第80話:2人目の総軍級
「退がっておレ」
突如として現れ、木乃香達の窮地を救ったのは、チャイナドレスに身を包んだ長身の女性。
白を基調として黒いラインで縁取られ、銀の装飾が施された絢爛豪華なドレスは凹凸の激しい美女の肢体を主張するようにピッタリと張り付いており、際どい高さまで入った分け目からは綺麗な脚がスラリと伸びている。
大人っぽい見た目と妖艶な雰囲気に反して髪型は高い位置で結んだツインテールを三つ編みにしてリング状にしたポンデリングヘアーで可愛らしさも兼ね備えている。
正統派チャイナビューティーという言葉が相応しい、息を呑む程の美女だ。
「誰だあれ」
舞桜が無事で密かにホッとする灯真が誰にともなく声を漏らすと……
「我は司 美羽蘭。小僧共、助太刀してやろうゾ」
と、その中国美人が応えてくれた。
起き上がったダイアウルフは怒り心頭といった様子で顔に皺を寄せ、グルルルルルゥゥッと唸り声を上げる。
その巨大な口がガパァァッと開いたかと思うと、口腔内にキュィインッッと魔力を収束させていく。
「砲撃よ!」
自身と同種の無属性攻撃、魔力をそのままエネルギー波として放つ技だと直感的に気付いた愛奏音が警告するが、砲口である大口を向けられている美羽蘭と名乗った美女は避ける素振りを見せず、むしろ左脚を1歩前に踏み出した。
「我のことを良く見ておくと良いゾ」
美羽蘭はスッと腰を落とし、左手を前に突き出して右手は引く——中国拳法の中でも見たことのないオリジナルの構えをとった。
強いて言えば八卦掌に近い印象を受けるが、やはり重心の軸や手の角度が違う。独自の流派だ。
ダイアウルフを見据える美羽蘭から、可視化出来るほどの濃密な魔素粒子が青いオーラとなって立ち昇る。
それは、亜凰が臨戦態勢に入った時と同様の現象。
電磁波の可視光線のうち、青色の光が最も波長が短く、最も強いエネルギーを持っている。炎も温度を上げていけば青色に近付いていき、同じ理由で電流も高エネルギーになるほど青い光を放つ。
亜凰の【蒼鷹】ギルドも天敵のいない鷹と合わせてここから名付けられたギルド名だが、これは魔力エネルギーも例外ではなく、亜凰のような最強クラスの魔力はエネルギー密度が高すぎて人間の眼には青く知覚される。
つまり、青いオーラを纏う美羽蘭もまた亜凰と同格——総軍級の能力者ということ。
(美羽蘭……もしかしてこの人がアンナ先生が言ってた中国の総軍級……青の六軍の1人か……ッ!)
戦闘中でありながらも美しいその佇まいに晃生が息を呑む中、魔力収束を完了したダイアウルフが咆哮撃を放つ——!
——ッドォウウウウウゥゥゥゥッッッッ!!!!
迫る凝縮された魔力の波動に美羽蘭は引いていた手を添え、優しく触れるように受けた。
次の瞬間、舞うように振るう手に誘導されてグニャリと曲がった魔力波が美羽蘭を中心に回っていき、1回転したところで真球形となって手元に制止した。
さらに美羽蘭が掌で押し潰すような仕草をすると、それに合わせてエネルギー球が圧縮されていく。
「ほれ、返してやろうゾ」
美羽蘭がポッと掌で押し出すようにすると、その圧縮魔力弾がとんでもない速度で撃ち出された。
——ッドォォォォォォオオオオオオオオンッッッッッ!!!!!
