第81話:青の六軍
ゲートを抜け異世界へ来た晃生達はすぐにフェンリルと対峙する美羽蘭を発見した。
ダイアウルフを超えるスピードで突撃し続けるフェンリルの猛攻を、美羽蘭は苦もなく躱している。
(俺みたいな超スピードと反射神経じゃない……やっぱり相手の動きを完全に読んでるのか)
フェンリルの方も野生の反応速度で躱された直後にまた切り返し、美羽蘭に反撃の隙を与えず攻め続ける。
「哈哈哈っ、ほれほれ、もっと速う動かんと当たらんゾ」
焦れたフェンリルは脚を止め、さっき灯真と勇斗に使った猛吹雪を発生させる。
その絶対零度の領域で周囲の空間ごと凍らせるつもりだ。
「美羽蘭さん!」
総軍級とはいえ、ここまでの戦闘を見る限り明らかな格闘戦特化でフェンリルの氷属性に対抗出来るような魔力特性を持っていないであろう美羽蘭を助けようと晃生が叫びながら駆け出すが——
「ン? 来たのか不死身の少年。我なら心配要らんゾ。後ろの仲間を守っておレ」
「え、でも……」
一瞬戸惑う晃生だったが、吹雪に包まれた美羽蘭が凍ることなく平然と立っているのを見て足を止め、言われた通り自身や木乃香達を回復の魔力で包む。
灯真と舞桜は相殺と同調の性質を持つその魔力特性からある程度は抵抗出来ているようだったが、他の3人にこの精霊クラスの広範囲攻撃は厳しいものがある。
「さて、この暑い密林で涼ませてもらった礼に、そろそろ終わらせてやろうカ」
吹雪も効いていないとみたフェンリルが周囲の空間に無数の氷槍を生み出し、美羽蘭に向けて超高速で撃ち出した。
だが真正面から駆け抜ける美羽蘭はまるで飛んでくる場所が分かっているかのように躱しながらすり抜けていく。
そしてフェンリルの目の前まで到達した所でバッと跳び上がった。
そこで——不思議な事が起こる。
あれだけのスピードを有しているフェンリルが、一拍遅れて美羽蘭が跳び上がる直前にいた地面にガスッッと爪を立てたのだ。
まるで同期ズレを起こしたかのように。
(何だ今の……?)
晃生が疑問に思う中、フェンリルの死角である頭上を悠々と落下する美羽蘭が右腕を振りかぶり——
「天墜の勁」
——ズドォォォォオオオオオオオオンンッッッッ!!!!
ダイアウルフを吹っ飛ばした時よりも強力な掌底でフェンリルを無理やり地に平伏させた。
「フッ、見よったか少年達ヨ! 我が美しき武闘ヲ!」
まるで大観衆の前で猛獣を倒した剣闘士のように大仰に手を広げて見せる美羽蘭に対し、晃生が素直に称賛を贈ろうとすると、
「あら、もう終わったのね。まあ心配はしていなかったけど」
と、向こうに残ったはずの亜凰がまた飛んでやってきた。
「亜凰。日本は大丈夫なのか?」
「ええ、今倒してきたので最後だったみたいだから、一応様子を見に来たんだけど……」
「こっちも我がしっかりやっつけといてやったから、万事解決だナ」
「ってか俺達と別れてからここまでの短時間でモンスターを倒して戻ってきたとか、どんだけだよ亜凰は。美羽蘭さんもだけど……」
「小僧。美羽蘭で良いゾ。戦場に立つ戦士に上も下もありはしなイ。戦闘中の意思疎通で余計な気を回しておれば、その僅かな隙が命取りになル」
「そう、か……? じゃあ遠慮無く——」
晃生が試しに美羽蘭と呼んでみようとした時、グググッと体を震わせながらのフェンリルがゆっくりと起き上がった。
「コイツまだ……ッ!」
「否、もう闘う必要は無いゾ」
すぐ両手に炎を灯した灯真を手で制した美羽蘭がフェンリルに優しい眼を向ける。
「お前ももう地球に出てきたりするなヨ。こっちでゆっくり暮らしていれば良イ」
——クゥーーン
美羽蘭の言葉が分かるのか、犬が甘える時や服従を示す時のような鳴き声を上げたフェンリルがゆっくりとゲートから離れて行こうとした、その時。
——ザザァァーーーーーッッ
突如として風が強まり、木々の葉が激しく擦れ始めた。その音がどこか不穏な空気を感じさせる。何か……嵐が来る前兆のように。
(何だ……気圧が低下している……?)
