第78話:初陣
蒼天ギルドのビル——その一階裏側の専用駐車場からバイクとスーパーカーが勢い良く飛び出した。
「俺達はこっちの道から行く! 途中で暴れてる奴らもなるべく倒して行こう!」
「オーケー! どっちがボス倒すか競争だぞ晃生!」
「遊びじゃないぞ! 俺が勝つけどな!」
「も〜、とーまはすぐそうやって……」
「晃生君も意外と負けず嫌いだよね」
競い合うように加速した灯真と晃生は舞桜と木乃香にボヤかれながら分岐路を分かれ、それぞれ別ルートから築地を目指す。
「木乃香! 振り落とされるなよ!」
「うん!」
空気抵抗を減らす為に前傾姿勢になった晃生の胴を木乃香はぎゅっと強く抱き締める。
ギルドや自衛隊などの武装職に従事する能力者は、人命に関わる任務や緊急を要する案件の場合に限り、速度超過、信号無視、器物損壊等、一部の違法行為をある程度認められている。
当然出た被害に正当性が無ければ後日損害賠償請求等で責任を追求されることもあるが、魔物被害との区別が付き難いこともあり、多くの場合は国により補償される。
それを知っている晃生は左手でクラッチレバーを握り、左足でチェンジペダルを踏んでギアを4速から5速へ。
——ブゥゥンッッとエンジン音を鳴り響かせてさらに加速した晃生は車と車の間を縫うようなジグザグ走行で一般車輌を追い抜いていく。
途中から道の端々で人に襲いかかったり、店の食料を食い荒らしたりしているゴブリンが見えてきた。
「久しぶりだなぁ、ゴブリン。異界でやられた時とは違うってのを教えてやる」
「でも、なんかあの時のより大きいね……」
「マキナの情報によれば、マンホールの下で異常繁殖したゴブリンが地上に溢れ出したらしい。なんか変な物でも食べたんだろ」
木乃香の感想通り、今見えているゴブリン達は以前晃生達が異世界で襲われた時の個体よりも大きいようだ。
おそらく地球の栄養豊富な食材を口にして成長したのだろう。
異界のゴブリンは紛争地域の少年兵を思わせるサイズと戦闘力だったが、今見えているゴブリンは一端の兵隊の体躯をしている。
区別するなら、ゴブリンソルジャーといったところか。
「木乃香! 銃でゴブリン達を撃ってくれ! 誤射しなさそうな奴だけでいい!」
「分かった!」
肩越しに魔導銃を一丁木乃香へと渡した晃生は自身ももう一丁の銃を腋窩ホルスターから抜く。
アクセルとブレーキレバーがある右手はそのままハンドルを操作し、左手で銃を構えた晃生は——
——ドンドンッ、ドドドドドドッ!!
右利きの人間が左手だけで銃を扱うとなると相当な練度が必要だが、神経系の強化によって極めて精密な身体操作を可能とする上、左半身も利き側同様の動作性能を得ている晃生には関係が無く——バイクでの高速移動の中、車体操作をこなしながら不規則に動く的を市民に当てず撃ち抜かなければならないという高難度シチュエーションでなお、放たれた魔弾は全て一撃必殺を決めた。
木乃香には晃生程の身体操作性能はないが、猫特有の広い周辺視野で人が近くにいないゴブリンを狙って——撃つ。
——パンッ、パンパンッ!
木乃香の魔力特性——『不吉』によってまるでゴブリン自身が被弾しにいくような挙動と射線が重なり、木乃香も百発百中でゴブリンを撃ち抜いていく。
移動砲台と化した木乃香と晃生は驚異的なスピードでゴブリン達を一掃しながらマキナが表示するルートを突っ走る。
♢
晃生達が目指す築地場外市場の問屋街では、鮮魚貝類、肉類、青果等、漁港や産地直送の新鮮な食材を取り扱う店舗と、それらを買おうと訪れていた一般客、観光客に無数のゴブリン達が群がっていた。
「きゃぁぁああああッ!」
「よせッ、やめてくれッ!」
そこら中で悲鳴が上がり、言葉が通じないと分かりながらも許しを乞う市民達がパニックを起こしながら逃げ惑う。
そこへ、都内の治安を維持する警視庁の警官達が駆け付けてきた。
「市民の保護を最優先だッ! 非覚醒者は銃撃で距離を取りつつ避難誘導に回れッ!」
(くッ……ゲートの封鎖もあるのに、まさかこうも事態が重なるとはッ……!)