圧縮された分威力を増したエネルギーが一気に解放され、ダイアウルフに直撃して大爆発を引き起こす。
一堂が爆風に目を細め、顔を腕で覆った。
「今のは……緋彩みたいに相手の能力を操ったのか……?」
「いや、緋彩のは同属性の魔力現象に自分の魔力を使って介入してやがった。相手の魔力自体を乗っ取ったなら、完全に別モンだぞ……!」
晃生の疑問を、以前緋彩に自身の炎を奪われたことのある灯真が訂正する。
全員が決着が付いたと確信していたその時、美羽蘭だけが爆風で巻き上がった土煙の方をバッと見やると——最後の力を振り絞るダイアウルフがドゥッッと地を蹴り、煙を吹き飛ばしながら飛び出してきた。
灯真や勇斗よりも先に身構えた晃生、よりも先に駆け出した美羽蘭が真正面から迎え撃ち——掌底でズドォォォオオオオオオンッッッッと弾き返す。
おそらく狙ったであろう、背後にあったゲートへと吹っ飛ばされ消えていったダイアウルフを晃生達がぽかーんと眺め……美羽蘭はフッと笑うドヤ顔で晃生達へと振り返った。
(今、この人……ダイアウルフが動き出す前に反応してなかったか?)
晃生とて油断していた訳ではない。魔力感知で土煙が舞う中を探り、ダイアウルフに動きがなかったからこそ決着を確信したのだ。
そして直後にまた高速で駆け出したダイアウルフに対し灯真達より早く反応も出来ていた。にも関わらず、美羽蘭はその晃生よりも先に対応してみせた。
「何者だてめぇ」
助けられたとはいえ、灯真は突然現れた超常の戦闘力を持つこの中華美人を少なからず警戒して問いかける。
なにせ晃生よりも軽い体重と遅い腕の振りだったにも関わらず、今美羽蘭が繰り出した掌底は晃生と同等レベルの撃力を生み出してダイアウルフの巨体をブッ飛ばしたのだから。
察知能力といい戦闘能力といい、得体が知れない。
「ン? 我か? 言っただろウ。司 美羽蘭だト」
「そういうことじゃねぇよ」
「まあ灯真。木乃香達を助けてくれたんだし、そう警戒しなくても良いだろ」
晃生も自分の超感覚を上回る美羽蘭に驚きつつも、助けられたことは事実なので頭を下げる。
「悪い。助かったよ。俺達が苦戦してたダイアウルフを簡単に倒したからビックリしただけだ」
「哈哈哈っ、当然ヨ。我は総軍級。中国でも最強の武人だゾ」
「総軍級!? あの亜凰さんと同じ……」
日本ではたった1人、世界でも6人しか存在しない最強クラスの能力者と聞いて木乃香が驚きの声を上げる。
「亜凰……ツツジモリアオか。彼女には先月中国で複数の龍種が暴れた時に助けられてナ。その義理があって、この日本の騒動の救援に駆け付けたという訳だゾ」
(そう言えば、次の任務で中国に行くって前に亜凰が言ってたな。あの時中国でそんなことが起きてたのか……)
「安心する良いヨ。我がこの国で暴れてる奴ら全部ぶっ殺しといてやるからナ」
「——あら、じゃあお任せしちゃおうかな」
美羽蘭の台詞に言葉を返しながら突然空から生身で降りてきたのは、今まさに話題に上がっていた亜凰だ。
「アオ! この間は世話になったナ。龍退治の借りを返しに来たついでに、もう1コの借りも返してやろうカ」
——ズァァァァァアアアアアアアアアッッッッ!!!
台詞の最後を凄んで言った美羽蘭から、青い魔力と共に濃密な殺気が放たれる。
凄まじい圧力に晃生達が1歩、無意識に後ろへ退がらされた。
「……借りを返す気があるなら、今は魔物退治を優先してほしいんだけど?」
——ゴゥゥゥゥゥウウウウウウウウウッッッッ!!!
亜凰からも暴風のような魔力が放たれ、オーラのようなそれが2人の中間で鬩ぎ合う。
大気中の全魔素粒子が激震するような錯覚——いや、錯覚ではない。アスファルトにはビキビキビキッとヒビが入り、対流圏の下層で青空を隠していた層積雲さえ押し退けられて……雲間から差し込む光の柱——薄明光線がまるでスポットライトのように美羽蘭と亜凰を照らし出した。
(なんて魔力の規模だ……どっちもバケモンかよ……ッ!)
