第86話:大氾濫
学園の訓練場にて、炎の弾、水の鞭、風の刃、土の槍が同時に飛び交う。
緋彩が操る四元素の多彩な攻撃が絶え間なく勇斗に襲いかかり——その全てを高速で振るう魔剣によって叩き斬っていく。
以前の武琉との戦いと灯真の極光火焔砲を防いだ時に掴んだ、魔力を斬るという感覚。
勇斗の魔剣は物体に対しては魔力出力次第でどこまでも増す斬れ味によって鉄だろうと炭化チタンだろうとぶった斬れるが、火の玉等の魔法攻撃となると話は別だ。
それらを斬るには対象と魔力の性質を合わせなければ、それこそ鉄の剣で火や水を斬るようにすり抜けるだけで終わってしまう。
魔力の刃を同調させる。
それは図らずも今まさに晃生が美羽蘭から学んでいる魔力の共鳴同調と同じ技術だ。
我流で偶然そこに辿り着いていた勇斗は、4つの属性に即座に対応しなければならないこの緋彩との戦闘訓練でその技術をさらに研ぎ澄ましていた。
「剣一本で私の攻撃を防ぎきるなんてやるわね。でも、ここからはもっと本気でいくわよ」
「ああ、望むところだよ!」
勇斗と緋彩に引っ張られるように、周りで訓練している生徒達もヒートアップしていく。
木乃香と唯花、愛奏音と舞桜が2対2で連携を取りながら闘い、灯真、武琉、玲旺、克心は4人で乱戦。千石や隼矢は個別に矢と石弾をひたすら撃って一撃の威力と弾道制御の精密さを上げていき、清水もポニーを召喚して魔力操作の訓練をしている。
人間兵器として人工的に強化された零、生物界最強種のドラゴンであるサファイアとローズ、そしてエルフのローラと獣人のティファは特にレベルが高く、この5人の組手は実戦と思わせるような鬼気迫るものがある。
「皆さん頑張ってますね。この努力を、主もご覧になられていることでしょう」
「ま、ガキ共もだいぶ強くなってきたな。確かに。後はデカい任務に呼ばれる前にもうちょい実戦経験を積ませたいところだが……」
十字架のネックレスを触りながらの天羽詩聖里と腕を組んだ仁王立ちの吉良アンナが、生徒達の訓練を見ながら今後について話し合っていると——
——ウゥッウゥッウゥッ!
突如全員の携帯が警報を鳴らし始めた。
それはゴーレム出現時に灯真達も聴いたことがある、ゲート発生以降防衛省が新たに設定した緊急速報のJアラートだ。
驚きつつもアンナは即座に携帯を取り出し、状況把握を図る。
画面には既にマキナが情報を表示してくれていた。
その映し出されていた文章を要約すると——
『政府がリライフビル跡地で秘密裏に行っていた人口ワームホール研究にて実験装置が制御不能となり、魔素濃度の高い異界エリアにゲートが接続した結果、大量の魔物を呼び寄せてしまった』
という内容だった。
「くそッ、だから学園長に任せときゃ良かったんだッ!」
悪態をついたアンナはすぐに千金楽麗色へと連絡を取る。
『アンナ。現状はマキナの情報通りだ。学園にも救援要請が来ている。すぐに生徒達を連れてオスプレイに向かえ。ただし、天音木乃香には用がある。彼女だけは学園長室に来るよう伝えてくれ。それと高等部から鴻上仁の娘も連れて行け。必要になる』
ワンコール目で出た麗色は矢継ぎ早に指示を出すが、
「あんたの忠告を無視した政府の尻拭いを生徒達にやらせるのかよ! アタシは納得いかねぇぞ」
と、意外にも生徒想いのアンナは抗議する。
『私も遺憾だが、彼らだけではこの事態を収集出来ないだろう。最悪、東京が壊滅する。中枢機能が堕ちればこの国は終わる。そのレベルの大氾濫が起きているということだ』
