第65話:検体番号0
晃生がいるのは研究記録の保管を主とした区画だったらしく、その後も大掛かりな装置や怪しげな薬が並べられた部屋に部屋に忍び込んでは書類の内容を確認し調査を進めていった。
『ゲートの構造解析に伴う時空位相幾何トンネルの研究』
『高度な知性を持つ魔物の軍事利用に向けての経過報告』
『異界の環境調査〜魔素が地球環境に及ぼす影響から災害制御の可能性を考察〜』
『がん治療学研究分野における魔力の有用性』
『魔素粒子の万能エネルギーを用いた大量破壊兵器の開発』
部屋ごとに研究内容が分けられているようだが、内容はどれも危険そうなものばかりだ。
今いるフロアで人の気配が無い部屋は全て見て回った晃生は、地下牢に運ばれた時に道順を覚えていたエレベーターに戻ろうとするが、途中——晃生の視力と洞察力がなければ見逃していただろう僅かな違和感に気付く。
「マキナ。なんかここおかしくないか?」
晃生が目を止めたそこは一見ただの真っ白な壁だが、よく見るとちょうど人1人通れそうな大きさの長方形の切れ込みがある。壁に埋もれた隠し扉のような具合で。
壁際に寄った地面の細かな埃もその部分だけが途切れている。頻繁に人が通っている証拠だ。
『建築時の記録にはありませんが、その部分に電子的セキュリティを確認。解錠まで3……2……1……』
マキナのカウントが終わると、ガコォンッという小さな音とともに切れ込みの部分が凹み、横にスライドして通路が現れた。
「ビンゴ。よくやったマキナ。誰かに見つからないようにまた閉めといてくれ」
『入力』
誰かが来ないうちにとその隠し扉を潜ると、最下皆であるはずのそこからさらに下への階段が現れた。
(克心は俺を運ぶよう仲間に指示した時、地下牢が最下階だと言ってた……この下はリライフの地下に隠された秘密施設の中でもギルドメンバーすら知らされていないトップシークレットの場所ってことか……)
亜凰の【蒼鷹】が日本で最も強い能力者を有するギルドだとすれば、【リライフ】は日本で最も財力を有するギルドだ。
元障がい者の魔力覚醒者——超克者をその巨万の富によって日本全国からかき集めているため、亜凰という1人の怪物には束になっても勝てないにせよ、彼女抜きにすればその総力は【蒼鷹】を凌ぐと言われている。
この先の地下階が本当にリライフにとって重要な施設であれば、晃生より強い能力者が待ち構えている可能性も十分にあるが……
「マキナ。この先のデータは?」
『No information』
(逆に言えば、それほど隠したい何かがあるってことだ……)
ここまで来たら全部見てやろうと晃生は下への階段を降りていった。
やけに静かに感じ始めた周囲に、コツ、コツ、と靴音が響く。
踊り場で折り返した階段は、まるで金庫を巨大化したような分厚く気密性の高い特殊扉へと続いていた。
その扉には『FALLOUT SHELTER』という文字と、三角形の頂点を3つ合わせたようなロゴが書かれている。
(放射性降下物シェルター……? 映画で見たことあるけど、なんでここにこんなものが……)
それは日本では極めて普及率が低い、地下型の核シェルターだった。
普通ならビクともしないであろう車のハンドルのような扉の取手を晃生は力づくで捻り、バギンッッッとロックされた部分を無理矢理破壊した。
(なるべく侵入の痕跡は残したく無いけど、能力で治しとけば良いだろ)
鋼鉄製の重たい開き戸を開けると、そこは打ちっぱなしのコンクリートという無骨な内壁で囲まれた、予想より遥かに広大な空間の部屋。
隅っこにポツンと置かれたデスクには乱雑に何かのファイルが置かれており、そこにある座り心地の良さそうな椅子に長い脚を組んで座る白衣の男が、読んでいた資料を置いて晃生の方を見ている。
(やば……魔力感知で中の状況探るの忘れてた)
あまり点検していないのか、たまに点滅する照明の中では目が悪くなりそうだ。
奥には一部ガラス張りになったもう1つの部屋が見えており、病室のようなそこのベッドには高校生くらいの少女が力なく横たわっている。
そしてその扉の前に、メイド服を着た眼帯の少女が立っていた。
感情が薄そうなその少女が晃生を見て「お兄、さま……?」と妙なことを呟く。ほぼ無表情のまま、ほんの少しだけ眼帯に隠されていない方の青色の右眼を見開いて。
だが一人っ子の晃生は意味が分からず「……?」と目を細めていると……椅子に座っている男が口を開いた。
「……驚いた。君は、中川晃生君だね。地下牢で捕えていると報告を受けていたはずだが、睡眠薬を打たれ魔力を封じられた状況でどうやって脱出したんだい? その扉も並大抵の力でどうこう出来る代物ではないんだが……」
驚いた、とは言いつつも動揺はしていない様子でデスクに着いたままの男が長い脚を組み替えながら晃生に問いかけた。