魔力の衝突だけで天地を割った総軍級の規格外さに戦慄する晃生達。
「これが、青の六軍か……!」
10万人以上の兵士から成る軍隊でも最大の編成単位である総軍。その戦力を個人で有する者同士の、超常の決戦が今まさに始まるかと思われた——次の瞬間。
ガルルルルルルァァァッッッと鼓膜を震わせる唸り声と共に、ゲートから巨大な狼が現れた。
巨大とは言っても象くらいの大きさで、ダイアウルフを見た後では小さく見えてしまうが、感じ取れる魔力量は比べ物にならない程に膨大で、晃生達がこれまで戦ってきたモンスターの中では明らかに最強クラスの存在だということが肌感覚で伝わってくる。
「あのダイアウルフが犬っころのボスじゃなかったのかよッ!」
「ああ、強いぞこれは……!」
輝くような白銀の毛並み。白刃のような爪と牙。体表に薄く淡い光を纏っており、魔物でありながらも凶悪というよりは神秘的でどこか神々しささえ感じさせる——美しい白狼だ。
「これは……氷雪ノ魔狼。精霊ね」
「是。面白そうな奴が出てきたナ」
怪物の出現にむしろ楽しそうな顔をする総軍級の2人。
「精霊? 魔素生命体の中でも特に強いって習ったけど、あれがそうなのか」
「ええ。貴方が以前戦っていた炎の魔人と同じ、純粋な魔力の塊よ。輪郭に魔素の揺めきがみえるでしょう?」
宮沢の授業を思い出しながらの晃生の呟きに亜凰が答える。
高い魔力の影響か全身から微弱な光を放っているため分かりにくいが、よく見ると確かに輪郭が一部揺らいで見える時がある。
明確な実体を持たない精霊特有の現象だ。
「ハッ、ようやく精霊様のお出ましか!」
「魔力を削り切れば良いって授業で言ってたね。だったら他の魔物とやることは同じ。斬りまくれば良いだけだ」
好戦的な灯真と剣技を試したい勇斗が一目散に駆け出した。
火炎の拳と魔剣の白刃が同時にフェンリルへと襲い掛かるが——
——オォ゛ォォォォォォォォォオオンッッッ!!!
耳を塞ぎたくなる程の遠吠えと共に、フェンリルを中心として絶対零度の猛吹雪が吹き荒れる。
突風に吹き飛ばされるだけでなく、原子の熱振動がほぼ止められた空間で灯真の炎が蝋燭の火のように吹き消され、勇斗ともども急激に体温を奪われて呼吸や脈拍が弱くなっていく。
(氷雪ノ魔狼……氷属性の精霊かッ……!)
すぐさま晃生が飛び出し、回復の魔力で灯真達を包みながらフェンリルに迫る。
上を向いて吠えていたフェンリルの死角から瞬時に肉薄した晃生は、ダイアウルフのような機動力を持っていたら厄介だと考えて左後ろ脚を折るつもりで殴りかかる。
だが——拳はまるで雪を殴ったように手応えなくすり抜けた。
(え……!?)
予想外の感触に体勢を崩した晃生を、瞬時に攻撃に転じたフェンリルの爪が襲う。
ドガァァァアアアンッッッと打撃と斬撃を同時に喰らった晃生はブッ飛ばされ、ビルの外壁に激突する。
(くそッ、なんでそっちの攻撃だけ当たるんだよッ……!)
