第83話:修行①
「ん……痛ってッ……」
目を覚ました晃生は、全身に負った打撲と裂傷の痛みによって微睡みから意識が一気に覚醒する。
「お、起きたカ。ナカガワコウキ。さすが不死身の男だナ」
すぐ近くで聞こえた声に目を開けると、チャイナドレスに包まれた大きな胸の向こうに美羽蘭の顔が見えた。
後頭部に伝わる柔らかい感触からも、どうやら気絶している間中美羽蘭に膝枕をされていたらしい。
「うわっ、ごめん! 美羽蘭さ……あー、美羽蘭。えーっと、俺、あの後……」
驚いて飛び起きた晃生は現状を思い出そうと辺りを見回す。
「お前はあのレオナルド・バラクロフという男に殴り飛ばされ、2時間ほど気絶していたゾ」
「……そうか。2時間……そんなに……他のみんなは?」
「無事ダ。だが悪いニュースがあル。お前の仲間はアオが無理矢理地球へ連れ帰ったが、その直後、運悪くゲートが閉じてしまっタ。つまり、我達は今遭難中ダ」
「なるほど……じゃ、しばらくはサバイバルだな」
晃生は言いながら超回復で体の傷を治した。
「ほウ。もっと慌てるかと思ったが、案外冷静だナ」
「異世界遭難は経験済みだからな。みんなが帰れてるならむしろ良かったよ」
「そうカ。まあ、異界は何が起こるか分からない魔境の地だが、我らなら死ぬことはないだろウ。とりあえず水、食料と並行してゲートの探索もやっていくゾ」
「ああ……」
晃生は手をグーパーして治した体の調子を確かめながら、何か思い悩む顔をする。
「どうしタ?」
「あ、いや……この能力を理解してから、初めてだったかもなって。本気で死を予感したのは……」
これまで晃生は数々の強敵を討ち倒してきた。その中には肉体性能で敵わない相手も多く存在した。
力、速度、質量……その全てを、晃生は闘いの中で凌駕し、超越し、勝ってきた。
だがリオを相手にした時、培ってきた身体能力は遥か及ばず、頼みの綱の超回復も機能しなかった。
(あの亜凰ですら魔力を消されてたんだ。あんなもんどうやって……)
最近の先進国の研究では魔素粒子の応用技術が進み、魔力が電力に代わるエネルギーとして普及しつつある。
あの魔力妨害を総軍級を超える規模で展開出来るなら、それは電力社会に対する電磁パルス攻撃のように、都市——どこらか国家の機能すら麻痺させることが出来る。魔導兵器や能力者を配備した軍隊も意味を成さない。まさに戦略核兵器級の力だ。
「……そう言えば、美羽蘭はリオの影響下で何で魔力を扱えたんだ? そういう特殊な魔力特性なのか?」
「いや、我に特殊能力は無イ。覚醒で得たのはオーソドックスな身体強化だけだゾ」
「え、じゃあどうやって……」
「我は魔闘法を修めていル。従来の身体操作を極める武術に加え、魔力を正確に操ることに主眼を置いた功夫ダ」
「魔力を正確に操る……」
「是、それが出来れば魔素による異常環境や他者の魔力特性の影響をほぼ受け付けず、十全に力を発揮することが出来ル」
(他者の魔力特性を受け付けない……だからリオの魔力妨害やフェンリルの超低温空間に抵抗出来てたのか……それなら……)
晃生は片膝をつき、美羽蘭に頭を下げた。美羽蘭への敬意を表す為、右手の拳に左の掌を合わせて。
これは三国志の時代から中国では伝統的な感謝や依頼の時の礼儀作法で、拱手というポーズだ。
「俺に——その魔闘法を教えて下さい」
「……ほウ。何のためにそれ以上の力を欲すル?」
「リオに勝ちたい」
「彼奴には我でも遅れをとっタ。我に教えを乞うたところで、あの怪物には勝てんゾ」
「いや、勝てる」
晃生は全力の活性化を発動した。
ゴオオオォォォッッッと総軍級に近いオーラが立ち昇り、美羽蘭から見た晃生の存在感が何倍にも膨れ上がる。
「魔力特性を弾いてこれが使えれば、どんな相手だろうと超えられる」
それを見た美羽蘭はニヤっと笑い——
「面白イ! 良いだろウ。我がお前を最強に鍛えてやル。但し、情けなく音を上げる弟子はいらんゾ?」
「ああ。望むところだ」
「よシ。では早速始めよウ。魔力感知は出来るナ?」
「ああ」
「まずはその魔力感知を極限まで研ぎ澄ましていくのダ。それが魔闘法の基礎にして奥義」