「あー……いや、ちょっと迷っちゃっただけなんだけど、ここはどこだ?」
一応誤魔化しながらも逆に質問を返す晃生。
「うちのメンバーや研究員の顔は全て覚えているから、惚けても無駄だよ。それ以前に君のことは前から調べさせてもらっていたから、よく知っている」
男の言葉で言い逃れは無駄だと悟った晃生は地下牢で看守から奪った上着を脱ぎ捨て、制服姿に戻りながらも今の言葉に引っ掛かりを覚えた。
「……うちの? あんたが克心達の言う”マスター”……リライフのギルドマスターか」
「正解だよ。凄いな。連れて来る時も眠らせて念入りに目隠しもするよう指示していたのに、この場所を把握しているのか……おっと、自己紹介が遅れて申し訳ない。私がリライフギルドの代表、鴻上仁だ」
「あんたの名前は知ってる。有名人だからな。俺のことを前から調べてたってのはどういうことだ?」
「2年前のゴーレム討伐。あれは元々私に依頼が来ていたものだったんだよ。それを現地に居合わせた少年達が倒したと聞いて、興味が湧いてね。君の能力を知ってからはもう虜だった。私の研究に相応しい能力者をようやく見つけたんだからね。君はゴーレム戦後も各地でモンスターと戦い、多くの無辜の民を救っていたが、その動向を追っているうちに君の体細胞サンプルを偶然入手した」
「ストーカーかよ……で、なんで俺を攫ってきた? 細胞が手に入ったならもういいだろ」
「私の目的に協力してもらおうと思ってね。君の回復能力と身体能力は実に素晴らしい。私は研究者でもあり医者でもあるんだが、どちらの観点から見ても君には興味が尽きないよ」
「……随分俺のことに詳しいみたいだな。目的ってのはなんだ?」
「強くなることだよ。君も分かるだろう。魔物の出現以降、人の命とはなんとも軽いものとなった。この世界で大切なものを守るためには強くなければならない。誰よりもね。私にも、何を犠牲にしてでも守りたいものがある。それだけのことなのさ」
「命が軽いわけないだろ。何を犠牲にしてでも……? 罪の無い人々を実験体にした研究じゃ守られる側も迷惑だ」
「こちらのことも調査済みというわけか。優秀だな。だが、お喋りはここまでだ。君をサンプルに出来れば、私の全身に覚醒者の強化部位を移植して完全なる超人に至るという計画も飛躍的に進歩する。檻に戻ってもらうぞ」
「戻せるもんなら戻してみろよ」
晃生はやる気満々でパキッと指を鳴らすが……
「いや、君と闘うのは彼女だ。行け、検体番号ゼロ」
仁は奥の扉を守っていたメイドの女に命令し、椅子の背もたれに身を預けた。
「……仰せのままに」
メイド——名前が無いのか、ゼロと呼ばれた少女は無感情な声でそう言うと、晃生の前に立ちはだかる。
「検体番号0……人体実験の成功例か?」
「本当に良く知っているね。ここに来るまでに研究区画にでも忍び込んできたのかな? だとしたら余計に逃がすことは出来ないよ」
「逃げる気はない。ここをブッ潰してやるよ」
「ギルドというのはたかが少年1人が立ち向かえる組織じゃない。ゼロはここのボディガード兼世話係に使っているんだが、君では彼女1人にすら勝てないだろう。うちの高浪克心君を圧倒したと聞いた時は驚いたがね。彼が天然の身体強化系で最も優れた覚醒者だと思っていたから、いずれあの心臓も私のものにしようと手元に置いていたんだが」
自分と同い年くらいの女の子を自分勝手に改造した挙句、使っているなどとモノ扱いするような言い方をした仁に、晃生が鋭い眼を向ける。
「お前……リライフを超克者で構成しているのは、自分に移植するためのパーツを集める為か?」
「ご名答。たが安心すると良い。もう必要無くなったんだ。君の体1つあれば事足りるのだからね。さあ、天然の超人が人間兵器の成功例——ゼロとどこまでやれるのか見せてくれ」
ゼロはさっきから晃生を観察するようにじーっと見つめている。
経験を積んできた晃生も戦闘開始前から相手を観察し、体格や武装、魔力、視線から次の手を予測する癖が付いてきている。
ゼロのメイド服にしては短いスカートの左右に不自然な膨らみがあるのは、レッグホルスターに挿した拳銃を装備しているからだろう。
さらに重心がやや後ろ気味なことから、晃生はゼロの背中か腰に小さめの金属武器——ナイフか何かを隠し持っていることを見抜いていた。
(ヒラヒラと布量の多いメイド服なのは趣味ってわけじゃなく、暗器と戦闘力を隠す為のものか……暗殺タイプ……闘りづらそうだな)
「俺はあのおっさんをぶっ飛ばしにきただけだ。君とは闘いたくないんだけど、退いてくれないか?」
晃生の問いかけには答えず、
「……排除します」
と、ゼロは無感情な声でただそれだけ発した。