内心で文句を言う晃生の眼に、大口を開けて魔力を溜めるフェンリルの姿が——
「哎呀呀、世話が焼ける少年だナ」
美羽蘭が助けに入ろうとするが、亜凰の引力にチャイナドレスの襟元を引っ張られて「ぐぇっ」と声を上げる。
「彼なら大丈夫よ」
「……?」
2人が見守る中、フェンリルの口から放たれた氷雪のブレスが晃生に直撃する。
晃生は腕をクロスして受けたが、極寒のブレスがその身を凍らせていく。
原子の振動が止まり、ピキピキピキッ、パキッッと晃生の体内や空気中にある液体が固体へと変わる音がして……晃生の体が完全に氷に包まれた。
「喂喂、やられたゾっ」
「良いから見てなさい」
焦る美羽蘭に対し、ニヤっと笑みを浮かべる亜凰が余裕の態度で答える。
晃生の強さを知る木乃香達も少し心配そうな顔を向けているが——全員が注目する晃生を封じた氷にビキッッッと亀裂が走った。
「ほらね?」
亜凰が言った直後——バキィィイインンンッッッと氷を破壊した晃生が勢いよく飛び出してきた。
「冷た。熱耐性は結構高くなったけど、冷気への耐性はまだまだだったな。今のでちょっとついた気がするけど」
服や髪に付いた氷片を払いながらの晃生に、美羽蘭が驚きの眼を向けて近付いて来た。
「あの状態から自力で復活しただト? さっきの吹雪の効果も打ち消していたし、熱か振動系の能力なのカ?」
「え、いや、回復系だけど……ってかあいつ殴れないし、精霊って全部ああなのか? どうやって倒せば良いんだよ」
「哈哈哈っ、よし、我が教えてやろウ。よく見ておけ小童」
(小童って……この人亜凰と同じくらいで年齢そんなに違わないだろ……)
見せ場が来たことが嬉しいのか、ワクワク顔で言った美羽蘭がフェンリルへ歩いていく。
コツ、コツ、と靴音を鳴らし、ゆっくりと。
晃生よりも高い魔力を持った人間の接近に警戒するフェンリルはすぐに美羽蘭の方を向き、魔力で発生させた極大の雹弾を放つ。
美羽蘭は歩を止めることなく進み、迫り来る雹弾にトンっと掌底を当てた。
バガァァァアアアアアアアアンッッッと真っ二つに割れた巨大な氷が美羽蘭の左右を抜け、背後にズズゥゥウウンンンッッッと落ちる。
(あれだ。あの力を込めない高威力打撃……どういう原理だ?)
巨大雹弾を放つと同時に超スピードで美羽蘭の背後に移動したフェンリルが爪を光らせて前脚を振りかぶる——が、動きを読んでいたかのように既に後ろ回し蹴りを放っていた美羽蘭の脚がフェンリル自ら当たりにくるようにヒットし、例の寸勁のような打撃とフェンリル自身の超スピードも相まって凄まじい威力を生んだ。
ッドゴォォォォォオオオオンッッッとブッ飛んだフェンリルはそのまま出てきたゲートを潜って向こう側へと消える。
(さっきと同じ、動きを読んでるのか……いや、それよりも——あのフェンリルを蹴った?)
晃生が殴った時はまるで手応えがなかったフェンリルの魔素で構成された肉体を捉えて蹴り飛ばした美羽蘭を驚愕の眼で見つめる晃生。
「アレは地球で暴れさせると厄介だし、異世界で相手してくるゾ」
そう言い残して美羽蘭はゲートの向こう側へフェンリルを追いかけていった。
「晃生君。美羽蘭を追いなさい。彼女の戦闘を見ていればきっと得るものがあるわ」
「え、でも、今は日本中が大変なんじゃ……」
「大丈夫よ。暴れていた精霊クラスのモンスター達が何故か突然異世界へ帰って行ったらしいわ。だから後は私1人いれば充分よ」
マッハで飛び回れる亜凰が任せろと言うのだから、これほど頼もしい相手もいない。
「分かった。じゃあ皆行こうか」
「ああ。あのワン公燃やさねぇと気が済まねぇ」
「ふふっ、勇ちゃんもあのフェンリルを斬らないと気が済まない?」
「いや……だから僕を殺人鬼みたいに言うのやめてよ……」
そんなことを言い合いながらゲートを潜っていく晃生や木乃香達6人を見送り、亜凰もバシュゥゥッッと超音速で飛び立った。




