第70話:双翼
晃生と仁が闘り合っている間、その上空では大我と灯真が対峙していた。
「で、テメェはなんだ? 邪魔すんならぶっ潰すぞ。俺は今イラついてんだよ」
「お前こそ晃生の邪魔すんな。そのチンケな翅ごと燃やすぞ」
高速で翅を羽ばたかせる悪魔状態の大我と手足から発生させる排熱噴射で滞空する灯真が互いに目つきの悪い顔を空中で突き合わせ——先手必勝とばかりにボッッッッと灯真が火球を放った。
多くの炎系能力者が多用する火球だが、一般的なものより遥かに高威力・高速度のそれを大我は高い空中機動力で楽に躱す。
「遅すぎんだよ」
「ハッ、すばしっこい蠅だな」
そのまま斬りかかってきた大我の魔爪を、灯真も排熱噴射機動のハイスピードで躱した。
互いに燃える拳と悪魔の爪を繰り出しながら高速飛行し、空に赤と黒の軌跡を描く。
(スピードは互角……だが大我に当たる気がしねぇ。良い眼を持ってるみたいだな……だが……)
「これならどうだ?」
灯真は自身と大我の周囲の空間を囲むように大量の火炎球を生み出した。
さっき放ったただの火球とは違い、直径3m程もある高熱の炎弾だ。
「避けれるもんなら避けてみろ」
愛奏音の魔力砲の並列装填を参考にした、その火炎版の全方位攻撃。
だが大我の眼はその全てを的確に捉えており、火炎球の隙間を縫うように飛行して躱していく。
「バカがッ、当てれるもんなら当ててみろッ!」
言い返した大我が火炎球を逆に遮蔽物として利用し、灯真の後ろを取った。
隙だらけの灯真の背中を嗤う悪魔が引き裂く——が、空気を裂いたような手応えの無さに大我は目を細める。
「こっちの台詞だ。当てれるもんなら当ててみろ」
——熱光学虚像分身。
大我が斬り裂いたのは蜃気楼による虚像。
灯真自身も火炎球を遮蔽物として一旦大我の視界から消え、空気を熱した温度差による光の屈折を利用して滞空する自身の姿を別の場所に映し出したのだ。
背後を取った気でいた大我のさらに背後で、灯真が空間ごと焼き払うように放射角の広い火炎放射を撃つ——!
「ウォ゛オ゛オ゛オ゛ア゛ア゛ア゛ッ!」
対し瞬時に振り返った大我も邪悪な狼のような咆哮とともにガパッと開いた口から火炎を放った。
2つの火炎がぶつかり合い、眩い焔光が横浜市上空で小さな太陽のように輝く。
「口から火も吐くのかよ。だがその状態でこれをどう避けんだ?」
動きが止まった大我に、灯真は改めて火炎球の全方位攻撃をしかける。
——ドドドドドドドドォォォォッッッッ!!!
昼間の雲を赤く染め上げる爆炎は——突如その中心に向かって吸い込まれていく。
「本来なら避けるまでもねぇんだよ」
全ての火炎球を魔力ごと全て喰らい尽くした大我は、その熱エネルギーを一点に凝縮して咆哮と共に吐き出す——
——コォォォォォォドォオオオオオオオオゥゥゥゥッッッッ!!!
灯真の極光火焔砲のような強烈な熱収束波が大我の口から放たれる。
灯真の身を包み込んだその超高熱の波動は雲を突き破るように水蒸気を吹き飛ばし、青い空に一筋の赤い線を描いて消えた。
「”避けるまでもない”も、こっちのセリフだ。俺に炎は効かねぇ」
だが——完全な熱耐性を持つ灯真にダメージはない。
「今日はウゼェ奴によく会う日だな……まあ、だったら素手でボコってやるよ燃えカス野郎」
「やってみろクソ悪魔」
♢
リライフビルの上空で灯真と大我が闘りあい、火炎による爆音と閃光が周囲を包む中、地上でも勇斗と雄理が斬り合って剣戟の音を響かせ、火花を散らしていた。
「俺の剣、一応世界最硬なんだけどな……」
「うん。こんなに斬れる気がしないものは初めてだよ」
ガギンッッと鍔迫り合いになった2人は言葉を交わした後、ギギギギギギギギィンッッッと常人の眼では追えない速度で剣を打ち合う。
魔力操作で剣を操り、慣性を無視したように繰り出す雄理の斬撃を、勇斗の魔剣が尽く弾いていく。
勇斗はアダマンタイトと打ち合うために自身の最大魔力出力を発揮していた。
だがそんなことをしていればすぐに魔力切れを起こす為、打ち合う瞬間だけ全力の魔力を籠めることで魔剣の強度を上げているのだ。
