第71話:エラの谷で巨人を討つ
「こうも民間の邪魔が入るとはな。操華、お前は参戦しないのか」
「一凜こそ、部下に任せっきりで良いのですか?」
自衛隊と公安でそれぞれの部隊の隊長を務める2人、一凜と操華は隊員達がリライフのギルドメンバーと衝突し合う乱戦の中、涼しい顔で突っ立って会話している。
「部下が優秀だからな。唯一軍団級の鴻上仁だけは私が相手をする必要があると思っていたが、奴はあの少年にしか興味がないようだし、他のギルドメンバー程度は部下だけで制圧してもらわなければ困る」
「相変わらず鬼ですね……貴女の部下には同情します」
「実力主義なのはそっちも同じだろう。いつの間にか大出世しているようだしな」
「私は断っていたんですけどね。動きにくくて仕方がない。その点貴女は自由にやっているようで羨ましいです」
「フン、それにしても、何故陸将様が直々にこんな現場に出張って来た?」
「以前の役職通りの仕事だけとはいきませんよ。鴻上仁に対抗できる軍団級以上の能力者となるとうちでもそういませんから」
「その割にはお前も高みの見物をしているようだが?」
「部下の実践訓練も兼ねているので。それに……」
「……?」
「中川晃生なら、鴻上仁に勝つでしょうから」
♢
隊長2人が悠長に会話している間、部下達は極めて高い身体能力を誇るリライフの超克者達に苦戦を強いられていた。
混戦の中で味方を誤射しかねない為銃を使えず、超克者の土俵、肉弾戦に持ち込まれたからだ。
自衛隊や公安の特殊部隊も、数名の支援系能力者を除いてその多くが魔力適合時に肉体性能が強化された覚醒者で構成されている部隊だったが、やはり身体能力の強化倍率は一般的な覚醒者よりも超克者の方が高い傾向にある。
その超克者達の中でも特に強力な身体能力を持つ3人が目立って暴れていた。
「自衛隊の能力者ってのは質が低いなぁ! ま、金払いが良い民間ギルドの方に人が集まるから当然か」
そう言いながら自衛隊員の1人を殴り飛ばした男は、班目恭夜。
彼はもともとタンパク質の機能異常により筋細胞が破壊と再生を繰り返し、筋萎縮・筋力低下が進行していく筋ジストロフィーを患っていたが、魔力覚醒に伴い逆に全身の筋力が大幅に向上した超克者だ。
「こっちの奴らはまだマシみたいだな。まあ俺らの敵じゃねぇが」
公安のエージェント1人を複数の超克者を統率しながら追い詰めている男は、元々は筋萎縮性側索硬化症患者の超克者——十河薫。
ALSは筋自体の障害ではなく、大脳皮質運動野や脊髄前角細胞等が侵される進行性の神経変性疾患だ。
魔力覚醒時にそれら随意筋を支配する運動ニューロンが強化された彼の肉体は細身でありながら超人的な筋出力を発揮させる。
そしてもう1人、高い身体能力に任せて暴れている男は——
「ヒャッハハハァッ! こうなったらもう皆殺しだァッ!」
豹変し狂った様子で心音をドッドッドッドッと響かせている——高浪克心だ。
徒手とコンバットナイフでは対応できないと踏んだ自衛官の1人が拳銃を抜いて克心を狙うが——高速かつ不規則に走る克心を捉えられず、銃口が右往左往する。
克心は他の自衛官の直線上に上手く位置取りながら銃を持つ隊員に肉薄し、常人ではあり得ない運動エネルギーを発生させる拳を振りかぶる——だがそこへ霊猫化した木乃香の爪撃が割り込んできて、克心は咄嗟に後ろへ飛び退いた。
「高浪君……なんで晃生君を攫ったの?」
木乃香がいつになく低い声で問いかける。
「おやおや、これは晃生君の彼女さん。彼氏を取られたからって怒らないで下さいよォ」
「かっ……まだそんな関係じゃないからっ!」
「貴女が入学前に大人しく攫われていれば、こんな面倒なことにならずに済んでいたんですがねェ」
「……私が以前銃を持った男達に襲われたのも、貴方達の仕業だったってこと……?」
「ええ。このリライフギルドは少々裏社会の人達とも繋がりがありましてね。あの時は結構な額を積んだ依頼だったので、しくじったと聞いたマスターはそれはもう怒り心頭でしたよ。僕は元々ギルドメンバーでやった方が良いって言っていたのに、足が付くのを気にしすぎるからあんなことになる。結局は既に晃生君にも気付かれてるんじゃないですかねェ」
