第89話:巨人 vs. 巨人
「オラオラオラァ! 全部堕としてやんぞ鳥野郎共ッ!」
上空では降下してきているワイバーン相手に灯真と唯花が空中戦を繰り広げ、愛奏音や隼矢、自衛隊員達等、遠距離攻撃をメインの攻撃手段に持つ者達が2人の援護射撃を行う。
上空で花火のように爆発的に燃え上がる灯真の炎に照らされ、日が落ちてきた世界に取っ組み合う仁と火竜の姿が緋色に映し出される。
火炎の咆哮を放つ火竜の巨大な口を素手で掴んで逸らした仁が、無理矢理その口を振り回し、周囲を飛ぶワイバーン達に薙ぎ払うようなドラゴンブレスを浴びせた。
火竜が劣勢とあって、後方で味方の魔物を潰さないようジャックが待機させていたであろう巨人の魔物が動き出す。
さらにはギガンテスだけでなく、単眼の巨人、四つ腕の巨人、鱗の巨人、太った巨人までも仁をめがけて進撃を開始した。
火竜を抑えるのに手一杯の仁にギガンテスの魔の手が迫る——
——ズバァァアアアアンッッッッ!!!!
ギガンテスの左手首から先が突然切断され、巨大な手がズズウウゥゥンンンッッッと落ちるのを背景に勇斗がタッと着地する。
その勇斗にターゲットを変え、1つしかない眼をギョロッと向けた単眼の巨人と4つの腕を構えて戦闘態勢に入った四つ腕の巨人の動きが——まるで金縛りにあったように不自然にピタッと止まる。
動きを止めた2体の巨人に手を向けているのは——これまで歩兵大隊と共に抜けてきた魔物を処理していた陸上自衛隊一等陸尉、近衛操華だ。
「操華さん!」
「2体は任せて下さい。貴方は他を」
以前の操華の念動力はゴーレムを数秒止めるのが限界だったが、現在の出力はゴーレム以上に巨大な魔物を2体同時に拘束するまでに上昇していた。
爬虫類のような硬質の鱗を纏った巨人——タイタンに対しては、籠手を装備した天前峰史郎が渾身の力で殴りかかる。
——バガァァァアアアアアアアアンッッッッ!!!!
遺物の攻撃力が上乗せされたその一撃は、硬い鱗を一部破砕しながらタイタンを殴り倒した。
残る太った巨人——ガルガンチュアが誰に阻まれることもなく仁の元へと辿り着くが……
「助かったよ皆。後は私が、自分でなんとかしよう」
火竜と闘り合いながらの仁がそう言うと——その巨人の体を、2体に分裂させた。
娘が救助活動に使った細胞分裂による分身技を、仁は巨人の状態でサイズを落とさずに使ったのだ。
そしてその分身体からさらに分裂が始まり、3体の巨人となって火竜とガルガンチュアの前に立ちはだかる。
「さて、これで3対2だ。私は1人だけどね」
1歩ごとに地鳴りを響かせる、災害のような怪獣大決戦が勃発した。
仁と太った巨人が正面から激突し、ガッッッッと組み合う。
互角の押し合いもそこそこに、横から接近したもう一体の仁が太った巨人を殴り飛ばす。
その後ろから火竜が首元に噛み付いてくるが、さらに背後からもう1体の仁が火竜に掴みかかり、巨大な翼を根本から毮り取った。
ギィァァァアアアアアアッッッと悲鳴のような咆哮を上げた火竜に2体の仁が追い討ちをかけ、火炎放射を出させないように1体が口を抑えながらもう1体の仁がビルを引っこ抜くようにして持ち上げ——
ドガアアアアアアアアアアアアアアンッッッッ!!!!
鈍器に使われたビルは叩き付けられると同時にその衝撃で根本から崩壊していき、火竜を生き埋めにした。
ビルでぶん殴られた火竜がまだ生きていたかは定かではないが……
「はぁッ……はぁッ……はぁッ……これで1対1だな……ッ!」
巨大分身を長時間維持するのは魔力的にも相当キツいらしく、仁は息を切らしながら分身を吸収した。
火竜を倒す間太った巨人を抑えていた分身も取り込み、仁は一体の巨人に戻って構える。
その仁の右肩に鱗の巨人と殴り合っていた天前が飛び乗ってきた。
「やるな鴻上。そんな力があれば違法な研究に手を染めずともいずれ総軍級に辿り着くだろう」
「これは局長。そのサイズで巨人と殴り合うとは、噂通りの豪傑のようだ」
仁は鱗の装甲がボロボロになったタイタンを見てから、天前の籠手に視線を移した。
「この遺物はやらんぞ。管理局が保有する秘宝の1つだからな」
異界ではごく稀に武器や魔導具が出土することがある。ゲートが開いてから今日まで異界では未だ文明を築いている知的生命体は発見されていないが、勇斗が引き抜いた魔剣然り、過去文明が存在した痕跡と思われる出土品は遺物と呼ばれている。
魔力が適合した者しか扱えない場合も多いが、遺物はどれも使用者に強大な力を与え、千金楽麗色の研究ですらその性能は再現出来ていない。
「局長。私はもう総軍級という肩書きに拘ってはいないよ。それに、力は貼り付けるものではなく、研ぎ澄ますものだとある少年に教わったんだ。私はもう、やり方を間違えない」
「……そうか。では互いに力を研ぎ澄まし、あのデカブツ2体をブッ飛ばすとしよう」
「ああ」
敵を倒す。その一点で意気投合し、天前と仁は同時に巨人へと突撃していった。
ギガンテスと相対する勇斗は最初に手首を斬り落としてから今まで、何度も何度もその巨体を斬り刻んでいる。
だが——ボコボコッ、ボコボコボコォ゛ォッと斬った直後から再生が始まり、瞬く間に傷が塞がっていく。
(くそッ、キリがない……!)
