「ああ」
……………………
……………
……
ジャックも眠りについた後、晃生は目を開けて外に出た。
(天音さんもあれでかなりの魔力を感じるし、大丈夫だろう。それにしても……全然眠くならない。超回復を使うと疲労までなくなるみたいだな)
晃生は自分の身体能力の確認がてら、ダッと走り出す。オリンピックの世界記録を軽く超える速度で、地面を蹴る度にさらに加速していく。そのまま跳躍し、木へ跳び付いた晃生は慣性で体が押し付けられるコンマ数秒間木を足場にし、さらに木から木へ跳び移っていく。体操の鉄棒種目の選手のように枝を使って後方2回宙返りで地面に降り、そこから前宙、ロンダート、バク転バク宙と繋げ、さらにシャドーで空を殴り、回転蹴りでバゥッと風を起こして動きを止める。
(体が、イメージ通り自由自在に動く……! やったことない動きでも、何でも出来そうだ……!)
自分がやった超人的なアクションにゾクゾクッと鳥肌を立てて興奮する晃生。
「これならかなりの範囲を探索できるな」
それからは魔力感知を限界まで広げながら周囲を見て回った。
猛獣に出会った時は振り切って無駄な戦いを避けつつ、木乃香には止められたが怪しい木の実やキノコを見つけては超回復を使いながら食べて体に耐性を付けていく。
その中で、晃生はある一定の方向に行こうとすると決まって木のモンスターが襲いかかってくることに気付いた。
完璧な擬態で動き出す前はただの木と見分けがつかないが、魔力感知に意識を向けていればモンスターかどうかは判断出来るし、その『一定の方向』にさえ向かわなければ真横を通っても襲ってくることはない為、晃生はその方向を避けて探索を続ける。
そうしてジャングルを走り回っていると……
(何だ……この先で魔力が何かに流れ込んで、突然途絶えてるような……)
違和感を感じ取って向かった先——ジャックの塒から約30kmの地点で晃生はついにゲートを発見する。その穴の直径は最初に晃生達が通ってきたものよりも直径が1m程大きなものだった。
(マジであった……いくら何でもこんな多く発生しているもんなのか……? いや、今はそれよりも……)
巨大樹と星の位置関係で覚えていたジャック達のいる方角へ向かい、適宜木の上からゴーレムを視覚的に探し、魔力感知も併用して最短で2人の元へ戻った晃生はすぐに木乃香とジャックを起こして引き連れ、再度発見したゲートへと訪れた。
「晃生君……寝ないで探し回ってたの?」
「あー、いや、眠くなかったから魔力感知の練習してただけで、それで偶然見つけたんだ。別に探し回ってたわけじゃ……」
慌てて誤魔化す晃生だったが、木乃香にはバレバレだったようで、ジト目で睨まれる。
「ま、まあ、せっかく見つけたんだし、また消えないうちに早く行こう。ただ、出口が地球とは限らないから、俺が先にいく。俺の能力を常に発動しとけば、多分宇宙空間でも生きてられるだろうしな」
半分は冗談で言いつつも、緊張しながら晃生はゲートを潜った。
その先にあったのは——立ち並ぶマンションに、古びた商店街。ファストフード店や24時間営業のジム——地球、日本だ。
確認できた晃生はまたゲートを通って戻り、
「大丈夫だ。知らない街だったけど、日本に繋がってる」
そう言って2人を連れ、遂に地球へと帰還した。
「良かったー、戻ってこれた。晃生君のおかげだよ。約束守ってくれてありがとね」
「お、おう。守れて良かったよ」
恥ずかしくて居た堪れなくなった晃生は何か別のことをしようと携帯を取り出す。アンテナの立った充電切れギリギリの画面を見ると、時間は午前11時42分。
(もともとこっちで下校してた時間は17時台で、向こうで過ごしてたのは体感でざっくり20時間弱くらいだ。つまり時差はあっても、こっちでも並行して時間が流れていたということ……あのゲートはやっぱり空間だけじゃなく、時間も繋いでる時空の穴なのか……)
「ジャック、どうだ? 故郷に帰ってきて何か思い出したか?」
晃生に問い掛けられたジャックは空、そして世界全体を見渡すようにしてから、ハッと何かに気付いたような顔をする。
「……違う。ここは俺が生まれた場所じゃない……!」
(……? 記憶がないなら、そんな判断もできない筈だけど……)
「何か思い出したのか? 故郷のこと」
「もっと田舎とか、外国とかってことかな?」
「……いや、そうか……俺はあの時……」
ジャックは晃生達の会話を無視してそう呟いた後、踵を返す。
「ここは……俺の居る場所じゃなかった」
「お、おい。戻るのかよ。1人であんな何もない場所に……」
「あっちで……俺はまだやる事がある」
そう言い残したジャックは、晃生達が止める間も無くゲートを潜って向こう側へと消えてしまった。
「……行っちゃったね。どうする?」
「どうするも何も……」
(アイツ……何かを思い出してた。その上で戻ったってことは、ジャックは地球人じゃなく、異世界人だったってことか……?)
「向こうに友達を残して来たくなかったのかな……?」
「……そう、かもな」
(それも気掛かりではあったろうけど……)
「ところで、気付いてるか? 天音さん」
「え……?」
「——この世界にも魔素が漂ってる」
知覚出来るようになった晃生の感覚では、異世界で魔力感知を使っていた時とは逆にゲートから魔素が流れ込んできているように感じられていた。
「……ホントだ……これ、やばいんじゃない……?」
「ああ、この世界にどんな影響があるのか分からないけど……取り敢えず俺らも帰ろう。携帯の充電残ってるか?」
「うん」
木乃香にGPSで測位された現在地を調べてもらうと、2人の地元からおよそ30km離れた街中だった。
(異世界での距離と同じ……位置関係もリンクしてるのか?)
「今の俺達なら走って帰れるけど、流石に目立つし電車だな……天音さん、送って行くよ」
「えっ」
「あ、いやっ、いいなら別に……」
「あ、ううん。晃生君が自然にそういうこと言うから……彼女さんもそうやって送ってあげてたり……?」
「いやっ、俺なんかに彼女なんていないって……!」
「そ、そうなんだ……」
なんとなく、2人の間に気まずいような、甘酸っぱいような雰囲気が流れる。
(それにしても、まさか天音さんとこんな体験することになるとはな……)
晃生は同じクラスでありながら関わることなんてないと思っていた圧倒的カースト上位の美少女との2日間の不思議な体験に思いを馳せる。
「——ねぇ晃生君。名前で呼んでよ。私の事」
「え……」
「……嫌なの? 一緒に異世界旅行までしたのに、苗字でなんて……変だよ……」
(異世界旅行って……)
「わ、分かった。こ、木乃香……」
「えっと……こ、晃生、君」
「何で木乃香まで噛んでるんだよっ。そっちはもともと名前呼びだったろ」
「だ、だって……晃生君が恥ずかしそうにするから、何となく……」
むず痒い雰囲気に包まれながら、2人は駅への道を歩いていった。