第67話:三つ巴
「……やるな。引き分けってとこか」
笑顔で言った晃生は奪った銃を反対向きに持ち替えてゼロに差し出す。
「……意味が、分かりません。何故撃たないのですか?」
武器を降ろさないままのゼロが晃生の行動に困惑しながら問いかける。
ここまで口数が少なかったが、改めて聞くと透き通るような綺麗な声だ。
「ん? いや、何故って言われても……撃ちたくないから撃たないだけだけど……」
「何故、撃ちたくないのですか?」
「それは……もう決着も着いたし、別に恨みがあるわけでもないし……」
「敵なのにですか?」
「敵……じゃないだろそもそも。お前は何も考えず命令に従っただけだ。それに、お前にとって俺は兄みたいなもんなんだろ? なら俺にとってもお前は妹みたいなもん……って気がしなくもないし……」
「お兄様……に、なってくれるのですか?」
「いや、それは言葉の綾というか……と、とにかく撃ちたくないんだよ。お前も撃てと言われて撃つだけなのはやめて、こうしたいとかこう思うとか、自分で考えて行動してみろよ」
「……私は……よく、分かりません……けれど、戦って殺意を感じなかったのは初めてでした……なので、撃ちたくない、かもしれません」
少し拙さを感じる喋り方だが、ゼロは殺す気でいた自分を終始止めるためだけに戦っていた晃生に対し、感情というものを取り戻し始めていた。
「それで良いと思う。そんなに強くて可愛いんだし、やりたいことなんでも出来るだろ。お前なら」
「かわ、いい……? 私が……?」
「あー……まあ、そりゃな。誰でもそう言うと思うぞ」
「…………」
そこからゼロは無言に戻り、ようやく晃生が差し出した銃を取って、逆に短剣を返した。
本人は無自覚だろうが、その耳が少しだけ赤くなっていることに気付いた晃生は微笑ましい気持ちになる。
(全然感情あるじゃん……)
その時、パンパンと手を叩き出した仁が椅子から立ち上がった。
「実に素晴らしかったよ、晃生君。期待以上だ。最強の人間兵器を相手に全力を出さずして無力化するとはね」
「……手を抜いていたわけじゃない」
「分かっているとも。だが君は本気で戦ってはいても、本気でゼロを倒そうとはしていなかっただろう? 君にはその余裕があった。この傷、偶然ではないはずだ」
仁が自分の頬にできた傷から流れる血を拭いながら言う。
それはゼロが撃った弾丸が掠って出来たもの。晃生がゼロの銃口を逸らす際、そうなるように誘導していたのだ。女の子に戦わせて自分は座っているだけの仁にムカついて。
「どうかな。それより、この子はもう戦う気はないみたいだし、次はあんたの番だぞ」
「……何か勘違いしているんじゃないか? 私はギルドマスターだよ」
「だったらどうした」
「移植手術などしていなくても、このギルドで最強の存在ということだよ。一般兵、ましてや学生ごときが敵うはずがない。絶望ついで教えておくと——私は軍団級だ」
高い身長を見せつけるかのように目の前に立って晃生を見下ろす仁の頬の傷が、ボコボコッと皮膚の組織が膨れ上がるように蠢いたかと思うと、跡形も無く完治してしまった。
(こいつも回復能力か……?)
「あっそ。総軍級の亜凰に会った後じゃ見劣りするな」
「躑躅森亜凰か……邪魔な女だ。だが計画が成功すれば、私はあの女をも超える最強の超人となるだろう」
「その計画はここでぶっ潰れる。そうでなくても、あんたがどれだけ他人の力を継ぎ接ぎしたところで亜凰に勝てるとは思えないけどな」
「フッ、ゼロに首を掻き切られた時点で気付かなかったのか? 研究材料として自分に価値があるから殺されないとでも思っているのだろうが、死体であろうと私の研究に支障はないんだよ。そして君に私を——人を殺す覚悟は無い。戦う前から勝負はついているぞ」
「だったら——」
——試してみろよ。
晃生がそう言おうとした時、
「パパ!」
奥の部屋で眠っていた女の子がガラス越しに叫んだ。
「何してるの? 私のために関係ない人達を傷付けるのはもうやめてよっ……!」
奥の部屋と晃生達のいる部屋とを隔てている強化ガラスと思われる大きな窓をドンドンと叩きながら少女が声を上げる。
(パパ……? 被検体じゃなかったのか。何のために娘をこんな地下深くに閉じ込めてるんだ?)