警官達を指揮するのは、この部隊のリーダー、銅一冴。
火災事故の被害者や日常的に炎と闘う消防士が魔力に覚醒した場合、水または炎系の能力を獲得することが多い。
銅一冴——彼もまた元消防官で放射に特化した火炎系能力を発現し、その火力を買われて警視庁の警備部・災害対策課にスカウトされた実力派だ。
「くそッ、この怪物共、銃弾が全然効いてないッ!」
——パンッ、パンパンッと警官達が銃撃を連ねるが、ゴブリンソルジャーの皮膚と筋肉が異常に分厚く、半端な威力の銃弾では重要臓器まで到達しない為相当な数を撃ち込まなければ致命傷を与えられない。
「退がれッ! ゴブリン共を車道の中心に誘導するんだッ! 後は任せろッ!」
一冴は伝統ある築地市場の店舗を燃やしてしまわないよう、銃撃によって開けた車道にゴブリン達を誘き寄せ、高火力の火炎放射で敵を一掃する。
——ゴァァァアアアアアアアッッッと突き出した一冴の手から放たれた火炎の奔流は迫り来るゴブリンの大群を飲み込み、後には黒く焼け焦げた死体だけが残った。
だが——
ドガァァアアアアンッッッと爆発のような破壊音が鳴り響き、噴火するように瓦礫が舞い上がったその方向を見ると——同時に破壊された店舗から、今倒したゴブリンソルジャーとは比べ物にならない巨躯の魔物が現れた。
瓦礫の吹き飛び方から見て、地下から地面を破壊して出てきたのだろう。
ゴブリンソルジャーの倍以上、4mはあろうかという体長。筋肉の隆起は常軌を逸していて、ボディビルダーとプロレスラーを掛け合わせてさらに二乗したような、力の塊のような異常生物だ。
(コイツが報告にあったゴブリンロード……退魔ギルドの能力者パーティを壊滅させた識別個体か……ッ!)
「全員民間人を連れて退避ッ! 誰も俺の戦闘範囲に入るなッ!」
(俺の最大火力で消し炭にしてやるッ!)
一冴はゴブリンロードに両手を向け、魔力を全て注ぎ込んだ高火力の火炎放射を見舞う。
——ッゴオオオオオオオオオォォォォォォォッッッとオレンジ色の焔光が輝き、ゴブリンロードを包み込む。
「はぁッ……はぁッ……識別クラスが相手とは言え、これ程魔力を使わされてしまうとはッ……」
一冴は体内の魔力が枯渇し、激しい脱力感に襲われながらも油断せずに火炎放射を撃ち続け、さらなる魔物が出現した場合に備えて警視庁本部に応援要請をしようと警察無線用の携帯端末を取り出した、その時——ブワッッッと炎の中を掻き分けて接近してきたゴブリンロードが一冴の眼前で拳を振りかぶる。
「えっ」
——ドガァァァァァアアアアアンッッッ!!!!
殴り飛ばされた一冴は築地市場の店舗を3軒突き破り、4軒目の外壁でようやく制止した。
「がはッ……ぁ……ぁ゛が……ッ!」
ぼたぼたと口から血を吐きながらも立ち上がろうとする一冴だったが、指の一本すら動かせない。
もはや全身の感覚も無く、目を開けているだけでも精一杯だった。
だがその目を覆いたくなることに、一冴が開けた穴から、さらに穴を押し広げるように破壊してゴブリンロードがやってきた。
(くそッ……トドメを……刺そうってのか……)
一冴の霞む視界の中で、頭蓋骨をトマトのように摘み潰せそうなゴブリンロードの大きな手が迫り——
——ウォンッッ!!