「え……でも魔力感知って周囲の魔力を探るための技術で、戦闘用の技じゃないんじゃ……」
「否、森羅万象の魔力を正確に、精密に感じ取るこト。これにより魔力変換時のエネルギー効率が格段に向上すル。技の威力、魔力消費効率、発動速度、それら全てが数段階進化するのダ。逆にそれが出来ていなければ真に魔力を扱っているとは言えなイ。魔闘法の極致——其れ即ち天衣無縫。縫い目の無い天人の衣のように大自然の魔素と体内の魔力の境界を無くし、この宇宙と渾然一体となル。そうすれば自身に内包する魔力のみならず、草木や石、大地、海、大気中を漂う魔素に至るまで、全てが味方となって力を貸してくれル」
魔闘法の極意を説く美羽蘭の魔力は総軍級の膨大な魔力量にも関わらず、確かに晃生の魔力感知には引っ掛かっていない。
まるで環境魔素の一部であるかのように、完全に自然と一体化している。
「天衣無縫……」
「一朝一夕で会得することは出来んゾ。まずは我との組み手ダ。どんな手を使っても良イ。我に一撃入れてみロ。その中で魔力というエネルギーの本質を理解するのダ」
「総軍級の美羽蘭に一撃……いきなり難易度高すぎないか?」
「本物の感覚は全身全霊の極限状態でしか磨かれなイ。殺し合いのつもりで掛かって来るのダ。あと、我のことは今後、師傅と呼ベ」
「押忍! 師傅!」
殺し合いのつもりでと言われ、甘い気持ちが消えた晃生はスッと集中状態に入り——ドンッッッと得意のロケットスタートで地を蹴って加速し、晃生は一気に距離を詰める。
初見殺しの突進打撃で一気に決着を狙うが美羽蘭は悠々と躱し、晃生の拳は空を切った。
「まだまだッ!」
急停止した晃生は間髪入れずに後ろ回し蹴り、旋風脚、手刀打ちの3連撃を放ち、ブゥンッッ、バォッッ、ヒュガッッと強烈な風圧を巻き起こすが、そのどれもが美羽蘭を捉えられない。
「活性化——30%」
出し惜しみは無しだとばかりに全身全霊の身体能力を解放した晃生は、鴻上仁にやったように地面や木々を跳び回る3次元機動で美羽蘭を撹乱する。
——ズドドドドドドドドドドドドォッッッッ!!!!
視界外の側面や背面、頭上からも跳び掛かるが、美羽蘭はまるで360度の視野を持っているかのように正確に躱し続ける。
(魔力感知……だけじゃない。やっぱり……)
「未来が見えてるのか……?」
ズザザザザァァッッと地面を滑って停止した晃生が美羽蘭に問いかける。
「否。先覚ノ勁は聴勁。勁とは力の流レ。魔力の流れを感じ取り、その先に起こる事象を知覚するのダ」
(……つまり、未来が見えてるってことか。魔力の流れ限定ではあるが、逆に言えば魔力に関する事象なら予知出来る。能力者の次の動作やどんな能力が飛んでくるかも事前に読み取れるってことだ)
「先覚ノ勁……ダイアウルフにカウンター決めたり、フェンリルの氷の槍を簡単に躱してたのもこの力か」
「是。魔力感知を極めた先にあル。我の動きを予測しロ。その感覚を研ぎ澄まし、魔力の予備動作を感じ取るんダ」
(魔力の予備動作……)
美羽蘭の指導を飲み込んだ晃生はもう一度構え、そこからまた組み手が始まる。
だがどれだけ力を込めても速度で掻き乱そうとしても晃生の拳が美羽蘭に触れることはなく……結局その日は美羽蘭を捉えることが出来なかった。
日が落ちる前に修行を切り上げて夕食の準備をした2人は狩ってきた巨大蛇を晃生の短剣で解体し、その肉を焚き火でパチパチと炙りながら今日の反省会をする。
「焦ることはなイ。身体能力の高さには驚かされたゾ。だがその性能と回復能力に無意識に頼りすぎているナ」
「頼りすぎ、か……」
「明日は魔力の使用を禁止すル。まずは体外の魔力の動きを完全に知覚するんダ」
「分かった。ってか美味いな蛇肉。調味料も付けずに焼いただけなのに」
「ティタノボアだナ。古代種ダ。魔力を持つ食べ物は覚醒者にとって美味く感じると言われていル。一般人にはそうでもないらしいが、原因は解明されていなイ」
「へぇ〜。それを聞くとここでのサバイバルも結構楽しみになってきたな」
(なら、前にジャックと木乃香と食べた猪も、魔力を持つ魔物だったからあんなに美味く感じたのか……?)