晃生が訝しむ中、その少女は急に起きたとはいえ今の動作だけで息切れしており、眩暈を起こしたのかふらついて壁に寄り掛かっている。
よく見ると痩せ細っているその少女の腕や首元には青い痣——皮下出血がいくつもあった。
「心穏! 大人しく寝ているんだ! もうすぐお前を治してやれるからッ……!」
だが心配そうに扉を開けて駆け寄った仁の様子からして、監禁や虐待をしているわけではないようだ。
「うぅッ……はぁ……はぁ……私は、大丈夫だから……パパ、もう戦わないで……」
「何を言っているんだ! あと1歩、あそこにいる男を実験体にすれば研究は完成する! 待っていろ! 今すぐ奴を捕まえてきてやる!」
娘——心穏と呼んだ少女を無理矢理ベッドに寝かせた仁は晃生のいる部屋へと戻り、右腕を後ろに引いて構えた。
その腕が、ボコボコと内側から膨れ上がるように大きく、大きくなっていく。
(おいおい……回復能力じゃなかったのかッ……!?)
広い部屋とはいえ、室内の限定された空間で巨大化の能力を持つ相手と闘うのは不利と判断し、ビルの外へ誘き出すために一度退こうとする晃生。
だがその行動を読んでいた仁の巨大化した拳が外への扉へ向かう晃生の背中を正確に捉え——ドガァァァアアアアンッッッ!!!
仁の巨人のような腕が、核シェルターの鋼鉄の扉ごと晃生をブッ飛ばした。
(くそッ……狙ってたのか……!)
晃生はそのまま巨大な手に鷲掴みにされる。
そこへ——
「晃生君! 大丈夫!?」
顔を真っ青にした木乃香が駆け付けてきた。
「木乃香!?」
言いながら晃生は背中から抜いた短剣の光子の刃を伸ばし、握力に関わる筋肉——浅指屈筋、深指屈筋、長母指屈筋を斬り裂いて仁の指の力を抜かせ、手の内からすぐに脱出する。
木乃香の後ろからは、灯真、勇斗、さらには舞桜と愛奏音も突入してきた。
「みんなも、どうやってここに……?」
仁の悪行を知るまではもともと隠密行動で怪しい研究の証拠だけ持ち帰ろうとしていた為、晃生は携帯を取り戻してからも単独行動の方が都合が良いだろうと外への連絡はしていなかったのだ。
「それより今は早く逃げよう! 急いで!」
疑問は後とばかりに木乃香が晃生の手を引っ張って階段へと向かう。
「逃がさないよ」
再度晃生を捕獲しようと斬られた指の筋肉をボコボコっと治した仁がまた巨大な手を振り上げると……
「パパだめ! もうやめてっ……!」
起きるのも辛そうな体でベッドから飛び出してきた心穏が仁に抱き付いて止めた。
晃生もここで決着を付けようとしていた為逃げるつもりはなかったのだが、その光景を見てやはり先に地下牢に居た人達を逃がそうと思い直す。
「ゼロ。俺達と一緒に行こう。もう仁なんかに従う必要は無い」
「……ですが……」
魔物災害に遭って感情を失ってからこれまで命令に従うのが当たり前だったゼロはチラっと仁の方を見るが……
「言っただろ。自分で考えろって。お前がどうしたいかだ」
そう言いながら手を伸ばした晃生の言葉に背中を押され、ゼロはギュッと晃生の手を掴んで仁に背を向けた。
仁はよほど体が弱いらしい心穏がまた息を切らして力なく床に倒れたのを見て優しく抱き抱えている。
その隙に舞桜が時間稼ぎ用の氷壁を入り口に生み出し、みんなで階段を登っていく。
「みんなよく俺の居場所が分かったな」
「麗色ちゃんが知らせてくれたの。晃生君が攫われたって……それで、私……私っ……!」
晃生が心配で仕方がなかったという顔で言葉に詰まる木乃香を、走りながらの舞桜と愛奏音がよしよしして落ち着かせる。
「そっからは俺らの携帯に入り込んだマキナが誘導してくれてな」
「うん。凄かったよ、彼女は。すぐに晃生君の居場所を特定して遠隔操作でオスプレイを飛ばしてくれたから、短時間でここに来られたんだ」
灯真と勇斗はそう言いながら前方、後方をそれぞれ警戒している。
「マキナ……俺のサポートと同時にそんなことまでこなしてくれてたのか」