「……チッ、しょうがねぇ。一凜にも連絡しといてくれ。アレの用意も頼む」
『ああ。既に動作確認まで完了している。生徒達を死なせるな。お前自身もな』
「了解。学園長」
♢
ゲートが暴走した神奈川県横浜市では既に大量の魔物が溢れ返り、大規模なパニックが起きていた。
大地を埋め尽くすような魔物の大群は今なおゲートを通って増え続けており、日本中を呑み込むかのような勢いだ。
魔物の発生以降日本は全国的に軍備を強化していたこともあり、陸自からは東部方面隊第一師団隷下の戦車中隊が出動。
戦車4両から成る戦車小隊3個で編成される戦車中隊は計16両の戦車を有する機甲科部隊で、一時は44口径 120mm滑空砲、12.7mm重機関銃M2、74式車載 7.62mm機関銃といった搭載している高火力火器で横浜を戦場にしつつも魔物を蹴散らし、前線を押し返した。
だが新たにゲートから出てきたワイバーンやプテラノドンに似た翼竜、さらにはドラゴンといった飛行系の魔物からファイアブレスを受け壊滅。
戦車は陸上兵器であり、武装ヘリ等の空対地攻撃には弱いからだ。
現在は残る歩兵大隊で後退しながらも前線を維持している状態だが、いつ崩壊してもおかしくはない。
戦車を破壊して以降上空を旋回飛行している火竜が降りてきたり、ゲートから新たに強力な魔物が出てくれば部隊は簡単に殲滅される。
それを分かっている自衛隊員達も、89式5.56mm小銃を連射しながらもその頬には恐怖心から冷や汗が伝っている。
迫り来ている魔物は多種多様で、上空を舞うワイバーンやドラゴンの他には、昆虫が巨大化したような地を這う蟲系の魔物、デビルウルフやタイラントベア等の動物種、ブルーリザードやハイオークの群れ等、その総数は数え切れない。
その中でも筋肉と皮膚が分厚く、銃火器の効果が薄いハイオークが盾になるように前に出てきた。
「この豚野郎ッ、まさか仲間を守っているつもりかッ……!?」
「偶然じゃないなら、連携がとれるレベルの高い知能を持ってるってことになるぞッ……!」
——ダダダダダダダダダダッッッ!!!
隊列の前にいる隊員達が銃声を連ねるが、ハイオークがその身で銃弾を阻む。
「くそッ、この程度の火力じゃ通用しないッ!」
「応援はまだかッ!」
市民の避難が完了するまでこの前線は維持しなければならない。
退路のない自衛隊員に、ドスンッ、ドスンッ、ドスンッとハイオークの鈍重な足音が近付いてくる。
そしてさらに絶望的なことに、ゲートからは新たに3体のドラゴン——水竜、地竜、天竜がバサァァァアアッッッと強烈な羽ばたきと共に現れた。
加えてドズンンッッ、ドズンッッと地鳴りのような音を響かせてゲートを潜って来たのは、ドラゴンと同レベルのサイズ感を誇る巨人5体。
それぞれが一つ目だったり、腕が4本あったり、鱗を纏っていたりと、人間を歪にして無理矢理巨大化させたような不気味さがある。
他にも蟲や動物系の魔物も続々とゲートから現れ、その上位種に当たるようなモンスターまで出てきた。
(くッ、ここまでかッ……!)
隊員の1人が覚悟を決めた時——
ババババババババッッと3機のオスプレイが響かせるプロペラのローター音が隊員の耳に届く。
上を見上げると、麗色によって対地攻撃型に改造されたオスプレイの武装——空対地誘導弾(JAGM)、12.7mm機関銃、空対地ロケット弾の照準が既に魔物達の群勢へと向けられており——
——ドドドドドドォォオオオンッッッ!!!
——ズガガガガガガガガガガガッッッ!!!