そのことに気付いて晃生が空を見上げると、上空で横向きに発生している竜巻がこちらに向かってやってきていた。
「おいおいおいッ、何だよアレはッ!?」
灯真も気付いて叫ぶ中、雲を巻き込んで白い龍のように見えるそれはちょうど晃生達の真上で方向転換し、急降下してきた。
「中に、何かいる」
竜巻の中に強大な魔力を感じ取った勇斗が魔剣の柄を握りながら呟く。
ゴゴゴゴゴゴゴゴォォォッッッッと吹き荒れる暴風に晃生達の髪や服がバサバサと暴れるが、降りてきた竜巻が地面に到達する寸前でバッッッと掻き消え、さっきまでの超常の気象現象が嘘のように静かな無風状態になった。
その竜巻が降りて来た地点に、1人の女性が立っている。
「はじめまして。残りの害虫はそれで最後ですか?」
ロシア語の挨拶の後で透き通るような声に似つかわしくない言葉遣いをしたその女性は、真っ白な髪と真っ白な肌に純白のワンピースを纏っており、まるで雪の妖精のようだ。
瞳は左右で色が違い、左眼が淡い青、右眼がダークグリーンとライトブラウンを混ぜ合わせたような淡褐色で、長い前髪の隙間から宝石のように美しく覗いている。
先天性白皮症×虹彩異色症。
1億人に1人とも言われ、どこか現実離れした神秘ささえ感じさせる奇跡の美貌を持った女性だ。
この異世界に住む妖精だと言われても信じてしまう程に。
「リーリヤ。相変わらずの毒舌と派手な登場だナ」
「美羽蘭……派手好きの貴女に言われたくはありません」
リーリヤと呼ばれたロシア人と思われる女性と美羽蘭が会話する中、晃生は目を見開いて戦慄していた。
竜巻が消えた直後、一瞬だけ青いオーラが漏れ出ていたのが見えたからだ。
(亜凰と美羽蘭に続いて、まさかこの人も総軍級なのか……!?)
「晃生君。貴方が思っている通り、彼女は青の六軍の1人——リーリヤ・カルナウフ。私や美羽蘭と同じ総軍級の能力者よ」
晃生の表情を見て察した亜凰がそう教えてくれる。
「……ロシアの総軍級が空の支配者ってのは聞いたことあったけど、あんな竜巻を起こせる風属性最上位の能力者だったとは……」
「いいえ、彼女が操るのは——大気そのものよ」
「大気……?」
晃生の中でリーリヤに対する驚きが冷めやらぬ中、また強大な魔力が近付いてきた。
「やー、楽しそうな所に来ちゃったなー。あ、こんちは〜」
そう言いながら空中を歩いて来たのは、とてつもないプロポーションの韓国美女。
バストとヒップは大きく張り出しているのに腰はあり得ない程くびれていて、ジーンズに白Tシャツというシンプルな服装にも関わらずオシャレに見えてしまう。
二重の大きな目、ぷるんとした厚い唇、シミひとつなく透き通った白い肌、ウェーブがかかった艶のある長い黒髪、それら体を構成する全ての要素が完璧と言っても過言ではない極上のルックスだ。
「リラだよーん。っていうか勢揃いじゃーん。三国同盟でも結ぶのかな?」
長身を主張するような美脚で見えない階段を降りてくるように空中を踏み、地面に着いたその女性はモデル歩きでやって来た。
「この魔力……また、総軍級なのか……!」
「うん、私、テレビで見たことある。윤 리라……韓国まるごと魔力障壁で覆ってるっていう、結界能力者だよ……」
(魔力障壁……さっき空中を歩いてたのも、それで見えない足場を作ってたってことか)
木乃香の情報にまたも目を見開く晃生の後ろから、
「フン、仔犬ごときをまだ仕留め損なっていたのか」
と、突然女性の声が聞こえてきた。
「——ッ!」
(いつの間に……ッ!? なんの気配も感じなかったぞ……!)
