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解離性アストラルレイド 〜異世界大戦〜  作者: Aki
第1章 覚醒者達
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第8話:遭難

「ゲートが、無くなってる……!」

 晃生と木乃香は周囲を(くま)なく見渡すが、ここに来た時確かにあった空間の穴は、影も形も無くなっていた。


(これじゃ帰れない……!)


「本当に、ここなのか……?」

「うん……まだあの猫さんの匂いも残ってるし、間違いないよ……」


 焦りと絶望が、2人の心を埋め尽くしていく。


(くそッ、確かに、あの穴がいつまでも開いたままなんて確証はどこにも無かったんだ……!)


 冷静に考えてみると、あれがワームホールだという仮説が正しいとして、宇宙からすれば極小規模の空間の(ねじ)れなんて不安定なものが長時間同じ場所に存在しているはずがない。


「ごめん、天音さん……俺が無理に黒猫を追いかけなければ……!」

「晃生君のせいじゃないよ。付いてきたのも戻ってきたのも私自身が決めた事だし」


 木乃香はそう言って微笑むが、それでも晃生は責任を感じずにはいられなかった。


(どうする…… このままじゃジャックと同じで宇宙の果てに遭難するぞ……!)


「俺も記憶を取り戻す手掛かりが無くなったのは残念だが、取り敢えず、俺の(ねぐら)にでも来るか?」

 途方にくれる2人にジャックがそう提案する。


 心の陰りと比例するかのように、日が傾いてきている。魔獣が彷徨(うろつ)くこの異界のジャングルで、拠点なしに夜を過ごすのは流石に危険すぎると、力を得た晃生と木乃香も理解していた。


「……そう、だな。切り替えるしかない。じゃあ、お邪魔させてもらうか。天音さん」

「う、うん」

 

 方針が決まった一行はジャックの案内で移動し、着いた場所はさっきの石像建造物だった。


「……これ、ジャックの家だったのか。お前が作ったのか?」

「いや、作った訳じゃないが、まあ中が空洞になってるし、便利なんだ」


 一部人が通れるくらいの穴が空いていた中心部分の巨岩に入っていくジャックに続いて2人も中に入ると、8畳くらいはある外観と同様の正方形の空間だった。家具は丸太の椅子と枕くらいしかないが、手ぶらでジャングルに来たことを考えればかなりの好物件だ。

 

「じゃあ俺は完全に日が暮れる前にコイツらと狩りに行ってくるから、好きにしといてくれ」

 そう言って仲間の魔物を連れてジャックは出ていく。


「あー、じゃあ俺らも近くで果物かなんか採ってくるか」

「そうだね。色々見たことない木の実がなってたし」


 待っているだけでは悪いと思った晃生と木乃香も付近を探索することにした。


「何か、キャンプとかサバイバルみたいでちょっと楽しいね」

「ああ、異世界キャンプをちょっと楽しんだら、帰ろう。天音さんだけでも、絶対地球に帰す」


 並んで歩きながら楽観的なことを言う木乃香の言葉に不安が混じっていたのが分かった晃生は、その話題に乗っかりながらも安心させるようなことを言う。


 真剣な晃生の言葉にドキッとした木乃香が返答に少し間を開けてしまってから、

「……ダメだよ。そんなんじゃ。一緒に帰らなきゃ意味ないじゃん。また私、戻ってきちゃうよ?」

 と反撃するように笑顔を向けてきて、今度は晃生がドキッとさせられる番だった。


「そ、そうだな。一緒に帰ろう。お、これ葡萄(ぶどう)みたいで美味そうだ」

 晃生は照れたのを誤魔化すように、近くの木に垂れ下がっていた房状に()る黄緑色の実をパクッと食べる。


「おお、レモンよりめちゃくちゃ酸っぱいけど、クセになる。美味い」

 そう言って(ふさ)ごと採っていこうとした晃生は地面に(つまず)き、反射的に出るはずの1歩が、出ない。

「うっ……!」

「晃生君!?」


 ドサッと体の前面から崩れるように倒れてしまう晃生。


(何だッ……か、体が……動かないッ……!)


 起き上がろうとしてもその手足に力が入らない晃生の様子から見て、おそらく弛緩性の麻痺毒だろう。


「はぁっ……はぁっ……はぁっ……!」

 呼吸筋までもが麻痺し、息が荒くなっていく。

(苦しいッ……いや、焦るな……!)


 ——超回復。


 能力を使った途端、スゥーっと苦しさが減っていく。

「はぁっ……はぁっ……はぁ……はぁ……ふぅー……」


回復能力(スキル)があって助かった。なんて即効性の強い毒だ……!)


「だ、大丈夫……?」

「あ、ああ。ヤバかった」

「もう……早速また心配させて……食べるのはジャック君に見てもらってからにしよ」

「そうだな。まあ回復能力使いながらだったら食べられそうだけど……」

「ダメ、やめて」

「……はい」


 その後、ジャックが狩ってきたイノシシ系の魔物をチビドラゴンの炎で焚き火をして焼いていき、晃生と木乃香が採ってきた果物と一緒に食べる。


「うっま! なんだよこれ……高級な豚肉みたいだけど、旨味が桁違いだ。なんの味付けもしてないのに」

「うん、直火焼きなのにめっちゃ柔らかいね! 美味しー!」


 豚肉は『極上』『上』『中』『並』『等外』の5段階にランク付けされ、最高級の『極上』は年間僅か0.2%程しかない。

 晃生は以前たまたま流通量の少ないブランドポーク、極上の白金豚(はっきんとん)を食べる機会があったのだが、その時食べた鉄板焼きの豚肉よりも圧倒的に美味しいと感じていた。


 異世界の食材に2人がテンションを上げながら食べ終わり、話題は今後のことになっていく。

「それで、今後どうする? もし俺が1年前にそのゲートを通ってここに来たという仮説が正しいなら、もう1年待てばどこかでまたゲートが発生するかもしれないが……」


(……あんな奇跡中の奇跡みたいな現象が、偶然同じ場所を繋ぐ可能性なんて……いや、そう考えると、ジャックの時からたった1年で2回目のゲートが地球と異界を結んだのは何でだ……?)