あの旨みはこの蛇の何倍も強烈だったなぁと、そんなことを思い出しながら食事を終え、2人は地上に盛り上がった木の根を枕にして寝ることにした。
晃生は超回復を使えば眠る必要は無いと言ったが、美羽蘭が精神的な疲労もあるから寝ておけと言ったのだ。
もし寝ている間に魔物に襲われても、美羽蘭は寝ながら気付けるらしい。
(どんな感知能力だよ……)
そんなことを思いながら晃生は眠りについた。
……………………
……………
……
翌日からは無意味にその辺の石を回復させまくり、魔力が尽きた状態で組み手の修行がスタートした。
(いつもより体が重い……それだけ無意識に魔力から変換された運動エネルギーに頼ってたってことか。けど、その変換効率もまだ全然美羽蘭のが上なんだろうな)
魔力が尽きているとはいえ、超人的な素の肉体性能で美羽蘭に迫る晃生。
その中でなんとか隙を作って一撃を見舞おうと立ち回るが……
「おいコウキ、まだ身体能力に頼ったままだゾッ!」
攻めに集中し過ぎた晃生は逆に隙を突かれ、ドンッッッッと強烈な掌底をカウンター気味に貰ってしまう。
「ぅぐッッ……はぁッ……はぁッ……!」
(こんなに息が切れるのはいつぶりだ……?)
「自身の内側に魔力は無イ。外の事象を感じ取ることに意識を向けロ」
「はぁッ……そう言われてもな……!」
疲労に霞む晃生の視界で、美羽蘭の姿が消えたように移動する。
直後、背面からの衝撃で晃生が大きく吹っ飛ばされた。
パルクールの前転のように受け身をとって即座に振り返るが、既にそこに美羽蘭の姿は無く——
ドガァァァンッッッッと今度は側面から蹴り飛ばされる。
(くそッ……予知以前にそもそも美羽蘭の方が動きが速いッ……活性化抜きにしても身体能力は俺の方が上のはずなのに、どうなってるんだ……!)
見てから反応していては間に合わない。そう考え、晃生が美羽蘭の次の動作を予測しようとその姿を注視した時——
(脚……?)
これまで漠然と感じ取るだけだった美羽蘭の膨大な魔力が、下半身に集まるのが分かった。
(来るッ……!)
ドンッッッッと地面を蹴った美羽蘭が高速移動し、晃生の横をすり抜けて背後へ回る。
魔力を纏う脚力で急停止した美羽蘭が振り返りざまの裏拳を放ち——それを、振り返りざまに上体を逸らした晃生が躱した。
避けられると思っていなかった美羽蘭が意外そうな顔をし、その一瞬の隙に反撃に転じた晃生が拳を振るう。
「貰ったッ!」
だが、完全に捉えたはずの右拳はホログラムを殴ったように手応えなくすり抜けた。
「は……!?」
「甘いゾ」
——ドカンッッッ!!!