「あれがゴブリンロードかッ……!」
「晃生君っ、あの人やばいんじゃないかなっ!?」
「ああッ、分かってるッ!」
間一髪、晃生達が駆け付けて来た。
——ドドドドドドドッッ!!
親指でフルオートに切り替えた魔導銃を晃生が連射し、ゴブリンロードの顔面に魔力の弾丸を喰らわせる。
そこらのゴブリンと違って頭部を丸ごと貫通することは出来なかったが、眼を撃ち抜かれたゴブリンロードは堪らず一冴に伸ばしていた手を引っ込めて顔を覆った。
「木乃香! せーので跳ぶぞ!」
「分かった!」
晃生はアクセル全開のまま突っ込み、自分達は跳び降りてバイクをぶつけようとタイミングを測る……そこへ——
「俺のォッ……獲物だァッ!」
熱噴射飛行でオープンカーを置き去りにしてきた灯真が見せ場を掻っ攫うように登場し、爆炎を纏う拳で——ドガァァァアアアアアンッッッとゴブリンロードの巨体を殴り飛ばした。
「灯真!?」
「一足遅かったなぁ晃生ッ!」
(爆縮点火ッ……!)
放物線を描いて飛ぶゴブリンロードに、築地市場の店舗が火線の直線上に重ならないタイミングを狙って——
(極光火焔砲ッ!)
——ッドウウウウウウウゥゥゥゥゥゥッッッ!!!
ジュウッッと肉が溶けるような音が聞こえ、灯真の火線が消えると、ゴブリンロードの姿は跡形も無く消し飛んでいた。
「うっしッ、俺の勝ちだッ!」
「飛んでくるのはズルいだろっ。てか灯真が運転してたんじゃなかったのかよ」
灯真の反則プレーに晃生が抗議するが、
「勝ちは勝ちだ」
と、灯真は質問にも答えず腰に手を当てて勝ち誇っている。
「自動運転のボタンがあったから押してみたら、マキナが遠隔で操縦でしてくれたんだよ」
運転席が無人だった晃生の疑問には勇斗が答えてくれた。
「そんなことまで……」
『バイクでも可能です。使用時は端末からの音声認識を推奨』
「マジか……よし、とにかく片付いたし、次の目標に向かおう」
晃生が驚きながらもマキナの情報を携帯で確認し、次に近くで魔物が暴れている地点に向かおうとすると、
「ま、待ってくれ! 君達は何者なんだ? 強力な識別クラスの怪物をあんな簡単に……それに、死にかけていた俺の体も綺麗に治ってるし……」
一冴が傷一つない自分の体を見回しながら引き留めてきた。
「何者……? って言われてもな。なんて答えればいいんだ?」
「立ち上げたばかりだけど、【蒼天】ギルドの名前を出しておけば良いんじゃないかな」
「そうか。確かに」
返答に迷った晃生だったが、勇斗に言われてギルド名を名乗るのがしっくりきたようだ。
「立ち上げたばかりのギルド……それでこれだけの能力者が揃っているのか……」
「とにかく、魔力も戻ってると思うから、引き続き市民の保護をお願いします。お互い、出来ることをしましょう」
「あ、ああ。ありがとう。助かった」
一冴のお礼に頷いた晃生達は互いに目配せし、再びバイクと車を走らせる。
「次は墨田区だ! マキナの情報によればスカイツリーの根元でゲートが開いてて、そこからモンスターが出てきてるらしい! 最速で向かうぞ!」
「また2着でも泣くなよ晃生!」
「言ってろ灯真! ってか速さより途中のモンスター退治を優先しろよ?」
「わーってるっつの!」