「ねぇ、君らは何で戦うの? 別に依頼を受けたわけじゃないんでしょ? だったら誰がリライフを潰そうが関係ないじゃん。俺が潰しとくから、大人しく帰ればいいのに」
「リライフは晃生君を攫った。まあ晃生君なら心配ないって思ってたけど、仲間に手を出された以上、これは僕らの喧嘩だ。まだ克心君に聞きたいこともあるし」
「ふーん、めんどくさ……」
アダマンタイトの長剣をぐにゃりと双剣に変形させた雄理はそれを左右の手で握り、これまで以上の手数で攻め立てる。
それでも勇斗は1歩も退かず——ガギギギギギギギギギギギィンッッッとたった1本の魔剣でその全てを捌き続ける。
斬撃だけでなく、脚部装甲を操作した蹴りや、鎧を棘に変形させた刺突等、不意を突く攻撃も全てだ。
魔剣を引き抜いてから勇斗が得た見切りの能力。それは微細な予備動作からでも相手の攻撃の起こりを見抜き、視線や魔力の変化、攻撃パターンの癖、性格等からどこに次の攻撃が来るかまでを予測する観察眼と洞察力だ。
雄理の左の薙ぎ斬りを魔剣で弾いた勇斗は、続く雄理の右の斬り下ろしに対し相手の剣の腹に柄頭を当てて逸らす。
さらに雄理の蹴りには脚が引かれた段階で逆に腿を蹴り抑えて阻止し、次の袈裟斬りには敢えて距離を詰めて魔剣を持っていない素手の左手で手首を掴んで止める。
左右の手が剣で塞がっている中、剣の間合いの内側、インファイトの距離まで入り込まれた雄理は鎧の胸当てを変形させズアッと棘を突き出させるが、読んでいた勇斗は体を捻って躱し、その勢いを殺さず回転斬りでザギィンッッッと雄理の胴に一太刀入れた。
だが——アダマンタイトの鎧は斬れず、ノーダメージの雄理はまたすぐに剣を振るい反撃に転じる。
対し勇斗も上体を残しながら予め重心を移動させておき、瞬時に移動したと相手に錯覚させる縮地で躱し、雄理の剣の間合いの外に出て仕切り直す。
「達人かあんたは……」
「どうも。けどそっちこそ、鎧が斬られるとは思ってないみたいだね」
「当然でしょ。斬りたいなら斬鉄を修得してから、アダマンタイトの剣を持ってきたら? まあアダマンタイト(これ)を操れるのは俺しかいないけどね……」
「この魔剣で斬るよ。君を斬った時、僕はこの世に斬れない物はない最強の剣士になってるってわけだ」
「斬れたらね……斬れるといいね」
どうせ無理だから——と、応援するような皮肉を言う雄理が、ここまで無気力だった表情を鋭くした。
それを見た勇斗も剣を左脇で引いた居合いの構えを取り、集中力をどこまでも、どこまでも高めていく。
先に動いたのは、雄理。
左右のアダマンタイトソードを延伸させ、しなる鞭のように変幻自在に振るう。
拡大した複雑な殺傷圏——その斬撃の嵐の中に、勇斗は迷わず突っ込んでいく。
上下左右から、急激に速度や形状を変化させながら迫り来る刃を全て見切り、魔剣で弾き、或いは躱しながら雄理に迫る。
近付く程に密度の増す斬撃を捌ききり、するりと通り抜けるように雄理の後ろに抜けた勇斗は、すれ違いざまにヒュッと魔剣を振るった。
一太刀に見えたはずのそれは、ギギギギギギギギィンッッッと遅れて聞こえてきた音で、一瞬のうちに8回もの斬撃を放っていたことが分かった。
——超音速斬撃。
もし雄理がアダマンタイトの鎧を纏っていなければ、今頃は八つ裂きにされていただろう。
その事実が、雄理を戦慄させる。
これまでにない集中状態を維持する勇斗は言葉にならない威圧感を持ち合わせていた。
——ヒュッッ——ギギギギギギギギギィンッッッ!!!
縮地と見切りで攻撃を掻い潜り、また雄理の背後にすり抜けた勇斗が、今度は9つの斬撃を一振りのように放つ。
(まだ……もっと鋭く……もっと速く……ッ!)
——ヒュッッ——ギギギギギギギギギギィンッッッ!!!
——ヒュッッ——ギギギギギギギギギギギィンッッッッ!!!!
10連……11連……勇斗がすり抜けざまに放つ連撃が速度と精度を増していく。
その勇斗がチャキッと魔剣の切先を雄理に向けた。
「さあ、あと何回で斬れるようになるかな」