攻撃が予想外に躱され隙だらけになった晃生の脇腹に美羽蘭の蹴りがめり込み、10m先の大木に叩き付けられた。
「ぅぐッ、何だよ今の……分身の術か……?」
「分身ではなイ。残心ノ勁は魔力の残像。中心視野のうち、目の水晶体が合わせる焦点に正確に魔力を置いて高速移動することで相手に残像のような幻覚を起こさせる技ダ。五感と同じように自然に魔力を知覚している覚醒者や魔物は一瞬そこに実態があると錯覚してしまウ」
(……つまり、分身の術か)
「そういえばフェンリルがまるで同期ズレを起こしたように美羽蘭の動きに遅れて反応した時があったけど、あれはこの残像のせいだったのか……」
「その通りダ。魔力感知に優れた者ほどこの錯覚に惑わされル」
「なるほど。でも、先覚ノ勁は掴んだぞ」
「否、さっきのはまだ魔力感知の領域に過ぎなイ。我の魔力が体内で流動するのを感じ取ったのだろウ? それをもとに次の行動を予測したのは良かったが、先覚ノ勁では相手が動く前に魔力を見るのではなく、魔力が動く前に魔力を見るのダ」
「魔力が動く前に、魔力を……? 聞けば聞くほど分からなくなってきた……頭が回る……」
ただでさえ魔力切れの脱力感に苛まれながら激しい動作を繰り返し、かつ高い集中力を維持し続けていたのだ。
超肉体を持つ晃生でも疲労がくるのは当然。そう思った美羽蘭も構えを解いて休憩モードに入った。
「一旦食事にすル。狩りに行くゾ」
先覚ノ勁は遠くとも、掴み始めた魔力感知をもう少し確かめたい晃生だったが、集中力が途切れたのも自覚していたため、大人しく美羽蘭に従う。
「ふぅ……じゃ、美味そうな奴を探すか」
この世界には変わった鉱石がよく落ちている。
昨日の蛇を焼く時に晃生が発見したものだが、その辺に落ちているアルマディン・ガーネットのようなワインレッドの鉱石は火打ち石のように打ち合わせることで火花を発する為、点火ツールとして役に立った。
普通の火打ち石はそれだけで火花は発生せず、焼き入れをした鋼鉄片の火打ち金が必要だが、それだけ鉄の含有量が絶妙なんだろう。
晃生達の力があれば摩擦熱を利用する原始的なきりもみ式の火起こしも可能だが、楽に点火出来るに越したことはない為、2人は積極的に利用していた。
解体は晃生の光子剣を使えば綺麗に出来るし、そういう修行もしたことがあるのか、サバイバルに関しては美羽蘭が詳しかった。
今回のメニューは怪鳥の丸焼き。
修行中は短剣とともに禁止されている晃生の魔導銃で撃ち落とし、美羽蘭が血抜きしたものだ。
例に漏れず、普通の鶏肉よりも旨みが段違いだった。
「うっま……あー、それにしても、未来予知に分身の術まで使う相手に一撃入れられる想像が出来ないんだけど……」
「言っただろウ。我の技は未来視や分身のような異能ではなく、自然の理に従った事象ダ。であれば、再現も適応も可能。鍛錬あるのみヨ」
「押忍……」
晃生は木の枝に刺して焼いた鶏肉をもう一口食べた。
「師傅は……どれだけの鍛錬を積んで総軍級になったんだ? なんで……そこまで我流で研鑽出来たんだ?」
「……つまらん話になるゾ?」
「ああ、教えてくれ。師傅の強さの根底にあるものを」
「我の実家は……河北省にある小さな武術道場ダ。幼き頃から師範である父に厳しく功夫を仕込まれて育っタ。我には武術の才があり、父から技を吸収して強くなる実感を得るのは嫌いではなかったが……ある日、道場内にゲートが開き、一体の魔物が現れタ。父は我や他の門下生を逃がす為、1人で立ち向かっタ。中国は人口の割に日本ほど覚醒者が多くないこともあって、救援が駆け付けた時にはもう父は殺されていタ。今思えばそれほど強い魔物でもなかったが、武術を修めていても覚醒者でなければたった一体の魔物すら倒せない事実……我はそれが悔しかったのダ。その時のショックで魔力に覚醒した我にとっては魔物全てが父の仇に見えタ。モンスター共を殺しながら技を磨いていくうちに、気付けば総軍級にまで上り詰めていたという訳ダ。父の武術を魔闘法へと昇華させた今、最早魔物そのものに対する恨みはなく、八つ当たりのように狩ってきた生物達に対する罪滅ぼし……にはならんが、魔物でも無駄な殺生はせずなるべくゲートの向こうへと追い返していル」
話を終えた美羽蘭に対し、その父を追悼するように晃生は数秒目を閉じてから……そっと口を開いた。
「……そんなことが……だからフェンリルのことも、他の総軍級と衝突してでも逃がそうとしてたんだな……」
「拳を交え、眼を見れば相手の事が分かル。あのフェンリルにもう害意は無かっタ。一般人にとって災害と変わらん精霊の脅威を無視出来ないリーリヤ達の言い分も分かるがナ」
「いや、あの状況じゃ俺もフェンリルを攻撃する気にはならなかった」
「哈哈哈っ、確かにあれは感心したゾ。我ら世界最強の小競り合いに小僧が割って入って来たのだからナ」
「う……しょうがないだろ。気に入らなかったんだから。まあ……結果は殴られただけで一発KOだし、カッコつかないけどな」
「否、信念を持って自分より強きものに立ち向かう姿が不恰好であるはずが無イ。それに、今は我の弟子になったのダ。再戦した暁には地の果てまでブッ飛ばし返してやれば良イ」
「押忍」
「よし、修行再開ダ」
「押忍!」