『Yes。浮遊島の西端からヘリが無断飛行していたことまではすぐに分かりましたので、東京湾の西——神奈川県にあるカメラを全てハッキングしてビルを特定しました。その後、中川晃生の携帯の電源が入ってからは電波によって追跡しました』
「どんだけ高性能だよ」
『No。大したことはありません。現在使用している処理領域は3.26%です』
「マジかよ……」
その圧倒的な処理能力に晃生がドン引きしながらも走っていると、仁の攻撃で上層階まで響いていたらしい破壊音を聞きつけていた白衣の男達がわらわらと部屋から飛び出してきた。だが彼らは戦闘員ではなく単なる研究員らしく、灯真が威嚇で出した炎を見るとすぐに部屋の中に引っ込んでいった。
「ってか晃生。その子は何だ? メイドを雇ったのか?」
「こーき君の趣味だったりして〜?」
ゼロを見ながら半分冗談で言った灯真と舞桜の言葉を聞き、木乃香が怒った猫のように瞳孔を開いてジロっと晃生を睨む。
「ち、違うって! 彼女はこのギルド……というかギルドマスターの鴻上仁がやってる身勝手な研究の被害者なんだ。な?」
「はい。お兄様」
「お兄様!? 晃生君、前に一人っ子だって言ってなかったっけ……?」
「い、いやっ、それは話せば長いんだけど……と、とにかく放っとけないから学園に連れていくんだよ。そういう被害者の保護も俺達能力者の義務の一つだろ」
「被害者を妹にするのは義務じゃないけどな」
「流石晃生君。ドラゴンの次はメイドの妹とは」
晃生の言い分を聞かず灯真と勇斗がイジりを続け、木乃香は黒目が大きくなった目でジロ〜〜っと睨みを継続する。
「も、もう良いだろ。それより——」
灯真を先頭にエレベーターへ向かう中で木乃香の視線に耐えながらの晃生が足を止める。
「みんな待ってくれ。こっちに俺が入ってた地下牢がある。他にも捕まってる人達がいるんだ」
「晃生以外にもかよ? ったく面倒くせぇな」
文句を言いながらも灯真はすぐに方向転換して先導する晃生に付いていく。
「にしても、社会福祉法人的な側面が強かったリライフにまさかこんな裏があったなんてね」
「俺は地下研究所に忍び込んでいくつかファイルを盗み見たけど、こんなもんじゃないぞ。このギルドの暗部は」
実態を垣間見た晃生が勇斗に返答しつつ走り、牢屋がある部屋へ着くとそこでは——
ドギャァァアアアンッッッと禍々しい魔力を纏った黒い腕が鉄格子を破壊し、牢の一室から1人の男が出てきたところだった。
それは晃生に俺も出せと叫んできた、牢の中で筋トレしてた男だ。どうやらようやく魔力が回復したらしい。
「あァ!? お前は俺を見捨てやがった野郎かッ! ここのギルドの一員だな。ブッ飛ばしてやるッ!」
その男は晃生を見つけるなりそんなことを言い出した。
「はぁ!? 違うって。俺は——」
「言い訳すんじゃねぇッ!」
話を聞こうとしないその男は問答無用とばかりに悪魔のような黒腕で晃生を殴り飛ばす。
強烈な衝撃に吹っ飛ばされた晃生は背後の檻を破壊して中にいた男にぶつかった。
「うげっ!」
そこは晃生が捕まっていた部屋の向かい側にあった檻で、中で眠っていた男は未だに起きていなかったらしい。
だが今晃生がぶつかったことで起きたその男はひどく不機嫌な様子でゆらりと立ち上がる。
「睡眠の邪魔をするな。殺すぞ」
どこか一定の方向から、ゴンッッ、ドゴォンッッと激しい破壊音が近付いてくる。
そして——ゴバァッッと天井を突き破って現れたのは、謎の黒い物体。
金属のようにも鉱物のようにも見えるそれは、直径1.5m程の——突起を幾つも増やしたテトラポッドのようなオブジェクトだ。
浮遊しているそれがグニャリと歪んだかと思うと、寝ていた男の右腕を包むように形を変え、拳から肘までを覆う黒い手甲となってその身に纏う。
そして重そうな物体を身に付けているとは思えない程に速い挙動で晃生に肉薄した男はその質量と速さを乗せた拳を振るう——
——ドガァァァァァアアアアアンッッッ!!!
