第84話:修行②
晃生と美羽蘭の修行が始まって、10日が経過した。
美羽蘭との組み手では相変わらず一撃も入れられていないが、攻撃を躱せることが増えてきた。
「先覚ノ勁には至らないが、魔力感知の精度は上がってきたナ。そろそろ体内の魔力にも目を向けていこウ」
「体内の魔力……?」
「ああ、身体強化系能力者でなくとも、魔力覚醒者は無意識に魔力を運動エネルギーへ変換して身体能力を高めているが、これを意識的に、効率的に行ウ。お前も我の魔力操作を見てから多少精度が上がっているが、それをさらに、一点に凝縮して使うのダ」
「……?」
言葉だけではこれまた意味不明だという顔をする晃生を見て、美羽蘭が木の方に歩いて行く。
そしてピタッと直径3m程もある大木に手を当てた。
「能力者が宿す魔力……我が国では『氣』と呼ぶが、これはエネルギーそのものダ。それを体内で集め、流し、接触する対象に一気にぶつけれバ——」
——ズドォォォォオオオオオオンンッッッッ!!!!
大木の幹に、巨大な風穴が空いた。
「これだけの威力を生むことが出来ル」
ゼロ距離から放たれた艦砲射撃のような衝撃に、晃生は口をあんぐりと開けて驚く。
「力を込めてるようには見えなかった高威力打撃の秘密はこれか」
「ああ、至近距離から対象に勁を作用させる寸勁から着想した、その魔力版ダ。これを本来の打撃に正確に足し合わせることでさらに威力を増ス。今のは対象の内部に衝撃を浸透させる穿貫ノ勁。他にも重力、つまり位置エネルギーと魔力を合わせた上から下への打撃——天墜ノ勁、自身の質量を乗せて破壊力を増す岩砕ノ勁。周囲の環境やエネルギーを己の体の一部とし武器とするのはあらゆる武術に共通すル」
「そこに俺の身体能力が加われば、もっと凄いことになるってことか」
「そうダ。だがまずはその前提技——魔力の共鳴同調を覚えてもらウ」
「シンクロ……?」
「我に向かってその魔導銃を撃ってみロ」
「え、でも……」
「良いから撃テ」
「はぁ……」
(まあ、今さらこの人に魔導銃が通用するとは思ってないけど……)
そう思いつつ晃生は美羽蘭に銃口を向け、引き金を引く。
——パァンッッ!
通常の銃弾と同じく亜音速で放たれた魔力の弾丸——その射線に、おそらく先覚ノ勁で予知したであろうタイミングで払い除けるように美羽蘭が腕を振るうと、それに合わせてクンッと曲がった魔弾が明後日の方向に飛んでいった。
(魔力の弾を、触れずに曲げた……?)