「今回は晃生君を狙ったってことは、もともと貴方達の目的は晃生君だったってこと?」
「そういうことです。あの時は貴女を人質にして晃生君に言うことを聞いてもらおうという算段でした。ま、ご存知の通り本人に邪魔されて上手くいきませんでしたがね」
「……晃生君に何をさせたかったの?」
「これ以上は企業秘密です。知りたいなら無理矢理吐かせてみたらどうですか?」
「……」
これ以上の会話は無意味と悟った木乃香は無言で克心へと歩き出した。
「手伝おっか?」
「私も援護するわよ」
乱戦の中で正確にリライフのギルドメンバーだけを狙って魔力攻撃を放ちながらの舞桜と愛奏音が木乃香を気に掛けるが——
「ううん、大丈夫。ありがとね、2人とも」
振り返ってそれだけ言い残した木乃香は、いつになく鋭い視線を克心へ戻す——と、既に木乃香の眼前で拳を振り上げる克心が。
「もう戦闘は始まってんだよッ!」
言いながら振るった克心の右拳を、魔力感知でとっくに気付いていた木乃香は首を倒して避け、すり抜けるように克心の脇腹を鋭い爪で引き裂いた。
ブシュゥゥウウッッと鮮血が噴き出した脇腹を抑えながら克心が振り向くが——気配遮断を行いながら高い敏捷力で視界外へと高速移動し続ける木乃香を、克心は捉えられない。
そのままなす術もなく脚の筋肉を含めて全身を切り裂かれた克心はガクッとその場に崩れ落ち、その上体を足で踏んでマウントポジションを取った木乃香は克心の喉元に魔力爪を突き付ける。
「脚以外は軽く斬っただけだけど、貴方の能力、出血が弱点なんでしょ? 能力解除しないと、失血死しちゃうよ」
「ぐゥゥッ、くそォッ……! なんでだよちくしょうッ! 僕はッ、勝たなきゃいけなかったのにッ……!」
「何が目的か知らないけど、晃生君は優しいから治してくれるよ。あの大きい人を倒した後でね」
木乃香はそう言って巨大化した鴻上仁と、ビルの外壁を駆け上ってその巨体に殴りかかる晃生を見上げた。
♢
「ハハハハハッ! 小虫が1匹飛び回ったところで、巨人を倒すことなど絶対に出来ないよッ、晃生君!」
巨体から発せられる仁の言葉を無視して晃生は拳を振りかぶった。ビルから飛びかかって狙うのは、上半身の身体重心位置——胸骨の下部。
——ッドォォォォォォオオオオンッッッ!!!
上体を仰け反らされた仁は1歩、2歩と後ずさり、ズズンンンッッッと地響きを起こした。
だが——
「無駄だと……言っただろうがッ!」
すぐに体勢を立て直した仁が空中の晃生を掴み取り、投げ付けるように地面へと叩き付ける。
さらに振り上げた足でズドンンンンンッッッと晃生を踏み付けた。
アスファルトの道路がバキバキとヒビ割れ、飛び上がった瓦礫とともに土煙が舞う。
「ハハハッ! これが軍団級能力者とたかだか学生の力の差だッ!」
叫ぶ仁の足元で、踏み潰される直前に躱していた晃生が土煙の中を移動し背後を取る。
晃生は背中の制服内に仕舞っていた短剣をもう一度抜き、2本とも光子の刃を伸ばして両手に構えた。
(だめだ……こんなんじゃ……)
晃生は大我・雄理との戦闘時に使用した活性化で、確かに身体能力の限界値が格段に向上した感覚を得ていた。
その感覚的な上昇率は、大まかに50倍。
本来無意識下の脳に2%まで抑制されている肉体性能が一気に100%まで解放されたような、圧倒的な強化倍率。
だがそれはあくまでも限界値の話で、実際は最初に制御に失敗して地下牢の天井をブチ破って以降その能力値を全く使いこなせていないことを晃生は自覚していた。
大我や雄理と戦っていた時も、引き出せていた性能は良いとこ4%〜6%程度だ。
それでももともと超人的な晃生の身体能力をさらに2、3倍まで強化出来ていたことを考えると破格の能力だが、活性化の本領を発揮出来ているとは言い難い。
(もっとだ……もっと強くッ……!)