胸部を殴られた晃生が吹き飛び、衝突した壁を破壊して瓦礫が飛散する。
「晃生君!」
「おい何しやがるてめぇらッ!」
木乃香の不安そうな声と灯真の怒声が飛ぶが、すぐに立ち上がった晃生が「大丈夫だ」と2人を制す。
(硬過ぎだろ……なんだあの籠手……)
今殴られた時咄嗟に反撃していた晃生の右腕、その籠手を殴り返した手首が折れてしまっている。
殴られた胴体は通常より遥かに硬い胸骨、肋骨に加え制服で守られており、かつ自分で後ろに跳んで衝撃を逃したため然程の外傷は受けなかったが……それでも今の威力は常軌を逸していた。
その男が手甲を剣に変形させたのを見て、晃生は麗色の言葉を思い出す。
(俺と同い年の強力な能力者……最強の盾と矛を持つ男と、その身に悪魔を宿す男、だったか……こいつらがそうか)
「この2人、若くしてギルドマスターとして活躍してるっていう、喰代大我と不破雄理ね。だとするとあの黒い物はこの世で最も硬い物質——アダマンタイト。もう1人の方も識別クラスのモンスターをその身に宿していて、どちらも師団級って噂よ。気を付けて」
晃生達の中で唯一世の情勢を把握している愛奏音が2人の情報を教えてくれる。
「へぇ、ギルドマスター様が直々に出向いて、こんな所で何してるんだ?」
晃生が治した手首をパキッと鳴らして状態を確認しながら言う。
「このリライフギルドが怪しいって依頼が入ったから、俺が直接ブッ潰しに来てやったんだよ。邪魔すんならてめぇらも潰すぞ」
大我が悪魔の右腕を構えながら好戦的な態度で晃生達を睨む。
「依頼を受けたのはこっちも同じだ。ここのギルドマスターは俺が潰しとくよ」
剣を構える雄理も面倒臭そうな顔をしてはいるが、任務で来ている以上、譲る気は無さそうだ。
「2人揃って牢屋にぶち込まれてたくせに何言ってるんだ。鴻上仁は俺がぶっ飛ばす」
負けず嫌いの晃生も一切引く気は無い。
それ以前に、仁が気に食わない晃生は自分の手でこの組織を潰すと既に決めていた。
「晃生君……」
「悪い木乃香。このギルドの裏を知った以上、やっぱりここは引けない。木乃香は灯真達と一緒に牢屋に囚われてる子達を安全な所まで逃がしてくれ。そっちの奥の部屋にいる。勇斗の剣があれば壁でも何でもぶった斬って進めるだろ」
「でも……」
「どうせ仁の狙いも俺だし、俺が一緒にいたらあいつはどこまでも追ってくる。ここは二手に分かれた方が良い。救助優先、だろ?」
「……分かった。無事でいてよ?」
「ああ。そっちも気を付けて。リライフのギルドメンバーが何人待ち構えてるかも分からないからな」
晃生はようやく納得した木乃香や灯真達が奥の部屋に行くのを見届けてから、大我と雄理に向き直る。