「攻撃を受け流す流連ノ勁。だがその前提にあるのは魔力の同調ダ。体内と体外の魔力、その性質を合わせることで、自身が纏う魔力に触れた瞬間から意のままに操ることが出来ル」
「なるほど、流連ノ勁……ダイアウルフの咆哮撃を返した技か。この同調が出来れば……もしかしてフェンリルも……?」
「そうダ。魔力を受け流すだけでなく、精霊等、魔素で構成された実体のない相手をも捉えられるゾ。そしてこの共鳴同調の訓練でも重要なのは魔力感知。外と内、性質の異なる魔力を正確に知覚し同調させル。魔力感知の精度が向上すれば、自然と先覚ノ勁の習得にも近付いていク」
「凄ぇ……絶対やってやる……!」
「その意気ダ」
そこから、まずは共鳴同調をマスターする修行が始まった。
戦闘中では魔力の性質を合わせるまでの速度も要求される為、美羽蘭が晃生に向かって魔導銃を撃ち、晃生がその弾丸を逸らす訓練だ。
美羽蘭が持つ総軍級の膨大な魔力が込められた弾丸が晃生に放たれ、バチッ、バチィッと失敗する度に晃生は撃たれ続ける。
痛覚に耐性をつけてきた晃生の体にも痛みが走るほどで、その衝撃に体が仰け反る。
「痛った……銃口を向けられるのって何回経験しても慣れないな。本能的な恐怖感がある……」
先覚ノ勁が習得出来ていなくとも、銃口から射線を、指の動きから発射タイミングを予測出来る為、晃生なら対処行動を取ること自体は可能だが、弾丸が接近した一瞬で魔力を同調させて操るとなると異次元の難易度だった。
「まだまだいくゾ」
「ああ、分かってるッ……!」
魔導銃は使用者の魔力を消費するが、日が暮れるまで撃ち続けても美羽蘭の膨大な魔力が尽きることは無く……
「はぁッ……はぁッ……くそッ……前提技のシンクロでさえ……はぁッ……こんなに難しいのか……ッ!」
撃たれまくった晃生が息を切らしながら憎々しげに美羽蘭が持つ魔導銃の銃口を見つめる。
「当然ダ。簡単に会得出来るものなどなイ。精進あるのみだゾ。さあ、あと千発やったら食事にしよウ」
「千……上等!」
♢
修行開始から3ヶ月。
未だに技の習得には至っていないが、ここからは実戦での感覚を磨く為、異界の魔物との直接戦闘を行うことになった。
「この先に強い魔力反応があル。感じているカ?」
「押忍」
魔力感知を頼りにジャングルの中を進み、木々が開けて湖がある場所で、ソレに会敵した。
その魔物は全体的に白馬のような色とフォルムの四足獣だが、その体高はおよそ3m弱、体長に至っては4mを超えている。
頭部にはかつて地球上に存在したギガンテウスオオツノジカのように多方向に枝分かれした長大で荘厳な角があり、その横幅は3mにも及ぶ。
帯電しているらしく、角の周囲ではバチバチッと激しい電気火花が弾け、静電気のせいか淡い光を放つ全身の毛が逆立っている。
まさに神話に出てくる神獣のような、神秘的な生命体だ。
(間違い無く精霊クラス……それも雷属性か……!)
「まるで我が国に伝わる幻獣——麒麟のようダ」
湖のほとりに佇む麒麟の近くで、大小の魚が数匹腹を上に向けて力なく浮いている。
電撃漁法で餌となる魚を獲っていたようだ。
そこに邪魔をする晃生達が来たことで麒麟は怒りを露わにし、バチバチバチィッと角の電撃を強める。
「コイツは良い修行相手になりそうだナ。コウキ」
音速の銃弾ですら捉えられる晃生の眼と反応速度でも、電撃となると見てから対応していては到底間に合わない。
そして精霊ということは、魔力の共鳴同調の習得なしでは実体を捉えて攻撃することが出来ないということ。
「ああ。つまりこの麒麟を攻略してる頃には、俺の魔力感知は大きく進化してるってことだ」
前に出た晃生に対し、ドドッ、ドドッ、ドドッと大地を蹴る麒麟が猛烈な突進と共に帯電する角を振るってきた。
敢えて突っ込んだ晃生は野球のスライディングのように角と地面の間に滑り込んで躱し、後ろ足を掴もうと手を伸ばす。
(魔力を同調させる……!)
——バチィッッ!!
だがその手は麒麟を捉えることなく電撃に弾かれた。失敗だ。
「くそッ!」
痺れる手に超回復を向ける晃生の体勢が整う前に麒麟の強烈な後ろ蹴りが放たれる。
超反応を発揮しギリギリで体を捻って躱した晃生だったが、麒麟の帯電する体は掠めただけで電撃の追加効果を喰らうらしく、バチィッッと今度は体ごと弾き飛ばされた。
「もっと相手の魔力を感じ取レ! また身体能力に頼っているゾ!」
「くそッ……押忍ッ……!」
美羽蘭に言われる前に自分でもそれを自覚した晃生は反省しつつ、麒麟の魔力に意識を集中させる。
晃生に向き直った麒麟の魔力は頭部に集まっていき、感知するまでもなくウ゛ゥゥゥンッッと帯電する角の周囲で熱された空気が青白い光を放つ。
その光量が徐々に強まっていき——
(来るッ——!)