気配察知に優れる晃生と木乃香の背後をいとも容易くとったその女も、微かに漏れ出る青い魔力からして——総軍級。
これまでの女性と比べて身長は低く幼い見た目で、黒を基調としてフリルやレースをあしらったゴシックファッションのドレスを着ている。
ストレートの銀髪はまるで魔銀石を紡いだかのように美しく、切れ長の目は青灰色の碧眼だ。
「アウレリア・パラディース……」
勇斗がその名を呟く。
「知ってんのかよ勇斗」
「うん……僕が理想とする一騎討ちの最強として名高い人だからね。あの若さでドイツのNo.1ギルド——【黒い盾】のギルドマスターを務める影使いだよ」
(影……だから気配を悟らせずに移動出来たのか。1番厄介な暗殺タイプだな。それにしても……)
この場に集った総軍級の超人——亜凰、美羽蘭、リーリヤ、リラ、アウレリア。
全員が超高エネルギーを示す青い魔力を纏っており、その濃密なオーラはまだ解放していないにも関わらず息が詰まりそうな程だ。
その息苦しさの中で、晃生はさっき亜凰が言っていた言葉を思い出す。
『——暴れていた精霊クラスのモンスター達が何故か突然異世界へ帰って行ったらしい』
(あれは、たまたま来日していたこの人達の馬鹿げた魔力を感じ取って逃げていったってことか……?)
日本に来ていた理由がたまたまなのか、美羽蘭のように救援に駆け付けたのか、または何か別の目的があるのかは定かではないが、少なくともこの場に来た理由は、5人の内後からやって来た3人——リーリヤ、リラ、アウレリアに限って言えば、フェンリルが持つ魔物特有の魔力を感知し、殺す為にやって来たのだろう。
「……随分と観客が増えたようですが、早くその魔物を殺してしまいましょう」
「だよねー。結構強い精霊みたいだし、放っとくとすぐ魔素を取り込んで面倒なことになっちゃうしね〜」
「同感だな。自分が一撃で首を刎ねてやろう」
総軍級の3人がそう言いながらフェンリルに殺気を向けると、割り込んだ美羽蘭がそれを制した。
「待テ。此奴を倒したのは我ダ。生殺与奪の権利は我が握っておル。そして我は無意味な殺しをする気はなイ」
「……」
「いや〜、無意味じゃないでしょ。生かしとくとまた地球に来て人を襲うかもしんないじゃん? それが韓国だったりしたら責任取れるの?」
「だな。リラの言う通り、ベルリンで暴れる前に始末する。統一と正義と自由を侵害するものは全て排除せねばならん」
美羽蘭の言葉に対しリーリヤは無言だったが、意見を変えるつもりはなさそうだ。
リラとアウレリアの自国での被害を危険視する言い分ももっともであり、譲ることはないだろう。
「私も、弱い者いじめは嫌いなのよね」
ここで亜凰も美羽蘭側に立った。
「亜凰……あんたはそんな情で動くタイプじゃないと思ってたんだけどな〜」
「あら、貴女も亀みたいな防御能力のくせに随分と攻撃的なことを言うのね、リラ」
「斥力で押し退けるばっかのそっちの方が亀っぽいんじゃないかな〜。リラの障壁は——相手を押し潰すよ?」
自分のことを名前で呼ぶらしいリラは、喋り方から感じられる可愛らしさの中に底知れない圧力を秘めている。
さっきの戦闘のダメージで弱っているフェンリルの前に立ちはだかる亜凰と美羽蘭。そこに向かい合う形で並び立つリーリヤ、リラ、アウレリア。
一触即発の空気の中、世界最強同士の魔力に当てられた大地が、木々が、大気がゴゴゴゴゴゴゴッッッと震え、そのプレッシャーが、緊張が高まっていく。
どこまでも——留まる所を知らず。