ドウゥッッッッと急加速した晃生が仁の足元を駆け回り、光子剣でその足を斬り刻む。
「何ッ!? まだ死んでいなかったのか……この虫ケラが……ッ!」
確実に潰したと思っていた仁が晃生に鋭い目を向ける。
「叩き付けられた直後のあの踏み付けを避けていたとは驚きだが、それがどうした? 私はその程度の傷、瞬時に治すことが出来るんだよ」
これまで同様、裂傷を受けた仁の体がボコボコと膨れ上がり、その傷は数秒で塞がってしまった。
「治してるんじゃなく、増やしてるんだろ? 細胞を」
そう言った晃生が今斬った場所を短剣でチャキッと指し示す。
「……気付いていたのか」
仁は意外そうな顔をした。
「そう、私は以前、急性骨髄性白血病を患っていてね。私自身が医者にも関わらず、がん化した細胞の増殖が異常に早く、発見した時には既に手遅れだった。だが私は魔力に覚醒し、闘病生活を終えた。不死化し、無限増殖する細胞をコントロールすることが出来るようになった私にとっては、体のサイズ変更も損傷した細胞の修復も自由自在。君達のような一般の身体強化系能力者とは、文字通りスケールが違うんだよ」
「がん細胞に適応して得た細胞の不老不死性も異常な増殖性も、所詮魔力に依存した能力だろ。俺と同じで不死身なんかじゃない。そのデカい的を斬って斬って斬りまくればいいだけだ」
「それが誰にも出来ないから、私は軍団級と呼ばれているんだよ」
「ならお前を倒して俺が総軍級になってやるよ」
「御託はいい。さっさと来いッ!」
「ああ、言われなくてもなッ!」
仁の踏み付けを晃生は超スピードで躱す。
巨大過ぎる脚はただの踏み付け攻撃でも破片を飛散させる炸裂弾のように踏み砕いたアスファルトの瓦礫を飛び散らせて広い殺傷圏を生むが、晃生は飛散する破片よりも速く跳躍しリライフビルの外壁に着地した。
(もっと、使いこなせ……限界を超えた、俺自身をッ……!)
晃生はドンッッッッとビルを蹴って仁の腹を斬り裂きながら跳躍し、反対のビルに着地する。さらに跳躍して背中を斜めに裂きながら地面に着地。さらに脚を斬って飛び上がりまたビル側面へ。それを高速で繰り返し——
——ドドドドドドドドドドドドドドォッッッッ!!!!
大我と雄理相手に地下牢で見せた3次元跳躍、その大規模版の立体機動で乱立するビルからビルへと跳び回り、巨大な仁の体を無作為に斬り裂いていく。
「ぐゥゥッ、ちょこまかとッ……だがそんな動きをいつまでも続けられる訳がないッ! 疲労して足を止めた時が君の最後だッ!」
跳び回る晃生を捉えようと巨大な拳を振るい、仁がドォォォオンッッッ、ドガァァァンンッッッと道路や車、ビルを破壊していく。
斬られた部位の細胞を増殖させ傷を塞いでいく仁は自身の魔力が底を突くよりも先に晃生の体力が切れると踏んでいるようだが……
(生憎俺は体力も魔力も無限なんだよッ……!)
——ドドドドドドドドドドドドドドドドドドドドォッッッッ!!!!