カッッッッッッッッと一際強力な光量が周囲を照らし、横向きに発生した雷撃が晃生を襲う。
タイミングを読んだ高速移動と見様見真似の残心ノ勁で魔力を残しつつ横に飛んだ晃生だったが、電気が流れやすい導体である人体——晃生に向かって電磁誘導された誘導電流、さらには空気中で枝分かれした分岐放電が発生し、ダメージ範囲の広いその攻撃を躱しきれない。
——ドォォォオオオオオオオオオオオンッッッッゴロゴロゴロゴロォォォォッッッッ!!!!
一瞬にして高音に加熱された空気が爆発的に膨張し、その衝撃波の振動が雷鳴となって轟く。
その轟音はごく至近距離からの放電にも関わらず、超強化された晃生が体感する世界では秒速10万kmの雷撃に一瞬遅れて知覚された。
光速の1/3もある雷撃に比べ、音速はさらにその1/300——秒速340m程度だからだ。
「ぐゥゥぁッ……がッ……!」
痺れる体を超回復させて立ち上がった晃生は仕留めたと思っているであろう麒麟の隙を逃さないよう即座に殴りかかる。
「おおおおおァァッ!」
バチバチバチバチィッッと殴るたびに感電することにも構わず連打する晃生の体が徐々に電気抵抗を上げていく。
(魔力を合わせる……合わせる……ッ!)
我武者羅に殴りまくる晃生に対し、麒麟はじっとしている訳もなく、バリバリバリィィッッッと360°全方位に電撃を放つ。
その電圧と衝撃で吹っ飛ばされた晃生が後転、バク転と繋げて衝撃を逃す中、麒麟による追撃の突進が襲う。
晃生が視線を戻した時、既に帯電する角の先端が眼前まで迫っていた。
超回復を持つ晃生でも脳を破壊されれば終わり——
(——死——!)
——ドガァァァァアアアアアンッッッッ!!!!
押し込まれた晃生が幹に激突した衝撃で大木が揺れ、木の葉が舞い落ちる。
麒麟の角は晃生の頭に風穴を開けて——いない。
ビリビリィィィッッと感電しながらも角を掴んだ晃生が麒麟の攻撃を止めていたのだ。
「それだコウキ! その感覚を忘れるナ!」
ギリギリまで助けに入るのを堪えていた美羽蘭が弟子の覚醒の片鱗に歓喜の声を上げる。
「これが魔力の共鳴同調……掴んだぞッ……!」
蹴り上げた晃生の脚がバキィィッッと麒麟の左側の大角をへし折った。
晃生はそのまま角を武器として振るい、バキィィッと麒麟をブッ飛ばす。
精霊として生きてきた中でブッ飛ばされるなどという経験の無かった麒麟は追撃に備えるという行動が咄嗟に取れず、そこへ晃生の渾身の拳が放たれる。
今度は雷撃に弾かれることなくドゴォォオオオンッッッッと麒麟を殴り飛ばした晃生はそのまま大木に押し付けて連打に入る。
——ズドドドドドドドドドドドドドドドドォッッッッと魔素粒子が変換された雷で構成される麒麟の体を正確に捉えて殴り続ける晃生は共鳴同調の感覚を完全に掴んでいた。
連打の猛攻から逃れられない麒麟が足掻くように四方八方へと電撃を放ち、バチィッッ、バヂィィッッと周囲の地面や木々を抉る。
まだ先覚ノ勁の習得には至っていない晃生もそれは躱せず幾度となく電撃が至近距離から襲い掛かるが、超回復を発動し続ける晃生は構わず殴り続けた——!