「確かにこんなの、宇宙に生命が誕生するより低い確率の超常現象のはずなのに……」

「うん。それが同じ場所で、1年で2回も……偶然で済むレベルじゃない高頻度だね」

「もしかしたら、何らかの理由で頻発している現象で、探せば見つかる可能性がなくはない、かも知れないんじゃないか……?」


 何も証明できず、どこにも証拠はない。不確実もいいところな可能性だが……


「賭けるしかない……か」


 3人はひとまずあのゲートが再現性のある現象と仮定することにした。


「なら後は、どう捜索範囲を広げるかだ。ジャック、さっき魔力の波動を感じたとか言ってたけど、視界外でもそういうの探知出来るもんなのか?」

「魔力感知は魔力があれば誰でも出来る。自分の魔力をそのまま体外に放つだけで、後は感覚だ。あらゆる物に魔素は含まれているから、ぶつかった感じで周囲が把握出来る」


(イルカとか潜水艦みたいな能力だな……音の代わりに魔力を利用するわけか)


「魔力ってのは体内で強く作用するもので、体外へ与える効果は基本的に弱くなるが、魔力が多いほど感知できる範囲も広くなる」

「なるほど。魔力をそのまま放つ……」


 晃生はアクティブソナーや反響定位(エコーロケーション)をイメージし——パァァァッと、最初に魔力が知覚出来るようになった時の感覚を思い出しながら魔力を広げていく。


「……俺の背中の方向。100mくらい先にいるのは、蛇か……? デカすぎるだろ……全長20mはありそうだ……」

「うん……胴の直径は60cmくらいかな……信じられない大きさ……」


(この2人……もう半径100mまで感知しているのか。それも正確に……)


 その後も晃生と木乃香はジャックにやり方を教わりながら魔力感知を練習し、明日から3人で手分けしてゲートを探索していくことになった。


「じゃ、今日はこのくらいで寝て明日に備えるか」

 そう言った晃生がその辺の床に寝転ぼうとすると、ジャックに「晃生」と呼ばれ引き止められた。


「この世界に閉じ込められて辛いか?」

「何だよ改めて……まあ、そうだな」

「私も、向こうに家族も友達もいるし……帰りたい」

 2人の意思を確認したジャックは目を閉じて笑い、岩でできた部屋の外へ歩いていく。

「来い。2人とも」

「……?」


 促された2人も、妙に明るい夜の外へ出ると、ジャックが岩に触れ、


「——立て(・・)ゴーレム(・・・・)


 そう言った時——ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴッッッ——地鳴りのような音が(とどろ)き、その巨岩が動き出す。


「おいおい、魔力が多く含まれてるとは思ってたが……!」

「嘘……これも、モンスター……?」


 ガスゥンッ、ガスゥンッと衝撃を響かせて2足で立ち上がったその全体像は、人型。マンションが立ち上がって動き出したかのような、圧倒的なスケール。

 その岩石巨人が地面に手と思われる部分を降ろしてくる。まるで「乗れ」と言うように。


「これ……ジャックが操ってるんじゃないのか?」

「そうじゃない。コイツも俺の仲間で、ゴーレムだ。言っただろ、便利だって。乗ってみろ」

「……大丈夫なの? これ」

 不安そうにする木乃香に、先に飛び乗った晃生が手を伸ばす。


「行ってみよう。貴重な体験だ……!」

 恐る恐る乗り込んだ晃生と木乃香を乗せたまま、ゴーレムは手を肩の位置まで持っていく。2人を左肩に乗り移らせた後、手を下ろしたゴーレムの右肩にはジャックが片膝を立てて座り、目線で空を指す。

「ほら、上だ」


 その視線の先にあったのは、地球では絶対に見ることも出来ないような、満天の星空。

 青、赤、緑、黄色等の色彩豊かな恒星が宝石のように夜空を飾り、所狭しと(きら)めいている。

 地球よりも大きく見える雄大な月が2つ——青藍と白銀に輝きながら浮かんでおり、そのうちの1つには重力によって周囲を公転する塵や粒子でできた(リング)も肉眼ではっきりと見える。

 それはまるで、宇宙望遠鏡の中にある景色を夜空に貼りつけたかのような、幻想的な光景だった。

 

(綺麗……!)

 その夜空に、木乃香は言葉もなく、ただただ釘付けになっていた。


 その、時を忘れる程の絶景の中、キラっ、キラキラっ、キラキラキラっと、星々の合間さえ埋め尽くすように——流れ星が()ける。


 空気中のゴミや地上の灯りが全くないこの世界で見る星空は、地球上のどんな名所よりも美しくて……今、異世界に取り残されているこの状況さえ忘れてしまいそうで……


 ふと、晃生が木乃香の方を向く。

 

 地平線まで続く彼方(かなた)の星空と、地上から天を突く巨大樹を背景にして、その月と星々の明かりに照らされる木乃香の笑顔に目を奪われた晃生は……


 (まばた)きさえ惜しい——そう感じて、そっと自分の体を回復の魔力で包む。


 眼の渇きすら回復させ、自身にコンマ3秒の視覚遮断さえ許さない程その情景から目が離せなくなった晃生も同じく、ただ言葉もなくその光景を眺めた。


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