全武器一斉掃射で放ち、魔物側の前線を半壊させた。
1号機の操縦席に座るアンナが「フォーーーッ!」とテンションを上げ、オスプレイを滞空飛行に移し高度を下げていく。
その隙を逃さないとばかりにワイバーン達がオスプレイに群がってきた。
ヘリやオスプレイのような回転翼機は直上への対応が甘い。
その弱点を突かれた形だが——
「俺に任せろッ!」
後部ハッチを開けて飛び出した灯真が排熱噴射飛行で飛び回り、火炎を纏う手刀で翼を捥ぎ取ってワイバーンを次々と堕としていく。
2号機からも唯花が魔力の翼を拡げて飛び、羽の矢で攻撃して翼竜を近付けさせない。
3号機のハッチの縁に立った緋彩と愛奏音も遠距離攻撃で灯真と機体を援護し、オスプレイは無事に付近の公園に着陸した。
すぐに降りて自衛隊と合流したアンナ達は前線維持に加わる。
「このモンスターの種類……何か思い出さない?」
「ああ。まさかコイツら……」
前列に陣取る魔物のうち、オスプレイの攻撃から生き残ったハイオークやブルーリザードを見て勇斗と灯真が既視感を覚えた。
「君達は……その制服、あの学園の生徒か」
「よう。応援に来たぞ。死にたくなけりゃ非覚醒者は退がって援護に徹しろ。うちの生徒に誤射したらタダじゃおかねぇぞ」
戸惑う自衛隊員に対し、アンナが軽く指示を出すと、その隊員は驚いた顔をした。
「吉良さん! 来て下さったんですね!」
アンナは元自衛隊員で、陸自の中でも一目置かれていた為、指揮系統が違うにも関わらず隊員はアンナの言うことを無視せずに聞いてくれた。
「あれ、貴女自衛隊辞めましたよね? 一般人に勝手な口出しをされると困るのですが」
アンナに憎まれ口を叩きながら何処からともなく現れたのは、近衛操華一等陸尉だ。
「ああ? お前だって横浜駐屯地の隊員じゃないだろ」
「酷いですね。仲間の為に市ヶ谷から駆け付けたというのに」
操華が視線で示した先では、徐々に聞こえてきたローター音を響かせながら編隊飛行する陸自の最強攻撃ヘリ、アパッチが近付いてきていた。
おそらく操華だけ自分自身を念動力で操って先に降下してきたのだろう。
「ハッ、遅いんだよ」
「手続きが面倒だったんですよ。これでも急いだ方です」
「手続き?」
「やあ。久しぶりだね。貴女とは以前僕が連行される時にすれ違ったかな」
首を傾げるアンナに急に声をかけてきた男は、元リライフのギルドマスター、鴻上仁。
「お前は……司法取引で出てきたのか」
司法取引とは被疑者や被告人が他の特定犯罪の捜査・公判に協力する代わりに減刑等の恩恵を受ける制度で、今では魔物被害が拡大していく状況に対応する為、覚醒者に対してのみ魔物の討伐や危険地域の調査等でも自身の刑事処分上で有利な取り扱いを受けられるように改定されている。
「ええ。彼の力も必要でしょう。緊急事態につき、リライフの元ギルドメンバー達も召集しました」
「鴻上はどんな条件を出してきた?」
「ただ、娘に会いたいと」
それを聞いたアンナがチラッと仁の方を見ると、仁はアンナの後ろに立つ生徒達に混ざって来ていた心穏を見つめ、満足そうな顔をしていた。
病弱で、地下室に閉じ込めるように守っていた娘が、逆に人を助ける為に今ここに立っていることが嬉しいのだろう。
その心穏は父と同じ細胞増殖という能力を活かし、30人に分裂して後方で市民の避難誘導を手伝いに行った。
「安心して下さい。娘さんとは後日しっかりと会える場を設けますし、活躍次第では減刑も期待出来ます」
「ああ。今はこれで十分だよ。ありがとう」
娘との時間を保証する操華に、仁が頭を下げる。
「……コイツはともかく、他の元リライフメンバーに後ろから刺されないと良いけどな」
アンナが漏らした不満そうな呟きに、またも突然現れた男が返答する。
「それを言われると耳が痛い。が、奴らの管理は俺達に任せてくれ。条件付きの一時的な解放だし、逃げも隠れも出来ないようにしてある」
その男はギルド管理局局長、天前峰史郎。左右の腕には異世界で出土した前腕から手の甲までを覆う籠手を装備している。
「アンタが直々にご登場とはな。局長」
「それだけ人手不足なんだよ。躑躅森亜凰が中国で任務中なんだ。俺らで踏ん張るしかねぇだろ」
「確かにな。アンタのその遺物、鬼でも竜でもボコボコにするって噂は聞いてる」
「竜はボコったことねぇが……まあ、こっちも自衛隊から学園に引き抜かれた電撃使いのことは耳に入ってる。頼りにしてるぜ」
ガィンッッと左右の籠手を打ちつけて天前が気合いを入れ、魔物の群勢を睨み付ける。
その後ろには——
ギルド管理局局員の覚醒者、計182名。
横浜駐屯地の歩兵大隊及び近衛操華擁する市ヶ谷駐屯地からの応援隊員、計655名。
リライフ元ギルドメンバーの超克者37名及びギルドマスター、鴻上仁。計38名。
特殊技能者育成学園より、能力者生徒143名及び吉良アンナ、天羽詩聖里、宮沢茂。教師含め計146名。
総勢1021名。今日本で揃えられる限りの全戦力が集結した。
魔物の王、ジャックの軍勢との全面戦争が——始まる。