ギガンテス——ギリシャ神話で不死に近いとされる巨人の名で識別個体に登録されているその魔物は、まるで細胞分裂を操る鴻上仁のような規格外の再生能力を有していた。
不死の巨人は斬られた途端に再生した腕を引いて構え、ビルの外壁に対し抉るように振り抜いた。
削り取られた窓ガラスや鉄筋コンクリートの破片が超巨大な散弾のように飛び散り、勇斗だけでなく自衛隊員が戦っている範囲にまで殺傷圏が及ぶ。
(マズい……ッ!)
勇斗だけなら飛んで来る破片を見切って躱せるが、魔剣一本では破片全てを叩き落とすことは出来ない。
隊員達に死の散弾が降り注ぐ——そう思った時、まるで時が止まったかのように破片が空中で制止した。
勇斗が振り返ると、操華が隊員達の先頭で破片に掌を翳している。
彼女が飛来する数多の破片全てに念動力を精密に作用させ、一つ残らず止めてみせたのだ。
(凄い魔力操作の精度と出力だ……!)
後方の操華とアイコンタクトを取った勇斗は宙に浮かぶ破片を足場にして駆け上がり、ギガンテスの目線と同じ高さまで伝っていく。
ギガンテスは目の前まで来た勇斗に右拳を放つが、ギリギリで上に躱した勇斗はその腕をさらに駆け——顔の横を通り過ぎながら右眼をぶった斬った。
「グォォオオオオオオアアッッ!」
叫んだギガンテスがブシュゥゥウウッッと血が噴き出した目を押さえ、勇斗はその巨大な背中に剣を突き立ててズァァァァァッッッ斬り裂きながら地面に降りる。さらに退避するついでにアキレス腱を切断した。
足部の支持性が失われたギガンテスはズドォォオオオオオオンンッッッと膝から崩れ落ちる。
斬られた右眼は既に再生が始まっているが、アキレス腱——つまり下腿三頭筋が回復するまでの立てずにいる隙に、操華による散弾の報復が襲い掛かる。
——ズドドドドドドドドドドドドォォッッッ!!!
空中に止めていたビルの破片を念動力で飛ばし返し、全弾をギガンテスへと叩き込んだのだ。
「凄く強くなってますね。念力」
「あの巨体に正面から突っ込んで行く君程じゃありませんよ」
前線から退がってきた勇斗が操華と言葉を交わす。
その勇斗のさらに後方では、連合軍の内部まで入り込まれたハイオークのウルガとブルーリザードのゼクトルを倒せず学園生達が苦しめられていた。
武琉の刀剣乱舞でも未だ捉えきれないゼクトルは自身の群れを呼び寄せながら遠距離攻撃役のメイン火力である愛奏音と緋彩を狙って突撃を続ける。
愛奏音の魔力弾と緋彩の風刃を掻い潜ってきたブルーリザードに対し、ここは通さないとばかりに武琉と舞桜が立ちはだかる。
まず舞桜が展開した氷壁でブルーリザードの群れの進軍を防ぎ、高速で飛ばす氷槍で一般個体を削っていく。
群れのボス、ゼクトルは当然躱してくるが、刀剣乱舞を展開し続けている武琉がそこを追う。
透明人間が剣を振るうようにアーミングソード、バスタードソード、ブロードソード、ボアスピアソードが宙を飛んで迫るが、ゼクトルは持ち前のスピードで掻い潜って肉薄した武琉の魔力鎧をドガァアアンッッッと破壊する。スピードを乗せた爬虫類特有の鉤爪で。
「ぐゥゥッ、まだまだァッ!」
だが武琉は怯まずグラディウス、シャムシール、タルワール、フランベルジュを魔力で構築し、自身を中心にしてミキサーのようにぶん回す回転斬りでゼクトルを追い散らす。
(当たらねぇッ……だが……ッ!)