傍目にはロケットランチャーでも乱射されてるかのように晃生が足場にしたビル群や道路が局所的に破砕していき、仁が全身を斬り刻まれることによってその真下には血の雨が降り注ぐ。
仁は裂傷を塞ぐと共に血球細胞も増殖できるが、噴き出した血液が戻る訳ではないからだ。
(こいつッ……どんどん速くなっている……!?)
驚愕する仁はそれでも晃生の着地先を予測して巨大な拳を振り下ろすが、さらに加速する晃生の超スピードを捉えられない。
「ぐッ、くそォォォォォォッ!」
細胞増殖による回復速度を上回るスピードでダメージを受けて血を流し続ける仁が叫ぶが、晃生は手を緩めない。
(もっと速くッ……活性化……20%……30%……ッ!)
晃生はその超人的な身体能力をさらに15倍まで強化するまでに至り——
なす術なく腕で顔を覆った仁の肩を、腕を、膝裏、足首、大腿、腰を……ありとあらゆる部位を斬り刻む。
全身の筋繊維や腱、靭帯を切断された仁は肩が上がらなくなって顔を守っていた腕がだらんと下がり、膝が崩れ落ちて——ドズゥゥウウンンッッッッと地に倒れ伏した。
「そろそろ魔力も底を突くだろ。投降しろ」
後頭部に降りたった晃生は光子剣を構えてそう警告する。
「ふッ、ざけるなァァッ!」
ボコボコッ、バキバキバキバキッッと、叫んだ仁の後頭部を始めとし全身が内側から膨れ上がった。
すぐに飛び退いた晃生がその様子を見ていると、仁は全身を硬質化した骨細胞で覆っていく。
巨大化に適した内骨格の脊椎動物にあって、外骨格を手に入れた巨人。
立ち上がったその姿は、まるで白い鎧を纏った巨大な騎士だ。
「ハハハハハッ! この外骨格は骨質と骨密度をコントロールして極限まで強度を高めているッ! これでそのチンケな刃は通らんぞッ! 自慢のパワーで砕けるものなら砕いてみろッ!」
「……別にこの剣なら斬れると思うけど……乗ってやるよ。その挑発」
晃生は短剣を背中に仕舞い、腰を落として拳を握りしめる。
「バカめッ! ブッ潰してやるぞッ!」
(……2年前はゴーレム相手に6人がかりだったけど……今の俺には、お前は小さく見える……!)
迫る仁の外骨格装甲を纏う拳を迎え撃とうと晃生が踏みしめた地面がバガァァァァァアアアアンッッッッとまるで仁よりも大きな巨人に殴られたかのように蜘蛛の巣状の亀裂を走らせる。
そして、両者の拳の衝突が周囲の人間には炸裂前の爆弾のようにスローモーションに見え——
——ッッッッドォォォォォオオオオオオオオオオンッッッッ!!!!
爆音と共に放たれた衝撃波が周囲のビル群の窓ガラスをパパパパパパパァンッッと粉砕していき——外骨格の鎧をバキバキバキィッと破壊された仁の巨大な腕が、大きく弾かれる。
跳ね返された自身の右腕に振り回されて仁は巨体のバランスを崩し、リライフビルにもたれかかるようにして——ズズズズズズドォォォオオオオオオンッッッッと倒れ伏す。
そのダメージでリライフビルも限界を迎え、激しい轟音と土煙を上げて倒壊した。
崩れ落ちる高層ビルの余波をモロに受けて遂に魔力が切れたか、その残骸の中心で横たわる仁の体が縮んでいく。
骨の鎧もなくなり、完全に無力となった仁が普通の人間サイズの体を起こし、信じられないといった顔をする。
「馬鹿なッ……こんなことが……ッ! あの質量差で、何故私が負ける……!?」
周囲で戦っていた能力者達はビルの倒壊に巻き込まれないように退避したが、1人すたすたと瓦礫の上を歩いてきた晃生が仁の疑問に答えるのだった。
「デカい奴がいつも喧嘩に勝つとは限らないだろ」