「当たるまでぶっ放すだけだッ!」
スクラマサクス、ファルシオン、エストック、レイピア、スティレット、ククリ、カタール、ジャンビーヤ……種類も大きさも関係なく、ありとあらゆる形状の刀剣を魔力の限界まで構築し続ける。
長剣、短剣、ナイフ、日本刀……ゼクトルを3次元的に囲むように展開されたその刃の数は、およそ300。
「うちもいるよ!」
「ここで決めましょう!」
その隙間を埋め尽くすように舞桜の氷槍、愛奏音の魔力弾、さらに緋彩の火球、水砲、風刃、土槍が生成される。
「バカ武琉のバカ作戦だけど、単純な分対処のしようがないでしょ」
「誰がバカだ。無駄口叩いてないでいくぞッ!」
緋彩にツッコんだ武琉の刀剣乱舞に合わせ、全員同時、必中不可避の360°全方位多重攻撃がゼクトルに襲い掛かる——!
——ッッズドドドドドドドドドドドドォォォォオオオオオオンッッッッ!!!!
どれだけスピードがあっても意味を為さない4人の合わせ技で爆撃のように土煙が舞う。
その煙が徐々に晴れていき……攻撃地点の中心に大きく削れたクレーターが出来ていた。
が——ゼクトルの死体が無い。
(跡形も無く消し飛んだ……? いや、奴の鱗も相当な硬度だった。肉片ぐらいは残るはずだ。だが逃げる隙間なんかねぇぞ……)
近距離で直接戦ってきたからこそ怪訝に思って攻撃地点を観察する武琉の眼に、クレーターの中心に空いた地面の穴が映る。
(くそッ……まだだッ……!)
「みんな警戒しろッ! 土ん中だァッ!」
そう、ゼクトルは包囲攻撃を喰らう寸前で唯一の安全地帯である地中に潜ったのだ。多くの地上性のトカゲが住処にするために地面を掘る、その習性を活かして。
皆に警告した武琉自身も周囲の地面を見渡し——その視界の端に、舞桜の足元でボコッと土が盛り上がる光景を捉えた。
「危ねぇッ!」
武琉が舞桜に叫びながら魔力の剣を構築するが、ガバァァッッと地中から飛び出してきたゼクトルは振り向いて驚く舞桜に対し既に爪をギラつかせた腕を振りかぶっている。
(間に合わないッ——!)
武琉がそう思った時——バリバリバリィィィッッッ!!!
空気を切り裂く電撃が緋彩から放たれ、直撃を喰らったゼクトルは感電して全身の筋肉が硬直し、なす術なく倒れた。
感電の衝撃と電流が流れる際の熱には硬い鱗も役に立たず、シュゥゥゥと熱傷を負った部位から煙が上がっている。
「今のは……吉良先生の電磁誘導? お前、いつ使えるようになったんだよ」
「今よ。先生の技を間近で何度も見て、やっと使えるようになったわ」
「見て使えるもんなのか? 確かにお前の魔力特性は元々属性魔法に特化してたけどよ」
「前から考えてたのよ。私には速度のある攻撃が足りないって。属性魔法は万能だと思ってたのに、千歳灯真には火の1属性だけで破られたし、藤田勇斗との訓練では尽くを叩き斬られたからね。まあ流石に生体電位とかの細かい操作は無理だし、電流や電圧の強さもアンナ先生には全然敵わないけど」
「いや十分過ぎだろ」
仲間を守る為のコンマ数秒しかなかった状況が緋彩の集中力と魔力操作感度を研ぎ澄まし、5つ目の新たなる属性魔法の才能を開花させたのだ。
緋彩がこれまで自分に足りないと感じていた攻撃速度の速い技を手に入れて満足げな顔をしていると、
「緋彩ちゃーん! ガチでびっくりしたよー! 助けてくれてありがとー!」
と、走ってきた舞桜が抱き付いてきた。
「ちょっ、いいってば! 敵はまだまだいるんだから離れなさいよ!」
押し退けようとする緋彩を無視して余計にくっつこうとする舞桜。その光景を見て愛奏音が「ふふっ」と笑った。
(それにしても今の魔物、身体能力も知能も他の個体とは違い過ぎた……もしこのレベルのモンスターがあと何体も控えているとしたら……考えたくもないわね。残りの魔力も心許ないし……)
先を見据える愛奏音がハイオークの群れの方はどうなったかと思い視線を移すと……
「ゴァァァアアアアアアアアアアアアッッッッ!!!!」
背中から幾つもの赤黒い触手を生やした怪物が奇声を発していた。
とても人から発せられたとは思えない咆哮だが、それは寄生スライムの能力が解き放たれた宮沢の姿だった。




